夏休みを利用して奥州市の「大平洋戦史館」を訪ねた。ここは先の戦争で「地獄の戦場」ともいわれたニューギニアにおいて死後置き去りにされている多くの兵士たちの遺骸、遺骨を探し日本に連れてかえる活動をしている。
活動の中心は戦史館の会長 岩渕宜輝氏。同氏の父親もニューギニア西部の闘いで命を落としたが遺骨はまだみつかっていない。父への思いから、ニューギニアを訪ね夥しい数の遺骨が生活ごみや道路の下に埋もれているのを知り、衝撃をうける。それが活動の出発点だった。日本政府の遺骨収集の実行を促す粘り強い働きかけを行い、活動が広がった。原住民の協力も欠かせない。粘り強い働きかけや救急車の寄付等を通して、はじめは非協力的だった住民とも協力関係が築かれていく。
資料館を案内していただく。展示室には飯盒や水筒、ヘルメット、銃弾、日本語の書かれた瓶のかけらなど1000点を越える遺品が置かれている。遺骨とともに見つかったものである。名前や部隊名が書かれて遺族が見つかればお返ししている。
活動を貫くのは、戦没者にも人権や尊厳はあるという思想。そしてそのことを通して国の戦争責任を鋭く問い詰める。遺骨が還るのは靖国ではなく千鳥ヶ淵戦没者墓苑である。最後の一人の遺骨が還るまで戦争は終わらない。国は戦争の全責任を負わなければならない。政治家は靖国ではなく遺骨が眠る戦地にこそ赴くべきである。岩渕さんはそう語る。
戦史館の合言葉は「忘るまじ」「語り継ごう次の世代へ」「そしてプラスの国際交流を」
附記
*ほぼ1時間、岩渕さんのインパクトのある語りだった。戦争はまだ終わっていない。ほんとうにそう思う。僕の父は海軍軍医としてニューギニアに送られ奇跡的に生き残り、戦後その「おまけの人生」を町医者として生きた。戦史館の岩渕さんは生前の父、渡辺哲夫に何度か会い言葉を交わしたことがあるという。『海軍陸戦隊ジャングルに消ゆ』も読んでいた。その英訳本(The Naval Land Unit that vanished in the jungle)を贈呈し資料のひとつとしてもらうこととした。
*忘れないこと、次の世代に語り継ぐこと、そして国際交流。僕たちにもできることをしていかなければならないと思う。
*「太平洋戦史館」は見渡すばかりの緑の田園のなか、やや小高い地にあるログハウス。中尊寺や毛越寺と遠くない位置にある。戦争やその犠牲者に対する岩渕さんの思いの形は、どこか藤原清衡、基衡、秀衡らの浄土思想と交わるところがあるような気がした。
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