三、錬月

 治聖術により体を形成され、魂を新たな体に納められた双翔は単身、木曾に向かっていた。
「いいか、錬月が奪われた可能性がある。お前はすぐに木曾に向かえ」
「ちょ、ちょっと待て。錬月が奪われただって!?」
「そうだ」
「だ、誰に?」
「お前の親父にだよ」
「なにいいいいいぃぃぃぃぃ!!??、なぜ、親父が?」
「時間がない!、行け」
聖は時の扉を開いた。そして、その空間に双翔を投げ入れた。双翔はそのまま時の狭間は彷徨い、気づいたときには木曾の入り口にいた。
「すごい術だ…」
時魔術の凄さを感心すると共に脅威と感じた。感じたはいいが今はそんなことを言っている暇はなかった。今は錬月を封印することが重要なのである。時空を切り裂く魔剣だからである。
 双翔は奥木曾を囲む森を一気に走り抜けた。その直後、左右に気配を感じた。
「何者?」
構っている暇はない。双翔の足は止まらない。
「止まらねば攻撃する」
霊気を感じた。咄嗟に気配を消した。相手の動きも止まる。双翔は相手の気配に気をつけながらもそこを突破した。2人が気づいたときには双翔の姿はもうなかったのである。いくつかの結界を突破すると奥木曾の村落が見えていた。嫌に騒々していた。1人の村人が双翔の姿を見つけたとき歓声があがった。
「おお、双翔様が戻られたぞ」
「真じゃ」
「皆の者、双翔様じゃ」
と、それぞれから双翔を歓迎する空気が流れた。それを見ていた双翔は何のことかわからず問い掛ける。
「如何したのだ?」
その問いに答えたのは護番衆棟梁の斎妙僧正だった。斎妙は元双魔衆で代々、奥木曾に唯一ある「斎覚寺」の住職をしている。その名の通り、この寺の初代住職であった斎覚が初代双魔王に従ってこの地に寺を築いたのが始まりとされる。斎妙はその末裔に当たった。
「双翔様、よくぞお戻りになられました」
「おおお、斎妙ではないか。久しいな」
「今は感慨に耽っている場合ではございませぬ」
「何があったのだ?」
「双善様が殺されました」
「何だと!?、それは真か!」
「はい、すぐに本山のほうへ行かれませい」
「うむ」
双翔は急いで双魔神社に行った。そこには血まみれになって倒れていた双魔衆の無残な姿があちこちで見られた。
「こ、これは一体…」
社内に残っていたのは女人衆と呼ばれる女性の双魔衆だけであった。双翔を出迎えたのは女人衆を護衛するために組織される双魔涼護衆(そうまりょうごしゅう)の師走鳴(めい)であった。忍び装束に身を包んでいた。
「双翔様、お待ちしておりました」
「これはどういうことなんだ?」
「はっ、双善様が乱心され次々と双魔衆を殺していったのでございます」
「乱心だと!?」
双翔は驚いた。
「はい、その後、本山のほうへ行きました故、我らも追いかけたのでございますが…」
「何があった?」
「絶命されておりました。腹部に…大き……な傷…を…」
鳴は泣いていた。それを見た双翔は本山のほうへ向かった。本山は神社の裏手にあった。行く途中には結界が張られ、幾多の侵入者たちを葬ってきた。結界と言っても神社から伸びる山を一周する螺旋の階段から本山の門まで続く道のりのことだが誰も突破できないほどに堅固に守られていた。その結界がいとも簡単に突破され双魔衆でも手錬になる影殺衆(えいさつしゅう)が全滅していた。
「なんたることか…」
影殺衆を殺せるのは双魔の者でも一部の者に限られている。それだけに絶大の信頼を寄せて本山を守護させているのだ。こうなってくると双善が乱心したという鳴の言葉を信じる他ない。結界を抜けると本山の門が見えてきた。完全な静寂が漂っていた。双善は壊された門をくぐる。石畳が本殿まで伸びて右側に池がある。反対の左側にも建物があり、扉や壁が爆発でも起きたかのように吹き飛んで血に染まった者たちが生き絶えていた。双翔はそのまままっすぐ本殿に向かった。本殿には双魔が持つ数多くの秘宝が安置されていた。安置されているといってもただ置いているわけではない。強い霊気や妖気を発しているため、かなり強い術を施していた。
「おかしい…、静かすぎる…」
そう感じたのも無理はなかった。ここにはもう1つの宝があった。宝というより双魔の者が崇拝しているものである。それは双魔神と呼ばれる銅像だが生きているのである。双魔に危機が及ぶときには双魔神が自ら起動して敵を抹殺するという伝説があった。双翔は見たことはまだなかったが心の鼓動は本殿全体に伝わっていた。その鼓動は大地をも揺るがすものだった。それが静止していたのだ。双翔は奥の間に向かった。奥の間にこそ双魔神がその力を秘めたまま眠っているのだ。奥の間に続く扉にも術を施しているのだがこれも破られていた。
「双魔神が目的だったのか…?」
双翔は疑心暗鬼にかられながらも中に入った。入ると正面に双魔神の銅像があった。そのとき双翔の心に声をかけられた。
「双翔、汝が来るのを待っておった」
「双魔神様で?」
「如何にも」
「この有様は一体、何があったのでございまするか?」
「うむ、よく聞くが良い。そして運命と思って受け止めよ。双魔王である双善が昨晩、余の許に参った。それもただ参るだけなら良いのだが手には首があった。彼の首はおそらく本山を守護している者の首であろう。そして、その姿のまま、こう言い放った。『我は闇に魅せられし者、我にここを治める義務も情もなし。ただ、殺すことを好む鬼なり』と」
「ば、馬鹿な…」
双翔は絶句した。
「しかし、そう言ったかと思うと悲哀のこもった声でこう申した。『双魔神様、それがしを殺してくださいましっ!。もはや…、それがしは双魔王ではござらん…。嫉妬と憎悪に駆られた闇の者だけしかその存在を表すことはできぬ体になってしもうた…。双魔神様!、双魔を滅ぼす糧とならぬうちに我を、我の命を…』とも」
「地に墜ちたとはいえ双魔王にとり憑くとは…」
「我が断ると悲哀と憎悪の表情が交互に入り混じって出てきたのだ。そして、最後には我にある物を託して自害して果てた。その魂は妖気に包まれるようにして消え去り、体はもぬけの殻となりこの本殿の中にいる」
「ある物とは?」
「うむ、これだ。これは双魔の嫡流以外は受け継ぐことはできぬ代物だ。心して受け取るが良い」
双魔神の銅像の中から光る玉がゆっくりと出てきた。
「これこそ、双魔王の証・双魔珠だ。受け取るが良い、お前にはその権利がある」
そう言われると双翔はわずかに頷いた。双魔珠はゆっくりと双翔の前に来た。煌煌としながら光り輝いていた。そして、珠は双翔を主と認めるとゆっくりと体の中へと吸い込まれていった。その直後だった。双翔の全身に激痛が走り、頭は割れそうになり、心臓は鼓動が急激に早まり、血管は皮膚から飛びだすかのように浮き上がり、筋肉はその機能を失った。酸素不足になり、気を失いかけることも度々あった。それでも強い霊気を発しながら双魔珠を抑え込もうとする。
「双魔玉を我が物としたときお前の力となってくれるだろう」
そう言い残して双魔神はゆっくりと眠りについた。そして、本殿に再び心の鼓動が響き渡ったのである…。

 聖はある人物と対峙していた。双翔を時空の空間に放り込んだ後、自らも時空の裂け目を目指して身を投じた。体は導かれるようにして裂け目に吸い込まれていった。吸い込まれた先には荒野が広がり、空は赤黒い。空気は濁り、地面は湿っていた。聖は風の精霊たちに自らの空間を作らせて空気を確保した。聖が氣を精霊たちにあげるかわりに酸素を供給してもらっていた。
「さて、ここにいる者を倒してあれを返してもらわないと」
あれとは奪われた錬月である。
 錬月は時空を切り裂く双魔の秘宝中の秘宝である。時魔より先に秘宝を取り返さないと奪われてしまう可能性があった。聖と時覇は気心が知れているがその他の者はそうではない。必ず返してくれるという保証はどこにもなかった。聖は自然界に住まう精霊たちを解き放ち、その人物を捜した。名も顔も知らぬ見えない敵でもあった。
(いたよぉ、ここより北の方角に)
じっと待っていた聖の許に朗報が飛び込んできた。伝えてきたのは風の精霊だった。続いて火の精霊も伝えてきた。
(おい、いたぞ。あぶり出してくれる)
聖はそれを止めた。
(何だ、敵に逃げられちまうだろうが)
(案ずることはない。逃げはしないさ。奴は己の力を過信している)
(なぜ、わかる?)
(ひしひしと伝わってくるんだよ。凄まじい妖気がな)
聖は武者揮いをした。そして、気持ちを落ち着かせた。
「行くぞ!」
聖は精霊たちに守られながらゆっくりと足を北に向けた。この方角に近づくにつれて妖気はさらに強まっていく。
(さすがは最強の妖魔王よ…)
しばらくして荒野は無残な墓地へと続いている。墓地といってもただ土盛りをした上に棒が1本立っているだけの粗末な墓地であったが男の妖気に煽られて死者たちが蘇ろうとしていた。聖はちょうど墓地の真中に腰を下ろした。その場で術を施すためだ。ただ施すだけなら誰でもできるがこの墓地は男が造りあげた幻である。
「五法封滅陣!」
そう言い放つと光に包まれると同時に墓地が灰のように消え去っていく。まるで何事もなかったかのように先ほどいた荒野の状態に戻っていた。
「さすがは妖魔の長よ。小者たちを使うのがうまいな」
聖は相手に聞こえるように言い放った。
「ふん、お前か」
聖の声に応じて姿を現した。現すと同時に妖気がもっと強大になった。
「久しいな、妖蝉」
「いつ以来だったかな?」
「時の狭間に棲んでいて己の年も忘れてしまったんじゃないのか?」
「お前の用事はこれだろ?」
そう言って錬月を地面に突き刺した。
「こいつは我の出入りを自由にしてくれる代物だ。まさか、お前が追ってくるとは思わなかった」
「偶然だ」
「偶然?、運命じゃないのか?」
「ふん、そろそろ良いか。久しぶりにやろうぜ」
「やめておく。お前を相手にしていたら命がいくつあっても足りん」
「逃げるのか?」
「逃げる?、戦乱あるこの国を治めているのは我自身なんでな。会ってしまうと我自身の存在が消えてしまうんでね」
「ここなら良いではないか。お前が造った夢想空間なんだろ?」
「いや、奴の力はこんな空間をも見つけ出してしまうさ。あそこを見てみろ。奴の使い魔どもが入ってきておるわ」
「さすがは妖魔王よ」
「奴も我も同体だからな」
「悪いが今回はそいつを返してもらわないと向こうの世界で困るんでね」
「双魔を追われた者が何を言うか」
「お前も妖魔から追われた者であろう」
「どうじゃ、昔のように我と組まぬか?」
「ふん、遠慮しておく。俺は俺で気ままにやっているんでね」
「交渉は決裂したわけだ」
「交渉なんて最初からしていないさ。やるのかやらないのかどっちだ?」
「言ったであろう。戦いはせぬと」
「逃げるなら結構だがそいつは置いていってくれ」
「代わりに何をくれる?」
「ふざけているのか?」
「いいや、正気だ」
妖蝉は突き刺していた錬月を抜くと空間を一刀両断してしまった。妖蝉と聖は時空の狭間へと投げ出されてしまったのである。聖は何とか精霊たちを回収しているうちに時空の霧の中に逃げられてしまった。聖も後を追いかけて霧の中に迷い込んだのである。迷い込んだ直後、幾多の戦場で討死していった者たちの亡霊が聖に攻撃を仕掛けてきた。しかし、それは亡霊であって魔物でも人間でもない。攻撃してくる刀や槍、銃などは聖を通りぬけていく。そのため、普通に歩いていても怪我をすることはなかったが亡霊たちが通りぬけていくとその無念の心が伝わってきた。この霧は迷いの霧でもあった。成仏できない者たちが迷い込んで出口を探すまで迷い続ける場所でもあった。聖はその無念さを晴らしてやるべくその場で立ち止まり、右腕を前にかざした。
「我に集う風の精霊たちよ。邪悪なる魔を消し去り、迷いし霊たちを天へ導きたまえ。風覇竜巻陣!」
そう詠唱すると聖から竜巻が生まれ、霧を払っていく。払われた霧の間から出口を求めて亡霊たちがゆっくりと昇天していった。しかし、すぐに霧は元の状態に戻るため、何度かそれを繰り返して無数の亡霊たちを天に導いたのである。
「さて…、妖蝉を探さないと」
そう呟いて霧の奥へと足を進めたのである…。

 双翔は双魔本山にいた。石畳の上で寝ていると鳥のさえずりに起こされたのだ。
「う、う〜〜〜ん…」
目を開くと眩しい光と同時に壊された本山が視界に入ってきた。眠い目をこすると双魔玉を継承したことを思い出した。嘘か真か双翔の体には霊気がみなぎっていた。
「これは…」
双翔は双魔王というものに驚きを隠せずにいた。
「起きたか、双魔王よ」
声は双翔の頭の中に響いてきていた。
「双魔神様!」
「行くがいい、お前の心は善に満ちている。闇に取り憑かれることはないだろう。お前を待つ者たちにところへ行け」
「はっ」
双翔は双魔神社のほうへ足を向けた。今、聖が妖蝉と戦っているとも知らずに…。

 双魔神社では生き残っていた女人衆が片付けをしていた。鳴が双翔の姿を見つけた。
「双翔様、お帰りなさいまし」
「おう、すまぬな」
「いいえ、これも我らの仕事にて」
「また出かけることになるが後のことは頼むぞ」
「はい、承知致しました」
鳴は笑顔で答えた。この後、この2人は婚姻することになる…。

 双翔は木曾神社を出るとまっすぐ奥木曾のさらに奥にある妖口に向かった。妖口は冥界に続いている道の入り口のことである。まっすぐ暗い下り道がどこまでも続いていた。双翔はゆっくり足を進めながら妖気を吐き出す魔の洞穴へと入って行った。
 最上層はまだそこそこの霊気を持った人間でもすんなり進むことができる。ここの住人は小者たちばかりだ。双翔の姿を見つけては近づこうとするが近づいた瞬間、跡形もなく消し飛んでしまっていた。そのため、小者たちは恐怖を覚えて双翔を遠巻きにすることしかできなかった。次の層へ向かう入り口はすぐに見つかったが、
「ええい、面倒!」
と一言叫んで無空術で宙にあがるとたむろする小者たちを見下ろした。双翔は両手で包み込むようにして体全体の氣を集めた。強い霊気の塊が完成すると一気に解き放った。
「氣霊砲!」
発せられた氣は細い光線を輝かせながら小者たちを包んだ。その直後…、

ドオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォーーーーーーーン…

という大きな響き音が最上層に響き渡った。大いなる土煙と一緒に大きな穴がぽっかりと開いていた。真下にたむろしていた小者たちはあとかたもなく消し飛んでしまっていた。双翔はゆっくりと開いた穴の中へ入っていった。穴は影界、暗界の2つの世界を貫通していたため、すんなりとその下にある白鬼(びゃっき)界へと進むことができた。白鬼界に入ると妖気というより鬼氣が双翔の周りを覆い被さってきた。入ると同時に白き鬼たちが攻撃を仕掛けてきた。双翔は常に両手に霊気を集めながら次々と白鬼を蹴散らしていく。かといって全部倒していては霊気が使い切ると判断した双翔は白鬼たちの隙をついて霊風波動を放って土煙を周りにたちこめさせると見つけた下への洞穴に入り込んだ。そして、追手が来ないように洞穴の入り口に氣熱網の結界を張るとゆっくりと足を進めた。白鬼たちは何が起きたかわからない様子で双翔の姿を探しまくっていたという。
 白鬼界の下には黒鬼(こっき)界という世界が広がっている。白鬼と違って黒鬼は数段レベルが違った。鬼界の鬼たちと同等の力を持ちながら敗れ去った鬼たちが集まる世界でもある。そのため、双翔は苦戦を強いられた。強力な霊気を放つには時間が少なく、黒鬼たちの攻撃をしのぐことに四苦八苦していた。そんな時、後方から背中を切り裂かれた。黒鬼の1体が双翔の隙を突いて攻撃してきたのだ。爪で背中をえぐられながらも顔面を消し飛ばした。以前の双翔ならばできぬことであるがさすがの双魔王とてこれ以上の進行は危険であった。
「くそっ、もう少しなのに…」
黒鬼の攻撃をしのぎながら呟いた。背中の痛みに耐えながら無限に来る黒鬼に対して霊風波動を放つことができた。強い霊気が道を作り上げ、双翔は霊気を盾にして黒鬼の囲みを突破した。それでも後ろを見ると嫌というほどの黒鬼が追いかけてきていた。
「ちっ、キリがない」
そう言って無空術で後方に飛びながら両手で包みを作った。強い霊気が塊を形成したとき、
「氣霊砲!」
光線となった霊気は瞬く間に黒鬼たちを瞬殺していったのである。それを確認した直後、双翔は気を失って闇の洞穴の中に落ちていってしまったのである…。

 そんな頃、聖は妖蝉に迫りつつあった。
「お主がそんなにしつこいとは思わなかったぞ」
妖蝉は霧に向かって声を浴びせた。
「今回は逃がす訳にはいかぬ」
「そんなにこれが大事なのか?」
「当然だ」
聖は妖蝉の後姿を見つけると詠唱に入った。
「我に集う火の精霊たちよ。業火の力により全てのものを焼き尽くせ!。炎覇昇破陣(えんはしょうはじん)!」
聖の体に火の精霊たちが包んだ瞬間、パッと消えた。そして、次に現れたとき妖蝉を包み込んでいたのである。包み込んだと思いきや、火炎は昇天する龍のように天高く昇っていったのである。それを見届けることもなく、聖は霊風波動を放っていた。しかし…、霊気は錬月によって切り裂かれたのである。ただ、救いだったのは聖の放った霊気に耐え切れず折れてしまったのだ。それでも聖は追い討ちをかけようとした。けれども、妖蝉は錬月を捨てると術を施した。
「妖氣魔炎融(ようきまえんゆう)」
妖蝉から出る妖気と消えることを知らない不沈の魔炎が交じり合い邪龍を形成した。
「双聖よ、お前の相手はこの者で十分。我は去るとしよう」
「待て、貴姫(きひ)」
聖はかつての知人の名を口にした。
「懐かしい名を呼ぶものよのお。しかし、今の我は妖蝉の生まれ変わり。もはや、双魔の者に非ず」
「ふん、全てを時空に捨てた女が何を言うか。いずれ悔いることが来るだろう」
「そのときはそのとき。我がどこに行こうとお主には関わりのないこと。さらばだ」
そう言って霧の狭間に身を投じたのである。聖は追いかけたかったが邪龍が邪魔をして先に進ませなかったのである。聖は追いかけることを断念せざる得なかった。
 貴姫は近代における妖魔王・妖毘の妹で父に反抗して双魔に迎えられた女だった。あるときを境にして貴姫は聖によって封じられていた妖気を復活させ、聖より学びし時空の技・時の扉を使って自由に時空の世界へ行き来するようになった。そのため、聖は強くなろうとする妖気を抑えようと試みるが貴姫はどんどん聖の手の届かないところに去ってしまったのである。
「次に会えるのはいつになることか…」
聖は呟きながら錬月の欠片を拾った。そして、術を施すと時空の霧を抜け出た。そのまま自らの意思で戦国時代の奥木曾に向かった。この時代の奥木曾にも結界があることを知って驚いた。
 双魔衆が聖の気配に近づいてきた。
「何人か!?」
「押し通る」
結局、聖も双翔と同じことを行った。そのため、突破させまいとする双魔衆の対峙することになった。しかし、聖と双魔衆との力は歴然としていた。難なく突破してしまったのである。聖は村落は避けて直接、双魔神社に向かった。鳥居をくぐると階段を一歩ずつ登って行った。行く途中から神社内にいる双魔衆の目が聖に警戒を示していた。入り口に立つと、
「御免、誰かおられるか?」
その声に対して木綿の着物を着た女性が出てきた。
「どなたでございましょうや?」
「それがし聖と申す者、双魔王殿にこれをお渡し願いたく参上仕りました」
そう言って錬月を渡そうとした。そのとき、奥のほうで声が響いた。
「なりませぬ」
対応した女性より遥かに強い霊気を持った女性が現れた。
「それを手にとってはなりませぬ」
そうきつく口を結んだ。聖はそれに対して声を発した。
「では、これはいらぬと言われるので?」
「そうです」
「何故?」
「我が双魔に災いをもたらす物です」
女性はきっぱりと言い放った。
「ならば聞きましょう。これが世に出回っても構わぬと申されるか?」
「………」
「どうなんです?」
「構いません。双魔に災いが来ねば人界には平穏が訪れるでしょう」
その言葉に聖は頭に来た。
「戯けがっっっ!!!!!」
女性を怒鳴った。一喝した瞬間、女性は後方へ飛ばされたのである。
「戯けたことを申すでない。これは禁術が施されている錬月と知ってのことか!?、双善殿の跡目となった双翔殿の耳に入ればお主の命は消えますぞ。お主らは秘宝と呼んでいたらしいがこれは秘宝なのではない。封印しておかねばたとえ徳川が政権を握ったとしても崩壊の道を辿ることになろう。この刀は初代双魔王・双発が双妖の戦いの際、あまりの妖気の強さに恐れをなして封印したぐらいだ。そんなものを世に出回ってよいなどと言う言葉は吐くでないっ!。よいか、本山の本殿にある封印の間にこれを納めよ。そして、二度と世に出ぬように厳重に保管致せ、よいなっ!」
「ははぁぁぁぁーーーーー」
まるで主に頭を下げるように女性たちは聖の威厳に屈服した。その後、聖は女性に乞われて徹底的に壊された神社内を見回った。
「こいつはひどいな…」
壁や天井には穴が開いていた。まだ所々には血が飛び散った跡が残っていた。
「これでは次に襲われたら完全に双魔は滅びるぞ」
その言葉に霊陣守を勤めている社(やしろ)燕が頷いた。
「ええ、その通りです」
「それに先ほど双魔衆の結界を身をもって見てきたがあれでは突破してくださいと言っているようなもの。双翔殿がどこに行ったか聞いておらぬのか?」
「はい、未だに行方がつかめませぬ」
聖は双翔が冥界へ行ったと予感していた。
「しばし、結界を張る故、手伝ってもらえぬか?」
「結界に…ございまするか?」
「そうだ。強い結界を木曾全体に張らねば妖魔でなくても敗れ去るほうが大きい」
「…承知致しました」
燕は半信半疑ながらも聖の要望を受け入れた。聖は早速、中庭に出た。中庭にある池にかかっている石橋の上に鎮座した。懐より4本の短剣を取り出すと霊気を含ました。そして、霊気で糸を形成すると印を結んで念じた。短剣はフワッと吹き上がり、上空で交差するように四方に飛んで行った。聖は霊糸の伸縮の動きが止まると交差している部分の下より術を施した。
「双魔結界術、霊風八殺陣(れいふうはっせつじん)!」
そう言い放つと聖から発せられた氣は霊糸により四方へ飛び散り、そこから短剣を通じて東西南北の方向へ霊気が散った。木曾一円を包み込むと再び聖のところに戻ってきた。8方向から来た強い霊気は聖の上で交わると一気に下へ下ってきた。聖は鎮座した状態で無空術を使ってその座から後方に下がった。霊気は石橋を貫通して池の中に降り注いだ。そこに四法の陣を張って中心の護りとして結界は無事終了した。その後、霊陣守より清められた後、聖も使い切った霊気をわけてもらったのである。
「これで妖魔王並みの持ち主が出て来ぬ限り、破られることはなかろう」
その言葉に燕は呆然として聞いていた。
「どうした?」
「こ、この術は…」
「双魔王だけしか使えぬ術だ」
聖は笑いながら言った。
「門外不出の術をなぜ使うことができるのですか!?」
「なぜかわかるかい?」
燕は考えていた。
「七魔界には七つの一族があるがもう1つこの世で存在できなかった一族がある。それが何かわかるかい?」
「時空…」
「そう、時魔一族だ。彼らは時空を支配し、我ら双魔一族だけではなく全ての一族の運命を見守っている。我はその時空を通ってこの地にいるのです」
「で、ではあなたは…」
「我が名は双聖、これより400年後より参った双魔王だ」
「400年先の双魔王…」
次は聖が頷いた。
「本来なら来ることはなかったのだろうがこれも何かの縁であろう」
「真に双魔王なのですか?」
「如何にも」
「信じられませぬ」
「そうであろうな、信じるほうがおかしい」
「しかし…」
「うん?」
「双翔様は戻ってくるでしょうか?」
「来ますとも、来ねば我がここに存在するはずがない」
そう言って聖は燕を安心させると同時に先ほどから睨みつけている女性を見つけた。聖も睨み返すと女性はそそくさと去って行った。香は気づいていなかったがあの女性の視線は燕よりも香にあったような気がしたのである。あれはまるで殺意だった。
「そろそろ去らねば双翔が戻ってくる頃でしょう。錬月の封印は頼みます」
「わかりました。確かにお預かり致します」
燕は錬月を包んだ布をしっかりと握った。
「ではこれにて」
聖はそう言って双魔神社を後にしたのである…。

 双翔は水が流れる音で目を覚ました。かすかにサラサラという音が耳に響いてきていた。
「う、う………ん…」
ゆっくりと身を起こそうとしたが背中に痛みを感じた。黒鬼にやられた傷だ。それでも周りに気を配ることは怠らなかった。双翔が倒れていたのは湿地帯だった。空は完全な闇でわずかの光も差し込んでいなかった。ただ周りが湿地帯とわかったのは冥界で棲む闇光と呼ばれる虫だった。それが湿地帯全体に広がっているのだ。双翔は起きあがるとここが冥界だということを確信した。そして、闇光を目印に妖魔が拠とする妖魔城を探したのである。しかし、闇光から離れると完全な闇でその存在すら掴めなかった。そこで右手の中に霊気をためると闇に向かって放った。
「霊光弾(れいこうだん)!」
弾は四方に光を発しながら闇の中を進んでいく。双翔も後を追いかける。正面に山が見えた。左右はどうやら草原のようらしい。雑草が伸びているのがわかった。弾は山の中腹部に当たりにドーンという音を響かせて消え去った。双翔は木も生えていない山の頂きに立った。そこより見渡せる不思議な空間に目をやった。
「ここが妖魔城…」
闇光の大群が街を覆っていた。闇光も妖魔である。妖気を得ることによってその光を発するのだ。その光に導かれるようにして妖魔城がそびえていた。双翔はゆっくりと妖魔城に向かって飛んで行った…。

 妖魔城は無人の城だった。立派な城の割には城を護る妖魔は誰もいなかったのである。
「これは一体、どういうことなんだ…」
そう呟いたとき気配を感じた。双翔はとっさに気配を消す。来たのは人の姿をした男だった。
「おや?、誰かいたと思ったのだが…」
そう言ってゆっくりと来た道を戻っていった。城の中からは光が発していた。
「あれは人間だ…、化けてはおらぬ…。どういうことなんだ!?」
そう思いながらも妖蝉が座する王の間に向かった。王の間まで何の妨げもなく行くことができたのである。まるで入ってくださいと言わんばかりの状況に目を丸くしていた。ゆっくりとドアを開くと蝋燭が部屋を埋め尽くしていた。すごい輝きが王座を囲んでいた。
「ようこそ参られた」
双翔が入るのを見届けたかのように鎮座していた妖蝉が口を開いた。
「お主に会うのは初めてであったな」
「如何にも、我は双魔王を継ぎし者・双翔である」
「ほう、双善ではないのか?」
「父は死に申した」
「やはり死したか…。己の欲望に耐え切れなかった男の末路よのお」
この言葉に双翔も頷いた。まさにその通りだったからだ。
「それに親子そろってこんなに阿呆だとは思いもしなかったわ」
「何だと!?」
「お主がここに来ることは予想できていた。今ごろ、奥木曾を我が軍団が襲っている頃であろう」
双翔は唖然とした。
「ふっははははははは…、まことに愚かな当主殿よのお」
「ふん、妖魔ごときに敗れるような術師は双魔にはおらぬ。今ごろ、消し飛んでいる頃であろうな」
双翔は冷静になって考えた挙句の答えだった。
「ほう、黒鬼どもに勝てると申すか。おもしろいことを言うのぉ」
「おもしろい?、真実を語ったまでのこと」
「その割には動揺しているではないか」
妖蝉は双翔の心を見抜いていた。
「我の手先となった双善にやられたのであろう?。我に楯突くとどうなるか教えてやろうではないか」
そう言って妖蝉は右腕を伸ばすと、
「邪神召還!」
双翔と妖蝉の間に黒い空間が広がったかと思うと一気に凄まじい雄叫びをあげながら全身黒い体をして大きな牙を持った邪神が現れたのである。
「格の違いというやつだ。さあ行くがいい」
妖蝉は叫んだ。邪神はゆっくりと動き出す。双翔もそれに対抗して構えるが神と名のつく闇の者とは戦ったことがなかった。どうやって戦うか困惑しているところだった。双翔はある術を使ってみることにした。その術は双魔でも忌み嫌われている術であまりの残酷さに禁じ手とされたが他の術は邪神には効果がないように思われたからだ。後方に飛びながら両手に氣をためた。それに反応して邪神が口を大きく開くと奥のほうに妖気が放たれた。妖気は双翔に当たることなくその後ろのドアのあたりを爆発音と共に吹き飛ばしてしまった。その威力はドアだけでなく壁を次々と破壊した。それを見届けることなく邪神は妖気を乱発していく。時折、方向を定まっていないことを見た双翔は無空術より少し移動力の早い
「無真術(むしんじゅつ)」
という術を使った。無真術は高速移動のときに使われるもので聖は時の扉を使うからあまり使わないのだがこの戦乱の世に存在する双翔たちにとっては絶対なくてはならない術でもあった。高速移動は体に負担をかけることもなかったため、邪神の吐き出す妖気は双翔に一片もかすることがなかった。
 その高速移動が功を奏することがでてきた。双翔はその姿を妖蝉の前に現したのである。
「こいつがお前に負けた理由がよくわかったよ」
「なら倒してみたまえ」
「邪神といえど神は神。殺すことはできぬ」
「ならばお主が死ぬだけのことだ」
「いや、お前が死ぬのだ」
その言葉を発した瞬間、双翔に放たれた妖気はすり抜けて妖蝉に向かったのである。妖蝉はその妖気に対して何の術もかけることなく左腕を前に出して粉のように消し去ってしまった。そして、また鎮座するように動かなくなった。そんなとき、双翔の両手の氣は完全になった。邪神の後頭部あたりに気配を現すと両目に向けて氣を発した。その瞬間、邪神の目は吹き飛んでしまった。そして喉のあたりに手を置くと同時にこれも吹き飛んでしまっていた。邪神は何が起きたかもわからないようでその体をゆっくりと闇の影に沈んでしまったのである。
「双魔霊風術、破断掌(はだんしょう)」
破断掌という術はその名の通り、強力な氣を相手の体に触れるだけで破裂させていくのだ。時代が変化する流動の世界においてこの術は大いに役に立った。特に人間には…。そして、双魔は時の天下人たちより奥木曾における領地確保と引き換えにその力を与えた。だが、与えすぎたばかりに天下人たちは双魔を敬遠するようになった。敬遠というより恐怖を感じるようになったのである。そんなことを望んでいない双魔はこの術を禁じ手とし、二度とこの世で使うことがないよう封印してしまった。それが今、解封されたのだ。その最初の相手が邪神だった。それでも邪神の妖気は収まっていなかったが召還した妖蝉がその妖気を闇の影の中に封じてしまった。
「破断掌か…。久しぶりに見せてもらったわい」
そう言いながらゆっくりと立ちあがった。妖蝉は千年も生きる妖魔王だが一度だけこの術を食らっていた。それは平安から鎌倉に移る戦乱の世において京を襲ったときのことである。三代双魔王・双陵は妖魔王に対抗しようと仲間たちと共にこれを迎え撃った。しかし、力の差は歴然としていた。次々と仲間たちは妖魔に喰われていった。そんな中で双陵ともう1人強い霊気を持った男が妖蝉に対して直接攻撃を挑んできた。まだみなぎる妖気を秘めていた妖蝉にとっては簡単に倒せると思っていた。しかし、敵を侮ったせいか状況は不利に追いこまれた。追い込まれて尚、近くにあった村落は吹き飛ばしている。妖気のためえぐれた地面をまざまざと見せつけながら。双陵が正面より霊風波動を何発か放った。妖蝉はそれを自らの拳で弾いていく。不利とはいってもその顔には余裕があった。
「双魔王の力とはこんなものか!」
と笑いながら言い放った直後、右足に強い痛みが発した。太ももから下が消え去っていたのだ。その傷は未だに治ることはなかった。深手を負った妖蝉は京を落とすことなく、冥界の奥深くへと去っていったのである。 鎮座した妖蝉は立とうともしなかったのにはそれだけの理由があったのだが立ちあがると同時に双翔の前に躍り出た。
「若き双魔王よ、この傷がわかるか?。己の祖に敗れた証だ。だが、この恨みは忘れておらぬ。お前に我が倒せるか?」
「倒せるさ、我には時空の戦士がついているからのお」
「時空の戦士じゃと?」
「如何にも」
妖蝉は何のことかわからなかった。そのときであった。昔、出会ったことのある気配を感じたのだ。感じた瞬間、天上より霊風波動を放たれていた。その力は強大であっという間に妖蝉を包み込んだ。わずかな煙を発しながら妖蝉は悠々とその姿を現した。その人物は妖蝉の後ろにいた。そして、こう答えた。
「妖蝉、まだ右足の傷は痛むか?」
と。妖蝉は殺気を双翔ではなく、その人物に放っていた。双翔はその人物を見たとき体の中にある双魔玉が共鳴しているのを覚えた。
「こ、これは一体…」
双翔は困惑していた。力がみなぎってくるのだ。
「双翔、行くぞ」
その人物は言葉を発した。双翔もそれに応じた。今までの動きにない速さと術を手に入れた双翔は妖蝉の最後を見た。前後から攻撃を受けた妖蝉には免疫力がなかった。ただ、精力だけが妖蝉を包んでいたようで術が当たっても再生することはなかった。それが千年も生きてきた男の末路でもあった。徐々に崩れていく体を見つめながら妖蝉は双翔に言った。
「お前はまだ双魔王としての器量は小さい。せいぜい、気をつけることだな」
そして、もう1人の人物にも言った。
「千年の時を越えてまたしてもお前に敗れるとは…」
「それが運命だったのさ」
「運命…、今はそのように受け止めておくが我の子孫たちがお前や双魔王を襲い続けるだろう…」
そう言い放った直後、粉のようにサラサラと消え去ったのである…。

「終わったな」
「ああ」
「帰るか?」
「この城はどうする?」
「放っておけ、いずれ消えるだろう」
「消える?」
「ああ、妖魔王を失った今、妖魔に冥界の魔物を抑える力はなくなった。新たな妖魔王が現れない限りな」
「妖魔一族を探し出して滅ぼしてしまえばいいのではないか」
「いや、やめておけ」
「何故?」
「七魔界の均衡を崩すのだけはやめておいたほうがいい。魔が滅びれば喜ばしいことはないがそれを望んでいない者たちもいる。現に魔というものは誰からでも生まれるんだ。憎悪、恐怖、不安、怨恨…、人間の弱いところに魔が巣を作る。そこから妖魔というものは生まれてきたんだ。人間たちのわがままによってな。それでも小者たちが上に出てきたことはあっても鬼界や冥界にいる強力な妖魔はその存在を世に出ることはなかった。その影響を及ぼしてしていたのが妖魔王なのだ。今は均衡を破るのは控えよ」
そう見据えて言ったのである。
「それに…」
「それに?」
「今は双魔に蠢く魔を退治したほうがいい。外からの侵入に対する結界は敷いておいた。しかし、内なる侵入にはもろい。双魔王としてのお前が真っ先にすることは奥木曾を安定に戻すことだ」
「…わかった、その通りにしよう」
双翔は納得できなかったがこう言われて納得せざる得なかった。
「行くぞ」
聖の言葉はそれだけの強みがあった。2人は冥界より去った。そして、妖魔の力は一瞬だけだったが衰弱したのである…。

 社燕は命を狙われていた。霊陣守としてではなく1人の女として。それは嫉妬心から来たものだったが双魔の力が弱くなったとき、それは倍増した。霊陣守は滅多に己に与えられた結界から出ることはなかった。もし、出てしまうと霊力を失ってしまう可能性があった。それだけに霊陣守というものは重要な役割を秘めていた。嫉妬心に駆られた女はそのようなことを気にはしていなかった。ただ得たかったのは双魔における地位の確保、つまり、権力だったのである。燕は本山への出入りを許された数少ない者の1人であったが本山の有様を見て愕然とした。結界を失った本山はあまりにも無残だったのである。それでも立ち止まることはできなかった。魔性の刀・錬月を持った女鬼が迫ってきていた。聖より預かった直後、封印術を施しているところを襲われて奪われてしまったのだ。そして、それを手にした女は錬月の妖気に魅せられて魔の者と化した。双善と同じように…。
 燕は本殿に入った。双魔神の心の鼓動が響いていた。心に声が響いた。
「何しに参った」
「双魔神様、我をお救いくださいませ」
燕は懇願した。
「ならぬ」
「何故にございますか?」
「人間と人間の揉め事は人間が解決する他なし」
そう言って双魔神は再び眠りにつこうとした。
「この神聖なる場を血で汚してもよろしいと言われるのですかっ!」
「構わぬ、我は疲れた」
その言葉は血にまみれた本山の様子を見れば明らかだったのである。
「…双魔神様…」
燕はうなだれた。
「み…つ……け…た………ぞ…」
錬月を持った女鬼はすでに人格を魔に染めていた。体の色が白から赤黒く変色していた。
「わ…れ………に……血…を……よ…こ………せ…」
女鬼の血によって聖の施した術は解かれていた。凄まじい妖気が錬月から放たれていた。すでに燕を護ろうとした双魔涼護衆を2人の命を奪っていた。それだけに双魔の衰退は目に見えるように激しかった。
「…さ……あ…は………や…く……」
女鬼はゆっくりと足を燕のほうへ向けた。
「こ、来ないで!」
燕は後ずさる。
「…わ……れ…に………ち…か……ら…を…」
燕は双魔神の銅像に退路を奪われた。女鬼は燕の前に立った。そして、錬月を振り上げた。
「いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
燕の喉深くから絶叫が響いたのである。燕は死を覚悟していたのだがそれは2つの気配にさえぎられた。燕の前で錬月を食い止めたのは聖であった。止めざまに女鬼の腹を蹴った。蹴られた女鬼は後方に飛ばされたのである。錬月は女鬼の手を離れて地面に突き刺さっていた。
「双翔、錬月を頼む」
「おう」
双翔は双魔神から得た禁術の詠唱に入った。女鬼はもう人間ではなくなっていた。錬月の妖気に魅せられて闇との融合(契約)を交わしてしまっていた。
「双魔神よ、それで人界を統べる神か?。聞こえるなら1つだけ言っておこう。お前の命はあと400年で尽きるだろう」
と。聖の声が双魔神に届いていたかどうかはわからないが…。女鬼は錬月に迫ろうとしたが聖が前をふさいだ。
「見ているがいい、これが我の力だ」
そう言って聖は自然界に属する精霊たちを召還した。火、水、風、そして最後に天の精霊を呼び出した。地の精霊は聖に属していない。この多彩な精霊たちの姿に燕は唖然としていた。女鬼の妖気が増した。
 聖は先手を打った。といっても足で地面を叩いただけなのだが。叩くと同時に女鬼の周りに結界ができた。五法の陣だ。
「動けまい」
それほど聖と女鬼の力の差は歴然としていた。
「双魔を汚した罪は重いが滅することもあるまい、五法邪封陣!」
女鬼に吸い取られた魂はその体を失うとゆっくりと天に召されたのである。
「大丈夫かい?」
「は、はい」
燕はゆっくりと頷いた。
「精霊たちが君と話したがっている。火の精霊はひっこんでしまったが…」
苦笑しながら燕の周りに精霊たちを配した。双魔神からの攻撃に備えてのことでもあったが。双翔は錬月に禁術を施し終わったところだった。
「終わったな」
「ああ、一段落ついた」
「これからが大変だぞ」
「まあな、護番衆も鍛えなおさなくては…」
「護番衆か…、そいつは無理だな」
「どういうことだ?」
「連中は双魔を慕うただの人間、双魔衆の者とは訳が違う」
「だがやってみなければわからん」
「物好きな男だな」
「いつものこと」
「燕殿はどうする気だ?」
「ここには置いておけまい」
「ああ、彼女は霊気を失っている。いや、双魔神が吸い取ったといったほうがいいか…」
「なぜ、双魔神が…」
「生きるためさ」
「生きるため?」
「そうだ、双魔神は双魔で一番霊気の強い者から霊気を得ることによって双善殿より奪われた霊気を取り戻そうとした。そのうってつけが燕殿だったわけだ」
「それでか…、我がここに来たとき鼓動が止まっていたのは…」
「そういうことだな」
「燕にはかわいそうだが解き放ちしかあるまい」
「解き放ちか…、死ぬかもしれないぞ」
「………」
双翔は答えなかった。だが、意図は読めていた。じっと聖を見据えていたからだ。
「いいのか?」
「ああ」
「わかった。本人に話してみる」
聖はゆっくりと燕の許へ歩いて行った。苦渋の選択をした双翔は錬月と双魔神を恨んだ。すべての元凶はそこにあったからだ。父の憤死、母の裏切り、双魔神の離反、双魔衆の滅亡…、それらはすべて双翔にとって辛い時間の始まりに過ぎなかった。ここから双魔を立てなおしてこそ強い双魔が生まれるのだ。
 向こうで燕がこちらを見て泣いているのがわかった。双翔は目をそらしたくなったが主として最後まで見守っていた。聖もまた同じ地位にある人物の苦渋さを理解していたのである…。

 一方、主を失った都村家の御家騒動は意外な結末を迎えた。それは失踪した行高の弟・岡嶋高康が反旗をひるがえしたのである。それには筆頭家老となった今村長高が裏で暗躍したことにあった。権力を握った長高は対抗勢力の有力武将たちを次々と暗殺していったのである。その影には妖魔の姿があった。
「ふふふ、この都村家が今村家にかわるとき天下に闇を広げてくれよう」
長高の不気味な笑いが屋敷内に響いていた。
 翌朝、長高は城に登城した。そこで大勢の侍に囲まれた。
「何事かっ!?」
「都村に仇なす罪人よ、お前の命もこれまでだ」
一斉に刀を抜き放った。
「ふっはははははは、我に勝てるか!?」
「できるさ」
そう答えたのは高康であった。
「これはこれは弟君、我に勝ったとしても殿は戻ってこぬぞ」
「もう来ているさ、あそこにな」
そう天高く指さしたところには建設中の天守があった。その最上層にはある人物が立っていた。長高は目を見開いた。
「ば、馬鹿な!?、殿は我が屋敷の地下牢にいるはず!?」
そこにいたのは天守より消え去った行高であった。
「長高っ!、よくも我を愚弄してくれたな。その罪の大きさ、覚悟できておるだろうな」
行高はそう言い放った。
 これより少し前、高康の許に1人の双魔衆がやって来ていた。
「それは真か!?」
「御意」
「おのれ…、長高め…」
行高の居場所を知った高康は怒りに震えた。そして、すぐさま長高の屋敷へ軍勢を差し向けた。ちょうど到着したときには長高は登城したところであったが行高は無事であった。
「兄者っ!」
「おおお、高康かっ!」
「今、助けまする」
そう言って地下牢の鍵を開けた。
「真にご無事にござりました」
「うむ、長高は?」
「すでに登城している由」
「奴は継丸を殺して自らが主となろうとしている」
「なんとっ!?」
「急がねばならん」
行高は凝結した目で高康を見据えた。強い決意がところどころで光っていた。
「ならば、それがしが」
「おう、お前か、生きておったのか?」
「はっ」
この者、実は双善の命により都村家を探っていた者だった。
「掴まっていてくだされ」
そう言うと2人を抱えて双魔衆はゆっくりと都村城へと急いだのである…。

 長高は謀反の疑いにより首を討たれた。討たれた首はさらし首にされたがその首からは濁った煙が出ていたという。おそらく、妖気であろう。だが、これにより行高は後見として継丸を支え、筆頭家老には高康が就いた。これにより都村一族の結束が固まり、双魔に対する協力関係が強まることになるのだが双善の影として動いて者の名は誰も知らなかった。知っていたのは死した双善だけであった…。

続きを読む(第六章)

戻る



.