日々雑談:1998年10月
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10/31
有酸素運動を毎日やるようになって2ヶ月程たちました。(日々の運動と体重
10月は日々増えたり減ったりしていて、結局変わっていないのだが、長い目で見ればほんの少しずつは減少傾向にあるようです。
最近は、20、30分程度歩くのがまったく苦痛でなくなりました。
徳島では1km先でも車で移動しますから、今まで本当に歩いていなかったんですよ。
####
征服者の言論の自由で新シリーズ「高校狂師(御主人様と家畜)
これは夜間高校で働く教師の話がドキュメンタリータッチで展開するようです。
多分ここを読む人たちで夜間高校の実態を知っている人はいない(私も含めて)と思います。
なかなか壮絶な世界があるようで、今後いろんな話が出てくるでしょう。
いつも思うのだけれども、ネット上での専門家の専門分野の話てのは(当然ながら)興味深い話が多いですね。

10/30
泥よけのない自転車
通勤用にマウンテンバイク(のようなもの)を購入してから半年くらいになりますが、実にシンプルな装備で、荷台はもちろん泥よけがありませんでした。
昔から自転車のタイヤ部分には泥よけがあるのが当たり前で、その存在意義は特に意識したことがなかったのだけれども、この1ヶ月ほどで身にしみてわかりました。
最近徳島では雨がおおくて、加えて私が住んでいるあたりは未舗装道路や舗装されててもでこぼこで水溜まりができやすい路が多いんです。
そういうところを泥よけなしのチャリで走っているとどうなるか。
前輪からまっすぐ水飛沫をあがってアゴを直撃します。なるべく水溜まりは避けるようにしていても、ちょっと湿り気のある場所では顔面が冷たくなります。
後輪は水と泥をまきちらしながら回転します。
通勤や休みのロードで、数十分走り回ってくると、臀部から背中、後頭部にかけて見事に泥だらけになります。
自転車を40分乗って、出勤すると会社に着いたころには背負ったバッグパックは泥だらけ、ジーンズのケツも泥だらけ。すごく格好悪い。

特に前輪のしぶきが顔面を直撃するのが我慢できなくなったので、泥よけを付けました。近くの自転車やで前後泥よけで3000円ほど。
するとまあ、快適なこと。子どものようにすっかりうれしくなって、わざわざ水溜まりを高速で走っているけど、ちっとも顔が汚れない。
背中もバッグに少々水滴が付く程度で、泥だらけになることはなくなりました。
こんなことなら最初から泥よけを付けておけばよかった。
####
年賀状
もう何年も年賀状はワープロの印刷だけですましてきたけれども、久しぶりにスナップ写真の切り貼りで少しは見栄えのする賀状を作ろうかなと考えています。
もう去年からできるかぎりE-MAILを配信してWEB年賀状ということにしたのだけれども、学校の工作感覚で凝った葉書を作るのも楽しい。
6年前に結婚したときと、翌々年長女が生まれたときは、人物を切り抜いた写真を台紙にはったり、色紙で装飾したりして原盤を作り、それをさらに写真撮影(これは写真屋で撮ってもらう)して、賀状にプリントした。
原盤作りがものすごおく面倒だし、もともと手先が不器用なので作成に時間がかかってしょうがないのだけれども、写真を組み合わせた作品を作ることはめったにないので、子どもが小さいうちにこういうのを作れば、後々まで残っていい思い出になる。
無コンセプト」でまとまりのない、にぎやかな賀状がいいな。

10/28
ワープロは必要であろうか。
自宅のパソコンのHDを初期化して、アプリケーションを入れ直したのだが、今ののころワープロソフトを入れてない。
初期化前は、MS-WORKSと一太郎6.3を入れていたが、ほとんど使ったことがなかった。
自宅で体裁の整った文書を作成して印刷することなんてまずない。
必要な文書作成では、印刷するしないに関わらずテキストファイルで十分でしょう。
めったに使わないワープロのために、決して少なくないディスク容量を割くのも無駄である。

たとえば一太郎で作成した文書をメールすることはまずない。
当然でしょ。相手側が一太郎を持っていないと意味がない。
そんなに罫線やら段落やら網がけした文書がメールのやりとりで必要とは思えない。
すると、インターネットの世界で必要なファイル形式はテキストファイル、あるいはhtmlファイルで十分でしょう。
htmlファイルはメールするわけではなく(htmlのメールは大迷惑)て、WEBに置くためだが、これもhtmlエディタを使う。
ワープロソフトはバージョンアップするにつれて、ハードディスクで占める容量がでかくなり、かつ動作が重くなってきた。
重い上に使わないソフトに貴重なリソースを使うことはできない。

一昔前は、パソコンを買う動機のかなり大きい部分が、「ワープロで文書をつくる」だった。
しかしこれだけネットワーク環境が当たり前になると、「別に文書はワープロでなくていいんじゃない?」と思います。
今この文章も、秀丸エディタで書いている。書き終えたらカット&ペーストしてホームページビルダに貼り付けます。
そんでもってFTPでWEBサイトにアップします。
秀丸エディタは軽くて高性能でほんとうに重宝しています。
こうしてると「いったいワープロって何?」といった感慨を覚えます。

とりあえずはパソコン環境に余裕がないわけだし、ワープロは入れずに、テキストエディタとメーラーで十分ですね。
ただ日本語変換は優秀なソフトがほしいけど。ATOK12だけが目的で一太郎9を買おうかな。

10/27
仏前結婚式
多分大多数の人は見たこともないと思いますが、仏教は葬式のためだけにあるわけではなくて、結婚の儀式もあります。
ずうっと前、自分が結婚するときに本を読んで知ったのですが、非常に興味深く感じました。
手元にある「冠婚葬祭マナーノート」(主婦と生活社)から引用します。
>>僧侶の焼香、敬白文(お経の一種か?)かを朗読してから念珠授与になります。
>>新郎には白房の念珠、新婦には赤房の念珠が渡されます。新郎新婦はこれを親指以外の4本の指にかけて合掌します。
>>仏前結婚式では新郎新婦で焼香します。
つまり数珠も読経も焼香も、私たちは葬式や法事でしか接することがありませんが、別に死者を弔うためだけのものではなく、仏教行事一般でのアイテムみたいですね。
確か焼香は近い親族から順に行われるはずです。
つまり結婚式場の係員が、「では、ご親族から順にご焼香をお願いします」とかいって、焼香の盆(なんていうんですかね)が回ってくるんでしょうね。
ちょっと妙ですね。

結婚式に出かけるのに久しぶりの礼服を着ると、前回着たときが葬式で、上着のポケットに数珠が入っていて、「おっと縁起でもない」とか慌てた経験がありますが、実はちっとも不吉なわけでもないんですね。
なんで葬式は一般に仏式でするのに、結婚式は神前かキリスト教なんだろう。
もしかして、私が今いきなりイスラム教に改宗した場合、葬式はイスラム式でやってくれるだろうか?
一般の式場ではイスラム式葬式のノウハウなんてなくて、遺族が迷惑するでしょう。

また、この本には、披露宴の招待状の返信の仕方とかも載っているのだけども、返信葉書の宛名が「○○行」になっているのを横二重線を引いて「様」にするとか、「御出席」の「御」に線を引くとかいったマナーが書いてあります。
こういう「儀礼のための儀礼」てのは本当に読んでいて気分が悪くなります。

10/25
そういわけでラピッドレジュームも、エンサイクロペディアもいらないので、アプティバのプリインストールソフトを全部削除して、OS入れ直してすっきりしてます。
WindowsはOSを入れ直した時に、アプリケーションをインストールし直さなければならんのがとっても面倒だが、考え様によってはソフトの整理のよい機会なので、あれこれ考えて必要度の低いソフトはもう入れないことにした。
なんとかHD540MBを有効利用しなければなりません。

モデムやPD等の周辺機器の認識は特に問題がないが、MIDIのシリアルI/Fが復活できない。
サウンドブラスターは認識されているのだが。
あれ、シリアルドライバどうやってインストールしたっけ?
といわけで、いろいろ思い起こしてコンパネの「ハードウエア」からシリアルドライバをインストールしたが、動作しない。
どうもポートがAに設定されているのが問題らしい。
OS初期化前はシリアルのBポートを使っていたが、機器名は「RolandSerial MIDI Out Port A」である。シリアルのAの方なのか?

2つあるシリアルポートをつなぎ直したり、ドライバを削除して3回入れ直していると、どういうわけだか音源が動作するようになった。
結局何が悪くて、何をどうしたから動くようになったのかわからない。
ちなみにコンパネで見ると 機器名はPortAだが、シリアル接続はBを使っている。
どうも機器名の「A」はシリアルポートのことではなくて、MIDIポートのことらしい。
MIDIはA・B2ポートでそれぞれ16チャンネル=全32チャンネルを一つのインターフェースでコントロールできる。
このあたりが実にわかりにくい。
ドライバで悩むのはもうやめたいですね。
####
自宅から100mほどの距離に2軒ラーメン屋がある。
普段はまったく一人で外食する機会がないので、どちらの店でも食べたことがなかった。
土曜日は珍しく昼間一人だったので、そのうち一軒に行ってみた。
これが旨い。かなり濃い目の醤油味が脳天の突き刺さるうまさで、いっきに食った。汁を最後まで飲んだ。
スタンダードな「中華ソバ」で普通なんだが、くせになりそうな味。
これだけ旨いラーメンは久しぶりです。

10/28
ワープロは必要であろうか。
自宅のパソコンのHDを初期化して、アプリケーションを入れ直したのだが、今ののころワープロソフトを入れてない。
初期化前は、MS-WORKSと一太郎6.3を入れていたが、ほとんど使ったことがなかった。
自宅で体裁の整った文書を作成して印刷することなんてまずない。
必要な文書作成では、印刷するしないに関わらずテキストファイルで十分でしょう。
めったに使わないワープロのために、決して少なくないディスク容量を割くのも無駄である。

たとえば一太郎で作成した文書をメールすることはまずない。
当然でしょ。相手側が一太郎を持っていないと意味がない。
そんなに罫線やら段落やら網がけした文書がメールのやりとりで必要とは思えない。
すると、インターネットの世界で必要なファイル形式はテキストファイル、あるいはhtmlファイルで十分でしょう。
htmlファイルはメールするわけではなく(htmlのメールは大迷惑)て、WEBに置くためだが、これもhtmlエディタを使う。
ワープロソフトはバージョンアップするにつれて、ハードディスクで占める容量がでかくなり、かつ動作が重くなってきた。
重い上に使わないソフトに貴重なリソースを使うことはできない。

一昔前は、パソコンを買う動機のかなり大きい部分が、「ワープロで文書をつくる」だった。
しかしこれだけネットワーク環境が当たり前になると、「別に文書はワープロでなくていいんじゃない?」と思います。
今この文章も、秀丸エディタで書いている。書き終えたらカット&ペーストしてホームページビルダに貼り付けます。
そんでもってFTPでWEBサイトにアップします。
秀丸エディタは軽くて高性能でほんとうに重宝しています。
こうしてると「いったいワープロって何?」といった感慨を覚えます。

とりあえずはパソコン環境に余裕がないわけだし、ワープロは入れずに、テキストエディタとメーラーで十分ですね。
ただ日本語変換は優秀なソフトがほしいけど。ATOK12だけが目的で一太郎9を買おうかな。

10/27
仏前結婚式
多分大多数の人は見たこともないと思いますが、仏教は葬式のためだけにあるわけではなくて、結婚の儀式もあります。
ずうっと前、自分が結婚するときに本を読んで知ったのですが、非常に興味深く感じました。
手元にある「冠婚葬祭マナーノート」(主婦と生活社)から引用します。
>>僧侶の焼香、敬白文(お経の一種か?)かを朗読してから念珠授与になります。
>>新郎には白房の念珠、新婦には赤房の念珠が渡されます。新郎新婦はこれを親指以外の4本の指にかけて合掌します。
>>仏前結婚式では新郎新婦で焼香します。
つまり数珠も読経も焼香も、私たちは葬式や法事でしか接することがありませんが、別に死者を弔うためだけのものではなく、仏教行事一般でのアイテムみたいですね。
確か焼香は近い親族から順に行われるはずです。
つまり結婚式場の係員が、「では、ご親族から順にご焼香をお願いします」とかいって、焼香の盆(なんていうんですかね)が回ってくるんでしょうね。
ちょっと妙ですね。

結婚式に出かけるのに久しぶりの礼服を着ると、前回着たときが葬式で、上着のポケットに数珠が入っていて、「おっと縁起でもない」とか慌てた経験がありますが、実はちっとも不吉なわけでもないんですね。
なんで葬式は一般に仏式でするのに、結婚式は神前かキリスト教なんだろう。
もしかして、私が今いきなりイスラム教に改宗した場合、葬式はイスラム式でやってくれるだろうか?
一般の式場ではイスラム式葬式のノウハウなんてなくて、遺族が迷惑するでしょう。

また、この本には、披露宴の招待状の返信の仕方とかも載っているのだけども、返信葉書の宛名が「○○行」になっているのを横二重線を引いて「様」にするとか、「御出席」の「御」に線を引くとかいったマナーが書いてあります。
こういう「儀礼のための儀礼」てのは本当に読んでいて気分が悪くなります。
10/25
そういわけでラピッドレジュームも、エンサイクロペディアもいらないので、アプティバのプリインストールソフトを全部削除して、OS入れ直してすっきりしてます。
WindowsはOSを入れ直した時に、アプリケーションをインストールし直さなければならんのがとっても面倒だが、考え様によってはソフトの整理のよい機会なので、あれこれ考えて必要度の低いソフトはもう入れないことにした。
なんとかHD540MBを有効利用しなければなりません。

モデムやPD等の周辺機器の認識は特に問題がないが、MIDIのシリアルI/Fが復活できない。
サウンドブラスターは認識されているのだが。
あれ、シリアルドライバどうやってインストールしたっけ?
といわけで、いろいろ思い起こしてコンパネの「ハードウエア」からシリアルドライバをインストールしたが、動作しない。
どうもポートがAに設定されているのが問題らしい。
OS初期化前はシリアルのBポートを使っていたが、機器名は「RolandSerial MIDI Out Port A」である。シリアルのAの方なのか?

2つあるシリアルポートをつなぎ直したり、ドライバを削除して3回入れ直していると、どういうわけだか音源が動作するようになった。
結局何が悪くて、何をどうしたから動くようになったのかわからない。
ちなみにコンパネで見ると 機器名はPortAだが、シリアル接続はBを使っている。
どうも機器名の「A」はシリアルポートのことではなくて、MIDIポートのことらしい。
MIDIはA・B2ポートでそれぞれ16チャンネル=全32チャンネルを一つのインターフェースでコントロールできる。
このあたりが実にわかりにくい。
ドライバで悩むのはもうやめたいですね。
####
自宅から100mほどの距離に2軒ラーメン屋がある。
普段はまったく一人で外食する機会がないので、どちらの店でも食べたことがなかった。
土曜日は珍しく昼間一人だったので、そのうち一軒に行ってみた。
これが旨い。かなり濃い目の醤油味が脳天の突き刺さるうまさで、いっきに食った。汁を最後まで飲んだ。
スタンダードな「中華ソバ」で普通なんだが、くせになりそうな味。
これだけ旨いラーメンは久しぶりです。

10/23
久々にパソコンを初期化しようかと考えています。
HDはどんどん逼迫してくるし、不要なアプリは整理しきれないし、システムの動きもなんとなく不安定になってきた。
いつもこれやるときは、必要なデータをバックアップするのだけれども、たいてい何か忘れていて、メールのアドレス帳がなくなったり、集めたMIDIデータが消えたり、オンラインで購入したシェアウエアが戻せなくなったりします。
半年に一度くらいはやっているので、そんなに不安はないのだけれども、もしかしてインターネットの環境が戻せないとこのサイトも更新できなくなるかもしれません。
まあ良い機会なので要らないソフトは全部削って〜3.1時代のプリインストールアプリは殆どいらない〜、ブラウザは最新版にして、それからものになるかわからないけどもJAVA環境も入れてみるかな。

10/21
教師がバカだと不幸だということ
征服者のページで先生と生徒の話がよく出てくるので思い出したことを書きます。

私が小学校5・6年生の時の担任は、大学を出たばかりの若い男性教師でした。
この教師は体育大学卒の体育専門で、いきなり小学校高学年の算数や国語・社会を教えていました。
もうこの前提だけで相当な無理があります。
若いからしょうがないのでしょうが、人間的にもいかにも薄っぺらい感じがして、子供心に「頼りにならない先生」という印象がありました。
先生は大人であって威厳が当然あるものだと思っていたけれども、この先生は子供を喜ばせるような話ができるわけでもなし、たまに説教臭いことを話しても中身がないのがよくわかりました。
私は5年生の1学期にいきなり級長をやらされたのですが、学級運営でもちっとも先生が頼りにならなくて苦労したことを覚えています。
更にまずいことに、私は5年生から進学指導の学習塾に通い始めていて、かなり高度な受験勉強をしていました。
そうしてどんどん学力が付くものだから、この教師の授業のまずさ、教師自身の理解不足がものすごくよく見えてきました。
例えば、小学校の算数に鶴亀算とか流水算とか植木算とかいった、ある程度論理性を必要とする=公式が必要な項目があります。
これはなかなかわかりにくくて、小学生にちゃんと理解させるのにはかなりの技術が必要です。
私は塾通いをしていて、一次方程式を知っていたので苦労なく解答できたのですが、そうでない子供たちは未熟な授業でさっぱり理解できていませんでした。
私も同じ班の友だちに算数なんかを教えようとしたもんですが、例えば「分速60mで移動する場合に1秒ではどれだけ進むでしょう」とかいう基本的な部分も友だちは理解できないんですよ。
未熟な教師は、生徒の理解を確認しながら、基本から積み上げていく授業が全然できていないわけです。

11・12歳の私は生意気盛りで、あまりの教師のふがいなさに心底バカにするようになりました。
先生のいうことを聞かない、すぐ反抗する、宿題をやらない、授業のまずさを指摘する、しかしテストはいつも満点といった、実に嫌みな児童でした。
今思えばこの先生も可哀想で、本当は中学校の体育教師になりたいのに、なかなか空きがなくてしかたなく小学校で教えたくもない算数や国語の授業をしていたわけです。
しかし生徒にしてみれば、学習のほとんどをこの先生に頼っているわけで、理解するしないにかかわらず卒業して中学生になるんですから、ここでのつまずきはものすごく大きい。
父兄や他の先生の間でも、この教師の無能はかなり問題になっていました。
このバカ教師は我々が6年の2学期という結構大事な時期に結婚してし新婚旅行でしばらく生徒をほったらかすといった、無神経さも持っていました。
また、私は6年の夏ころにかなり重い気管支炎を煩って、2ヶ月くらい学校を休みました。
それでもとりたてて心配してくれる訳でもない。復学したときも何にも言葉をかけられなかったことを覚えています。
隣のクラスの先生が私の病気を心配してくれたのにね。
要するにやる気もないし、心底バカ野郎だった訳ですが、クラスの友だちが気の毒でした。

で、私は学校の事なんていい加減にしておいて、受験勉強に勤しんでいたわけですが、中学受験の内申書にかなりひどいことを書かれました。
2年間の間に級長を2回やるような生徒が内申書に悪く書かれる。
「勉強はできるのだけども、品行に問題あり」といった感じで、よっぽど私の事を嫌っていたのだと思います。まあ当然ですか。
しかし特にこの先生にいじめられたりはしませんでした。
友だち何人かと悪いことをした時でも、なぜか私だけは怒られなかったりということが何度かありました。
きっと扱いにくい私が恐かったのだと思います。
私は結果的に国立中学に合格しましたが、それについても何にも言われませんでした。

この人は、私が卒業した後も数年間小学校の教師だったらしく、「この先生にあたるとろくな高校に進学できない」というのが父兄の間で常識だったようです。
ベテランの教師が面と向かって馬鹿さ加減を非難したという話もありました。
高校くらいになれば教師がバカでも自分でなんとか勉強する事もできますが、小学校の教育課程はちゃんとした授業してもらわないと取り返しがつきません。
私自身もかなり長期間塾講師をしていたから、子供に教え込むことの難しさはある程度理解できます。
でも、あきらかに教師が無能な場合は、クビにして別な先生に入れ替えるような事はできないのでしょうか。
一般の会社では、実績の上げられない人間が担当をはずされることなんてあたりまえの話です。

10/20
ハヤシライスが食卓に出てくると思わず「ハヤシもあるでよ」と超古典的なフレーズを口にしてしまうことを述べたが、この手の恥ずかしい文句は捜せばたくさんありそうだ。
例えば名と迷を引っかけた突っ込みとかいいよね。
会社の機関誌とか同窓会の会報なんかで、何かの催しの司会者をだれかがして、「○○さんの名(迷?)司会により」とかいうのを見つけると、うれしくて体温が2度くらい下がってしまう。
E-MAILやHPで同様の表現をする場合は、その横に「^^;」とかのフェースマークがあると実に効果的ですね。
ちょっとローカルだが、徳島の自宅近くに園瀬川(そのせがわ)という川がある。
私がこの川の話をしようとすると、大抵の人が「そのせがわ〜流れる岸辺」と青葉城恋歌の節でボケをかまします。
(原曲は"ひろせがわ〜流れる岸辺")
それとか「知性的な」というと、「その"ち"は知?痴?」とかいってちゃかしたり。
ギャグではないけれど、なにかにつけて「私の独断と偏見で決めました」とかいう人もいますね。
超手垢が付いた表現で、身震いがしてくる。
こういうのをたくさん集めて「恥ずかしい表現コーナー」が作れないだろうか。
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用があって広島の出身高校に電話した。
対応してくれた事務員の言葉はごく普通の標準語なのだが、イントネーションが思いっきり達川していて笑えた。
古里のなまりはいいモンだと思いました。

10/19
気がつくと買って満3年が過ぎたマイマシンAptivaくんである。
なんといってもプリインストールはWindows3.1である。486DX4なだ。
HDは540MBしかない。当時のカタログを見ると「大容量ハードディスク」とあって笑ってしまう。
IDEのHDを買ってきて増設すればいいのだが、2GBでも2、3万はするだろう。「中古のペンティアムが10万円で買える」とか思うとそれも馬鹿らしい。
Windows95の圧縮ディスクでどうにかやりくりしている。
リムーバルディスクに650MBのPDを付けているのも妙だ。リムーバルはZIPくらいにしておいて余った金でHDを買えばよかった。

ちょっと油断するとシステムのドライブの空き容量が、30MBくらいになって警告が出てくる。
そのたびにCドライブのアプリケーションを削除したりPDに移してきたが、Windowsディレクトリは膨れるばかりだ。
とくにアプリを増やしているのではないのだが、なんでシステム部分が膨張するのだろう。
ディスクを初期化してOSから入れ直すしか無駄なファイルを除去する方法がないのも悲しい。

10/18
みちやん氏のコラムで「セクハラ注意の電子メール」の宛先に「全部門長+ある個人」てのがあって、その個人が「張本人」がまるわかりて話が面白い。
イントラネットで複数の相手にメール配信した場合、たいていだれに出しているのかわかるので、その宛先リストからいろいろ類推・邪推が発生しますよね。
こういうのって、社内システムに電子メールが導入されると発生する一つの文化だと思います。
例えば退職の挨拶を同報メール(複数の相手に同時に出すメール)で送ったりしますが、受けた側でだれとだれに出しているか見れるから、その挨拶メールの属性が類推できる。
例えば「あ、これは義理の挨拶メールでそんなに親しくない人向けだな」とか、「こいつとこいつに出してるのに、なんであいつが含まれていないんだろう?」とか想像が膨らみます。
それとか、たくさんの人に一度に配信すると、よく宛先に漏れがあったりします。そんな場合は気がついたときに宛先を追加するんですが、受けた側は自分が「追加された宛先」であることがわかるわけです。
それで「こいつ(発信者)俺のことを忘れてたな」とか恨んだりしてね。
遊びの誘いのメールなんかで、自分が後で追加されていると「俺は付け足しかよ」とかひねくれたりして。
それとかEmailとちがって、受け手がいつ読んだかてのもわかるから、「すぐに読まない失礼なやつ」と思われたりしてね。
こう考えるとたいていネガティブな方向に影響があるみたいですね。

10/17
初めてフレームを使ってみました。ホームページビルダーではフレームエディタを使ってフレームのhtmlファイルを作成します。
まず、運動と体重の部分をフレーム化。
それから、フレームにCGIを組み込んでみたのが、みんなの書込です。各コーナーが一画面に表示されます。
実は フレーム=重いというイメージがあってあんまり好きではありません。多分今後もそんなに使用しないと思います。
####
今日の夕方に台風10号が四国に上陸して、22時現在の徳島はものすごい風雨です。
がたがた窓枠が揺れるので、さすがに恐くなってさっき雨戸を閉めました。
古い家だと雨戸が戸袋に入っていて、めったに出さないからレールの滑りが悪く、引き出すのに一苦労するもんです。
それが、最近の家は雨戸がシャッター状になっていて、サッシの上部に巻き込んであるので、家の中からそれを引き下げるだけで閉められて、ひどく簡単です。
雨戸を締めて密閉された室内で、家を叩く風の音を聞いていると、つくづく家があって(ホームレスでなくてということ)ありがたいと思います。
やはり住宅の第一目的は「雨風を防ぐこと」ですね。
ただ停電はありそうなので、こうやって文章を書いていてもこまめにSAVEしています。

10/15
征服者くんの言論の自由がひじょーに重くなったので、分割しました。すこしは軽くなりました。
いつもたくさん書き込んでくれてありがとう。
今日はこの作業で時間がかかったので、これだけ。

10/14
ジャネット・ジャクソンが1月に来日するそうです。
当然東京と大阪で数回ずつなんですが、それ以外は名古屋と浜松(!)でコンサートがあります。
ちなみに東京公演はドームではなくて武道館です。
もしかしてドームはあまりに音響が悪くて武道館なのかな(武道館も決してよくはない)。
ドーム球場は無駄な反響が大きくてPAの人は大変だと思います。
大阪は大阪城ホールなのだけれども、土曜日のチケットが取れたら行きたいなあ。

10/13
また少しパワーが出なくなっていて長い文章が書けません。
征服者くんのページの現役高校生の文章は非常に面白いのでいろいろ書きたいのですが。

半期末の仕事が10月9日の金曜日に終わるはずであったが、なんやかんやで終わらなくて、翌10日はプログラムのバグも発覚したのだが、休みに出勤するのも嫌だったので、月曜日に回した。
12日(月)にはやはりあれこれあったのだが、最終的にはどうにかなって、超大量の帳票の印刷プログラムを動かしたまま帰った。
これでやっと上期も終わったかと思ったが、今日13日にもまだ追加の作業があって・・もう大丈夫でしょうか?
こうやって期末の仕事をしていると、2年前の今時分にやはりなかなか仕事が終わらなくて、長男が生まれたのにすぐに見に行けなかったことが思い出される。
息子は96年の10月7日に生まれたのだが、9日に作業を締めて翌10日には岡山の産院へ行く予定であった。
それが9日の夜になって、データの作り直し作業が大量に発生して結局10日も休日出勤であった。
あの時は明け方の4時くらいまで会社にいたような覚えがある。
こういう仕事をしていると、納期前やら締め日前やらで徹夜作業とか珍しくないのだが、そういえば2年前のそれ以来、そんなにめちゃくちゃな事態は経験していない。

プログラム作成とかいうと何か「知的な」作業だと思われがちだが、実際にはプログラムを設計したりアルゴリズムを構築するあたりまでが頭を使う作業で、コーディングやデバッグ作業はそれほど「知的」でもない。
だから、無理して徹夜したぼんやりした頭でも、コンパイルエラーを除いたり、デバッガーで動きを追ったりすることはできる。
しかしそうやって、勢いだけでプログラムを製造していると、後になって訳の分からないロジックが組まれていたりして、自分が迷惑する。
多分頭が疲れてくると把握できる範囲がすごく狭くなるので、どんどん近視眼的な対応になっていって、全体として調和が取れていないモノを作ってしまうのであろう。
プログラム製造なんて人間とコンピュータがあれば24時間いつでもできてしまうのだが、凡人は集中力にも限界があるので眠たい時は寝よう
ということをいつも考えています。

そういうわけで、料理の神田川先生が林ますみ容疑者にくりそつてのは笑いました。

10/12
久しぶりに床屋へ行ったが、最近頭頂部の貧毛が気になるのでいろいろ教えてもらった。
・メーカーの育毛剤はだいたいにして、「抜け毛を減らす」効果はあっても「生えてないところにはやす」効果はない。
・しかし、どのメーカーの育毛剤も、一割程度の人には育毛効果がある。
・したがって、「育毛剤で育毛」を目論む人は、色々なメーカーを3ヶ月ごとに試してみるのがよい。
・普通のシャンプーは、「痛んだ髪の毛をケアする」ことを主目的にしているので、頭皮によくない場合がある。
・ハゲを防ぐには「頭皮によいシャンプー」を使うべきだが、だいたい通常のシャンプーの5、6倍の価格である。
・手っ取り早いのは週一回程度石鹸で頭をあらうこと。しかしこれもやりすぎると頭皮が乾燥するので逆効果である。
・最近多い若ハゲは主に食生活が原因ではなかろうか。
・一時は頭を棒で叩いている人がたくさんいたが、最近は聞かない。
・バーコード頭はみっともないが、バーコードででも覆っていないと随分老けて見える。
・髪の毛一本一本に数本の人工毛を植毛する作業は恐ろしく時間がかかるし疲れるので床屋では商売にならない。
・前髪の生え際が不揃いになったらヤバイ。

10/10
日々の運動と体重表を作りました。
運動不足解消に徒歩と自転車通勤を始めて1ヶ月ほどになります。
日々の運動量や体重を記録してきたので、一覧にしました。
特に食事制限はせずに、徒歩と自転車の有酸素運動だけでどのくらいダイエット効果があるのか実験です。

10/07
目が覚めると揺れるバスに乗っていた。随分ぐっすりと寝込んでいたようであった。
そとは真っ暗でどこを走っているのか全くわからない。
隣を見ると、祖父が漠然とした顔をして座っている。私を見るでもなく、前をにらんでいる。
あれ、どこにいくのだろう。状況がしばらく理解できなかった。
あ、私は松江から広島へ帰るところではないか。

私は10歳の小学生で、一人で出雲大社と松江に旅行にいって、その帰りにバスに乗ったのだ。
ガキのころから旅行が好きだった私は、この年齢で、一人出雲路を廻った。
前日に芸備線の夜行列車にのり、木次線を経由し、明け方に宍道湖あたりで山陰線に乗り換えた。
更に出雲から大社線(現在は廃線)に乗り換えて、出雲大社にお参りした。
それからバスで日御碕を訪ね、いったん大社に戻ってから一畑電鉄(出雲地方の私鉄)で松江に向かう。
松江城をみたかどうかは覚えていないが、多分見物しただろう。
行きの夜行列車は自由席で、殆ど眠れなかった少年は、移動の激しい一日で相当疲れていた。

夕方の5時くらいに、松江駅前から広島行きの長距離バスに乗った。
予約制のバスは席がとれなくて、国道で中国山地を随分入り込むまで座れなかった。
やっと座ってから、すぐに寝込んでしまった。

そして気がつくとどういうわけか隣の席に祖父の遠藤ひろきちが座っている。
祖父は呉の近くの瀬戸内に面した田舎町で土建屋をやっている。なんでここにいるのかわからない。
一瞬一緒に旅行をしているような気がした。

その数ヶ月前に、新幹線が博多まで開通して、私は祖父と二人で太宰府へ一泊旅行した。
これも今考えると、なんで爺さんと孫が二人きりでわざわざ博多くんだりまで出かけたのかよくわからないが。
ともかく、そんなこともあったので、二人でバスに乗っているのもなんとなく不自然でないような気がした。
しかし確かに松江には一人で出かけたはずだ。何かの事情で途中からバスに乗ってきたのだろうか?
聞いてみよう、話しかけようとして、初めてそれが本当に遠藤ひろきちなのか疑問に思った。
どう考えても状況的に爺さんがここにいるわけがない。
しかしちらちらと横顔を見ていたが、どう見ても祖父である。

私は相当に混乱したが、理屈で考えてその人物は他人であると判断して話しかけなかった。
当然向こうも私に何も言わない。

バスは島根と広島の県境の赤名峠で、休憩をとり、乗客はみな降りて、停留所のそば屋で名物赤名そばを食べた。
祖父に似た人物も食べていた。顔も体つきも歩き方もどっから見ても祖父だった。
休憩が終わって再びバスは山陽に向けて走り出した。隣にはその人物さんがいる。
何度か話しかけようと思ったが、赤の他人なのに何を言えばいいのかわからない。
その人物は三次で降りていった。結局一言も口をきかなかった。

結論としては単に祖父によく似た人とバスに乗り合わせただけの話だが、この時の混乱した気分を今でもよく覚えている。
後でこの話を祖父にしたら、軍隊にいたころに「まるで双子だ」といわれるくらい似た人物がいて、よく間違えられたという。
その人は多分県北に住んでいるというので、もしかしたらその人だったのかもしれない。

もうその祖父も他界して随分になる。
岐阜の貧乏な出で、勉強したくてさんざん苦労して東京の大学を自力で卒業、役人になったり兵隊に取られて南洋の島で空港作ったり、戦後はどういうわけだか広島の田舎町で土建屋をやっていた。
バスの話は突然十年ぶりくらいに思い出したので、忘れないように書いてみました。
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本日は長男の2歳の誕生日。
ますます気むずかしくなって、やっかいな幼児である。
話に聞いていた私の幼児期とよく似ていると思われる。

10/06
葬式での清めの塩をやめようではないかいう動きが、真宗を中心にあるという話を新聞でよんだが、そもそもこの塩は仏教上の根拠はないらしい。
真宗は親鸞の著作(名前忘れた)で下層民の差別表現が問題になっていて、このあたりはかなり敏感だと思われる。(ちょっとうがった見方)
私は、日頃塩をまいたりすることはないけれども、そういえば葬式に行くと、香典返しと一緒に塩が入った袋をもらう。
特に使ったことがないのだけれども、結構縁起担ぎの妻は家の鬼門方向に塩を置いていたりする。
この「清め」とか「ケガレ」(←ATOKでは出ない)という考え方は日本人独得のものらしい。

こういった、ある種のタブーはその根拠が曖昧でも定着し易い。
六曜なんて、日頃気にする人なんてめったにいないが、結婚式と葬式ではだれもが意識する。
例えば教会で式を挙げたいばっかりに、何度か教会に通ってにわかクリスチャンになるような人でも、やはり挙式の日に仏滅は選ばない。
ちょっとうるさい人だと、仏滅に病人のお見舞いとか、引っ越しとか、家具の搬入とかをしない。
私が経験した極端な例では電子ピアノの搬入をわざわざ大安にしている人がいた(名古屋の話)。

で、こういったケガレに基づく行動規範の根拠は・・・というとまあ土俗信仰みたいなもんで、少なくとも普通に考えられているような仏教上の理由ではない。
しかし「仏滅に結婚」とかいうと、じゃあそれが原因で不幸になってもいいのかよといわれれば反論もしにくい。
でも、日本人以外は絶対に六曜なんて知らないわけだよな(あたりまえ)。
私はこういう根拠レスなタブーが大嫌いで、一番イヤだったのが、昭和天皇の危篤状態が続いているときに、祭りとか運動会とか全部中止なったことだ。
死んだのならまだしも、まだ生きているのに、行事を自粛するのは、逆に実に失礼な話である。
また、運動会は天皇のためにするのではなーい。
しかし、ある種「良識ある人々」が「天皇陛下がお苦しみの時に運動会とは」とか言い出すと、やっぱり中止になるんだよね。

私はあの当時(昭和のまさに末期)、今防衛庁関係で問題になっているメーカーのSEだったが、その会社は確かに官公庁関係に強かった。
だからなおさら天皇の容態には敏感だったのだが、官公庁担当SEなんて、いつも黒いネクタイを持って客先に行っているんだぜ。
つまり「いつ天皇が死んでもいいように」黒ネクタイを持参するわけです。
これって、死にかけている老人にたいして、ものすごい失礼な話だよな。
天皇が死んだ直後にはやくも黒いネクタイをしてたら却ってまずいような気がしていたが。

話が分散しましたが、言いたいことは、ケガレとか清めの塩とか六曜とか、それ以外にもたくさん根拠のないタブーが我々のまわりにあって、それがマイノリティの差別にも直結しているのだから、次の世代にはこんな非合理的な慣習はなくしたいですね。
だいたい日頃全然宗教活動なんてしてないくせに、結婚式とか葬式とかの時だけ神妙な顔をして急にクリスチャンになったり仏教徒や神道の信者になるのが日本人ですね。
ほんとに仏教徒なら結婚式も仏式で挙げろ!結婚式で読経や焼香があるんだぜ。面白いぞ。

10/05
今年も残すところ3ヶ月を切ってしまったので、そろそろ年末正月のことを考えるのだが、実は会社の冬休みは10日もあって、それはもちろんその時に会社がちゃんと存続していてしかも私が雇用されているのが条件であるが、もっともその条件を満たしていなければ冬休みは10日どころか果てしなく連休かもしれないのだが、Cozy'sでお馴染みの皆様にも久しく会っていないので、是非また飲み会を広島でやりたいなどど、今から冬のことを考えているのだが、一方ではまだまだ日中は暑くて、私なんぞ毎日片道40分自転車をこいで通勤しているので、半袖ポロシャツでも暑くてあつくて汗がどくどくでてしまうので、しかたなく出社したらこっそり下着のシャツを脱いでハンガーでパソコンの後ろにつるして干している毎日だが、それには会社の自席でポロシャツを脱いで下着を脱いで、つまり上半身裸になるので、席が隣のK嬢が出社してくる前にその作業をしてしまわなければならないというのが私の朝の日課になってしまっているのだが、それにしても広島は帰りたいようなうっとうしいような複雑な故郷なのだが、遠く にあって懐かしむのが一番というのが故郷を離れて十数年経った感想で、しかし大学の跡地がどーなっているのかくらいは見に行きたいと前々から思っているが、帰郷してもそんな時間がとれないのはなぜだか謎で、どういうことかというと、せっかく広島にいても自分自身のために使える時間が限られるということで、自分勝手にできないのなら、わざわざ海峡を渡って金を使って帰る必要もないような気がする。

10/04
吉野川
一応今は徳島市民だし、第十堰の話も気になるので、吉野川をWEBで検索してみたら意外な事実を勉強できました。
吉野川は徳島市を南北に分断する形で存在していますが、都市の中心は南側にあります。
国道11号の吉野川大橋が横断している部分で、川幅は1km弱あります。
かなりでかい川で大河といった趣です。マピオンの地図はこちら
こんな立派な川なので、当然昔からそういうふうに流れている、もしかしたら太古の時代から何万年も流れているような気がする。
それが実は江戸時代に作られた川だそうです。

市の北には「旧吉野川」という川があります。幅もせまく、曲がりくねっている。
なんで、川に「旧」があるのか前から不思議だった。国道でもあるまいし。
それがどうも「旧」の流れがもともとの吉野川で、今の大きな吉野川は「作られた」川だそうです。
「旧」と「新」は今の吉野川の河口から15kmほどの場所で分岐しています。
その分岐部分が「第十堰」ですが、そこから下流の「新」吉野川は阿波藩が工事で作った。
最初は洪水の対策に、バイパス的な目的で幅十数メートルの用水路みたいなものだったらしいのですが、しだいにそっちへの水量が増えて結局今の広さになったらしい。

徳島で生活していると、吉野川の存在は非常に大きいのです。
私のように川の南側に住んでいると、川の向こう側にはなかなか行く機会がありませんでした。
駅も役所も市街地も南側だし、「大河を渡る」のはなんだか気苦労で、川の向こうは遠い世界といった印象です。
まあ今は会社が川向こうにあるので、毎日吉野川を朝夕横断していますが。
この大きな川がほんの250年程前に作られたものとは。ちょっと驚きです。

それと「第十堰」というので、私は吉野川には堰がいくつもあって、そのうち十番目なのかと思っていました。
この名前は堰の場所の地名が「第十村」だったことからきています。

吉野川や堰の話は改めてちゃんと調べてページにしたいですね。
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本日は娘の幼稚園で運動会。10月とは思えない暑い日差しだった。
運動会の後、「家族でお食事」で、あるパン屋のレストランに行ったら、フランス料理のコースしかなくて、高いこと。
皿がじゅんぐり出てくるような気負ったレストランなんて何年ぶりだろう。

10/02
眼鏡
先月買ったばかりの眼鏡が行方不明になってしまった。
「過去のワシ」を見てみると8月14日に購入している。
ちなみに、その前の眼鏡は買って一年足らずで踏んづけて壊している。

なくしたり壊したりする大きな原因は、普段から頻繁にかけたりはずしたりしてるからだ。
そんなに近視がひどくない(0.7と0.1くらい)ので、少々見づらくても眼鏡無しの生活ができないわけではない。
加えて、眼鏡歴15年なのに未だに鼻の上にのっかった異物が気になる。
それで、家でも会社でも眼鏡をかけたりはずしたりしているから、そのうちどこにいったかわからなくなる。
毎日自動車を運転していれば必要だからすぐに気がつくのだが、最近はほとんど車に乗らないので、いったいいつからかけていなかったか判然としない。

9月30日水曜日は、土砂降りのなか市バスで出勤した。
その日の勤務中は眼鏡をしていたようだが、退社後はどうだったかわからない。
次の日(10月1日木曜日)の朝、出勤時に歩いていて、初めて自分が眼鏡をしていないことに気がついた。
その時は"多分家に忘れてきたのだろう"と思ったが、帰宅して家中をさがしてもどこにもない。
こうなると家の中で紛失したのか、会社なのか、通勤途中で落としたのか全然わからん。

可能性としては、
1.家のどこかに置いたままにした眼鏡を子供がどこかに隠匿してしまった。
2.会社のトイレで顔を洗った(日に何度も洗顔する)時に置き忘れてそれをだれかが持っていった。
3.通勤途上で気がつかないうちに落とした。

1であればいつかは出てくるだろうし、2であれば紛失物として届けれられてそのうち戻ってくるだろう。
3だとまず発見は無理。
実はこうして眼鏡を紛失したことが過去に2回ある。
一度は学生の時に、バンドの器材運びをしていて、汗で眼鏡が滑るのではずしてどこかへ置いてそれっきり発見できなかった。
もう一度は飲んでいる時にどこかの店で落としてしまった。

眼鏡がなくても生活できているが、買ったばかりだから情けない。
テレビを見る時は近寄らないといけないし、会社でも向こう側をだれが歩いているのかわからない。
何より困るのが車が運転できない。
弱っちまったい。


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