翌朝。
なんで?なんでなの?女って不思議って僕まだ完全な女じゃないけど。昨日萌さんに添い寝してもらって思いっきり楽しかった事話して、これでもかって位泣いたら…。朝になったらけろっとしちゃう僕。
「杏奈ちゃんさ、本当にその格好で帰るのか?」
「う、うん。何か昨日の事もあるんだけど、強い女になろうと思って。まあこんなのもいいかなって」
「強い女ってさ、自爆霊の言う言葉だろ。じゃさー」
そう言って大きな丸いトンボメガネを僕に手渡ししてくれる僕。
「あたしの主義主張は賢い女。忘れんなよ。帰る途中でまた泣いたらうぜーから、これ掛けていけよ。買ってやった服とか後で送っといてやっから」
「あ、うん、ありがとうございます」
軽井沢駅まで車で送ってもらって、喫茶店で朝食べて、そして新幹線のホームへ。
「萌さん、いろいろありがとうございます」
「もっとかかると思ってたけど、意外にすんなり女になったな。筋いいよ。あのメイクも見ただけで覚えたしな」
僕のお礼の言葉にそう答えて時計をちらっと見る彼女。
「なんか有ったらまた来いよ。おめー気にいったから」
「本当ありがとうございます」
あらためて僕は両手をスカートの前にそろえて深くお辞儀。
「あ、そうだ…」
そう言って少し考えるふりをした後で萌さんが続ける。
「杏奈ちゃんさ、いい奴みたいだから、おもしれー話してやる」
そう言って僕の耳元で少し長く耳打ちする様に話す萌さん。僕の顔がだんだん驚きの表情になる。そして、
「あ、あの自爆霊…いや柴崎先生が…そんな事有ったんですか!?だから萌さんと柴崎先生が、でもそれって」
「ま、まあ、別に忘れてくれてもいいんだけどな」
柴崎さんの事をずっと自爆霊て言い続ける彼女にうっかりそう言っちゃった僕。
新幹線の発車のベル音が鳴り、僕は萌さんとぎゅっとハグ。席の窓から萌さんが見えなくなるまで僕に手を振っていてくれた。
しかしその後萌さんが笑いながら駅のホームの階段を降りていった事を僕は知る由もなかった。
「あの子があれで帰るって言ったんだもーん」
彼女の口からそんな声が聞こえていたらしい。
鎌倉駅を降りてバスに乗って最寄のバス停で降りた僕。ここに来る途中何人かの人にじろじろ見られたけど、そんなに変かな?僕の今のファッション?
そして京極邸の大きな門の前に到着してチャイム鳴らすと懐かしい水村さんの声がする。一週間空けただけなのにもう何ヶ月も戻ってない気分。
「え、ひょっとして、杏奈さまですか?」
「あ、うん」
「今開けますねぇー、でもどうしたんですかぁその格好」
のぞき窓からキャハハッいう彼女の笑い声の後、門の横の勝手口が開き、僕は出てきた水村さんと軽くハグ。
「水村さーん!会いたかった!」
「ど、どうしたんですかぁ?なんかすっかり別人みたいに。あ、でもね柴崎さんてそのちゃらちゃらした格好あんまり…」
「う、うん、いいじゃん。それよりさ女の事一杯おぼえてきたよ」
「今大澤さんもいますよ。あと…」
ちょっと口濁して水村さんが小声で続ける。
「田柄さんも、いるんです…」
神妙な顔で僕に言う彼女。
「大丈夫だって。どうせ居ても会いにこないでしょ?」
そう言って僕は手に持ったバッグを少し振り、お尻を振って女歩きして京極邸の庭へ。
「あー、右京ちゃん。大きくなったじゃん!」
池の中には僕が夏祭りで貰ってきた金魚の右京ちゃん、それ僕の元の名前なんだけど、元気に泳ぎまわっていた。
屋敷の玄関に入ると懐かしいあの人、柴崎さんが奥から飛んできた。と、僕の姿を見るとなんかドン引きして玄関の壁にどんと背中をぶつけたらしい。
「自爆霊(柴崎)先生!会いたかったあー!」
僕は玄関先でそう言って彼女にぎゅっとハグ。
「な!な!な!!」
そうなんだ。僕、先日ロックコンサートに行った時と全く同じ格好で帰ってきたんだ。大きなトンボ眼鏡までかけて。
「ねえ、僕、こんなに変わっちゃった。可愛くなったでしょ?」
「あ、あ、あんの!糞ガキゃーーーあ!」
「ああんもう、萌さんの事悪く言わないでよー。すごくいい人だったんだから!」
「は、離れろ!離れろ!紅が付く!」
ハグしている僕を両手でぐいぐい押しのける柴崎さん。
「あ、あんのやろ!金払わねーぞ!」
僕を引き剥がした彼女はそう言いつつ足を踏み鳴らしながら再び屋敷の奥に消えて行った。
駅で萌さんに耳打ちされた言葉を思い出すと、なんとなしに柴崎さんのあの行動がわかる。玄関でグラディエータのサンダルの紐を外していると、今度は執事の大澤さんが奥から現れた。
「杏奈お嬢様、おかえりなさいまし。いやまあすっかりお変わりになられて」
「あ、大澤さん、お久しぶりです。ね?可愛くなったでしょ?」
「いやあ、私の亡くなった娘も一時そんな格好してましたなあ」
「え、良かったじゃん。じゃさ、娘だと思って可愛がってよ」
サンダルを脱いだ僕はそう言って大澤さんにもハグ。
「あ、今日は後で京極の奥様も戻ってこられます」
「え、あ、そうなんだ…」
奥様って、おばさんの事。男だった僕を死んだ妹の杏奈に仕立て上げて、あげくのはてに従兄弟の田柄さんと結婚させようとしてる張本人。ちょっと嫌な感じ。
「またあとでー」
そういい残して僕は杏奈の部屋に直行。あの時は軽井沢で涼しいコンサート会場だったから平気だったけど、ここ鎌倉は暑い!とにかくメイク落としたい。それにこのフェイクレザーのミニスカートも結構暑いしむれるし、そもそも大きくなってきた僕のお尻には窮屈なんだもん。
萌さんの所へ言ってから服の趣味も変わった、杏奈の衣装箪笥から、花柄の結構可愛いキャミとフレアパンツ出して着込む僕。ふと鏡を覗き込むとメイク落としてすっぴんになったにも関わらず、僕の顔は頬が更にふっくら艶々になって元気な頃の杏奈にまた一歩近づいた。萌さんの所で少し太ったせいかもしれない。
ロックギャルから可愛い少女?になった僕は、京極邸の柴崎先生の自室、といっても彼女が勝手に空き部屋に荷物運び込んで作った巣みたいな所だけど、そこにご挨拶に行く。
大広間の控え室みたいな所の和室に行き、襖をノックして入ると、相変わらず一面キティちゃんだらけの部屋で、キティちゃん柄のキャミパンを身に付けた柴崎さんが布団に寝転んでテレビを観ていた。
「とりあえず戻って来ました」
「んあ?」
僕の方を見ずになんかどうでもいい返事してくれて、そのままの姿勢で続ける彼女。
「萌さんと…何か話したの?」
「ありゃ絶対居留守だな」
一瞬傍らのアイフォンを手にして再び元の位置に置く彼女。
「ふぁーあ、一週間暇だったわよ。あんたの顔見なくて済んだからのんびり過ごせたわ」
いきなりそんな意地悪な事を言う彼女。リモコンかちかちしながら彼女が続ける。
「あ、あんたの手術、明日になったから」
「え?手術って…」
「あれしかねーだろよ」
あれしかって、ま、まさか…!
「何?嫌なの?」
「ううん、嫌じゃないけど、ちょっとびっくりした。早いなって」
そっか、明日なんだ。とうとう僕…。
やっと彼女は僕の方を向き、そしてざっと僕の今の姿を見た。
「何?ずっとあの路線で行くんじゃなかったの?」
「まさかー。でも嫌いじゃないけど、夏暑いし」
そう言って僕は柴崎さんの布団の横に寝転がる。あ・ま・え・ん・ぼ・う、柴崎さんで試してみようっと。相手が女でも効果有るって萌さん言ってたし。そして寝転んで彼女の背中にぐっと抱きついてみる僕。
「会いたかったんだよ」
「な、何よ急に、気持ち悪い」
「努力して女の事一杯習ってきたのにさ」
「そう、それはよかったわねー。男とエッチの仕方も?」
「うん!」
意地悪そうに言った柴崎さんは僕の一言の反撃に動揺したみたい。
「あんた、あのバカの所で何習ってきたの!?」
「うん、女の喜怒哀楽、全部」
「はあ?」
今度は顔だけじゃなくごろんと転がって体全体を僕の方に向ける柴崎さん。そんな彼女の胸に軽く抱き直す僕。
「柴崎さん、かわいそう…」
「な、なんなのよほんとに」
彼女の顔をじっと見ながら僕はゆっくり話す。
「僕にね、一日だけの彼氏が出来たの。すっごく優しくて楽しい事とか、ちょっとエッチな事もしてもらったんだ。僕、まだ完全な女じゃないけど、この人なら彼氏にしたい、ずっと一緒にいたいって思ったけど、一日たったら捨てられたみたいにどっか行っちゃった」
「それで?」
僕はぐっと一息飲んで話を続ける。
「その時、めっちゃ悲しかったの。もう息するのも忘れる位だった。あんなの初めてだった。でもさ…」
それ聞いた柴崎さんの顔が何か引きつったみたいだった。
「先生も、経験したんでしょ?あんな辛くて悲しい事…」
「あ、あんた!あのバカから何聞いたの!?」
いきなり半身起き上がってすごい形相になる彼女。
「そんなのどうでもいい事じゃないの!何甘っちょろい事言ってるのよ!たった一日付き合った男と別れたくらいでさ!そんなので女をわかったみたいな口利くんじゃないわよ!」
髪を振り乱して立ち上がって彼女は続ける。
「あたしなんか二年付き合ったのよ!結婚式の日取りまで決まってたのにさ!あのバカが賞賛する売女みたいな、けばいロックギャルみたいな奴にいきなり盗られてさ!もう!思い出しちゃったじゃないの!」
そう言って彼女は目頭を覆いながら乱暴に部屋の襖を開けてそのまま飛び出していく。
「あ、ごめんなさい!」
僕の言葉が彼女に届いたのかどうかわからなかった。
お屋敷の中僕は彼女を追いかけて探したけど見つからなかった。その途中で今までに入った事の無い部屋にたどり着いた僕。多分お屋敷の奥の方だと思う。八畳の小さな部屋でなんか客間っぽい。太陽の光が差し込む部屋の外には木々に囲まれた小さな庭、ひさしに吊り下げられた風鈴がチリーンと鳴る。少し涼しくて、本物の畳のいい香り。
(こんな部屋有ったんだ)
部屋と庭の境目の縁側に立って、僕は風鈴の音に耳を傾けながら太陽の光と時折吹く風に身を任せる。すっかり女の肌になった僕の体は多分男の子だった時の数倍はその気持ち良さを感じてると思う。
(もうすぐ夏も終わる。そして、明日僕は男の子でなくなる。そして九月になったら、僕は杏奈として、杏奈の行ってた高校へ)
萌さんの所で頭の中をすっかり女にされた気分。もう普通に女として振舞えると思う。もうあんまり怖くない。むしろ女子高校生として学校へ行くのが楽しみ。
両手を頭の上で組んで、ヒップを突き出してそのまま大きく背伸び。そして僕の体は一人でに何かのステップを踏み出した。あのロックコンサートのステージでゲストとして歌った時を思い出して口ずさみながら。
(踊るって、なんだか楽しい)
柔らかくなった手足を振ると思い通りに綺麗な曲線を描く。軽く感じた体は足のステップを軽やかに。大きくなったヒップがまるで弾み車の錘みたいになってくるっと回れる。
教室とかで女の子達が何人かで放課後に楽しそうに踊っていたのを見た事あるけど、なんだかその気持ちがわかる。
(もっと、もっとこうすると可愛いかも)
ランダムにいろいろな歌を口ずさみながら自己流でいろいろダンスを試していた時、廊下の方で何か物音がした。
「あ、柴崎先生?水村さん?、ねえ、見て見て!僕踊るの好きに…」
廊下に背を向けてうつむき加減で上機嫌で踊っていた僕の体を誰かが背中からぎゅっと抱きしめる。
「え、ちょっと」
違う、女じゃない!硬くて力の入った腕、まさか!
「杏奈、いや、右京!久しぶりだな」
久しぶりに田柄さんの声を聞いた。
「暫く見ないうちにすっかり女っぽくなったじゃん」
僕に抱きついたまま耳元で囁く彼。
「み、見てたの?」
「そりや、そんな格好で踊ってるのを見たら、男なら誰でもさ」
見られてたんだ、恥ずかしい!
「すごいな、もう女の匂いだし、体もすっかり女じゃん」
とうとう僕の首筋にキスをし始める彼。口からは少し何かのお酒の匂いがする。僕を抱きしめる手が僕の胸にかかる。ちらっと彼を見た僕の目にはランニングシャツとトランクスだけになった彼が映る。
(危険!)
すっかり女になった僕の頭にそんな信号が飛び込んでくる。
そんな事お構いなしに彼の手が僕のキャミとブラ越に僕のバストトップにかかり始めた。
(だめ!)
そう言って彼をはねつけようとしたけど、
(一度でいいから、田柄さんと寝たかったなー)
そんな幽霊の杏奈の言葉が頭をよぎる。それに、男の子だった時にはそんな田柄さんは憧れだった。あんなかっこいい人になりたいと思った事もあった。僕は抵抗する手の力を弱める。
「へぇ、おっぱい出来てきたんだ」
そう言いながら僕のブラの上から、すっかり女性化した僕のバストトップを指で触り始める彼。そしてあろうことか僕のそれはだんだんブラの中でつんととがり始める。そしてショーツとキャミパン越しに当たる彼のトランクスの中のものがだんだんむくっと大きくなって熱くなっていく。
僕も以前は男の子だったから、彼のその状況はわかる。メイクもしてないのに僕は男の人を瞬時に感じさせる事の出来る、水準以上の女の子になったって事。
そして僕自身も。以前テニス教えてもらった後の時から彼は僕を見下していたのはわかってた。だから僕だっていい印象持ってない。にも関わらずにこういう事をされると体が勝手に反応してしまう。
といきなり田柄さんは僕を抱きかかえる様にして乱暴に畳の上にねころがし、すぐさま上に乗って僕の体をもてあそび始める。
(幽霊の杏奈の為に)
無抵抗のままされるままにされる僕。そしてお酒臭い息しながら首筋とか顔とか喉、そしてブラを外されバストトップにまでキスされ、舐められ、彼の手は僕の胸やお腹、背中、お尻、太股を荒々しく揉み砕く。その間中、僕は萌さんから教わった、(演技でない本当に女の子が感じた時のふりと声)それを一杯使ってあげた。でも何か違う。女になった僕の頭が何か気づく。
(口でキスしてない。いきなり胸もまれて)
何だか彼の手がすごく荒々しい。僕の事おかまいなしで、無理矢理自分のいう事聞かせようとしてるみたいで、それに僕、彼を抱きしめたりしてない。
(こんなの、愛が全然無い)
そうだよ、無味乾燥な気分。僕、全然気持ちよくない!でも、体だけは何故か反応しちゃってる。声が勝手に出る事も。おっぱいだってつんとなっちゃってるし、そしてとうとう彼の手がショーツ越しにあの部分にあたった時、僕は無意識に腰をくるんと回してる。
と、彼の手がとうとう僕のショーツにかかり、一気に膝まで降ろされてしまう。
(だめ!そこ。市村さんにだって見せてないのに)
「なんだよ、お前まだ男のままじゃん!」
そう言って僕の腰を乱暴に平手で叩き、再び僕に覆いかぶさる田柄さん。
「なんだよー!折角やれると思ったのに!」
そう言って腹ただしそうに猛然と腰を動かす彼。彼の熱くて固いのが僕の股間にがんがん当たるけど、こんなの全然気持ちよくない!彼を振りほどこうとしても僕の体はもう彼を動かす力も消えている。本当なら
(やめろ!ばかやろー!)
って言いたい所だけど、その後何されるかわからない。
(あ・ま・え・ん・ぼ・うの、哀と演技…)
その言葉が頭に浮かんだ僕。
「お願い、やめて!やめて!」
腹が立つのを押さえ、そう言って目頭を押さえる演技をする僕。
「なんだよ!男のくせに変な泣き真似なんかしてさ!」
田柄さん!いったい、どうしちゃったの!それに僕…。
「僕、もう女だもん!女だもん!」
自分が女の子だって、はっきり意思表示したのこれが最初だった。
「そうかい、じゃあ、女ならさ!」
そう言って彼はそのまま僕の胸元に馬乗りになって自分の固くなったそれを僕の顔に近づける。
「さあ、口でやってみろよ!女なんだろ!早くやれよ!」
もう僕絶対絶命!その時もうほぼ女になった僕の頭が何か指示した。そしてその指示通りにする僕。
「キャーーーーー!」
その途端自分でもびっくりした。僕の口から、あんなに高音の女の悲鳴が出るなんて!
「うるせー!黙れ!」
あろう事か彼に顔を軽くビンタされた僕。
「やだ!やめて!やめて!お願い!」
「うるせー男のくせに!女みたいな口利くな!」
田柄さんの口調がだんだん乱暴になる。とその時、僕の目には彼の真後ろで何か白いもやみたいなものが見えた。そしてそれは瞬時に杏奈の姿に変わる。
「あ、杏奈…」
「あ?何だ?」
現れた杏奈はすごい形相をしていた。幽霊の癖にどこからか走ってきたのかぜいぜい肩で息きらして墓場のどっからか引っこ抜いてきたのだろうか、両手に持った卒塔婆を僕達に向かって振り下ろそうと頭上に振りかぶる。彼女の怒りの顔は僕なのかそれとも田柄さんに向けられてるのかわからない。
「杏奈!ごめん!」
僕がそう言った時、部屋の襖の陰から水村さんが部屋に飛び込んで来るのが見えた。一瞬それに気づいたかに見えた杏奈の霊がふっと消える。
「た、田柄さん!な、何やってんですか!」
水村さんの怯えた声に、
「うるせー!あっち行ってろ!」
彼の怒号にどうしていいかわからずおろおろする水村さん。と、今度はキティちゃん柄のキャミとブラパン姿の柴崎さんが部屋に飛び込んできた。
「田柄君!やめなさい!」
「なんだよお前まで!ほっとけよ!」
「だめ!それはやっちゃいけない事!」
柴崎さんが田柄さんの手を引っ張って僕をから引き離そうとするけど、所詮女の力じゃどうする事も出来ない。とうとう逆に彼に腕を捕まれて引きずり倒されてしまう。
「こいつは自分が女だって言ったんだ。じゃ、女だって証拠見せてもらおうじゃねーかよ!お前らも良く見とけ!」
そう言って再び僕の胸元に馬乗りになった田柄さんが急に後ろに倒れてしまう。彼の後ろには執事の大澤さんが無言で立っていた。
「田柄さま、無謀な真似はおやめください」
振り返る田柄さんの前には無表情で仁王立ちになった大澤さん。
「な、なんだよ!お前俺にそんな事言えるのか?」
「私は京極家のボディーガードも務めております」
そう言って大澤さんは彼をひきずり起こす様に立たせてすかさず彼の手を背中に回して確保。
「はなせ!執事のくせに!」
「京極家の方々の安全を守るのも私の役目でございます」
そう言って彼の腕を背中にねじって首に手をかけ、部屋の入り口の襖まで田柄さんを引きずっていく大澤さん。
「あなたは京極家の人間ではありません!」
「うるせー!この事は昌子おばさんに必ず言わせてもらう!」
大澤さんはなんなく彼を部屋の外に引きずりだし、
「後を頼みますよ」
そういい残して田柄さんと共に視界から消えた。
「右京!よく考えろよ!俺と一緒にならなきゃ、お前ここから出て行く事になるんだぜ!わかってんのか!」
屋敷の長い廊下、大澤さんに連れられた田柄さんの笑い声がだんだん遠く小さくなっていく。
右京って言われた悲しみも有って、両手を顔に当ててひっくひっくしている僕に、水村さんが元通り僕の胸にブラを付けながらぼそっと言う。
「田柄さん、今日も朝から飲んでました。それに…」
僕にキャミを被せながら彼女が続ける。
「実は、本物の杏奈さんが亡くなった時から、田柄さんがだんだん変になっていったんです…。酒と女絡みであまり良くない噂も聞きました…」
「て、でもさ、だからと言って、こんな事許される訳ないじゃない!」
「そりゃそうですよ…」
水村さんと柴崎さんの会話聞いてて、僕もふと思う。好きだった杏奈が亡くなって、元々男だった僕が替わりに杏奈にされて、そしていずれは僕と結婚させられる運命って、田柄さんの気持ちもなんとなくわかる。
でもさ、僕どうなるわけ?無理矢理妹の杏奈にされて、そんな田柄さんと一緒にさせられる訳?
「僕ってさ、女ってさ、何なんだよ…」
二人に向かって泣き声で続ける僕。
「こんなの、僕ってさ!女ってさ!只の道具じゃん!」
僕はそのまま立ち上がって手で涙拭って部屋から飛び出す。後ろで僕を呼ぶ声したけど振り向きもしなかった。
(僕、何の為に女になったんだよ!なんで妹の杏奈なんかにされたんだよ!あの時杏奈と一緒に死ねばよかった!田柄さんがあんな人だなんて知らなかったし!僕、明日…マジ女の体になるし!)
大声上げて杏奈の部屋に飛び込んだ僕はそのままベッドに倒れて泣き伏した。僕の人生なんてもうお先真っ暗じゃん!
今となってはもう何もかも嫌い!気分はもう杏奈の卵巣と子宮を移植された時に戻っていた。可愛い下着も、体も何もかも嫌!。
誰かに僕の今の心境聞いて欲しい!でも、女の人じゃだめ!慰められるだけだし…、そうだ、僕のあの…。
僕はスマホを手にとある所へ電話をかけた。
鎌倉駅で待ち合わせの約束の時間近くまで僕は下着姿のままベッドの上でぐすぐすやっていた。柴崎さんとか水村さんが何度か部屋のドアをノックしたり声かけたりしたけどぼくは応じなかった。
でも不思議、さんざん泣いた後どういう訳か引き潮みたいに僕の悲しみとか悔しさが引いていく。なんていうのか、もうさんざん泣いたからいいじゃんて感じがする。
「…いいよもう…女の幸せ…さがそ…」
今日はスカート履いていくのは嫌だったけど、杏奈のジーンズとかスラックスの類は全て僕の女教育の為とやらで柴崎さんによってどこかに隠されていた。仕方なく僕は杏奈のジーンズのショーパンとTシャツを着て小さなバッグを持ち、ミュールをつっかけて約束の時間に間に合う様に屋敷を飛び出す様に出た。
待ち合わせの鎌倉駅の時計台の前で待つことしばし。人ごみの中から奴が現れた。見るとスエットのパンツにランニングシャツにバッグ。仮にも彼女と合うというのになんともラフな格好。
「杏奈ちゃん、どうしたんだよ、急に呼び出してさ。バスケの試合中だったんだけどさ、もう俺すっ飛んできたよ」
僕の目の前に現れたのは、僕が男の子だった時の親友の高杉良一だった。ご丁寧にこの前渋谷で花とタコヤキ持って、妹の杏奈になり切ってた僕にプロポーズしてくれた奴。
ところが奴の顔見た瞬間、僕の目から勝手に涙が出て両手を奴の胸に当てて飛び込んでしまう僕。そんな事思ってなかったのになんで?体が勝手に動いてしまう。
「お、おいおい!どうしたんだよ!苛められたのか?相手は誰だ?男か?女か?男なら教えろよ!ぶっ飛ばしてやるから!」
もう自分より一回りも大きく感じる奴の胸に顔埋めて微かに泣き声まで上げる僕だけど、不思議とわっと泣いてしまうと気が晴れてしまう。
「ううん、もういいの。試合は?」
「大丈夫、ちゃんと控えの奴いたからさ」
「遠くまで呼び出して、迷惑じゃなかった?」
「ううん、平気平気!まじへっちゃらっすよ。杏奈ちゃんに呼び出されて光栄っすよ!んで、大丈夫なん?」
「うん…ちょっと悲しい事有ってさ。でももう平気、本当に平気」
真夏の空はもう夕暮れ時。僕と高杉はそのまま喫茶店に入ってまたいろいろ他愛も無い事を話し始める。杏奈の兄の右京…と言っても今の僕は右京でなくて杏奈になってるんだけど、ともかく右京を第三者にし仕立て上げてうまく話とかつじつまとか合わせて会話する術が上手くなったみたい。
女の武器は口がメインになるから、右脳発達してその分話術とか嘘が上手くなるって柴崎さんから聞いたけど、本当そう。話してる時に同時に次の話題とかが難なく浮かぶ。僕の頭も女の子みたいに複数の事が同時に考えられる様になってきたみたい。
「じゃな!何か有ったらいつでも呼んでくれな」
JRのホームまで奴を見送りに行った僕は、奴の乗った電車が見えなくなるまで手を振っていた。