本文へジャンプ
25:日坂


東海道を歩く (25:日坂宿) 7km



(写真は、日坂宿の高札場)

日坂(にっさか)宿は、小さな宿場町ですが、街道沿いの家々には、そのまま屋号がかけられて
おり、江戸時代の雰囲気が良く残っています。



下の写真は、旅籠(萬屋)です。



宿の入口近くの本陣跡には本陣の門が再建され、宿場町には、江戸時代からの旅籠が数軒、
そのまま残っており、
素敵な雰囲気です。

下の写真は、本陣跡です。



宿場町の道の幅もカーブも、いかにも江戸時代のまま残っているという感じで嬉しくなります。





小学校の下校の時間帯で、小学生が、一人ひとり、私に大きな声で、”こんにちは”、と挨拶
しながら通り過ぎていきます。

東京に来てから、すっかり忘れていた光景ですが、私の田舎の熊本でも、今でも帰省すると、
小学生達が必ず大きな声で挨拶して通り過ぎます。

冒頭の写真の宿の出口近くの高札場は、当時の雰囲気をそのまま残しています。

高札場とは、写真の様に、幕府が定めた法令を木の板に書いて掲示し、民衆に周知させる場所
のことです。

旧東海道は、国道1号との合流と分岐をくり返しながら掛川宿へ向かいます。



日坂宿から掛川宿までの間は、これといった見どころもなく、長い距離をひたすら歩きます。

でも、歩道が広く、整備されていて歩き易いのが救いです。



静岡駅では宿探しで苦労したので、今晩の掛川の宿は、事前に予約をしておきました。

日坂宿から掛川宿まで約7キロです。




バスで行く東海道「第6回-2」(金谷宿〜日坂宿) 2012.915


「25:日坂(にっさか)宿」

日坂宿は、江戸時代は幕府直轄で代官がいました。

東に難所の小夜の中山峠を控え、宿場町として発展しましたが、今は時代に取り残された
かのようにひっそりとしています。

でもそれが幸いして、旧道沿いには、旅籠屋「川坂屋」、 「藤文」、「萬屋」など数軒が、
江戸時代の面影を残しており、格子戸の家や古い屋号の看板が見られます。

次の写真の広重の浮世絵は、小夜の中山の「夜泣き石」です。

そうか!

夜泣き石の様な当時の物語や背景を知らないと、この浮世絵は意味不明ですよね。




・夏祭り

 ラッキーなことに、日坂宿では夏祭りに遭遇しました。








・事任(ことのまま)神社

 坂上田村麻呂の創建という由緒ある神社で、一昨年は、何と1200年祭だったそうです。



 事任は、願いが「事(こと)のままに叶う」という意味だそうです。

 夏祭りということもあり、大勢のハッピ姿の人々がお参りに来ていました。



 写真の、高さ31メートル、周囲6メートルというクスの大木が見事です。



バス旅行は、次の掛川で1泊します。


 26-1:掛川


               00:目次へ戻る