『櫻の園』['90]
『女の園』['54]
監督 中原俊
監督 木下恵介

 先に観たのは『櫻の園』。これが中原俊の『櫻の園』か、との思いで観た。高校を卒業して半世紀になる歳になって、三十六年前の女子高演劇部を描いた映画を観ながら、その瑞々しさに気分が若やいだ。二十八年前に観たっきりの四月物語の桜も美しかったが、こちらは桜の花園でもあって実に美しい。

 禁制までいかないが、画面にほとんど男性が登場しない女子の園が描かれるなか、倉田知世子(白鳥靖代)と志水部長(中島ひろ子)がツーショット写真を撮る場面の表情に見蕩れた。杉山紀子(つみきみほ)が志水由布子を見つめる眼差しも実に好い。高校時分、演劇部とは部室も共有する文芸部にいながらも余り演劇に関心がなかったが、就職して後、観劇にも勤しむようになって、演劇活動に携わっている連中をどこか眩しく羨ましく観るような部分が自分の内に育まれてきているからか、尚更に微笑ましく、清々しく観たように感じている。

 エンドロールを眺めていて驚いたのが、本作の原作が海街 diaryと同じく吉田秋生だったことと、「桐島です」の脚本を書いた梶原阿貴が出演していたことだ。手元にあるチラシの裏面の解説には監督には『ボクの女に手を出すな』(1986年)、『メイク・アップ』(1987年)などで女優の魅力を上手く引き出し、広い人気を得た中原俊。と記されていた。両作とも未見なので、これは観てみたいと思った。


 中原監督の『櫻の園』を観た延長で二十八年ぶりに再見した七十二年前の『女の園』は、ダブル高峰がトップクレジットを飾る迫力ある映画だ。同じく女学校物語を綴っても実に対照的な作品で、いかにも'50年代的な時代意識と社会問題を炙り出していて、とても観応えがある。同学年でも先輩後輩でも関係なく互いをパーソナルネームの「さま」付けで呼び合う“お嬢様学校”たる女子大学を舞台にして、まさしく“女の敵は女”を絵に描いたように映し出し、人を強権的に支配しようとすることの哀しい醜悪さを見事に描出している。

 校母さまと呼ばれる理事長と思しき女性(東山千栄子)が「智・情・意」を掲げた講話を述べ、共産主義も自由主義も排して女子“道徳教育”に邁進する正倫女子大学校の非情なる舎監兼教授の五條真弓を演じた高峰三枝子が圧巻で、犬神家の一族の松子以上に印象深い映画だと思う。

 ダブルと言えば、千栄子のほうもダブっていて、心理的に追い詰められた挙句に自死した出石芳江(高峰秀子)の、下田参吉(田村高廣)との手紙の取次ぎを引き受ける鶴賀の小母さんを演じた浪花千栄子が達者な存在感を発揮していた。姪の滝岡富子(岸惠子)の停学処分に憤慨して言っていたことが素朴に最も真っ当な正論だったように思う。最も罪深いのは、やはり芳江の父親(松本克平)で、芳江が思い詰めて訪ねた参吉の下宿先の親父が、訪れた芳江の父に浴びせた非難が核心を突いていた。二人とも学歴や家柄とは無縁で「センセイ」と呼ばれることなどなさそうな市井の人だ。

 林野明子(久我美子)から七つの寮の全部の権力を握ってるのと言われていた五條教授も恐らく元々は、若き日に倫ならぬ恋に溺れて深く傷ついた己が過ちを教え子に繰り返させたくなくて人一倍厳しく臨んできていたのであろうが、支配力を増すにつれ、服従させる優越感に浸るようになったのだろう。虐げられる境遇を味わった者に起こりがちな倒錯であって、“女の敵は女”の源泉はそこにあるような気がしている。そうなった者は、今度は己が得た力ないしポジションを脅かされることに対してヒステリックな反応を示しがちになるとともに、それを守ることに対して狡猾にもなっていくとしたものだ。女子学生たちの処分を決める会議のあと、平戸補導教官(金子信雄)に擦り寄っていきこういう処分はいい加減にすればするほど宜しいですのよ。学生たちがバラバラになりますもの。先生もそれをご承知で出石芳江を軽くなさったんでしょ。なかなかこわいんですのね、おやすみなさいませと微笑む五條寮監のこわさに凄味があった。

 学生たちから至極真っ当な要求項目の数々を突き付けられた学長(毛利菊枝)がこんな要求は自由の履き違えですよと咎めたことに対して滝岡富子が返した学校が教育の履き違えをしているんだと思いますけどとの弁がいい。劇中に“時代の暗流”との言葉があった。五條真弓が発していたように思うが、その示唆するところがコミュニズムの広がりである一方で、本作が描いているのは逆コース、レッドパージたる“時代の暗流”だったような気がする。参吉が去年の京大事件から僕は臆病になったと言っていたから、本作の設定は1952年ということになるのだが、それだと背景に映り込んでいた『バンドワゴン』['53]の看板とは辻褄が合わなくなる。だが、姫路での逢瀬で再び去年の十一月に京大の事件があったでしょと芳江に言わせていたから、まさに“時代の暗流”としてのレッドパージを受けて撮られた作品なのだろう。歪な道徳教育を強いている女子大学校に借りて当時の社会を描き出しているわけだ。

 女子学生それぞれの人物造形の鮮やかさが目を惹く。なかでもブルジョア子女の林野明子の言動が社会意識以上に父親への反抗に端を発する浅薄なもので庇護の保証を得ているなかの“覚悟なきもの”と看破して無駄口が多すぎますと窘めていたトシコ【配役字幕では服部文江】(山本和子)が目を惹き、テニスで脚光を浴びていた滝岡富子にベーゼだけでもゆるしてくれよと迫った相良(田浦正巳)に応えた後のありがとうに対して見せた富子の遣り取りがなかなか気に入った。
by ヤマ

'26. 7.24. J:COM BS録画
'26. 7.25. DVD観賞



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>