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風待月(KAZEMACHITUKI)中編



『諸藤は大学へ進むのか?』
『・・・たぶん・・・』
そう言って顔を俯かせる

『どうした?』
『いえ・・・』

会社は義兄さんが継ぐだろうから
でも今、自分が希望している進路は、きっと父が反対するだろうな・・・

伏目がちに目の前の男から視線を落とした
日樹は西蘭学院中等部の三年生

放課後の美術準備室で、美術担当教師の小梶と向き合っていた
校舎北のはずれの一室が美術室
その隣が準備室兼小梶のアトリエになっている
日樹は時々、こうして小梶を訪ねてわずかな時間を楽しんでいた
二十代後半に差し掛かる彼は若々しく好感が持てる青年だった

五年前、突然独立をして実家をでてしまった義兄の朋樹
それまで母親が違えど15歳の年齢差の義兄弟は誰が見ても仲むつまじく、喧嘩などしたことがないほどだった

時折、実家を訪れる朋樹であったが同居と別居の違いは大きい
心のどこかにポッカリ隙間が開いてしまった日樹
優秀な義兄の背中を見て育った日樹は誰が教えるでもなく
義兄に習い、都内でも有名な名門私立に中学受験でパスした
そこで出逢った小梶こそが日樹の寂しさを埋めてくれた

きっと朋樹と雰囲気が似ていたからだろうか
いや、年齢が同じぐらいだということがそのように感じさせていたのかもしれない

アトリエといっても小梶の好みにセッティングされた室内は
ちょっとしたプライベートルームも兼ねていた
小さな絨毯張りの床にソファも置かれ、珈琲メーカーからはいつも良い香りがただよい、
癒しを求めてこの場所に訪れる生徒も少なくなかった
そして身の上相談を持ちかけたり、たわいのない話をするために安らぎを求めここへ来ては心癒され、
また現実へと戻って行く
小梶は校内でも秀でて評判が良い教師だったのだ

「雪だ・・・」

窓から外を眺めると空からチラチラと小さな雪が舞い落ちていた
12月の半ば過ぎ
世間はクリスマス一色に飾られていた

もうすぐ家族で食事会がある・・・
年に一度の特別な日
諸藤家の行事にクリスマスの食事会があった
小さい頃からそれが当たり前になっていても日樹は心を弾ませずにはいられなかった

積もるかな・・・

日樹は再び視線を戻し
小梶のもとへ向って歩き出した






心を隙間を埋めてくれたのは他でもない
先生との出逢い・・・





「いるかな・・・」
日樹はいつも通り美術準備室のドアをノックする
小梶の居る場所だ

コンコン・・・

ノックと同時にいつもなら
『入ってこい』
と誘う小梶の声が聞こえるはずだった
なのに・・・

「先生?」
そっとドアを開きながら声を掛けてみる

いつものように珈琲の良い香りはしていたが、やはり返事は無かった
一歩、二歩、・・・室内に足を踏み入れたところで中央のソファに腰掛る小梶を見つけた

「先生・・・」
小梶の真横で再び名を呼ぶと、やっとその存在に気づいた様子だった

「・・・あぁ・・諸藤か・・・」
少し疲れた表情で、いつのもように日樹を見上げ迎える

こんな身近に寄るまで気配を感じないのは具合でも悪いのだろうか
小さな不安を持ちながらも、少し甘えながらいつものように振る舞う

「雪ですよ、先生」
ニコリと幼く笑んで窓を指差す
「・・ん・・?」

日樹に促され外を見る小梶
窓越しに灰色の空から降りしきる雪が見える
童話絵本のワンシーンのように・・・フワフワと天から舞い落ちる牡丹雪
心なしか先ほどより降りも激しくなってきている
しばらく、久しぶりの雪に見とれていた小梶は切なげにやっと言葉を口にした

「あぁ・・・本当だ・・」

雪が降り出してかれこれ30分は経過している
それを今気づいたということはそれまでずっと思いふけっていたのだろうか

いつもと違う小梶を心配そうに覗き込むと、日樹の大きな瞳には小梶の横顔が映った
「先生・・・?・・・」

テーブルの上の携帯がバイブ音を響かせ始めているが小梶はそれを相手にしない
むしろ拒否しているようであった

「先生・・・携帯が鳴って・・・」
「さわるな!」

まるで叱り付ける様に日樹の言葉をさえぎる
その形相は今までに見たことないものだった
怒りと苦しさの混ざった表情
思わず携帯に差し伸べかけた手を引き込めてしまった

荒立った声にビクッとする日樹に慌てて詫びる

「・・・大声を出してすまなかった・・・」

日樹の怯えた様子に、言いすぎたと
今度は穏やかに言い繕った
相談ごとや、気分転換のためにここを訪れる生徒が多い中、
日樹に限っては小梶自身を癒してくれる存在だったのだ
なのに、私的なことで苛立っていたとはいえ、あまりにも大人気ない言動をしてしまった自分を省みる

入学当初から、もう2年以上もこうしてわずかな時間を過ごして楽しんでいる

欠けてるものを埋め合わせるために互いが何かを求めているのだろう


「もうすぐクリスマスですよ、先生」
気を取り直した日樹が嬉しそうに言葉を弾ませる
何か楽しい話題で場の雰囲気が変わればいいと日樹なりに気を使ったことだった
クリスマスは日樹にとっても待ち遠しいイベントでもあった

「そうだな」
あまりにも愛らしい笑顔にこちらまで引き込まる
そうやって何度となく心を救われてきたかも知れない

「諸藤はどう過ごすんだ?」
確か去年の今頃も同じような質問をしたような気がする
でもその答えはまるで覚えていない

「家族で一緒に食事をするんです」
「家族かぁ・・・いいな・・」

やっと会話になり始めた
いつもならこんなことは当たり前なのに

「先生は・・・?」
「俺か・・・俺は・・」

そう言いかけた時に再び携帯のバイブ音が鳴り響いた





「いい加減にしてくれっ!」

二度目はさすがに携帯電話を手にした小梶が送話口に向って叫んだ

「・・・もう・・・やめて・・くれ・・・」
最後は言葉に詰まっていた
その言葉で通話を終えた小梶は悲痛な面持ちであり、日樹はその姿をただ見守ることしかできず
居合わせてしまったとはいえ、座を外すことができなかった

もしかしたら見てはいけなかったのかもしれない

何回もここに足を運んで来てるのに 考えてみれば自分は小梶のことを何も知らなかった

彼も自分のことはあえて何も喋らなかった
まるで自分に関することを封印して、人に知られることの無いように何も語らなかった
立場上から考えても、教師である小梶が生徒の日樹に愚痴や相談を持ちかけるはずもない
いつも一方的に日樹の話を頷きながら聞いていてくれた
それに甘えて学校のこと、自分のこと、・・・義兄のこと、
あげればきりがないほど話した
纏わりついても嫌な顔ひとつせず時間を惜しまず一緒に居てくれた

「先生・・・辛いことがあるなら話して・・・」

自分が力になれるとは思いもしない
だけど誰かに打ち明けることで楽になれるなら

今度は僕が先生のこと・・・

日樹は傍らに跪き、小梶の手を自分の両手で覆う

「冷たい・・・」

部屋はまだ暖房の余韻が残っているのに、それに反し小梶の指は冷え切っていた
この冷えきった感触は彼の心の中と同じなのだろうか

おもむろに口を開いた小梶が、かつて日樹から聞いた話を記憶の断片から引き出し問いかける
日樹に言われるまでもなく、小梶自身がもう一人では堪えることが出来なかったのだ

「諸藤・・・お前には義兄がいるんだよな・・・」

小梶の顔を見上げ、日樹はコクリと頷く

父の会社の重役ポストに就くという義兄を日樹から知らされている
才に長け、日樹の容姿から想像するにその風貌も似て美麗であることだろう
家柄も申し分ない理想の人物像
どこへでも、誰にでも躊躇わず引き合わせることができるはずだ

「お前が羨ましい・・・」

今の状況が常時当たり前のことなのだから日樹には何が羨ましいのかさえわからない


小梶にとって血を分けた実弟といえど比べものにならないその素行の悪さに散々苦しめられ
年老いた両親も心を痛め病に伏せた
家族の思いなどまるで理解できない今も改心する様子などない
存在も認めず、他人には引き合わせたくない弟
恥じ以外のなにものでもなく、それでも血のつながりは断ち切れないろいう一生付きまとう繋がりがあった

「俺にも弟がいる・・・それも出来損ないのな・・・」

フッと苦笑して小梶は続ける
初めて漏らした自身のことだ

「お前にわかるか・・・?自分がどんなに姿勢を正して生きていこうとしても
足を引っ張られ邪魔をされ、積み上げてきたものを無残に壊され失うんだ・・・」

先ほどの電話も弟からの借金の申し出であったらしい
もう何度、そんな電話を受けたか数え切れない

「弟はチンピラまがいなこともしていたよ・・・
暴力団の組事務所まで奴を引き受けに行ったこともあるさ」

皮肉だな・・・
自分が真っ直ぐに生きようとすればするほど弟は曲がっていく

ここまで話して開き直ったのか、小梶はソファの背もたれに深々と
身を任せる

心の痛みは感じとることはできない
だが、日樹は淡々と話し続ける小梶をやりきれない思いで見つめていた
日ごろの彼からどうしてそれを推察することができるだろうか

「諸藤・・・」
ふと名前を呼ばれ小さく返事をした

「俺は弱い人間だ」
「そんなこと・・・」
誰も思ったりしない

「お前は俺の聖域だった
どうせ俺はまた、お前も失うんだろうな・・・」

“お前も”・・・
以前に何か大切なものを失ったのだろうか

日樹の手からスルリと自分の手をよける
すっかり日樹から体温が伝わった指先に先ほどまでの冷たさはもうない

その代わりに小梶の両手は、日樹の二の腕を束縛するように掴んでいた

「どうせ失うなら・・・抑制することもない・・よ・・な」
善意と悪意が入り混じった表情だった



人に壊されるくらいなら
自分の手で壊してしまえばいい・・・

小梶が微かに呟いたような気がした



力任せに押さえつけられた両腕を振り払おうとしても許されなかった
それでも解放されたくて必死に身をよじって抵抗してみる
腕と一緒に掴まれた袖に攣られ、学生服の前ボタンが引きちぎれて飛び散り必然的に肩がはだけた
小梶はそれでも力を弱めようとはしない

脱げ掛けた学生服
さらにはワイシャツまで無理やり剥がそうとしていた
食い込んだ爪先でビリッと音を立て生地が破れる

今までに見たことの無い冷たい眼光

優しく穏やかな先生がどうして?
こんなにむごい仕打ちをするのは僕が見えていないの?・・・
それとも僕だからこうするの?

床に体を押し倒され身動きができない
重なる小梶の体の重みがさらに自由を奪う

荒立った息遣い
小梶の身が密接すると、微かに画材の匂いがしていた
ここは美術準備室なのだからそれが当たり前なのだ

先生に染み付いた匂い・・・
今僕を抱いているのは・・・まぎれもなく先生

きっと小梶の心遣いなのだろう
日ごろ、この部屋は珈琲の良い香りにがする
絵の具臭いこの準備室を訪れる人に不快な思いをさせないために
いつも珈琲を挽いて匂いを消していた

なのになぜ、こんなことを
こんなこと・・・嫌だ・・・

以前、義兄の部屋からすすり泣くような声が聞こえ漏れ、気になって覗いてしまったことがある
義兄と義兄の秘書が愛し合っていた
体を絡めあい、繋がり、喜びの声をあげていた

だからこれは愛じゃない・・・

全裸に程近くなった日樹の体を虐め続ける
小梶は欲望のままに押し広げた両足に割り入ろうとする
居きり立った先端をグイグイと押し付けるが、拒ばむ体はそれを受け入れることはしない

小梶と出逢ってからの時が思い起こされる
年、背格好が義兄に似ていた
優しかった
だから・・・
一緒に居る時間がとっても楽しくて心満たされて
気づけばいつもここへ来ていた

先生が好きだった・・・

先生がふと悲しそうな瞳をしていたから・・・
僕をいたぶりながらも
悔しさが混じった苦しい表情をしていた
先生は心を痛めているんだ・・・

その瞬間、日樹は拒むことを放棄した
体を押しのけようとする自分の両腕は抵抗をやめた

そして体の力を抜いた瞬間
日樹は小梶を受け入れていた

ズブッっという何かを突き抜く体感とともにそれは容赦なく侵入してきた
そして小梶は体を揺さ振り始める
愛撫というより、ただ激しく貪っていた
指で胸元をまさぐり強くつまみ弄りながら
小梶は奥へ、奥へと打ちつける

異物が擦れ、無理やり押し込められたせいで小さな窄まりは少し裂けたようで
ぬるっとした感触はあとで鮮血だったとわかった

気持ち良さが増せば声を殺そうとしながらも喘いでいる自分がいる
痛さが襲ってきては数度意識を手放しそうになっていた
突き上げては引き、また押し込む
感情とは別に恥ずかしくも自分の体も反応し形を変え疼いていた
だが自慰すら認められず手を払いのけられる

高みに向うために小梶はその行為を止めない
むしろ段々激しくなるばかりだった

日樹はじっと天井を見つめていた
早く終われば良い・・・
小梶と共に揺さ振られる体を冷たい床に何度も何度も擦り続けられる





一入奥に突き上げられたと思った瞬間
ドクンと大きな脈動を感じた
おそらく小梶が達したのだろう・・・
わずかな痙攣を感じ、温かいものが体の中に注がれていくのがわかる

それが終わると小梶は何かが吹っ切れた様子で脱力した体を日樹の上に預けた

終わったんだ・・・

しばらくすると目的を果たしたそれを抜き取られ小梶が放ったものも一緒に溢れ出てきた
小梶は余韻に浸る間もなく日樹から体を背けていた

その後も小梶は何も喋らなかった
いくら背中を追っても日樹の顔を見はしなかった

優しく囁く言葉も無い・・・

向き返れば、窓から降りしきる雪が遠くに見えていた
何も無かったように先ほどと同じに音も立てずに静かに降り続いている
暖房の余韻などとうに消え、美術準備室は容赦なく底冷えしていた


結ばれたと同時に失った・・・


その日を最後に
二度と西蘭学院の門をくぐることはなかった


日樹は・・・西蘭を退学した




風待月・前編
風待月・後編