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“世界サブカルチャー史 欲望の系譜シーズン3” | |||||
NHK(日本放送協会)特別番組 | |||||
日本篇は、シーズン2のヨーロッパ篇以上に映画偏重から遠ざかり、流行歌や漫画、週刊誌、TVバラエティ、流行語、芸能、文学、写真、演劇、舞踏と幅広い分野から時代の潮流を掬い取っていて、ようやく“サブカルチャー史”らしくなってきたように感じるとともに、1958年生まれの僕からすると、まさに自分の生育した時代環境を振り返るようなところがあって非常に興味深かった。 岸政権による新安保条約の単独強行採決で開けた♪スーダラ節♪と♪上を向いて歩こう♪の【第1回】'60年代の“時代のキーワード”は、衝突、平均、浄化、沸騰、任侠、反発、知性で、9本の映画作品が取り上げられていた。 第1章「衝突」において挙がっていたのが、青春残酷物語['60]で、'60年にデビューしたとの加賀まりこの登場が目を惹いた。 第2章「平均」が、ニッポン無責任時代['62]。朝日ジャーナルではなく週刊新潮の“俗物主義”を取り上げ、後の吊り広告の源流となったという見出しの掻き立てた“欲望の系譜”に相応しい着眼が面白かった。 第3章「浄化」が、にっぽん昆虫記['63]。TVがもたらしたカタルシスについて、NHKのバラエティ番組『夢であいましょう』を引きつつ、TV時代の寵児として青島幸雄、永六輔、大橋巨泉、前田武彦といった懐かしの顔ぶれの活躍ぶりを垣間見せていた。 第4章「沸騰」が、乾いた花['64]、肉弾['68]。三島由紀夫や石原慎太郎への言及と、敗戦国日本における軍部問題未処理が現代日本人の今に至るメンタリティの曖昧さというかふらつきの根底にあるとの指摘が興味深かった。 第5章「任侠」が、三大怪獣 地球最大の決戦['65]、昭和残侠伝['65]、博奕打ち 総長賭博['68]。'65年に始まったベトナム戦争、'66年に始まる文化大革命に触れつつ、'64年発刊の平凡パンチ、ビートルズやツイッギーの来日への熱狂、手塚治虫のW3事件に端を発した劇画ブームなどへの言及が面白かった。 第6章「反発」では映画への言及がなく、森山大道の写真や土方巽の暗黒舞踏などが語られた。'68年のフランス五月革命を引きつつ、政治の季節の再来を告げるなか、同じ“スチューデント・パワー”でも戦勝国フランス・アメリカと敗戦国日本の根本的違いについて述べていたように思う。 第7章「知性」に挙がったのは、新宿泥棒日記['69]だった。天井桟敷や状況劇場などのアングラ演劇が語られ、'69年の東大安田講堂事件を受けて発表され、映画化もされた、赤頭巾ちゃん気をつけて['70]についての言及があったが、前年に芥川賞を受賞した原作についてのみだった。 これまでに観ている映画が『にっぽん昆虫記』『肉弾』『三大怪獣 地球最大の決戦』『新宿泥棒日記』の4作に留まり、過半が未見作品だったので、いずれ観ておきたいものだと強く思った。 安保条約自動延長と大阪万博開催、三島事件から始まった♪心の旅♪と♪勝手にシンドバッド♪の【第2回】'70年代の十年は、僕の中高六年間と大学四年間にぴったり重なる十年だ。番組での“時代のキーワード”は、残滓、模索、反動、幻滅、不安、信用、空虚となっていたが、第5章「不安」までの一時間(全90分の三分の二)が前半の五年間に留まるという偏りを見せていたことと、このサブカルシリーズとしては法外に映画の影が薄くなっていることが目に付いた。集団から個に向った「モーレツからビューティフルへ」の潮流は、今に至るその後の日本を決定づけていると思う。そして、僕のメンタリティは、この'70年代によって基盤形成されていることを改めて感じた。 第1章「残滓」において挙げられていた映画作品が、書を捨てよ町へ出よう['71]。第1回で加賀まりこの負っていた部分を今や日本大学理事長になっている林真理子に替えていることが、日本映画退潮の時代を示しているようで目を惹いた。 第2章「模索」が、団地妻 昼下りの情事['71]。大映の倒産と日活ロマンポルノの発足を告げていたが、ポルノだけに「ロマン・ポルノ」と染め抜いた幟旗や劇場の様子を映し出しただけで本編部分の放映はなかった。ロマンポルノが育てた監督として挙げられていた五人が、藤田敏八・相米慎二・崔洋一・周防正行・森田芳光という人選だったことに各種異論もありそうに思ったが、若手とされた彼らの四人が既に物故者となっている時の経過を思わずにいられなかった。取り上げられていた雑誌は、女性誌「an・an」。社会変革よりも個の楽しみが求められ、ディスカバー・ジャパンを謳う旅行ブームを“自分探し”と掛けて言及していた。 第3章「反動」では、公害が取り上げられ、ゴジラ対ヘドラ['71]となっていた。TVバラエティ番組は、'60年代での『夢であいましょう』から『8時だョ!全員集合』となり、田中角栄の登場が告げられていたが、角栄を以てサブカル史の文脈で語ることに驚いた。 第4章「幻滅」が、仁義なき戦い['73]。浅間山荘事件が映し出され、学生運動の退潮が告げられて、しらけ世代・アパシーへの言及があった。オイルショックやパンダブームのなかでの個の時代を示すものとして、♪結婚しようよ♪、♪傘がない♪、♪神田川♪、♪ひこうき雲♪ らによる'60年代との違いが指摘されていた。 第5章「不安」が、日本沈没['73]で、「ノストラダムスの大予言」やらオカルトブームへの言及があって、'74年のセブンイレブン第1号店の豊洲への登場とともに、ようやく後半となる'75年の大ヒット曲 ♪およげ! たいやきくん♪が現れた。 第6章「信用」に挙がっていた映画は、犬神家の一族['76]、野生の証明['78]で、メディアミックスの開拓者としての角川映画の登場が指摘され、角川三人娘の薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子が映し出されて、その歌声も流れていたように思う。やはり時代は、映画よりも断然、歌といった按配で、ピンクレディの ♪サウスポー♪ やキャンディーズの引退、TBSの大人気歌番組「ザ・ベストテン」が示され、♪季節のなかで♪、♪HERO♪、♪中央フリーウェイ♪、♪異邦人♪ などが流されていた。インベーダーゲームの大流行やディスコブームが映し出され、サタデーナイトフィーバー['77]が次なる“黄金の八十年代”の先駆けとされていた。宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999の大ヒットも紹介されていたが、いわゆる実写劇映画への言及はなく、また、'80年代にブームが来るミニシアターにも触れられることはなかった。 第7章「空虚」は、太陽を盗んだ男['79]。村上春樹の『風の歌を聴け』への言及があった。 上記の映画のうち、僕の未見作品は『ゴジラ対ヘドラ』だけだった。 今上天皇の成年式で始まった『私をスキーに連れてって』と ♪大都会♪ の【第3回】'80年代の十年は、僕が就職・結婚・三人の子持ち、映画への深入り、バドミントンという今現在に及ぶマイライフの大きな枠組みを固めた時期だ。小遣いとして使える額が激減し、世の浮かれ気分とは裏腹につましい生活習慣が定着した時期でもある。番組での“時代のキーワード”は、軽薄、感性、逆説、家族、狂宴、当惑、終焉となっていたが、'79年に刊行された「ジャパン・アズ・ナンバーワン」や ♪テクノポリス♪ に示される国際的注目に言及しながら取り上げる映画作品は、第3章まで1作もなく、専ら歌だった。 第1章「軽薄」では、テクノポップ ♪ライディーン♪、校内暴力の増加やら金属バット事件のなかでの ♪15の夜♪、クリスタル族との言葉を産んだ「なんとなくクリスタル」が取り上げられ、第2章「感性」では、♪TOKIO♪。広告ブームとして数々の広告コピーや雑誌「広告批評」「ビックリハウス」とともにNHK番組「YOU」、「ルンルンを買っておうちに帰ろう」などの消費社会に支えられたセゾン文化が語られていた。 第3章「逆説」でようやく挙がった映画作品は、日本映画がカンヌを争った戦場のメリークリスマス['83]と楢山節考['83]。'71年の合同演習初参加から傾向の強まっていた対米従属路線の顕在化に拍車が掛かっていることを露わにした中曽根首相による“日米運命共同体”“不沈空母”発言やTDLの誕生を映し出していた。「構造と力」がベストセラーになるニューアカデミズムと漫才がマンザイとしてブームになる新人類の時代の“軽チャー路線”を朝日ジャーナルが採った「若者たちの神々」への言及が目を惹いた。思えば確かに、「知」をオシャレと持て囃した時代があり、その軽薄さが反知性主義を誤解した無知主義とも言うべき今の“知性欠落の時代”を招き寄せているような気がした。 第4章「家族」では、家族ゲーム['83]と逆噴射家族['84]。戸塚ヨットスクール事件やマークシート方式による共通一次試験の導入が招いた教育の産業利権の増大と受験競争の激化が述べられていたが、受験競争という点については、真っ先に浮かぶのは高石ともやの ♪受験生ブルース♪ が大ヒットして、戦争にも擬えられた'60年代のほうだ。 第5章「狂宴」では序章でも映された、私をスキーに連れてって['87]。挿入歌 ♪恋人がサンタクロース♪ が流れ、♪セーラー服を脱がさないで♪、♪なんてたってアイドル♪ といった秋元康による今に至るオーディションアイドルの消費時代の隆盛が映し出されていた。中曽根政権による行革の始まりが告げられ、ジャパンバッシングとともに已む無きに至ったプラザ合意に基づく内需拡大に向けた金融政策の生んだカネ余り現象が引き起こしたバブル経済の始まりが、'87年に制定されたリゾート法の成立によって象徴されていたような気がする。 第6章「当惑」で挙がっていたのは、豊田商事事件に材を得た、コミック雑誌なんかいらない!['86]、マイケル・ムーアが賛辞を寄せていた、ゆきゆきて、神軍['87]。ドキュメンタリーフィルムにおけるライヴ感という点で比類なき作品という側面での破格さからだろうと思われるが、ムーアの絶賛が目を惹いた。村上春樹の「ノルウェイの森」への言及も本章だったような気がする。 第7章「終焉」は、帝都物語['88]、帝都大戦['89]。昭和の終わりを遂げた'89年は、天安門事件が起こり、ベルリンの壁が崩壊した年でもあると告げていた。'90年代になって別冊宝島が「はっきり言って「スカ」だった」として振り返る一方で、黄金の時代として当時の恩恵を一身に浴びてきたような林真理子日大理事長が「いい時代」と振り返る八十年代は、番組でも言及されていた“遊び心”や“ゲーム感覚”が支配的な、まるで宙に浮いたような虚実を表象していたがゆえに、両極端を包括していたのだろう。改めて概観してみて、つくづくメガ消費の時代だったのだなと当時の僕の私生活との両極ぶりについて思ったりした。 上記の映画のうち、僕の未見作品は、『逆噴射家族』『コミック雑誌なんかいらない!』。スクリーン観賞ではない『私をスキーに連れてって』『戦場のメリークリスマス』『帝都物語』は再見してみたい気がしなくもない。 '80年代のミニシアターによるアート系なる映画のブームというものを “軽チャー路線”の文脈に置くのが躊躇われたのか黙殺されたまま、♪ラブリー♪と'90年に放送開始した『ちびまる子ちゃん』の ♪おどるポンポコリン♪ が、♪Diamonds♪ や ♪少年時代♪ らと流され、写真集「Santa Fe」の出現が告げられて始まった【第4回】'90年代の“時代のキーワード”は、幻想、遊戯、朧月、虚無、夢幻、呪縛、予感だった。 第1章「幻想」で挙がっていた作品は、もはや劇場公開を前提としないVシネと呼ばれたオリジナルビデオの、難波金融伝 ミナミの帝王 トイチの萬田銀次郎['92]とTV放映された、美少女戦士セーラームーン['92-'97]で、ジュリアナ東京の出現と湾岸戦争の勃発への言及があった。思えば、今やアニメ界で戦士と言えば、少女が定番になっていることの源流のような気がするが、戦闘美少女が銃器を手にするようになったのは、いつからなのだろうと思ったりした。 第2章「遊戯」では、ソナチネ['93]。セガサターンは家にはなかったように思うが、ファミやスーファミ、プレステと子供たちが呼んでいたゲーム機器は、ゲームボーイとともに今なお我が家に残っているはずだ。♪OH MY LITTLE GIRL♪ や ♪贖罪♪ とともに尾崎豊の死が告げられて、♪tomorrow never knows♪ とともに“暇と退屈の時代”が語られ、女子高生ブームとポケベル、援交への言及の後、宮台真司が登場していた。 第3章「朧月」では、章題とも月で繋がる月はどっちに出ている['93]。ニューカマーへの言及と『美少女戦士セーラームーン』の海外放映が目を惹いた。TV番組では「朝まで生テレビ!」。前章に登場した宮台真司と西部邁の論戦決裂を引きつつ、かつてのような共通認識や共通項の失われた時代の現出を示していたような気がする。 幾人もの論者が日本社会変質の分岐点の表象だったと言っているように思われる '95年の阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件による安全神話の崩壊を示したうえでの第4章「虚無」で挙がっていたのは、'95年放映開始の、新世紀エヴァンゲリオンとCURE['97]。'70年代とは、まるで異なる「ノストラダムスの大予言」のブーム再来や警視庁長官襲撃事件への言及があった。 第5章「夢幻」は、Shall we ダンス?['96]と、GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊['95]。戦う女性は、美少女からクールな成人女性になっていた。♪WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント♪、♪アジアの純真♪、♪奇跡の地球♪、♪すばらしくて NICE CHOICE♪ が流れ、日本の ♪TOMORROW♪ を呼び寄せるものとして、ポケモンやドラゴンボールに代表的な日本のアニメやコミックのグローバルな支持の“現象に留まらない意味と可能性”を仄めかしていたような気がする。 第6章「呪縛」で挙がっていた映画作品が、リング['98]だったことには納得だ。第5章からの三作品は、いずれもハリウッドでのリメイク作品が製作された日本映画だ。「オタク」と呼ばれるものへの注目が集まったことについて、今は東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件と呼ばれるようになっている宮崎事件への言及があり、酒鬼薔薇事件にも触れられていたが、本章で流れた楽曲はアムラーなるものを輩出した ♪CAN YOU CELEBRATE?♪ だったように思う。 第7章「予感」では、♪LOVE マシーン♪が流れ、次代のバトル・ロワイアル['00]が映し出されていた。'99年に開設された匿名掲示板「2チャンネル」への言及があった締め括りは、思い掛けなくも第1回に登場していた『赤頭巾ちゃん気をつけて』から引用した、知性についての庄司薫の言葉「ぼくがしみじみと感じたのは、知性というものは、ただ自分だけではなく他の人たちをも自由にのびやかに豊かにするものだというようなことだった。」(中公文庫 P29~30)だった。 上記の映画のうち、僕の未見作品は、『難波金融伝 ミナミの帝王 トイチの萬田銀次郎』『ソナチネ』『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』『リング』と8作中の半分に及んでいた。『ソナチネ』『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』は観ておきたいように思った。 最後は、なぜ'00年?なぜ'60年代の庄司薫?と感じたけれど、なかなか興味深く、懐かしく、面白い「欲望の系譜3」だった。 参照テクスト: “世界サブカルチャー史 欲望の系譜スピンオフ 思考のオルタナティブ”を観て | |||||
by ヤマ '23. 4. 3. BSプレミアム録画 '23. 4.12. BSプレミアム録画 | |||||
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