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 葵月(AOITUKI)前編




「諸藤さん・・・俺、貴方が好きです・・・」

拓真に告白された日樹は色白の頬を薄っすらピンク色に染め、躊躇いがちに拓真へ身を任せる

「・・・僕も・・・」

日樹の髪がふんわりと拓真の首元をくすぐる
もっと強く抱きしめてと願ってるようにしがみつく日樹に
拓真は少し照れながら、誰か見てはいないかと周囲をキョロキョロと確認する

「えっ・・・あぁ・・」

(この状況は・・・OKっていうことですよねぇ・・・)

拓真は今、日樹ともどもベッドの片隅に並んで座っている
ここは日樹の自宅部屋
想像していたのとは少しばかり違うが、この際小さなことは気にしない
ぎゅっと抱きしめた日樹の体は筋肉質とはいえ、見た目通りの華奢なものだった

まるで女の子を抱きしめているみたいだ・・・

そのままゆっくりとなだれ込むようにベッドに横たえると
拓真にのしかかられる状態になった日樹は虚ろな瞳で拓真を見上げる

「拓真くん・・・お願い・・・・」
妖しげに誘いかける甘い囁き声

夢にも思わなかった日樹とのこの状況
まさか憧れの人が、今こうして手の中にいることが信じられないのは自分こそなのだ

「でも・・」

拓真の体は日樹の両足を割り込んでいるのだから互いの体を密着させている日樹にはもう気づかれているであろう
言葉と裏腹に、体は欲望に駆り立てられ徐々に反応し始めている

諸藤さんが欲しい・・・

「・・・拓真くん・・・」

二度目に自分の名前を呼ばれた時にはもう抑制はきかなくなり
拓真は日樹のうなじに唇をあてがい、次に細い首筋を静かに這わせていた

「・・・ん・・あん・・・っ・・」

日樹が身じろぎするたびに柔らかな香りがあふれる・・・
それが心地良くて、日樹が欲情するようにぎこちなくも愛撫を続ける

満ち足りた時間・・・

「・・・拓真く・・ん・・拓真・・・くん・・・拓真・・・・」

自分をしきりに求める艶やかな日樹の横顔を満足げに覗き見ていた時、背後から不意に誰かに肘をつかまれた

瞬間、日樹から引き剥がされる

だっ、誰!?

「拓真!!」

日樹ではない呼び声・・・聞き覚えのある声
呼ばれる方に向けば時間をかけてぼんやりと相手の顔が判明してくる

・・・亮輔・・・?・・

「おい、拓真!!」

「・・・?・・」

なぜかそこに立っていたのは相棒の亮輔で、おまけに拓真の肘をくいくいと引っ張っている

これから諸藤さんと思いを遂げようとしたイイところだったのになんで邪魔するんだよ〜

せっかくのひと時が儚く消えていく

「どうしてお前がここにいるんだ?・・」
「なに寝ぼけてんだよ〜とっくに授業は終わってるぞ!」
亮輔は、いまだ夢と現実の区別も付かない拓真に呆れていた

「え?・・・授業・・・?」

亮輔の言う通りザワザワと声のするこの空間はまぎれもなくいつもと変わりない日常の教室であり
定位置に座っている自分がいた
ぼ〜とっする頭の中が次第に澄み渡っていく
そういえば・・・確か古典の授業を受けていたような気がする

もしかして・・俺・・・寝ちゃったんだ・・・
じゃぁ今のは夢?
・・・そっか・・・夢かぁ

「なに笑ってんだよ気味悪いなぁ〜、それより中間テストの得点上位者が張り出されているから見に行かねぇか?」
「・・・あぁ・・・」

でも納得だな
あの諸藤さんの部屋
どう考えてもあのマンションからしては、やけに古臭くて狭かったもんな・・・

自分の先入観で展開されていく夢物語
夢に描かれた日樹の部屋は拓真の生活観たっぷりでいささか庶民的だったのだろう


全部夢だったなんて・・・
ビックリするような、もったいないような、恥ずかしいような・・・
夢を見るぐらいだから、きっと自分のどこかに願望があるんだ
もう少しで片方の手が諸藤さんの下肢に伸びていくところだった・・・

拓真はすっかり現実に引き戻された

試験勉強は日樹の力添えもあり、その成果もそこそこ手ごたえがあった
それでも得点上位者など自分に縁もなく、あまり興味もわかないが誘いにのって亮輔の後を追って行く








『また一緒に走りましょう・・・高原さん』

靴紐を直す高原の耳にはそう聞こえたのだ
その手を止める

空耳だよな・・・

見上げた空は高く、直に訪れる夏の気配を感じさせるがその前にやっかいな梅雨がやってくる
雨続きになればグラウンドでの練習もままならなくなる
それまでの限られた期間が唯一、まともに練習できる時間

あまりにも思い詰め過ぎているからそんな風に自分の願いが幻聴になるんだ
思わず苦笑いしてしまう

中間テストも終わり部活動も再開、三年生最後の夏の大会へ向けての調整に入る
だが、高原は複雑な面持ちでいた
去年の記録へのハードルは高すぎる
ベストメンバーを揃え練習を重ねてもタイムは一向に伸びない上に、
一生懸命な選手たちにこれ以上の要求はできない
自分にとって最後となる大会にはベストで臨みたかったがそれもどうやら叶わないこと

見かねた顧問が長距離個人種目への参加を持ちかけてきた
体格の良い高原にはスタミナも十分にあるのだからまさに好条件である
その気になれば、そこそこの順位に食い込めるだろうと見込まれ、高原自身も人知れず自主トレを続けていた

だが・・・
それでも自分を納得させることができずにいた
高原の思いはただひとつ

・・・ユニフォーム姿のお前ともう一度
一緒に走りたかった・・・









「経過は順調だね これならもう支えを外してしまっても構わないよ」

レントゲン写真を見ながら医師が説明した
外来で定期健診を受診していた日樹は少し複雑な思いだった
事故からもうすぐ三ヶ月になる
当初の予定でも、手術後三ヶ月ほどで足にはめ込んでいる金具を外すと言い渡されていた

快復状態も良く、その予定も少し早めようという医師の所見だった
もともと夏休みを利用し一週間の入院で処置する予定だったのは、学校を休まずに済むからだ

「家の人と相談してみてくれるかな 少しでも早い方がいいだろう」
「・・・えぇ・・・」

本来なら喜ぶべきことなのだが日樹は俯いてしまった

「君は確か陸上をやっているんだよね」
「はい・・」
「手術が終わったら、遠慮なく好きなだけ走って大丈夫だよ」
いきさつを何も知らない医師は、日樹に最高のプレゼントでも差し出したようなつもりでいる


足が自由になったら・・・

今までは拘束されていると自覚があった
走ってはいけないのだと

だがこれからはどうする
高原はきっと自分には走ることを要求しないだろう
それよりも、走る自由を与えられるのにそれを自分で制御しなければならない、その時がくる

何もかも忘れて集中できるから
本当は走ることが好きだ

いちずに走り続ける高原
そしてマウンドで無心に白球を投げる拓真
そんな彼らの姿を目の当たりにして刺激を受けないはずが無い

一度は諦めたことなのに
どうしてこんなに揺れ迷うのだろう・・・
煮え切らない自分、弱い自分をどう納得させて良いのかわからなくなる

診察室を出ると、そこは日ごろ自分がいる健常者ばかりの世界とは全く異なる別世界
数ヶ月前までは自分もこの世界にいたのだとあらためて思う
同じ病棟には片足を切断した小さな少年がいた
松葉杖なしでは歩行できない老人もいた
ハンデを背負いながらも皆な明るく気さくに日樹を励ましてくれた

彼らは今どうしているだろう・・・
日樹は無意識のまま病棟に足を向ける



『倉橋さんはあれから諸藤君のすぐ後に退院したのよ、真ちゃんはリハビリルームに行ってるのかな』
ナースステーションに立ち寄るとそう教えてくれた

「もうすぐ戻って来ると思うから待っていれば?」
「・・あ・・いえ、また来ます」

なぜかそう返事をしてしまった
事故で片膝から下を無くした、今年小学生になったばかりの少年
入院中の日樹の部屋をこっそりのぞきに来ては、話し相手になってくれていた
彼はこの先、一生ハンデを背負っていかなければならないのに
それをわかっていてのことか、いつも明るく笑って日樹を励ましてくれた

辛いのは彼の方なのに・・・

皆それぞれの道を必死で歩いている
なのに一番早く退院できた自分だけが、なぜか逆に取り残されてしまったような気がしてならない
心に迷いがあるからだろうか
ひとたび考え始めるとループしてしまい、その度に胸の奥が痛みだす

何を期待しここまで来てしまったんだろう
後遺症もなく今までと、なんら変わりない生活が送れるのに
だが満たされない状況を言い訳しようがない
今の自分は彼に逢う資格さえない
だから

逢わずに帰ろう・・・

踵を返し、日樹は来た道をまた戻る








「すげぇ〜よなぁ、ほぼ満点だぜ」

亮輔の興奮は覚めやらない
中間テストの高得点者が各学年別に貼りだされている掲示板を見た時、
拓真と亮輔は呆然としてしまった

二学年の成績トップは勿論日樹だった
しかも五教科それぞれがほぼ満点に近い合計482点という優秀な成績でだ

「諸藤さんは俺らと根本的に違わねぇ〜?同じ人間とは思えないよなぁ」

想い人がここまで認められようとは、
勘違いとわかっていても自分の体の一部を褒められているような気がし、
亮輔の言葉がくすぐったく感じられてしまう
そして、日樹がかつて都内の名門校に通っていたことを知らしめられるのだ
当の拓真や亮輔といえば、日樹の補習授業のおかげで
赤点を逃れるどころか、みごとに試験のヤマを当て高校生活第一歩の試験を好調なスタートにした
部活停止を食らわずに済み、クビも繋がったこの放課後もまたグラウンドで汗を流すことができる


昇降口で自分の下駄箱を開けた拓真はハッと声をあげた

「どうした拓真?」

のぞき込む亮輔、そして拓真は下駄箱の中に入れられていた手紙らしき封書を取り出す

「なんだろう・・・?」
表と裏、両面を見てもそれには差出人も宛名も書かれていなかった

「おいおい、、もしかしてお前に告白かぁ?早く開けてみろよ〜」
「や、やめろって・・・」

おせっかいにも拓真から手紙を取り上げ我先に見たがる亮輔をひと睨みしてから隠すように
封筒を開けてみる
恋文にしては随分と色気のない紙切れだった

「なぁ、なんて書いてあるんだよぉ〜?」
興味津々でしつこく擦り寄る亮輔を体でガードしながら文章を目で追う拓真が即座に表情を変えた

「なんだぁ〜、そんなに熱烈な愛の言葉が書いてあったのか?」
「・・・そんなんじゃ・・ない・・」

拓真は亮輔にその文書と封書を押し付けるように渡す

「どれよ・・・」
次に読んだ亮輔もすぐ様目を見張った
そこには殴り書きで

『ホモ野郎』

と書かれ封書にはご丁寧にも男性用避妊具がひとつ入っていた

「な、なんなんだよ〜これは!!」
「こっちが聞きたいよ・・・」

イタズラ?嫌がらせ?誰が何のために?
拓真にはそれが何を意味するものかわからなかった

だが・・・
それは

日樹に近づくな!という拓真に対する警告だったのだ









「そうか、思ったより早かったな」
真向かいの朋樹が安堵した様子で呟いた

夕食時、ダイニングテーブルに向かい合う日樹が、
足の金具を外す手術の時期を家族と相談してくるように医師から伝えられたことを朋樹に話した
やっと体が自由になる反面、日樹の心は晴れやかではない

「早い方が良いな 学校の行事予定と重ならない日程を選ぼう」

いつもより少し早い夕食
近頃、朋樹は比較的早い時間に帰宅し日樹と夕食を共にする事が多い
口にはしないが、先日の拓真に対する態度から朋樹のこの行動理由が納得でき
義兄は義兄なりに自分を心配してくれているのがわかる

「ごちそうさま・・・」
カタンと、椅子から立ち上がり自室に戻ろうと朋樹に背を向ける

「日樹」

そう呼ばれ足を止めるが、義兄の顔を見ずにいた

「わかっているな」

この時、朋樹の瞳は日樹の背中をまっすぐに見つめていた
その強い視線が刺すように日樹の体へ伝わってくる
朋樹はその先は言わない、
だが同じ過ちを二度と起こすな、という無言の忠告だと日樹には察することができていた

「うん・・・」
今の気の迷いを朋樹には見抜かれている
わかりきったことを言われ、そう返事をするしかなかった
そして頷いてからリビングを出る日樹の一部始終を朋樹の瞳は凝視し続けていた




夜な夜な襲われる過去の呪縛

憧れていた義兄に面影の似た教師と関係してしまったこと
それも無理やりだった

そして拓真の笑顔が浮かび・・・

「もう・・・忘れていたはずなのに・・・」

薬をペットボトルの清涼水で一息に飲み干す
これを飲めばどんな思考が脳裏にめぐらされていても定刻に眠りへと導かれる
目覚めるまでのことは一切記憶にない、嫌悪感もない
朝の爽快な目覚めを約束してくれる

感情移入などしないはずだった
なのに今は肉体より精神的な関係を望んでいる
抑え切れない感情

これからどうする?・・・・
自問自答し日樹は静かにベッドへなだれ込む








『知らなかったのか?今じゃお前と諸藤のウワサで持ちきりだぞ』
『そうか〜ホモ野郎かぁ〜そりゃいい』

先日、拓真の下駄箱に入れられていた嫌がらせの手紙の一件を
亮輔が部の先輩に相談した結果がこの始末で、拓真は終いに先輩たちの笑いの的になっていた

「な、なんでですか・・・」
日樹との関係を噂され、嬉しいような恥ずかしいような
それでも自分がなぜそんな渦中の人物になってしまったのか理解できず顔を真っ赤にさせながら聞き返す

部活が終わって和気あいあいと部員達が井戸端会議に話をはずませる
こういう場に限り、先輩後輩の確執がなくなり無礼講となるのだ

「お前やっぱりホモだったのか・・・?」
亮輔もすっかり面白がって拓真をからかう側にまわる
まったく友達甲斐の無い奴だ

「なっ、わけないだろうっ!!」
この場は慌てて否定するが、うっかり自分が見た夢の出来事はいくら大親友の亮輔であろうが話せることではない

『夢までに見るってことは、お前の願望だろう〜』などと言いかねないからだ

夢の中とはいえ、諸藤さんを押し倒していたなんて
それに・・もしあのまま目が覚めなかったら
・・・どうなっていたんだろう・・・?
先のことを想像していくと顔だけでなく体中も熱くなってしまう

「北都と諸藤の図書館ツーショットは有名だよ」
「えっ?」

図書館で試験勉強していたことだろうか
拓真にはやっとのことで日樹に近づくことができたチャンス
たったそのことが理由なのか・・・!?

「図書館にはうちの生徒も大勢出入りしてるからな あらかた誰かに目撃されたんだろう」
「そうだよ〜拓真は、俺に内緒でコソコソするからこういう目に遭うんだ!!」

「亮輔だって一緒にいただろっ」
初めの数日間は確かに二人きりだった
でも・・・その後は亮輔にすっかり邪魔されてしまった
なのに

「まったく高原を差し置いて、良い度胸だよ」
キャプテンは少し呆れ顔で拓真を笑う

「・・・高原?あぁ・・・番犬のことですか・・・」
「番犬?・・・」

拓真の“番犬”という言葉に一同が大ウケしてしまう
実はこの“番犬”という表現はマネージャーからの受け売りなのだがあまりにもピッタリの例えだったようだ

「ま、そんなもんだな 今じゃ諸藤にべったりだから」
「じゃ、あいつの仕業ですか?」
「いや、恐らく高原ではないだろう」

亮輔が犯人断定の結論を急ぐが、あえなく否定されてしまう

「北都が無理やり諸藤を誘ったなら話は別だが?」
疑わしく問われる
「いえ、諸藤さんは快く引き受けてくれました・・・たぶん・・・」
そういわれると自信がなくなる

「なら、高原はあり得ないな」

「高原は諸藤を守りたいだけだから」
「守りたい?」

「あぁ・・・」
キャプテンは頷いた
言葉の端々に何か深い事情がありそうな様子が見受けられ
ついに拓真の知らなかった日樹の過去の一面を知ることになる

「好タイムを出して、一年生からいきなりベストメンバー入りした諸藤には先輩からの風当たりが強かったんじゃないかな
なんでも、部員たちが良からぬ噂をしていた時に諸藤が居合わせて・・・その日に事故に遭ってしまったから
偶然とはいえ、高原は責任を感じないわけいにいかないんだろう・・・」

同じく部をまとめていく立場のキャプテンには高原の責任感、そして胸の奥が痛いほどわかるらしい

「良からぬ噂って・・」
「・・・前に通っていた男子校で教師と関係があったっていう内容さ」
「えっ!?」

言いにくそうにキャプテンが話を切り出した
驚いたのは拓真をはじめ、新入部員だけで
2・3年生はすでに承知していたせいか、全く表情を変える様子がなかった

「関係って・・・」
「ま、火のないところに煙は立たない」
「それが事実ってことですか!?」
聞き返す拓真にキャプテンは真剣な眼差しを向け、それが単なる噂ではないと肯定していた
関係という言葉が何を意味しているか
大体の予測が付く

だからホモ扱いされたのか・・・

「諸藤の復帰は高原にも待ち遠しいところだが、完治したところで部には戻りづらいだろう」
「なぜ!?」
「今更、和解というわけにもいかないだろうし 第一に高原が板ばさみになることは間違えない」

足が治って、走れるようになっても走る場所がない

守られるだけで良いはずの人が
自分より周りの人間のことを考えて
だから退部を決心して・・・
そんないきさつがあったなんて

それじゃ諸藤さんには自由がないじゃないか

驚く事実ばかりだった
何も知らず、ただ本能のまま接していた自分

「そんな・・・」
嫌がらせをした相手が誰であろうと、もうどうでも良くなっていた
それよりも

いつも柔らかな笑顔のその人は
ふと寂しげな表情を見せる
そして、傷だらけの心を誰にも知られることがなかった・・・








風待月・後編
葵月・中編