哲学者・宮野真生子と人類学者・磯野眞穂、ふたりの往復書簡集。宮野は進行癌を抱え、ある時医者から「急に具合が悪くなるかもしれない」と告げられる。医学の土俵のうえにのりエビデンスや確率の導くところに従う「良い患者」であった宮野が、磯野を知り往復書簡を交わすことになる。そして医学的確率(合理的判断)におさまりきらない偶然性の世界の言葉をつむぎだしていく。
宮野は『偶然性の問題』の著者九鬼周造の研究者でもある。偶然性とは必然性の否定である。我々の生きる現実とはたまたま色々な原因が重なり合っているだけではないのか。我々は合理性を求めて生きるが現実は偶然性に充ちている。不安にかられる宮野は合理性に未来を予測し自分を守ろうとしたが、そのことで見失っていたのは世界を信じ、偶然に身を委ねる勇気なのだと省みる。
呼吸困難で溺れるような感覚に陥りながら、肝臓の腫れの痛みに耐えながら、こんな風に死に向かってゆくのだと意識するようになる。いわば身体のなかに飼っていた死が暴れはじめた。それでも脳転移の治療に放射線をかけながら授業も行い、新しい本の企画を練り、イベントの準備もする。身体の劣化を感じ、死は今ここにやってきていると思う。
「でもまだ明日という時間があるのなら、そこで出会う人々と今向き合って新しく起こる何かを信じたい。そうやって未完結なものをどんどん含みながら進んでいくことが生きていくことだと思うから。・・」
「死の恐怖・・間違いなく怖いです。・・無へと引きずりこまれそうになります。その恐怖をはらうように私は考え、言葉にするのです。そうやって何とか生の側に踏みとどまります。痛みと死において自分をとり返し、その自分に立ち止まるために語りを紡ぎだす。」
「人との関係性を作りあげるとは、握手して立ち止まることでも、受け止めることでもなく、運動の中でラインを描き続けながら、共に世界を通り抜け、その動きの中互いにとって心地よい言葉や身振りを見つけ出し、それを踏み跡として、次の一歩を踏み出していく。そういう知覚の伴った運動なのである」
こうしたラインを描くときに思うべきなのは時間の持つ「厚み」であり世界の立体性、豊かさである。
自己と他者が出会い、その出会いから、それぞれが自らの物語をどう立ち上げていくのか、それこそが大事である。そうやってひかれたラインにつながると感じられたとき、私たちは生きていく力を受け取ることができる。
「私は一時とても弱くすっかり諦めて死にゆくガン患者になりたい、ただケアされたい、辛い自分に立てこもりたいという気持ちに襲われた・・しかしそこには「ケアするものーされるもの」という点と点の連結器に互いが固定され、動くこともできないまま、終わりに向かって流れてゆく物理的時間をすごすだけの一方向の関係。死という動かせない未来に目をとられるあまり、時間の中にあるはずの動き、始まりを忘れた、まさにすでに死んでしまった世界。そこに自己と他者が関係を紡ぐなかで生まれる時間の厚みはありません。」
私たちの生きる人生には偶然が充ちている。その偶然を引き受け生きねばならない。選択において決断されるのは当該の事柄ではなく不確定性、偶然性を含む事柄に対応する自己の生き方である。○○な人だから△△を選ぶのではなく、△△を選ぶことで自分が○○であることが明らかになる。偶然を生きるとは出会うこと、私は出会った他者を通じて、自己を生み出す。偶然を必然として引き受ける覚悟をもって出会うとき偶然を生み出すことができる。
「私たちが生きる世界は、こんな根源的な出会いに充ちています。・・ラインを引く覚悟、連結器と化すことに抵抗しながら、その中で出会うひとと誠実に向き合い、共に踏み跡を刻んで生きることを覚悟する勇気が必要です。でもその勇気を持ち、偶然を引き出すことができれば、こんな出会いに充ちた世界に自分が紡ぎ出した意味の網目を織り込んでいける。・・」
「なんて世界は素晴らしいのだろうと、私はその「始まり」を前にして愛おしさを感じます。偶然と運命を通じて、他者と生きる始まりに充ちた世界を愛する。これが、いまたどりついた結論です。」
『急に具合が悪くなる』宮野真生子・磯野真穂 著 (晶文社)
附記
*以上、この宮野さんの最後の言葉で二人の往復書簡は終わっている。往復書簡ではあるが主として宮野さんの文章を繰り返し追うことになった。その病態が悪化していくプロセス、特に彼女がケアを受けるべき癌患者の位置をあえて回避してその先で出会う世界を遠望する激しい生き方に僕自身、ひりひりするような感覚を味わうことになった。
*哲学者と人類学者という専門家同士の交わりはいくつかのキーワードを随所に置いている。例えば「時間の厚み」、「ラインの踏み跡の深さ」といった言葉。これらはクロノスとカイロスという時間の概念を思い起こさせるが、それ以上の通俗的解釈はあえて控えたい。
*また、「偶然性を受け止める/引き受ける」「ラインを引く/描く」「出会い/運命を引き受ける」「偶然を必然として引き受ける覚悟をもって出会う」「魂を分かち合うことから始まる「根源的」な出会いが起こる相互的な場―根源的社会性」など。これらの言葉は単純ではない。おそらく九鬼哲学に由来するこれらの用語が宮野さんの生き方を支えたと思われる。そこには、確率的思考でリスクの計算をし、合理的に人生を計画し、他者との関係をフォーマット化する生き方への批判的まなざしが感じられる。
雲が現れふたたび草地の上に涙を流した
薔薇色の酒なしに生きてはおれぬ
きょうびわれらが眺めるこの青草
われらが土より生えた青草を誰が眺める
われらがこの世へ来て去ろうと、何の益があるのか?
われらの人生の希望の縦糸の横糸はどこにあるのか?
世のあまたの美しき人の身は
燃え尽き土となる 煙はどこへ行くのか?
友よ 明日を悲しむのはやめよう
この一瞬の命を恵みと思おう
明日このはかない旅籠を立ち去れば
七千年の旅人たちの仲間となるのだから
(オマル・ハイヤーム)(『現代詩手帖』:2026年2月号38頁)
嬉しいときには、自分の心の奥をのぞき込んでごらんなさい。すると見つけるに違いありません。かつては悲しみの原因(もと)になっていたものが、今は喜びの原因になっているのを。
悲しくて仕方のないときも、心の奥をのぞき込んでごらんなさい。すると気づくに違いありません。かつては喜びであったことのために、今は泣いているのだ、と。
あなたがたの誰かが言います。「喜びは悲しみに勝る」と。すると或るひとが言います。「いや、悲しみの方こそ」と。
しかし私は言います。喜びも悲しみも分けることは出来ません。
(カリール・ジブラン)(『預言者』40~41頁)(至光社)
静けさにみちた世界 愛するふるさと
わたしのウクライナよ。
母よ、あなたはなぜ
破壊され、滅びゆくのか。
朝まだき 太陽の昇らぬうちに
神に祈りを捧げなかったのか。
聞きわけのない子どもたちに
きまりごとを教えなかったのか。
・・・
わたしが死んだら、
なつかしいウクライナの
ひろびろとした草原(ステップ)にいだかれた
高き塚(モヒラ)の上に 葬ってほしい。
果てしない野の連なりと
ドニプロと切り立つ崖が
見渡せるように。
哮(たけ)り立つとどろきが聞こえるように。
・・・
『シェフチェンコ詩集』(7頁 188頁)(岩波文庫)
上に三つの詩を引用しました。
オマル・ハイヤームは(1048-1131)イランの詩人。
カリール・ジブランは(1883‐1931)レバノンの詩人、哲学者。
タラス・シェフチェンコ(1814‐61)はウクライナの詩人。
三人とも過去の人ですが、その詩は現在も世界中で親しまれています。今、それぞれアメリカ、イスラエル、ロシアによる激しい戦争に巻き込まれている国の詩人たちです。毎日のようにテレビや新聞のニュースのなかで荒々しい政治の言葉に曝されていると、そこに生きているひとりひとりの人間の声が聴こえなくなります。そんな時、きびしく長い歴史の試練を生き抜いてきたこのような詩から聴こえる人間の深い声にしばし耳を澄ましてみたいと思うのです。
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