めでたさも中ぐらいなりおらが春 一茶
昨今の世界のニュースをみると、とても「あけましておめでとう」とは言えない気がします。特にウクライナの人々の置かれている絶望的ともいえる状況を知ると心が苦しくなります。「けだし私は、悪人が善人を害するということが神的世界秩序と両立するとは信じない」と語りつつ毒杯を飲まされたソクラテスを思い、ただ暗澹とするのです。
「世界がぜんたいに幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」と語ったのは宮澤賢治。その童話のなかのグスコーブドリやカンパネルラの生き方に思いを馳せます。自己犠牲の物語ですが、利他の精神の姿とも言えます。
僕はすでに後期高齢者。どういうわけか自分を楽しませるような、例えば旅行やグルメなどへの興味がゼロというわけではありませんが、薄れてきたのです。冬休みを前にして「先生は外国のどこかに遊びに行くんでしょ?」とかかりつけの患者さんから聞かれることがあります。でもどこにも行きません。偽善的にそうなのではなく、ひとりの医師の生き方として自然にそうなってきたのです。
Happinessではなく、Wellbeing(*)を目指すといえばいいでしょうか。かかりつけの患者さん一人ひとりが病と向き合いながらも大きな問題なく過ごし、僕自身もこの一日を丁寧に味わって生きることができればいいのかなと思うのです。
ところで四人の歌人が朝日新聞に新春詠を載せています。川野里子さんの二首に惹かれました。
疾駆する馬と馬と馬とほりすぎ蹴られて春の大地が匂ふ
非武装中立地帯のやうに一頭の野生馬はかなた草を食みをり
二首とも今年の干支である馬を主題にしています。一首目は二句であえて字余りにして馬を重ねることで動きとスピード感が加わり効果的。その馬に蹴られて「春の大地が匂う」という下句で全体が匂いたつような詩的な一首です。二首目は何と言っても「非武装中立地帯」という比喩が卓抜です。日本を含めた現在の武力による対立から戦争が見えている状況へのアンチテーゼとして「非武装中立地帯」で草を食べている「一頭の野生馬」をもってくる。凄い力技と言わざるを得ません。
附記
*「日本型ウェルビーイング」について佐伯啓思氏が朝日新聞「オピニオン&フォオーラム」欄「異論のススメ」に昨年12月20日載せた論稿は多くの学びがあります。
*地方の老人施設に勤めている古い友人からの年賀状にその施設の100歳老人との会話が書かれていました。
「老いる事って後悔や心残りに向き合う、そういう時期なのかしらねえ・・」
「全く、そうだに、わしもしょっちゅう育ててくれたおじいさんにもっと感謝して、優しくしとけばよかったと思うに。今、目が見えんだけに、一日中、そんなことばかり、考えとる・・」
*学び直す(unlearn)という言葉があります。老いることは人生を学び直すこと、それは人生を生き直すということかもしれません。上記の葉書のなかの会話を読み、そんな風に思いました。
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