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『卒業白書』(Risky Business)['83] | |||||
監督・脚本 ポール・ブリックマン
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これがトムの『卒業白書』か。未来の企業家を志す高校生ジョエル(トム・クルーズ)がコールガールのラナ(レベッカ・デモーネイ)と結託して大売春パーティを開催し、折悪くというか折良くというか志望大学の入試面談に訪れた面接官を一晩接待してしめしめ合格をせしめて、最後はノーブラファッションのラナと夜の散歩を愉しみながら「ジョエル・グッドソン 人を満足させる商売です。一晩で8000ドルの利益を上げました。人生、今が最高です」と嘯くモノローグをエンディングとするという、なかなか不埒な、ある意味、攻めた番組編成をNHKがしていて、ちょっと感心した。 ラナのヒモだったグレン(ラファエル・スバージ)が「お前は得だな、愛嬌がある」というようなことを言っていたが、とてもアイビー・リーグを目指しているとは思えぬ、脇の甘いボンボン育ちの痴れ者ジョエルだっただけに、トムならではの個性だと納得した。両親が不在となった独りの夜にはしゃいで踊りまくる場面の身体の切れは、その馬鹿さ加減と相俟ってまさにトム・クルーズの真骨頂だったように思う。 ラナから地下鉄のなかでしたいと誘われて乗り込んだ車両の客がいなくなるまで待って始めた際に映し出した地下鉄車両のうねりのなかでレールから火花が飛んだのに笑った。'80年代の映画はバブルに浮かれた日本のみならず世界中がこの調子で、この後には『ボンデージ』['90]の拙日誌に「ポルノ映画の衰退と一般映画のポルノ化のなかで、昨今エロティックな作品がもてはやされていて、なかでもSM・覗き・フェティシズムなど、さまざまな倒錯的な性の官能の煌きというのが今風の流行のようである」と綴った時代が訪れるのだが、もはや今は昔という他ない。 だが、ジョエルの通う高校の選択授業「未来の企業家研究」のなかで、利益の追求、競争、自由企業を謳い上げていた風潮のほうは、今は昔どころか、社会貢献、共存、模範企業などすっかり捨て去り、今やそちらが基軸となっている有様だ。'70年代にエコノミック・アニマルと揶揄された日本人が『ジャパン・アズ・ナンバーワン』【エズラ・ボーゲル著['79]】となって欧米人を脅かしたことがもたらしたもののような気がしている。それはともかく、都会の夜景から始まり、ジョエルとラナの夜の散歩で終わった作品を観ながら、夜のほうが主役の暗い世の中になったものだと改めて思った。編集委員を務めた僕が高校の卒業アルバムに記した「成れば成る 成らねば成らぬ何事も 成るも成らぬも事の成行」にも通じるような本作の「なるようになれ精神」は、確かに僕自身のかつてのモットーでもあった。だが、幸いにして僕自身の今に不足はないけれども、新自由主義などという遣りたい放題をなるようになれと放置したことのツケが、いま確実に回ってきているような気がしてならない。 音楽をタンジェリン・ドリームが担った本作のなかで、ポリスやボブ・シーガー、ジェフ・ベックやブルース・スプリングスティーン、トーキング・ヘッズ、プリンスらの名前を思い出すようにしてエンドロールを眺めながら、素直な笑いよりも苦笑いに近いものが湧いてくるような作品だった気がする。僕が二十代だった公開時に同時代作品として観たら、もう少しニュアンスが違ってきて、この破天荒さというかハチャメチャの危なっかしい運任せを素直に笑ったかもしれない。どう考えてもリスキービジネスというよりは、リスキーウーマンの話だった。 | |||||
by ヤマ '25. 4.21. BSプレミアムシネマ録画 | |||||
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