『佐藤さんと佐藤さん』['25]
監督 天野千尋

 保(宮沢氷魚)の司法試験合格を応援するために始めた受験に四年で合格して先に弁護士になった紗千(岸井ゆきの)に遅れて十年掛かった保。二十二歳で出会い、授かり婚で子育てしながら、タイムラグはありながらも揃って弁護士になった二人が、離婚後も役割分担をしながら子育てをしている十五年を描いていた作品を観ながら、紗千が弁護士になりたての時分に夫の浮気に気づいて離婚相談を持ち掛けていた篠田麻(藤原さくら)が第二子を得るに至っていたこととの違いは、一体どこにあったのだろうと思わずにいられなかった。

 経済的にも社会的にも夫に従属しているからこんなことになったのだと奮起して、復職後は長谷川から旧姓の篠田に戻して働き、課長にもなっていた彼女が言っていたのは、姓と生活も変わり自分が自分ではなくなった状態から自分を取り戻せたということだったが、姓はともかく、級友たちの誰もが認める自信と行動力に溢れる頼もしい佐藤保を保つことができなくなっていた保の紗千との暮らしのなかで欠けていたのは篠田の言う「自分」ではなく、実は忙しい弁護士稼業と、塾講師と司法試験勉強のなかでの子育てに疲労困憊して、もしかすると若くしてセックスレス夫婦になっていたのかもしれないことではないのかという気がした。

 高校時分の保を一年後輩の秀才として知っていて、目標を諦めるのは簡単だけど、ずっと追い続けているところが流石だと言って褒めていたリサ(佐々木希)が慰めてほしいの? 佐藤保も普通になったね、つまんない(普通)…との手厳しい言葉を突き付けていた場面が印象深い。二人の擦れ違いを描出するディーテイルのなかなか充実した作品で、味わい深かった。“なんで?の紗千”がツライと零していた保の言葉も心に残った。篠田の指摘していた紗千の鈍感と通じるところがあると同時に、さればこそ、保に先駆けて司法試験合格を勝ち取り得たのでもあろう。
by ヤマ

'25.12.25. キネマM



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