2026年1月、本機6AS7Gトランスドライブ プッシュプル・パワーアンプを発表します。諸事情により雑誌掲載の予定はありません。当サイトでのみ発表します。この概要ページに加えて、試聴記を含めた付録記事を本サイトに掲載しています。右側のリンクからご覧ください。 本機が出力管として採用した6AS7Gは傍熱型3極管です。特徴的なのは、1本のガラス管に2セットの電極を収めた双3極管であることです。1本でプッシュ側とプル側の両方の回路を構成できるため、ステレオ・プッシュプルアンプを2本で作ることができます(通常は4本必要)。よく知られる6080は6AS7GをGT管化した互管球で、挿し替えて使えます。
ところで6AS7Gはオーディオ用(受信管)ではなく、レギュレター管と呼ばれる種類の真空管です。想定する用途は真空管回路の直流電源電圧を一定に保つ定電圧回路です。
この種類の真空管は特性的にオーディオ向けに都合よくは設計されていません。オーディオアンプに使おうと思えば使えるものの、スペックの良好なアンプに仕上げるのが難しかったり、製作コストが高くついたりするのが難点です。そのため利益が第一の市販オーディオアンプに出力管として採用されることはありません。
日本の自作マニアは市販されないオーディオアンプを一品自作することが大好きなため、6AS7Gなどのレギュレター管は好んで用いられています。私はというと、その独特な構造の電極が気に入って長年チャンスをうかがっておりました。
6AS7Gの性能を十分に生かして大きな出力を取り出すには、通常だと片側ピーク値125ボルトという異例に大きな励振電圧が必要になります。本機ではB電源電圧を控えめに取ったためピーク値で95ボルトほどに収まっています。とは言ってもプッシュプルアンプなので、励振段はこの倍の励振電圧を供給することが求められます。この回路設計が難しいのです。
本機が採用したのはトランスドライブ方式です。真空管増幅の代わりに、インターステージトランスにより励振電圧を昇圧させる方式です。真空管とともに百年前に発明された技術です。
この方式は自作家の間では昔から6AS7Gプッシュプルアンプの設計例として紹介されているので珍しいものではありません。一方でインターステージトランスをわざわざ排した真空管増幅で腕を競う製作例もよく見られます。
その点、本機は「トランスドライブ」にこだわりました。なぜかというとトランスドライブのアンプには特有のサウンドがあるためです。
たとえば段間のCR結合を省いて直結したアンプには「直結特有の音」などというものはありません。波形が純粋に伝達されることが担保されるだけで音色が変化しないからです。
しかしトランスドライブには明確に特有のサウンドが存在します。私が過去(第一期)に製作した3機種のトランスドライブ・シングルアンプはどれも忘れられない熱演を聴かせてくれました。その「トランスドライブ・サウンド」をプッシュプルで聴いてみたいと挑んだのが本機です。 インターステージトランスを使いこなすのはけっこう難しいので心して取り掛からなければなりません。ドライバー管の品種(特性)によっては低域の周波数特性が極端に低下してしまうのです。その原因はコイルに存在する電気的性質にあります。コイルの起電力が電流の大きさの変化に正比例し、電流の変化時間に逆比例するためです。さらに磁束の通り道となる鉄芯には物理的限界が存在します
これをアンプの特性で語ると、低い周波数ではインターステージトランスの出力電圧が下がり、真空管の内部抵抗が大きい(電流変化が小さい)ほど低周波での出力電圧低下がさらに大きくなります。そして鉄芯の磁束飽和による波形ひずみという問題も浮上してきます。
そのためインターステージトランス製品には、それぞれの仕様に従って最適なドライバー管というものが存在します。真空管内部抵抗の違いによる適性です。
このような適性はユーザーから見るとトランスの一般的な電気的仕様からはつかみきれません。親切なメーカーであれば、ドライバー管がどのくらいの内部抵抗であれば低域の出力低下がどのくらいになるという幅を示したり、ドライバー管の推奨例や使用例を示してくれることがあります。 本機で採用したインターステージトランスPMF-55Dは比較的安価なのが目にとまりました。しかも1次側、2次側ともインダクタンスの等しいコイルを2本づつ備えています。コイルの直列接続/並列接続を選ぶことで、利用目的に応じた特性を得られるのが便利です。
電源トランスはカタログ製品に適当なものが見あたらなかったため、ゼネラルトランス販売に特注しました。特注型番「PMC-AI2530」にて発注することが可能です。「AI」はAki
Ichiroの頭文字のようです。 |
B電源平滑のチョークコイルを2段構えにした理由は6AS7Gが出力管の中でも特に低インピーダンスで、プレート電流がB電源の変動に敏感なためです。プッシュプルではOPT1次側で打ち消しが起こるのであまり影響がないのですが、ちょっとした電流アンバランスが打ち消しを弱めてしまいかねません。そのため念入りにB電源リップルの低減を図りました。
さらに、6AS7Gのプレート電流アンバランスを調節するボリュームをカソード回路に設けました。実機は背面に電圧測定用端子とボリュームノブを備えています。テスターで直流電圧を測りながら2組の測定端子の電圧が等しくなるように調節します。測定電圧は95ボルト前後ですが、無調節の場合は電圧差が5ボルト〜10ボルトになります(6AS7G管内の2組の電極に製造誤差があるため)。 本機ではインターステージトランスの昇圧効果を上げるために1次側を並列で用いることにしました。問題はこのときにどのようなドライバ管が適しているかです。
PMF-55Dにはドライバー管の内部抵抗に関係するメーカー資料は見あたらなかったのですが、昔のタンゴ製NC-14に類似するという情報が提供されています。そのNC-14はドライバー管として出力管6V6の3極管接続が例示されています。
これからするとPMF-55Dに6SN7などの電圧増幅管を使用すると低域がぐっと落ち込んでしまうことが想像されます。加えて1次側を並列にすることにより、低域の落ち込みがさらに大きくなることも予想されます。簡易なモデルを作ってシミュレーションしてもそのような結果が得られました。 PMF-55Dのドライバー管に出力管を使うことも検討したのですが、電源規模を抑えるため電圧増幅管で乗り切ることにしました。そのためにはいろいろと工夫が必要です。
まず内部抵抗が特に低い電圧増幅管である12BH7をドライバー管に採用し、さらに管内のふたつの電極を並列接続して内部抵抗の半減をはかりました。
それでもかなりの低域低下が生じることがシミュレーションで予想されたため、前段回路にNFBをかけてドライバー管の実効的な内部抵抗を下げることにしました。
このNFB回路には直流を切るためのコンデンサを入れていますが、その容量はNFB量とともに周波数特性に大きな影響を与えます。そこで実機の周波数特性を測定しながら、実用時に最適な特性になるようにNFB量とコンデンサ容量を調整しました。 初段管の6AU6は3極管接続で用いていますが、サプレッサーグリッド(第3グリッド)の接続先に注意してください。米国GEのオリジナル資料では3極管接続時は第2グリッドとともにプレート電極に接続するよう指示されていますが、これは誤りと思われます。
このとおりにすると6AU6がノイズを出したり、互管球の中にはプレート電流が暴走を起こすものがあります。
サプレッサーグリッドの役割は、プレートから飛び出る余分な熱電子を押しとどめることにあります。そのためには電子が反発しやすい電位に置かなければなりません。そもそもサプレッサーグリッドに電流を流すことは想定されていないのです。
このような理由で6AU6の3極管接続は5極管接続の時と同じく、サプレッサーグリッドをカソードに接続するのが正しい用法です。 本機を測定すると100Hzから8kHzあたりの中心帯域に限ればクリップ限界のアンプ出力8Wまで低ひずみに増幅できました。しかし100Hz以下の低域はドライバー管の制約により波形がひずみやすいことに留意する必要があります。
ハイファイとして少なくとも50Hzまで低ひずみで聴きたい場合はアンプ出力2Wが限界となります。とりあえず2Wあれば家庭用途には必要十分な音量だと思います。加えて瞬間的なパワーが必要なときは床や壁が震えるくらいの音量を出せます。
一方10kHz以上の高域は、出力が上がるにつれて微妙な傾きを生じながら山の片方が尖る形でひずんでいきます。とはいえ楽音の波形自体が三角波の複雑な重なりで作られていますから、本機の高域ひずみは聴感上の問題にはなりにくいようです。
このように本機はインターステージトランスの使いこなしが万全とは言えませんが、家庭用に限るなら実用になるはずです。
さてアンプの音ですが、パワフルなピラミッドバランスです。高音はクリアーで雑味がなく聴こえます。ポップスではバスドラムがパワフル、クラシックは低音がくっきり聴こえてきます。詳しくは付録記事の試聴記をお読みください。 |