ひゃっはー!ここから先はにゃんにゃかにゃん!

男の娘専用アパートへようこそ!

「なによこれ!」
 噂を聞いてやってきたその二階建ての六部屋の二階にロフト付き物が付いてるアパートを見て思わずそう叫ぶあたし。都内でも珍しく緑の木々の中に立つそれは実はMTF専用、いわば元男性の女性専用の小さなアパートと噂には聞いてましたが、その門の横には、
「男の娘、ニューハーフ専用!男性お断り!入居者募集中!マンション にゃんにゃか荘管理人」
 の大きな張り紙。
(こんなアパート…恥ずかしくて入れるわけ…)
 しばしその張り紙とマンションを眺める今年二十歳の女の子?七沢真莉愛。本名は…この際どうでもいいの。
 とにかく、このアパートの前にいたら自分がそうだとばれてしまう。どうする?戻って実家で農作業する?それとも別のちゃんとしたアパートにする?でも、
(結構安いって聞いたし、お友達出来るよって聞いたし…)
 既に親に内緒で女らしい姿になる薬飲んでるけど、自分の容姿はやっと女に見えるかってとこ。胸もまだAにも満たないぺったんこ。お尻も小さいし、とてもじゃないけどそういうお店で働けそうにもない。女で働ける所がいつ見つかるかわかんない。それに今更男で働けない。体力無いし、判断力鈍ってるし、もともとそんな器用な方じゃない。だから実家で農作業やってきたんだけど。どうしてもくりえいてぃぶな仕事がしたくて家出同然で今ここにいるんだけど。
 なんで女の子の恰好してるかっていうと、だってあたし女だもん。それだけ。
 扉の無い門柱の前でうずうずしていると、案の定通り過ぎていく子供を連れた女性があたしの顔をちら見しながら通り過ぎていく。
(やっぱだめ。他をあたってみよう)
そう思って折角目標にしてきたその小さなマンションを、立ち去り際にうつむいた顔ほ上げてもう一度ふリ帰ってみると、何やら一階の管理人室らしき部屋から誰かが双眼鏡でこちらを見ているのに気が付いた。
(え?管理人さん?女の人っぽい)
そう思って振り返った瞬間、何やらギギギと音がして門柱の上に何やら頭に拡声器を乗せた、確か熊本で有名なゆるキュラが姿を現す。
 しかしそいつは拡声器乗せた頭だけて出てきたかと思うとまた変な音を立てて門柱の中に戻ろうとする。
 変な機械音を立ててそこから現れたり引っ込んだりするうち、何かに引っかかったのか、首だけ現れたままギコギコ音を立てて止まり、頭に乗った拡声器から声。
「何か用かい?入居希望者かい?」
「いえ、あ、あの…」
 自分がそういう人だとばれやしないかという恥ずかしさで顔真っ赤にしたあたしは、辺りを確かめ大慌て敷地内に入って門柱の陰に隠れた。
「なーにやってんのさ。とにかくお入りよ。訳有りなんだろ?お茶位飲んでいきな」
 結構大きな声、あたりは東京にしては珍しく鬱蒼とした木々が生えてるけど、所々に住宅も見える。
 もう誰かに聞かれたらどうすんのよとあたふたしつつ周りをみておろおろするあたし。
「ほらもうお茶冷めるだろ!早く入ってきな!」
「あ、あの!この門の人形壊れてるみたいなんですけど…」
「…そういう仕様なんだよ!いいからお入り!」

「あ、ありがとうございます。あの、猫飼ってるんですか?」
「ああ、そうだよ。鯖キジが『ニャン』で、八割れが『ニャカ』だ」
 予想と違って小綺麗に整頓されたその部屋。ちゃぶ台の前に座るあたしに、テレビで命が宿ったアンパンの声やってる声優さんによく似た四十代位の管理人のおばさんが入れてくれたお茶を頂くあたしの横にニャンちゃんとニャカちゃんがすり寄ってくる。猫のしつけから見ても変なおばさんじゃないらしいんだけど、
「あの、飾ってある写真はもしかして?」
「ああ、二十代の頃のあたしだよ。桐山遥、源氏名キリちゃん。ニューハーフパプじゃ売れっ子だったさ」
 後ろを振り返って、どうみても女の子にしか見えない三枚の写真。多分お店の中での着飾った写真とつんとおすましの写真と、胸も体型も可愛いビキニの写真を見ながら、何か懐かしそうな目で遥さんが話す。
「さてと本題だ。そんな恰好してるけど男なんだろ?」
「あ、あのはい…証明するもの無いんですけど…」
「見りゃわかるよ。あたしゃ何百人のそういう人を見てきたんだ。薬もやってるね」
「あの…入居したいのは、したいんですけど…」
「表の看板の事かい?」
 そう言って口元に笑みを浮かべ意地悪そうな目であたしを見る遥さんは横に置いてある小ぎれいなポーチから煙草を取り出した。
「吸っていいかい?」
「あ、ええ…」
 メビウスのパッケージの箱から一本取り出しマッチで火を付け軽くくゆらす遥さんは何か考えている様子。だけど、
「やめた。あんたに話すと長くなりそうだし。とにかくどうなんだい?入居する気あるのかい?」
 どうもあたしはあの看板の事が気になって仕方ない。
「あの看板は、これからも付けたままですか?」
「ああ、あたしのボリシーだよ」
「じゃあ、ありがとうございました…」
 そう言って席ほ立とうとするあたしだけど。
「他を探すのかい?」
「ええ、そうします」
「東京は高いよ。払える額は月どのくらいなんだ?」
「あ、あのこのくらい…」
 そう言ってあたしは遥さんの前でジャンケンのパーを出す。
「どこの田舎から出てきたのか知らないけど、それじゃなかなかいいとこないよ。敷金礼金もいるんだよ。生活できるのかい?」
「…なんとか…」
「風呂どうすんだよ?男湯入れるのかい?風呂付でその金額じゃあ、まずこの近辺じゃないよ」
「あの、どこか郊外を探します…」
「まあ、都心までバスと電車で一時間半ならそれで見つかるかもね。仕事は見つかったのかい?」
「いえ、その…」
「あーもう、なんて子だよ!もういい。悪い事言わねーから故郷に帰りな!親父さん農家なんだろ。そこで働いて…」
「絶対嫌です!嫌なんです!」
 あたしの抵抗に大家の遥さんがため息をついてまた一服。とその時、
「騒がしいので来てみましたが、サンドイッチはやはりBLTに限ります」
 いきなり部屋のドアが開いて一人の男性…だと思う…背が高めで上下グレーのスゥエットに伸ばした髪を何かシュシュみたいなもので束ねた人が顔を出す。
(え?男の人…だよね?)
シミ一つない綺麗な顔。あ、そうか、ここニューハーフ専用の。でも胸無いしお尻も小さい。
「ああ、紫音ちゃん、ごめんね。お騒がせして」
「誰ですかこの子?ニューハーフ?入居希望」
 そうあたしに言いつつ、手に持っていたらしいサンドイッチを口にする、紫音とかいうその人」
「そうらしいんだけどさ、どこの田舎から出てきたのか知らないけど、何にも知らない世間知らずみたいでさ」
「そうですか、でもあの看板見て入ってきたんですよね?勇気あるじゃないですか?」
「違います!どさくさにまぐれて入れさせられたんです!」
 声を荒げて続けるあたし。
「ああ、この子紫音ちゃんて言うんだよ。あたしがニューハーフパプのママやってた時に入って来た子なんだけどね。入って一年で売れっ子になったのにすぐやめちゃってさ」
「その話はしないでください。優秀な奴は妬まれるんです。第一私はもっとやりたい事があったし」
「ああ、そうだったわね」
 遥さんと紫音さんの話を聞いてて、この紫音さんていう人なんか普通とは違うと思い始めたあたし。
「あと!門柱の変なモニュメント壊れてます!」
私の言葉に意地悪そうな目で相変わらず市販のサンドイッチらしきものを頬張る彼?にあたしはきっとなって言い返した。
「あれですか、いや丁度いい壊れ具合で面白いのであのままにしてあります。近所の子供たちには評判ですよ」
 逆に今度は紫音さんが聞いてくる。
「金あるんですか?」
「いや、あるにはあるんだけど、敷金礼金後回しにしても、あの金額じゃ生活は…」
「財布見せてください?」
 私の代わりに答えた遥さんとの会話の後、あたしがしぶしぶ取り出した財布をいきなり取り上げ、中未を調べ始める紫音さん。
「やめてください!返してください!あたしの全財産なんですー!」
 突然の事にびっくりして、財布を奪い返そうと立ち上がって彼に飛びかかるあたし。と、彼は財布の中から一万円札を抜き取り、そのあと財布を乱暴にあたしに突き出す。
「結構大きい手ですね」
「農作業やらされたら誰でもこうなるんです!」
「今月はこれでいいです。遥さん、彼か彼女かわかりませんが、この方の残りは後で俺が払います。敷金と礼金いるなら立て替えますよ」
 紫音さんの言葉に何が起こったのかわからず豆鉄砲食らってるあたし。
「いいのかい?まああたしゃお金が入ればいいんだけど」
「あの看板観て入って来た勇気は認めましょう。二人目ですね。前追い払ったの方はなんか素行が変でしたが」
 遥さんと勝手にあたしの入居について話し始める紫音さんだけど、
「だーかーらどさくさに紛れてここに来たんで、あたしまだ入居するなんて決めてません!」
「悪い事は言いません。ここにしておきなさい。今月は俺の部屋の掃除と洗濯と食事で手を打ちましょう。食材費は出します」
「他探したいんですけど!」
「では一緒に行きましょうか?探せるものなら。玄関で待っててください」
「あ、あの…、はい…」

「あ、あの、いつもそんな恰好なんですか?」
 玄関に出てきた紫音さんは、細いフレームの丸メガネらにチューリップハットにさっき来ていた上下スエットにマントみたいなポンチョ姿。なんか漫画のキャラクターていうか、大昔のイギリスのパントにいたジョンなんとかという人がささっと描いた自画像みたい。
「いえ、流石に夏は…」
「そうでしょうね…」
「ポンチョが薄手のものになります」
「そ、そうですか…」
 この紫音という人、いい人なのか悪い人なのか、おかしいのか変わってるのかわからないまま彼についていくあたし。
「あの、紫音さん。お仕事今何してるんですか?」
「私ですか?フリーです。なんでもやりますよ」
「あの、たとえば…」
「おや、三毛猫ですね」
 あたしとの会話を突然やめていきなりそう言った彼は、道路の反対側に走っていき、歩いている三毛猫を素早く抱き上げたけど、何やら体を調べる素振りしてすぐに離してこちらへ戻ってくる。
「残念、雌でした」
 そう言って何事もなかった様に歩き出す紫音さんの後ろに急いでついていくあたし。
「雄の猫が好きなんですか?そういえばにゃんにゃか荘でも猫いましたよね」
「そうじゃありません」
「え、雄だったら飼ったんですか?」
「いえ、雄ならペットショップに売り飛ばして、銀座で豪遊します」
「み、三毛猫の雄って銀座のクラブとやらで遊べる位高いんですかあ?」
「はい。只それは性に合わないので、銀座のカラオケボックス借り切って、友達呼んで一晩中騒ぎます」
「紫音さんて…アニソンとか特撮の唄とか、歌いそうですね?」
「結構たしなむ方ですが、それが何か?」
「いえ、なんでもないです…」
 紫音さんの後ろについていきながら、さっきの猫が気になって後ろを振り返りつつあたし達は今日降り立った駅の駅前商店街に到着。紫音さんはあたしにさっきの一万円手渡して言ってくれる。
「さあ着きましたよ。不動産屋も何件かあります。思う存分お探しなさい」
「あ、ありがとうございました!遥さんにも宜しくお伝えくださいです!お元気で!」
 あたしは紫音さんに何度もお辞儀をして商店街の中に走り出した…。

「なんで…なんで東京の人ってこんなに冷たいんですか!?あんまりです!ひどすぎです!あそこまで言わなくても…初対面のあたしに田舎へ帰れとか…」
 一時間後、カラスが鳴きつつ飛んでいる夕焼け空の下、商店街の外れの小さな公園のベンチでぐすぐすやってるあたしの横にいつのまにか紫音さんがいた。
「やっと自分の愚かさに気づきましたか?そりゃそうです。敷金礼金まけてくれだの、2Kの部屋半分だけ貸してくれだの、おまけに住民票とか印鑑登録が男の名前なのに、Tシャツにブラの線見えてるし、申込書の性別女にして七沢真莉愛て名前書いているし」
「見てたんですかあ!」
「なんで嘘書くんですか?」
「あたしの本名、見るのも嫌なんです!
「まあ、見てはいません。不動産屋との会話を外で聞いてただけです。壁に耳あり障子に目あり。私の友達メアリーさん…」
「もういいです…」
 そう言って大きくため息つくあたし。
「諦めてにゃんにゃか荘に来なさい。そうそうさっきの一万円返してください。そろそろ晩餐の時間です。さあさあ私の行きつけの飯屋に行きましょう。ほれほれおごりますよ」
 そういえばあたし昼食べてない。
「…ありがとうございます…」
 そう言ってあたしはよろよろと紫音さんの後について再び商店街の中へ。

「只今戻りました」
 紫音さんについていってなにやら定食屋みたいな所に入るやいなや、彼が店のマスターらしき泉〇しげるもたいな人に挨拶?
「やあ、紫音ちゃん、相変わらずだねえ」
 多分この人流の店に入る時の挨拶なんだろう。もう多少の事では驚かなくなったあたし。
「猫鰹屋?」
 店の暖簾に書いてある店名を見て、今日はなんか猫がらみが多いと不思議に思う。
「いつものにして進ぜよう」
「あいよ…あれお連れさん?珍しいね。あ、紫音さんのお連れさんというと、ひょっとして」
「はい、ご明察です」
「へえ、なかなか可愛い子じゃん。お嬢ちゃん…でいいのかね?何にする?」
「とりうえず私のと同じでいいです」
「あいよ、唐揚げ定食二丁!」
 勝手にあたしの今晩の夕食を決めてくれる紫音さん。まあ、好きだからいいけど。奥の方で店のマスターの奥さんらしき人の返事の声が聞こえ、紫音さんとあたしは、紫音さんの指定席という、店の奥の畳敷きの座敷に座った。

「物書きの仕事…ですか?」
「はい!小説でもなんでもいいから書いてお金貰える仕事を…」
「国語とか得意なんですか?」
「はい!国語と英語は大好きです!」
「そうですか…」
 あたしの話を聞いてる紫音さんはなんか無表情。
「漫画はともかく、小説だけで飯を食うなんて、社長になるより難しいですよ?」
「え?そうなんですか?」
 被っていたチューリップハットを脱ぎ、ぼさぼさの髪を軽くかきながら紫音さんが続ける。
「小説とかシナリオとか書いてる人は、売れっ子でも何かしらの職業に就いているものです。専業でお話書いて生活している人なんて、まあ百人のうち一人いるかいないかですよ」
「えー?そうなんですか?」
 あたしの答えに大きくため息をついて紫音さんが続ける。
「空想科学小説書いていた超有名な人も、本業はテレビ番組のプロデューサーでしたし、流行歌の超有名な作詞家の方も本業は大手銀行の支店長でした」
「そうなんだ…」
「まあ、そうですね。公務員、学校の先生、広告代理店、図書館司書、自営、最近だとコンピュータ関係の方も多いですね」
 と、そこへ
「あいよ!鶏の死体油地獄定食二丁」
「ひゃ!」
 持ってきた唐揚定食をテーブルに並べ始めた店のマスターの変な言葉に一瞬どきっとするあたし。
「マスターのギャグは品がありません」
「そうかい?紫音ちゃんの前だから一生懸命考えたんだけどなあ…」
「一万円くれたらぴったりの考えてあげます」
「よせやい!半月分の煙草代じゃねーかよ」
 そう言いながら笑って去っていく定食屋のご主人。
「…ですから、物書きだけで食っていこうなんてチクロやサッカリンみたいな考えは捨てて…」
「なんですか?それ?」
「まあ…いいです。とにかく仕事探しなさい。あ、そうだ…」
 そう言ってマスターの戻った厨房の方を向く紫音さん。
「おやっさん、この子奴隷で買ってくれませんか?」
「え?あー、今間に合ってるんだよなあ。不景気だし人雇う余裕ねーよ」
 それで話が通じるんだ…。心遣いはうれしいけど。
「前紫音ちゃんがメイド服でパートやってくれた時はまだ景気良かったんだけどなあ」
「面白かったですが、部屋に戻ると部屋の中が油臭くて困りました」
 ふんふんと聞いていたあたしの頭の中で何かがはじける。
「紫音さん!定食屋で、メイド服で、何やってたんですかあ!?」
「実験です。今の市販のメイド服の機能性を確かめる為、一週間ほどウェイトレスやってました」
「実験て、それで部屋が油臭いって、そのままで帰っ…」
「面白かったです。帰り際に何人もの人が振り返ってくれました。たまたま最後の日ですがラブレターまでもらいました」
「な、な…」
「やはり今のはだめですね。スカートが膨らみすぎて狭い定食屋では…」
 そうさらっと言ってのける紫音さんに厨房からマスターの声。
「紫音ちゃんも罪だよなあ。そのラブレターの男、おたくっぽかったけど暫くここに通っては遠い目してずっとあんたが来るの待ってたんだぜ」
「かわいそうです紫音さん!ていうか、バリバリ女で通したんですか?」
「まあ仕事みつけなさい」
 あたしの抗議を全く関係ない言葉で打ち消す彼。と、
「てめぇ!調子に乗るんじゃねえ!」
「あんたがバカだからだろ!」
 店の入り口の方でさっきから気になってたんだけど、何やら小声で言い争っていた作業服着た二人がとうとう立ち上がって二人とも今にも殴り掛からんばかりの状態。
「困りましたね…人が美味しく鶏の焼死体食ってる時に…」
「ううっ」
 紫音さんのその言葉に丁度口に入れた唐揚げを戻しそうになるあたし。彼はというと座敷席の横のサンダルをつっかけて喧嘩している二人の間に割って、殴り掛かろうとしている人に向かってのドスの効いた声で言った。
「やめとけ!あんたの為だ!やめとけ!」
「な、なんだあんた!いきなり!」
 なんか強面の人が紫音さんにむかって怒鳴る。
(へえ、おかしな人だと思ってたけど…)
 とあたしはちょっと彼を見直した…が…
「やめとけ!志願兵を殺せば十年だ!誰だって頭おかしくなる!」
「何?志願兵がどうしたって?」
 一瞬眉をしかめる強面の男。と、もう片方の人が、
「どけよ!あんた誰だよ!関係ねーたせろ!」
 と、片方の細見の男の方を振り向いた紫音さん。
「わが名はアシタカ!」
「はあ!?アシダングモがどうしたって!?」
「忘れたか?お前の母はこのわしだ!」
「何の話をしてるんだあんたは!?」
 喧嘩中の二人は宇宙人でも見る様な顔で紫音さんの顔をみつめていたけど、
「ばかばかしい!帰るわ!」
 店の中の数人の客も驚いた顔で見守る中、そう言って二人は別々に店の外へ出て行った。
「これであの二人の面子もたったと言うものです」
 そう言いながら座敷席のあたしの所へ戻ってくる紫音さん。
「あ、あの、いつもああ言って、その、喧嘩の仲裁するんですか?あれじゃ、その紫音さんが変にみられる…
「身分相応です。それに私はただ観た映画の台詞を適当に喋ってるだけです」
 涼しい顔でそう言って定食についてる味噌汁をずずーっとすする彼。
「この前は確か泣きながら、地球か…何もかも懐かしい…でしたわね?」
 厨房で笑いながら中華鍋を振ってる横にいた、三角頭巾を頭に巻いたおかみさんらし人がひょいと顔を見せて笑って言う」
「前から思ってましたが、この店、何か人を興奮させる様な物混ぜてるんじゃないですか?でないとこんな定食屋がこんなに繁盛する訳がありません」
「何言いだすんだよ!そりゃお前、俺の腕がいいからに決まってるだろ?」
 笑ってるおかみさんの横でチンジャオロースーみたいな物を皿に開けながらマスターが少し不機嫌そうに言う。
「確か、実は正体が凄腕のスパイという浪速の丁稚が出てくる小説にそんなのありましたね。お好み焼きソースの中に麻薬仕込んで店は大繁盛…」
「いいかげんにしねーか!」
 思いのほか、そういうマスターの顔は笑っていた。
「紫音ちゃんありがとよ。今日のお代はいらねえ。御礼だ」
「それはありがとうございます。事前にあの二人と打ち合わせした甲斐がありました」
「おいおい!なんだそりゃあ!」
「うそです」
 もうなんかあたし、横で聞いてて頭おかしくなりそう!
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