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| 『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(Marty Supreme)['25] | |||||
| 監督 ジョシュ・サフディ
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| チラシの記載によれば、実在の卓球選手マーティ・リーズマンがモデルの映画らしい。ティモシー・シャラメが演じていた男の名はリーズマンではなく、マウザーだったから、伝記的な作品ではなさそうなのだが、きっとリーズマンもビッグマウスの破天荒な天才プレイヤーだったのだろう。 それにしても、あまりに無茶苦茶やってたから、どこまでが史実なんだろうという気になってくる作品だった。ただマーティが悪辣には映って来ない造形を果たしているところがなかなかのもので、ひたすら調子のいい見え透いた出任せを言っていたけれども、芯から“全ては卓球のため”のなりふり構わぬ足掻きが悪運を呼んだような形になっていた気がする。タイトルバックが本作同様に卵子に向って驀進する精子の群れが果たす受精だった映画は、過去にも観たことがあるような気がするが、作品名が思い出せない。唯一つの卵子【卓球】こそが全てという“マーティの生き方の象徴”だったのかと映画を観終えて思った。卓球のためならロックウェル(ケビン・オレアリー)から課せられる屈辱にも耐えていたマーティの姿が印象深い。今ならネットで調べると判るのではないかと検索したら、『ベイビー・トーク』['89]だった。凄い時代になったものだ。 それはともかく、時代遅れになったかつての大女優ケイ・ストーン(グウィネス・パルトロー)の造形がなかなか好く、ただ若い男の手管に溺れた富豪妻ではなく、持ち前の才能を正当に開花させられずにいる青年の不遇と困窮に、自身を重ねるところがあっての放っておけなさのように映って来たところに味があった。レイチェル(オデッサ・アザイオン)との顛末は、話の軸としては外せないけれども、おまけのようなものだ。チラシの記載ではマーティは「最低でサイコーな男」となっているが、「最低でサイアクな男」たる実業家ロックウェルと国際卓球協会会長セシがいて、ケイがマーティに与えたダイヤの首飾りを横取りしたニューヨークの警官ともども、権力を手に入れると、勘違いする輩が目立つのは、'50年代だろうが、今だろうが、きっと変わらないのだろうという気にさせられた。 すると「大好きな作品です。1950年代の物語に1980年代の楽曲をマッチさせるとは…脱帽しました。賛否両論がある映画でしょうね。🇺🇸」とのコメントが寄せられた。アメリカ黄金時代の'50年代と、新保守主義(ネオコン)の名のもとに変質し始めたレーガン政権の'80年代。引用された楽曲タイトルをそれぞれの時代に分けてエンドロールでクレジットしていた作品でもあった。 それにしても、アメリカの往年のスタープレイヤーなら幅広いジャンルで名前くらいは知っているのに、'52年の世界卓球選手権で優勝した佐藤博治のことは全く知らずにいた。もっともマーティ・リーズマンの名も知らなかったから、御相子ではある。 | |||||
| by ヤマ '26. 5.21. キネマM | |||||
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