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風待月(KAZEMACHITUKI)前編



中間テスト一週間前の部活休止は、勉強に専念しろと設けられた期間
なのに・・・

「でさ、これからカラオケ行かねぇ?」
「賛成〜!!」

女子のかん高い声で大騒ぎだ
その輪の中に居るのが心なしか恥ずかしい

名目は本屋で調べ物をするという亮輔に誘われ、いざ学校から最寄り駅のショッピングセンター街に
足を踏み入れれば見慣れた制服に馴染みの顔、顔、顔だらけ

おまえら何やってるんだよ〜
って自分もだった・・・

このショッピングセンター街には映画館、ゲームセンター、食堂街、スポーツクラブ、ペットショップ
美容室、ほか多種テナントが入っている複合施設
時間をつぶすにはもってこいの憩いの場所
一日中、時間を忘れて有意義に過ごせる

部活で明け暮れる日々は滅多なことでは足を踏み入れないが
部活休止の第一日目、試験の実感もまだなくいつもなら部活でストレスを発散するところ
時間をもてあました連中が同じようにうろついていた

拓真と亮輔は自転車で学校からまっすぐこの駅方向へ向い、突き抜けてから今しばらく直線の道を走り、
さらにそれを左に折れ二駅先へ帰路をとる
いつもなら腹すかしの体をいち早く家へと自転車を飛ばして帰るところ
今日はまだ腹が減るまでにかなりの余裕時間がある

クラスの女子と出くわせば、亮輔は能天気にカラオケに繰り出そうと同志を募っている
それに盛り上がる女子軍団のパワー
行動的で人懐こく、そこそこイケメンの亮輔はこんな調子で女子からも人気がある

「なぁ・・・亮輔、調べ物があって寄ったんだろう?」
「あぁ〜それならいいの、いいの、明日でもさ」
「どうでもいいけど、忘れたのかよ?キャプテンが言ったこと」
「へっ?なんだっけ」

『赤点一教科でもとったら強制休部だぞ』

高校へ入学して初めてのテスト
まだどんなものなのか漠然として様子がつかめない
ただ中学と大きく違うのは落第点があるということ

そうしている間にも女子連中は亮輔を急かせながらカラオケへ足を向けている

「拓真はどうすんよ?」

試験に対する不安のかけらもない亮輔に反し
拓真はキャプテンの冗談ともいえない脅し文句が胸につかえている

「俺は帰るよ!」
当たり前だろっ
と言ったものの亮輔が今更予定を変える気など無いのもわかっている
まったく人をつき合わせておいて・・・

「悪りぃな拓真、俺行くからさ じゃ」

案の定、そっけないものだ
皆に遅れをとった亮輔は足早に拓真を置き去りにしていった
目的の場所にたどり着くまでには見慣れた顔が数名増えていることだろう
このショッピングセンター内に拓真と同じ学校の生徒がどれだけ潜入していることか
現に、辺りを見回せば同じ制服の人間がウロウロしている

亮輔のことは今に始まったことじゃないけど・・・
拓真は苦笑いをする
一人になり、どうせなら店の中でも探索してから帰ろうと亮輔の後姿を見送って向きを変える

「そうだ・・・温湿布」

このところ連日、過度の投球が続いていたせいか肩が重い
冷やさないように温湿布でも買って帰ろうとドラッグストアをさがし歩き始めた
だだっ広い店舗内をひたすら勘を頼りに歩く
洒落た服屋、ファーストフード店が並ぶ先に目当てのドラッグストアを見つけた時だった
拓真の視野に入った自分と同じ見慣れた制服

あ、またうちの生徒か・・・・
拓真は一度逸らした視線を即座に戻す
「・・・!?」

相手も同様、拓真に視線を合わせ立ち止まった

まさか、こんなところで・・・

拓真はトクンと胸を大きく高鳴らせた


もしかしたら、この世に神様は存在するのかもしれない・・・
そして、それが神からのささやかな贈り物だと、こんな時は都合よく解釈する

拓真は呆然と立ち尽くしてしまった
おそらく口を開いたまま数秒間、我を忘れていた

目の前の少年は拓真の憧れの人
諸藤日樹だった

(わっ・・・どしよう〜まさかこんなところで逢うと思わなかった
何か喋らなくちゃ・・・えっ?・・・、ってたって
何を喋れば良いんだよ・・・そ、そうだ!まず挨拶だよ)

頭の中はパニック状態
学校では日樹の後をこっそり追いかけたり、遠くから見つめているだけ
それが、いきなり何の前触れもなく目の前に現れたりしたものだから
嬉しいやら、驚くやらで言葉もスムーズに出てきやしない

「・・あっ・・・お・こんに・・・ち・・・」
(あ〜俺、何やってんだよ〜)

照れくさく顔に火がついたように赤面し、声は裏返りそんな無様な姿をさらしている場合ではないのに
焦れば焦るほどドツボにはまって行く
そんな拓真を気遣ってか、日樹が思いがけない言葉をかけてきた

「北都・・・くん、だったかな・・・?」
「え・・・」

諸藤さんが俺の名前を・・・覚えていてくれた!?
しかも小首を傾げ、クスっと笑む姿があまりにも愛らしくて・・・
愛らしくて・・・?

同性の男に対して使う言葉じゃないな、と思いながらもそれ同等の言葉がみつからない
サラサラに流れるようなこげ茶の髪はカラーリングではなく自然の色
顔のパーツはどれも小さく綺麗に整ったものを持ち合わせ
ぴんと伸びた背すじで、何よりも均整のとれた体型は制服の上からでも窺える

「はっ、はい!!北都です」

と、さらに舞い上がってしまい、言葉が続かず、沈黙の数秒間がとても長く感じられる
人々が行き交う雑踏の中、二人はすっかり道行く人の障害物になっていた

(わっ・・何か言葉を返さなくちゃ・・・)
目を泳がせていると、ふと日樹の手元の買い物袋に視線が止まった

「・・お買い物・・ですか・・?」
なぜだか丁寧語になっていた

「・・あ・・うん・・」

拓真が目的にしていたドラッグストアの袋
視線がそれに向けられているとわかると日樹は気まずそうに隠す仕草をした
いきなりプライベートに首を突っ込む話題で、“しまった”、と拓真は慌てて話題を替えようと試みる


辺りをキョロキョロと見回し
「・・ばん・・・いえ・・お一人ですか?・・・」
うっかり口から番犬などという言葉が出そうになってしまった
まさか日樹のそばにいる高原が、皆から番犬とあだ名されていることを知るはずもないだろう

拓真のお見当違いの質問がどうやらお気に召したらしく
クスクスと笑いをこらえている日樹

「北都くんて・・・」
「はぁ・・・」

拓真が聞き返したところで日樹は続けずに言葉をしまいこんでしまった

『北都くんて面白いんだね』とか
『北都くんって変わってるね』とか
そんなレベルのことを言おうとして思いとどまったのだろうと想像でき
自分の姿をそんな風に見られてしまったことがとにかく恥ずかしくてテンションを下げるばかりだった

だが・・・

以前、マネージャーから聞いた日樹に関する情報のひとつを脳みその引き出しから引っ張り出してみた

「・・諸藤さんの家って近くなんですよね・・・」

拓真にとっては別段深い意味は無かった
憧れている人がどんなところに住んでいてどんな生活をしているのか興味があるだけで、
ファンが憧れの芸能人のプロフィールを一つでも多く知りたいのと同じ程度

日樹は、拓真がなぜそんなことを知っているのかと少し困惑した表情をしていた

マネージャーの言っていた 『駅向こうのマンション』 はいくつかある
その中でも外装が一番シンプルで高級質感のマンションが日樹の住まい
それは拓真の通学途中に在った
いつも亮輔と自転車で通り過ぎながらウワサをしていた

『このマンション高そうだ』
『パイロットが住んでてお迎えの車がいつも来てるらしいぜ』
『芸能人とか住んでるかもよ』
『こんな田舎に?』

高校生の二人が見ても、そのマンションはお洒落で他のものとは比べものにならなかった
五階建てと低層で住居数も多くない棟
それがなおさら価値を高め、他にはない独特の雰囲気をかもし出していた

それより・・・
こんなこと知ったら亮輔は驚くだろうな・・・

今日は一人身になるきかっけを作ってくれた亮輔に少しだけ感謝する
でなければこうして偶然、日樹に出逢うこともなかったのだから

ずっとずっと遠い存在だった・・・人



自転車を押しながら拓真は日樹の歩調に合わせて歩いていた
いつもなら亮輔と競いながら自転車を飛ばして走る道
なのに今日はまるで彼女とデートを楽しんでいるような気分だ


デートみたいだ・・・手でも繋いで歩きたい
あれ・・俺・・・変なことを考えた・・・


野球に明け暮れ、いつも自分の傍にいたのは亮輔だった
勿論、気が知れた友人でもある亮輔に不満などない
今、チラと隣を見れば亮輔ではなく日樹の横顔が窺える

緩やかな顎のラインは女性のようで
時折吹く風に乱れる前髪をかき上げる細くて長い指が妙に色っぽい
制服の上からでも華奢なボディラインが透ける様に想像できる

(俺・・何を考えてるんだ・・・)
艶かしい日樹の姿を頭に描いてしまい拓真はポッと頬を赤らめる

徒歩にして10分の距離が拓真にとっては夢のような時間だった
駅からまっすぐ南に百メートルほど進み、そこから路線と平行して横に延びる道に折れ下り方面に歩く
両脇には桜並木が続き、青々と茂った葉がなんとも目に優しく癒してくれる
どこからか柑橘系の香りがするのは隣にいる日樹のものだろうか
あまりにも心地よく、いつもより深く息を吸い込んでみる

いい香りだな・・・

学校の話題から何か日樹が興味のありそうなことを探しては次から次へと並べて喋った
これもあまり話し上手でない拓真には一大事である
一生懸命に話しを続ける拓真の姿に好感を持てたようで、日樹はどの話題にも微笑みながら耳を傾けていた

マウンドで無心に投球に励む拓真、その姿を日樹は一度目にしている
直向な姿はそれと一緒だった

そして、眼鏡の下の大きな瞳をレンズ越しではなく直に見たくて
あまりにも魅力的な笑顔の日樹に拓真はうっかり口を滑らしてしまう

「前は・・・眼鏡をかけていなかったですよね」

拓真が言うのは合格発表の日、はじめて日樹の姿を見た時のことだ
その通り、日樹も走っていた頃は眼鏡でなくコンタクトを使用していた
もともとコンタクトと相性が悪かった日樹、走らなくなってしまった今はコンタクトである必要がなかった

走る充実感を味わっていた当時を思い出してか、日樹の横顔に翳りが見えた

この話題は禁句だったか・・・
拓真が気づいた時にはもう遅かった

せっかく良いムードでここまで来たのに・・・

難を逃れたのは、いつの間にか日樹の住むマンション前に着いていたからだ
10分間の短い距離はやはり恨めしい
エントランス前で日樹はすっかり先程までの笑顔に戻り

「じゃ、ここで」
短い時間ではあるが拓真に楽しかったと告げる

「・・あ・・・はい」
残念だった・・・もっと話していたかった
こんな時間はまたとないかもしれない
惜しげに日樹を見つめる拓真はしばらくその場を離れられなかった
拓真が立ち去らなければ、日樹も帰るに帰れず無言のままその場に立ちすくみ
その場を通りすがる人たちにとっては、まるで恋人たちが別れを惜しんでいる姿のようにさえ見えてしまう

拓真の背後に突如として1台の車が停まった
ワインレッド色のセダン
日樹にとっては言わずと知れた車

後部座席のドアが開きスーツ姿の男が降り立つ
長身で端整な顔立ちだ
バタン!と力任せに閉じたドアの音には怒りが込められているのだろうか
一寸の隙もない表情は振り向いた拓真を威嚇していた

仕事のスケジュール変更の連絡も受けていない
まだ陽も落ちる前のこんな早い時間に帰宅・・・?

日樹は
「・・・義兄さん・・・?」
驚き呟いた






『いたって紳士的に接したつもりだが』
それが朋樹の言分だった
相手の返答次第では朋樹の握りこぶしが一突き、拓真の鳩尾におみまいされるところだったのだ





鋭い眼光で見つめられながら自分にジリジリと近づく朋樹に危機感を覚え、拓真は少し後ずさった
高原と同じ眼

「・・・義兄さん・・どうして?・・」
いつもならスケジュールの変更を必ず連絡してくる義兄がいきなりの帰宅だ
日樹の疑問は次の朋樹の言葉ですぐに解けた

「日樹、こちらは?」
自宅前で義弟と見ず知らずの男が仲むつまじく一緒に居るところに出くわせば、
みすみす放っておくわけにはいかない
ぞれに災いの芽は早期に摘み取るに限る
最近の日樹の行動にも把握できていないことが多々あり、保護者代わりとして無闇に見過ごすことはできない

言いまわしで朋樹からの警告だとわかった
このごろの義兄は自分に対して神経をピリピリさせている
その原因を作っているのも自分に違いないのだが
高原のことも薄々気づいている、だが誤解されたままの拓真を巻き込むわけにはいかない
義兄は間違えなく思い違いをしている

「義兄・・・」
誤解を解くためにもと、日樹が言いかけた時

「俺、北都っていいます」
「・・拓真くん・・・」
拓真がスポーツマンらしい好感の持てる挨拶をしたのだ
この義兄を前にして動じなかった拓真に日樹は少々驚く


初対面にしては少しは見込みがあるか・・・
拓真の出方で朋樹もそれに応える
「諸藤です 以後お見知り置きください」

たかだか高校生相手だろうとも、朋樹は日ごろ関わっている大人達と差別することなく対等に接してきた
だが勘違いをしてはならない
好感が持てるからといって全てを許されたわけではない
それゆえ・・・意味深げに

「是非とも自宅の方にもいらして下さい
とはいえ、男所帯で大したおもてなしもできませんので、お越しの際は前もってご連絡していただければ有難い」


挨拶だけを聞けば間違えなく紳士的と言えるが、朋樹を知る日樹には遠まわしな嫌味にしか聞こえてこない
無論、拓真は自分にとんでもない濡れ衣をかぶせられていることも、
朋樹の思惑や日樹の思いを知るよしもなかった





日樹
お前を守るためだ・・・
忘れていまい
あの日のことを

記憶から消さなければならない
でも・・・
忘れてはならない







芽桜・後編
風待月・中編