認知症に関する冊子がどっさりと送られてきた。
「西区認知症ガイド」「横浜市オレンジガイド(認知症ケアパスガイド)」「若年性認知症と診断を受けたみなさまへ」など。認知症になっても住み慣れた地域で安心して暮らせることを目標にしたもので盛りだくさんにさまざまな情報が載っている。
「西区介護者の集い」のお知らせや「認知症サポーター養成講座」の案内もある。どちらも大事な活動である。認知症サポーターとは「認知症について正しく理解し、偏見を持たずに認知症の人や家族を温かい目で見守るひとのこと。」サポーターが英国のリンクワーカー的な存在になればさらに良いと思う。
以上が認知症の人や家族にとって有益な情報であり、以下はその主旨がやや疑問なものである。
「横浜市もの忘れ検診。50歳以上の横浜市民の皆様へ」年度内に1回0円で実施、とある。かかりつけ医が問診をして、長谷川式などの認知症検査をする。疑いがあれば専門医に紹介するとされる。
認知症は生活のなかに現れてくるので、問診は主として生活の様子を伺うことになる。日々の暮しで困ること、買物や炊事、金銭管理、ごみ出し、薬の管理、大事なものを失くす、約束や予約を忘れることはないか等々。ただし、これら生活上の行為はかかりつけ医ならその人を知るために普段の外来の会話からカルテに記載する筈である。日々の生活のありようを記載しておけばそれがスクリーニングとなり、あえて「物忘れ検診」として検査することも要らなくなるだろう。また同時に施行される長谷川式簡易スケールなどは飽くまで補助検査であり、その点数で認知症の疑いがあるとされたら患者に不安を植え付けるだけである。
というわけで僕は認知症サポート医として認知症の人を普通に診ているが、この「もの忘れ検診」には参加していない。外来で物忘れが話題になればその人の日常生活への影響度によって認知症の可能性を検討し、必要があればそのケアの在り方(パーソンセンタードケア)を考えていくことになる。何より大事なことは認知症を診るのではなく“認知症のひと”を診ることである。
もうひとつ、よくわからない「タッチ de 脳の健康度チェック」というリーフレットが入っている。タブレットにタッチして年齢相応な脳機能(記憶、考える、判断する)なのかどうかをチェックするという。健康な脳とは何だろう。低下していれば健康度が低いということになるのだろうか。低いと出たら何をするというのか。脳機能は人により多少の差はあっても年齢とともにさがっていくのが普通だろう。ただ、低下する機能があっても、その人なりに“善く生きること”が達成されていればそれはその人にとって健康といえるのではないか。
今日、診察にみえた80代女性Nさんは、老いの嘆きとともに次のように語る。
「足腰が弱くなりスポーツ教室に通うのも大変になってきました。だんだんわからないこと、忘れたりすることが多くなってきました。友達も減ってしまいました。けれど、自分なりに生活を簡単することを考えています。教室通いもやめ、デイサービスに切り替えようかと思っています。携帯もやめるつもりです。また色々考えすぎないようにしています。これから先のことはわかりませんが、こんな私の思いをここでいつでも先生に聴いてもらえる。だから安心です。」
Nさんの脳の健康度を測ったら恐らく低下しているだろう。しかし、彼女のこのようなこころのしなやかさ(レジリエンス)があれば健康な脳といえるのではないだろうか。(参照:2024年3月7日:「脳の健康度とは」)
さいごに、「ぼけますから、よろしくお願いします」というタイトルの映画の案内のリーフレットもあった。「父と、認知症の母と歩む日々、分からなくなっても、変わらないこと」という言葉が印象に残る。変わらないのは人と人との関係性であろう。認知症ケアの本質を示す言葉だと思う。
附記
*9月20日朝日新聞に「認知機能 AIが測定 医療機器に活用へ 進む実用化」という記事が載った。AIと対話することで「あたまの健康度」がわかるという。さらにAIで患者の会話を分析し認知機能を検査する。認知症の確定診断ではなくスクリーニング、つまり専門医の受診が必要かどうかの判断材料としてかかりつけ医での活用を想定しているという。だとすると、かかりつけ医の「患者の診察」という大事な機能がAIに奪われ、かかりつけ医の診療能力の低下をまねくことにならないか、懸念される。
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