『ルックバック』['24]
監督 押山清高

 主人公二人が少女だったことに意表を突かれた。そうか、ルックバックというのは、背景画への注目の促しだったのかと思っていたら、意表を突くほどの率直さで「背中を見て」との言葉が出て来て驚いた。京本【声:吉田美月喜】の描いたそのタイトルの四コマ漫画の最後のコマで空手少女の背中に刺さっていた鶴嘴は、京本の褞袍に記された藤野歩【声:河合優実】の楷書サインでもあったのかもしれない。二人は互いに、その背中を見て、時に向き合い、切磋琢磨していた。

 ラストカットで藤野がビルの仕事場の大きな窓ガラスに貼り付けていた四コマ漫画は、おそらく亡き京本の部屋の窓ガラスに貼り付けられていた八枚のうちの一枚で、「背中を見て」と題された京本の四コマ漫画なのだろう。褞袍ではなくて、藤野の心の背中に刺さった鶴嘴たる京本の存在は、その生死によらず、ずっと離れないに違いない気がした。

 鎮魂を思わせる祈りのような歌声が印象深いラストカットだったが、作品タイトルに相応しい背景画の変化が映し出す時間経過が見事だった。朝から昼を経て夜が訪れ、鏡のようになった窓ガラスに、部屋を退出する際の廊下の灯が映し出す入口の形状が消えて再び窓ガラスいっぱいに夜景が鮮やかに広がる場面に感心した。

 窓ガラスが透視と反射の両方を映し出すように、心の窓が映し出すものを美しくドラマティックにアニメーションならではの動きで表現した秀作だったように思う。思えば、最初に藤野が後ろ姿で登場した場面で彼女の表情を映し出していたのも卓上に置かれた鏡だったような気がする。原作漫画でもこのような鏡の使われ方がされていたのだろうか。合わせ鏡をモチーフにしたような異界をも思わせる、左右正反対の鏡像のような藤野と京本を描いていたから、原作にもありそうなカットだけれども、静止画ではなく、まさしくアニメーションならではの時間表現が目を惹く作品だった。

 映友からは普通のアニメは原画→動画で作られるんですが、本作は原画をそのまま動画として使用して作ったとか。藤野が雨の中を疾走するシーンは監督が自ら手がけたとかで、あの躍動感は永く記憶に残りますね。とのコメントも寄せられた。この場面もラストカット同様に時間経過が折り込まれていて、京本から寄せられた絶賛を噛み締めながら次第に浮き立って来る藤野の心の動きを印象深く映し出していた。両方の場面とも藤野が再び筆を執り始める顛末に繋がっている場面だ。原作未読の僕は、これらを静止画でどうやって表現しているのだろうかと興味深く感じる場面が実に多いことに恐れ入る作品だった。

 すると手元にあるチラシの表の最下段に漫画に全てを捧げた二人の少女が見た未来とは…と記されているのが目に留まった。作中に描かれていた、いったん漫画から離れた藤野が再び描き始めた時期が異なる二つの人生は、両方とも未来図であったという観方もあるのかと驚いた。てっきり京本の命を奪われた藤野が妄想したもう一つの顛末が奇しくも京本の遺した四コマ漫画のなかにあったということか、もしくは京本の遺していた四コマ漫画を観て藤野が思い描いた“あり得たかもしれないもう一つの人生”というふうに受け取っていたからだ。

 また、チラシには――描き続ける。との文字が右上隅に記されていた。これは、孫息子が小学時分に描いた漫画の画力に驚いた僕が斯界に明るい知人に助言を求めたら、ペン画で描くことと併せて与えてくれた助言そのものだった。孫息子は、藤野や京本と違って気が多くて、あれほど大量のスケッチブックを費やしてはいないが、ペンでは描いているし、熱がかなり冷めたように思われるものの、今も緩く続けてはいるようだ。
by ヤマ

'26. 4. 5. NHK地上波録画



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