加計呂麻島(かけろまとう)生物誌

 

ペトロ 晴佐久 昌英

加計呂麻島に建てた合宿所に、三年ぶりに行くことが出来ました。
行くと言うよりは帰ると言った方がしっくりくる程ふるさと感に満ちた、小さな天国です。
南国の緑あふれる山と澄み切った海に囲まれたこの島には、様々な固有の生物が棲んでおり、このあたり一帯は昨年、2021年、世界自然遺産に登録されました。
合宿所は入り江の一番奥にあって目の前はプライベートビーチ状態なので、周囲はすべて大自然。
当然、鳥や虫や魚たちと一緒に暮らすことになります。
開けっ放しのキッチンには大きなカニが何匹も住んでいますし、一歩出ればヤドカリの大群を踏みつけそうになり、家の中を瑠璃色に光るアゲハ蝶が悠々と舞ったりしています。
すぐ裏ではイノシシの親子を見かけますし、今年は、積んであったシュノーケルやフィンの下から大きな蛇が出て来たので、猛毒のハブかと思い、魚を突く銛で追い払いましたが、後で写真を見せたら無害なガラスヘビという種類とのこと。
ともかく、もともとは彼らの棲んでいた土地に私たちが勝手に入り込んだわけですから、どなたがおいでになろうとも文句は言えません。
台東区では中々出会えない、そんな親しき隣人たちをちょっとだけご紹介しましょう。
まずは、リュウキュウアカショウビン。
「火の鳥」とも呼ばれる赤い鳥です。
真っ赤に光るカワセミ科特有の大きなくちばしが、とても艶やかで美しい。
合宿所の周りで朝夕、「ひょーろろろろろ」と尻下がりの音程で鳴く独特な歌声を聞くと、「ただいまー」という気持ちになります。
合宿所に向かう森の中の細い砂利道が彼らの飛行通路なので、車の前を先導するように飛んでくれることも珍しくなく、向こうも「おかえりー」と言ってくれているのでしょう。
今回、一羽のアカショウビンが合宿所の壁に激突してテラスに落ち、即死するという事件がありました。
聞けばそういう突撃系の習性があるらしく、窓ガラスをぶち破って飛び込んでくることもあるとか。
いつも樹上でしか見ることのできない姿を間近に見られるチャンスということで手にとって眺めましたが、腰のところに蝶の羽のように光る青い部分があるのが印象的でした。
居合わせた隣の海宿の男の子が「お墓を造ろう」というので、浜に穴を掘り、埋葬して流木を立て、二人で手を合わせました。
その夕方、裏の森で一羽のアカショウビンが寂しそうに鳴き続けていたのが忘れられません。

リュウキュウアカショウビン
次に、ウミガメ。
海面から差し込む光の中を悠々と泳ぐその姿は、神々しくもあります。
ぼくらがキャンプする無人島では毎夏ウミガメが産卵するので、カメが浜に上がった足跡がいつも何本か残されています。
夜ふけに、大きなすり鉢状の産卵跡から、孵化した子亀たちが必死に海へ向かう姿を見かけることもあって、これはなかなか感動的です。
今回は船でしか近づけない浜で、夜光貝とう大型の貝を探して潜っていた時にウミガメと出会いました。
あちらの手足の動きにこちらの動きを同期させてゆったりと泳いでいると、どこかに連れて行ってくれそうな気になります。
という話を、迎えに来た船の船長に話すと、危ないから気をつけろ、と言われました。
発情したウミガメは、泳いでいる人間をお相手と間違えて、乗りかかってきて長い手足で羽交い絞めにし、海の底へと引きずり込んでいくのだとか。
まさかそんなと思っていたら、後で別の人からも「つい最近遊泳中の小学生がカメに乗りかかられて危なかった」という話を聞き、なるほど、浦島太郎が竜宮城に連れていかれたというのもあながち作り話ではないのかもと思った次第。
そして、キビナゴ。
これは、今回最も仲よくしたお相手になりました。
体長10センチに満たない小さな細い魚で、体側に青と銀の筋があり、キラキラ光ります。
俗に「キビナゴ団子」と呼ばれる何千匹もの群れをつくるのですが、これが一斉に方向を変える時など、銀河がきらめくよう。
大きな魚から身を守るために人間の周りに集まってくる習性があって、そんな時はまさに銀河宇宙に包まれた感覚になり、息をのむほど美しい。
逆に言えば、人間には決して捕まらないと分かっているということです。
ところが今年、そのキビナゴを素手で捕まえるという快挙を成し遂げました。
合宿所の前の海へ、SUP(サップ)という立ち漕ぎをするボードで出て、波のない沖でボードの上にあおむけに寝ころんでいた時のこと。
パシャパシャと海面を打つ、ただならぬ音が近づいてきて、見れば、魚に追われたキビナゴの大群が海上を飛び跳ねながら逃げて来るではありませんか。
よける間もなく、足元から無数のキビナゴに襲われて、なんとそのうちの数匹が水着の中に飛び込んできたのです。
しかも、両足のひざから。
そのまま太ももの奥へビチビチともぐりこんで来て、向こうも必死ですから暴れまくるわけで、思わず海上で、「やめてーー!」と大声で叫んでしまいました。
股間の素肌に感じたあの感触が、この地球上に生まれて以来、最も印象的なものとなったことは間違いありません。
叫びながら水着の中に手を突っ込んで、一匹ずつ海に投げ返したのですが、生きてもがくキビナゴを握ると、いのちの強さが弾けるようで、なんだか胸が熱くなりました。
これをご縁というのでしょうか、恐らくは向こうにとっても生涯忘れられない思い出となったことでしょう。
神さまのお造りになったこの星は、隣人たちとの出会いの場でもあるのです。

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