『シラート』(Sirāt)['25]
「ウクライナ軍事支援 武器供与の代償」(Ukraine The Cost Of Arms)['24]
監督 オリベル・ラシェ
NHK BS世界のドキュメンタリー

 チラシの裏面に大きな文字で「天国と地獄をつなぐ橋」との解題が記されている『シラート』は、なんだか矢鱈とシンボリックな作品だった。ライブではないレイブというのは初めて知ったが、なんか宗教的な儀式めいていて異様な感じがある。演奏者が不在なのだ。このある種の異様さというか、いわゆる不安の時代というような紋切り型とはやや異なる“砂漠のように不毛なる時代感覚”というものを表象していたような気がする。それでいて、観ている感じとしては、どこか '60年代にリバイバル的に流行ったような気がしている前衛映画風味があったように思う。

 軍隊に追われたレイブ会場から次なるレイブ会場に向かう一行に従って、行方不明になった娘を幼い息子エステバン(ブルーノ・ヌニェス・アルホナ)とともに探し求めるルイス(セルジ・ロペス)がとんでもない目に遭う旅が描かれる。不毛な現代を生き延びるのは、まさに地雷原をあてなく彷徨うに等しいほどの理不尽な危うさに満ちているということのように感じた。軍隊に追われ地雷原に竦む生には些かの救いもないように思う。

 右の手首から先を失くしているモヒカン鬘の刺青男ビギや左の膝下から先を失くしているトナンの身体障碍の経緯は示されていなかったが、自ずと戦禍を思わせるところがあったように思う。“戦争の世紀”と呼ばれたのは前世紀たる20世紀だが、戦闘ではなく空爆や地雷で人々を殺戮する現代は、さしずめ“殺戮の世紀”と呼ばれることになるのではないかという気もした。ライブと違って演奏者のいないレイブ会場が、あたかも戦闘兵士のいないまま戦場化した街のように感じられたからだ。ストレートな爆撃音ではなかったけれども、メロディのないリズム音だったことが作用している面もあるかもしれない。

 砂漠であろうとなかろうと、車は自分で運転することができるが、最後に現れた“列車”にはただ乗っているしかなく、ひたすら運ばれて行く乗り物ではある。この異様なる時代、人々はどこに向って行くのだろうか。行方不明になった娘というのは、今の時代が見失っている素朴に大切な愛すべきものの象徴なのだろう。レールの上を走る列車に乗ってそれを取り戻せるとは思えないが、少なくとも不毛の地から遠ざかることはできるのかもしれない。だが、娘も息子も失ったルイスの前途はやはり虚しい気がしてならなかった。


 そのようなことを思ったりしたので、二年前に録画したBS世界のドキュメンタリー「ウクライナ軍事支援 武器供与の代償を視聴した。ロシア・ウクライナ戦争が引き起こしたグローバルな武器増産体制のもたらしたものに目が向けられていた。

 僕が若い頃に目撃した不動産バブルよりも遥かにタチの悪い武器バブルの実に醜悪な舞台裏にいささか気分が悪くなった。暗躍する武器商人たちが幾人も登場したが、最も驚いたのは、二十年前の映画ロード・オブ・ウォー['05]のモデルにもなったとの大物武器商人から政治家に転身した人物ビクトル・ボウトの登場だった。服役十数年から解放され、政治家に転身していた姿と弁舌に呆れた。2024年のフランス作品だ。

 ウクライナ政府の武器管理責任者の女性は、支援国がいつでもデータチェックできる形にした厳重管理をしていると胸を張っていたが、裏を返せば、ウクライナに到達する前の流通経路には何の保障も講じられていないわけだ。そもそもが絶対悪と言う他ない“戦争”を起こすことが問題なのだが、起こすこと以上にその継続が罪深い気がする。軍事支援をいつまでも続けるのは、以ての外だと改めて思った。そして、その武器バブルにこれから便乗しようなどという浅ましくも非道な目論見を政策として広言し、推進している我が国の現体制の愚劣を思った。何とか方向転換させる手立てはないものだろうか。
by ヤマ

'26. 8. 1. キネマM
'26. 8. 2. NHK BS録画



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