8月16日以降はソ連の侵略戦争
第2次大戦は8月15日まで、北方領土はソ連の侵略戦争で強奪された
2017年1月 志村英盛
ロゴージン:くやしければ(日本の外交責任者は?)ハラを切れ?
日本外務省と日本政府には、この問題の外交責任者はいませんよ、あしからず!
メドベージェフ露首相極悪非道なスターリンの
火事場泥棒的強奪成果を賛美
北方領土をロシアから取り戻すためには、
ポッダム宣言第9項に100%違反する
ソ連の日本人捕虜虐待虐殺と、
人道に反するソ連軍の満州開拓団婦女子虐殺を、
ロシア国民と国際社会に訴え、
8月16日以降のスターリンのソ連の
日本攻撃は、日本侵略戦争であったと
訴え続ける以外の切り札はないのではないか?
米国の日本占領が終わり、日本が独立を回復した途端、
日本の自民党政権は、それまでの、シベリア抑留問題に対する
取り組みを180度転換して、
「シベリア抑留者(日本人捕虜のシベリア等における奴隷労働被害者)と
満州開拓団の犠牲者(女性・老人・幼少年・乳児)は、
非国民(日本国民に非ず)」との、
おそるべき政策を実行して、現在の安倍政権に至っている。
Re:
Siberia illegal slave detention
自民党日本政府の、このシベリア抑留者非国民視政策、
満州開拓団犠牲者非国民視政策を、具体的に実証するのが、
毎年、2月7日に行われる「北方領土返還要求国民大会」なる
税金ムダ使い大会であり、今に至るまで行われているところの、
北方領土返還要求国民運動なる高級官僚の老後対策である。
2015年8月7日、日本の新聞は、こぞって、70年談話に関する
有識者懇談会の報告書の内容を詳細に報道した。
「大日本帝国軍部による侵略戦争について、痛切に反省する」との
見解は、まさに、「正鵠を射た」ものである。
しかしながら、1945年8月9日に始まる極悪非道のスターリンの
ソ連による日本侵略戦争(対日参戦)と、70万人以上の
日本人捕虜奴隷労働被害者(シベリア抑留者)と、
ソ連軍に虐殺された十数万人の満州開拓団犠牲者については、
何らの言及はなかった。日本政府は、ソ連による日本侵略戦争での
戦闘で戦死した日本軍人数すら、「把握していません」と国会で答弁している。
満州からシベリアへ徒歩で拉致される途中で死亡した日本人捕虜数に
いたっては、日本政府は100%無関心である。
上記の通り、これらの犠牲者の方々に
ついては、日本政府は、一貫して、非国民視して、
徹底的に事実隠蔽に狂奔してきたから、有識者懇談会が、
まったく関心を示さなかったのは、当然とは思うのだが。
しかしながら、北方領土をロシアから取り戻すためには、
ポッダム宣言第9項に100%違反するソ連の日本人捕虜虐待と、
人道に反するソ連軍の満州開拓団犠牲者虐殺を、
ロシア国民と国際社会に訴え、8月16日以降の極悪非道の
スターリンのソ連の日本攻撃はは、まぎれもなく、
日本侵略戦争であったと訴え続ける以外の切り札はない
のではないか?
ロシアによる北方領土軍事基地化の着実な進行は、
これからの日本の国防・安全保障のためには、
無視することはできないのではないだろうか?
日本政府が実行すべき具体的行動
①毎年、2月7日、シベリアのハバロフスクとイルクーツクで政府主催の
シベリア奴隷労働虐待死者の慰霊祭を行う。北方領土返還要求
国民欺瞞大会はキッパリ止める。
②ロシア人の専門家を含めたシベリア奴隷労働被害(シベリア抑留被害)
調査団を組織して、費用を惜しまず、シベリア奴隷労働被害(シベリア
抑留被害)について徹底的に調査して、調査結果を、随時、公表して
全世界に発信する。
③上記調査の一環として、ソ連から引き揚げてきた日本人捕虜47万
3000人に対する詳細な聞き取り調査資料を、全部、コンピュータ化して
徹底的に全面公開する。
④ソ連軍の満州占領期間に起きた、ソ連軍兵士の日本人、特に、日本人
女性に対する強姦、暴行、殺害、略奪等の残虐行為について、徹底的に
調査して、調査結果を、随時、公表して、全世界に発信する。
⑤現時点における、ロシアの北方領土軍事基地化の実態を徹底的に調査して、
調査して、調査結果を、随時、公表して、全世界に発信すると共に、
国際平和のために、ロシアは、北方領土軍事基地化、要塞化を、即時、
止めるよう、ロシア政府に要求すると共に、国際社会に、執拗に、
北方領土軍事基地化の不法不当性と危険性を訴える。
徒歩及び貨車による日本人捕虜の拉致連行途上で多数の死亡者、
行方不明者が出た。ソ連軍は隊列から落後した者は射殺した。
貨車内で死亡した者は遺棄した。逃走した者も多い。
これらの日本人捕虜の死亡者数、行方不明者数にふれたマスコミはない。
ソ連は病弱の日本人捕虜を、日本へ送還せずに、
北朝鮮等に転送して虐待殺害した。
極悪非道なソ連と北朝鮮は、北朝鮮で辛うじて生きっていた
衰弱しきっていた日本人捕虜を、ソ連・ナホトカに逆送して皆殺しした!
これらの悲惨な事実を日本外務省は隠蔽し続けている。
ちなみに、厚生労働省は「満州北朝鮮へ転送された病弱日本人捕虜が
その後、死亡したかどうかは確認できていない」との見解である。
ソ連(現在はロシア)の日本攻撃:
①前半の8月9日~8月15日は、第2次世界大戦の一部
②後半の8月16日~9月5日は、領土獲得・奴隷獲得のための侵略戦争
北方領土、特に、国後島・択捉島の現況について、日本の大手
マスメディアはほとんど報道しない。日本の外務省・防衛省にいたっては、
北方領土、特に、国後島・択捉島の現況について国民に情報提供する
という意識は皆無である。
情報収集が不可能であったスターリンのソ連とか、情報収集が
困難と思われる習近平の中国と異なって、現在のプーチンのロシアに
おいては、直接的方法、あるいは、間接的方法で、ロシアの通信社、
ロシアの地方新聞社、あるいは米欧の通信社等を利用すれば、
北方領土、特に、国後島・択捉島の現況について、正確な情報を
入手することは、十分に可能である。
それをまったく行っていない日本政府と大手マスメディアは、
怠慢との誹り(そしり)を免れることはできない。
日本の安全保障の最大の問題であるはずの北方領土のロシア要塞化に
ついて、まったく論議しないで、安保法制に血眼の安倍政権の怠慢姿勢や、
ロシア要塞化については一言もふれない野党の怠慢姿勢を見逃して
よいものだろうか?
ロシアの国後島・軍事要塞に、核ミサイルを配置、そこから、
5発の核ミサイルを東京にぶち込めば、
日本は、一瞬にして、 半身不随よ!
Re:
ロシア、択捉島と国後島に軍事施設約400カ所
建設中、早期に完成すると!
読売新聞(朝刊)12月3日7面
ロシアのショイグ国防相は、2015年12月1日、モスクワで、軍の幹部を
集めた会議で、北方領土の択捉島と国後島の名前を具体的に挙げて、
「軍事施設建設が、最新の建設技術の導入で、冬期間でも、順調に
進んでおり、早期に完成する」と述べた。
さらに、このなかでショイグ国防相は「2つの島で、合わせて約400の
軍事施設と関連施設を建設している」とも。
ロシアの国防相が、北方領土の島の名前を具体的に挙げて軍事施設の
建設計画を具体的に説明するのは異例のことである。
2016年3月、東京新宿にある、日本一の品揃えを誇るK超大型書店の
日本歴史コーナーを見て驚いた。
なんと、シベリア抑留に関する本が一冊も置かれていなかった。
店員の方にお尋ねした結果、新潮選書の棚に長勢了治氏の著書が1冊あるだけ
であった。
その翌々日、今度は、東京日本橋のM超大型書店の日本歴史コーナーを見にいった。
驚くことに、この、M超大型書店でも、歴史コーナーには、シベリア抑留の本は、
一冊もなかった。念のため、店員の方に調べていただいた。置いていないとのことであった。
念のため、日を改めて、東京神田の書店街のトップ・S超大型書店を見にいった。
シベリア抑留とのタイトルの本は5冊、ソ連の対日参戦(ソ連の対日侵略戦争)の本は
下記の1冊であった。ちなみに、韓国慰安婦の本は22冊置かれていた。
シベリア抑留本を置かない理由は明確である。
買う人がほとんどいないから置かないのである。涙が出る!
70万人以上が、奴隷労働の苦しみに喘ぎ、10数万人が虐殺された、
シベリア抑留者たちを、非国民視して、犠牲者の慰霊すら行わないで、
ロシア政府にも、ロシア国民にも、まったく、相手にされていないにもかかわらず、
具体的な取り戻し戦略も、戦術も、まったく、たてていないにもかかわらず、
北方領土を、断固たる決意を持って取り戻すと、日本国民のみならず、
ロシア国民をも騙し続けている、歴代首相たちと、日本外務省の事実隠蔽と
戦略不在を強く非難したい。
毎年の北方領土返還要求全国大会の報道に見られる、
大手メディアの事実隠蔽のみに徹する報道姿勢をも強く非難したい。
Re:日本人捕虜のシベリア奴隷労働被害
ここ10数年、日本外務省や日本の駐露大使たちは、
ロシア外務省と、いかなる領土交渉もしていないと!
Re:
聞いて呆れるを通り越して
-シベリア抑留犠牲者非国民視で北方領土の軍事基地化進む
隠蔽を謝罪 ウソー!
拉致移送途中においても、環境変化、精神的ショック、疲労、発病で死亡したものが
少なくなかった。
徒歩による拉致移送途中、逃亡しようとしたもの、疲労と発病のため隊列から
落伍した者は「連れて行くのが面倒だ」とする残忍なソ連兵に容赦なく射殺された。
ウラジミール・ポ・ガリツキー氏(ロシア軍事アカデミー・メンバー、法学博士、教授、
海軍大佐)は、毎日新聞社が1999年2月に発行した『毎日ムック シリーズ
20世紀の記憶 1945年 日独全体主義の崩壊 日本の空が一番青かった頃』の
第129頁で
「日本人捕虜の大多数は満州からソ連領土までを徒歩で移動した。
ソ連国内の指定地点への移動は鉄道の貨車で行われた。
その移動の途中で、32,722人が死亡した」と述べている。
筆者は、拉致移動途中に死亡した日本人捕虜は4万人以上であったと推定している。
しかしながら拉致移動途中の死亡者数については何らの資料も残されていない。
行方不明者数にふれない日本政府のシベリア虐待抑留に関する
現在の発表数字では、シベリア虐待抑留の実態は認識・理解できない。
Re:
シベリア虐待抑留 行方不明者の記録抹殺
-拉致途上、多数の落後者、殺害され
行方不明に!
哀れな日本人捕虜行方不明者数にふれた
マスメディアはまったくない
帰還者数 + 死亡確認数 + 逆送者数 = 抑留者総数
473,000+55,000+47,000=575,000
この数字では、日本政府は、シベリアへ拉致移送された日本人捕虜の中、
ソ連領内で行方不明になった者は1人もいないと日本国民に発表していることになる。
1981年以降、日本のマスメディアも、このデタラメ極まる日本政府の発表数字を、
シベリア虐待抑留に関する報道において、何の注釈も付けずに、そのまま引用している。
行方不明者数にふれたマスメディアはまったくない。
Re:
日本人捕虜のシベリア奴隷労働被害
Re:固く閉ざされたパンドラの箱
-シベリア虐待抑留の事実隠蔽(いんぺい)2012年3月