『千夜一夜物語』['69]
監督 山本暎一

 朝ドラの『あんぱん』に出てきたせいなのかどうかは知らないが、期間限定で無料配信されていると教わって観てみた。三十年前の『クレオパトラ』との併映で観て以来の再見となる。この二本立てがワンコインで観られた往時が懐かしい。

 逃げ足だけは抜群に速い飄々たる自由人アルディン【声:青島幸男】が辿る数奇な人生を描いたアニメーション映画なのだが、改めていろいろな点でとても意欲的な作品だったことに感心した。ただ、筋立てそのものは悪くないけれども、妙に運びが単調で少々ダレる部分があって、出来映えは次作の『クレオパトラ』['70]のほうが優っていた気がする。

 アリババにもアラジンにもなる水売りアルディンが、仕舞いには名前自体をシンドバッドと名乗るようになる物語のなかで、富と権力を得ることによってバベルの塔を建設し始めたり、戦争を仕掛けたりし始める増長ぶりから目覚める顛末が、一炊の夢の如く描かれていた。その趣からすれば、二時間超のランニングタイムは些か長過ぎるように感じる。

 印象深かったのは、千夜一夜物語にはないと思われる女護ヶ島のエピソードで、浴槽すら女体形の桃源郷で過ごすアルディンの放蕩三昧が描かれていて、性行為を抽象的な線描で表した絡みのイメージと曲線の動きが目を惹いた。そして先ごろ観たばかりの乱歩の幻影に登場した木下芙蓉の出てくる『蟲』彼女は物狂わしき妖女となった。振りさばいた髪の毛は、無数のヘビともつれ合って、着衣をかなぐり捨てた全身が、まぶしいばかりに桃色に輝き、つややかな四肢がそらざまにゆらめき震えた。柾木は、その兇暴なる光景に耐えかねて、ワナワナと震いだしたほどである。春陽文庫P117)とあることとも重なるヘビと桃色だった。人間の思い上がりの象徴として現れるバベルの塔もまた千夜一夜物語にはない逸話で、印象深いエピソードが尽くタイトルの千夜一夜物語にはないものである自由さが、ある意味、アルディンの人物造形に見合っていたようにも思う。どこか竹取物語を偲ばせた「宝比べ」は千夜一夜物語にある話だったのだろうか。

 それはともかく、手塚治虫が「大人が楽しむアニメ」として企図した作品だけあって、単に忌憚なく女色を描くのみならず、薬物やアブノーマルセックスとされる領域をも偲ばせるウィングの大きさを示していたことがとりわけ印象深い。顰蹙を買う向きもあったのかもしれないが、それらに対しては、鷹揚に構えた生き方を実践していたアルディンの身上を表しているとも言うべき台詞ちぃせぇ、ちぃせぇを返す心意気で取り組んでいたと思われる作品に、各界から錚々たる著名人が参加しているのがエンドロールを眺めていると伝わってきて、なかなか愉快だった。

 朝ドラで採り上げられていた、やなせたかしによるキャラクターデザインについては、クレジットでは美術となっていたが、キャラクターデザインというスタッフ表記はなく、仄聞するところによれば、やなせ自身がアルディンのモデルはジャン=ポール・ベルモンドだと語っていたのだそうだ。言われてみれば、なるほど確かにそうだと思った。されば、ミリアム=ジャリス(声:岸田今日子)のモデルは、やはり暢さんなのだろうか。
by ヤマ

'25. 9. 6. YouTube動画



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