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放課後、グラウンドを見渡すことができる校舎の窓から、 俺はいったいどれだけの日々、あの人を捜し続けていたのだろうか・・・? 拓真(TAKUMA) 「おい!拓真、早くグラウンド準備に行かねぇと先輩に叱られるぞ」 ぼんやり外を眺める拓真の背中にそう投げ掛けてきたのは, 拓真の幼なじみで、この春そろって野球部に入部した同級生の神城亮輔だった 共に負けず劣らずの長身で、そして二人はバッテリーコンビ 「あ、ああ・・・わかってるよ」 名残惜しそうに振り返り、なんとも不満顔で亮輔を見る 美しき想い出への逃避を妨害されたのだから仕方ない 今年四月、西星高校に入学してからというもの、気がつけば陸上部の練習風景ばかりに目を向けていた 「また懲りずに、一目惚れの人の捜索?」 拓真の首に腕を巻き付け、いささか呆れ口調の相棒 亮輔は未だに見つからない人物に異常なまでに執着し、相棒亮輔はいつまでも煮え切らないその態度に少々痺れを切らしていた 「・・・うん」 まるで上の空、まさに気のない返事 拓真には高校受験合格発表の日、自分の受験番号を探すより心をときめかす人が現れてしまったらしい 大地を駆け抜ける妖精・・・ その言葉にふさわしく 拓真も子供の頃からの大親友、亮輔にはその時の感動を黙っていることができなかった 拓真から何度も何度も聞かされる妄想夢物語 亮輔も、そんな人物なら是非一度お目にかかりたいといった具合だ 「驚く俊足で、走りのフォームに一目惚れ、なんだろう?」 少々皮肉っぽい口調でからかう 「そういう言い方をするなよ!」 同性愛なんかにはこれっぽっちも興味ないのだから・・・ 否定してみるが、一目惚れというのは半分当たっているような気もする 「この歳まで、硬派で通したお前の相手が野郎じゃ、俺としてはかなり複雑な心境だ それにここは共学なんだぜ、何もわざわざ禁断の道を選択しなくても」 それは亮輔の勝手な早トチリの思い込み 「だから、そういうつもりじゃ!」 あまり煽られると錯覚を起こして自分を疑ってしまう 野球一筋に明けくれて、気づけば女子と付き合う暇もなく高校に進学 女が苦手だからというのではない、あえて彼女が欲しいと思わないだけなのだ 何しろ家に帰れば二人の姉と権力を持った母親ががん首そろえて自分をかまう 女っ気には不自由していない それに傍らにはいつも亮輔がいる だから、 『自分は断じてノーマルだ!』 と主張する 「お前を目当てのギャラリーが出没してるの知ってるか?」 「・・・?・・・」 今いちピンと来なかった 長身で目立つ自分、その上いつも一緒の相棒亮輔がそこそこのマスクとなれば 否が応でも女子生徒の興味をそそるだわか どうりで最近、部活の見物人が多くなった・・・ 「そういえば、なんだか騒がしいと思った」 「うといな、お前」 やれやれ・・・ 鈍感な拓真に呆れ顔の亮輔 |
「なぁ拓真、陸上部の連中はいつも俺たちの真横で練習してるんだぜ、 俺らが入学してからもう一ヶ月経つ、それでも見当たらないってことはここのOBだったのかもな」 「OB?」 「去年の三年生だったら四月にはもう卒業しちゃって、ここにはいないってことだよ」 「そう・・・なのかな」 だとしたら再び逢える確率がグンと低くなる それどころか二度と逢えない可能性が大だ この胸の願いは叶えられることなく終わってしまうのか・・・ 絶対に終わらせたくない これだけ気にしていてグラウンドはおろか、校内でも見かけることができないのは、 もしかすれば相棒の言う通りなのかもしれない 残念ながら最低限の可能性でそう思わざるを得ない 「陸上部の連中に直接聞いた方が早いんじゃないの?俺はあんまり連中のことが好きじゃないから御免だけど」 グラウンドに向き、練習中の陸上部の連中をあごで指す亮輔 敵陣へ乗り込めか・・・ どうも互いに他の部に対してのライバル意識は強い 「別にお前になんか頼んでない」 少なくとも亮輔の好かない連中、陸上部部員の中にあの人も含まれるわけだから 「一度お目にかかりたいよ お前の言う、その人に」 所詮他人ごと、気楽なものだ どうやら亮輔は陸上部の奴らを気に入らないらしい チームプレイの野球に比べ陸上は個人競技のイメージが強い 確かに彼らからは自信満々、いかにもプライドが高そうな雰囲気を感じられる その上、外見がそう思わせるのだ 流行を取り入れたカラフルなユニフォームは派手な印象を強めている それに比べ、野球部は洒落っ気なしのヘアスタイルだ もちろんユニフォームもプロ野球のように派手にはいかない 「この前だって、奴らの方に飛んでったボールを完全無視だ 拾ってくれ!、てーの おまけに人を見下すような態度 奴ら感じ悪いよ」 温厚な拓真に比べ亮輔は気が短くおまけに喧嘩早い これが唯一の欠点 「そんなこと根に持つなよな〜 いちいち転がっていったボールを気にしてたら彼らだって練習にならないよ」 ことを円満穏やかに受け流そうとする拓真に少々納得がいかないようで 「思い出しても胸クソ悪いが、ここの陸上部レベル高いらしいぜ、面白くない」 相棒の話などすでに聞いていない 確かに西星の陸上部といえば最近県下でも名が知れている 「そうだよ、彼らはプライドだけでなく実力も伴ってるんだ」 拓真は相棒をなだめてもう一度グラウンドを見つめた グラウンドトラックをランニングする数人、ハードルを跳ぶ連中、どこを何度見てもあの人の姿はない もちろん陸上部にいったい何人が所属してるのかさえも知らない 俺が見たその人は・・・ 体を冷やさないように羽織っていたベンチコートを脱ぎ 真っ白なスポーツウエア姿になった 大きく伸びをし、あどけない表情でため息ひとつ 陽の光に透けるダークブラウンの髪を掻き上げ、スパイクの紐を縛り直してスタートラインに着いた トクッ、トクッ・・・ スタート前の緊張感が伝わる そして・・・ Go!サインで妖精はゴールを目指して走り出した 速い!誰よりも速い! 大地を蹴って駆ける― その姿はひとつと逃さずに自分に記憶し、胸焦がす思いは遠く青い空の果てへと やがて想い出に変わる・・・・ 「なにやってんだ?おい」 亮輔の声でまたもや現実へと引き戻された 「・・・あ、あぁ・・・」 今日もタイムオーバーが来てしまった・・・ 近距離で練習している陸上部にさえも脇目を触れない 部活が始まるこの一時だけが尋ね人を探すことができる時間なのだ 「練習に遅れたら大変だ!行くぞ」 「そうだな」 並べばさすがに威圧感があるが、外見に似合わずまだ幼さが残るやんちゃ顔の二人 拓真はいつもこうして亮輔に引っ張られて行く 今日も観念し、いよいよ部活道具一式入った大きなスポーツバッグを肩にかけた が、それより一瞬先に亮輔が歩き出す 「あ、待てよ!」 陸上部の練習風景に後ろ髪を引かれながらもなんとか気持ちだけはグラウンドへ、と 切り替えた拓真が慌てて亮輔を追い、今度は拓真が亮輔の肩をポンと叩き軽快に追い抜いて行く 「お先〜!」 追い越し、追い抜かれ、二人は長い年月ずっとこんな風に一緒にやってきた 足音と拓真の声が放課後の廊下に反響する そして拓真がいくら待ち望んでも果たせなかった運命の再会は、校舎の渡り通路にさしかかった時に突然訪れる 逢いたくて 逢いたくて・・・ 亮輔に追い抜かれまいと、勢いを落とすことなくさらに加速して廊下を曲がり、 拓真の瞳に人影が入った時には手遅れだった 正面衝突― 運悪く鉢合せに拓真と体当たりしてしまった相手は見事にはじき飛んだ 同時に拓真もはずみでその場に尻もちをつくはめに 携帯電話、教科書・・・四方に散乱した相手のカバンの中身はその衝撃の大きさを物語る 中でも無駄なストラップなど一切ついていないプラチナシルバーのボディにシンプルデザインの携帯電話が妙に印象的だった 「す、すみません!大丈夫ですか!?」 相手を確認する間もなく慌てて詫び、荷物を拾い集める あきらかに十割の分で拓真が加害者 これが性質の悪い上級生なら因縁を吹っかけられ返り討ちになるところ 「・・・あ、うん・・・」 相手はどうやら無事なようだ しかしほっとするのもつかの間 「大変だ!拓真!!」 後から追いついた亮輔が慌てて拓真の名を叫ぶ (何か壊れたか?) 「拓真、やばい!お前の足が」 亮輔が、早く気がつけ!と足元を指差していた 「えっ、何?」 確かに右足で何かを踏んでいる違和感があり 恐る恐る足を上げてみると、そこからクニャリとフレームの曲がった眼鏡が無残な姿で出てきた やってしまった・・・ 頭のてっぺんから足先へ、血の気が一気に急降下だ ・・・非常にまずい・・・ 「すみません!!」 不幸中の幸いにレンズは無事だった 異型に変わり果てた眼鏡を自分の両手に覆い隠し、相手に深々と頭を下げ謝罪する拓真 眼鏡は早々安いものじゃないぐらい承知している (弁償か・・・弁償だろうな・・・) 心の中で自問自答して相手の顔を窺う 相手は拓真を気にかけることなく散らばった自分の荷物をひとつひとつ拾い寄せ、学生カバンに戻していた そしてその姿が拓真の心をマックスに高鳴らせる まさか!? さっきまでとは違う 今度はバクバクバク・・・と猛スピードで脈を打ち始める拓真の心臓 ・・・!?あの人だ・・・ |
まるで少女漫画から飛び出してきたような少年のその容姿・・・ 「やっぱり 貴方だ!!」 拓真は身を乗り出して叫んだ 「・・・え・・?」 拓真の大声に驚いたのか、荷物を拾い集める相手の手が止まった そして拓真はさらにヒートアップする 「お、俺、ずっと貴方を捜してたんです!!」 捜し続けた努力が今やっと報われる 突如訪れた天からの贈り物に感極まり、なぜか目が潤んでしまう 「・・・僕を?」 小首を傾げ視力の悪い人特有の眇めた目つきで拓真を見返してくる黒目がちの大きく澄んだ瞳 「はい!」 威勢の良い返事は、試合に勝った時にしか見せない会心の笑顔を拓真から引き出した ずっと、 そう・・・入学以来この一ヶ月、ひたすら捜していたんだ 「拓真、この人がお前の?・・・」 拓真に一歩遅れ、成り行きを唖然と見守っていた亮輔が口を開いた 誰が見ても男臭さと無縁の端整な顔つきは、拓真の言う通り嘘はない 「う、うん・・・」 やっと逢えたのだ そうとわかれば友達思いの亮輔は、及ばずながら相棒を応戦せずにはいられない 「実はこいつ、ここ西星の合格発表の日に貴方に一目惚れしたらしいんです」 「・・お、おい亮輔、な、何を!」 口下手な拓真を押しのけて口を挟もうとするのだが、かえって話をややこしくされてしまいそうだ とんでもない発言をする亮輔を慌てて押さえ込む 「・・・一目惚れ?」 跳ね飛ばされた上に、いきなり同性からの告白ときては眉をひそめられても仕方ない 「だから違う!一目惚れじゃなくて〜!」 「違わないだろう!お前が散々待ち焦がれた王子様なんだろ?」 「そんな言い方やめろよ!誤解を招くじゃないか!」 「何言ってんだよ!逢いたくて仕方なかったくせに〜俺はお前の代わりに言ってやってんだよ」 二人は目の前の被害者を無視し、押し問答を始めてしまった 「そんなことは頼んでない!」 拓真は赤面しながら慌てて亮輔を制した 売り言葉に買い言葉 結果、自分も勢いあまってとんでもないなことを口走ってしまったのだ 「すみません・・・俺は貴方の走る姿に魅かれたんです・・・」 まかり間違っての告白 |
拓真のその一言が亮輔をシーンと黙らせる 少し的を外れてるような気もするが、そんなこと今はどうでも良い 拓真の大胆発言に亮輔もいささか耳を疑っていた 「お、お前・・・ちょっと大胆過ぎ・・・」 西星高校の制服は紺のブレザーに水色のYシャツ 学年ごとに色別された無地のネクタイに紺とグリーン系チェック柄のスラックスだった 拓真たち1年生はエンジ色のネクタイ、拓真の捜し人は紺のネクタイの二年生であることまで確認できた 水色のYシャツが色白の顔によく映え、ルーズな着こなしの亮輔とは全く違う品の良さがあった そして彼は微かに笑んで、拓真に手を指し伸ばしてきた 「え?」 今度は拓真が息を飲む ・・・まさか、お近づきの握手?・・・ いや、よく見れば その指は拓真の手に握られている眼鏡にむけて差し出されていた 「眼鏡を返してくれる?・・・」 落ち着いた静かな口調 「そ、そうだ早く渡せ!拓真」 亮輔が拓真を後ろから突付く 「えっ、でもこれ」 壊れたまま返してしまっていいものか躊躇していると 「気にしなくていいよ、大丈夫だから」 眼鏡の持ち主は戸惑う拓真を逆に思いやってか、首を横に振ってそう言った 深く暗い大人びた瞳が拓真の目に映る 彼のイメージはこうだったろうか もっと自信に満ちあふれていたような気がしていたが 「すみません・・・じゃあ」 拓真は少し躊躇い申し訳なさそうにその眼鏡を再会できた憧れの人の掌にそっと乗せた 壊れてしまったものをそのまま返すのはどこか心苦しい 引き渡される眼鏡 もう少しで手と手が触れそうだった 「ありがとう」 見逃してしまいそうな笑み 制服上着の胸ポケットに眼鏡をしまうと、手でパンパンと制服をはらいながら立ち上がった 均整のとれた体型、長い足、それはあの時と同じ 彼は学生カバンを手にした 拓真も遅れながら追うようにすぐに立ち上がる ポジションが投手という長身の拓真は身長が180センチ近くある 向かい合った時に見下ろすということは拓真より背が低く、それでも170センチ近くある細身の体型の彼 こんなに華奢だったんだ・・・ 今こうしてこの人が目の前に居る あの日、俺の目を捕らえて放さなかった人・・・ 「神城!北都!お前ら、何をやっとるんだぁ」 背後から廊下に響く大声に二人は同時に振り向いた 感動の再会シーンは、野球部顧問の藤崎教師の大声で幕を閉じようとしていた ちょうど年齢的には生徒の父親ぐらい、体格も立派なら比例して声も大きい さすが世間一般の体育科教師のイメージを忠実に表現している 背後から近づいてくる藤崎に、やっとヘアスタイルをアレンジできるほどに髪の伸びた二人は すかさず体育系らしい挨拶を交わす 「こんちわっ」 「練習が始まるぞ」 「すみません、すぐ行きます!」 同時に出た二人の礼をわきまえた口調 顧問のご機嫌を損ねたら大変なことになる 「練習時間に遅れたら罰としてランニング追加だぞ」 「あ、それなら拓真のせいなんでコイツだけ追加にして下さいね」 亮輔が拓真に罪を着せる 悪意はまったくないのだが抜け目ない 一方、内輪話にすっかり無関係になった拓真の憧れの少年は野球部顧問に軽く会釈をして、 その場を立ち去りかけていた その状況を顧問から視線をずらした亮輔が先に気づく 「あっ・・・まずい、拓真!」 「何?・・あっ、」 視野に入った亮輔の動作に続き、拓真が気づいた時にはすでに遅かった 彼はもう拓真たちを後にしていたのだ 顧問が目の前にいては呼び止めることもできない 彼の名前すら聞けなかった、その上眼鏡を壊してしまうという失態 最悪な再会だ 無論再会といっても拓真にとってだけのこと 相手はこれっぽっちも望んでいない だからか・・・ 自分が今まで大事にしまっておいた彼のイメージと違って見えたのは 彼に逢ったあの日から自分の想像だけが美化され先走りしていたのだと思っていたが 自分の不注意で気を悪くさせてしまったそれが上乗せした原因だと、まともや思い違いをしていた 「ん?今のは諸藤じゃないか?」 藤崎教師は立ち去る少年の後ろ姿に向かいそう言った 拓真はそれを聞き逃さない 「・・・諸藤?あの人の名前は・・・諸藤・・・さん・・・」 拓真は心の中でそう繰り返しつぶやいた |
日樹 |
予感 |