『乾いた花』['64]
『暗殺』['64]
監督 篠田正浩

 自主上映活動の大先輩によると「反社会的という理由で成人映画に指定された」という乾いた花を観る機会をようやく得た。三年の刑期を務めて出所した村木(池部良)のモノローグとともに、昭和三十年代末の雑踏を映し出した後、賭場から始まる本作は、現在ではPG12指定になっていた。ヤクザ世界の花札賭博から競馬、ビリヤードと博奕の場がふんだんに登場する。

 村木の出所から始まり、再入所した刑務所で再会した相川(杉浦直樹)から冴子(加賀まりこ)の死を知らされて終える物語を観ながら、主人公の名前が重なるところがあるせいもあってか、村木と冴子の物語は、雨の降らない天使のはらわたのような気がしてならなかったが、篠田作品らしい流石のスタイリッシュな画面にもかかわらず、虚無を覚えるどころか、賭博場面にしてもカーチェイス場面にしても、どうも意気がっているだけの世界のように見えて仕方がなかった。原作者に由来すると思しき“頭でっかちの虚ろさ”というものは、村木の抱えていた虚無とは別物だという気がしてならない。デラシネを自称する二十三歳のお嬢様育ちと思しき冴子の言うもう朝なんて来なくていいわ、私、こんな悪い夜が好きよとの台詞に端的に現れているように感じられる切実さの欠如が、アプレゲールを気取った本作の核心のような気がした。

 ただ映画的造形としての画面の魅力には、感心させられるところが随所にあり、村木のかっこよさが巧みに映し出されていて、古田新子(原知佐子)の愚かなまでの執着にも相応の納得感をもたらしていたように思う。一方、村木の心を捉える冴子を演じた加賀まりこは、同時期のとべない沈黙での希有な存在感には及んでいない気がした。


 同監督による同年作『暗殺』は、合評会の課題作となったことで、十四年ぶりに再見したものだ。前回は“龍馬”で映画まつりの一環として観て、少々拍子抜けしたところがあったが、そのような印象が残っていた分、思ったより面白く観た。

 文久三年、板倉周防守(小沢栄太郎)が奇妙なり八郎と呟く、後世においても毀誉褒貶著しいと思しき清河八郎(丹波哲郎)こそは、「土佐にはあだたぬ男」と武市半平太が言ったと伝わる坂本龍馬(佐田啓二)に沿えば、「日ノ本にはあだたぬ男」として原作者の司馬遼太郎が描こうとしたことの偲ばれる人物であったことが窺える作品のような気がした。

 ただ、様々な人物が語ったり記した人物像の断片を繋ぎ合わせる形で構成しつつ、敢えて物語的な流れを無視することによって、確たるイメージを結ばせない人物描写をしたことが、清河八郎のスケール感を醸し出すことに必ずしも繋がらず、むしろ人物像が散漫になる印象を与えることになった作品のような気がした。

 前回観た際にも畳に転がっていた三味線を手にとり、座り込んで爪弾きつつ唸りだす場面がなかなかよかったと記しているが、今回は先ごろ日本の悲劇を再見したところなので、佐田の歌う♪湯の町エレジー♪との対照が想起された。寺田屋事件もまた、間違いなく薩摩のみならず、日本の悲劇の一つだったように思う。

 そして魁がけて、またさきがけん、死出の山、まよいはせまじ皇の道と詠んで暗殺されて行った清河について、その人物像を追う会津藩士の佐々木只三郎(木村功)を置いて龍馬と並べてある構成に、あだたぬ男二人を葬った只三郎の存在が際立つ形になっていたような気がしなくもなかった。


 四人のメンバーによる合評会では、同監督の同年作に対する支持が二対二に分かれた。両作ともあまり評価していないというメンバーから、両作ともかなり面白く観たというメンバーがいるなかでの半々というあたりがなかなか興味深い。特に面白かったのは、『暗殺』の蓮ことおふく(岩下志麻)が残した日記のなかで、初めて人を殺してきた清河八郎が動転したまま自分の身体を求めつつ取り縋って来たと記しているのは、騙りではないかと思うと述べるとともに、そこに清河の弱みというか隙を見出した思いから、佐々木只三郎が自分にも斬れるかもしれないと浮き立つことの浅はかな勘違いを指摘する意見だった。もっとも実際には佐々木只三郎の一味が清河を暗殺しているわけだから、浅はかとも言えないわけだが、少なくとも一対一の対決ではない襲撃だった。

 ともあれ『乾いた花』における画面、『暗殺』における構成に端的な形で現れていたスタイリッシュというか文体にこだわった篠田の映画づくりとも関連する形で、キアロスタミやカウリスマキが'90年代に何ゆえ持て囃されたかに係る私見を述べるに至る枯れ葉の話が出てくるタイムリーさが今回のセレクションの面白味だったような気がする。




*『暗殺』
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/katsuji.yagi/posts/pfbid029NEWPgoexWc3d
FDZDC1D4AZNprVWNaMcc2QL5KJWusiszLwgmc41YnFFinVQZXBXl

by ヤマ

'24. 1.26. スカパー衛星劇場録画
'24. 1.29. BS松竹東急よる8銀座シネマ録画



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