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芽桜(MEZAKURA)後編



H・Rが終わり教室を一歩出ると、
帰宅する者、部活へ移動する者が騒がしくごちゃごちゃ入り乱れる

「拓真〜!」

呼び止められ振り向くと相棒の亮輔がクラスメイトのもう一人と手招きしながらこちらを覗っていた
西星高校に入学して一ヶ月、五月が終わればもうすぐ丸二ヶ月目
クラスの連中の名前もそこそこ頭に入ってきた
でも・・・

あいつ誰だっけ?・・・目立たない奴

「な、な、な、拓真〜、我がクラスメイトの中西君は、なんと陸上部所属〜」
ふざけた言い回しで亮輔がその中西という奴の首に手を掛けながら意味深なことを言っている

あ・・・中西っていうんだったっけ
特にこれといった特徴の無い普通の高校生
無論、拓真には日樹以外の人間なんて誰も皆、興味もわかずその他大勢の分類
同じにしか見えない

「それがどうかしたのかよ?」
亮輔の思惑がいまいちピンと来ない

が、拓真の顔はすぐにほころびる

「彼は色々と知ってるかもよぉ〜? だってなぁ〜中西君はなんたって陸上部だもんなぁ〜」

拓真の顔色を伺いながらニンマリと嫌らしい笑いを見せた
“陸上部”をわざと強調する
“陸上部”、それが日樹の代名詞になっていて、耳にしただけで妙に照れてしまう拓真

そう、拓真が知りたいのはもちろん憧れの日樹のこと、
そして・・・あの番犬のことだった


グランドへ向かいノロノロと歩きながら三人は陸上部の話題で盛り上がっていた
というより一番浮かれていたのはいうまでもなく拓真だった

「あ、俺が入部した時には諸藤さんは怪我で入院中だったから、あの人が陸上部の先輩で
しかも凄いタイムレコード持ってるなんて知ったのも最近だしね」

「へぇ〜あの華奢な女みてぇな人がねぇ?」
と、うっかり本音を拓真の前で口走ってしまい、すぐに話題を替えようとする亮輔に拓真が呟く

「でも退部したって聞いた・・・」

いや、聞こえてしまったんだ
偶然にも陸上部、野球部の顧問同士が立ち話しているところに出くわし、立ち聞きする気なんてなかったのだ

「正確には退部はまだ保留状態、諸藤さんのような選手を顧問が放っておくわけがないからね」
「治るんだろう?怪我」

病気と違って怪我は目に見えて快復がわかる
他人の怪我の状態なんてわかるはずもないが、だがいずれ完治するはず
亮輔の言い草は妥当だろう

「じゃなんで辞めちゃうわけよ?」
「その理由はわからないけど、部で何かあったみたいだよ」
「おめぇんとこの部、えげつなさそうな連中ばっかだもんな〜」

相変わらず亮輔の陸上部嫌いは変わらない
このクラスメイトも陸上部だというのにまったくお構いなしの毒舌を浴びせる

「それからだって、高原さんが変わっちゃたの」
「その高原って奴は、諸藤さんのそばにいる、でっかい男のことだろ?」
「そう、陸上部の部長だよ」

先日、拓真に睨みをきかせてきた男
おそらく三年生であろう
その後も数回、拓真は顔を合わせている

「前はもっと穏やかで、後輩の面倒見も良かったらしいけど・・・もっともウワサだけどね」
「あいつが穏やかだったって〜?」

それには自分も亮輔も反論したくなった
あの日、あの男は殺気だった気迫溢れる表情で威嚇してきた

でも・・・どことなく陰を帯びていた

実のところ、中西も自分の入学前の陸上部の様子は一切わからないのだ

「諸藤さんは高原さんにとってリレーのパートナーだったらしいから
退部されちゃうと困るんだろうなぁ・・かといって夏の大会への復帰は間に合わないらしいし」

リレーのパートナー・・・?
それだけの関係には決して見えなかった

「高原さんも辛いところなんじゃない〜?で、その諸藤さんの抜けた穴埋めでこっちは大変さ」

校庭の隅に建てられたプレハブは体育系部活動の個々の部室になっている
拓真たちは話終えないうちにもうその前に来てしまっていた

ここまでくれば校庭が見渡せる
早くから部活に飛び出してきてる生徒が数人散らばっていた


「でも高原さんって、なにか説得力のある人なんだよね 任せて安心って言うかそれだけの器をもってるんだ
だから皆、なにも文句を言わないで高原さんについて行ってるんだと思うよ」

部室前で足を止めた中西が付け足した

「ほら見てよ」
とグラウンドを指差す

グラウンド中央
背が高く体格も良く目立つ生徒が一人、トラックのライン引きをしている
・・・高原だった・・・

そんな雑用仕事は後輩のすることだと認識していた拓真と亮輔には考えられない光景だった
少なくとも自分らの野球部はそんな大それたことを先輩にやらせでもしたらとんでもない話
暗黙の了解で代々そう教えられている
なのに・・・

「部長自ら雑用をしてるんだよ、いつもね・・・じゃ俺急ぐから」

上級生に雑用をさせているのがわかればさっさと支度をしてグラウンドに出なければならない
後輩が自発的にやる気を出しているのだ
部のしきたりとか伝統だからといって後輩に押し付けがましくしたところで
到底やる気は起こらない

上の者が自ら手本を示す
後輩に理解してもらえるまでどれだけ長い時間がかかるかはわからない
だがいつかきっとわかる時がくるだろうと、高原は部長になったその日からコツコツと続けている
それが陸上部をまとめる高原のやり方だった

「あ、中西!呼び止めて悪かったな さんきゅ〜」

彼から目を離せずにはいられなかった
亮輔が中西に声をかけてる間も拓真はじっと高原を見つめていた


その高原の背中がなぜかとても悲しそうだったから・・・
拓真に鋭い睨みの眼光を向けてきた男と同一人物だとはとても思えなかった
彼の心の奥底の孤独感が自分に伝わって不思議と胸が痛む


陸上部の隣、サッカー部のさらにその隣が野球部の部室だった
高原の姿を見せつけられてからあらためて自分の所属する部の様子を冷静になって見てみる

「お、北都に神城!」

部室の中から声をかけてきたのは日樹と同じ学年の女子マネージャーだった
男子運動部のマネージャーを切り盛りする彼女はどことなくボーイッシュで頼れる姉御風だ
部員が着替え中でもお構いなし、平気で部室を行き来できる

「新人君たち、今日の練習が終わったら中間テストが終わるまでしばらく部活休止よ
今日は気合入れていこうね〜」

彼女はきっと来年の後輩が入ってくるまで拓真たちをずっと新人扱いするだろう
彼女も小さなことにこだわらない大きな器の持ち主だ

「すっかり忘れてた〜」

拓真と亮輔はまずいな、と顔を見合わせた
そういえば六時間目の授業中に試験範囲がどうのとか、担当教科の先生が言っていた
ということはすっかりその試験範囲を聞き漏らしているということ

そうだった・・・一週間後には中間テストが始まる
その一週間前から部活動も一斉休止になるのだった

「赤点一教科でもとったら強制休部だぞ」

「!?ええぇっーーーー!」

さらに後ろから追い討ちをかける声の主はキャプテンだった
振り返れば下級生を面白がってかまう笑みでいる
亮輔と同じポジションの捕手
試合の勝敗はこの人の投手リードの采配にかかっている
このキャプテンを中心とする野球部は、古い伝統を守りながらも陸上部とはまた違う方針でまとまっている
それはそれで居心地は悪くなかった


そんな試験前の練習時ちょっとした事件が起きた


紅白試合を始めて間もなくのことだった
レギュラー対それ以外のメンバーチーム
投手、拓真
捕手、亮輔コンビのバッテリーからストレートの直球が打たれた
拓真の得意とする速球ストレート

カキーン!

バットが爽快な打撃音を出した
拓真が 『しまった!』 と打球を見送った瞬間、その球はライナーとなり三塁手のミット弾いて
隣で練習する陸上部の場所まで勢い良く流れていってしまった
そして運悪く、打球は一人の生徒の膝を直撃した

その場所に居た誰もが息を飲んだ
打球を受け、球威に足をすくわれる状態で倒れたからだ

「大丈夫か〜!!」
一番近くにいた生徒が叫んで駆け寄る
それを切り出しに野球部、陸上部の人間が一斉にその場に集結した
寸時に人だかりができ騒然となる
同じグランドで練習をしていた他の部の人間たちも何事が起きたかと遠巻きに様子を見ている

勿論、部長の高原もすぐに駆け寄ってきた
打球が当たった生徒は足を押さえながらも大丈夫だからと意思表示をしていたが
すかさず、人垣を割って高原が足の様子をうかがいに入ってきた

「見せてみろ」
足を押さえる手をよけさせ
打球の当たった部位をしばらく触れて確認していた

もうケガ人は出したくない・・・
高原の切なる願いだった

「動かせるか?」
「・・ああぁ・・・」

どうやら大きなダメージはないようだ
とはいえ硬球をもろに受けているのだから打撲は免れない、
下手をすれば骨にひびが入っているかもしれない
高原の肩を借りてなんとか立ち上がり、トントンと足を地面に突いてみるが
眉をしかめた表情を見ればすぐに察しがつく、やはりその衝撃はかなりのものだったらしい

緊迫から一転してザワザワとしだした
拓真も亮輔も自分らのボールでケガ人が出てしまったことで責任を感じずにはいられなかった

亮輔が拓真の耳もとでぼそっと呟く
「当たったのがあいつでなくてヨカッタな・・・」

亮輔が言うのは高原のことだ
部員の信望が厚いと銘打つ部長の高原をケガさせてしまったら乱闘騒ぎになっていたかもしれない
だが拓真にはそんなことよりも、もし日樹がこのグラウンドにいたら
当たっていたのは・・・

諸藤さんだったのかもしれない−

打球を受けて高原の肩を借りてる人間が日樹の姿とだぶり
そんな想像だけで嫉妬してしまう
この前の階段での一件から二人の姿が目に焼きついていて
高原に大事に守られている日樹の姿を浮かべずにはいられない

「すまない・・・」
帽子をとって高原に詫びて出たのは野球部キャプテンの野崎だった
不可抗力とはいえ潔い言動だ

「いや、仕方ない」
これに高原も応える
その誠意を受け止め、誰のせいでもないのだから咎めないとスポーツマンらしい応対をする

「誰か、職員室に行って先生に連絡してきてくれ」
的確な判断で野崎はそう指示を出した

「私が行く」
指示と同時にマネージャーがその場から駆け出す

こういうとっさの場でどんな行動を起こせるか、人間の力量を推し量ることができる
拓真は野崎そして高原の両人をじっとを見つめていた

悔しいが高原は自分よりはるかに大人だ・・・

「折れてることはないと思うが、一度病院へ連れて行ったほうが良いかも知れない」
「ああ・・・そうする」

高原は野崎の言葉に頷いた







『・・・病院について行く、だから今日は・・・逢えない・・・』

日樹の携帯に言葉少なげな高原から電話が入ったのは
そのアクシデントが起きてからまもなくだった

『・・・うん・・・』
日樹はそう答える

日樹と高原は携帯の電話のみで連絡を取り合う
取り合っている、と言っても高原からのものがほとんどだった
それも最小必要限度の言葉を並べただけのそれ

手間がかかる上真意が伝わらないメールを高原は使わない
今のご時世、子供から大人まで携帯を所持し、生活に無くてはならないものと化しているのに
この二人にとっては違っていた

確実なもの、
デジタル文字の羅列は感情も温かみも持たない
声を聞き互いを確認できる電話本来の役目だけで良いのだ
それが二人を繋ぐもの
何よりも日樹がそれを望んでいた

それに日樹の携帯のメール機能は
仕事のスケジュール変更などの連絡をしてくる義兄のほぼ専用になっている



高原との行為があった日
その夜は不思議と穏やかな眠りにつくことができた
しかし、肌さえ触れ合わない日は東の空が白む明け方まで一人闇路を彷徨い続けなければならなかった

そして今宵も・・・
その闇夜を迎えなければならない



芽桜・前編
風待月・前編