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『エデンの東』(East of Eden)['55] 『カサブランカ』(Casablanca)['42] | |||||
監督 エリア・カザン 監督 マイケル・カーティス | |||||
今回の課題作としてカップリングされた二作品は、基本的に同じ作品を繰り返しては観て来なかった僕でも複数回観ている超有名作品だ。戦時中に製作された『カサブランカ』は、'78,09,21年の三回、アメリカンゴールデンエイジたる'50年代に製作された『エデンの東』は、'80,18年の二回観ているので、直近観賞が古いほうの『エデンの東』から観ることにした。 前回観たときの観賞メモに「東京から高知に戻って就職した '80年の9.7.に今はなき名画座で『理由なき反抗』との二本立てを観て以来だから、三十八年ぶりということになる。 当時の日記には、「…特に『理由なき反抗』は秀逸で青春映画の一つの頂点であろう。『エデンの東』は前者ほどではなかった。が、映画のカットには時折ハッとするくらい素晴らしいものがある。ジェームス・ディーン…彼のキャラクターは僕も高く買うが、その演技には少々頭でっかちの入れ込み過ぎのきらいがあり、ちょっとうるさいようにも思った。もっとも、それがファンにはたまらんのだろう。」とあった。…先ごろ、『砂の器』を再見したばかりだからかもしれないが、本作も超有名なレナード・ローゼンマンによる主題曲がなければ、これほどに支持を集める作品にはなっていなかったのではないかという気がした。…」と残していたのだが、七年ぶりに観ると、人生のテーマというか、人が生きるうえでの重大関心事として「善悪が気掛かりだった時代の映画」だと改めて思った。今や人々の重大関心事があからさまに専ら損得勘定になっているのは、昨今のテレビ番組やネット情報を垣間見るだけでも明らかなような気がする。 キャルことケイレブ(ジェームズ・ディーン)が抱える孤独のなかでの葛藤やら、先に付き合っていたアーロン(リチャード・ダヴァロス)とキャルとの間で心揺れ動くアブラ(ジュリー・ハリス)の狼狽の基軸になっているものが “人としての善悪”にあることが実に顕著だった。キャルが父アダム(レイモンド・マッセイ)の元を「大嫌いだ!」と吐き捨てて飛び出すことになった“戦争で儲けたカネ”を徴兵委員を務めている自分が喜んで受け取るわけにはいかないというのもそれゆえで、無理からぬ面もあるのだが、七年前にも「キャルに目を向けると、やっぱ「不器用」では済ませない幼稚さが気になった」と残しているキャルに想いの及ぼう筈がなく、ある種、決定的な事態になりかけるわけだ。 ところが、キャルの傍らにはアブラがいて、彼がかつての自分と同じく親との関係に苦しんでいることを知ってコミットするだけではなく、恐らくはキャルたちの母ケイト(ジョー・ヴァン・フリート)がアダムの元を去った事情に通じる“優等生”アーロンへの不満をキャルによって気づかされたことによる肩入れというか支援を得ていたような気がする。怖いと感じていたキャルとの距離をアブラが縮め始めた頃に言っていた「許した途端に楽になった」との言葉が鍵になっている作品だと思う。アダムがキャルとの関係を上手く結べないのも、彼がアーロンと違って、去って行ったケイトを不断に思い出させる存在だったからなのだろう。そして、アブラの助言によってキャルとの関係を修復したとき、アダムは初めてケイトを赦せたのだという気がした。 羽振りの良さの象徴としての自動車の登場した場面で、チョークという言葉が出てきて、そう言えば、若い時分に僕が乗っていたジムニーにチョークが付いていたことを思い出した。始動が悪いときに引いていた覚えがある。 半世紀を超える僕の映画鑑賞歴のなかでも最多観賞回数を誇る『カサブランカ』について、作品自体の受け取りは四年前に記したものと何ら変わるところがなかったが、合評会では、ピアノ弾きのサム(ドーリー・ウィルソン)に演奏を禁じてあった♪時の過ぎゆくまま♪の歌声と共に思わぬ再会を果たした二人の間に果たして情事はあったと解するのか否か、参加者の受け取りを訊ねてみたいと思った。 サムが弾いている♪聞かせてよ愛の言葉を♪の流れるなかでラズロ(ポール・ヘンリード)と腕を組んで、リックことリチャード・ブレイン(ハンフリー・ボガート)の店カフェ・アメリカンに現れたイルザ(イングリッド・バーグマン)が思い出の♪時の過ぎゆくまま♪を聴きながら涙する場面のバーグマンは、何度観ても美しい。イヤリングがきらりと光ったあと、右目に僅かに浮かんだ涙が光り、その後、両目に涙を孕んだ顔の正面からの大写しが現われる。サムの歌声を聴きながら想いに耽るイルザの視線の動きに宿っている情感がまさに絶品だ。 そのときイルザが浸っていたパリでの日々の回想は、当夜の閉店後にリックが独り酒を煽りながら見ていたものとして映し出され、深夜に訪ねてきたイルザを追い返す形での別れになるわけだが、おそらくはパリでの約束を違えたことの事情説明と詫びに来訪したと思しきイルザの本意は結局、果たせないままだった。 ところが、翌日、当人からの弁明とは異なる形で彼女の側の事情をリックが察し、他方でイルザは、リックがウガーテ(ピーター・ローレ)の託した通行証を持っていることを町の顔役フェラーリ(シドニー・グリーンストリート)から教わったことから、二度と会わぬと決意していたはずのリックのもとを再訪するという運びになっているところの脚本の巧さには、まことに感心させられる。そこで二人の間で交わされるパリでの日々の回顧と再確認に情事の介在を必要と観るか、必要とは限らないと観るか、どんな意見が聴けるのか今から楽しみだ。そして、四年前の日誌に「内密でルノー署長に身を任せれば手に入れられる約束が果される保証を若妻がリックに確かめに来るエピソードが重要で、大いに効いている」と記した部分をメンバーたちがどのように解しているか訊いてみたいと思った。 合評会では、主宰者から明かされたカップリングテーマ「名作映画は、目と行間で語る」に大いに納得した。昨今の映画のように何もかもを画面や台詞に映し出さずに、余白をたっぷり残して観る側の想像力を刺激してくる作品の豊かさを堪能したように思う。今回このカップリングで観たことによって、リックの失恋とキャルの父親から愛されないことという原因に差異はあれど、両作とも「いじけ男を立ち直らせる女性の力」を描いた作品だったことに気づいたと言うと、ウケていた。 作品支持の評決は、途中で一人抜けたこともあって採らないままだったが、両作とも名品という者から、むかし観たときに感激したほどには両作とも響いてこなかったという者、両作とも観直すことによって深みが増したという者とさまざまだったが、その支持の度合いに差はあれど、押しなべて両作伯仲のなかでの『カサブランカ』優位という感じだったように思う。僕は断然『カサブランカ』支持だ。母の住む町を訪ねる列車の屋根で寒風に晒され肩を竦めているケイレブよりも、涙を湛えた“君の瞳に乾杯”したくなるイルザのほうが好いに決まっている。 訊ねてみたかった“カサブランカで再会した二人の間の情事”については、本作の脚本がいかによく出来ているかについて熱弁を縷々揮った勢いで、この件に関する自説もついつい早々に解題してしまった。そのためか、余白の部分ゆえにどちらにも解せると留保はしたものの、あまり異論が表明されないことになって失敗したと反省。だが、そんなこと考えもしなかったと言っていた女性参加者が興味を覚えたらしく、帰って観直してみたくなったと言っていたのが面白かった。果たして再見してどう感じたのだろう。 | |||||
by ヤマ '25. 3.15. NHK BS録画 '25. 3.15. BSプレミアム録画 | |||||
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