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| 『二十四時間の情事』(Hiroshima, mon amour)['59] | |||||
| 監督 アラン・レネ
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| これがアラン・レネの『ヒロシマ・モナムール』か。思っていたよりも観念的な作品ではなくて意外だった。積年の宿題映画をようやく片付けたことになるわけだが、このタイミングで観たことに奇遇を覚えた。折しも昔の日記を読み返したりして、思いのほか感慨に耽っていたところだったからである。本作を“記憶と忘却を主題とした映画”だと感じたのも、それゆえのことかとも思ったりした。 戦後十四年経った1959年の広島を舞台に、戦時の記憶が今に及ぼす思念を描いていたような気がする。家族全員を被爆で失い、復員後は建築家として家庭も持つに至っているヒロシマ出身の男(岡田英次)と、結婚を約した初恋の相手がドイツ兵だったために殺害され、イタリア映画の『マレーナ』やフランス映画『愛と哀しみのボレロ』のエヴリーヌのごとく、敵国兵と通じた女として髪を刈られ地下室に幽閉された過去を持つヌヴェール出身の夫子持ち女優(エマニュエル・リヴァ)の行きずりと思しき情事の翌朝、男から「こういうことよくあるの?」と訊かれた女が「たまにね、男好きなの、道徳懐疑者なのよ」と答えていた台詞が印象深い。脚本を書いたのは『ラ・マン/愛人』のマルグリット・デュラスだ。本作の主人公は、やはり出資割合同様にこのフランス人女性なのだろう。 「短時間では会ったと言えない」「君を忘れるなんてことできない」と言う男に「今だけよ」と言いつつ「忘れるのが恐い」とも言っていたように思う女から、ドイツ兵との過去の話を聞かされた男が、彼女の夫も知らない話だと知り、「知ってるのは僕だけ」と喜色を満面に湛えて女を抱きしめる姿も目に留まった。“他の誰も知らない女の部分を自分一人が知ること”が男にとっての無上の喜びだとデュラスは観て取っているということなのだろう。老婆の隣に腰を下ろした駅のベンチでの内心の声として女が発していた「私の体が記憶を灰にしたから」との台詞が心に残った。そして、ヒロシマで出会った男すなわち“ヒロシマの廃墟と復興”が呼び起こしたであろう記憶に蘇った、当時の自分に会いたいと零している姿も印象深く残った。 映画の最後は互いをヒロシマ、ヌヴェールと呼び合う二人の姿だったが、忘れたい、忘れたくない、忘れてはいけないが交錯する過去として描かれていたのが、1945年に女が見舞われた出来事とヒロシマ被爆というわけだ。原子爆弾投下の当日、二日、三日、二週間後といった“残された記録映像”や再現フィルムと思しき画像(『ひろしま』【監督 関川秀雄】のようだ)と、情事の最中の画像とが交互に現れるオープニングだったことと、本作製作時点である1959年の広島の街の光景が丹念に撮られていたことの意味はそこにあるような気がした。男が劇中で言っていた「いつか君を忘れたとき、こんなことがまた起こる、歴史が繰り返すように。そうなったら、君を愛の忘却として思い出すだろう。忘却の恐怖の物語として」との台詞の「君」に重ねられているに相違ない。 すると、去年の暮れに観たという高校時分の映画部部長が公開時のポスターを添えた記事を教えてくれた。「金髪が乱れ肌が燃える、日本青年の腕に泣くフランス娘」との惹句に吃驚した。凄いポスターだ。「フランス娘って子持ち既婚者やのに、金髪ってモノクロ映画やのに、腕に泣くってあと一文字余白があったら腕前にするとこやったんかいなってなもんで、大いに笑わせてもろうた。」と返したら、「戦勝国の女を組み敷く強気日本の男をアピールしたかったんでしょうかねぇ?」とのことだったが、旧日本軍は仏印戦で勝ったことはあっても、フランス軍に敗けたわけではないから戦勝国というのは、あまり関係ない気がするものの、廃墟から立ち上がった屹立イメージというのは、もしかするとあったのかもしれないという気がして更に可笑しくなった。 それにしても、部長が「二人の孤独を否が応にも描き、戦争の後遺症を描」いていると記してある映画に、よくぞこのような惹句を付けたものだと感心するやら、呆れるやらであった。だが思えば、被爆と情事を重ねる大胆な作劇を“記憶と忘却”を鍵にして鮮やかに現出して見せた手腕は大したものだ。そこには当時三十路にあったエマニュエル・リヴァの年季と知性を漂わせた佇まいが、やはり大きく貢献しているように思った。 | |||||
| by ヤマ '26. 9.27. DVD観賞 | |||||
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