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| 『ひつじ探偵団』(The Sheep Detectives)['26] | |||||
| 監督 カイル・バルダ
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| てっきりアニメーション作品だと思っていたので、ヒュー・ジャックマンが牧羊家ジョージ・ハーディ【声:山路和弘】を演じて早々に姿を消す実写映画だったことに意表を突かれたのだが、ユーモラスに運ぶ語りのなかに現代を撃つ眼差しの宿っている、意外と硬派な映画であったことに感心した。 隣の牧場の羊を買い取って引き連れながら丘を下って来るレベッカ・ハムステッド(モリー・ゴードン)の姿にドライヤーの『奇跡』['54]を想起させられたことが感慨深い作品でもあった。 嫌なこと、恐いことは一刻も早く忘れようとするのが習い性になっている羊たちにあって、モップル【声:チョー】だけは忘れずに記憶するタチだからこそジョージから「確かにリリーは利口だ。だが、本当に賢いのはモップルだ」と言われるのだろう。利発さによるリリー【声:井上喜久子】、記憶する思慮深さによるモップル、経験知によるセバスチャン【声:千葉繁】、いずれも他の羊たちからは一頭地抜きん出ているわけだが、三者の知に優劣はないような気がした。そして、リリーの行動力、モップルの受容力、セバスチャンの気概、いずれもが掛け替えなく大切なもので、そのどれが欠けても奇跡は訪れなかった気がする。 嫌なこと、恐いことをなるべく早く忘れてしまうことは、個人的な生を全うするうえでは、それに囚われることよりも遥かに有効なことなのだが、社会建設を担う市民としては愚昧に堕することに他ならない。そのことを当節忌み嫌われる“上から目線”などという昔はなかった言葉による禁止令に抵触することなく、見事に語っていて大いに感心させられた。 だが、このあたりは、ある種、普遍的な“今に限った話ではない”のだが、現代を撃つ眼差しとして印象深かったのは、エンドロールも終わって最後に流れたのが「犯人はメイドよ」の一声だったことだ。SNSから氾濫する「根拠のない憶測からの思い込みよる紋切り型の指弾の嵐」が、少なからぬ人々をSNS以前にはなかった形で深く傷つけ苦しめるようになり、人々を分断するようになっている現代を照射しているように感じた。 それにしても、外部から訪れた記者が探偵役を担うのが常道としたものなのに、羊を探偵団に仕立てるとは恐れ入った。見た目子供のコナンが活躍するのをも上回る設えだと思った。 すると「予想していたより誠実で含蓄な言葉が飛び交う真っ当な作品でしたね。エンドロール後の台詞にも考えさせられました。キリスト教などに登場する「羊飼いの人物」の重要性を思い知りました。🐑」とのコメントが寄せられた。とてもよく考えられた脚本だったというのは、僕も同感だ。そして、それを上手く活かすユーモアのある語り口というか、演出が利いていたように思う。刑事ならぬ巡査のティムの造形など、毛利小五郎を意識しているような気さえした。作り手は『名探偵コナン』シリーズを観ているのではなかろうか。 | |||||
| by ヤマ '26. 5.20. TOHOシネマズ7 | |||||
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