|
| ||||||||||||||
| 県立美術館夏の定期上映会 “カルト、サイコ、耽美― 狂気と幻惑の世界” | ||||||||||||||
https://moak.jp/event/performing_arts/post_584.html
| ||||||||||||||
| 四作品中三作品が既見作だったのだが、三十六年余り前に観たっきりで映画日誌にも残っていない『サンタ・サングレ/聖なる血』は、拙サイト開設以来“再見したい宿題映画”だったので、スクリーン観賞できる機会を観逃す手はないと赴いた。 当時、強烈なインパクトと象徴性の深さに驚愕した記憶があるが、いま観ても色褪せることなく半端ないイメージの喚起力に改めて感心した。がらんどうの室内に設えられた止まり木の高みに全裸でしゃがむ鳥人の如き若者フェニックス(アクセル・ホドロフスキー)の姿で始まったオープニングから猛禽類の飛翔へと展開し、サーカス団にいる少年のフェニックス(アダン・ホドロフスキー)へと繋がる導入部からして見事なもので、直前に再見した『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』の曲馬団を軽々と凌駕していた。異形の怪人を見世物にする小屋として、東西に共通するトポスになっているところが興味深いが、物語におけるメイン会場と脇役という大きな違いがあった。 団のスター芸人と思しきナイフ使いのオルゴ(ガイ・ストックウェル)による全身刺青のグラマラスボディ団員(セルマ・ティゾー)との浮気に激高して現場に乗り込み、夫の剝き出しの股間に硫酸を浴びせかけた妻コンチャ(ブランカ・ゲラ)に怒り、彼女が聖女として祭り上げ信者を集めて教会まで開所していた“両手を切り落とされて強姦殺人に見舞われた少女”と同じように、得意のナイフで妻の両腕を切り落とすとともに、“地に着かない第三の足”を失っては生きる甲斐もないとばかりに喉を掻き切る惨劇を目の当たりにした少年のその後を描いた作品だ。三十三年後の仏映画『パリタクシー』['89]で「夫の股間をガスバーナーで焼いて機能不全者にしたかどで二十五年という容赦ない長期の収監刑に処せられ」ていたマドレーヌと違ってコンチャは、フェニックスが精神病院を脱走する前から街にいたことになる。 母が失くした手の代わりに二人羽織のようにして母親に一体化していたフェニックスの姿には、父親が力づくで胸に彫り込んだ大型猛禽類の刺青同様に、狂信的で支配欲の強い母親に縛られている桎梏が痛々しいほどだった。彼の孤独の唯一の救いが刺青女に買われた聾唖の少女アルマ(サブリナ・デニソン)だったわけだが、彼女もまた過酷な境遇のもとにありながら、フェニックスに寄せる想いを支えにして生き延びてきたように映った。 そういう意味では最後に示された詩編143に言う「私はあなたに手をさしのべ、わが魂は乾いた地のようにあなたを慕う。道を教えたまえ、わが魂はあなたを仰ぐ。」を踏まえると、フェニックスにとってアルマは神の使いであったわけだ。ある意味、少年フェニックスの孤独の大元になったとも言える刺青女が準備していたことになるあたりが、なかなか意味深長だったように思う。 “鬼才が描く、カルトの深淵”とのサブタイトルの下にカップリングされていた『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』は、十六年前に大阪のシネ・ヌーヴォで観た後、七年前に地元のあたご劇場で観て以来となる三度目の観賞だ。前回「観るからに異形の存在感を発揮していた菰田丈五郎(土方巽)以上に、『人間椅子』に潜んでみせたり『屋根裏の散歩者』の殺害方法を講じていた女装趣味による嗜虐性向のある執事の蛭川(小池朝雄)のキャラクターのカルト性に笑ってしまった」と記した時点では、まだテレビ朝日系「土曜ワイド劇場」江戸川乱歩の美女シリーズの第17作『天国と地獄の美女』['82]を観ていなかったが、『パノラマ島奇談』の映画化としては、テレビ映画の同作のほうが上回っているように思う。 それにしても、今回の四作品のうち指定映画になった三作のなかで本作だけがPG12なのは、何故なのだろう。裸女の数と頻度で言えば、本作が最多のように思うし、猟奇性というか異常さにおいても本作が突出している気がする。もしかするとつい失笑を買うような可笑しさがレイトを下げたのだろうかなどと思った。 先に観たAプログラムも『世にも怪奇な物語』のほうは、二年前に合評会の課題作として観ている。今回初めて観た『赤い唇』は、まるで知らなかった作品だが、開幕早々、列車のコンパートメントのなか全裸で交わる新婚夫婦が映し出され、意表を突かれた。指定映画に相応しく、エロティックでフェティッシュな画面が続くのは好いのだが、人物造形が訳わからず登場人物の相関関係も展開も訳が分からなかった。謎めいていることと訳が分からないこととは別物だと思うのだが、画面に宿る妖しさだけで100分をもたせるには及んでいなかった気がする。朝一番最初の上映作品だったのに、終盤での中途退出者がいたように思う。 “名匠が紡ぐ、耽美と幻想”とのサブタイトルでのカップリングというのは分からぬではないが、いささか凡庸で、これなら二年前の合評会でのカップリングのほうが、ずっと妙味があったような気がする。ただホテルマンのピエール(ポール・エッサー)の前に四十年前と変わらぬ姿で現れた四百年前から不老不死のエリザベート・バートリー伯爵夫人を演じたデルフィーヌ・セイリグが最初に現れた場面の美しさには瞠目した。ステファン(ジョン・カーレン)の妻バレリーを演じたダニエル・ウイメットも、伯爵夫人の連れていたイローナを演じたアンドレア・ラウも惜しげなく晒していた裸身をついぞ見せることのないままだったことが惜しまれる。 | ||||||||||||||
| by ヤマ '26. 8.23. 美術館ホール | ||||||||||||||
ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―
| ||||||||||||||