メタモルフォーゼ

「テニスでお色気勝負とユリ先生の秘密」

「ねえゆっこちゃん、急で悪いんだけどさ、今から結城先生とこ行ってお掃除手伝ってくれない?人手が足らないみたいだから」
「え!あ、行く行く!」
「…変ね、掃除とかあんまりやりたくない性格でしょ?」
「いいのいいの!たまにはあのスケベ親父の手伝いやったげないと」
 丁度いい口実が出来ちゃった。今日の昼から久保田さん達のテニスウェアの見立てに来てくれって真琴ちゃんに言われてたんだ。久保田さんはいいんだけど、いくら女っぽくなったとはいえ、元クラスメートの三人の女の子用のテニスウェア姿はちょっと見たくなかったし。
僕はすぐ携帯を手にして真琴ちゃんを呼び出した。
「あ、真琴?ごめーん!今日さ、ゆり先生に言われてさ、結城外科にお掃除の手伝いに行くことになったんだ。だからさ、あきちゃん達のテニスウェア、あんた達に全部任せるからさ」
 横で聞いてるゆり先生は、(それならそっち優先していいよ)と僕に手振りで言ってくれるのを無視して僕は続ける。
「ちゃんといいの選んであげるんだよ、真琴が好きだった彼氏の女の子デビュー衣装なんだからさ、あははっ」
 真琴ちゃんの悪態をつく言葉がまだ聞こえている携帯を切ると、僕はゆり先生の気分が変わらないうちに出ようと思って身支度をしに部屋に行った。
 動きやすい様にシンプルなブラに付け替え、柔らかなピンクの生地のTシャツを被り、最近ちょっぴり出てきたお腹を指で気にする様になぞり、伸び生地のジーンズを女の子らしくむちむちしてきた太ももに通し、よいしょって感じでヒップまで引き上げてボタンをかけると、もう何もなくなった股間からボリュームを増したヒップにかけてぴっちりとした感覚を覚える。鏡を見ながらくるっと一周すると、もうボーイッシュでもなくなってしまった可愛げのある女の子が写っていた。
(ちょっと可愛くなったかなあ)
 ちょっぴり自我自賛で今度は鏡の前に座り、ピンとカラーゴムを手に取り、すっかり柔らかくなり、伸びてきた髪を手早くポニーテールにまとめ、細かい所をチェック
(僕、女の子してるじゃん)
 思わず鏡に向かって小さくVサイン出した後、夏用のファンデーションを手早くはたいて部屋を後にした。

「こんにちわー」
 何度か来た事が有る結城外科は、今隣に新しい錬を建てている途中だった。見慣れぬ新しい看護婦さんも数人いるところをみると、結構繁盛しているみたい。しかも看護婦さんもみんな若くて綺麗な人ばかり。大学病院を追い出されたスケベ親父だけど、腕はいいし、何か憎めないし、普通の患者さんからみればけっこういい先生かもしれない。
「ああ、ゆっこちゃん来てくれたか。じゃこれに着替えて」
 何人かの患者さんのいる診察室の横のカーテンをひょいと開けて顔を出した結城先生は僕に何やら紙袋を手渡す。その中を良く見ると…
「え…何これ、看護婦さんの…しかもピンクだし、あたし看護婦じゃ…」
「いいじゃないか、ここで手伝ってくれるんだったら、患者さんの目も有るし、他の看護婦とも区別しないと…」
 と、隣の診察室から早瀬先生が足早にこちらに来てくれた。
「あらゆっこちゃん、ごめんね本当に。別に着替えなくていいからさ、奥の部屋に有る物全部ダンボールに詰めてね、さ、お願い」
 僕の背に手を当て、僕をそそくさと診察室の外に連れ出す早瀬先生。
「あの、結城先生がこれ着ろって」
「いいのよもう!どうせ以前見たゆっこちゃんのピンクのナース服姿が気に入ったからさ、もう一回コスプレさせて見ようって魂胆なんだから。全くあんな変な言い訳まで考えてるし!」
  そういうと早瀬先生は僕の手からナース服の入った紙袋を奪い、ポンと傍らのロッカーの上にほうり投げた。それにしてもこんな美人の看護婦さんのいる中で早瀬先生の気苦労も相当なんじゃないかなって考えてしまう。

「ねえゆっこ、それきつくない?」
「う…ん。最近お尻おおきくなってきたからさ」
 九月の新学期、体育の授業は水泳から再び普通の授業になった。女子更衣室で久しぶりにブルマ姿になった僕。ブルマのサイズはSだったんだけど、今はいて見るともうピチピチでとっても窮屈。
「なんかビチーって感じでさ、肉に食いこんでるみたいだし、変だしかっこわるいよ。パンツのラインとかもくっきり出てるし、Mサイズ買ってきたら?」
  そういいながらみけちゃんが僕のヒップとブルマの境界を指で触る。以前から皮下脂肪はだんだん付いてきてたんだけど、子宮移植されてからは急にヒップが大きくなったみたい。大きくなるっていうか、もう形が根本から変わっていくという感じ。特に下半身と足の付け根というか支点が、骨盤が大きくなっていくと同時にだんだん外に移っていくのがわかる。
「だってさ、来年からショートパンツでしょ?買い換えるのもったいないじゃん…」
 僕もちょっと窮屈なのが気になって立ったままブルマのあちこちをさわってみる。そういえば太ったのか上着もちょっと窮屈になってる感じ。横にいた智美ちゃんがちょっとまわりを見渡した後、僕のヒップをペチャっと叩いて言う。
「あんたのヒップってこれから大きくなるんでしょ?まあね、みててみなさい。みるみるうちに今よりここくらいまで大きくなるからさ。それにあんまりきついとさ、あそこの形くっきり出ちゃうよ」
 みけちゃんと智美ちゃんが僕のヒップをブルマ越しに触ってるのを他の女の子達が不思議そうに見てた。
「ああもう、かったるい!あちきが買ってきてあげましゅから!Mでいいんでしょ!」
 横で椅子に座って足をばたばたさせてたますみちゃんが飛び降りて僕の方につかつかとやってくる。
「あ、あの、上着もお願い。きつくて暑いから」
「Mでいいんでしゅね!?もう世話のやけるー!」
 僕が財布を出そうとする前にますみちゃんは自分の財布を手に更衣室ら飛び出して行った。

「あー楽…」
 Mサイズのブルマと上着が丁度今の僕には合ってるみたい。お尻もきつくないし、新しいMサイズのブルマが、ふわふわの柔らかい肉が付いてきた僕を包み込んでくれる様ななんかくすぐったい感じ。すっかり上機嫌になった僕は、太陽の光を浴びる為に女子更衣室から出て行った。
「あーっ気持ちいいっ」
 ちょっと軽く背伸びをする僕。
「なによ、変な子ね。ブルマはいて気持ちよがる子なんて、元男のあんたぐらいよ」
 そういいながらみけちゃん達もついてきて、僕のヒップと胸を指で攻撃する。
「でもこのかっこで校庭歩くと、男のやらしい視線感じるよね」
「夏用なんて水着より薄いでしゅしねえ」
 ますみちゃんが大胆にも上着を少しまくって、自分の履いてるブルマをおへその所まで引っ張り上げる。
「体のラインもろ出るしさ。でも来年からショートパンツで良かった」
智美ちゃんもつられて軽く自分のブルマの腰の位置を直し始めた。
「あたしさ、ブルマにさ、夏と冬用があるなんて知らなかったし、こんなのが有るのも知らなかったし」
 僕は新しいブルマの腰の内側に小さなポケットを見つけて、ちょっと指で軽く触る。
「ゆっこ結構ブルマ姿の女の子とかチェックとかしたんでしょ?こんな体になる前、中学とかでさ!」
「あー、絶対そうだよ!自分も着たいって思いながら見てたんでしょ」
「やらしーぃ」
「もーっ」
 口々に皆が僕をいじめにかかり、僕がみけちゃんの腕にぺしっとお返しを入れた時、
「あ!誰だ!」
 ますみちゃんが塀の方を指差し、その瞬間、僕たちの目にはカメラを手に塀から半分身を乗り出したちょっと暑苦しい男がカメラを構えているのが見えた。
「パシャ!」
 その音と共に
「キャーッ!」
 と一声叫びみけちゃんと智美ちゃんが腕を前にクロスしてうずくまる。そして僕はそのシャッター音と共になんだか上着をもぎ取られた様なすごく恥ずかしい気がした。そして
「いやーーーっ!やだーっ!」
 かん高い悲鳴を上げ、僕は男に背を向けしゃがみこみ、みけちゃん達にくっついて同じ用に手を胸の前でクロスしてしまう。別に裸になってる訳でもないのに。
「先生、こっちこっち!」
 傍らでは冷静にますみちゃんが、走ってくる体育の大塚先生を手招きしていた。
「こらああああ!」
 その声に男は素早く塀の向こうへ消えた。程なく大塚先生がまるで忍者みたいに塀を乗り越え、男を追っていく。それを見届けたますみちゃんが僕達の所へ歩み寄り、みけちゃんと智美ちゃんと一緒にうずくまっている僕の背中のブラをつんと指でなぞる。
「なーにやってんでしゅか、ゆっこしゃん。見ちゃいましたよ、ゆっこしゃんの悲鳴と仕草」
 ちょっと恥ずかしくなって立ち上がる僕。
「あれは演技じゃないれすよねー」
 ますみちゃんの言葉に、僕は今更ながら、とうとう精神構造まで女の子になってしまった自分にちょっとびっくりしてしまう。と大塚先生が再び塀を乗り越え僕たちの方へ歩いてきて、そして女子体育の宮田先生も駆け寄ってきた。
「あの盗撮野郎だ。また逃げられたよ、お前ら大丈夫だったか?」
「大丈夫?変な事されなかった?」
 二人の先生がかわるがわる言葉をかけてくれる。でもそれは僕にとってはNGなんだ。
(ちょっとやめて、そんな優しくされると、僕そういうのだめになってきてるから、あーあ…)
 またもや僕の意思に反して、そして涙を出さない様にしている僕の努力に反して大量の涙が僕の目から溢れ出す。そしてそれに釣られてか智美ちゃん、そしてみけちゃんまでヒックヒックする始末。そこにクラスメートが何人も駆け寄ってきて
「どうしたの?ねえどうしたの?」
 と騒ぎ出した。
「ああ、また盗撮野郎だよ。ほら、もう泣くなよ」
 大塚先生の言葉が耳に入るけど、僕の涙はどうしても止まらない。
「最近ねえ、ブルマで体育する学校減ってきてるからさあ。ああいう人がいるのよ」
「あ、宮田先生、最近その手の写真売れるみたいですよ。ブルセラとかで。結構いい金になるみたいですね」
「何変な事言ってるんですか!」
 二人の先生が何とかこの気まずい場をやりすごそうとしてるのはわかるけど。
「ねえねえ大塚先生!写真よりもブルマの方がすっごい値段で売れるんでしゅよ!一万円位で。あちきも体育終わったら、売っぱらって新しいギターのエフェクター買おうとしてるんでしゅよ」
「何バカな事言ってるんだよ、あれ持ち主の写真付けるんだろ?誰が買うんだよ、お前のなんて」
「ひどーい!それセクハラでしゅよ!」
「何がセクハラだ」
「あら詳しいですねー大塚先生」
 ようやく周囲に女の子達の笑い声が出始める。
「あ、そうだ!今ゆっこしゃんの生脱ぎブルマ有るんでしゅよ!買いませんか大塚せんせー!一万円で!あと上着も有るから上下セットで二万円円でどうでしゅか!」
「バ!バカ野郎!」
 いきなり大塚先生はますみちゃんの首を左手で抱え、右のこぶしで頭をぐりぐりし始め、おおげさに悲鳴をあげるますみちゃん。多分皆を笑わせようとしてくれたんだろう。その光景にようやく僕も吹き出し、みけちゃんや智美ちゃんも笑い始めた。
(僕のはいてたブルマって、売れちゃうんだ。売ったら男の人がそれ買って、何をするのかなあ。ああもう、なんで男の人ってそんな変な事ばかり)
 もう時々僕は昔男の子だった事を忘れる事が有る。今も丁度そうだった。

 体育の授業が始まり最初の軽いランニングが始まる。ところが僕はその直後から体に違和感を感じて途中で止まってしまう。みけちゃんが慌てて駆け寄ってきてくれた。
「ゆっこ、どうしたの?まだあの事が?」
「ちがうの、みけちゃん違うの」
 僕は素直に体の違和感の事を話し出した。
「ブラが上下に揺れるの。全然安定しないし、変な気持ち。それに足が、前に行かないし、どうしても内股になって、膝がぶつかる」
 それを聞いてたみけちゃんは一瞬あっけに取られた表情を見せた。そして僕の胸にずぶっとひとさし指を突っ込むと、
「ばっかみたい」
 そう吐き捨てて立ち去ろうとした。
「みけ!ちょっと待ってよ」
「あたしあんたより胸もお尻も大きいけど、そんな事思った事ないもん!」
 僕はみけちゃんに続いて再び走り出した。そういえば最近の僕はCカップに膨らんだ胸以外に上半身全体にぷるんとした肉が付いてきた事。歩く時、いつのまにか重心が外に行ってヒップを揺らしながら歩いている事を思い出した。
特に歩いたりちょっと走る時は別に気にしなかったけど、スポーツで走るとなるとこんなに前と違った感覚になるなんて思わなかった。しかも僕のヒップはまだ成長中。SサイズからMサイズに大きくなった分は全て体についた皮下脂肪と骨盤の成長分だったみたい。
(だめだ、筋肉もすごく衰えてる)
 太ももとヒップにたっぷりついた肉が邪魔で以前みたいに鋭く足が動かせない。大きくなったバストは上半身についた脂肪までを揺らし、走る度にブラごと揺れてバランスを取る為に勝手に両手が肩の位置まで上がっちゃう。
(これって、もろ女の子の走るスタイルじゃん!?)
そして一番違うのは、前は頑張ってみんなに追いつこうとしたはずなのに、そんな気すら起きなくなってる。
(とにかく走ればいい。そして先生にもし何でまじめに走らないんだって聞かれたら、言い訳なんてしようかな)
 その後の五0m走の体力測定も悲惨だった。入学した時は八秒台で、男じゃ普通でも女の子ならダントツだったのに、急に変化した体で走りにくさもあって十秒後半…。女の子でも普通位の成績。女の子って、どうしてこんな走りにくい体になってるんだろ。
「あなた前はもっと速かったよね?最近ころころしてきたでしょ?」
 宮田先生が不思議そうに言いながらも笑っていた。
 体育が終ってちょっと落ち込んだ僕は、一人校庭の洗面台に行って、涙顔を洗い始めた。ふと顔を上げ鏡を見た時、僕の目は鏡に映った自分の顔をじっと眺めはじめた。
(あれ、僕、こんなに可愛い顔してたっけ?)
 水に濡れた僕の顔、とりわけ目が変わっていた。白目の部分のにごりがなくなり真っ白になってて、その分黒目が栄え、以前よりもあきらかにぱっちり。それにまつ毛もいつのまにかボリュームが付き、可愛くなった目をさらに強調していた。そして頬のふくらみと艶、ぷっくりとした唇。多分埋め込まれた子宮が、僕を早く年頃の女の子にふさわしい体に作り変えているのかなって勝手に想像して、片手でお腹に埋め込まれた宮のあたりを軽くさすった。僕は体力を犠牲にしたけれど、代わりに可愛い体と顔を手にいれつつあるんだ。
(僕って可愛い?あはっ)
 とその時
「ゆっこ!!」
「キャッ」
 突然僕は後ろから胸をぎゅっと掴まれ、短い悲鳴を上げてしまう。それと共に背中にのしかかってくる柔らかい感触と甘い匂い。それはみけちゃんだった。
「ゆっこ、また女になったね。わ、すっごい膨らんでる」
「もう、みけ!やめてーっ」
 男の子にはなかった女の子の友情の証のスキンシップってやっぱりいいなあ。

 今年の文化祭は僕のクラスは人形劇っ!なんでも近隣の幼稚園とか保育園の子供達をたくさん招待するんだって。男の子達は最初は乗り気じゃなかったんだけど、女の子達はみんな喜んでやる気まんまんだった。僕も何故だかとっても乗り気になって、お客様になる子供達にこうしたらいい、ああしたらいいって放課後の集まりにもいろいろ口を出した。
男の子達もようやく、ヒーローのキャラクターショーとか似顔絵屋とか、パソコン使っての子供向けアイテム作成とか協力してくれる様になった。
 人形劇用の部材の買出しを僕がやるん事になったんだけど、その日はなんとあの四人の女の子デビューのテニス旅行の日。前日の夜に下見して浅草の材料卸問屋に朝早く出かけて、ぱっぱっと買い物を済ませて、一緒についてきてくれたクラス委員長の椎名つばさちゃんとそのお兄さんに無理言って、お兄さんの車に全部詰め込んで、今度何か美味しいものご馳走するって約束してぇ、僕はその足で軽井沢行きの新幹線に飛び乗った。
(佐野クン達どんな格好してくるんだろ。昨日まいちゃんに聞いた時、来たらわかるって、全然話してくれなかったけど)
 夏のクルージングの時って、久保田さん以外は女の子に見えない事もないってレベルだったけどぉ。
(あーもう、今日行きたくないなあ。このまま帰って文化祭の人形制作やりたいなあ)
 ちょっと憂鬱になってぼーっと窓を見てた時。
「隣いいですか?」
 ふと見ると旅行かばんを持った大学生風の男の人が席の横に立っている。普通の女の子がやるみたいに僕もいつのまにか瞬時にその人の頭からつま先までチェック。うん、変な人じゃないし、それにちょっといい感じみたい。
「あ、どうぞ」
 僕は横の席においてあったバッグとテニスラケットを手に取り、上の棚に移した。
 暫くの間僕は流れる車窓を見たり、文化祭のうちあわせの疲れのせいか、うとうとしたりしていた。でもその間中、隣に座った男の人の視線が、白いパンツで包まれた僕の太ももとか、ピンクのパステル柄のタンクトップで包まれた、もはやDカップになってしまった僕の胸とかに注がれるのをはっきり感じていた。こういうのってやっぱり不思議。男の子の時は気づかなかったけど、絶対女の子ってテレパシーみたいなのが有ると思う。
「旅行ですか?」
 ぼーっとしていたその時、いきなりその男の人が声をかけてきた。僕は一瞬びっくりしたけど、女の子のお約束で微笑みながら相づちを打っておく。
「僕も旅行なんですよ、軽井沢へちょっと。いろいろあって気分転換に」
「そうなんですか」
 僕は軽くそう言うと、再び窓の方へ顔をやる。
「目的地は軽井沢?お一人?」
 もう、今はあんまり喋りたく無いのにまったく。あ、これって、またナンパだよ。最近多いんだ。僕一人で町とか、伊豆の美咲先生の所に一人で行く時とかさー。もうそんな事されたくないから、今日もノーメイクで香水とかも付けてないのに。でも、そっけなくするのも可愛そうだから…
「ええ、あたしも軽井沢です」
 と、その男の人の目が輝き、嬉しそうな表情になった。
「ああ、あなたも。奇遇ですね。軽井沢って良く一人で遊びに行くんです。最近新幹線が出来てから行きやすくなりましたし。いい店とか遊び場所とか、いろいろ知ってるんですよ。どうですか、向こうで時間が有れば…」
 ああもう何だよ、このベタベタのナンパ文句。女の気持ちにもなってみろって、あれれぇ…。
「あ、あの嬉しいんですけど、あたし向こうでみんなでテニス旅行なんです。高校の同級生と一緒に」
 と適当な事を言っておいた。
「え、高校生なんですか?僕は二0歳位かと思ってました」
 その言葉に僕はどきっとした。僕っていつのまにそんな大人の女に見られる様になったの?
 そうこうするうちに列車は軽井沢駅に到着。僕が棚の荷物を取ろうと腰を上げた時、
「あ、あの、これ僕の名刺です。良かったら電話下さい」
 僕に一枚の名刺を手渡し、その男の人はそそくさと出て行った。名刺には都内の有名大学の研究室の名前が入っていた。という事は二二,三歳の人ってわけか。
(もう!全然ガキじゃん。だいいち本当に僕を口説きたかったらさ、せめて社内販売でジュースとか美味しい物おごってくれたりさ、自分の事言うんじゃなくて、面白い話とかしてくれて盛り上げたりしてくれたりさ、さりげなく僕のファッション褒めてくれたりとかさ、名刺渡すんじゃなくて僕の携帯の番号うまく聞きだすとかさ、僕をその気にしてくれないと、僕だってさ、あれ…あれれっ)
 僕、やっぱり、やっぱり自分が男の子だったって事忘れてる!
(口説かれた後、僕ってどうなるの?男の人と…!?)
 暫くぼーっとしてた僕の耳に発車のアナウンスが聞こえ、僕は大慌てで新幹線から飛び出した。

 休日でごった返す軽井沢の駅からレンタサイクルに飛び乗り、僕は目当てのペンションを捜しに走り出した。自転車に乗るのは久しぶり。男の子の時はサドルが硬く感じて時々お尻が痛くなったけど、今の僕にはヒップについたたくさんの脂肪がクッションの役割をして全然気にならない。只、段差があるたびポヨンポヨンと体全体がサドルの上で飛び跳ねるのがちょっと変な気持ちだったけど。
今回は人が増えた事もあり、特に久保田さん以外は予定外の事だったんで、費用もそんなにかけられず、いつもとは違うペンションにしたみたい。
ゆり先生に車で迎えに来てって言ってもよかったんだけど、やっぱりこの街が好きだったし、女の子になった僕が自転車に乗って軽井沢を走るというシュチュエーションもいいかなって自己満足もあるし。
地図を片手に目的のペンションを捜す僕だけど、全然見つからない。地図を見て目的地に行くなんて、僕にとってそんなに難しくないはずなんだけど、気づいたら反対に走ってたり、目印を見逃してたり、なんでだよーっ。
ちょっと疲れて休憩してると、道の横から多分側のコンビニに行くんだろうか、カラフルなテニスウェア姿の四人の女の子が現れた。みんな髪を長く伸ばして、お互いじゃれあう様に歩いていて、その髪がきらきらと太陽の光で光る。
(やっばり可愛いなあ、ロングヘアの女の子って。僕も髪伸ばそうかな。)
 コンビニから出てきたその女の子達に僕は思いきって道を尋ねる事にした。
「あのー、すいません。道を聞きたいんですけど」
「え?」
 手にソフトクリームを持った女の子達が一斉に振り返った。その時、
「あーーーーーっ」
 僕の口から思わず驚きの声が出てしまう。そこにいたのは、中村君、佐野君、朝霧君そして久保田さんの四人だった。しかも、四人とも夏に別荘で会った時よりもかなり女性化が進行していて、髪を伸ばしたせいかもしれないけれど、お嬢様って雰囲気まで出している。
「ゆっこー!お久しぶり。ねえ、みんな可愛くなったでしょ?」
 久保田さんが僕に向かって軽く手を振ってくれた。ところが他の三人は、
「なんだ、ゆっこじゃん」
「遅いよ、みんな待ちくたびれてんのよ」
「早く着替えてきなよー、ほらそこ曲がってすぐテニスコートあるから、その奥ね」
 三人ともそっけなくそう言うと、再び歩き出した。
「ちょ、ちょっと!あんた達なによその髪!そんなに長くなかったでしょ??」
「あ、これ?ウイッグだけど」
 中村クンがそういうと、長い髪をちょっと手でかきあげた。そのポーズとかすごく自然になってる。
「ねえ、中村ク…さんだって、この前会った時だって、もうちょっとやぼったかったでしょ?なんでそんなに変わっちゃったの?」
「なんでって、あの後さ、昨日までみんな必死で女の子になろうとしたわよね?みんなすごく頑張ったんだからさ」
 朝霧クン、いや、朝霧さんがそう言って僕の自転車を指でつつく。
「あ、あのね、あたしたちさ、別荘での訓練終わった時相談してさ、全員ゆり先生と美咲先生に弟子入りしたんだ」
「弟子入り??なんなのそれ??」
 久保田さんの言葉に僕は何だか訳がわからず、不思議そうに問い返す。
「理想の女性像として、みんなで二人の先生を目指す事にしたの。綺麗で優しくて知的でさ。みんなで先生みたいになりますからって言って弟子入りしちゃったの。ゆり先生も美咲先生も喜んで受け入れてくれたのよ。このウイッグは先生達からのプレゼント。伸びるまでの間だけどさ。あたしの髪、一生黒髪のロングヘアにするんだもん」
 佐野クン、いや佐野さんがそう言いながらウイッグの髪を慣れた手つきで触り始めた。
「早く行こうよ。ゆっこも来たし、練習しよっ」
 久保田さんの声に四人が長い黒髪をなびかせながらペンションに向かって走り出す。
「ちょっとまったあ!そんな話僕聞いてないよ!!」
 自転車で四人を追いかける時、僕は動揺してとうとう男言葉まで使ってしまう。
「だめよゆっこ。ゆり先生独り占めしようなんてさ」
「聞いたわよ、いろいろ迷惑かけたって言うじゃん」
「ゆっこ冷たいよねー、あたしたちのテニスウェア選びにも来てくれなかったし」
 それに対して僕は何も答えられず、そのまま自転車に乗って四人をすっと追い越して、見えてきたテニスコートの横の道に向かった。
「ゆっこー、パンツから下着見えてるよーっ」
「あ、ピンクのレース、かーわいいー」
「自転車乗る時さ、短いのはきなさいって言われなかったのー?」
「うるさーいっ!!」
 そう四人に向かって叫ぶと、僕は片手で後ろ手に器用にタンクトップを引っ張り下げて、そのままペンションに直行した。

 ペンションていっても、民宿をちょっと手直しした位の施設だったけど、何か懐かしい雰囲気がした。あ、こうしちゃいられない。僕はペンションのおばさん相手に手早くチェックインした後、教えられた裏の別荘みたいな部屋へ急ぐ。

「だーかーら、何をそんなぶつくさ言ってるのよ、あたしには全然わかんないわよ」
 外から美咲先生の声が聞こえる。僕がその部屋に着いた時、部屋の中はテニスウェア姿の女性が集まって独特の雰囲気が漂っていた。単にみんな着替えて僕の到着を待っていただけなんだけど。只、どうやらあの四人が弟子入りするのどうのこうので、やっぱりともこちゃんとまいちゃん、そして陽子ちゃんや真琴ちゃんまでがぶーたれてたみたい。
「あ、ゆっこ来たよ。ねえ、知ってる?あの四人がゆり先生と美咲先生に弟子入りしたって」
「さっき下で会って話してきたわよ」
 ともこちゃんの言葉に僕は軽く返して、早くも身支度にとりかかった。
「だってなんかえこひいきするみたいじゃん」
 まいちゃんがうつむいてぼそっという。
「えこひいきだなんて、だってあの四人の前の時、あたしたちさんざんあんた達の面倒みてきたでしょう。あの子たちまだ女で学校にも行って無いし、いろいろ教えてあげないとさ」
「だって…」
 再びまいちゃんがすねた。
「ゆり先生、美咲先生!買ってきましたあ」
「ああ、ありがと」
 事もあろうにあの四人が大騒ぎしながら、部屋に入ってきて、買い物袋をでんと置いて、二人の先生の横に座る。その様子を僕とまいちゃんはじっと睨んで見つめていた。
「ゆり先生、その四人弟子にするって本当なの?」
「弟子っていうかさ、そういう野暮ったい言い方じゃなくて、お姉さんといった方がいいかなあ」
 僕はわざと大胆にテニスウェアに着替える為、ブラとショーツ姿になったまま聞いた。あの四人に、見事な女体に変身した僕をみせびらかそうという魂胆もあったかも。
「…なんでわざわざそういう事するの?」
「だってさー、可愛いじゃん。あたしたちの事そこまで慕ってくれるんだし、素直だしさ。いっつも面倒起してくれる誰かさんとは大違いだしねー」
 もはや中村あきちゃんになった中村クンが、ゆり先生にべたーっとくっついて僕に向かってVサインとかで挑発してくる。
「ねえゆり、もうこのままじゃらちあかないよ。やっぱりちゃんと話さないとさ」
 ふと奥に座っていた河合さんが声を出した。
「みんなあなたたちの事が好きなんだからさ、一部の子達に独り占めを許すなんて話し方はやっぱり誤解を生むし、ここの子達ってもう男の子じゃないんだからさ。取った取られたなんて女の子が一番気にする事でしょ」
「やっぱそうかなあ」
 河合先生の言葉にゆり先生が相づちをうつ。僕はテニスウェアの上着を手にしたまま、ゆり先生の方を向いた。
「じゃあ話すわ」
 ゆり先生はそういうと、短いテニススコートから見える綺麗な足をパンツが見えない様に器用に組み替えた。
「ゆっこちゃん、ともこちゃん、まいちゃん。もうあたしたちが女の子の事でこれ以上教えてあげる事はもうありません。相談相手にはなるけどね。だからあなたたちがこれからどうしていくかは、基本的にはあなた達自身で決めてね。あたしたちはもう何もアドバイスしないし、逆に余程の事が無い限り何も注意しないわ。あ、今まで通りあたしの所やミサの所や河合さん所に住んでてもいいし、ちゃんとお仕事みつけるまではこれまで通りお小遣いだってあげるわ。でもね、いつ独立、というか出ていってもかまわないわよ」
 さっきまでのざわついた雰囲気が急にしーんとなった。
「とにかくあたしもこの四人の事で忙しくなるし、今までの事をレボートにまとめなきゃいけないし、それに本業の精神科医としての仕事と、ゆっこちゃんとこの学校のカウンセラーの仕事も有るしね、それにミサも」
「あ、あたし?あ、あたしの事はまあまあ、いずれわかる事だし」
 美咲先生の言葉が何か気になる。みんな静まりかえったままじっと聞いている。
「ま、要はさ、あんた達三人、完璧卒業なのよ。まだ生理始まってないし、あそこだってまだ出来上がってないけどさ、それだって時間たてばちゃんと女の子になるしね。あたしたちこれから今まで以上に忙しくなるから、もう細かい事一件一件に構ってられないのよ、はははっ」
 ゆり先生が暴走する美咲先生を手で制して続けた。
「とにかく、さっきミサが言った様にゆっこちゃん、まいちゃん、ともこちゃん。あたしの目から見ても完全な女の子になったので、今日で一旦卒業とします。これからも頑張ってね」
 上着を着た僕は、スコートを手にしたまま何も言えなかった。
「ねえゆり、そういう事だったら、陽子ちゃんや真琴ちゃんももう卒業だと思う。まだ子宮移植は済んでないけど、真琴ちゃんはあたしの店でも完全に女の子で働いてくれてるし、陽子ちゃんはここに来るまではたった一人で自分を女の子にしていったんでしょ?二人とも自立って事じゃ、女と認めてあげてもいいんじゃない?」
 河合さんが珍しくさっきから何も喋らない、去年と同じブルーのワンピのテニスウェアに包まれて座ってる真琴ちゃんの髪を触りながら話す。
「だめだめ、まだ最後の手術するまではね。何が起きるかわからないし」
「じゃ、ゆり。改めて二人弟子にしたげなよ」
「そうね…じゃいいわよ」
 とゆり先生が言った時、
「やったーーーっ!!」
 真琴ちゃんがスコートからアンスコが見えるのも構わず、横にいた陽子ちゃんとはしゃぎ始めた。
「どうも長い間ありがとうございました」
 ふとみると、ともこちゃんとまいちゃんがそう言ってゆり先生と美咲先生の前に正座したまま歩み寄って深々と頭を下げた。僕も下はアンスコのまま慌てて二人の先生の前に正座して頭を下げる。
「勘違いしないでね。見捨てるとか放っておくっていう意味じゃないからね」
 そう言いながらゆり先生が僕の頭を撫でてくれる。
「というか、特にあんたよ!いっつまでたってもゆりに甘えっぱなしで自立しようとしないから、新たに弟子だのどうだのって、あんたの自立を促す事をゆりが言い出したんじゃないの」
 美咲先生がそう言いながら僕の頭をつついた。不思議と今回は涙が出ない。何かふっきれた様な気がする。でも、何か一つだけしっくり来ない。それは…!
「ゆり先生、わかりました。これからオンナとして自立出来る様頑張ります。でも一つだけ!」
「何?どうしたの?」
 僕はおもむろに立ち上がって、中村さん、朝霧さん、佐野さん、そして久保田さんの頭を、ボカッボカッボカッポンの順で叩いた。
「いったーい」
「ゆっこ何すんのよ」
 大げさに痛がる四人に気にもせず僕は続ける。
「さっきからこの子達、これみよがしにゆり先生とか美咲先生にべたべたしたり、さっき下でさんざんあたしをバカにしたり、だいいちあたしはオンナで言うとあんた達の二年も先輩なんだよ!このあたしに対してさ!」
「何いってんのよ、ゆっこ元クラスメートじゃん」
「あんたなんか元クラスメートだなんて思ってないわよ!」
 そういって僕はもう一度あきちゃんの頭をはたく。
「わかーったわよ。折角テニスに来てるんだからさ、それで決着つけたら?それでさ、あき(中村)ちゃん、ゆう(朝霧)ちゃん、みき(佐野)ちゃんと雅美(久保田)ちゃんグループと、あんたたち五人で勝負してさ、勝った方が今日一日相手の言う事なんでも聞くって事でさ」
 美咲先生がそう提案してくれた。
「いいわよっ!それで…」
 と僕がスコートをはきながら言いかけた時、ともこちゃんとまいちゃんが僕のスコートを引っ張る。
「ちょっと何やってんの!」
「ゆっこだめ、あたしもともこも骨盤の変形が始まってるから、うまく体が動かないの。まだ男がかなり残ってるあの子達になんて今絶対勝てないよ」
 まいちゃんの言葉に僕もはっと気づく。僕も骨盤がオンナにかわり初めている上に胸の急激な成長で、前みたいにうまく動けないかもしれない。
 僕たちの話を聞いてたゆり先生が何かひらめいた様だった。
「それじゃあさ、男のギャラリー一杯集めた方の勝ちってのはどう?ここって軽井沢の裏通りから近いし、近くにペンションとか別荘とか一杯あるし、興味有る人は見て行くと思うからさ。オンナの魅力勝負って事でいいんじゃない?」
 あ、それがいいって思ったけど、普通に考えて向こうにちょっとハンデが有りすぎる様な気がする。
「当然、これだと女の子デビュー組には辛すぎるからさ、あたしが助っ人で入ったげる。これで文句無いでしょ?」
 ゆり先生がそう言うなら僕はそれで良かったし、みんなもそれでOKみたい。
「それはそうとゆり?今日の夜のあれは無しでいいんでしょ?」
「うん、後で個別にやるわ。だって人足りないし、部屋も足りないでしょ?」
「そうね…」
 今日の夜って、あー、あの秘密の授業だ。でもここじゃ無理だってわかるし、先生三人に生徒四人だとね。ちょっと残念、去年の陽子ちゃんとと真琴ちゃんみたいに、あれを終えた翌朝のあの四人の顔見るの楽しみにしてたのに。
「え?え?なんの事?」
 ミキ(佐野)ちゃんが興味深そうに僕とゆり先生に聞いてくる。
「後になったらわかるよっ」
 スコートをはき終えた僕はそうミキちゃんに言って、テニスコートへ行く為の荷物を別バックに詰め込み始めた。

「遅いわねえ、ゆり達何やってるのかしら」
 テニスコートに付いてからもう一五分近く経とうとするのに、ゆり先生と四人はまだ姿を見せない。時計はもう三時を回ろうとしている。コートでは真琴ちゃんと陽子ちゃんが軽くウォーミングアップ代わりにポーンポーンとラリーを打っていた。
「いいじゃん、ナイター設備も有るみたいだしさ」
 椅子に座ったともこちゃんがジュースを飲みながら、それでも民宿の方をじっと見ていた。
「あ、来た来た」
 ラリーを打っていた陽子ちゃんが声を上げると、ゆり先生達がスポーツバッグを手にこちらに向かってくるけど、
「え?ゆり先生でしょ?ウェアが変わってる…」
 みんなの後に来たゆり先生のウェアは、白の普通のテニスウェアから、ピンクのワンピースで、某メーカーのロゴが入ったすごく可愛いのに変わってて、それに、それに!
「ゆり先生、でしょ?」
 二0代後半のはずのゆり先生の顔は、どう見ても二十歳前後の若々しいお嬢様って感じ。目をぱっちりさせて頬のピンクはごく自然な少女のそれだった。それだけじゃない、他の四人もどこかで見た顔に、あ、そうだ!
「これって、去年の文化際でゆり先生の」
 元々美形だったとはいえ、三人の男の子を見事な美少女に変身させた時のあのメイクだった。しかも皆あれから女の子のホルモン与えられてるから…
「えっへへー、可愛いでしょ?」
「ゆり先生に弟子入りしてからさ、最初に皆でゆり先生の化粧を必死でマスターしたんだよ」
 ゆうちゃんと雅美ちゃんが嬉しそうに僕に言う。雅美ちゃんは以前女の子でスーパーのレジで働いていた時よりももっと若々しく、ぴちぴちした面立ちになってる。
「ねえゆり、あんたこんなつまらない勝負に何本気になってんの!大体こんなウェアどこに隠しもってたのよ!」
「あら、勝負を挑まれたら何事にも全力尽くして相手を叩き潰すのがあたしのポリシーよ」
 あきれた様子の美咲先生の言葉を軽くかわし、雑誌モデルのティーンの女の子にしか見えないゆり先生が今度はバッグから何やら取り出して、長い髪をいじりはじめた。やっぱりゆり先生って予測不可能の怖さが有る!
「さあ、時間も無いし、早くやりましょ。時間は今から、五対五のシングルで、最後のプレーヤーが終わった時までよ。ミサ、レフリーお願い。まきちゃん、男のギャラリーの数カウントしててね」
 最初はゆり先生チームがあきちゃん、僕のチームがともこちゃん。やっぱり予想した通り、ゲームではまだ殆ど男の子のあきちゃんが一方的で、ともこちゃんはボールを返すのが精一杯。そして0-三0まで行った時、
「ゆり先生!それ反則だよぉ!」
 真琴ちゃんの声に僕がゆり先生の方を向いた。
「ちょっと先生!」
 なんとゆり先生は長い髪をツインテールに整え、髪にリボンを着け始めた。ちょっと下品な組み合わせでも、ゆり先生の手にかかると、
「うわぁ、とうとう女子高校生位の女の子になっちゃった…」
 身支度を整えたゆり先生は、どう見ても良家のお嬢様って感じ。ちょっと素振りをするそのポーズもすごく決まってる。それをまたゆり先生組がみんな揃って可愛いだのかっこいいだの。
「雅美ちゃん、次ゆっこちゃんとでしょ?ちょっといらっしゃい」
「はーい」
 僕の見ている前で久保田さんの髪はみるみる後ろで可愛く編みこまれて、可愛いリボンが付けられた。
「ああもう、腹たつなあ。僕だって…」
 僕は何か無いかと思って自分のバッグを探したけど、有ったのはカラーゴムが数本。
(そっか、普通だったらゆり先生に何か貸してって言う所だったんだ。オンナとして自立する為にはこういう事も考えて…)
「やめなよゆっこ、同じ事しても、もうかないっこないからさ。それにあんなちょっと時代遅れの格好したってさ、そう簡単に男共こないわよ」
 まいちゃんがちょっとあきれた様に言う。
「そうかもね…」
 そうこうしてるうちに、ともこちゃんが二セットストレートで負けて戻ってきた。
「だめだよ、男丸出しで来るんだもん。ほら昔あたしたちの女の子デビューの時さ、パンチラ禁止とか言われてすごく動きづらかったでしょ?あきちゃんそんなの関係無しみたいだもん」
「えー、ひどい…」
 向こうを見ると、ゆり先生が雅美ちゃんにしてあげた時みたいにあきちゃんの長い髪の毛をまとめて今度はポニーテールにした後、何やら耳打ちしている。
(何してんだろ)
 ペンションへ戻っていくあきちゃんを目で追ってる時、
「ゆっこ、次でしょ?」
「あ、ごめん」
 僕はスコートとシャツを調えコートに向かった。
「雅美ちゃん、手加減しないからね」
「え、ゆっこ。あたし中学の時テニスで地区予選決勝までいったんだけど」
「うそーぉ!!」
 だめ、何とか返せるけど全然歯がたたない!そうこうしているうちに、金網越しに男性二人がゆり先生チームの方を観戦しはじめた。と、雅美ちゃんはその男性達にむかってあきらかにお尻を向け、わざとパンツというかアンスコが見える様にプレイし始める。それでいて僕は彼女?の打つボールに翻弄されてしまう。
(そんなのひどいよぉ)
 二セット目が始まった時、あきちゃんがペンションから戻ってきた。その姿を見た時、
「あーもうだめだあ」
 がくっと肩を落とす僕。あきちゃんは髪を上げたまま、カラフルなアロハシャツに下は紺のミニスカートというすごい格好で、クーラーボックスを肩にしょって戻ってきた。
髪を上げてリボンを付けたその姿はその姿と不思議と合っていて可愛い姿になっている。
「じゃ、プレイ終わった人は皆で応援してね」
「はーい!雅美がんばれー!!」
 美咲先生の所でよほど仕込まれたのか、あきちゃんの口から黄色い声があふれる。
「だめだよぉ、完全にゆり先生にやられた」
「何言ってるのよ!負けたら今日一日あいつらの奴隷なんだよ!テニスで勝たなくていいからさ、こっちもさ!男に媚びなきゃ!」
 がっくりする僕に真琴ちゃんが怒った様に言う。ゆり先生チームのギャラリーは増えていくばかり。みんなパンチラなんて全然気にせず、しかもノースリーブのテニスウェアのゆうちゃん(朝霧)なんて、多分ゆり先生に言われたんだろうか、意図的にブラのストラップをちょこっと出している。さんざん女らしくってしこまれた僕のチームの面々はそんな事出来なかった。
 ゆり先生のチームの声援は更に人を呼んで、常に十数人位の男の人や、
「あの子可愛いね」
 なんてじっと見てる女の子達のグループまでいる。
「なんでみんなあきらめちゃうんだよっ」
 真琴ちゃん一人が自慢のセルリアンブルーのワンピのウェアで頑張ってた。同色のアンスコのはずだったのに、いつのまにか白に履きかえられてて元気良くプレイして、時々わざと転んだり。白のアンスコがすごく目立ってその時だけは僕のチームにも人が集まった、と思ったんだけど!

真琴(誠)ちゃん、テニスウェア/月夜眠
真琴(誠)ちゃん、テニスウェア / 月夜眠


「皆さん、冷たい物いかがですか?」
 卑怯にもゆり先生がクーラーボックスから缶ジュースを取り出し、ギャラリーにサービスする始末。せっかくうちに来たギャラリーがみんなあっちへ行ってしまう。僕はとうとう頭に来て、つかつかとゆり先生に歩み寄った。
「ゆり先生ひどいよっ!僕の時にはパンチラ禁止とか言ってたくせに!それにこんな小細工ばっかり!」
「あーら、あの時パンチラ禁止は後で撤回したはずよ。それに今時の女の子ってさ、パンチラなんて気にしない元気が必要なんだからさ。それに人集めのルールなんて決めてなかったでしょ?」
 完全に言いくるめられて僕はゆり先生をきっと睨み、今度は自分の陣地に戻途中でレフェリーの席に座ってる美咲先生に文句を言った。
「何よこれっ、只のパンチラというかさ、お色気勝負じゃん!!」
「だからゆりは怖いって前から言ってるでしょ?無謀にも勝負挑むなんてさ。それにゆりにとってバカな男共を操るくらいどうってこと無いんだからさ、もうあきらめたほうがいいわよ」
 もう、何から何まで完全にゆり先生の計画通りに進んでいる。

「えっと、まずゲームは四対一でゆりチームの勝ち。陽子ちゃん、ゆっこチームの中で良く頑張ったわね。それと、問題のギャラリーの男の数だけど…」
「美咲先生!小学生は数に入れないでね!」
「大丈夫よ、三人減らしても大差は大差なんだし」
 ふてくされて言う僕を軽く流して美咲先生が続ける。
「どっちにも行った人は除いて、六四対九。ゆりチームの勝ち。というか全然勝負になんなかったわねー」
「イェーイ!」
 ペンションの大広間で、美咲先生が結果を発表した後、四人組が一斉に声を上げる。こんなにこの四人が仲良くなっちゃったのが少し悔しいし、雅美ちゃんをあの三人に取られちゃったっていう感も有る。
「はーい、じゃ弱小ゆっこチームで唯一がんばってセットを取った陽子クン。あたしの背中をマッサージする様に。それからわざわざアンスコをはきかえてまでセクシー路線で男を寄せ付けようとした真琴クン。あたしにジュース配布作戦という奥の手を使わせたのはほめてあげるわ。だからあたしの足をマッサージするように」
 そういってごろんと畳の上でうつぶせになるゆり先生。
「はーい…」
 気の抜けた返事をしながらマッサージを始める二人。
「ねえ、わかったでしょ?みんな」
 マッサージが気持ちいいのか、ゆり先生が寝言気味になってる。そのままの口調でゆり先生が続ける。
「世の中の女の子達ってさ、普段どれだけ努力してると思う?お化粧、ファッション、そしてあらゆる気配りと会話。それに時には可愛ぶったり、セクシーになったり、いろいろ演技とかも普段から勉強してんだからさ。それは全て最終的には男の子の気を引く為なのよ。時には努力しない女の子は、一生懸命努力する女の子になりかかった男の子に負けるの。一生結婚しないっていうんだったら別だけどさ、あたしから言えばそういう女の子のそういう態度ってさ、只の言い訳にしか聞こえないのよ」
 皆がシーンとする中、ゆり先生はとうとう寝言の様になりながらも続けた。
「だからさ、みんな…、あたしみたいになりなさい、あたしだってさ…昔苦労…辛い思い…したんだから…いっぱい努力…」
 そこまで言うと、ゆり先生は突然小さないびきをかきはじめた。
「あ、寝ちゃったよ」
 陽子ちゃんがふとマッサージの手を止める。
「最近疲れてたみたいだからね」
 横で美咲先生もぼそっと言う。
「ゆっこちゃん。ゆりの左手首みてごらんなさい」
「え!?」
 驚いてゆり先生の左手首を見る僕。陽子ちゃんと真琴ちゃんもそれを見て、思わず口に手を当てる。
「美咲先生、これって…」
「ゆりが高校二年の終りの時の事よ」
 そこに有ったのは、もうあまり目立たなくなってるけど、それと言われればはっきりわかる二本のためらい傷。美咲先生が訳を話しはじめる。
「当時学年でトップの成績だったゆりが、他の高校の男の子と恋におちたの。相手も成績優秀な子だったけどさ、付き合うにつれてお互いの成績がどんどん落ちていったのね。ある時相手の親がゆりの家に殴怒鳴り込んできてさ、自分の息子の成績が落ちたのはゆりの誘惑のせいだって…」
「うそー…」
 陽子ちゃんが驚いて声を上げる。美咲先生が続けた。
「相思相愛で自分は決して悪くないのに、その夜ゆりは相手の男の子に電話かけて謝ったんだけどさ、相手から何て言われたと思う?」
 皆の驚いた顔を一通り眺めた後、更に美咲先生は続ける。
「こうなったのはお前のせいだ。二度と現れないでくれ。そうすれば俺はもう家族から責められる事は無い。お前とは遊びだったんだ…ってさ」
「えーーーっ!」
「最低!その男!!」
 更に美咲先生が続けた。
「その子が本気で言ったのか、親に言わされたのかはもうわからないけどね。その夜一晩中泣き明かした後、次の日の夜、どこからか手に入れた睡眠薬を口一杯ほおばって、カッターで左手をかなり深く二本切ってさ、近くの橋から身投げしたの」
 皆声にならない悲鳴を口に手を当てて押し殺している。
「たまたま近くにボートで夜釣りしている人がいて、すぐ救出されて救急車で病院へ行ってさ、一命はとりとめたんだけど、その後重症のノイローゼにかかって、暫く病院に入院してたの。その時治療にあたったのが今アメリカにいる砂教授よ。あたしの恩師でもあるけどね」
「そんな事あったんだ」
 ゆり先生の足元にいる真琴ちゃんがふと気持ち良さそうなゆり先生の寝顔を見て呟く。
「退院してさ、高校留年して、周囲から変な目で見られて友達も出来ないまま、必死で勉強してたわ。唯一の友達が留年したクラスにいたあたしだったわけ。人の心がわからないって口癖みたいに言ってたし、人間不信もひどかったし。その頃だろうね、ゆりが心理学に目覚めたのはね。自分を治療してくれた砂教授の推薦でアメリカの大学へ行ったの。あたしもその頃ゆりと意気投合してたし、心理学とかに興味有ったからゆりと一緒に行ったの」
 こんなに明るくて優しいゆり先生にそんな過去が有ったなんて。
「ゆりにはあたしが言ったって事内緒よ。あたしはあなた達に本当のゆりを知って欲しかっただけ」
 美咲先生がそういってしめくくった。
「ゆり先生可愛そう…」
 真琴ちゃんがより先生の下半身に抱きつきほおずりする。陽子ちゃんも無言でゆり先生の左手首をまるで傷跡を治療するみたいにさすり始めた。
「う…ん、もう何よ、人が折角気持ちよく寝てたのに」
 結果的にはゆり先生を起しちゃった。
「ゆり先生、今度は僕がマッサージしようか?」
「へーえ、ゆっこちゃん、珍しいじゃんそんな事言うの。でももういいわ、楽になったし。あ、陽子ちゃん気持ちよかったわ、ありがと。気持ちよかったからさ、今日あたしの着てたテニスウェアあげる。若年向きでもう着る事ないだろうし、今日着て満足したし。サイズは大体おんなじはずよ」
「えーー!ありがと!」
 陽子ちゃんがゆり先生にむしゃぶりついた。

 負けた方が一日なんでもいう事聞くという決め事は、ペンションの食事時におかわりとかお茶を要求されたり、ジュース買いに行くって事を要求された位で、後は自然消滅しちゃった。その後軽井沢銀座をみんなで散歩した後、皆でペンションの風呂へ。殆ど貸切状態の中、
「だって以前僕もやられたんだもん!」
「いいじゃん!今日あんたたちも女の子デビューしたんだし、見せてくれる位いいでしょ!」
陽子ちゃんと真琴ちゃんが、あきちゃん達の胸に撒いているタオルを外そうと必死になってた。僕とともこちゃん、まいちゃんは、もうさすがにそんな事どうでも良くなって静かに湯につかっていた。
「ゆっこ、あたしの胸みせたげようか?」
 すーっと横に来た雅美ちゃんが胸に撒いたタオルを緩める。
「あ、可愛い…」
 円錐形に尖った胸の先に有る大きく苺色に変化した乳首。僕の胸もそんな時があったっけ。
「じゃ、あたしの見る?」
 前にみけちゃん達に披露した時はちょっと恥ずかしかったけど、今はちょっと胸に自身出てきたし、仮にも相手は女の子?だし。
 僕は以前みけちゃんがしていた様に胸に巻いたタオルの両端を指でつまみ、ちょっとはじらいながらオープンした。
「わー、ゆっこなんかその仕草色っぽい」
 とうとうDカップになった僕の胸を雅美ちゃんがうらやましそうに指でつつく。
「あ、ゆっこの胸!」
「見たい!」
 ミキちゃん、あきちゃん、そしてゆうちゃんがが駆け寄ってくる。ウイッグを外した二人の髪は肩までの長さで、既に柔らかなウェーブがかかりつつ有った。
「だめっ!あんたたちまだ男に近いから!」
「なんで雅美ちゃんだけ特別扱いなのよ!」
「雅美ちゃんはお友達、あんたたちは只の元クラスメート!ほら、あっちいけっ」
 胸に巻いたタオルをしっかり巻きなおし、そして隙有れば相手のバスタオルを外そうと、僕は湯船の中で必死に抵抗する。ミキちゃんのバスタオルに手がかかり、僕は力任せに引くと、ぽろっと彼女?の胸が現れた。
「わっ!」
 すっと僕の元を離れてあとずさりするミキちゃん。声はまだ女の子の悲鳴じゃないし、胸は咄嗟に手で隠さないし。まだまだ全然オンナになってない証拠。その間に僕はミキちゃんの体をしっかりチェックした。雅美ちゃんと同じ円錐形の胸とボタンの様になった乳首。そして丸みをおびはじめ、白くなってきた体。多分これだと他の二人も同じ体なんだろうな。僕は彼女?がまだ佐野クンだった時の事を思い出し、ちょっと吹き出す。
「今だっ」
 ちょっと油断した隙に、僕のタオルはあきちゃんとゆうちゃんに剥ぎ取られちゃった。
「嫌っ!」
 僕は反射的に湯船で立ち上がり、胸と下を手で隠す。
「わあ、ゆっこ…、可愛い…」
 横にいた雅美ちゃんが、驚いて言葉を漏らす。
 奥でその騒ぎをばかばかしいって感じで体を洗ってたともこちゃんとまいちゃんも、鏡でその光景を知ったのか、こっちを振り向く。僕もたまたま前の鏡に写った自分の体を見て、ちょっと絶句した。真珠色になりオンナらしい曲線で縁取られた体に、Dカップの胸、くびれはじめた腰に、ボリュームがつきすっかりハート型になったヒップとむっちりした太もも。湯船の中で何かのビーナスみたいにしている僕のそのポーズは、男の子の時にみた、雑誌のグラビアの女の子と同じだった。
「ねえ、本当にゆっこって男の子だったの?」
 雅美ちゃんの声にふと我に返った僕は、
「知らない!忘れたっ!」
 と言い残し、ゆうちゃんから自分のタオルを奪い返し、さっと胸に巻いて風呂場から出て行く。その顔はもう恥ずかしさで真っ赤だった。

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