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バスで行く「奥の細道」(その17) ( 「青葉城(仙台城)) (宮城県 )


   


(写真は、青葉城の傍にある伊達政宗の霊廟・瑞鳳殿)   



私達のバスツアーは、松島から、「青葉城」(仙台城)へ引き返し、上の写真のお城の石垣沿いの本丸への急な坂道を上って行きます。

そして、青葉城の本丸の脇にある下の写真の本丸会館で遅めの昼食をとります。


「青葉城」は、仙台の城下町を見下ろす青葉山(標高約200メートル)の丘陵に、伊達政宗が築いた大規模な平山城です。

1601年、伊達政宗は、家康の許可を得て、仙台城の築城を開始しました。

(本丸に建つ有名な観光スポットの伊達政宗の銅像)

青葉城は、北と東に広瀬川の本流を、南に支流の谷口渓谷の深い断崖を、そして西には道もない山林が続く天然の要塞です。
本丸だけで、東西243メートル、南北265メートルという壮大なスケールの城です。

政宗は、広瀬川一帯に重臣屋敷を配し、芭蕉の辻を中心とする奥州街道沿いに町人町を発展させました。

(重臣屋敷の配置面)


上の写真は、本丸跡です。

以前に来た時には、この様に綺麗に整備されていなかったような気がします。


写真は、本丸からの仙台市内の眺めです。


(「奥の細道」の仙台市内の記述については、「バスで行く奥の細道・その10:宮城野」を見てね。)

戦前には、青葉城には、大手門、脇櫓、巽門などが残っていましたが、仙台空襲の際にすべて焼失してしまいました。

現在は、”江戸切”と呼ばれる「高石垣」等が残るのみで、残念ながら、石垣以外には見るべきものがほとんどありません。

なお、東日本大震災では、その石垣も崩れるなど被害を受けましたが、現在は、すでに修復されています。


本丸会館の隣の青葉城資料館を覗いてみると、青葉城のジオラマ模型があり、城の復元CGの映像を流していました。(700円)



昼食の後、バスツアーは、青葉城の近くの「瑞鳳殿」(ずいほうでん)へ向かいます。

「瑞鳳殿」は、1637年に造営された伊達政宗の霊廟です。



静かな風情の石段の奥にある霊廟は、桃山文化の特色が色濃く反映されています。







霊廟は、空襲で一度焼失したものの、1979年に再建されました。


再建に先立って行われた発掘調査では、墓室から伊達政宗の遺骨や甲冑などが見つかりました。

正宗は、70歳で病没したにも拘わらず、彼の頭髪が黒々として残っていたので、当時大きな話題になりました。
驚き!


(9代藩主の墓)


(殉死した家臣・陪臣の宝篋印塔)



瑞鳳殿を出たバスツアーは、次に、仙台市の北部にある「仙台東照宮」へ向かいます。







仙台東照宮は、青葉城から離れた仙台市の北部にあります。



仙台東照宮は、1654年、2代藩主・伊達忠宗が創建した徳川家康を祀る神社です。




1591年、徳川家康が、この地方の一揆を鎮圧して江戸へ帰る途中、正宗の案内で泊まったのがこの地だったので、ここに「仙台東照宮」が建てられたのだそうです。

当時は、諸大名が競って、徳川家康を祀る東照宮を勧請しており、このときのものが全国に508社もあるそうです。

芭蕉は、俳人・三千風の弟子の加右衛門の案内で、仙台市内の薬師堂、榴岡天満宮などの歌枕の地を見物したあとで、ここ「仙台東照宮」を訪れています。