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| 『オデュッセイア』(The Odyssey)['26] | |||||
| 監督・脚本 クリストファー・ノーラン
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| 先輩映友からの御用命にて観に行ったところ、思いのほか真っ当にホメロスの叙事詩に沿っていると思ったが、それにしても、とても英雄譚とは言えないノーランらしいダークテイストだった。ゼウスの掟ではないが、“良識”の壊れ損なわれた時代としての現代が被さってくるような世界観が提示されていたような気がする。そして、現代にオデュッセウスはいない。 その負の世界観はいいのだけれども、「これがアン・ハサウェイ? これがシャーリーズ・セロン? と思わずにいられないような撮り方するなよなぁ」などと思ってしまった。そして、リドリー・スコットが撮った邦題『オデッセイ』['15]の孤独で地味でキツいサヴァイヴァルに耐えていた宇宙飛行士マークを演じていたマット・デイモンがオデュッセウスを演じていた奇遇が面白かったが、ヘレネはルピタ・ニョンゴよりも断然『トロイ』['04]のダイアン・クルーガーのほうが好い。 それでもクライマックスとなるオデュッセウスとペネロペ(アン・ハサウェイ)の再会場面での懺悔のような告白には、なかなか含蓄があって良かったように思うし、『千と千尋の神隠し』['01]にも現れたキルケ(サマンサ・モートン)の魔法の場面での「男というものは…」との彼女の弁が印象深い。現代に蔓延する薬物依存や逃避にもつながる部分もあるカリュプソ(シャーリーズ・セロン)とのエピソードも興味深かった。 今やコンピューター・ウィルスの代名詞とも言える「トロイの木馬」の元となったトロイア戦争における奇襲作戦は、かつては長きに渡る戦争を終結させた知的な策略として肯定的に評価されていたように思うが、ウィルス名となった頃から、むしろ騙し討ち的な卑怯な作戦と見做されることが多くなっているような気がする。普通には設えられそうにはない“木馬のなかで溺死する兵”を映し出したりしていたのは、その辺りのイメージの移り変わりが影響を及ぼしているのかもしれないとも思った。アテナ(ゼンデイヤ)もまた、オリンポス十二神の知恵と戦いの女神という一般的イメージよりも、時に“悪魔の囁き”的な印象をもたらす呪われた因業な存在として現われていたような気がする。すなわち、殺戮と争いを繰り返す人間社会に付きまとう女神か魔女かという造形が施されているように思ったということだ。 ノーラン作品を観るのは本作で十本目だ。ほぼ四半世紀前に札幌のシアターキノで『フォロウィング』を観たのを皮切りに『メメント』『インソムニア』『プレステージ』『ダークナイト』『インセプション』『インターステラー』『ダンケルク』『オッペンハイマー』と観てきた。インパクトがあったのは、やはり初期の作品のように思う。 | |||||
| by ヤマ '26. 9.24. TOHOシネマズ8 | |||||
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