いつか銀の翼が

(1) え!僕が女子選手?

 ゴールデンウィーク、初夏の様に暑いとある高校の校庭。女子バレーボールの部活で今まで玉拾いばかりやってた新人の女の子達の何人かは始めてのボールを使っての練習。
都内でもまだ珍しいブルマ姿の女の子達の汗ばんでブラの透けたウェアの背中をぼんやり校庭の隅から眺めている僕。風木美和、かぜきよしかず、十六才高校1年生。
ぼんやりと部活の様子を見ながら明日の今頃の自分をふと想像してみる。クラスメートは何て言うだろう、先生達は?
女の子達の手から手へ移っていくボールを目で追いながら、4年前、小学校6年生の時の僕の事をぼんやりと思い出していた。





「え?葵ちゃん足くじいたの?」
「そうなのよ、玄関前の側溝に足ぶつけてそのまま倒れてさー、とりあえず来るまでに治るかと思ったから連れて来たけどさー」
僕のお母さんと葵ちゃんのママが深刻そうに話している脇で、ワゴン車の後部座席から顔をしかめて足を引きずりながら出てくる葵ちゃん。僕と目が合うと、ちょっとバツ悪そうに目で挨拶をしてくれた。
「どうしよか、控えの万理ちゃんは今日風邪だし」
「えー!坂本さん今日来れないの?」
「うん、今朝連絡有って、ごめんなさいって」
 秋深まる十一月の日曜日。今日は小学生女子バレー部の都内一次予選の日。小学校公式最後の試合だというので皆楽しみにしていたのに、補欠一人含む選手7人のうち、一人は病欠、一人が足をくじいて試合にでれそうもない。他の選手のクラスメートとママさん達も僕達の周りに集まってくる。
 僕の出た小学生男子バレーは昨日の土曜日早々と敗退。それで僕と僕のお母さんはクラスメート付き合いの関係から、今日ただ一組応援で来たんだけど。
「どうしよか?葵ちゃん。痛む?試合出れる?」
 他の選手のママ達の声に、さっきからびっこひきながら歩こうとしていた葵ちゃんは車に寄りかかった後、だめという風に手を胸元で振った。 
「仕方ないわ。運が悪かったね。運営局に棄権て言って…」
 しばし沈黙が続いた後、チームリーダーの奈々ちゃんのママが残念そうに言い始めた時、
 「待って!」
 僕のお母さんが短くそう言って話をさえぎった。さっきから僕の顔をじっと見つめてた時、何か嫌な予感はしていた。
「よし、やろう」
 そう言ってクラスメートのママさん達を呼び、葵ちゃんの乗ってきたワゴン車の中に集まって何やら秘密めいた話を始める僕のお母さん。と、痛そうに足を引きずる葵ちゃん他僕のクラスメートの女の子達が集まってくる。
「ねえ、風木君。何かさっきお母さん達話してたみたいだけど」
「誰か他の子呼んでくるの?」
「えー、じゃ誰だろ?」
 僕のまわりで不安そうに何やら話し始める女の子達。でも僕は何やら不吉な予感がして黙っていた。そしてそれが的中。
「美和、ちょっとおいで」
 ワゴン車のドアを開けて僕のお母さんが手招きと共に小声で僕を呼ぶ。女の子達の不思議そうな目線を尻目に僕はワゴン車に近づいた。
「美和、あんた今日試合に出なさい」
「え?」
 お母さんの言葉とワゴン車の中のママさん達の何か真剣な眼差しを受け、そう言われた僕は驚いてお母さんの顔を見つめる。
「それって、どういう事?」
「あんた今日葵ちゃんからウェア借りて、それ着て試合でなさい」
「えーーーーー!!!!」
 なんか予感はしてたとはいえ、そんな恥ずかしい事!
「そんなの、嫌だよ!!」
 僕の声を無視してママさん達はとんでもない企みの準備を始める。
「髪はいいか、ピンで留めればなんとかなるかも」
「まつ毛は、マスカラ少しつければいいし、眉は描けばわかんないでしょ」
「下大丈夫かな」
「いけると思う。うちの子あれ始まってるから。ちゃんと持ってきてるし、あれでびちーって押し付けたらおけおけ」
 呆然とたたずんでいる僕をとうとうお母さんがワゴン車の中に引っ張り込もうとする。嫌がって抵抗した僕に、葵ちゃんのママが声をかけてきた。
「風木君、ごめん。今日一日うちの葵になってくれるかな?今日試合棄権したらあまりにもみんな可愛そうだし」
「えーーー、そんなのやだよ!」
 ワゴン車の外に逃げようとする僕の手を掴んでお母さんが引っ張り戻して小声できつく僕に言った。
「こら、美和!みんなが可愛そうじゃないの?あんた一人我慢すればいいんだから。後で何でも好きなもの買ってやるから!ほら、人が集まりだした」
 試合に出る子供たちと応援する家族を体育館まで送りに来た車が急に駐車場に集まりだす。そしてさっきからの僕の言動を不審に思ったクラスメートの女の子達がワゴン車の周りに集まると、その中の一人の女の子のママが小声で事情を話しだした。
「えーーーー!」
「うそーーー!!」
 思わずそう叫んで僕の方を見る女の子達。恥ずかしさで顔を真っ赤にした僕の服は、もうお母さんの手で脱がされにかかっていた。
「風木君はあんた達の為に今日こんな格好してもらうんだから、絶対内緒だよ」
 その声に奈々ちゃんがうつむきながら答える。
「わかった」
 奈々ママはそう言うと、狭いワゴン車の僕の横に座る。奥の席では葵ママが後部席からバッグを取り出すと下着と服の類を取り出しにかかった。
「郁美、みんなで車の周りに立って中が見えない様にしといて」
 ワゴン車の助手席に座った郁美ママが娘にそう指示すると、サブリーダーの郁美ちゃんがみんなをせかして車の回りに目隠し代わりに立たせる。
 そして車の中ではパンツだけになった僕に、葵ちゃんの下着を手にしたお母さんが怖い顔を向けていた。
「いい、あんた今日葵ちゃんだからね。ばれない様にしてよ。はい、これ履き替える!」
「やっぱり嫌だ!恥ずかしいよ!」
「さっさと言う通りにする。後で何か買ったげるから!」
「風木君。ごめんね、おばさんからもお願い。風木君男の子にしては可愛いから絶対ばれないよ」
「えー・・・」
 手渡された葵ちゃんのパンツは、1枚はフリンジの付いたピンクのふわふわした物、そしてもう1枚は今まで僕が思っていた女の子のパンツとは違って、薄いパープルで又の所に厚い布が張られそれがお尻の所まで繋がっている。
「早く!先にそのピンクの履いて、それから紫の履くのよ」
 お母さんに急かされた僕は渋々パンツを脱ぎ、そしていい香りのするピンクのパンツに足を通す。何かいけない事をしている気がしてならなかった。そしてパープルのパンツに足を通した時、僕の股間はその厚い布に押さえられ、膨らみが綺麗に消える。
「葵ちゃんいつから?」
「3ヶ月前から。もうませててさ、体だけじゃなくて最近口答えばっかりすんのよ。洗濯するのも面倒でさ、血落ちないし」
 履かされたそれが生理用のショーツだと知ったのはそれから暫く先の事だった。
「ブラどうしよか?付けさせる?」
「逆に付けさせた方がばれないと思う」
「ほら美和!あっちむいて!」
「僕、それだけは嫌だよ!」
 僕の体を無理やり体を90度ねじまげようとするお母さんに僕は抵抗。パンツはいいとしても、もろ女の子の付けるそれはクラスメートの手前本当に恥ずかしい。しかも、それって葵ちゃんの普段付けてる物だし。
 ふと窓の外を見ると、その葵ちゃんが窓ごしにやってくる。てっきり嫌な顔されると思ったけど、意外にも他の女の子達と恐る恐るそっとやってきて指さして笑っていた。
 ほっとした僕の両手にブラのストラップが通され、手早く背中のホックが留められた・・・。

 僕の耳に再びバレーボールのトス練習の音が聞こえてくる。ふと我に帰った僕の目に映る新品の白い体操服姿の女の子達と、その背中のブラの線。全てはそれが始まりだったと思う。あの時胸に付けられた葵ちゃんのブラ。背中をきゅっと締め付けられる感覚とそれを見て窓越しに友達3人と何か笑った後、葵ちゃんが窓をコンコンと叩き、近寄った僕に、
「風木君可愛い!」
 その言葉と、そして車の窓ガラスにた半透明反射して映った、ジュニア用のブラを付けた僕の姿。その時絶対僕の頭の中に何かのスイッチが入ったんだ。再びあの頃をぼんやり思い出す。

「胸に何か詰め物する?」
「いらないよ、小学生なんだしさ、先っぽガードするだけだし、小学校でその体型で胸有ったら逆に変だよ」
「へえ、風木君肩綺麗だよね。安心したわ」
 まだぼーっとしている僕の様子に気づかずママ達は勝手な事を喋り続ける。
「風木君、はい、葵のウエアとブルマ。あ、下半身すっきりしてるじゃん。よかった」
 葵ママが少し笑って手渡すそれを、素直に受け取る僕。そして、今度は嫌がらずに少しどきどきしながらその真っ赤なブルマに足を通す。
「あれ、あんた今度は嫌がらないじゃん」
 ちょっと不思議そうに呟くお母さんにちょっと照れ笑いする。狭い車の中で椅子から腰を浮かせながらブルマを腰まで引っ張りあげると、不思議な感覚が僕の下半身を襲う。なんていうか、ぴっちりと包まれたっていう気分。そしてちょっと驚いているお母さんの目を気にせず、白と赤のユニフォームに体を通すと、なんだか別人になった気分!
「ちょっとあんた、変な気おこさないでよ」
 お母さんがちょっとどきっとして僕に言う。その言葉も気にしないで僕は窓ガラス越しにクラスメート達に手を振る。その手の振り方は意識した訳でもないのに胸元で手を振る自然な女の子の仕草になっていた。だんだん女の子の姿になっていく僕に答えるクラスメート達の顔は何か同性の友達に手を振る様。
「美和!何やってんの!」
 お母さんがブルマで包まれた僕のお尻をポンと叩く。
「なんか楽しい!」
 思わずそう喋ってしまう僕。お母さんはちょっと顔を曇らせたが、葵ちゃんのママが今度は横に座る。
「風木君。ちょっとごめんね。簡単にメイクするから」
「ちょっと、この子楽しんでるよ」
 葵ママにあきれた様に言うお母さんだけど、
「いいじゃん。嫌がるよりはましだし」
 小さなバッグから化粧水を取り出して僕に塗り始める葵ママ。そして軽くファンデはたき始めると、僕はもうされるままだった。別人に、しかも女の子にされてるという気持ちがいつの間にか嫌じゃなく、すごく心地よくなっていく。
「派手にしないでね」
「大丈夫。スポーツ用の化粧って事でさ。他の子達もやってるし」
 髪留めのピンを口に加えつつ、今度はそれを僕の髪に留め、バックから小さな長い小瓶を取り出す葵ママ。
「任せて、あたしマスカラだけは得意だから。風木クン、ちょっと動かないでね」
 まつ毛に不思議な感覚を覚える僕。次第に女っぽくなっていく僕を横目で見ながら、
「あーあ、あたしも女の子欲しかったな。男だと全然つまんないし」
「いいじゃん、今夜旦那とやっちゃえば?」
「バカ言わないでよ!」
 軽く冗談を交すお母さんと葵ママ。そしてビューラーっていうんだっけ、固められて重たくなった僕のまつ毛は何かに挟み込まれ、きゅっと上にあげられる。
「ほらあ,完璧じゃん!完璧女顔じゃん。じゃ、後眉毛ね。剃りたいんだけど、それはちょっと今後の事もあるからねーぇ」
 一人ではしゃぎながら、僕の眉毛に何か描きこむ様にする葵ママ。そしてそれも終わると、葵ママは楽しそうに外のクラスメートを車の中に呼び入れた。
「うそー!風木君でしょ?」
「うわーあ、女になっちゃった」
 代わる代わる狭い車の中で僕の顔を覗き込むクラスメート達。
「え、僕どんなになってるの?」
 葵ちゃんが後部座席の後ろにおいてある自分のバッグから鏡を持ってきて見せてくれる。
「ほら、全然女に見えるじゃん」
「おもしろーい!」
 そこに映った僕の姿は、覗き込む女の子達に完全に溶け込んだ可愛い少女の顔に変わっていた。只驚いて黙っている僕にクラスメートの真貴子ちゃんがブラシを持ってきて髪を整えてくれた。
「ママ、口紅貸して」
 葵ちゃんが振り返って葵ママにお願いする。
「口紅はいいんじゃない?そこまでする事ないし」
「ほら、ママの持ってるのでさ、ちょっと赤っぽいピンクで艶の出るのあるじゃない」
「なんでそんなの知ってるの?」
「いいじゃん別に。貸して!」
「葵、あんた時々使ってるんでしょ、なんか減るの早いと思ったら」
「あれ自然で使いやすいんだもん」
「もうほんとに。ね、風木さん、女の子持つとこんな風にいろいろ気苦労するのよ。小学生なのにませてませてもう・・・」
「そうかもねぇ」
 僕のお母さんと葵ママが苦笑い。
「風木君、ちょっと待ってて。うわ、本当面白いじゃん」
 葵ちゃんの塗ってくれた口紅が効いたみたい。とうとう僕は無事一人の美少女に変身した。
「ほら、開会式まで後40分しかないわよ。みんな着替えて!」
 その言葉に皆自分達の持ってきた荷物を手に体育館へ行く準備をする。
「風木君どうするの?」
 葵ちゃんがふと葵ママに聞く。その言葉にお母さん達が顔を見合わせる。
「女子更衣室に風木君入れるのは、どうなんだろ」
「チームで一人だけ別行動ってのも変だよね」
 僕のお母さんがちょっと考えた末に答える。
「葵ちゃんのジャージ貸して。それ着させてあたしが後で連れて行く」
 と、葵ママがちょっと笑って答える。
「風木さん。いいから、葵のジャージ着せて。あたしが更衣室連れて行くわ」
「えー、そこまでやる必要あるかあ?」
 僕のお母さんの声に、葵ママがちょっと周囲をみわたしてから小声で言う。
「実はさ、以前も女の子達の中に男の子が紛れてた事有ってね、それは優勝したいからだったんだけどさ。それ以来一部の人の監視というかチェックが厳しいのよ。変な行動とか一人だけ変わった行動してると目立つからさ、普通の女の子らしくしてれば何にも怪しまれないし」
「へーぇ、そんな事有ったんだ」
「じゃ、風木君、じゃなかった葵2号。これ着て」
 うっすらと花の香りのするピンクと白のちょっと可愛い女の子用のトレーニングウェアと白のスニーカーを急いで着込む僕。このままブルマ姿で外にでなきゃいけないかと思ってた僕はほっとして車の外へ。
「風木君。絶対男だってばれないでよね!」
 一人車の中で留守番する事になった葵ちゃんの声が背中に響いた。

 たくさんの車と人で混みはじめた駐車場を抜けて体育館へ向かう間、奈々ちゃんは僕の手をしっかりと繋いで女の子同士のお友達を演じてくれていた。その後でお母さん達が何やら話ししている。
「奈々まだブラしてないんだけど、風木さんとこはもうブラしてんだよねー?」
 その声に手を叩いて郁美ママに寄りかかりそうになって笑う僕のお母さん。本当いい気なもんだよ。こんなに恥ずかしい思いしてる僕を前にして。
「風木君!もっと前みて背中しゃんとして、小股で歩いてよ」
 しっかり手を繋いでいる奈々ちゃんから厳しい声がする。
「うん、わかった」
 そう答える僕の背中のブラの線をそっと指でなぞる奈々ちゃん。
「あたしだってまだ付けてないんだぞ!」
 今は女の子用とはいえ、トレーニングウェアを着ているけど、さすがにそれをされると再び僕の顔は恥ずかしさで真っ赤になる。それにしてもこの胸の感覚って何なんだろ。少し前までは女湯にお母さんと一緒に入っていたから、ブラっていうのがどんなものか、女の子しか付けないものだと気がついてた。そして今それを付けさせられた僕が、女の子達で一杯の体育館へクラスメートの女の子に手を繋がれて入っていく。なんていうか、不思議というか、いけないことしているみたいっていうか、
「なんか、本当に女の子になったみたい」
 むっとする女の子の匂いに包まれた僕は思わずそう呟く。でもそれを聞いた女の子達は次々と僕をこづく。
「だめだよ、変な気おこさないでね!」
 奈々ちゃんとかが口々に小声で耳元で呟く。そしてとうとう女子更衣室、運命の場所。
「美和、じゃない、葵・・・ちゃん。早く、何してるの」
 今だけ他人の僕のお母さんが僕を促し、葵ママが気を利かせて僕の手を引いてくれる。
「ぼ・・・あ・・・あたし、外で待つ」
 生まれて始めて女言葉を使わないきゃならない場面に来た僕の精一杯の努力を無視する様に、そのまま僕の手を引く葵ママ。
「どこにしようか?」
「隅の方がいいよねぇ」
 白々しく言って皆を隅の方のロッカーへ誘う奈々ママ。
「早く、あと30分しかないんだから!」
 他の女の子達もついてきた母親達に手伝ってもらって大急ぎで着替えを始める。スカート・パンツを脱ぐと現れる白い下着に包まれた、大人の女になろうとしている5人の女の子達。その5人は入学していた時から知っている娘達ばっかりだけど、いつのまにかこんなに大人の体になっているとは思わなかった。でこぼこなんて無く全身が曲線で縁取られた今しか見れないスポーツ少女特有のすっきりした体。僕の他のクラスメートが見たくても絶対見れない女の子達の綺麗な体。
 男の子は12歳位だとまだ子供だけど、女の子達の方がこの年は男の子より一時的に成長具合が男の子を上回るからなんだけど。
 呆然と見ている僕の前で、皆親が一緒のせいなんだろうか?誰一人僕の目線を気にせず、ジュニア用のショーツとキャミ姿を露わにし、そして今僕がトレーニングウェアの下に着ているブルマとウェア姿に変身していく。それを観ている僕の胸に難だかキュンとした物がこみあげてくる。とそんな僕を奈々ちゃんがふと今気づいたかの様に見つめた。
「どう?着てみたい?」
「奈々!」
「いったーあい!」
 ちょっと下着姿でポーズを取り、僕を挑発する様にした奈々ちゃんの頭を、奈々ママが半ば本気でぶつ。
「ごめんね風木、・・・葵ちゃん」
 奈々ママが僕に言う後ろであっかんべをする奈々ちゃん。
 そして全員が僕の着ているトレーニングウェアと同じ姿になると、
「はーい、みんなこっち向いて」
 その声に5人の女の子達は敏感に反応し何やらポーズ。
「葵・・・ちゃん、ほら真ん中!」
 僕のお母さんが手を引いて僕をみんなの真ん中に誘導。そしてその前には奈々ママの携帯のカメラが待っていた。
「あ、あの・・・」
 ちょっと抵抗しようとした僕の声も届かず、偽シャッター音と共に写真が撮られてしまう。
「ほら、これみてよ」
 奈々ママの携帯のまわりにお母さん達が集まり、みんなで可愛いとか話してる。そして僕にその携帯画面が向けられた時、僕はなんだか安心した様な、そして嬉しくなる様な、とにかく心がうきうきしていくのがわかる。
 携帯に映し出されたのは、トレーニングウェア姿のみんな可愛い6人の女の子にすぎなかった。

 いよいよ母親達は階上の応援席へ上がり、僕?達だけが階下の試合場へ。そして軽くトレーニング。当然というかメンバーが誰も僕を男の子としてみていなかった。奈々ちゃんと一緒に体を引っ張り合ったり背中に乗せたり乗せられたりして軽い準備運動。ボールを使って6人でトスの練習。軽く汗をかくと、不思議な甘い匂いがまわりに立ち込めて行く。そして隅に集まって軽く小声でミーティング。
「いい、決まったら回りの子同士で手のひらタッチ。掛け声は「ハーイッ」ね。風木く・・・葵ちゃん。間違っても男みたいに「よっしゃあ」とか言わないでよ」
「う・・・うん」
「風木・・・葵ちゃん、声出してみて」
「は・・・・ハーイッ」
 女の子達が練習で出している言葉を口にした途端、真っ赤になる僕。
「もう、真面目にやってよ!ばれて恥かくのはあたしたちも同じなんだから」
「う、うん」
「もっかい!」
「はーいっ!」
 今度はなんとか出せた。でも女の子達の注文はまだ続く。
「もっと可愛い声だせないの?」
「はーいっ!」
「うーん…」
 女の子達がちょっと困ってる所に奈々ちゃんが出てくる。
「いい、葵…ちゃん。口パクだけでいい。みんなで出すんだからわかんないよ」
 ほっとした僕に奈々ちゃんから更に作戦指示が出る。
「いい、サーブとアタックは絶対強く打っちゃだめだよ。狙い定めて落とすだけでいいからさ。それから、はい以外喋っちゃだめだよ。わかった?」
「はい」
 今日一日だけの女キャプテンに僕はなるべく可愛い女声で答えた。

 開会式と開会宣言。カラフルなトレーニングウェア姿の六十チーム以上の女の子が並んでいる中にいる唯一男の子の僕。むっとする女の子の臭いに包まれつつ目を瞑り、
(僕は女の子、僕は女の子、僕は葵、僕は葵)
 開会式での注意事項も選手宣誓も聞こえない位何度も繰り返し心の中で叫ぶ僕。そうするとだんだん不思議と心が落ち着いてくるのがわかる。
「葵、終わったよ。行くよ」
 奈々ちゃんに背中を押されて、はっと気づく僕。
「どこだっけ?」
「もう、レジメ見てないの?6番」
 大急ぎで6番コートへ急ぐ僕。その上の応援席には既にお母さん達が待機していた。コートに付くとまもなくトレパン姿の大会役員の若い女性の人がコートの真ん中に立ち、整列の号令をかける。
「おはようございます。第六コート第一試合、藤村西小学校と友愛女子学園の試合を始めます。点呼とりまーす。藤村西小、キャプテン小西奈々さん」
「はい!」
 奈々ちゃんの元気な声。
「村井葵さん」
 村井葵。そう、僕今日今だけ村井葵ちゃんなんだ。
「はい」
 さっき練習した女声で返答。何か言われるかなと思ったけど、役員の人は眉一つ動かさずじっと名簿に目を通したまま。
「富士本美香さん」
「はい」
 僕の横の女の子が返答。良かった。無事パスしたんだ。そして相手の女の子達の点呼。さっき奈々ママから私立でミッション系と聞いてた。みんな長い髪を後ろで纏めた可愛い女の子ばかり。そして一人の女の子の返答を聞いた時、僕はまた一安心。
(何あの子、僕より声低くて男みたいじゃん)
 まるで女の子みたいな独り言が僕の口から出る。

「第一試合準備して下さい」
 とうとう試合が開始される。僕にとっては恐怖の瞬間だった。女の子達は上下のトレーニングウェアを脱いで、赤のブルマと白に赤の上着姿。僕も勇気を出して上下のウェアを脱ぐと、体が軽くなり太ももがひんやりとする。もう後には引けない。そのままコートに駆け出す真っ赤なブルマ姿の僕。地味な僕達のウェアに比べ、相手は緑のブルマに薄い緑色に赤と青のポイントが入った可愛いウェア。とうとう僕女の子の中に混じっちゃったんだ。
「何よ、お嬢ぶって。髪も切らないで!」
 横に並んだ奈々ちゃんの独り言が聞こえた。
「第一試合開始します!」
 審判の声と笛の後、
「宜しくお願いしまーす」
 僕を含めた12人の女の子達の黄色い声がコートに響く。

 男の子の試合と違って女の子の試合は、第一回戦は僕にとってはおままごとみたいな試合だった。後衛の時はサーブも楽に取れるし、前衛の時は奈々ちゃんとか郁美ちゃんの上げてくれるトスされたボールを相手のいない所に落とすだけで簡単に点が取れる。
 そしてその度小さくだけど掛け声を口にして横の女の子と軽くタッチ。何度か繰り返すうちに僕はこのゲームがいつまでも続いたらいいな、なんて思い始める。
 そのうち周りの女の子の声のオクターブに僕の声がだんだん近づいていくのがわかる。知らず知らずのうちに女声の練習になっていたみたい。
 最後の僕のアタックというか、ボールを相手の死角に軽く落とす攻撃が決まった時、僕はの周りには5人の女の子が集まり、代わる代わるタッチして勝利を喜びあった。僕この女の子達の中の一人なんだ。

「ゲームセット。2対0で藤村西小の勝ちです」
「ありがとうございました」
 ゲーム後の整列の後、並んで相手の女の子達と軽く握手。お母さん達の歓声。でも僕の心はもうどこかに飛んでいた。僕、本当ごく普通に女の子を演じられた。何かの達成感と不思議な気分で僕の心はふわふわして、躍る心でコート裏に置いてあるウェアに足を通した。
 ブルマって不思議!男の子のウェアと違って体が軽く伸び伸び動かせる。なんか女の子ってずるい。そして、女の子達って怖い。僕のアタックが成功した時、それをはじいた女の子が前衛で目の前に来ると、ものすごい顔で睨んだ後、ぷいっと横を向くんだもん。
 でもそんな仕草もちょっと可愛いし、なんだかずっとこれからもこの女の子達と試合していきたい。そんな感覚まで起きていた。
「葵ちゃん。良かったよ。この調子で次もお願い」
 ベットボトルのお茶を飲みつつ僕に言う奈々ちゃん。
「うん、わかった」
 そう返す僕の声。でも、さっき口パクでと言われつつも、なるべく可愛い声で掛け声を出す様にしていた僕の声はすっかり裏声になっていた。
「え、風…葵ちゃん。どっから声だしてんの」
「いいじゃん別に」
 僕の女の子みたいな答え方に驚いている奈々ちゃんだったけど僕は何も気づかないふり。
「あー疲れた」
「勝ててよかったねーっ」
 僕も混じってお互い体を叩き合ったり慰めあったりする6人の女の子達。誰も僕が男の子だなんて思っていない様子だった。

 第二試合は吉村東小学校っていう所。紺のスパッツにブルーのウェア。みんな髪を短くしたスポーツ少女。でも僕の狙い撃ち攻撃がいくつも決まり、やはり2対0で勝利!。
 ブルマ姿から再びトレーニングウェアに戻った僕はその試合中に起きた不思議な僕の行動を思い出していた。
「葵、パンツ」
 相手のサーブ待ちの時、後ろにいた美香ちゃんに声をかけられた僕。見ると僕の履いてるブルマの右から葵ちゃんに貸してもらった生理用パンツのフリンジが幅約5㎝程見えていた。手早くそれを指で戻し、後ろに向いて軽く美香ちゃんにウィンク。それは僕が生まれて始めて他の人にしたウィンク。
 あの時、絶対僕の心は少なくとも男の子じゃなかったと思う。男だったら絶対そんな事しないもん。
「よかったわねー、みんな良く頑張ったわね。葵ちゃんも頑張ってくれて」
「次の試合は午後からだから、みんな戻ってお昼ごはんたべよう」
 競技場から廊下に続くドアの前で僕達を待っていてくれたお母さん達。
「あ、あの、ぼ…あたし、トイレ」
 この時僕は、こういう姿になっている時絶対直面しなければいけない恐怖に今更に気づいた。
「あ、あたしたち一緒に行ってあげる」
 そもそも2回戦突破なんてこのチームには初めての事。僕の貢献度も少なく無いと思う。気を良くしてかみんながついていってくれた。

「今日だけだよ。女子トイレに入るの許してあげるの。明日からは絶対ゆるさないかんね」
 葵ちゃんの耳打ちの言葉に軽くうなずく僕。いつもと違って赤いマークのついた女性用のトイレに入る僕。その男子禁制の場所に勇気を出して行ってみると既に10名位が並んでいた。
 男性用はガラガラなのに、今日女の子姿の僕はそちらには行けない。ちょっと辛かった。しかも女の子用の行列ってなかなか先に進まない。
 暫く待っているうちに、僕は女子トイレの掟みたいなのを理解した。
そして誰かが個室から出てくると、そこに並んでいる先頭の子が入る。そして、出てくる前に必ず鳴る水の音。
(そっか、こういう風にするんだ)
 早くも僕は理解したけど、気をつかって僕の前後に並んでくれた女の子達は気が気でならないらしい。
「ねえ、葵、そのさ、わかるよね」
「え?」
「ほら、その、女子トイレの作法とかさ」
 後ろから奈々ちゃんが耳打ちで話しかけてくる。
「大丈夫よ。今他の人の観てちゃんと覚えたから」
「ほんとにー?」
「大丈夫よ。気にしないで」
 この時、僕は知らず知らずのうちに自分の言葉が女言葉になってるのに気がつくけどそ知らぬふりをする。
「葵?」
 今度は僕の前の美香ちゃんが僕に話しかける。
「何?美香?」
 美香ちゃんが少し笑いながら、やはり葵ちゃんと同じ様に耳打ちをしてくる。
「風木クン、言葉が女になってる」
 そう言うと、一人でけらけらと笑い出す美香ちゃん。本当女の子ってこういう所良く気がつくと思ってしまう。
 
 体育館横の公園の芝生の木陰で皆が持ち寄ったお弁当を囲んで、もう足の痛みは大分取れた本当の葵ちゃんも交え、みんなでささやかな3回戦進出記念のお祝いをかねて昼食。
 自分の作った弁当の自慢をする大人達と、クラスのみんなの話題で盛り上がる僕、じゃなくて私たちなんだっけ?
 いつのまにか大人と子供でグループが出来てしまう。本当の葵ちゃんも来たし、誰も近くにいないので僕はウェアは女の子だけどしばし風木美和に戻り、女の子達の会話に溶け込んでいた。
「いいよ風木君。今日女の子言葉でさ」
「ていうかそうしてて。いつ誰が見てるかわかんないし」
 女の子達が笑いながらそう言ってくれる。
「わかったわよ。今日あたし一日葵の妹って事にするから」
ちょっと恥ずかしげに女言葉を口にする僕。
「美和ってさ、女読みすると「みわ」ってなるよね?」
「あ、いいよ。今日あたし「みわ」になるから」
 誰も変に思わないのでちょっと自信がついてはっきり喋る僕の女言葉に再び女の子達の笑い声。そんな僕達を笑ってみているお母さん達。
「風木さん、いいの?癖ついちゃうかもよ」
「いいのいいの。家帰ってあのままだったらぶっとばしてやるから」
 僕のお母さんの言葉に他のお母さん達が笑いながらいろいろ冗談とか話している。しかし、一人奈々ママだけが深刻そうにしていた。
「奥さん、どうしたの?」
 他のお母さんの質問に、奈々ママが重そうに口を開く。
「ねえ、次の相手どこか知ってる?」
「どこって、どこだっけ?」
「後で調べようかと思ってたんだけど」
 勝った事にしか頭に無い他のお母さん達を見回しながら、奈々ママがため息をついて口を開く。
「関女…」
 皆一斉に言葉を止めた。
「かんじょ?」
 不思議そうに聞く僕のお母さん。
「関東女子体育大学付属小学校。女子小学生の部で何度か東京代表になってるわ」
 僕達もちょっとお母さん達の様子がおかしい事に気づいて一斉に奈々ママの方を見る。
「そんなすごい学校なの?」
 美香ママと他のお母さんが同時に同じ質問をする。
「後ろのオレンジの奴ら」
 一斉に皆後ろを向くと、少し遠くの方で昼休みというのに一生懸命練習しているオレンジ色の上着とブルマの女の子達の一団がいる。何名か男性のコーチらしき人も。
「だから?」
 僕のお母さんがちょっとためらって聞く。
「バカねぇ、もしあんなチームにこんな調子で勝ってみなよ。後々大変だよ。かと言ってこの子達にわざと負けろなんて言えないし」
 後ろのオレンジ一色の練習風景をじっと見守る僕達。一部では僕がやってた攻撃方法、僕は男の子だから力一杯打つんじゃなくて狙って軽くボールを落とす事をずっとしてたんだけど、ちゃんとそれに対応した練習までやってる。
「えー、わざと負けるなんてやだよ」
 奈々ちゃんが口を尖らせる。大人の事情なんて知らない僕達は一斉にブーイング。そんな僕達を不安そうに見るお母さん達だった。

 昼休み後、午後の試合を前にして、観客席で待機していた僕達にまだ少し傷むのか、少し走り辛そうにして本当の葵ちゃんが飛び込んできた。
「ママ、大変!風木君が狙われる」
 声を荒げる葵ちゃんを軽く制して奈々ママが事情を尋ねると、息をきらせながら葵ちゃんが話す。どうやら今度の相手の所に知らん顔で近寄って、相手の選手とかの話を聞いてきたみたい。それによると、

 無名の藤村西小が今回快進撃しているが、要は1番のキャプテンの奈々ちゃんとと6番の僕、つまり偽の葵。他はたいしたこと無い普通の選手で2人を警戒すればいいという事。
 そしてどうやら事前に偵察に来ていた相手の控えの選手によって、ブルマごしに僕が男性自身を隠す為に履いている生理用ショーツの事がばれちゃったみたい。生理中なのに試合に出て、しかもあんな正確に攻撃出来るなんてすごい選手という事になってるらしいんだけど。
「補欠もいないチームだし、選手の女の子達が、風木クン集中攻撃して潰して試合棄権させようっていうの!生理なのに試合に出てるなんてムカツクとか言って。そして次の試合の為に休憩時間多めに取ろうって言ってんのよ!監督みたいな人はスポーツ精神に反するとかいって反対してたけど」
 半分泣きながら話声を荒げる葵ちゃんを、奈々ママなだめようとしてる。
「ねえ、生理中ってそんな事になるの?」
 恐る恐る葵ちゃんに尋ねる僕。
「男はいいよ!あれ無いんだからさ!」
 葵ちゃんが涙を拭きながら僕に訴える様に話す。

 そして第三回戦が始まると、相手の女の子達の僕への攻撃はすごいものだった。後衛に回った時、相手のサーブは必ず僕の脇を狙って結構強いのが飛んでくる。前衛に回ると、僕が今まで相手に対してやってきた攻撃がそっくり真似され、だんだん疲れていく。
 1セットは21-19でなんとか勝利。そしてその後相手チームのコーチの怒号と作戦の密議がずっと次の試合まで行われている。流石の僕も疲れがたまり、2セット目は禁じられているサービスエースと男丸出しのアタックで何点かは取ったけど、疲れでだんだんそれも決まらなくなり、2セット目は僅差で負け、そして3セット目は流石にもう僕の攻撃も半分は失敗に終り、結果1対2で敗退。そして最後の整列して挨拶の時、相当疲れた様子の気の強そうな相手のキャプテンらしき選手は、握手の為に僕が出してる手を軽く手で払い、
「あれのくせに出てくんじゃねーよ!」
 その言葉を残しでぷいっと去ってしまう。只その直後、
「木村!ちょっと来い!!」
 コーチらしき人にそう怒鳴られ、かなり説教食らってたみたいだったけど。
 とにかく僕は今日のこの試合で女の子達の表と裏をかなり見た気がした。

「トイレに言ってくる」
 試合終了後、疲れた僕は一緒に行ってくれるという女の子達の好意を断って一人女子トイレに行く。僕の心はこの頃にはもう半分以上女の子になっていたし、別に一人で行っても十分だった。空いていた様式の個室に入って戸を閉め、座らずに立って用をたし、しばらくしてからボタンを押して水を流す。女の子のトイレは長めというカモフラージュも忘れない。
 そして洗面所で髪を直す仕草をしていた時、後ろから一人の女性が近づいてきたのを鏡で知った。
「あなた、今日試合に出てた藤村西小学校の生徒さんですよね」
 僕は突然の事に身が固まり、動けなくなる。何かばれた?どうして??
 そのおばさんは他に誰もトイレにいない事を見渡し、ふと僕の体をちらちらと見る。
「そっかあ、もうブラ付けてんだ。それに今日生理だったんでしょ。それ用のパンツ履いてたよね。それで試合に出させるなんてどうかしてるよ」
 相変わらず僕は洗面台の中で強張ったままだった。このおばさん何を言ってるの?何だかわかんない。ひょっとして僕が男だって事ばれた?
「最後はくたくただったんでしょ。それでも精一杯力出してねえ。本当、あなた達の監督の顔が見たいわ。ねえ、良かったら名前教えてくれるかな」
 強張って何も答えられない僕。そんな僕に少し微笑みかけると、そのおばさんはショルダーバックの中から1枚の小さな紙を僕に手渡す。
「2回戦までの相手の隙を狙った攻撃とか、最後の力強いアタックとか見事だったわ。もし本当にバレーボールが好きならお母さんと相談してこっちに電話頂戴ね」
 おばさんはそう言うとトイレから出て行く。僕は訳がわからず、その紙を握り締め、さっき出て行ったおばさんの横を駆け抜けて、お母さん達の待っている応援席へ。
「走っちゃだめよ」
 おばさんが笑って何か喋ってたみたいだけど何も聞こえなかった。

「お母さん!」
 僕は大急ぎでお母さんの下に行き、そして女の子がそうするみたいに腰に抱きつく。
「ちょっと、美和…、おっと葵ちゃん」
 何か戸惑いの様子のお母さんに、僕は
「知らない人から貰った」
 と言って貰った紙を見せる。
「何なの?」
 他のママ達も集まってくる。
「ちょっと、これ、さっきの相手の付属中学の!?」
「まあ、早い話がスカウトだなこりゃ」
 奈々ママがちょっと羨ましそうにその名刺を僕のお母さんからふっとその名刺を取り上げてじっと見る。
「どうする風木さん。その子性転換させてここに入れたら?」
「とんでもない!むしろ奈々キャプテン差し置いてこんなもの貰って!」
 奈々ママの意地悪な冗談に困惑している僕のお母さん。冗談だったにしろ、僕は生まれて始めてその性転換という言葉を聞いたんだ。
「ねえ、お母さん。性転換ていうのしたら、僕女の子でバレーボールやれるの?」
 今から思えばすごい質問だった。
「バカ!何バカな事言ってるの!?」
 あたりを見回しながらお母さんは僕の頭を半ば本気でこづく。
「でもねぇ、キャプテン差し置いてこんな物貰っちゃうなんてさ、どーも納得いかないわねぇ?」
 葵ママも奈々ママに同調してそういう事を言い出す。
「本当ごめんなさい。皆に迷惑かけて」
(迷惑ってさ、葵ちゃんが足くじくからじゃないの?)
謝る僕のお母さんの横で僕がちょっとふくれていると葵ママが続けた。
「罰としてさ、風木君にはもう少し女の子でいてもらおうか?」
 葵ママが意地悪そうな目を僕と僕のお母さんに投げかけた。

「あたしさー、一回やってみたかったのよねー、可愛い男の子女装させるのさ」
 車に戻ってブルマとウェアを脱がされた僕を待っていたのは、皆の呆れた様な目線と、嬉しそうな葵ママ。そして用意されてた葵ちゃん用のデニム地のペチコートみたいな三段フリルスカートとピンクのトレーナーだった。
「全く、村井さん家に今後も男の子が生まれない事を願うばかりだわ」
 少し笑いながら郁美ママが言う。
「さーあ、風木君」
「あたし、みわでいいよ」
 僕のその言葉にどきっとするお母さん達。
「風木君ね、今日みわって名前にしたの」
「え、あ、そーか。美和って書いてみわって読めるか。あ、でもそういう問題じゃないじゃん!」
 奈々ちゃんの答えに僕のお母さんがマジでボケて一人で突っ込んでる。
「じゃ、美和ちゃん。スカート履こうか」
「うん」
 今度は進んでスカートを履こうとする僕に、僕のお母さんは我が子の異常な行動を少し疑い始めたみたい。スカートを履かされ、ピンクのトレーナーを着せられた僕は再び女の子に変身するべく、葵ママの丁寧なメイクが始まる。
「ちょっと村井さん。まだ小学校だよ」
「何言ってんのよ。今時の12歳なんてあたしもびっくりのメイクしてる娘いるんだからさ」
 時折鼻歌まじりで僕にメイクし始める葵ママ。化粧品の匂いが僕の鼻をくすぐり、粉みたいな物を頬にはたかれ、口ビルに何かを塗られてまつ毛の上に何か重い物を乗せられていく。
「葵、あんたの緑のヘアピン貸してあげな」
 口に咥えた何本かの小さなヘアピンで僕の髪は留められ、最後に大きめのヘアピンを後ろに刺される僕。
「よし、これでいい。どう?そこいらの女の子より可愛いでしょ。後、このソックス履いて、靴はこれね」
 黒のニーソックと茶色のローファを履かされ、僕の女装は完成。
「もういい、今日うちの子好きにしていいから」
 少し笑った顔の僕のお母さん。
「ふーん、これがやりたかったって訳ね。うちの娘ダシにしてさ」
 奈々ママがそう言って笑うと、僕に手鏡を渡すと、僕の顔が驚きで変わる。TVで良くみていた子供番組に出てくる小学校の女の子のキャスターみたいになってた。
「風木君、可愛い!」
「今日一日みわちゃんだよね」
 僕の髪を触りながら口々に言う女の子達。
「ママ!あたしもメイク!」
 今度は奈々ちゃんが奈々ママにねだる始末。
「いいよ、待ってな。あんたに妹が出来た記念の日だ」
 今度は奈々ちゃんにメイクをする奈々ママ。
「村井さんとこ、2人目死産だったんだって」
 美香ママがそっと僕のお母さんに呟いてた。

 そのまま車3台に分乗して近くのファミレスに到着したのは午後3時過ぎだった。以前にも増して親友になっちゃった僕と葵ちゃんは、同じ様なメイクをされた為まるで姉妹の様になり、ワゴン車の後部座席で肩を寄せ合って居眠り。更に後ろに座っていた美香ちゃんと美香ママに促されて起こされた僕は、葵ちゃんと手を繋いで車を降りる。
 そしてスカート姿の僕の太ももを襲った冷たい感覚。
「寒―――い!」
 そう言う僕のお尻を葵ちゃんがポンと叩く。
「女の子ってみんなそうだよ。あたしだってズボン履きたいのにさ、ママがさ」
 そう言って僕の手を繋ぎ返す葵ちゃんだった。
 比較的大きなファミレスの一角を女ばかり?で14人で占領し、大人と子供のグループに分かれた僕達。お母さん達のわいわい喋る声に負けじと女の子達も喋り始める。女の子ってなんでこんなにお喋りが好きなんだろ。しかも内容は他愛も無い事ばかり。そのうち僕にはだんだん女の子達の会話が何なのかわかってくる。そう、男の子と違って女の子は意見を求めるというより、むしろ自分の話を聞いて欲しいって感覚の方が強い。別に意見言わなくてもいいから。只相づちだけはしっかり打っておかないと無視されたと思われてしまう。僕一人だけ黙ってるのも辛い。と、向かいに座ってる郁美ちゃんから僕にお鉢が回ってくる。
「ねえ、みわ。クラスの男子ってさ、あたしたちの事どう思ってるの?」
 いきなり「みわ」と呼ばれて顔を真っ赤にする僕。
「え…」
 そう言ってしばし黙ってる僕。
「ねー、誰が一番人気高い?」
 今度は葵ちゃんから催促が入る。
「うーん…」
 僕が今普通に男の子の格好してたら、冗談まじりに、しかも意地悪な言葉も含めてぽんぽんと正直な言葉返したかもしれないけど。僕はそっと自分の履いているスカートの裾を手で触る。無意識にも今女の子同士の会話の中で他の女の子達を傷つけちゃいけないって思いに囚われている僕。今日始めて女の子の服着てこんな短時間で僕の心はここまで女の子に変化してしまったんだと思う。
「わかった。変な事言ってはみごにされるの嫌なんだ」
 その言葉にちょっと顔に笑みを浮かべ、軽くうなずく僕。
「じゃーさ、みわ、クラスの男でさ、一番いいのって誰?」
 隣に座ってた美香ちゃんがそう言って意地悪そうに笑って僕の顔を覗き込む。
「え、男で?」
 その時、僕の頭の中には何故か瞬時に数人が浮かんでくる。そんな話なんて普段男同士ではすることもない。でも…
「えっと、○○君?スポーツとか上手いよね、それと××君。面白いしいっつも女子が回りにいるよね、それと…」
 不思議な位ぽんぽんと僕の口からクラスメートの名前が出てくる。とやはり僕の横にいる葵ちゃんがスカートから除く僕の太ももを冷たいすべすべした指先でつついてくる。
「美和君、本当は男の子の事好きなんでしょ?」
 その言葉にどきっとする僕。
「ち、違うよ。本当の事言っただけだもん」
 ともう片方の隣に座る美香ちゃんが、僕に付いてるブラの線をなぞりながら、小声だけど意地悪く言う。
「えー、○○なんてさ、いっつも女の悪口ばっかり言ってるんだよ」
「××は別にいいんだけどさ、あたしは△△の方がいいなあ。時々勉強教えてもらってるし」
「やめときなよ、あいつオタクだよぉ」
「うそー!」
「つきあうなら▲▲の方がいいよ」
「あいつ顔だけじゃん!バカだし」
 しばしクラスの男談義で女の子同士で盛り上がる中、だんだん僕もその輪の中に入っていく。いつの間にか女の子の口調に変わっていく僕の口調。その会話に浸って行くうちに僕のクラスの男を見る目もなんだか少し変わってきたみたい。でも本当違和感無かった。
 と美香ちゃんが僕を見ながら、小声で言う。
「みわ、明日からスカート履いといでよ。仲間にいれたげるから」
「えー、」
 僕がちょっとためらった答えをすると、さっきからちらちらと僕達の会話を聞いてた美香ママが突然こっちを向く。
「ちょっとあんたたち、さっきからなんの話してんのよ、もう」
 とその声に僕のお母さんが、
「いいじゃないの。小学校6年の女の子なんてもうませてんだから」
「そうじゃなくってさ、ほら風木さんのむす・・・娘さんが中に入っててさ、クラスの男がどうたらなんて」
「あ、そうだっけか?」
 あっけらかんと笑う僕のお母さん。と、奈々ママが軽くお母さん達を手で制して、入り口付近を見る。みんながそれに釣られて入り口付近を見ると、
「あ、あいつら」
 そこで皆が見たものは、さっき試合した関東女子体育大学付属小の選手で、試合終わった時に僕に暴言吐いた女の子を含む3人の女の子達とそのお母さん達らしい大人の人数人。
「なんで?早く無い?優勝したんじゃないの?」
「この時間だろ?多分準々決勝落ちだろね」
 ちょっと元気が無さそうに大人たちの後ろについているその女の子達を見ながら、奈々ママが呟く。
「なんか気まずいなあ。そろそろ出るか?」
 奈々ママがそう言いつつ、テーブルの上の自分の小物とかを片付け始める。
「あ、あたしトイレ」
 すっかり女言葉に慣れた僕。お母さんのちょっと曇った顔に、
(あ、まずい)
 と思った僕だったけど、
「あ、あたしついていってあげる」
 美香ちゃんと奈々ちゃんのその言葉に救われた様に、僕はテーブルからごそごそと抜け出し、慣れてないスカートがまくれない様に手を押さえててトイレに急ぐ。
 昼下がりの混雑したファミレスの中、僕は生まれて初めてスカートを翻して歩くという事を体験した。太ももにスカートがまとわりつく感覚が何だか癖になりそう。すごく楽しくて気持ちいい!
 周りの人が何人か僕の方を振り向くけど、僕を不審な目で見ている様子は無い。さっきの会話で一時的だけどすっかり頭の中が女の子になった僕には、特に男の子の視線がちょっと気になったりする。
「みわ、美香、あたしはいいから」
 そう言って鏡の前で髪をいじる奈々ちゃん。女の子って別にしたくない時でもトイレに行く事って有るんだ。個室に入った僕にちょっとしたいたずら心が芽生える。
「ちょっとやってみよ」
 女の子のトイレの仕方は知っていた。僕はパンツをずらして膝まで下ろし、そのまま洋式に腰掛ける。生まれて初めての女の子型のトイレだった。終わった後何だかどっと疲れが出てくる。今まで頭の中だ使わなかった部分を今日一日であらかた使った様な気分。
「あー、疲れた」
 僕がトイレに座ったままほっとため息をついた時、
「あ、こいつ」
「ほら、藤西の奴」
「なんだよ、こんなとこで」
 ほんの少し聞き覚えの有る声、それはさつき入ってきたあの女の子達。しかもすごい乱暴な言葉!
「なんでこんな所にいるんだよ」
「あんたらのせいでさ、うちら準準で負けたんだよ」
「どうしてくれんだよ」
「一人いたろ、男みたいな奴さ、あの日なのに試合出てきやがってさ、さっさと棄権しろよ」
「あんたとことやる時力使いすぎてさ、んでうちら次負けたんだよ」
「あんたんとこのせいだよ、監督にめちゃくちゃ言われてさ、むかついてんだよね」
「なんとかいいなさいよ」
 小学校の女の子とは思えない乱暴な言葉、足音から奈々ちゃんがこづかれて後ずさりしているみたい。女同士だとこんな事もやるんだ。奈々ちゃんは何か一言も言えないで震えてる様子だけど、でも男の僕が聞いてるとなんだか拍子抜けした様な会話ですごく自分勝手な発言。なんだかすごく腹が立ってくる。僕は大急ぎでパンツを履き直し、そして大急ぎで僕のお母さんの口真似とか仕草をいくつか思い出し、ちょっと頭の中で練習してみる。
 とにかく相手の女の子達は奈々ちゃんを泣かそうとしている様子。とにかく脅かせばなんとかなると思った。隣の個室に入っている美香ちゃんは、どうやら怖くて出てこれない様子らしい。
 僕は意を決めて戸を大きく音を立てて開けた。そして予想通り奈々ちゃんを取り囲んでいる女の子達をじっと睨む。
「うちのキャプテンに何か用かしら?」
 予想通り3人の女の子達はその様子にびくっとし、奈々ちゃんら離れ後ずさりする。僕はその中で試合後僕に暴言吐いた女の子をじっと睨みつけ、その子の所に寄っていく。
「あの日で悪かったわね?それで負けた腹いせにうちのキャプテンに嫌がらせなの?」
 僕とその女の子の距離がどんどん狭まっていく。
「何よ…」
「何か文句でもあんの…」
 相手の子は口元でぼそぼそ喋るけど、あきらかに怯えて僕の目目線をそらそうとする。小学校のはずなのに大人びた口調の僕にちょっと恐怖を覚えたらしい。ローファを履いた足で僕は傍らの壁を軽く蹴ると、相手の女の子は更に後ずさり始める。
「あたしさ、そっちの中学の人から試合後誘われたんだけどさ。言っちゃおうか?今日のあんたたちの事?」
 僕がそう言った途端。
「何よ!ブース!」
「怪物女!」
「おぼえとけよ!」
 口々にそう言いながら3人は女子トイレから逃げていく。と、入れ替わりに葵ちゃんが入って来た。隣の個室からは美香ちゃんが様子を伺いながら出てくる。
「みんな何かあったの?遅いから気になってきたんだけど、あいつらと何かあったの?ママ達が早く来いって」
「ううん、なんでもない」
 葵ちゃんにそう言うと、僕達は女子トイレを後にして店のレジ付近へ行く。さっきの女の子達の一団がテーブルに座って何か大人達に話しているのを見かけた。僕は再びその3人を睨み返して女の子っぽくぷいっと横を向き、外へ出て行った。

「だめ!もうこれ以上この子に女物着せておけないわ!」
 帰りに自宅まで送ってもらう事になった葵ママの運転するワゴン車の中で、ファミレスでの出来事を知った僕のお母さんは、半分怒った様な口調で僕を元に戻す作業に入る。
「化粧落としは家帰ってからでいいから。全くこんなに女っぽくなるなんて知らなかったよ」
 残念そうにしている僕の顔を少し睨み、僕の着ていた葵ちゃんの服と下着を脱がせ、元の男物に着せ替える間、僕は何かすばらしい魔法が解けていく様な、すごく残念無念な気持ちで一杯だった。
「奥さんごめんなさいね。服はいいわよ、こっちで洗濯するからさ」
「あ、いいわよ。こっちでちゃんとクリーニングに出すから」
 前の席に座っていた葵ちゃんも何だか少し憂鬱そうに外を見ていた。思えば折角出来た女の子の友達が消えていく、そんな辛い別れの気分に浸っていたのかもしれない。
 翌日、女の子に変身していた僕の事を何事もなかったかの様に知らぬ素振りでクラスメートの女の子達は迎えてくれた。いつもと変わらない日が続いていく。
 それ以来、家と学校でごく普通の男の子を演じてきた僕。そう、僕は絶対演じていた。僕の心の中は既にかなり変わっていたのに。





 僕の前にバレーボールが転がって来る。それを拾う僕に一人の女の子の声。
「すみませーん。え、風木君じゃん。何やってんの休みの日に?」
その声に答えず、僕は拾ったボールを真新しいチームユニフォームを着た女の子に返す。新入部の中で早くも唯一レギュラー補欠になり、ウェア着用での練習を許可されたクラスメートの市原美樹ちゃんだった。
 軽く僕に手を振り、ブルマに包まれた可愛いヒップを振りながらコートに戻っていく美樹ちゃん。
(ばいばい、美樹ちゃん。明日の僕を見たら美樹ちゃんどんな顔するだろ)
そう思いつつ僕は高校を後にし家に戻る。ゴールデンウィークの最終日。明日の僕の計画は僕の人生最初の大計画になるに違いないだろう。

 翌日、ゴールデンウィーク明けの初めての学校へ行く日。いつもより1時間も早く目覚めた僕は、まず押入れに隠していたいくつかの紙袋を取り出す。その中身は今までの貯金から親に内緒でネットで購入した物ばかり。心臓が張り裂けそうになりながら高校入学以来計画していた事を実行し始めた。
 パジャマと下着を脱ぎ傍らの籠に入れた僕は、普段は部屋の押入れから取り出すトランクスとシャツを着るのに、今日は紙袋から取り出した物。ティーン用のピンクの揃いのショーツとブラだった。
 震える手で小さく縮んだそれに足を通すと何かいけない事をしている気分。そして手早くブラに手を通し、何度か練習した手で後ろ手にホックを留める僕。最初はうまく出来なくてこっそり練習していたけど、今はちゃんと一回で留めれる様になった。そのまま鏡を見ると、男にしては線が細い僕の女の子の下着姿。ちょっと照れながら数回ポーズを取ってみた。
「やっぱり恥ずいけど、いいもん!」
(女の子の一日は、朝綺麗な下着を着込んだ時から始まる。自分は女の子なんだ。いつも優しく、そして綺麗で可愛いくなければという事を常に忘れない様に)
ファッション雑誌に書いてあったその言葉を思い出し、目を瞑りながらその言葉を呪文の様に心の中で繰り返し呟く僕。そしてそのままピンクのキャミソールを着込み、そして別の袋から新品のストッキングを取り出し、ベッドに座りもぞもぞと足を通し始める。初めて身につけるその感覚は何かぞわぞわしたすごく変な気持ち。でも最後まで履き終わると、常に誰かに触られている様な今までに無い不思議な気分。
「女の子って、毎日こんなの身につけてるんだ…」
 そう独り言を言った時、下の階の玄関で物音がする。僕のお父さんの出勤の時間だった。僕はそのままの姿で窓越しにお父さんが出て行く姿を見届ける。もしお父さんが振り返って2階の窓越しに僕の姿を見たら大変。でも何事も無くお父さんは出て行く。
(お父さんごめん。今日帰ってきたらどんな事になってるか、僕もわかんないけど)
そう心の中で呟きつつ、早朝の澄んだ中にもまだ暖かさと冷たさの残る初夏の朝。初めて女の子の下着姿でその空気を全身に受けて少し楽しんだ後、僕は別の紙袋からデニムのジーンズのスカートを取り出し、両手に持って息を呑んだ。
(やっぱり危ないよ。やめたら?)
僕の頭にそういう声が聞こえる。でも今日実行しないと、いつまでも出来なくなる。
 このゴールデンウィークの間、僕はずっと心を落ち着かせ、そして変えようと試みてきた。両親に気づかれない様に密かに買った女の子用の漫画、小説、雑誌を読みふけり、ビデオに撮った女の子に人気のドラマとかを全部最初から観たりした。
(いっちゃえ!)
そう心の中で叫び、スカートに足を通して白のベルトを腰高の位置で閉め、薄い黄色の可愛いロゴの入ったトレーナーを着込み、再び鏡に自分の姿を映す。
「あ、意外に違和感が無い…」
 元々ちょっと可愛い系の顔つきをしていた僕だけど、スカート姿はそんなに変な違和感はなかった。こんな女の子ひょっとしたらいるかもって感じ。
 次に傍らのポーチから、やはりネットで調べて買った化粧道具を取り出し、今までに見よう見まねで覚えた僕の化粧が始まる。最も高校生だからそんな派手にはしない。化粧水を手に取って顔にはたき、気になる所に軽くファンデをはたくと部屋中漂う化粧品の香り。眉墨を手に元々薄い眉を細長く描き、そしてまつ毛にビューラーかけた後、何度か練習した手でマスカラを塗ると、だんだんぱっちりしていく僕の目元。そして髪を丁寧にとき、大きな髪留めを頭にさし、最後に薄いピンクの口紅を引くと、なんとか女の子に見えない事もない僕の姿が鏡に映る。
 臭いが残ってばれない様に窓を開けて今まで何度か練習していたので、まごつくことなく僕の変身は三十分程で終わった。
 あらかじめ昨日の晩に教科書とかを移しておいた女の子用の黒にピンクのロゴとキュートなイラストの入った新品のトートバックを手に取り、箱からローファを取り出し、そして再び張り裂けそうになる心臓を落ち着かせ部屋の外に出る。下ではまさか自分の息子がこんな姿になっているとは思わない僕のお母さんが僕の食事の用意をしていた。
「お母さん、ごめん!」
 そう独り言を呟き、僕は階段を駆け下り、お母さんのいる台所件食堂に向かう。
「あれ、美和。今日は早いのね」
 そう言うお母さんの前を女の子姿で通り過ぎる僕。一瞬何が起きたのかわからなかったのだろう。玄関にローファを用意するまでお母さんの声は聞こえない。靴を履き始めたその時、
「美和!美和なの??」
 食堂から飛び出してきたお母さんの悲鳴に似た声が背中に聞こえる。
「美和!!待ちなさい!!あんた何て格好してるの!!」
 その声を無視し、ローファを履き終えた僕は始めてお母さんの方を向き、意識して最大限の笑みを浮かべた。
「ママ!行ってきまーす!」
 玄関を飛び出す僕に、悲鳴に似た僕を呼ぶ声が数回。でも僕は振り返らず自転車に飛び乗り僕の通う高校を目指した。
 初夏の風とスカートの裾が僕のストッキングに包まれた太ももをくすぐり始める。なんだかとっても気持ちいい。通学路の川沿いの土手ですれ違う人も特に変な顔で僕を見なかった。
「あ、足…」
 はっとそう気づいた僕は意識的に足を閉じ、少しスピードを落として内股で自転車をこぎ始めた。女の子用の自転車欲しいなあ、なんて思いつつ、今日学校でどんな事が起きるのか、不安の方が当然大きかったけど、こうして僕の女の子としての一日が始まった。

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