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トラヤヌス帝、パルティアを攻略し、ローマ帝国最大版図

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概略

96年皇帝ドミティアヌスは皇妃ドミティアに暗殺された。元老院議員のネルヴァが即位、在位は短かったが、貧農のための土地分配法・穀物分配制度・救貧制度・水道整備など実施し善政を敷き、五賢帝時代へと続く。ダキア王デケバルスは、89年いったんローマ帝国と講和を締結するが、105年再度モエシアに侵入。これに対し、初の属州出身皇帝となったトラヤヌスが自ら戦った(第二ダキア戦争)。翌106年ローマがデケパルスを破り、ダキアを征服した。106年には、エジプトの東隣のナバテア王国を併合し、属州アラビアとした。


トラヤヌス帝、パルティアを攻略し、ローマ帝国最大版図
106年 アラビア=ペトラエアのナバテア王国(*1)を併合し、属州アラビアとする
ローマ、ダキアの根拠地サルミゼゲトゥサを占領。デケバルス自殺、ダキア降伏。属州ダキア設立される。
パンノニア、東西2属州に分割される
ダマスコスのアポロドロス、ドナウ川ドロベタに石橋を架ける
107年 アンティオキアでキリスト教徒迫害される;アンティオキア司教イグナティウス、ローマで殉教
 109年 トラヤヌス、ダキアのアダムクリシに戦勝記念碑を、ローマにトラヤヌス記念柱を建てる
111年 小プリニウス、ビテュニアとポントスの総督となる(〜113)
 112年 アポロドロスの設計になるトラヤヌス広場完成
 114年 パルティア戦争;ローマ、パルティア勢力を一掃、アルメニア・メソポタミアを征服し、併合。(〜117)
115年 トラヤヌス、パルティアの首都クテシフォンを占領。
ローマ、アッシリアを征服し属州とする
キュレネでユダヤ人の反乱起こる
116年 ユダヤ人の反乱、キプロス・エジプト・パレスティナなど各地に拡大
メソポタミアの反乱
パルティアの反攻;トラヤヌス、東方征服を断念、パルタマスパテスをパルティアの属王とする
117年 トラヤヌス、ローマへの帰途、キリキアのセリヌスで病死;帝国版図最大
ハドリアヌス即位(〜138)
ローマ、パルティアと和し、ユーフラテス川を両国国境とする;ローマ、属州アッシリアとメソポタミア南部を放棄、アルメニアを属王国とする

*1 紀元前168年に建国され、キャラバン貿易の商隊路に沿う形で領土を広げていった。紀元前63年にハスモン朝イスラエルの内戦に介入するが、共和政ローマ介入によって最終的にローマ軍にペトラ目前まで攻め込まれ、ローマの属国となった。その後、アラビア半島西を通る交易ルートは紅海を通る海上ルートが主流になっていったためペトラの商業都市としての重要性が低下し、その衰退の勢いを止めることができないまま、106年にローマのアラビア・ペトラエア属州に組み込まれて消滅した。(Wikipedia)

資料 塩野七生 『ローマ人の物語XIV キリスト教の勝利』
石橋秀雄他 『世界史大年表』
サイモン・ジェンキンス 『ヨーロッパ全史』