雲ノ平(くものたいら)                             [北アルプス] 2550m 

 

7月30日

 夜行バスは予定時刻よりも早く、4時頃新穂高ロープウェイ駅に着いた。まだ暗い。あまり眠れなかったのでもう少し横になっていたいが、とりあえず少し戻った登山センターまでヘッドランプを点けて歩く。
 トイレに入り、自販機で飲み物を仕入れ、登山届を出しているうちに明るくなってきたので、ランプを仕舞って歩き出す。

登山センター

 

 蒲田川の左俣林道は2度下ったことがあるが、登りに使うのは初めて。昼間なら涼しさを楽しめる林道わきの風穴の冷たい風も、夜明けの気温ではありがたみはない。

 左手の岩峰を見上げ、笠新道の入口を過ぎると1時間強でわさび平小屋に着く。
 急に人が増えて賑わっている。ぶら下げてきたパンとおにぎりを食べ、小屋の有料トイレを使う。
 小屋の前の水船に浮かんだトマトの赤が鮮やかだ。

オオヤマレンゲ

 

わさび平小屋

 

雪崩の沢を渡る

 わさび平小屋附近から林道の両側はブナ林になり、美しい。森が切れると小池新道の入口が近いが、その前に雪崩が林道を壊しているところがあった。雪壁 を削って付けられた階段で谷に下り、対岸の雪壁を下流から回り込んで林道に戻る。

 

 小池新道の入口で前方を見上げると稜線は雲の中。遅かった梅雨明けも数日前に明けたが、まだ天気は安定していない。

 登山道に入り、秩父沢の広い河畔林を登っていく。足元は岩だらけだが、石畳のように手が入れられていて、とても歩きやすい。バスでよく眠れなかったので歩いていても眠たいが、秩父沢を渡るまで は、と何とか頑張る。
 周りに明るい黄色の穂のような花が目立つようになってきて少し目が覚めた。カエデの仲間であることは分かるがこれまで見たことがない。帰ってから調べたらオガラバナであった。

オガラバナの花穂

 

秩父沢を渡る

 

シシウドヶ原がら大ノマ乗越を見上げる

 休憩者で賑わう秩父沢を木橋で渡り、沢の左岸側を登っていく。イタドリヶ原の標識を過ぎ、なおも登るとシシウドヶ原。ベンチが置いてあり、登って来た谷を見下ろせる。
 以前は大ノマ乗越からここに下りてくる道があったが、今は廃道になっているようだ。1982年の8月に高天原から鷲羽岳を経て新穂高に下りてくる時には、双六小屋から弓折岳 西側の巻き道をたどって大ノマ乗越からここに下りてきたが、今はその巻き道も地図にない。いったいいつ頃から使われなくなったのだろうか。
 

シシウドヶ原から鋭角に右手に折れて、斜面をトラバース気味に登る。傾斜が緩くなると沢状の道になり、湿地が開ける。
 急に目の前にコバイケイソウの群落が現れ、そこからは一気に高山植物が増える。クルマユリ、ベニバナイチゴ、キヌガサソウ、オオレイジンゾウと鮮やかだ。

 ひと登りで、鏡池に出る。

コバイケイソウ

 

 
クルマユリ

 

キヌガサソウ

 
ベニバナイチゴ

 

ミネカエデ

 鏡池の端にはデッキができていてたくさんの人が休んでいる。烏帽子岳から縦走した1994年にここを通っているはずだが、以前にはデッキなど無かったような気がする。もっとも池のそばに鏡平山荘が立っていると思い込んでいたので、記憶違いかもしれない。
 残念ながら前回同様に、今回も槍穂連峰の眺望はない。山腹から上はガスに覆われている。

 鏡平山荘でコーヒーでも飲んでゆっくりしようと思っていたが、山荘前はすごい人。諦めて双六小屋まで行くことにする。

鏡池

 

雷鳥

 

メタカラコウ

 

 鏡平から弓折乗越への道は弓折岳の東側を巻くようについていて、その斜面もお花畑になっている。ミヤマキンポウゲ、ハクサンイチゲ、シナノキンバイ、ツマトリソウと鮮やかだが、コバイケイソウが一番目立つ。天気が良くないのでライチョウが草の陰に見え隠れする。登山者が立ち止まっているのはライチョウがいるしるしで、双六小屋までに三度ライチョウを見かけた。 そして何とオコジョまでちらりと姿を見せた。

弓折乗越のお花畑

 

ハクサンイチゲ

 

 

ハクサンシャクナゲ

 

テガタチドリ

 

  弓折乗越からの稜線もずっと花が絶えることがなく、所々雪渓も現れる。こんなに花が多かったかなあ、と自分の記憶の信頼性を疑う。エゾシオガマ、ヨツバシオガマ、ハクサンフウロ、タテヤマリンドウと次々に現れる。
 クロユリベンチでは少なかったクロユリも双六小屋のキャンプ場のそばでじっくり見ることができた。

 

双六小屋へ

 

クロユリ

 

 双六小屋に着いたのは1時少し前だが、今日はここまで。早朝からの歩きでやはり疲れた。受付をすると今日は予約者が多く布団2枚に3人だと言われた。ずいぶん混んでいる。夕食は最初の組で4時半からとのこと。長い夜になりそうだ。
 でも部屋で少し仮眠して、外でガスでぼんやりした鷲羽岳を見ながらビールを飲み、食事を済ませて、外でまたコーヒー。それなりの山の午後を過ごす。
 6時過ぎに激しい夕立があった。

 

7月31日
   同室の宿泊者が廊下や板の間で寝たりして工夫したのでスペースに余裕ができ、そこそこ眠ることができた。今日は雲ノ平までなのでゆっくり朝食をとり出発する。今日もガスっている。
 

ゴゼンタチバナ

 

中道分岐附近のコバイケイソウ群落

  双六岳の南東面は広くお花畑になっていて、中道の分岐辺りは一面にコバイケイソウ群落が広がっている。昨日の鏡池付近から途切れることがない感じでコバイケイソウが咲いている。この先の三俣蓮華への稜線や黒部源流、雲ノ平でも多かった。

 後で聞いた雲ノ平山荘のスタッフの話では「昨年がコバイケイソウの当たり年であったので、今年はどうかと思っていたが、とてもよく咲いている。」とのことだった。
 

双六岳へ

 

ハクサンチドリ

 

タカネヤハズハハコ

 

 双六岳の山頂もガス。北ノ俣岳方面の稜線が雲間に見えそうになるがすぐにガスに隠される。すれ違った登山者は「入山して4日目だが、まだ槍を見ていない。」と言っていた。
 しかし、三俣蓮華に向かって稜線を進んでいると、しだいにガスが切れてきた。
 お花畑の上に鷲羽岳が見え始め、槍の穂先もチラリと見えるようになってきた。
 

 

鷲羽岳 (2854mピークから)

 

三俣蓮華岳

 

 三俣蓮華山頂に着いた頃にはかなり雲が取れて、今回初めて展望が開けた。山頂にはかなり人が集まっている。
 残念ながら穂高岳は隠れているが、ここから眺めるカール越しの槍ヶ岳は思い出の景色である。1979年に初めて北ア最奥この山域に入り、黒部五郎のテント場で3日間降り込められ、やっと登った快晴の三俣蓮華から眺めたのがこの風景 だった。当時のことを思い出してしみじみしてしまう。
 長い尾根を手前に張り出した鷲羽岳もカッコいいが、黒部源流の先に黒々と固まる水晶岳にどうしても目がいってしまう。明日はあれに登り、その先に何とか見える赤牛岳に向かうのかと思うと、その距離に現実感がない。本当に一日で歩けるのだろうか。

 

 

三俣蓮華岳山頂から槍ヶ岳

 

左から水晶岳、ワリモ岳、鷲羽岳 (三俣蓮華岳山頂)

 

 三俣蓮華から三俣山荘に下る途中のお花畑もなかなか素晴らしく、ここもコバイケイソウが目立つ。

 双六岳から同行していた九州からの単独行者と三俣山荘前で食事をし、ここで分かれて黒部川源流に下りる。 この方は新穂高に車を置いてあるので、これから鷲羽岳に登り、また双六山荘に戻ると言う。こんなコースの取り方もあるのだ。

アオノツガザクラ

 

 山荘から渡渉地点までの登山道は、小さな流れと絡み合いながら下って行く。黒部川に近づくと湿地が現れ、もっと小さな流れが無数に集まってくる。湿地の先は針葉樹が縁取り、 カナダかアラスカの地を歩いているような気分になる。
 やはり、黒部の源流地帯はいいなあ。 
 

 

黒部川渡渉地点に下る道

 

流れの先に黒部五郎岳

 

ヤマガラシ

シナノキンバイ

 

チングルマ

  黒部川の渡渉地点には橋はなく、渡されたロープを目印に飛び石を渡る。祖父岳側の斜面が迫っているので、やや圧迫感があるが、三俣山荘側は草地のお花畑で明るい。花の種類も多い。

 ここからは祖父岳の山腹をジグザグを切って、今下りた高さを登り返さなければならないが、登るにつれて視界が開け、対岸の鷲羽岳、ワリモ岳が大きくなってくる。ガスってはいるが、三俣山荘の向うに槍ヶ岳も覗いてくる。岩苔乗越から始まる黒部川の源流一帯が眼下に広がる。実に気分がいい。

黒部川渡渉地点から上流

 

 

ワリモ岳(左)と鷲羽岳(右)

 

三俣山荘と槍ヶ岳

 斜面を登り切り、第一雪田、第二雪田と過ぎると祖父岳の分岐。ライチョウの親子連れが登山道を占拠して渋滞している。分岐の大岩からは雲ノ平が見渡せる。

 雲ノ平山荘への登山道は一旦雲ノ平の台地の縁をはずれ、岩苔小谷を見下ろしながら斜面をトラバースし、再びハイマツに覆われた雲ノ平の端に戻る。
 眼下に池塘を湛えた湿原が広がり、その向こうに雲の取れた薬師岳がやっと山体全てを見せている。

黒部源流とコバイケイソウ

 

薬師岳

 

スイス庭園から水晶岳

 スイス庭園の標識に導かれて右手の木道をたどる。池塘の間を抜けて突き当たると高天原の湿原が見下ろせる。ここからの水晶岳は肩幅が広く、堂々とした山容だ。双耳峰の耳もピンと立っている。黒岳の別名の通り岩峰が黒々として迫力があり、稜線が続く赤牛岳の赤っぽい山体とは対照的だ。
 1982年に高天原へ行ったとき、薬師沢から登って雲ノ平をかすめて行ったのだが、その時にはここまで来ていないので、この景色は初めてだ。あの時には 雲ノ平は大したところではないという印象だったが、やはりゆっくり見て回らないとここの価値は分からない。

 

 雲ノ平山荘は天水での営業なのでなるべく水は持参してほしいとHPにあったので、キャンプ場に立ち寄って豊富に流れ出る水をボトルに詰める。冷たい水だ。キャンプ場からは黒部五郎がきれいに眺められ、祖父岳に抱かれたような落ち着くキャンプ場だ。

 山荘近くにも広いコバイケイソウが目立つお花畑がある。お花畑の中の木道を大人数のグループが山荘に向かって進んでいて、こちらも急ぎ足になる。
 祖父岳分岐から何だか登山者が増えたようで、宿泊がちょっと心配になってきた。

遠くに雲ノ平山荘

 

 果たして、山荘のロビーは人でいっぱい。宿泊受付も大行列。20分程かかって割り当てられた部屋に入ったら布団1枚に2人とのこと。なかなかの状況だ。明日の行程から考えると水晶小屋に泊まった方がコースタイムに余裕ができるのだが、かつて水晶小屋に泊まった時に布団1枚に2人でほとんど眠れないことがあったので、避けて雲ノ平山荘にしたのだが、結局変わらない事になってしまった。

 

 でもまあ、せっかく雲ノ平に宿をとったのだからと、カメラだけ持ってアルプス庭園に向かう。薬師沢の方へ木道をポクポクと歩いて行くと分岐があり、左手がアルプス庭園。なおも続く木道を行くと池塘も現れ 、湿原の趣が出てくる。三俣蓮華や黒部五郎がいい遠景になっているのだが、靄っているのが残念だ。
 少し岩場を登ると行き止まりでベンチがあり、4人ほど休んでいる。祖母岳の標識がある。振り返ると広い雲ノ平の真ん中にポツンと山荘が立っていて、その後ろで水晶岳が、雲ノ平を両手を広げて抱え込んでいる。

アルプス庭園から三俣蓮華岳

 

 小屋に戻って厨房で缶ビールを買っていたら、「さっき買ったビールは全然冷えていなかった。」と文句を言っているおじさんがいた。どうやら受付で買ったものは冷えていなかったようで、クーラーボックスから取り出された僕のビールを触って羨ましがっていた。結局、僕のビールの冷え具合を仲間に知らせたいということで、一緒に外でビールを飲むことになった。
 周りの宿泊者ともいろいろ情報交換をしていると、どうもこの辺りの山小屋は昨日、今日とどこも満員らしい。昨日は三俣山荘、黒部五郎小屋も布団2枚に3人だったようで、どうやら遅れた梅雨明けと先週の台風の通過を待って一気に登山者が押し寄せたよう だ。高山植物の最盛期にも当たり、どこも大賑わいのようだ。
 最近は混雑が予想される土日を避けて登る中高年登山者も多く、「山小屋の関係者には『魔の水曜日』という言葉があるらしい」、と言っている人もいた。
 後で小屋の受付の人に尋ねたら今日は70人の定員のところに150人泊まる予定とのこと。本日の対応はビール、ジュースの販売は一人1本限り、ザックは部屋に持ち込めず地下の乾燥室と物置に置く、食事は5回戦まで。小屋の人も大変だ。

 

 混雑する小屋はもちろん快適ではないが、宿泊者には妙な一体感が生まれ、いろいろ気遣いも生まれてくる。
 就寝時も結局、遅くからの宿泊者のスペースが埋まらなかったので、皆でそのスペースを工夫することで何とか余裕を持って眠ることができた。

日没に光る木道

 

  水晶岳、赤牛岳へ 

雲ノ平ルートマップ


[山行日] 2019/7/29(月)〜31(水)
[天気] 30日(火) 曇り                2019年7月の天気図(気象庁)
31日(水) ガスのち晴れ、のち曇り
[アプローチ]

29日 JR岡崎 21:42 →(新快速)→ 22:13 名古屋  名鉄バスセンター 23:10 →(夜行バス
30日
 → 4:00頃 新穂高ロープウェイバス停
      
・新穂高登山センターにトイレ、自販機、登山届ポストあり。

[コースタイム]  
30日          
  行動時間 発着時刻 地点名 休憩時間  
1:20 4:30 登山センター (約1100m)    
5:50 わさび平小屋 (1402m) 0:30  
1:15 6:20  
7:35 秩父沢 0:10  
1:05 7:45  
8:50 シシウドヶ原 (約2080m) 0:10  
0:50 9:00  
9:50 鏡池 0:25  
1:10 10:15  
10:20 鏡平山荘 (約2290m)    
11:25 弓折乗越 (約2560m) 0:05  
0:35 11:30  
12:05 クロユリベンチ 0:10  
0:40 12:15  
12:55 双六小屋 着 (約2550m)   全行動時間 
6:55     1:30 8:25

 

31日       4:30起床
        5:20朝食
  行動時間 発着時刻 地点名 休憩時間  
1:05 6:00 双六小屋 発    
6:20 中道分岐    
7:05 双六岳 (2860.4m) 0:20  
0:20 7:25  
7:45 中道合流 0:05  
1:05 7:50  
8:55 三俣蓮華岳 (2841.4m) 0:25  
0:40 9:20  
10:00 三俣山荘 (約2540m) 0:25  
0:30 10:25  
10:55 黒部川渡渉点 (約2390m) 0:15  
1:15 11:10  
12:25 祖父岳分岐 (約2680m) 0:15  
0:45 12:40  
13:25 テン場分岐(水場まで往復)    
0:10 13:45    
13:55 雲ノ平山荘 着 (約2550m)   全行動時間
5:50     1:45 7:35

 

 

[小屋]
双六小屋
・1泊2食、10,300円。200名収容。
・混雑しており、布団2枚に3人と言われたが廊下で寝る人もでて、なんとか寝られた。

・食事は普通。
・水無料。朝はお湯も無料。
・トイレは洋式水洗。
・缶ビール550円。コーヒー500円
雲ノ平山荘
・1泊夕食+弁当、9,500円。
・非常に混雑しており、布団1枚に二人と言われたが、同室の宿泊者が余地を工夫してなんとか寝られた。
・ザックは部屋に持ち込めず、地下の乾燥室に置く。

・夕食は石狩鍋。
・水500㎖、50円。缶ビール600円。
・トイレは和式水洗。
・充電用コンセントあり。1回100円。
・建物は新しい。