使い魔のララバイ

月夜眠短編集 2

「乾杯―!!」
 名古屋市内某所の、古い西洋の城郭の内部を模した、ちょっと変わったレストランでユカ達はグラスを突き合わせた。今日の昼、友坂くん、じゃなかった、今は友坂悠さんになってるんだけど、正式に涼子先生から使い魔4級の合格証書を貰い、晴れて魔道従事者の一員に。今宵はそのお祝いパーティー。
 悠の合格で、一応メンバー全員が資格を有した事も有り、涼子先生の提案も有り、相談の結果ユカの住んでるアパートの一部屋を皆共同の占いの店用に借りる事に。遂にグループとして魔道業の第1歩を踏み出した訳でもある。
 最初は弟子は取らないといってた3級魔道師の涼子先生は、いつのまにやら、ユカ、悠、カナ、そしてシュウの4人の4級使い魔を弟子に持つ事になってしまい、最近ちょっと憂鬱気味になってる。
 おっと忘れてはいけないのが、あの芋虫の分際でたなぽたで3級使い魔になったあの芋虫兄弟。一応4級使い魔の支配する使い魔は1固体のみという事で、シュウとユカとで1匹づつ持つ事になった。
 ちなみに使い魔同士は位が上の者を自分の使い魔にしてもいいらしい。使い魔は人間だけとは限らないので、その便宜上、位の低い人間使い魔が、位の高い動物系使い魔を支配するのはよく有る事である。

「ねえユカ、いつからあの部屋使えるの?」
「部屋のディスプレイの一部がまだだけど、今日からでも入れるぜ」
 バイキングのスパゲッティを頬張るユカに、今ではすっかり女の子が板についてしまったカナが問い合わせる。
「交替で留守番も必要ではあるまいか?」
 少しは占い師として名前の売れてきたシュウがボソっと呟き、目を瞑り再びウィスキーを傾けた。辛かった試験対策勉強、精神修行、瞑想訓練、超能力訓練とか、皆が無事試験受かるまでの話を思い思いに話しているうちに時間が過ぎて行く。
「あ、このソーセージ美味しいですぅ。やっぱり評判通りですねぇ。後でお土産に持ってかえろっと」
 悠がレストランのカウンターに行こうと席を立った瞬間、
「キャアアアアア!!!」
 皆の耳に、奥の方から女性の金きり声と、何やら訳のわからない言葉が聞こえた。
「お客さん、どうなされましたか?」
「あ、あの、何か変な物が、レタスの中に…」
  若い女の子の怯える声に、ユカはチキンのクリーム煮を口一杯に頬張ったまま、咄嗟に自分の黒リュックを叩くが、そこには手応えは無い。口の中の物をごくっと飲み込み、乱暴に席を立ち、声のするサラダバーの方へ向うユカの耳に、店員と女の子の声が聞こえて来る。
「あの、お客様、何も異常は無いみたいですが…」
「あ、そうみたいですね…」
「瑞穂、疲れてるんだよ。昨日残業で今日も忙しかったんだし…」
「でもあたしあんな幻覚見たの始めてだよぉ、とってもおっきな芋虫がレタスの中に…」
「(あいつら…)あ、あの取っても宜しいでしょうか」
 サラダバーの前へ来たユカは、何事も無い顔をして店員に尋ねる。
「あ、お客様。特に何も無い様子ですので、どうぞごゆっくりお取り下さい」
 立ち去る店員と女の子達に愛想をふりまいた後、今度は鋭い目でサラダバーの中を覗くと…いたいた。普通の人間には見えないけど、多少なりとも魔力を身につけたユカにははっきり…。そいつらはレタスとサラダ菜の中に一匹ずつ隠れていた。多分食う事に夢中になって、うっかり透明の術を解いてしまったんだろう。

「あ、ユカちゃんユカちゃん。ここのレタスとっても美味しいのだな。たくさん持って行くと皆喜ぶのだな」
「ユカちゃん、ここのサラダ菜も下味付いてて美味なのだな。多分舶来物…」    
 ユカに気が付いた2匹は、愛想笑いで嬉しそうに話す。その2匹をサラダを取るふりをして掴みで摘みあげると、あんのじょう2匹は冷や汗を掻き始める。こういう態度をとる時、こいつらは悪い事と知っててこういう悪さをする時だ。
「おい、おまえら!サラダバーには近づくなって、確か3回位言ったよな?俺の言う事忘れたとは言わせねーぜ!」
 低く唸る調子で芋虫兄弟を睨みつけるユカ。愛想笑いする芋虫の冷や汗が増えていく。
「でも、でも、他のテーブルの残り物なんて、みーんな食べてしまったのだな、あはは・・」
「やっぱり僕達芋虫には新鮮な野菜が…」
「この!雑食芋虫!さっさとリュックに戻れ!」
  確かに横のテーブルには、さっきまで結構残っていた料理が綺麗になくなってている。皿までピカピカになってるテーブルを不思議そうな顔でウェイトレスが片付けをしていた。

「良かったね、悠ちゃんの好きなフランク10本も手に入って」
「美味しいフランクフルトですけどぉ、1本400円もするのは悲しいなぁ…」
 レストランの帰り道、不思議な色した満月を眺めながら、悠は始めての自分達の店を開店前に一目見る為、ユカの住んでるアパートへ向った。今日はそこで泊まるつもりらしい。
「それじゃ、これ鍵ね。寝室にはもうベッドとかも有るし、ゆっくり休みなよ」
「はい、じゃあお休みなさぁい」
 道路に面した1Fのちょっと大きい部屋の鍵を開けると、そこは占いの館らしく、黒幕、ロウソク、祭壇等が設置されている。でもまだ開店前なので、まだ封を開けていないダンボールも山積みに。その横をすり抜け、涼子先生から贈られたお守り代わりの不思議なサタン像の横のドアを開けると、そこには何でも無いごく普通の台所付きの人間の生活空間が現れた。
 只違うのは、壁に取り付けられた真新しい大きな一見姿見風の魔鏡。今後これをゲート替りに魔界と行き来するのである。
「ユカちゃんビール有るって言ってましたあ。ちょっと1本貰うねぇ」
 ジーンズとシャツを脱ぎ、フレアーとキャミ姿になった悠は、まだ慣れない女の体になった自分を姿見で確認しながら、ビールのプルトップを引く。一口飲んで、ふーっと息を吹いた後、紙袋から今日買ってきた手作りの極上黒豚フランクフルトを1本取り出し、コンロの上のフライパンに投げ入れた。
 香ばしい、いい香りが部屋に立ち込める間に、悠はピンクのキャミとフレアーに包まれた自分の体を触りながら、ふっと溜息をつく。
「こんなに白く、柔らかくなっちゃいましたぁ…」
 もう慣れたとはいえ、弱々しく丸く可愛くなった自分の体をしげしげと眺めながら、しばし男の子だった時の事を思い出している。
 と、突然小さな物音とともに、カサカサという音が悠の耳に!
「だ、誰!?」
 鍵はかけたはず。シーンと静まりかえった部屋の中でときおり、ととと…響く音。
(ねずみ??)
 でもねずみにしては少し足音が大きい気もする。ぞくっとした気持を押さえ、悠はコンロの火を止め、再び魔鏡の前に立ち、聞耳を立てていた。とその瞬間!
「ガサ!!」
 大きな音と共に、今日買ってきたランクフルトの入っている紙袋がテーブルから落ち、ひとりでに動き始める。
「キャーーー!」
 金きり声を上げ、へたへたとそこに座り込む悠。しかし、ちょっと目を凝らして見ると、その紙袋はズリッズリッと床を何者かに引きずられる様に、時にはテーブルの足にからみつく様に動いている。
(何かが紙袋咥えてる??)
 そう思ったまさにその時、紙袋は悠のすぐ横を通りぬけ、側の魔鏡に突入しようとしたが、その瞬間悠の目には、それを咥えて走る大きめの猫の様な動物がはっきり見えた。
「こら!まて!どろぼーーー!!」
 とっさにそう叫ぶと、悠は魔鏡に消え様とする紙袋を掴み、引き戻す。丁度鏡を挟んでの袋のつな引きみたいな格好である。
「こ・ら・ぁ・・かえぜぇー…1本…400円も…す・る・ん・だ・ぞぉぉぉぉ」
 たかが相手は猫だ、と思ったのだが、意外にも力が強く、なかなか鏡から袋が取り戻せない
「は・な・せぇぇぇ!」
 必死の形相で悠は更に手に力を込める。ところがその時!
「みのがして…欲しいにゃあ…2日ぶりの食べ物にゃ…」
「ね!猫が喋ってるぅ!!」
 口で袋を咥えているせいか、聞こえづらかったが、はっきりと人間の言葉で、その猫みたいな動物は喋っている!
「親子で…2日、何も…食べてないにゃあ…!」
「そ・ん・な…どこかで聞いた…せ・り・ふーーーー!!」
 その時、バリッ!という音と共に、尻餅をつく悠。見ると紙袋の取っ手の所が破けて消えている。多分あの猫はここを咥えていたんだろう。とにかく大事なフランクフルトは無事悠の手元に納まった。
「えっとぉ、えっと…、魔鏡に鍵をかける魔法は…」
 今さらの様に思い出し、何やら口でぶつぶつ唱えると、青い光が鏡の縁にそって走る。
「よ…よかったですぅ」
 その足で、下着姿のまま、悠はアパートの2階のユカの部屋へ急ぐ。敏感になった肌に夜の寒さが突き刺さるが、気にしていない。
「ぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽーーーん」
「ユカ!ユカ!ユカユカ!ユカーーーーー!!」
 程なくドアが少し開き、水色のキャミフレアを揺らし、隙間から眠い目を擦りながらユカがじろっと無言で悠を睨む。
「猫が、猫が喋ったぁ!!」
「寝ぼけるなら部屋の中だけにしろぉ!」
 悠の言葉にすかさず反応し、ドアをばたっと閉めるユカ。
「寝ぼけるなって、本当だもん!何よぉ、あんたの所の芋虫だって喋るじゃん!」
 ユカの部屋の前でちょっと悪態をついてみるが、その時やっと自分が下着姿である事に気付きちょっと顔を赤らめる。
(そっかぁ…もう男の子の時みたいな感覚じゃだめなんだっけ)
 大急ぎで階段を駆け下り自分の部屋へ戻る悠。騒ぎでどこかの部屋の住人が目を覚ましたんだろか、近くで誰かの声と共に近くでドアの開ける音が聞こえた。

「ん…何??」
  何かの気配に目を覚ました悠が、壁にかかった時計を確認すると、深夜の2時だった。
「あ…あれ…」
  ふと魔鏡を見ると、暗闇にそれは薄青白くぼーっと光っている。
「え!何?魔鏡って夜光る物なの??」
  目の錯覚かと思い、目を擦っていると、
「ともさかさまぁ…」
  何か弱々しい声とともに、何かの影がぼーっと鏡に浮かぶ。何か訳の判らぬ叫び声を上げつつも鏡を見つめる悠。そこには何やらエプロンを付けた大きな目をした1匹の猫みたいな動物が、と思うと、その横には全く同じ姿で1/4の縮尺のが3匹くっついている。
「な…何よぉ、あんた達は…」
  現れたのが、子供連れの猫みたいな動物だった事にほっとしたのか、悠は落ち付きを取り戻す。
「ともさかさまぁ、さっきは失礼しましたにゃあ。あの、それで御願いが有るにゃ」
(さっき、フランク盗もうとしたのはこいつなの?)
  なんかあっけに取られた様な感じの悠に、その猫は話続けた。
「御願いにゃ。さっきのソーセージめぐんで欲しいにゃあ。あんまり美味しそうだったし、本当に親子で2日も何も食べてないにゃ…」
  その猫の連れてる3匹の子猫は目だけが異常に大きく、痩せこけて、時折ふらふらと動くのが見える。
(なんだかかわいそうだけど、1本400円もするんだし)
  しかし、その子猫のうちの一匹が弱々しい声で悠に向って鳴いたのを見た時、悠の心は決まった。
「1本400円…」
  独り言の様に呟くと、魔鏡の鍵を開ける呪文を呟いた後、無言で悠はキッチンの横に行き、フランクを茹でる為に、鍋に湯沸しの湯を入れ始めた。

「がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつ…」
「あ、あのさぁ、そんなに急いで食べなくてもさぁ」
「ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ…」
「フランク逃げていかないよぉ…」
「がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつ…」
「1本400円…」
「むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ…」
「…良く食べるのねぇ…」
  僅か5分足らずの間に、上手に前足で抱え込む様にして8本のフランクを平らげてしまった親子猫達。その気持良い食べっぷりに悠も少し空腹感を覚える。
「あたしも、最後の一本…」
「にゃあ、すっかり満腹になったにゃあ。とっても美味しいにゃ。多分どこかの名の有る黒豚の手作りフランクにゃ。あ、残り1本は明日の朝ご飯に頂いて帰りますぅ」
「あ…それ…」
  満腹で気分良くなったのだろうか、お互い舐め合いしている子猫達の横で、その母さん猫はご機嫌な顔で、腰のずだぶくろから何やら紙を取り出し、丁寧に包んでしまう。
(意外にずうずうしいのね)
  悠はぷっとふくれる。
「んで、あんた達一体何者なのぉ?ご馳走してあげたんだからさぁ、名前位言ってよね!」
「はいー、自己紹介遅れましたにゃ。私ともねこといいますぅ。これでも一応4級の使い魔の資格持ってますぅ」
  ご機嫌な顔で、再び腰のずだ袋に手を入れたその「ともねこ」なる猫は、一枚のぽろぽろの紙切れを悠に手渡した。何かの書物の切れ端を代用したのだろう。名刺のつもりなんだろか?魔法文字の書かれたその紙の裏の何も書かれていない所に
(4級使い魔 ともねこ 雪割りイチゴ畑、4つ目橋、橋の下。お仕事募集中)
  と書いてある。
「ふーん…、じゃ今誰の所にも従事してないんだぁ」
「にゃ、今は見ての通りの子育て中にゃ。あ、炊事・掃除・洗濯・子守りいろいろ…」
  何やらいろいろ話しだすともねこを悠が止める。
「もう、今日は遅いし眠いから、また今度ね。今日はもう帰ってよぉ」
  ちょっとがっかりした様子で、ともねこは話を打ちきった。ふと悠が自分のベットを見ると、
「あーーー、いつのまにぃーーー」
  3匹の子ともねこが自分のベッドの上ですやすやと寝ているではないか。
「あ、あのぉ…」
「あ、すいませんにゃ。今連れて帰りますにゃ」
  ところが、悠はその直後、あまり見たくない光景を見てしまう。
「にゃ!お前達!早く帰るにゃ!ここはお前達の寝床じゃないにゃ!!」
  かあさんともねこが子供達を何とか悠のベッドから引き剥がそうとするが、子ともねこ達はシーツに爪を立て、小さな声をあげながら抵抗する。
「早く、帰るにゃ!!」
  尻尾を引っ張る親ともねこに、とうとう子ともねこ達は悲しそうに大声で鳴き始める。
「すいませんにゃ、今までこんな乾いた所で寝た事が無いので、いつもじめじめした藁の上で寝てるので、にゃあ!聞き分け無いにゃ!」
  あまりの事に耳をふさいでいた悠は、とうとうたまらなくなった。
「あ、あのさぁ、暫くならここにいていいよぉ!」
「にゃ!にゃ!本当にいいにゃ!?あ、ありがとうございますにゃ、ともさかさまあ」
  瞬時に態度を変える親ともねこの様子に悠が驚く。
(なんか、はめられたって気も…しますぅ)

「へえー、可愛いじゃん、この子猫達」
「3匹ともあの喋る猫の子供か。本当そっくりじゃん」
「背中の模様まで親と同じだよ」
「で、その親ともねこ、あんたの使い魔にするの?」
  翌朝早々、悠から連絡を受けたカナとユカが、悠のいる開店準備中の店にかけつけた。親ともねこは、悠の水晶玉より何やら料理の材料代替わりの魔法ポイントを自分のそれに写し、早々出掛けて行ったのだが、そんな親ともねこに構わず、段ボール箱に座布団を入れた即席のベッドに入っている子ともねこをずーっと眺めている。
「えー、だって毎月お給金代わりにポイントあげなきゃいけないんでしょぉ。私まだ占いだって下手だしぃ…」
  箱の中ですやすや寝ている子ともねこを見ながら悠が答える。
「まあ、俺の場合さ、シュウがそこそこ売れて来たから、あの芋虫どもへポイント払うのは別に難しくないんだけどな」
  そう言うとユカは傍らのテーブルをちらっと見る。そこではさっきからあの芋虫兄弟が口から本やら何やら吐き出しては、読みふけったり確認してまた飲み込むという、ちょっと嫌な事をやっている。
「お前達、何かわかったのかよ」
  つかつかとカナが、芋虫兄弟のいるテーブルの横の椅子い座る。
「あ、ユカちゃんカナちゃん。大体判ったのだな。あの種の猫は、もっぱら愛玩用か屋敷のお手伝い程度しか出来ない猫なのだな」
「ふーん、愛玩用か屋敷のお手伝い?」
  なーんだといった表情のカナ。そして兄芋虫の横で、弟芋虫が小さな本を飲み込みながら続ける。
「んで、んで、生活能力ってのがあまり無いから、主人がいないか、解雇されると、そんなに長くは生きていけない種らしいなのだな」
「生活能力無いったって、しっかり子供3匹も育ててるぜ」
「それが、今一つ不思議なのだな…」
  カナと芋虫兄弟の会話を不思議そうに聞いていたユカもテーブル横の椅子に座る。
「お前達さ、いつのまにそんな情報通になったんだ?」
  ユカの言葉に芋虫兄弟が嬉しそうな顔をする。
「僕達芋虫族で、今度魔界に一大情報ネットワーク作る事になったのだな。僕達はその纏め役に任命されたのだな」
「情報ネットワークゥ?????何だそれ????」
「お前達だけでか???」
  芋虫達がうれしそうに飛跳ねはじめる。
「最近芋虫族で、唯一1級使い魔から4級魔道師になった仲間がいるのだな。この前挨拶に言ったら、そういうの作るから纏め役になれって言われたのだな」
「魔界中の芋虫がいろいろな話聞いては芋虫谷に集まって、専用の水晶玉に書き写すのだな。それに、これでやっとご主人様に捨てられた大勢の僕達の仲間もお仕事にありつけるのだな」
(最近あまりシュウの手伝いしないと思ったらそういう事だったのか)
  ユカはあきれた目で弟芋虫を見るが、が傍らのカナは目を輝かせる
「へーぇ、おもしろそうじゃん。なんかそいつに会ってみたい気もするなあ」
「お、おい、カナ!」
  ユカが驚いた様子でカナを見る。
「とってもいい芋虫なのだな。苔むした体長3mの巨大芋虫なのだな。カナちゃんも参加する?」
  それを聞いた2人は顔をしかめ、椅子ごと後ずさり。
「い、いい。俺パス!気持悪い」
「芋虫の下で働けっかよぉ!」
「結構ポイントたまるのだな。いいお仕事なのだな…」
(何だよ、という事はこいつらもいずれそんな巨大化するかもしれないって事か???)
  ユカが少し鬱になって頭を抱える。

「お待たせしましたにゃあ!」
  その声と共に、あの親ともねこが、自分と同じ位の大きさの風呂敷包みみたいな物を背中に背負いながら魔鏡から飛び出して来る。
「結構遅かったわねぇ。で、朝ご飯何作ってくれるの?」
  悠が段ボールの中の子猫をあやしながら尋ねる。
「え、何かご馳走してくれるん?」
「はいー、一食一飯のお礼に朝ご飯作るにゃ」
  嬉しそうなカナに親ともねこが、大きな荷物を床に下ろしながら答える。
「結構義理堅い奴なんだな」
「んで、何食わせてくれるの?」
「はいぃー、人間界ではカレーと呼ばれている料理にゃ」
「え???カレーー??」
「うげっ、朝からカレーかよぉ」
  そんなユカとカナの言葉を気にせず、料理支度を始めた親ともねこ。
「人間界には魔法は無いけどにゃ、似た物に電気という物が有るから便利にゃあ」
  尻尾で器用に炊飯器のスイッチを入れると、不思議な形のナイフで何かの肉を切り始めた。

「へえ、いい匂いするじゃん」
  ユカは、鍋から香ってくる今まで嗅いだ事の無い美味しそうな匂いに少し酔った。
「にゃ、そろそろいいかにゃ…」
  親ともねこは、コンロから鍋を下ろし、てきぱきとご飯とカレーを皿に盛り付け、氷を入れたグラスに傍らの壷から、何やら薄い赤色の液体を人数分注ぐ。
「へえ、ジュース付きか。朝から豪勢じゃん」
  さっき、朝からカレーか…なんて言ってたカナはそんな言葉を忘れてテーブルに座る。
「にゃ、シチュー系は私の得意料理にゃ。これ食べるとスタミナと精神力も結構つくにゃあ」
  親ともねこは米が苦手なのか、傍らの袋からパンみたいな物を取り出し、それをカレーに浸して子ともねこ達と食べ始めた。
「じゃあ、いっただきーっ」
  ほぼ同時にカレー皿にスプーンを突っ込むユカ、カナ、悠の3人。と3人の顔に一様に驚きの表情が浮かぶ。
「これさ、すっげぇ美味しいんだけどさ、材料何使ってるの?」
  ユカが目を丸くして親ともねこに尋ねると、手に持ったパンみたいな物をかじりながら親ともねこが得意げに喋り始めた。
「魔界にどこにでも生えてるいくつかの薬草の球根にゃ。肉はさっき捕まえた両端に2つの頭を持つ4頭シマヘビのぶつ切りにゃ」
「うっげぇ!ヘビ!?」
「ヘビ嫌いですぅ!」
「何を食わせんだてめぇ!」
  3人は口々に叫ぶと、傍らのグラスに入ってるジュースに口を付ける。それは丁度リンゴとブドウを合わせた不思議とすっきりする味だった。
「ま、まあ、このジュースの出来に免じて勘弁してやるよ」
「にゃあ、人面リンゴの生絞りジュースにゃ。手回しのジューサーにかけるとき、ものすごい悲鳴あげるので、かなり作り辛い…」
「ぶぶーーーー!」
  3人は、口に入ってたジュースを一斉に親ともねこの顔に吹きかけた。

「おお、美味とはかようの味の事をのたまうのであろう!」
  遅れて部屋に入って来たシュウは、材料が何かも知らないまま、親ともねこのカレー料理に舌鼓を打っている。そんなシュウと子ともねこ達を部屋に残して、ユカ達は芋虫兄弟と親ともねこをリュックに入れ、外に連れ出した。もっともそんな芋虫や猫が人間界をうろつくと騒ぎの元となるので、ちゃんと姿を消させている。
「あのさあ、あんたの料理の腕はわかったからさ、そのさ、私達の食べなれてる物でなんか作ってくれない?」
  ユカの背負ったリュックをつつきながら、カナが興味深げに話す。
「さっき聞いたけどさぁ、一応人間への変身能力は有るんでしょぉ、お買い物も行って欲しいなあ。今から紹介するからぁ」
  悠もなんか不思議な気持を言葉に込めながらリュックに話しかける。
「人間界は面倒だにゃ、魔力ポイントじゃなくこんな小さなインゴットとか、紙きれとかにゃあ…」
「ああ、うるさい!巨大芋虫2匹と猫1匹背負うの結構重いんだからさあ、カナ!ちょっと代わってよぉ!」
  後ろでがやがや騒がれるのが少し頭にきたのか、ユカは乱暴にリュックを渡した。と、
「!?」
  急に親ともねこが聞耳を立てると同時に鼻をくんくん鳴らしはじめた。
「あれ、あんたどうしたの?」
  不思議そうにともねこを見るカナ。
「何か、妖気が漂ってるにゃ…」
「妖気!?」
「シー!」
  悠が素っ頓狂な声を上げそうになるのをユカが止め、辺りを見まわした。そこはちょっと寂れた人通りの少ない商店街。
「実はあたしもさぁ、さっきから誰かが後をつけてる気がしてたの」
  ユカはそういうと、背負った荷物を確認するふりをしながら辺りを見まわす。が、近くの道路を走る車の音、商店の呼び込みの声、ときおり聞こえる子供の声、特に変わった様子は無い。
「誰もいない…」
  とその時、
「キーーン…」
  皆の耳に耳鳴りの音がしたと同時に、辺りの風景がまるで色が飛んでしまったか様に白黒に。そして、車、人。全ての動きが止まった。
「ち…ちょっと、何これ…」
「な、何が起こったんですかぁ…」
  ユカ達3人と芋虫と親ともねこだけは、特に影響が無いらしい。
「あ、これ僕知ってるのだな…」
「時間を止める結界作られてしまったのだな…」
  突然リュックの中から芋虫兄弟が顔を出し、辺りを見まわす。
「あ、あんた達、これがどういう事かわかるの??」
  ユカの驚いた声に耳も貸さず、芋虫兄弟はあちこちを見まわしている。
「あ、兄ちゃん、あんなとこにいたのだな」
  弟芋虫が、近くの低いビルの上を見上げて、兄芋虫に囁く。つられて皆が見ていると、確かに白黒の風景のビルの屋上隅に、虹色のもやぼわーっと揺らいでいる。
「たぶんあいつなのだな。あいつが僕達の周りに結界張ったのだな」
「よし、弟!ちょっくら挨拶に行ってくるのだな」
「ち、ちょっとあんた達!!」
  あの芋虫兄弟いつのまにそんな事を知っていたの??そんな感覚でユカは2匹を制しようとしたが、2匹は既に消えていた。とその瞬間、
「こんちわあーーー!」
「こんちわーなのだな」
  3人の頭上でいきなりあの芋虫達の声!とその瞬間
「でぇぇぇぇぇぇい!」
  驚きの声と共に、突然その虹色のもやの中から鎧を着たまるで狼の様な獣人が、いきなり現れた空中浮遊している芋虫兄弟にあたふたとしている。
「おっじさーん!」
「なにやってるの…かな?」
「てめえ!邪魔する気か!」
  何やら短く呪文を唱えたその狼獣人の手から、何やら眩しい光みたいな物が数本発射され、そのうちの1本がユカ達のすぐ脇の衣料品店の窓ガラスに命中!
「きゃああああああ!」
  一瞬耳に突き刺さる嫌な音と「ガラガラン…」というガラスの落ちる音。咄嗟にユカ達は足早に逃げる。と、一足早く逃げていた親ともねこに向って、2本の光が走る!
「ともねこちゃん!」
  幸いにも2本はともねこを外れ、閃光を放った後アスファルトの上の塵を舞い上げる。
「ニャー!ニャー!ニャーーーーー!」
  怯えて気が動転したのだろうか、2回程同じ所をぐるぐる回った後、ともねこは近くのコンビニの中に姿を消した。
「芋ちゃんは!?」
  物陰に隠れ様と、白黒のまま全く動かない人々を避けながら悠が空を見上げた。すると、
「バーカバーカ!」
「当たらないのだな、ヘタクソー!」
  なんとあの2匹が、電撃に当たらぬ様、狼獣人に付かず離れずまとわりつきながら、そいつと空中でくるくる回っていた。
  至近距離でなかなか当てる事が出来ず、狼獣人は相当苛立っている感じだ。
「くそ!まて!この野郎!!!」
  とうとう狼獣人は2匹を追って別の方向へ行ってしまう。その瞬間、結界が解けたのか白黒の風景は戻り、人々が動きはじめる。
「ちょっと、これなーにー!」
  街の人々が割れたガラスに驚いて集まり始めた頃には、ユカ達は近くの公園に向って走り始めていた。
「一体なんなのよー!あれは!」
「なんで、あたしたちが、あんな目に、あうのっ」
  近くの公園で息を整えながら、ユカとカナがお互いの無事を確認しあう。遅れてかけつけた悠は、もう息を切らすだけで何も喋れない様子。あ、そういえば…
「ねえ、ともねこちゃんは!?」
  思い出した様な悠の声に、皆我に返った。
「ああ、置いてきちゃったかも!?」
「戻る?今から?でもまた襲われそうな…」
  と、傍らの茂みがごそごそと音を立てた。
「きゃあああああ!」
  3人が殆ど同時に悲鳴を上げた。さては、あの狼みたいな人間が追って来たのか!
「あー、恐かったにゃあ…」
  所々汚れてどろどろになった親ともねこが、何やら袋を手に持って茂みの中から現れる。
「にゃー、人間界はなんでこんな規則正しく迷路みたいになってるのかにゃ、逃げ易いけと隠れ難いにゃ…」
  ほっと息をつくも、手に持つその袋に気が付いた3人。
「あんた、それ何?」
「にゃ?さっき入った小屋に何か食べ物らしきものが一杯有ったので、いくつか持って来たにゃ。今度からあそこから持ってくればいいかにゃ?」
  カナの問いににこやかに答えるともねこ。
「バカ!それは置いてあるんじゃなくて売ってるんだよ!さっきみせた「お金」と引き換えに貰うんだよ!」
「…めんどくさいにゃー…」
「あ、あのな…」
(まいったなこりゃ…)
そんな顔をともねこに向け、説教しようとしたその時、
「にゃははは!ちょろいちょろい…のだな」
「さんざんからかって、遠くに追っ払ってやったのだな。あの狼人間!」
  ユカの背負ったリュックにドサッドサッと次々ダイブする様に芋虫兄弟が現れた。「なにすんだよお前ら!」
  その重みでおもむろにのけぞったユカが思わず後ろへ倒れそうになる。
「にゃははは、ユカちゃんユカちゃん、僕達も少しは役に立つ様になったでしょ?」
「ま…まあな…」
  のろまだと思ってた芋虫兄弟が、意外な機敏さであの変な魔物を追っ払った事に、ユカは少し驚いた様子で返事する。
「ねえ、今日はもう帰った方が…」
「ああ、俺もそう思うぜ。今日はなんだか…」
  とその時、
「みにゃああああああ!!!」
  突然の猫の悲鳴に、ユカ達がともねこの方を向く。
「な…何あれ…」
  唖然としたユカ達の目に入った物は、白い網の様な物にからまってもがくともねこの姿であった。その網の端は空中に伸びたロープに繋がっており、今にもともねこを空中へ連れ去ろうとしているかの様。
「ちょ、ちょっと!」
  カナがそれに気付き、ともねこを捕らえで空に引っ張り上げ様とする網を掴もうとした時、
「にゃはは、カナちゃんカナちゃん。ここは僕達に任せるのだな」
  兄芋虫が大きな目にいっぱい笑いの表情を見せたかと思うと、そいつは弟芋虫と共にそのロープにかじりつき、数秒でロープを切ってしまう。地面にドサッと落ちたともねこに悠が取り付き、不思議とパリパリになってしまった網の残骸を取り除いていた。
  何か信じられないといった気持でユカが空中から垂れるロープの先を見ていると、どうやら空中に浮かぶオレンジ色の小さな球体から伸びているらしい。芋虫兄弟はまだそのロープにかじり付いてゆらゆら空中にブランコ状態。そして互いに相手を引き寄せ様となにやら綱引き状態になり始めた。
(!?)
  オレンジの球体から何やらオレンジ色の光の様な物が白いロープを伝わってイモムシ兄弟に放たれたのを見て、ユカは声にならない声を上げる。
「にゃはは、そんなのへっちゃらなのだな」
  そう言うとイモムシ2匹は、ほぼ同時にロープの端をばくっと噛み直すと、一瞬光った緑色の光と共に、薄い緑色の光が一直線にロープ伝いに走り、迫って来るオレンジの光を粉砕し、空中の球体に命中。
「ピー!!」
  一言鳴く様に喋ったその球体は、くるくると回りながら地面に落ちた。
「にゃははは、討ち取ったりー!なのらー」
  芋虫兄弟が嬉しそうに飛跳ねて、その球体の所に飛んで行く。
「あいつら、いつのまにそんな力身につけたんだろ…」
  あっけに取られてとの様子を眺めるユカ達。ところが、オレンジの球体の所へ行った2匹の様子がどうもおかしい。と、たちまち地面の球体は色こそオレンジなものの、あの芋虫と同じ姿に変わり、2匹と地面近くの空中を飛びながらぐるぐる回り始める。時折なにやらピーピーとわめく声も聞こえ、どうやら雰囲気から芋虫兄弟と追っかけあいしながら口喧嘩している様子。
「何やってるのぉ…あの芋虫達」
  ともねこを介抱しながら、不思議そうに悠が呟く。
  皆が不思議そうにその光景を眺めていると、やがて、オレンジ芋虫は
「ピーーーー!」
  と一言叫んだかと思うと、再びオレンジの球体に変わり、空中を猛スピードでどこかに消えて行った。
「おい、ともねこ!敵は逃げたぜ、喜べ!」
  ユカが嬉しそうにユカとともねこの所へ駈け寄ろうとした時、
(ボォォォォォン…)
  ユカの目の前に突然何者かが現れ、ユカは短い悲鳴を上げる。と、なんでもない。それはテレポートしてきた芋虫兄弟だった。
「お、おまえら!なんでそう、人に迷惑かける現れ方ばかり!」
  しかし、空中にふわふわ浮かんでいる2匹は、寂しそうな目で何やらとてもしおれて落ち込んでいる様子だった。
「4級使い魔のお仲間だったのだな…」
「お仲間に嫌われてしまったのだな…」
  大きな目をうるうるさせながら、2匹は再び溜息をついた。

「なあ、ともねこー、お前何か俺達に隠してる事あるんじゃねーのか?」
「な、何もないにゃあ、ははは…」
「だっておかしいじゃん。なんでいきなりあんな奴達がお前を襲ってくるんだよ」
「そ、それは、あいつらに聞いて欲しいにゃあ、あははは」
  あれから息を切らせ、大急ぎで開店前の占い館に戻った後、ユカとカナが問い詰める中、ともねこは3匹の子ともねこをあやしながら、しどろもどろ。
「どうもユカ達の話しを聞くと匂うのたが、あ、いやおならではござらぬぞ」
「つまんねぇ…」
  バカみたいなシュウの話しを聞いたユカが呆れた様に呟く。
「あのさぁ、さっき芋ちゃん達がどこか行く前にさぁ、あんたを襲ってきた奴は決して悪い奴じゃないよって言ってたんですけどぉ…。攻撃に殺気が無かったってさぁ」
  芋虫兄弟は占い館に戻らず、ふとどこかへ姿を消していた。
「あ、泊めてもらってるお礼にお掃除するにゃ。ほれ、子供達、お前達も拭き掃除するにゃ」
  なんかよそよそしく、子ともねこ達に指示をするともねこ。
「そんな事いいからさ、とにかく何か有るなら聞かせてくれよ…ううっシュウの奴皿舐めやがったな!」
  シュウの食べたカレー皿がやけにピカピカ綺麗過ぎる原因が分かったのか、ユカはその皿を指で摘み台所へ。
「な…何も無いにゃ、あはは…」
  いきなりともねこは部屋の片隅にある片手ほうきを手に持ち、器用に掃除を始めた。

  掃除してるのか、汚してるのか、はたまた小さな雑巾であそんでいるのかわからない子ともねこ達を見ながら、隠しきれない心のもやもやを感じてぼーっとしていた。、
  と、部屋の魔鏡の竜の目がいきなりの来訪者を知らせるべく、青くチカチカと光ったのをカナが見逃さなかった。
「え!?誰?涼子先生?」
「違うわよ。先生なら、玄関から入って来るはずだもん!ちょっと!、ここの事誰かに話した人いる!?」
「え、ともねこちゃんわぁ、入ってきましたけどぉ」
「それは美味そうなソーセージの匂いに引かれただけではござらぬか?」
「ちょっと誰!?誰!あー、鍵開いてるよぉ!」
「ともねこー!鍵開けっぱなしにしたなあ!」
  すかさずユカは魔鏡に向って鍵を閉める呪文を唱えた。と、それが終った直前に、ガラスの割れる様な音が部屋に響く。
「キャアアア!」
  一声叫んだ後、ユカは鏡に向って後ずさり。どうやら鍵の呪文が、鏡の外にいる者によって簡単に跳ね返されてしまったらしい。
「な、何かいるーーーー!」
  咄嗟にユカはエビの様に後ずさり。と、皆の目には、魔境から出て来る大きな、そして不気味な影!
「こ、こらあ!何だよあんたたちー!」
  醜い小鬼みたいな奴、白いあご髭を床まで垂らしたローブ姿の老人、西洋の怪物「ガーゴイル」そっくりな奴そして!
「あ!さっきの…狼…」
  先程ユカ達を襲った、あの狼人間が、肩にやはり、さっき芋虫兄弟と戦っていたオレンジの芋虫を乗せて…、そして、次に入って来たのは、筋骨隆々で頭だけが牛の姿の神話に出て来るミノタウロスみたいな怪物!と、その時!
「ニャアアアアアアア!!!!!」
  わけのわからない声をはりあげたともねこが、恐怖で部屋の隅に固まっているユカ達にもぐり込もうと、顔を突っ込みじたばたし始める。
「と、ともねこちゃん、どうしたんですかぁ!?」
  頭隠して尻隠さず状態のともねこが、くぐもり声で答える。
「も…元ご主人様にゃのにゃあ…」
「もとごしゅじんさまあああああ???」

「貴様!こんな所にいたのか!?俺の大切なソーセージ全部盗み食いしやがって!」
  ミノタウロスが、ドスの効いたエコーがかった声ではっきりと喋る。
「大切な塩と胡椒盗みおって!」
「リンゴ園荒らしたのお前だろ!」
「俺のニワトリ小屋からいくつ卵持って行ったんだ!」
「やっと追い詰めたぜ!燻製小屋から燻製用の肉何回も盗みやがって!」
  ローブの老人、小鬼、ガーゴイル、そして狼人間が次々に怒鳴る。その声にユカ達はまるで攻撃でもされたかの様に部屋の隅で小さくなる。で…でも…、
(ソーセージ?塩?卵?)
  ちょっと間抜けた会話に、びっくりしてユカが顔をあげる。
「あ、あのう、どなたか存じませぬが、その、お強そうで位も高そうな皆さんが、あの、食べ物の怨みで???」
  シュウの声に皆も少しあっけにとられたのか、次々に顔を上げ、でもおっかなびっくりで怪物共を正視し始めた。
  と、その時、部屋の中、ユカ達と怪物の間に一陣の風が吹き、つむじ風となり、それが鮮やかな薄紫に変わっていく。そして程なくそこに現れたのは!?
「先生!!」
「涼子先生!」
  嬉しそうなユカ達の声の中、数枚の花びらみたいな光と共に忽然と現れた涼子先生は、ユカ達の方を見向きもせず、怪物達につんと向き直る。
「おう、ミス涼子!来いと言うから来てやったぜ!」
「この猫お前の知り合いの知り合いと聞いたが、これどう落とし前つけるんだ?」
  狼男と小鬼が意地悪く喋るが、涼子先生は何も気付かないふりをしている様に感じられる
「涼子先生!なんか訳わかんないけど、助けて!」
「この猫ちゃん、かくまったんだけど、なんかいろいろ問題おこしてたみたいで…」
「でも、なんか食べ物を盗んだだけみたいなんでけど…」
 突然の涼子先生の登場に面くらいながらも、ユカとカナが口々に哀願する。そこに、ミノタウロス風の怪物の声が聞こえた。
「ミス・リョウコ。とんでもない奴だぜこいつは!元は俺の召使の一人だ。少し前、辺境の豹頭将軍が我が城へ立寄った際、もてなしと土産を持たせようとしたのだが、その戦場食替りの最高級のソーセージを、荷馬車1馬分こやつがいつのまにか全部つまみ食いしておった!」
「に、にゃはは、お腹空いてたにゃあ…」
  ともねこが恐る恐る顔を出して、愛想笑いを始める。
「腹空かせてただと!他の2倍メシを食う癖に!しかも、もてなしの料理を途中でほったらかして逃げるわ!将軍には手ぶらで帰ってもらうわ!俺の面目丸つぶれではないか!」
  ミノタウロスの怪物の咆哮に、皆は又びくっとする。
「あ、あんた、そんな事やったの!?」
「にやはは、あんまりにも美味しそうだったもんでにゃあ…ははは、怒られるの恐かったしにゃあ、にやははは…」
  あきれて尋ねるユカに、ひきつった笑顔で答えるともねこ。
「ワシの貴重な魔道用の塩と胡椒を盗みおって!おかげで儀式が3ヶ月も伸びたわい!あの塩は竜の涙から、そしてあの胡椒は水深100mの湖の底にしか生えないとても貴重な物じゃ!」
「にゃ、にゃははは…、すっごいいい味と香りしたもんでにゃあ…」
「俺のニワトリ小屋から、よりによって、銀の卵を生むメスの生まれる卵ばかり盗みおって!とんでもない被害だぜ!」
「にゃははは…あんまり美味しそうな卵だったんでにゃあ、つい…。その卵目玉焼きにして、あの塩胡椒かけたら、ほっぺがとろける位…」
「貴様!あれを目玉焼きに使いおったか!」
「あの卵、全部焼いて食っちまったのか!?」
  怒りで体を振るわせているローブの老人とガーゴイルに、ただ声にならない笑いをするともねこ。
「お前が俺のリンゴ園から盗んでいった、あの人面リンゴのなる木な、枯れちまったんだよ!」
(げっ!あれ盗品だったのかよ!)  
  つい今朝方そのジュースを飲んだユカ達が目を見合わせ、思わず口に手を当てた。
「あのリンゴの木は常に実を半分以上付けておかないと枯れるんだよぉ!お前が!お前が無造作に盗むから!」
「し、知らなかったにゃ。その、前もって言ってくれないと困るにゃ…」
「前もって…だとぉ…」
  なおも作り笑いを続けるともねこの目前で可愛そうな小鬼はその場でがっくりと膝をつく。
「あの豚肉の豚はな!10年かけてやっと食用になる、薬用にすらなる燻製用だ!このオレンジの芋虫が天塩にかけて育てた大切な豚の肉なんだぞ!」
  その横でピーヒー声を上げているあのオレンジの芋虫は、傍からみても明らかに泣いている様子だった。
「にゃははは…、その…、子供達も大きくなるしにゃ、にゃははは…」
  ともねこは床に座り、両手の人差し指を胸の前でつんつんとさせ始める。その横ではいつのまにか3匹の子ともねこも、親ともねこと同じ仕草をして怪物達を眺めている。
「あ、あのぉ、涼子先生…」
  助けを求める様な声で、悠が涼子先生に向って喋る。ところが涼子先生は、そんな悠を無視し、つかつかとともねこの所に詰め寄った。
「あんたでしょ!!私の部屋からマイセンのティーセット1式と、最高級のダージリン5袋も盗んでいったのは!調べはついてるのよ!」
「にゃははは…、子守唄歌いながらの一杯が唯一の楽しみだったにゃ…」
  あいかわらず、指つんつんするともねこであった。
「涼子先生の物まで盗んだのぉ???」
「なんか、いいものだけ無意識に選んで盗んだという感じ…」
「物を見る目だけは一流と見える」
「コソドロどころか大泥棒だな、こいつは…」
  部屋隅で縮まりながら小声で話す悠・ユカ・シュウ・カナ。

「という訳じゃ。その猫は魔界で泥棒として指名手配されておる。速やかにこちらに引き渡すがよい」
  悲鳴を上げて逃げ様とするともねこを、ユカとシュウがしっかり押さえ込む。
「こら、おとなしくしろ!もともと悪い事したのはお前だろ!」
「往生際悪いと嫌われるぞよ」
「嫌にゃあ!石像にされるのは嫌にゃあ!!」
「へ?石像?」
  びっくりしたユカがともねこを掴んだ手を緩める。
「あ、あのおじいさん本当なの?石像にするって…」
  びっくりしてローブの老人にカナが尋ねる。
「魔界のしきたりである。盗みは石像の刑。そして被害はその身内が一生かかってでも支払うのじゃ」
「身内ったって、この3匹の子猫にかよ?」
  どきっとしたユカが子ともねこの方へ向き直ると、ただならぬ雰囲気を察したのか、子ともねこ達がしっかと親ともねこにしがみついていた。
「面倒はおこしとうない。かくまったそなた達への罪はこの際問わぬ故、子供ともども早々に我々に引き渡すがよい!」
「お、おい、ちょっとまってくれよ!」
  あまりの事に思わずユカが口を出す。
「あ、あのぉ、盗んだ事は悪い事なんですけどぉ、そのぉ、それはともねこちゃんが子猫ちゃん達を育てる為に仕方なくやった事ですよぉ」
「そ、そうですよ。あまりにも可愛そうすぎます!」
「余も、ちと酷であると思うが」
  悠・カナ・そしてシュウも怪物達に向って、やっとまともに喋る事が出来たみたいである
「くどいぞ!しきたりはしきたりである!そこをどけ!」
  ローブの老人が進み出るのを見て、更に大声で悲鳴を上げるともねこの親子。
「ねえ!先生!助けてあげてよぉ!ともねこちゃん可愛そうじゃない!」
  涼子先生のスカートをぎゅっと握って悠が哀願する。
「わかってるわよ!その為にあたしがここにいるんでしょ!」
「え!?」
  あっけにとられる皆の視線を尻目に、ともねこ親子とローブの老人の間に入る涼子先生。
「皆さんすみません。知らなかった事とはいえ、私の身内が不祥事を起してしまった事を深くお詫び致します。ところで、ものは相談なんですけど、皆さんの被害額をポイント換算出来ますかしら?」
  突然の涼子先生の申し出に、怪物達は目を会わせた。暫く何やら喋っていた後、ミノタウロス似が口を開く。
「そりゃ、出来なくもないが、はんばな点数じゃないぞ」
「まあ、そいつの3匹のガキが働いたところで、被害額貯めるのには相当時間かかるだろうしな」
  小鬼もそれに続いて、不満顔こそしながらも同意している。
「確かにのぉ、もし今払えるなら払ってもらった方がのぉ。まあ、ポイントに換算出来ない事も有るには有るがのぉ」
  ローブの老人も一応同意し、奥では狼男も頷いている。
「今払えれば、指名手配は解除して頂けるかしら?」
  涼子先生も多少悩み顔で提案を続ける。
「まあ、特にそいつを石にしたところで我々にはメリット無いからのぉ。ところで本当に支払えるのか?」
「やってみるしかないわよ」
  涼子先生はローブの老人に対して、多少失礼とも思えるぶしつけな口調で答え、私達の方へ向き直る。。
「さあ、あんた達、自分の水晶球をこのテーブルへ置きなさい!」
  厳しい口調で命令する涼子先生。
「えーーーーーー!?」
「あたしたちが払うのぉ?」
  当然一斉にブーイングをするユカ達。
「いいから!つべこべ言わずに置きなさい!!!!」
「はっはい。置きます!」
  今までに聞いた事も無い涼子先生の厳しい声と形相に一同は稲妻に打たれたかの様。机の上に置かれたそれは、皆どれもあまりポイントが溜まっていないのか、きらきら輝いているのは一つも無い。
「けっ、どれもこれもしけてんじゃねえかよ。まあいいや、俺から清算させてもらうぜ」
  まず小鬼みたいな奴がそう言い捨てると、水晶球からポイントを抜取り始めた。
「俺はこの位かな」
「ワシはこのあたりで手をうつか」
  他の怪物達も続く。集められたユカ達の水晶球の魔力ポイントは薄い紫の光となり、悲しそうなユカ達の目の前で小鬼の手の水晶球に吸い取られて行く。


「おーい、ミス涼子!思った通りだぜ。全然足んねえよ!」
「たりないって、どの位足りないの?」
「足りねえもなんも、ケタ一つ違うじゃねえかよ」
「…そう」
  咆える様な狼男の声に、ちらっとユカ達の方を見た涼子先生が残念そうに呟く。
「やっぱりのぅ、やはりその猫をこちらに引き渡してもらうしかないかのぉ」
「にゃあああああああああ!!!!」
  ローブの老人の声に再び悲鳴を上げるともねこを、何故か今度は悠とユカがしっかりと手に抱きしめ、隠す様に自分達の背中に押しやり、無言で老人を睨む。とその時、
「ユカちゃん!ユカちゃん!大変なのだな!」
「あのともねこ、実は魔界で指名手配のお尋ねものの…!」
  あの芋虫兄弟が大声と共に魔境から飛び出し、ユカの所へ飛び込んで来た。ところがその奥のともねこと目が合った途端、思わず飛跳ねる芋虫兄弟。
「あーーーー!泥棒猫なのだなーーーー!!」
「もうみんな知ってるよ…」
「おせえよ、お前達…」
  素っ頓狂な声を上げる芋虫兄弟に、カナとユカが冷たい声を浴びせた。芋虫兄弟は、見知らぬ怪物達と、部屋に漂う異様な雰囲気にぎょっとした様子。
「こ…これは、何事なのかな」
  尻尾で立ったまま、目をきょろきょろさせる2匹の芋虫。その時、
「そうだったわ、あんた達を忘れてたわ…」
  涼子先生がほっとした様子で独り言の様に呟く。
「ねえ、芋虫君達。ちょっとあんた達の水晶球、この机の上に置いてくれない?」
「え、なんなのかな?置けといわれりゃ、断わる理由もないから置くのだな」
「以前クッキー山程ご馳走になったのだな。とても美味しかったのだなー。ここに置くけど何に使うのかな?」
  光を失い、カラカラに干からびたガラス球みたいになった皆の水晶球の横に、芋虫達は、見事な緑色に光る水晶球を吐き出した。
「おい、お前達何かと思ったら、情報屋始めた芋虫じゃねえのか?」
  肩に載せたオレンジの芋虫から何やら耳打ちをされたあの狼男が、少し驚いた様子で咆える。
「おお、確かあの芋虫谷の大芋虫の所で情報屋始めたという、お主達がそうなのか?しかし、またなんでこんな所へ…」
  ローブの老人も少し驚いた様子。
「なんか、あんた達って、いつのまにか有名になってんのね…」
  カナが目を丸くする。
「さあ皆さん、残りの分はここから取って行って頂戴!」
「おい、本当にいいのか?ありがてぇ、こいつ達ならたんまり持ってそうだな」
  涼子先生の言葉に、少しにやけながら狼男とローブの老人は芋虫の水晶球から魔力ポイントを吸い上げ始めた。
「あーーーー、芋虫ネットの報償ポイント!なんて事するのかなーーー!」
「カラン…ドスッ…」
  大声を張り上げる弟芋虫の前で、その水晶球はたちまち光を失い、床の上にドスっと鈍い音を立てて落ちる。それを見た兄芋虫は大慌てで自分の水晶球をパクッと飲み込む。
「へっ飲み込んだって無駄だぜ!」
  ローブの老人と狼男は、兄芋虫の体を通し、飲み込まれた水晶球からポイントを吸い上げ始める。
「に、にいちゃん!にいちゃん!!」
「し…し・び・れ・る・の・だ・な…」
  全身から緑の線香花火みたいな光を放ちながら目を回している兄芋虫。と、薄い煙みたいな物が出たと同時にその光が消えると、兄芋虫はばふっと口から水晶球を吐き出した。
「兄ちゃん!大丈夫なのかな!?」
  のそのそと動き出した兄芋虫は、すっかり光を失った自分の水晶球をしっかと見据えた。そして、
「い!1滴も残ってないのだなーーーー!」
  兄芋虫は、大声で泣きわめき、床の上の水晶球を口に咥え、ごろんごろんと床を転がり始めた。そんな兄芋虫に目もくれず、不満そうにあの狼男が涼子先生に詰寄る。
「おい、ミス・リョウコ。どう計算してもあと1000足んねえぜ。どうすんだよこれ?」
  ふっと、少し大きな溜息をついた涼子先生は、胸元で右手の人指し指を回すと、ふっと綺麗なピンク色の水晶球が現れ、空中にふわふわと浮かぶ。まぎれもない、涼子先生自身の水晶球だった。
「いいわよ!残りはここから取って行きなさい!」
「すまねえな」
  涼子先生の言葉に狼男は、それから発せられるピンクの絹糸の様な光を自分のそれに納めた。気のせいだろうか、涼子先生の水晶球が少し色あせた様に見えた。
「さあ!皆様、もういいでしょ!あの猫ちゃんの指名手配解除してくれるわね?」
「ま、そうじゃのぉ。多少不満は残るが、ここはお前さんの顔を立てるとするかのぉ。じゃ、邪魔したのぅ」
  簡単な挨拶の後、次々と魔境に消えて行く怪物達をユカ達はほっとしながらも、まだしっかとともねこを抱きかかえながら、信じられないという様子で見つめていた。最後にあの狼男が魔境に入ろうとして、ふと足を止め、涼子先生に向き直った。
「ミス・リョウコ。ところで、何なんだこいつらは?」
「何って、私の弟子達よ」
「弟子?お前余程優秀な奴が現れない限り、弟子取らない主義だったんじゃねえのか?」
「気が、気が変わったのよ」
  バカにした様な狼男の問いかけに、むすっとして腕組で答える涼子先生。その2人にじっと見据えられ、ユカ達は再度部屋の隅で怯えた様に肩を寄せ合った。
「お前の考える事はわかんねえ。こんな芋虫以下の連中が趣味なのか?」
  そう言い捨てると、狼男はカラカラと笑い、オレンジ芋虫と共に魔境に姿を消した。
「バイビー!キャハハハ…」
  オレンジの芋虫の声だろうか。その声が聞こえた後、鍵の掛かった事を知らせる青白い光が一瞬その鏡を覆った。
「やっと1/4貯めたのに!あんまりなのだなーーー!」
  部屋の床の上では相変わらず、兄芋虫が空になった水晶球を咥えごろごろしている。と、
「芋虫以下だってぇーーー!」
「あの狼!むかつくーーーー!」
「なによぉ、あのぶさいくな奴!」
  ユカ・カナ・悠がほぼ同時に声を張り上げ、そして今度は隅で小さくなっているともねこの方にその怒った顔を向ける。その横では悲しそうな目をした弟芋虫が、じっとともねこを見据えていた。あいかわらず引きつった笑顔で、指つんつんする親ともねこ。そしてその足元では、3匹の子ともねこが、親ともねこの真似をしていた。
「に、にゃはははは…、お、おなか空いてたにゃー、ははは、子供も大きくなるしにゃあ、ははは、その、みんなの視線が…、ものすごーーーーーく痛いにゃあ、にゃははは」


「あたしのアサリの味噌汁!早くして欲しいんだけど!」
「余のトン汁はまだか?」
「俺のポークソテー早くしろよ!さっきから待ってんだぞ!」
「私のオムレツまだぁ?早く作ってよ!」
「はいはい!ただいまなのにゃ。あの、汁物は今度から一つに纏めて欲しいにゃあ!」
  店の奥のキッチンでは、テーブルに座ったユカ・シュウ・カナ・悠の目の前で、ともねこが忙しそうに料理を作っていた。
「はいにゃ、アサリの味噌汁あがったにゃ!!!」
「うわっ!ばっかやろっ、もう少しでこぼれるところだったじゃんか!」
  急いでいるのか、少し乱暴に目の前に椀を置かれたユカが怒鳴った。それを一口すすったユカは、美味しいのか不味いのか分からない顔をした後続ける。
「おい、お前のガキんちょ用のスープ早くあっためてやれよ!さっきからうるさくてたまんねぇ!」
「い、今やってるにゃああ!」
  テーブルの下では3匹の子ともねこが大きなスープ皿を前にして、しきりににゃあにゃあ鳴いている。でもそれはひもじくて鳴いているのではなく、美味しい料理を待つ歌う様な鳴き声だった。
「はいにゃ、オムレツあがったにゃ。ご飯は自分でよそって欲しいにゃあ」
「わかったわよぉ…」
  ちょっと不満そうに悠が答えると、テーブルの上の炊飯器に手をかけた。
「ところで友坂殿。いつまであの猫をただ働きさせるのか?」
「まあ、向こう半年はポイント無しで働いてもらいますぅ!それでも足りない位なんですからぁ!」
  というと、悠はやや乱暴に自分の茶碗にごはんをよそった。
「まあな、借金(ポイント)チャラにして、指名手配解いてやった上に、3匹の子供も一緒で宿とメシ提供してやるんだもんな」
  ユカがずずーっと味噌汁をすすりながら言う。
「半年でいいの?1年位にした方がいいんじゃない。こら、ともねこ!ポークソテーまだかよ!?あと料理が終ったら部屋の掃除も忘れんなよ!」
「わ、わかってますにゃああ!」
  カナの言葉に、豚肉をフライパンの上に乗せながら、忙しそうにともねこが答える。
「僕達のイモ缶まだかな?なのだな」
「うんうん、出来れば軽くソテーして欲しいのだな」
  さっき、ともねこの為に大量の魔力ポイントを払わされたはずの芋虫兄弟が、テーブルの隅に乗ったまま、何故かケロッとしてともねこにねだる。どうやら嫌な事はすぐに忘れてしまう羨ましい性格らしい。
「缶詰くらい、自分でやってほしいにゃあ」
  豚肉を入れたフライパンを、コンロの上でゆさゆさ揺らしながらともねこが答えた。
「何言ってんだばかやろー!お前の借金の2/3はこいつらが払ったんだぞ!」
「恩人に対する礼儀もわきまえぬのか、お主は!」
  一応、芋虫達の主人であるユカとシュウの怒鳴り声。
「は、はいにゃ!今作らせて頂きますにゃあああ!」
  というと、ともねこは戸棚に器用にしがみついて中華鍋を取って油を敷き、ポークソテーの横で「イモ缶(桑の葉100%)」の油炒め」を手早く作り始める。
「はいにゃ、何かわかんにゃいけど、桑の葉の油炒め、あがったにゃ」
  大皿に盛られたそれを、美味しそうに芋虫兄弟が食べ始めた頃、
「あ、なんだあれ?」
  部屋の中に吹いた一陣のつむじ風にカナが驚く。
「え、まさか…」
  と現れたのは、部屋着姿の涼子先生だった。
「ちょ、ちょっと先生!あの、頼むからさ、来る時は玄関から来てよ!びっくりするじゃん!」
  飲み干した味噌汁の中のあさりの身を箸でほじくりながら、ユカがぶすっと答える。
「いいじゃないの。着替えるの面倒だし楽だし。あ、ともねこちゃん。あたしコーンスープ御願い」
「は、はいにゃ!!」
  宝物を盗んだ上に、先程自分を追ってきた怪物達と互角にわたりあった涼子先生の姿に恐れ入ったのか、ともねこは素早くキッチンの上に飛び乗り、戸棚からレトルトのコーンスープを取り出し、調理し始めた。
「涼子先生。さっきの狼ってぇ、先生の知り合いなんですかぁ?」
  オムレツをほおばりながら悠が尋ねる。
「ええそうよ。こう見えても私結構あっちの世界じゃ顔は広い方なんだからさ。だから!頼むからこれ以上面倒は起さないで頂戴!」
「はいにゃ、コーンスープにゃ…」
  涼子先生に恐る恐るスープカップを手渡すともねこ。それを右手に取り一口啜った後、涼子先生が続けた。  
「賑やかにやってるじゃない、良かったわね、この部屋の管理人も見つかった事だし。あ、悠ちゃんこれ。魔王様の承認下りたから」
  スープカップを口に付けたまま、左手をパチンと鳴らすと、指先に一瞬のピンクの光。そしてたちまちそれは一枚の紙に変わった。
「あ、これわぁ、ともねこちゃんの使い魔の契約書類!」
  悠が嬉しそうな顔でそれを手に取った。
「ともねこちゃんは正式にあのミノタウロス男の所破門になったから。今度からあんたがご主人様よ。「サインしてやるから、2度とあの猫が悪さしないように見張っとけ」って魔王様が言ってたわ。あ、そうそうともねこちゃん。あのティーセットあなたの就職祝いにあんたに正式に譲ってあげるわ」
「にゃああああ!!!」
  いくつかの食器の割れる音と、ともねこの大きな嬉しそうな声が近所に響いた。

 

おわり

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