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 モンゴル帝国の成立(1)
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 ◆モンゴル帝国の成立(概略)◆
ヨーロッパでは引き続き十字軍が派遣されていたがその矛先はコンスタンティノープルに向き、一時ビザンティン帝国の代わりにラテン帝国を建国するなど、宗教的な目的とはずれていた。そのころ中央アジアでは1200年以降、ホラズム帝国がペルシア、中央アジアへ領土を拡大、インドではゴール朝のムハマンド=ゴーリーが暗殺されて分裂。初のイスラム王朝となるデリー・スルタン王朝が成立した。中央アジアからインドにおいてイスラム教勢力が強盛となった。イスラムの破壊によりインド仏教に壊滅的打撃となる。そのころ北方アジアでは、遼、金と北方民族の王朝が続き、モンゴルでも氏族間の争いが激しくなり、部族の統合化が進みはじめていた。そのような情勢を背景としてモンゴルはテムジンをハーンへ推戴する。

チンギス=ハーンの時代(1) 他地域の情勢
1162年 テムジン生誕
1189年 テムジン、28歳のとき21氏族によってハーン位につく。 1192年源頼朝、征夷大将軍になる。鎌倉幕府開府。
1196年 金と協力してタタール部を破る 金、北辺防備を固める。
1202年 グルハン(ジャムハ)をコイテンの戦いで破る(*)
1203年 ケレイト部のワン=ハンを討滅 源実朝鎌倉幕府第三代将軍に即位。北条氏の執権職確立。
1204年 ナイマン部のタヤン=ハンを討滅(この時、ウイグル人のタタトゥンガ捕えられ、ウイグル文字をモンゴル人に伝える) フランス王フィリップ2世、英領ノルマンディィを占領。 十字軍コンスタンティノープル占領、ラテン帝国成立。東ローマ帝国はニケーア帝国を建国し、抵抗。
1205年 西夏に侵寇
1206年 テムジン、モンゴル諸部族を統合し、オノン河畔での大クリルタイでハーンに推戴される;モンゴル帝国の成立 ゴール朝滅亡;インド初のイスラム王朝となるデリー・スルタン朝成立。
ホラズム帝国はアフガンを占領。
*; ジャムハとは1196年以前にも戦って敗れている。しかし、敗れたテムジンの側に多くの味方、兵士を付いている。

 

資料 陳舜臣『チンギス=ハーンの一族』