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18:江尻

東海道を歩く (18:江尻宿)[清水港] 11km




(写真は、森の石松を殺した都鳥の供養塔)

”江尻宿”といっても皆さんピンとこないと思いますので、”清水港(しみずみなと)”と
置き換えた方が良いと思います。

そうです。

あの有名な東海道一の大親分の清水次郎長が住んでいたのが、この”江尻宿(清水港)”
なのです。



JR新清水駅前の綺麗な商店街の「清水銀座」辺りが宿場町の中心だったらしいです。

江尻宿(清水港)の中心街を抜けて、稚児(ちご)橋を渡り、旧東海道をしばらく進むと、
追分道標の近くに、下の写真の江戸時代の雰囲気を残す店構えの「追分羊羹(ようかん)」
がありました。







(上の写真は稚児橋です。)

その追分羊羹の店の近くに、冒頭の写真の”都鳥”の供養塔がありました。

写真の説明板によると、清水次郎長は、遠州都田の吉兵衛(通称”都鳥”)に殺された子分の
森の石松の無念をはらすために、都鳥を、ここ(追分)で討った、とあります。

でも、先日のNHKテレビによると、清水次郎長は、明治時代になってからは、江尻宿で
英語塾を開いていたそうですから、江戸時代って、つい最近なんですね!


更に進み、江尻宿から府中宿へ向かいます。

旧東海道を歩きますが、旧東海道といっても、もう完全に静岡の市街地で、街中をただ
ひたすら歩くという感じです。

左手に、静岡開催のプロ野球をやる時の草薙(くさなぎ)競技場が見えます。





JR静岡駅(府中宿)に到着!

朝の9時に由比駅を出発して、夕方の6時にJR静岡駅に到着、万歩計は4万5千歩を示して
います。

さすがに疲れました。

静岡駅周辺のホテルを探し始めます。

何軒も訪ねますが、明日、静岡市で催し物があるとかで、全て満室です・・・ 参ったな!

疲れてこれ以上歩けないし・・・

途方に暮れて、駅構内の静岡市の観光課に相談へ・・・

”駅から少し遠いですが、1軒だけ空いているかも”、と・・・

iPad2に、そのホテル名を入力して、暗くなった静岡の繁華街を、ナビに従い、速足で
そのホテルに直行します。

”シングルは満室ですがダブルなら”、と・・・

とにかく、横になりたい・・・”何でもOKです”・・・

シャワーを浴びると、少し元気が出ました。

夕食は、近くの割烹に入り、焼酎を飲みながら、興津膳という地元食材の料理を食べました。

旨い!

やはり、料理は新鮮な地元の食材に限ります!

静岡では、やはり駿河湾の食材を満喫しましょう!

江尻宿から府中宿まで約11キロです。

バスで行く東海道・第5回 (江尻宿〜岡部宿) 2012.7.21


今回のバス旅行では、昨年の一人旅の際に、食べそこなった「とろろ汁」を食べ、買い損ねた
”作りたての安倍川餅”を買えたので大満足でした。

また、昨年秋に、年賀状の写真を撮ってもらった岡部宿・柏屋さんにも、お礼の挨拶が
出来たので良かったです。


「18:江尻宿」



上の写真の稚児橋は、徳川家康の命で、東海道の整備のため、ここ巴川に掛ける橋の建設
が行われ、渡り初めの際、突然、川の中から河童の稚児があらわれ橋を渡ったというのが
橋の由来だそうです。



写真の「追分羊羹」は、1695年創業で、長い間、街道名物として親しまれた老舗です。



竹の皮に包んで蒸してあるので、竹の香りがします。店主は13代目ということで、
清水の次郎長が、明治になってから、清水港の整備に努力した話や、「ちびまるこちゃん」
の作家の実家がご近所なので、漫画によく追分羊羹が登場する話などをしてくれました。

次の浮世絵は、駿河湾の画面中央に黒く横たわる美保の松原です。





上の写真は、草薙(くさなぎ)に一里塚です。

 19:府中


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