パープルトラベラー

(1) 瞳の受難

 西暦二〇××年。一度は不可能と言われたワープ航法がひょんな事から実現されてから、地球の人々が宇宙のかなりの広範囲まで居住地を求めて大移動。わずか百年の間に人々は銀河系の主要な恒星から地球に似た、そうでなくても住む環境を自ら構築し、おのおの移住していった。今でも開拓地を求めて宇宙を旅している人も少なくない。
 さて、このお話はそんなパイオニア精神とは縁遠い、今や星系首都となった地球と、その衛星の月とのメインルート上から始まる。

 既に建造二十年は経過していると思われるボロの小型作業船「カラカサJr」の中では、二人の若い男性が暫く無言のまま物思いにふけっていた。つい先ほど月軌道上を漂っていた星籍不明の宇宙商艦の解体作業を終え、地球に帰っていく途中。
 一人はこの艦の持ち主でパイロットの唐傘和美(かずみ)君。もう一人はエンジニアの綾原瞳(ひとみ)君。二人とも女の子みたいな名前だが、二年前高校卒業と同時に便利屋としてコンビを組んだ二人は、比較的明晰な頭脳と行動力で、今や技術コンサルから貿易までこなす実業家として、ちょっとは名前の知れた存在となっていた。
 さてそんな二人ですが、どうやら今回の仕事でかなり喧嘩した様子。自動操縦にしたままコックピットで先ほどから顔を背けあったまま何も喋っていない様子…。

「あのー、瞳?瞳君」
「……」
「瞳君てば…」
 あいかわらずコックピットの何層にも重なった耐熱・耐圧ガラス越しに、遠ざかっていく月を眺めつつ、瞳はぶすっとして口を利かない。程なくカラコロンと音が鳴り、横のコーヒーメーカーからパックに入ったアイスコーヒーが転がり出て来た。
「ほら、瞳、さっきの可愛い姉ちゃんから貰ったコーヒー。アイスにしたからさ。これアイスがいけるんだよ、ほら飲んでみなよ。無重力で栽培してるみたいでさ、豆の味が均質で、その…」
「いらねーよ!んなもん!」
 差し出された出来立てパック入りのアイスコーヒーを和美から奪い取ると、瞳は力いっぱいドアの方へ投げつける。
「あ!あの、そういうことすると、うわっ!」
 丈夫に出来ているそのパックは、ドアにぶつかると、ゴムまりの様にコックピット内を跳ね回り、和美の顔面をもう少しで直撃するところだった。やがてそれはドア横の壁に付いている、移動の時に掴むレバーと壁の間にうまく挟まって止まる。
「おい、いいかげんにしろよ!オートドライブとはいえ、計器に当たったらどうするんだよ!」
 すると瞳は、少し赤く晴らした目をようやく和美に向けた。茶色に染めた髪に大きなくりっとした目、学生時代はかなり女の子には不自由しなかったであろうその顔が、困難な解体作業による塵と油でぐしゃぐしゃになっていた。
「今月の支払い!どうするのさ!」
「あ、まだ怒ってたの??あ、あはは…」
 瞳の怒鳴り声に申し訳なさそうに、やはり汚れた手で頭をかき、コックピットに座りなおす和美。
 実は二人はつい先ほど依頼された漂流宇宙商船の解体作業に参加していた。その解体作業で出た様々の部品等は、欲しければ何でも持って帰って良いとの事だったのだが、和美は、先ほどコーヒー豆をくれた美女から、解体で出た大量のゴミを火星の衛星フォボスまで捨てきて欲しいという依頼を、瞳の反対を押し切って引き受けたのだった。
「まったく!あんなブスに鼻の下伸ばしやがって!しっかり騙されてさ!」
「ブスとはなんだよ!お前みたいに女見る目肥えると、あんな可愛い女でもブスに見えるのかよ!」
 さて、再び戻ってくると、和美達の持ち場として残されていた商船の艦橋部分は跡形もなく解体されており、解体業者も皆姿を消していて、残っていたのは、屑屋に引き渡す船体の骨組みと、正体がわからない大きな謎の装置だけ。
「正体不明っ言ってたけど、あれアルゴル星団で初期に使われてた輸送船だよ!旧式の機械でさ!艦橋部の記憶装置には希少金属とか宝石類が山程使われてたはずなんだよ!」
「いや…その、残念だったね…まあ、赤字にならなかっただけ…」
「和美が博打で穴空けたのを埋める為に俺が見つけてきた仕事だろ!」
「いや、博打って人聞きの悪い…」
「小惑星まるごとくり抜いた全フロアを昔のパチンコで埋めるなんて!どれだけ経費かかるか知ってるのかよ!あんなところぼったくりに決まってるだろ!」
「は、はいはい、すいません」
(コーヒーくれた姉ちゃんに、あとで宝石一個あげる、なんてぽろっと口が滑ったなんて、死んでも言えんなあ)

 やがて、船が無事にバンアレン帯を通過した旨を知らせるメッセージがモニターに映し出された。と、思い出した様に傍らの装置を動かしにかかる瞳。
「お、おい!何するんだよ!」
 それを見た和美が大あわてで止めに入る。
「るせーな、俺早くステーションに戻って風呂入りたいんだよ!」
「だからって何て事するんだよ!」
「あんな訳わからん装置ぶらさげてるから、いつもの半分しかスピードでてないんだよ!」
「ばか!やめろ!もったいない!唯一の戦利品だぞ!」
「うるさい!目標追尾ブースター付けて切り離して太陽にぶちこんでやる!」
「やーめーろーーー!」

 やがてカラカサJrは、瞳の妨害は有ったが、戦利品の大きな何かのユニットを無事ぶらさげたまま、地球軌道上の巨大な宇宙港ステーション「ゼノン」の侵入ルートに到着。いまだにぶすっとしている瞳の横で管制塔と規定通りの交信を得た後、着艦許可のメッセージと共に、コックピットの一枚のパネルがグリーン色に変わる。窓の外の空間に浮かぶ色とりどりの信号灯や、企業広告を眺めながら、和美はようやくたどり着いた今の自分の地位に改めて満足していた。
 小型ではあるがようやく手に入れたワープ②の機能を持つ新造宇宙商船「カラカサ」と、自由にゼノンに出入りできる権利。
月換算にすると、売上げの一〇%にもなるゼノン使用料はかなり痛いが、瞳と一緒に下っ端時代、ゼノンのVIPルームで悠々とくつろぐ親方の姿を二人で羨ましく思ったものだった。それが今現実に自分達が体験しているという事を考えると悪くない出費だった。
「でけえよなあ…」
 全長一〇kmにもなる巨大な円筒を四つ重ねた偉大なる宇宙ステーション。一〇,〇〇〇人のVIPを収容し、五〇の大型船用と二、〇〇〇もの小型船用の収納スペースを持ち、既定の料金を払えば、一定の飲み食いと宿泊は自由。和美と瞳はがわずか二年で親方と他二人の推薦を受け、ここのViPになったのは、二人の能力と運の力が重なってだが、かなり稀なケースだった。
 とはいえ、二人は芸能界で言えば、やっとデビューした新人に過ぎない。生き残っていくには今まで以上に大変な事は和美は十分知っているつもりだった。
「おーい、着艦するぞ」
 自分の乗ったカラカサJrが二〇九六〇番格納庫に吸い込まれていくのを見届けながら、瞳を促す和美。瞳はやはりぶすっとしたままシートベルトを閉めた。
 何かの気配をコックピットの横の窓に感じた和美がそちらを見ると、ゼノンの大型格納庫からまさに出航しようとする、ワープ八のエンジンを持つ大型輸送船がゆっくりと通り過ぎていく。
「おい、瞳、みてみろ、すげーよ。ユーラシア級だ。いつかあんなののオーナーになってみてーよなあ」
「…月二〇〇万Crのカラカサのローン抱えてんだぜ。忘れたんじゃねーよな?」
 瞳の言葉に和美は少しむっとして、操縦桿を握りなおす。

 二〇九六〇番格納庫の奥には、高額の前金とローンを組んでようやく手に入れた、全長五〇mの新造小型商船「カラカサ」が二人の帰りを待つ様に鎮座していた。
小型ながら白とパープルのツートンの流れる様なボディ。納品の時には瞳と子どものように手を取り合ってはしゃいだものだった。


その前のプラットホームにカラカサJrが到着すると、空気の抜ける様な音がして、コックピットのパネルに
「Door OK」
のサインが出る。
 まだすねている瞳を気にせず和美がドアに向かい、ドア横のボタンを押すと、開いたドアの前には見慣れたワークスのチーフが軽く敬礼をしていた。
「お疲れ様です。唐傘和美様」
「あ、ご苦労様。いつもの様に作業船をカラカサに収容しといてね」
「何ですか、あの装置は?」
「わからないけど、カラカサの船倉に入れといてよ」
「あれですか…」
 ワークスのチーフがプラットホームの下にふわっと飛び降りて、その妙な装置をぐるっと回ってなにやら点検していた。
「大丈夫ですが、大きいし、見たこともない装置なので特別料金頂く事になりそうですね」
「どれくらい?」
「まあ、一〇万Cr位でしょうか?」
 ちょっと申し訳なさそうにワークスチーフが和美に答える。
「ほーらみろ!さっさと捨ててくればよかったのに…うぐっ」
 いつの間にか後ろに立って口を挟もうとした瞳の口を手で押さえ、ワークスに愛想笑いをする和美。
「いいんですね。じゃ作業にかかります。カードから引いておきますから」
 ワークスのチーフがそう言うと、帽子に付けた無線機のマイクを口元へ当てて何やら指示。と、程なくクレーン車と台車に車輪だけ付けた運搬車が奥のシャッターを開けて出てくる。そのてきぱきとした作業を見ながら、満足気な和美と、ぶすっとしている瞳。
「あ、俺一風呂浴びてくるけど、瞳はどうする?」
「俺いかねーよ」
「あ、あっそう?」
 あんなに風呂に行きたがってたのに、変な奴と思いつつ、和美は傍らの扉からゼノンのVIPルームへ向かった。入ってきたのは自由交易ルーム。契約者の数だけスペースが在り、自由な交易・販売がおこなえる場所。その傍らのドアを開けるとリラックスルームが有り、和美は早速サウナ兼ミネラル温泉に直行した。
「かーっ、三日ぶりの風呂だぜー」

 当然男女別だが、宇宙空間を見渡せる巨大なスペースにいくつものミネラル温泉(といっても当然偽物だけど)薬風呂。そして壁のモニターに映し出される各星系の風景と、星雲・星団の写真。そして、奥には男女共有の大きなリラックスルーム。そこでは多くのモニターに各星系の株価と産物価格、そしてあらゆるニュースがタイムリーに映し出されていた。
 人目も気にせず一番大きな浴槽でバシャバシャ泳いだ和美は、ガウンを着てリラックスルームに入る。
「やっぱ、ジャパン系地球人は畳が一番だなー」
 なんて独り言いいつつ、リラックスルーム奥の日本の間に落ち着いた時、
「あら、和美君じゃないの?」
「あれ、瞳君は?」
「いないの?」
 そこにいたのは、独立して初めて一緒に仕事した、輸送業を主に生業としている、三人姉妹、通称スーパーキャンディーズの蘭、楠羽、美樹の三人。
「あ、瞳は今カラカサで留守番」
 畳の上に寝転び、煙草に火を付け、和美は三人の相手をし始める。と
「よう、景気はどうだい?」
 和美が美女三人と話をし始めたのを見計らった様に会話に加わってくる二人馴染のブローカー。
(どうせこいつらと話すのが目当てだろ)
 また一本煙草に火を付ける和美。
「和美君達ってさ、例の漂流宇宙船の解体に加わったんでしよ?」
「瞳君に前聞いたわよ。艦橋部に使われてた希少金属とレアメタル目当?」
「儲かった?記憶装置に使われてるガーネットだけでも一〇〇万Cr位って聞いたけど。何なら買ったげるわよ」
「おめーら、仕事の話ばっかかよ。和美君今度デートして?とか、気の利いた言葉ねえのか…」
 三人の会話にめんどくさそうに答える和美。
「おいおい、その話だけど、艦橋部分の解体って、銀猿一家がやったんじゃねーの?下っ端一人が結構騒いでたぜ。ガーネット、電気水晶、白金、銀、その他もろもろ、作業代以外で五〇〇万Crの儲けで、今晩宴会だとか」
「それは俺達が頂く予定だったの!」
 にやにやしているブローカーの横で、煙草を口に加えながら乱暴に席を立つ和美。
「あ、だから瞳君今ここにいないんだ。喧嘩したの?」
「図星でしょ?」
「うっせーな!体冷えちまったよ。サウナ入り直す!」
 和美はわざとそいつらの前でガウンを脱ぎ、タオルを前にサウナに向かった。
「ねえ、おじさん。銀猿一家って紹介してくんない?」
「さっきのレアメタル欲しがってる人がいるの!」
「五〇〇万Cr以上で買うって」
「姉ちゃん達よ、俺達ゃブローカーだぜ、こう見えてもよ。紹介料出すからって話がねえとさ…」
「えー、いくら取るの??」
 和美の後ろで何やら商談が始まっている。
(くそー!どいつもこいつも!)
 再び和美はザブーン!と浴槽に勢い良く体を飛び込ませる。

 
「おーい、瞳。まだいるのか?」
 あの後、久しぶりに飲む地球のアラスカ産ビールで、火星産豚のカツ丼を胃に流し込み、上機嫌でコックピットを覗いた後、和美は古い歌謡曲を歌いながら船倉部へ向かう。そこでは工具の音を立てながら、瞳が例の機械をいじっていた。
「なんだこれ、前と形が結構違ってるぞ…何かの転送装置かこれ?」
 運びこんだ時にはなかった、巨大なガラスのドーム状の扉を触りながら、和美が物珍しそうに呟く。ドームの中は装置の照明で明るくなっていて、床では何枚かの床板を外して、瞳君が何やら作業している。
「なんだかんだ言っても、機械類に目がないんだなあ、瞳。なあ、これ何の装置なんだ?」
「まだ…わかんねーよ」
 床板の隙間から下を除く瞳のくぐもり声が聞こえる。
「どうやら組み立てのユニットみたいだったんで、今作ってる。電源部分は昔どこにでも有る奴をそのまま使ってるし、ユニットも大部分は俺の知ってる機械類の流用品。てことは何かの試作機だなこりゃ。スイッチ類も単純だし…」
 そう言うと瞳は手元に有るなにやら資料らしきものを和美に後ろ手にぽんと投げてよこす。古ぼけたからなのか、もともとそうなのか分からないけど黄土色に染まったその紙には、なにやら得体の知らない文字が書かれている。
「操作説明書にも及ばないけどさ、手書きのメモがあったから翻訳しといてよ」
 いつの間にやら瞳はすっかりこの機械に興味を示している様子。和美は船倉部にあるサブのコックピットに座り、書類を手に取る。
「ああ、あの文字大好き娘に頼んどくよ」
「金はおめーが出せよな!」
「わかったよ…」
 和美はそう言うと、暗号解読が好きな馴染の女の子に連絡して、書類をスキャナーにセットする。

 暫くすると、呼び出し音と共にモニターに何やら清書された書類と、送信主の顔が映し出された。
「はぁい、瞳君。おひさあ…なんだ和美じゃねーかよ!瞳はどこ行ったんだよ」
 モニターに映ったボブヘアに眼鏡の女性は、出た相手が和美とわかると、急に態度を変え、無駄だと知ってるはずなのに、カメラの中を覗き込んでいる様子。
「悪かったな、瞳じゃなくて」
「あたし、瞳君だとばっか思ってたからさ、ちゃんと清書までしたのに」
「るせー!この…」
 和美がモニターに向かって怒鳴ろうとした時、
「よう、チセ。いつもすまねーな。好きだよ」
 いつのまにか作業していたその装置のドームから出てきて、傍らのプリンターから出てきた数枚の書類を手にして、モニターに投げキッスをする瞳。
「わーあ、ありがとうございますぅ!三〇,〇〇〇Crのところを特別に二〇,〇〇〇Crにしちゃいますう!」
 大げさに大喜びするチセと名乗る女の子の姿がモニターに映る。
「いいけど、払うの和美だからな」
 書類を和美に渡し、装置に戻りながら、後ろ向きに答える瞳。
「えーーーー、じゃ三五,〇〇〇…」
「てめ!なんで上げるんだ!」
 和美の声に、一瞬片手でVサインをしたと思うと、チセはモニターから消えた。
「けっ!けっ!」
 モニターに向かって悪態ついた後、和美はその書類に目を通し始める。それには簡単ではあるが、その装置の基本的な操作方法が書いてあった。数個のバリコン型のレベル調整とテンキースイッチで全てらしい。しかし、何に使われるかというのはいまだ不明。まあ、あの娘が中途半端な翻訳しないのは和美も認める所。
(とにかく、電源入れて何かをあのドームに入れて、扉を閉めて、レベル調整して、テンキーで何かの数値を入れて、エンターキー…か、レベル調整が…)
 暫くその装置のコントロールパネルと書類を見ていた和美。と、和美の顔がみるみる強張り、手に持つ書類が震えた。
「お、おい!瞳!」
「え、何かわかった?」
 瞳はふと顔を上げて和美に向き直る。
「そ、それ…電源入ってる…」
「ああ、予備電源みたいだし、テスター使って配線の確認するために入れてるよ。レベルは入ってないはずだし、扉閉まってないし」
「ち、違う…」
 和美は椅子から駆け出し、瞳に書類を見せた。
「ほら!レベル無しの時は、このスイッチを下までもってこなきゃいけないんだよ!今このスイッチは…」
 といって和美は瞳にコントロールパネルを見る様に言う。
「ほら、左に水平になってるだろ!」
「え、だってレベル〇じゃん…」
「違う!レベル〇は最低ランク!ここまで持ってこないと、作動を切った事にならないんだよ!」
 和美はそう言うと、左に水平に入っていたそのスイッチをひねり、真下に戻す。と、瞳の入っていたその装置からずっと今まで出ていた、微かな振動音と何かの電子音が消える。流石に瞳の顔が蒼白になった。
「だ…だって、扉閉まってないじゃん…」
「安全装置が故障してんじゃなかったのか?」
「レベル〇って、無しと一緒じゃん…」
「そりゃ、瞳の勝手な解釈だろ…」
 しばしの間、二人を取り巻く沈黙の空間。
「おめ、スイッチ入れたのいつだ?」
「組み立てて、すぐ…」
「どれくらいあの中にいた?」
「かれこれ…三時間…。俺、三時間近くあの中で何かを浴びてたわけ!?」
 瞳の目線が遠くになり、口元が開きっぱなしになる。
「あの機械ってさ、何かを閉じ込めて、扉を閉めて、そして何かを照射する機械なんだよ。上下にある何かを照射する装置の所はブラックボックスになっててさ、まだわかんなかった…」
「どーすんだよ、瞳…」
 和美は呆然としている瞳の肩を掴んで、揺らす。しかしそんな瞳の顔にふと笑みが浮かぶ。
「大丈夫だよ。今俺体にどこもおかしいとこないしさ。帰って前よりも体軽くなった気もするしさ」
「大丈夫ってお前…」
「何か体に悪い物だったとしてもさ、ほんの微量だったらむしろ体にいいなんて事有るだろ?」
「だって、瞳、これまだ正体不明の機械なんだろ?」
「いいって、気にすんなよ。何か有ったら有った時だし…」
 そう言って瞳は逆に和美の両肩を掴み、そしてすっと立ち上がった。
「結構この戦利品、意外と面白いものかもね。後は上下のブラックボックスと、そしてテンキーと、それに繋がってる装置の解明だけどさ。無駄かもしんないな」
 独り言みたいに呟くと、再び瞳はスイッチの位置を念の為確認して電源を切ってその装置の中には入っていった。
「意外とこういう時なんでもないもんだよ」
「おい、瞳…」
「明日になったら、俺筋骨隆々になってるかもね。大体こんな単純な操作の装置でさ、元々の物体を悪化させる様な物なんて無いからさ」
「…」
 瞳の言葉に少し安心した和美がほっとため息をつき、そして顔の汗をぬぐう。
「ふー、また汗かいちまったよ。もいっかい風呂行って来る。瞳も後で来いよ」
「わーった、一区切りついたら行くよ。おれも早くメシと風呂にしたいしさ」
 再び和美は風呂へ行くついでに何か商売ネタでも探しに行こうと、プラットホームで眠るカラカサを後にした。

「ねえ、まだ瞳君から連絡来ないの?」
「…」
「こら!寝てんじゃねーよ!」
「…あ、寝ちまったよ」
 ゼノンのリラックスルームの中の擬似景観ルーム「プーケット」では、水着姿のスーパーキャンディーズの三人娘と和美が、瞳の来るのを今か今かと待っていた。
「おい、蘭、おめーなんだよそれ、勝負水着か?」
「あんたに関係無いでしょ?」
 他の二人の地味な水着に比べて、派手なピンクのビキニを付けた蘭が、ぶっきらぼうに答える。
「そんな物で瞳が興味引きますかねぇ?おめー位可愛い胸のでかい女なんて、結構瞳は見慣れてるとおもうんだけどねー」
「るさいなー!」
 そう言って、和美の顔にグラスの氷水をぶっかける蘭。
「つめてっ!何すんだよ!」
「可愛いって褒めてくれたお礼よ。もっともその言葉が無かったら、今頃椅子が振ってきてる所だけど?」
 それを見て笑ってる楠羽、美樹の二人を軽く睨むと、和美はまだ何の連絡が無い傍らの携帯をじっと見つめた。と
「あ、瞳君?」
「ほら、携帯鳴ってる!」
 蘭と美樹の声に思わず携帯を手にする和美。しかし、
「残念、チセからだよ」
「ちせ?誰それ?」
「男?女?」
「誰よ、ひょっとして瞳君にくっつこうとしてる女?」
(るせーな、だから女って奴は)
 そう思いながら三人の声を無視し、和美は携帯に出た。
「なんだよ、さっきの金の話か?二〇,〇〇〇Cr以上は払う気ねーからな」
 ところが携帯の先に出ているチセはどうやらかなり慌てている様子。
「和美君!?ねえ、瞳君が大変みたいなの!すぐ戻ってあげて!」
「え?瞳が!?わかった」
 携帯を手に部屋を出て行く和美に、三人の女性はきょとんとしていた。

「おい!瞳!どうしたんだ!?」
カラカサのコックピットに戻った和美は、瞳を探す為船倉に向かう。
(まさかあいつ、あの装置のせいでバケモノみたいに)
妙な不安が和美を襲う。たどり着いた船倉は明かりが消えており、ただならぬ気配が満ちている様子だった。
「おい!瞳!どうしたんだ?何が有ったんだ!?」
 和美は少し用心しながら船倉の照明スイッチを入れる。周囲が先ほどと同じ位明るくなり、見渡した先には、さっき和美が座っていたサブのコックピットに、瞳がぐったりとした様子で座っていた。疲れているのかどうか、かなり呆けていた様子だったが、その姿は見るところさっきまで作業していた瞳となんら変わりはなかった。それを見てほっと胸をなでおろす和美。
「おい、瞳!何が有ったんだよ」
 座っている瞳の傍らに立ち、その顔を少しはたく和美。
「瞳!おい!気分でも悪いのか!?」
 そう言って、瞳を担ぎ出そうと、瞳の手を自分の肩へ乗せようとする和美。だがふと、瞳はそれに抵抗し、再び椅子に疲れた様に腰を下ろし、目を例の奇妙な装置に向けた。
「チセの奴が何か手がかり掴んだみたい」
「手がかりって、あの装置のか」
「…うん」
 やっぱり何か有ったんだ…。和美はごくっと喉を鳴らす。
「何なんだ、あれ」
 和美の声に瞳は悔しそうに目を閉じて、そして呟いた。
「性、転換装置…」
 和美の手から、手にしていた携帯電話が滑り落ち、床に当たってカランと音を立てた。
「お、おい、嘘だろ?」
 座っている瞳から一歩あとずさりした和美が驚いて呟く。
「俺だって、嘘だと思いたいよ…。でもさ…」
 瞳の話によると、あれから何やら手書きの文字や数式なんかが書かれたメモが次々と装置の中から見つかり、それをチセに鑑定してもらった結果、その装置がそういったたぐいの物であることが判明したらしい。
「いや、あのさ、もし仮にそうだとしてもさ、お前レベル〇の環境にいたんだし、仮に女になったとしてもさ、もう一回この装置でさ」
「メモの翻訳読んだよ!何度も!」
 和美の言葉に、瞳はコックピットの横に置いたチセから届いた翻訳物を、片手でバサっと床に落として続けた。
「そのメモの内容から導いた結論はこうだ。そのメモには男から女への身体変化に関する事しか書いてない。それに、レベル〇で一時間程度の照射で、既に後戻りは出来ないらしい。俺、三時間浴びちまった…」
 それから暫く何も話そうとしない瞳に、和美はたまらず声をかける。
「俺、見習いの頃からこの商売始めてかなり経つけどさ、その、これだけ人類が発展しても、擬似的にはともかく、本当の性転換装置なんて聞いた事ないしさ、それに、そんな古ぼけた装置がそうだなんて、何かの間違いだよ」
「もういい…」
 そう言って瞳は再び口を閉じた。

「うるせーーー!こうなったのもみんなお前のせいじゃんかよ!」
 そう叫ぶと、瞳はいきなり前のテーブルにうつぶせて、拳をテーブルに叩きつけた。
 実はそれから暫くたった後、和美と瞳、そしてスーパーキャンディーズの三人は、ゼノンに数有るバーの中でも比較的静かな店に落ち着いていた。あの後、瞳の事情を知った三人の女の子達は、さすがにどうしていいかわからず、和美と共にいやがる瞳にとりあえず酒でも飲ませて落ち着かせようとしたはず、なのだが…。
「俺さ、俺さ!このままだと、いつ女になるかわかんないんだぜ!」
 呻く様に喋る瞳に、他の四人は只黙ったままだった。特にあきらかに瞳を狙っていた蘭は、瞳がこうなったと知らされてもまだ信じられず、瞳に気に入られる様にと赤のスリップドレスを身にまとい、この場所にいたのだった。
「俺、エンジニアだぜ。そして何でも屋だぜ…・。常にはっきりした判断と分析、そして行動力と体力がいるんだぜ。女になっちまったら、それが全部なくなるかもしれないんだぜ!」
 机にうつぶし、絶望した様に喋り続ける瞳。
「な、なによ。それじゃ女はそんな仕事向いてないっていうの?」
「少なくともあたしたちは、瞳君達より前に、同じ仕事やってんだけど!」
「今の瞳君、あたし嫌い!」
 口々に瞳を非難するキャンディーズ三人娘。その言葉にむくっと瞳は顔を上げ、そして蘭の顔をまじまじと見る。
「うるせぇ!俺は女は好きだけど、女になるのは絶対嫌なんだよ!生臭いし、生理は有るし、全身ぷるぷるだし!第一男に抱かれるなんて、絶対嫌だよ!」
 離れた所にいたバーの客数人がとうとう、騒ぎに気づき、こちらをちらちらと向き始めた。だが瞳はそんな事全然気にしない。
「おい、蘭。おめえ、俺の事好きなんだってなあ!」
 酔っ払った赤ら顔に悔し涙を一杯目に溜めた瞳は、そういうとおもむろに蘭に襲い掛かった。悲鳴を上げる蘭の大きな胸に、むしゃぶりつく様に顔をうずめる瞳。
「なあ、どうだよ、俺が女になる前にいいことしねえか、今ここでだっていいんだぜ!」
「瞳君!やめてぇ、やめないとあたし、瞳君の事嫌いになっちゃう!」
「いいじゃねえかよぉ!」
 今度は蘭の短いスリップドレスを掴みにかかった。
「おい、瞳!いいかげんにしねえか!」
 横で見ていた和美がたまらなくなって、蘭から瞳を引き剥がす。と遠くで見ていたそのバーのマスターもたまらずに和美達の席に駆け寄ってきた。
「唐傘、いやお客さん。他の方の目もありますし、いい加減にされたらどうですか。さっきから聞いていましけど、私もこのバーを任されて一五年になりますが、そんな性転換装置なんて話聞いた事ないですよ。何かの間違いですよ」
 周りを気にしたマスターの小声だがしっかりした言葉に瞳は一瞬大人しくなるが、今度は和美の方へ向き直った。
「和美よぉ、俺これでも少し前までは女に間違われた事良くあるんだぜ。この仕事初めて最初に行った師匠なんてさ、その日の晩に俺をさ…。なあ、俺女になったら結婚してくれるかあ、毎日こんな事してよぉ」
 そういうと、瞳はいきなり和美に抱きついた。
「こら、瞳!やめろ!」
 和美は迫ってくる瞳の唇を片手で必死で防ぐ。
「瞳君!おねがいやめて!」
「元に戻って!お願い!」
 楠羽と美樹が同時に声を張り上げたその時、
「バキ!」
 妙な音がしたかと思うと、和美にキスを求めたそのにやけ顔のまんま、瞳は床に倒れた。
その横には、立ち上がって片方のラインが切れたブランド物のハンドバッグを手にした蘭が、ハアハアと息を切らせたまま仁王立ちになっている。好きだった男のあまりの行動に、思わず持っていたハンドバッグを思いっきり瞳の頭に振り下ろしたのだった。

「あー、いててぇ。俺そんなに飲んだっけ…。酔って和美にからんだ所までは覚えてるんだけど…」
 翌朝(と言っても、宇宙軌道ステーション「ゼノン」の中の時間なので、朝日も夕日もないのだが)カラカサ号の居住スペースの中の二段ベッドで目覚めた瞳の頭に、和美が換えのアイスバッグを載せ換えていた。
瞳のお見舞いにカラカサに訪れた蘭、楠羽、美樹の三人は、蘭がハンドバッグを瞳に振り下ろした事を隠し通そうとしている。まったくしたたかな奴らだと、和美はアイスバックを持ちながら思う。
「ねえ、さっきあたしたちもあの装置みせてもらったけど、やっぱりあの話が本当かどうかわかんないよ」
「何かでテストできるといいんだけどさぁ」
 和美も今後どうしていいかわからず、横のソファーに座って煙草に火を付けた。とその時、
「あれ、誰か着たわよ」
 楠羽の声に和美がゼノンの格納スペースと連動したTV付インターホンのスイッチを入れる。
「あ!て、てめぇ!」
 格納庫の扉の前に現れた一人の客。それは、和美を騙して解体中の商艦から追い出したあの、
「こいつ!あの時の、コーヒー姉ちゃん!」
 ほっそりした美女がドアハッチ脇のTVカメラの前でそわそわしながら立っているのが、モニターに映っている。

「まったく!飛んで火に入るシリウスの蛾とはこの事だぜ!」
 ドアハッチを開けるやいなや、その細い手を後ろ手にねじりあげ、軽い悲鳴も気に止めず、和美はその女性をカラカサの居住スペースまで連れ込む。
「なーにー?」
「また女?」
 蘭達三人にも気にする事なく、和美はその女を部屋まで連れ込むと、さっき自分が座っていたソファーに乱暴に投げつける。その女性は軽く悲鳴を上げると、ソファーに座りなおし、そして長い髪を前に垂らしてうつむく。
「こいつだよ!こいつのせいで俺達あの宝の山を手に入れそこなったんだよ!」
 薄汚れた作業着姿のその女性は、和美の声におびえながらも、更に顔を背けた。
「何とか言えよ!」
 和美が傍らの雑誌をくるくると丸め、その女性の頭めがけて打ち下ろそうとした時、
「何乱暴な事すんだよ!」
「かわいそうじゃん!」
「そうよ!和美君にそういう悪い事したって知っててここに来たんじゃないの?」
 キャンディーズの三人が、その女と和美の前に立ち塞がる。
「なんだよお前ら!気分悪いな。嫌だよなあ女って!こんな時にでも女同士結託しやがって!」
 震える手で乱暴に新しい煙草を取り出し、安物のライターで火をつけると、それを思いっきりその女性の座っているソファーに投げつける和美。
「やめろって言ってるでしょ!」
 すかさず蘭がそれを拾って、和美のお腹に投げて命中させた。
「ほら、こんなに怖がってるじゃん」
 楠羽と美樹がそう言うと、その女性の傍に座り、話しかけ始めた。
「もう大丈夫よ。あたしたちがいる限りあのケダモノに乱暴な事させないから」
「でもさ、騙した男の所にわざわざ来るなんてさ、どうしたの一体?」
まだ腹の虫が収まらないのか、別のソファに背を向けて何かの新聞を読み始める和美。
「あ、あの…」
 蘭も会話に交わり、やっと落ち着いたのか、その女性が喋り始める。
「どうしたの、いいのよ、あたしたちがついてるから、何でも言ってみてよ」
 リスの様な目を蘭に向けた後、その女性は決心した様に話し出した。
「あ、あの、ごめんなさい…」
「どうして、あたし何もあなたに謝られる事してないわよ」
「あ、あたし、本当は男なんです…」
「ええええええええええええええええええええええええ!」
 和美と蘭達四人が一斉に声を上げ、寝ていた瞳は起き上がろうとしてベッドから転げ落ちた。

「いんやあ、びーっくりしたっぺえ、まーさかこげな娘っ子が男衆だなんてなあ…」
「蘭姉ちゃん!言葉!」
「あ、失礼。でも、まさかこんな可愛い娘が男の子だったなんて…」
 ふと三人が横を見ると、和美が完全に椅子から転げ落ちてノックアウト状態になってた。
「あ…あのコーヒー姉ちゃんが男…・。それに、蘭!お前、何だ今の言葉…」
「あ、和美君、今まで言わなかったけど、蘭姉ちゃんてさ、すごくびっくりすると地の言葉が出る癖有るから…」
 そう軽く答える美樹の隣で、楠羽が、その女性の体のあちこちを触っていた。
「すごい、ちゃんと胸有るし、柔らかいし、いい匂いだし」
 その女性はポーチから何かの小さな薬を取り出し、横のテーブルに置いた。
「銀猿一家に拾われた日からあたし、それを毎週打たれてたんです。時々親分に添い寝させられて、そしてこんな体になっちゃった今、もう男の子になんて戻れません」
 美樹がそのアンプルの小瓶を手に取り、興味深げに眺める。
「ルビーG…どっかで聞いた…」
 その横で、まだ床に倒れている和美の横に蘭がしゃがむ。
「ほぉぉぉぉ、和美君。あんた男に惑わされて獲物横取りされたんだあ」
 和美は反論する言葉さえ出なかった。しかし、
「蘭、今日ピンクに白のハートか。まだ瞳狙ってるんだ…」
 一瞬顔を赤らめた蘭は、しゃがんだ足の向きを咄嗟に横に揃えて立ち上がり、バフッと和美の顔を蹴飛ばす。
「あ、あの、カラカサ号の艦長さん!」
 その女性は、床に寝転がったまま、蘭に横面を蹴飛ばされて痛がっている和美の横に飛んでいくと、突然正座して深々と頭を下げる。
「なんだよぉ一体!」
「ごめんなさい。あのバーでの性転換装置の話、立ち聞きしていました。あたしを本当の女の子にしてください。そして、銀猿一家から開放してください!」
 その言葉に和美は痛みをこらえて起き上がる。
「なんだよ、随分勝手だなあ!お前に騙された上に、更にこれ以上なんでお前に世話焼いてやる必要があるんだよ!」
 怒った和美の声に、その女性は無言で傍らのポーチから何やら大切そうにお守りみたいな布に包んだ小さな物を和美に手渡した。
「ごめんなさい!親分には逆らえないんです。それで、これあたしの全財産です。親分の目を盗んで二,〇〇〇,〇〇〇Cr、必死で溜めたんです。いずれ手術してもらおうと思って。でも、本当に女の子になれるなら惜しくありません。差し上げます!お願いします!」
 暫くの間沈黙が続いた後、まだ痛む頬に手を当てながら和美が喋りだす。
「そりゃ気持ちはわかるけどさ、それに誰かの言葉じゃないけど、まだテストも済んでないんだし、何が起こるかわかんないぜ。大体あの装置、まだ性転換装置って決まった訳じゃないしさ」
「それじゃ、あたしでテストしてください。覚悟できてます。死んでも構いません。もう銀猿一家の元でこき使われたくないです。それに毎晩嫌で嫌で。今日も誰かの相手させられるんじゃないかって。もう辛くて。女の子になって、どっか飛んでいきたい!」
 それだけ言うと、その女性?はもう言葉が出ずただうめく様に泣くだけだった。
「和美、いいじゃねえか。あの装置にかけてやれよ…」
 瞳の声だった。皆が一斉にベッドの方へ向くと、片手のアイスバッグを額に当てた瞳がベッドに腰掛けている。
「なあ、瞳、もし仮に成功した場合、お前の女性化はほぼ確実って事になるんだぜ…」
「だから何なんだよ。どっちにしても俺は決められた運命に従わなきゃなんねえんだぜ。そいつの成功失敗関係ねえじゃん。わかるだろ、それ位?」
「それもそうだな…」
 瞳の言葉に和美も納得する。
「よかったね!あんた女になれるかもしんないよ!」
「よかったじゃん!」
 蘭達三人がその女性?を抱きかかえ上げて、髪を直したり、糸くずとか取ったりしてあげてる。
「ありがとう、本当にありがとう…」
 その女性?は言葉にならない涙声でしきりにお礼の言葉を言っていた。

「あー、まだ痛むぜ…。おかしいなあ、二日酔いのはずなのに、なんで後頭部が痛むんだろ…」
 メモを元にした不完全な寄せ集めのマニュアルを元に、瞳は装置の点検をした後、どうしても分からない横のテンキーと小さな液晶の掲示画面が気になっていたが、どうやら英語で言うと「AUTO」(全自動)の表示に落ち着かせた。
横では、キャンディーズの三人が、強張って武者震いしている女性にいろいろ世間話をして落ち着かせている。
「準備できたぜ。といってもこれが始めてだから本当かどうかわかんないけどさ」
 その女性の前に歩み寄って、装置に入れと瞳が促す。
「これで、本当にコーヒー姉ちゃんになれるかもな、ははは」
 横のサブのコックピットにふんぞり返って笑う和美に、美樹が怖い顔を向ける。
「本当に和美君ていつも失礼よね。この子にはメルティってちゃんと名が有るのよ。しかもまだ一九歳よ!」
「はいはい、メルティちゃん。御武運を」
 おどけて敬礼する和美を無視して、装置に入るメルティを三人の女の子が見送った。
「ねえ、瞳君。本当に大丈夫?」
 蘭が不安そうに瞳に尋ねた。
「保証はねえけどさ、基本的にはあのドーム以外は旧世代の俺の見たことのある装置の寄せ集めだよ。何とかなるんじゃねーの?」
「だといいんだけど」
 蘭がそういうと、再び装置に向かった。とその時、
「ねえ!服脱がせた方がいいの?」
 楠羽の声に一瞬迷う和美と瞳。とにかく服を脱がせて、そしてドームの透明な扉の周りを三人組みでブロックして男には見せないという方法で決定した。
「んなことしなくても、布でカーテン作ればいいじゃんか!」
「やだ!何か有ったらすぐ助け出さなきゃいけないし、どんな風にメルティちゃんが女の子になっていくのか興味有るんだもん」
「勝手にしろ!」
 そういってスイッチの操作にかかる瞳。ふとドームを見ると、囲んでいる女の子達の隙間から、ショーツ一枚になったメルティの男にしては可愛い体が見えた。小さく膨らんだ胸もつんと上を向いていて、女好きな瞳にとってはなんかそそられる姿。でも、
(やだなあ、俺あんな体になるかもしれないのか…)
「じゃ、スイッチ入れるぞ。あ、レベルは…まあいいか一〇段階の五位で。じゃいくぞ!」
 周りを取り囲んだ三人の女の子がドームの中のメルティに軽く手を振る。そしてメルティがそれに答えた瞬間、
「ギューーーーーン!」
 聞いた事も無い音と、そしてまばユイ光がドームの中で起こった。悲鳴を上げて思わず蘭達三姉妹がドームから飛びのく。やがてゆっくりと音と光は消え、ドームの中に立っているメルティが少しずつ見え始めた。
「ねえ!大丈夫?本当に大丈夫なの!?」
「あ、ほら手振ってる。大丈夫みたい」
「あ、パンツ消えてる。なんで?」
 ドームの中では時折あえぐ様に口をぱくぱくさせる姿が遠めに見える。でも下はどうなってるか、あの三人に邪魔されて瞳と和美には見えない。
「くそ、お前ら邪魔だよ!」
「何よ!エッチ、スケベ!」
 三人娘も負けずにやり返す。暫くの間、何も変わんないよと言ってたその三人がやがて口々にいろいろ叫び出す。
「ほら、おっぱいの先、だんだん大きくなってきてる」
「ちがうよ、おっぱい自体が大きくなってきてるのわかんないの?」
「あー、すごい。体真っ白になってきてる…」
「ほっぺたとか、ふくらんできてる。ほら唇も!」
「みてみて、ほらウエストがくびれ出した。おへそも縦長になってきてる」
「メルティ!かわいい!すっごく可愛くなってる!」
「あ、手振ってくれた。あ、指、細くなってる」
 驚いた表情でいろいろ叫ぶ三人を横目で見ながら、和美はちょっと膨れていた。そりゃ多少は興味有る光景ではあったけど、
「あー、うるさいよなあ、おい、瞳。あれ?」
 ふと瞳の様子を見ると、瞳は耳に手を当て、なにやら聞きたく無い様子だった。
「やだよ、俺女確定じゃん!なりたくねーよ、女なんかに!」
 耳を塞いだまま体を揺らす瞳。と、突然、
「何、何あれ?」
「わあ、細かい雪みたい…」
「綺麗…」
 わいわい騒いでる三姉妹の頭ごしに、その装置の中には雪の様な物が降り注いでいるのが和美にはっきり見えた。
「あ…」
 三人は騒ぐのを止め、その光景に見入ってる。細かな雪はメルティの体の部分部分に集中して取り付き、そして、
「あ、パンツだ…」
「すごい、ブラが出来ていく…」
「ほら、足見て、ヒールになってく。あー、ストッキングまで…」
 中に閉じ込められたメルティは明らかに動揺している様子で、変わっていく自分の体を落ち着き無い様子であちこち見ている。そして彼女の顔は…、
「…可愛い…」
 和美は思わずその顔に見とれてしまう。もともと長い黒髪と少女の様な顔付きだったが、まつ毛は長く伸び、目はぱっちりと大きくなり、そして思わずキスしたくなる様な頬のふくらみとぷっくりした唇、細長く揃った眉毛。少なくともローティーンの、しかもモデル級の美少女の顔に変貌している。
 蘭がその場から駆け出すと、自分の鏡を持って扉越しに鏡をメルティに向けると、びっくりした彼女が両手を口に当てる。
「メルティ!可愛い!」
 黄色い歓声の中、やがて下着姿の彼女の体に形良く、雪か粉の様なものが降りかかり、そして一枚のワンピース型の何かのコスチュームに変形していった。
「和美、わかったよ。あのテンキーみたいな奴。変身後のコスチューム決めるコントローラの端末だったんだ」
 複雑な顔つきでメルティの変身の様子を見ていた瞳が、呟く様に言う。
「察するに、(AUTO)というのは、多分本人の願望に近い物が体にまとわりつくって意味かもね…」
 和美も暫く言葉も無く、改造されていくメルティの様子を見ていたが、やがてその驚きはだんだん現実世界の考えと混じりあい、だんだん顔に笑みが浮かんでいった。
(俺、すごい物、手にいれたかも…)


 突然機械が停止し、扉が開放されると同時に、メルティは自分の胸、そして下半身に手を当て、そして、自分の願望が実現した、みずいろパープルと白の清楚なミニのコスチュームに包まれた自分自身を傍らの鏡で確認。そして、
「わ、わあ…わああああ、わああああっ!」
 言葉にならない声を上げる。そして、彼女の変身を見守っていた三姉妹もメルティを囲んで、
「よかったね!よかったね!」
 を連呼し始める。と、蘭が突然、
「メルティ、ちょっとこっち来て!」
 さっと彼女の手を引き、そして船倉の隅の物陰に連れて行く。そして程なく、
「ちゃんと女になってんじゃん!」
 と蘭の声、そこに二人が駆け寄っていき、四人でくるくる輪になって踊る様にはしゃいでいた。
「け!なんだあいつら!ガキみてえによ…」
 もはや女性化確実となった瞳の声。と、和美の座っていたサブコックピットの画面が切り替わる。映し出されたのは、
「あ、チセじゃねえか?」
「…瞳君は?」
「瞳なら横にいるよ。なんだよ!」
 自分より瞳を名指した事をちょっと不満に思いながら、チセに向かう和美。
「あのさ、大体分かったよ。アルゴル星団系の商取引組織は、今回滅してんだけどさ、その多くがリワーノ星系に移って、再び何やら活動始めてるの。奴らの活動内容は半分が交易、そして残り半分が何かの研究を元にした金もうけみたいなの」
 何かの資料を見ながら喋るチセの姿がモニターに映ってる。そこに瞳もモニターを眺めに寄ってきた。
「リワーノ星系…、チセ、確かかそれ?」
「あ、瞳君♪」
 一瞬だけどしっかりとVサインポーズを取った後、チセは続けた。
「多分間違いないわ。そこに行けばひょっとしたら瞳君元に戻せるかも!」
「リワーノ…聞いた事有る。ちょっと待て」
 サブモニタに星系マップを出して検索していた瞳が、嫌な声を漏らした。
「うげぇ、辺境ぎりぎりじゃん…」
 和美も覗き込み、そして拡大MAPに切り替えた。
「…行けない事もねえけどさ…何回ワープ必要なんだこれ。しかも途中にややこしい所有るし。うわー、すっごい金かかりそう…」
 和美もため息まじりに呟く。
「え、何々?どうしたの?」
 さっきまで踊ってた四人が汗びっしょりになって、和美と瞳の横に来る。
「うるせーのが来やがった…」
「なにーーー!?」
 和美の言葉にすかさず反応する蘭。
「ここいけば瞳が元の健康な体に戻れるらしいって事。でもなあ、これから金溜めにゃならんときにさ」
「え、だってワープごとにさ、相手の星系にとって貴重な資源とかを積んでいけばさ、お金にもなるしさ」
「そう毎回毎回うまくいくかよ…」
 楠羽と瞳がそんな会話をしている時、
「あ、あの、こういうお金儲けもありますわよ」
 ついさっき女の子に変身したばっかりのメルティが、嬉しそうに話題に入ってきた。その姿はかって、彼女が男性時代に和美がコーヒー姉ちゃんと呼んでいた時とは比べ物にならない位明るくて、そして自信に満ち溢れていた。
「艦長さん、これ最近の新造艦ですわよね?船倉に未開封のユニットがいくつか有るみたいですけどぉ」
「さあ、特に気にしてねえよ」
 鼻歌を口ずさみながらメルティはまだ未開封のユニットのいくつかを調べていた。と、
「艦長さーん!ありましたぁ」
「何がだよ!?」
「乗客ユニット!」
「何だそりゃ!?」
 驚く瞳と和美に、キャンディーズの三姉妹が驚いた顔をする。
「何、二人もそんなの知らなかったの?」
「うちは、交易と技術コンサルが売り物でね」
「あほらし…こんな儲かる物ないのにさ。ただ、スチュワーデスがいるけどね」
 美樹と瞳がやりあってる中、
「あのー、これ組み立てちゃいますね!」
 女の子に改造されて元気一杯になったメルティの声が船倉に響く。

「四人用ユニットが三つ。一二名分ですわ」
「だからどうすんだよ」
「次はどこへ行くの?もしリワーノ行きなら、次は冥王星軌道ステーションですわね?」
 まるで人が変わった様に仕切り出すメルティだった。
「いいよ、冥王星で。俺も丁度用事あるしさ」
「じゃ、ついてらっしゃい!」
「お、おい・・」
 いきなり歩き出すメルティに戸惑う瞳と和美。そんな二人を蘭が意地悪そうな目で見つめながら話す。
「いってらっしゃい。多分あの娘のやる事は正解なはずよ」

 VIPルームの中にある巨大な商スペース。一〇m四方の小さなその二〇九六〇番スペースでは、前から瞳と和美が、コンサル窓口をやったり、希少金属の見本を置いたりして、商売をやってきた所だった。と今日は、和美と瞳、そしてさっき女の子になったばかりの可愛いメルティちゃん一人。
「んで、何を…」
 と和美が言いかけたその時。
「みなさーーーん!こんばんわあ。おつとめご苦労様ぁ、商売ご苦労様でーす。冥王星への旅は如何ですか?ワープ一の短距離ですが、お値段はたったの一〇〇,〇〇〇Cr!船飛ばすと一〇倍はかかりますよ。え?冥王星なんてどの船も飛んでる?のんのん、最新鋭カラカサ号と、このあたし、(といって、ちょっとメルティが考えた)ミルキーがご一緒いたしまーす。隣のステーションまでですが、絶対絶対、ぜーーーったいに退屈はさせませんわ。先着一二名。新鋭カラカサ号、乗客様お連れするのはこれが処女航海!皆様どうですかあ!
 大声で元気良く客引きする後ろで、呆気に取られる和美と瞳。
「お、おい、女になるとあんなに元気になるみたいだぜ」
「うるせー…」
 和美の意地悪な問いに瞳がすかさず反応する。
「よー、おい、カラカサ船長。またすごい美人なスチュワーデス捕まえたなあ…」
 次々とメルティの元に客が集まってくるその横で、サウナで有ったブローカーがにやつきながらよってきた。
「だめだぜ、引き抜きは」
 相手の顔を見ながらきっぱりと言い切る和美だった。
「なんだよ、けち。引き抜きでなくていいから、週一派遣で…」
「だーめ!」
 今度は瞳も加勢する。二人のブローカーは大笑いすると和美の肩を叩き始めた。
「ははははは、まあそーだろうな。でも引き抜きには気をつけろよ!」
 去っていく二人を目で追うと、その先に目線をやった和美は、ちょっとびくっとなった。そこには二人から仕事を横取りした銀猿一家の親分と二人のボスが、近寄ってくる。
(まずい…メルティ、おい…)
 あきらかにそいつらは、メルティを意識していた。ボスの一人が何やら、マントヒヒみたいな「銀猿」と呼ばれる親分に、メルティを指さしながら何やら話している。さっきの改造手術でかなり女っぽい顔になってるし、
(頼む、去ってくれ!)
 暫くそこに立ち止まっていた銀猿と二人。と、突然親分があご髭に手を当て、顔を振って再び通路に向かっていく。どうやらメルティとは別人と判断したらしい。
「お、おい。奴は…あ」
 二人が同時にメルティの方へ顔を向けた時、
「艦長様。一二名集まりました」
 きょとんとしたメルティが軽く敬礼。そして、
「艦長様、あたしの名前はミルキーです。お間違えなく」
 再びミルキーが軽く敬礼した。
「皆様、冥王星行きにお集まり頂きありがとうございまーす。ご連絡の通り二時間半後出発でございまーす。二時間後、第二〇九六〇プラットホームに御集合願いまーす。冥王星着時間は…」

「あの娘、銀猿でスチュワーデスやってた中の一人だったみたいね。しかも男でさ。手馴れたもんだったでしょ」
「ほーら、もう一,二〇〇,〇〇〇Cr稼いじゃった」
 カラカサの居住ルームでは、あいかわらずキャンディーズの三人と瞳と和美がいろいろ雑談を交わしていた。そこに乗客ユニットの整備から帰ってきたメルティ改めミルキーちゃんが戻ってくる。
「乗客のお迎え準備終りました!」
 片手で敬礼するミルキーに対し、和美は前預かったお守り袋に入ったクレジットカードをぽんと投げてよこした。
「あの…どういう事ですか?」
「それはいらねえ。乗客一二人分の金だけでいいよ」
「あの、そんな、困ります」
 ミルキーはそのお守り袋を拾い、再び和美に返そうとする。
「あのさ、俺達は冥王星出た後、結構長く旅しなきゃいけねーんだよ。ある目的の為にさ。おめーを連れていく訳にゃいかねーんだよ」
「えー!そんな!折角新しい就職先決まったと思ったのに!」
 ミルキーの大きな目から大粒の涙があふれ始めた。
「就職先ならあるわよ」
 和美の横で蘭が話し始めた。
「冥王星ついたらさ、そのお金でさ、ステーションの中にコーヒースタンド造りなさい。あたし達が他いいようにしたげるからさ」
 瞳も加わって話す。
「お前が嫌いな訳じゃねーんだよ。ただ俺たちについていくにはちと危険すぎる。もっと言うと、ちいと足手まといかもしれねーんだよな。まあ、俺たちの船でのスチュワーデス役は最初で最後になるけど、精一杯がんばってくれな!」
 しばらくぐずっていたミルキーは、やっと顔を上げると、ぐしょぐしょになった顔で再び敬礼した。
「艦長様、ありがとうございました!女の子にまでしていただいて!ご恩は忘れません!」
そういうと、再び乗客ユニットへ戻っていくミルキーだった。
 その姿を目で追いながら、蘭が和美に言う。
「ねえ、本当にこれで良かったの?結局お金だってさ。間もなく支払う月の支払い二,〇〇〇,〇〇〇Crに足らなくなったしさ。スチュワーデスいなかったら乗客業できない規則にもなってるでしょ?」
「いいさ、これで。あの方があの娘にとって幸せだよ。このままこの仕事続けたら、銀猿にいつばれるかわかんねえ。だからお前達に預けたんだしさ」
「あっそ」
 蘭は最後にそう言うと、長々と座っていた席から腰を上げた。
「さてと、私達もそろそろおいとましましょ。そんなに暇じゃないんでね」
「今何運んでんだよ」
「えへへ、内緒」
「そっか…」
「おーい!」
「何よ!」
「あの装置の事、絶対他言無用だぞ!」
「りょうかーーい!」

 二〇九六〇格納庫の扉が全開し、それと共にカラカサの予備エンジンが作動し、イオンの青い光が船尾にちらちらした。
「管制塔、二〇九六〇カラカサ異状無し」
「了解、進路クリア。一一時の方向距離五Kmで故障艦曳航あり。注意願いたし」
「了解、サブエンジン始動許可願う」
「了解、サブエンジン始動許可…ていうか、とっと出て行けよ!一ヶ月も滞留しやがって!」
「ははははは」
 馴染の管制官の声に大笑いしながら、カラカサは軌道ステーションゼノンを出航。艦尾の青い光を強めながらスピードを上げていく。

「皆様、本日はカラカサ号にご乗船頂き、ありがとうございまーす。当艦は定刻通り地球の軌道ステーション、ゼノンを出発致しました。本日皆様をご案内させて頂くのは、私スチュワーデスのミルキー、キャプテンはカズミ・カラカサ。エンジニアはヒトミ・アヤハラでございまーす…」
 船倉の乗客ユニットでは、無事女の子になったミルキーの最後のスチュワーデス任務の声が響き渡っていた。

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