二、双誠との戦い
聖と双翔は殺気に導かれるようにして向かっていた。その場所と思われるのは都村城本丸である。
「兄貴のところにいくまでに兵を倒していかなくてはならんな」
双翔が言うと、
「いや、その必要はない」
聖が首を横に振りながら言った。
「ならばどうやって行くんだ?。あの城門の向こうには兵がどれだけいることか…」
「無空術を使うんだ。空を飛んでいけば兵に会うこともない」
「矢が飛んでくるぞ」
「矢?、怖いのか?」
聖が笑いながら言った。
「怖い?、我がか?」
「そうだ」
双翔はむっとした表情を聖に見せながら、
「そんなことはない、行くぞ」
双翔はゆっくりと宙に浮いた。聖もそれに続く。
「よし、本丸に向かうぞ」
2人は本丸にそびえる天守に向かって風の道を歩いたのであったが日はまだ明るかったため、2人の姿はすぐに兵に見つかった。
しかし、見つかったにも関わらず矢は飛んでこなかった。その優雅に飛んでいる姿に驚いてしまい、忍者をも寄せ付けないと言われた都村の豪兵たちは我を忘れてしまっていた。
城門から山に沿って建つ都村城は頂上に天守がある。普通ならそこまでたどり着くのに二の丸、三の丸、さらに大勢の兵たちの住居がある外の丸を越えて行かなければならないが空ではそのようなことを一切関係なかった。
「見ろ、矢が飛んでこないぞ」
「ああ、我らの姿に驚いているんだろう」
兵たちは右往左往するばかりである。
2人は天守がある本丸にたどり着いた。本丸には主を守るために配備された精鋭部隊がいる。直ぐ様、鎧を身につけた兵が2人を何重にも囲んだ。
「さあて、これからどうする?」
双翔が聖の顔を見ながら言う。
「無論、突破するのみ」
「但し、殺すなよ」
「当たり前だ。都村一族とは長い付き合いだからな」
「長い付き合い?」
「そうじゃないのか?」
「そのとおりだ。よくわかったな?」
「ああ、我の代でもそうだからだ」
「ほう」
早口で会話を交わすと聖は詠唱に入った。
「我に集う地の精霊たちよ。我に敵意する者たちの動きを封じよ。地縛陣(ちばくじん)!」
唱えた瞬間、兵たちの足元から土の触手が盛り上がり、兵たちに絡んでいく。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」
「な、なんだぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ひえぇぇぇぇぇ!!!!!」
「身動きがとれない!!!!!」
一兵に至るまで触手は一気に動きを封じ込めた。聖の詠唱により双翔は単身、天守の中へと入ることができたのである。
都村城天守、三層から成り、華やかさはないものの都村一族が八代に渡って守り抜いている居城である。兄・双誠の殺気はここより伸びてきていたのだが、
「殺気が消えた…」
天守に入った瞬間より双誠の気配すら感じなくなった。
「これは一体…」
しかも、常駐しているはずの兵の姿もなかった。これではまるで無人の城である。
双翔は周りに気を配りながら上への階段を探した。階段はすぐに見つかり、一歩足を踏み入れたとき、後ろから肩を掴まれた。咄嗟に後ろを振り向くとそこにいた者は…。
「お、お前は………ぐっ…」
急所を突かれ、意識を失う感覚に見舞われた双翔はその場で倒れ込んでしまったのである…。
聖は大半の兵の動きを封じたことを確認すると双翔の後を追った。ただし、中からでは孤立してしまう可能性があったため、外から侵入することにした。無空術で宙に浮き上がると天守閣の最上階を目指した。双誠の殺気が途絶えたことも双翔が何者かに捕らえられたこともすでに知っていた。聖に集う精霊たちが主にそのことを知らせていたのである。
「ここだな」
聖は自らの周りに結界を施すと天守の中に侵入した。そこで懐かしい人物に出会った。
暗闇に包まれた最上階にその人物はいた。光の世界より入ってきた聖の姿を見た途端、声をかけてきた。
「そこにおるのは双聖ではないのか?」
「その声は…時魔王・時覇か!?」
「おうよ」
影からゆっくりとその姿を現した。
時魔王…、かつて七魔が形成されたとき、時空の世界を支配した。七魔王界に仲間入りをしようとして逆に「霊賊(れいぞく)」され、千年の年月に渡って攻撃され続けてきた。それは時覇の代でもそうであったが彼らは時空を巧みに操り、時には光を与え、時には闇を人々に与えた。
その姿を見た聖は霊賊の扱いは過ちであると言い出した。そのため、七魔王の術者に追われる者の一人としてその名を刻んだこともあったが逆に時魔王・時覇との絆は強くなり、友情の証として聖は氣をためて強力な霊気を放つ「氣霊砲」を、時覇は時空の空間を自由に行き来できる「時の扉」を授け、今に至っているのである。
「久しぶりだな」
聖が声をかけた。
「ああ、お前の姿を鏡で見つけたのでな。来てみたのだ」
鏡とは時魔が持つ秘術の一つ、「時の鏡」である。時の鏡は全てを見通す…、それは人間の心の善悪をも見通してしまう鏡なのである。
「ここで何かあったのか?」
闇のお香に包まれた本丸最上層…、常人であればすでに死を迎えているが聖と時覇は結界で守られていた。
「この男は知っているか?」
時覇は懐から小さな水晶を取り出した。「映晶(えいしょう)」と呼ばれるもので術者が念じればその場で何が起きたか知らせてくれるものである。しかし、時代を移せばそれは煙の如く、消えてしまう欠点があった。
「この男は…、双誠か!?」
「知り合いか?」
「妖蝉の子だ」
「あの魔王のか?」
「そうだ」
「ふむぅ…、とりあえずここを出よう」
「そうだな…」
聖はそこでなくてはならないものに気づいた。
「おかしいぞ」
「何がだ?」
「当主の姿が見えない」
「むっ!?」
「ここにいなくてはならないはずの当主・行高殿の姿がない」
2人は周りを見渡した。聖は闇のお香に包まれた状態では埒があかないと思い、
「風の精霊たちよ、大いなる竜巻と成りて邪悪なる闇の縁者ども吹き飛ばせ!。風覇竜巻陣!」
詠唱を終えると天守を壊す如く、大きな竜巻が舞い降りた。闇のお香や天守が悉く破壊されていった。
「おいおい、天守を潰すほどのことか?」
「ほどのことなんだよ、見ろ!」
時覇は聖が指さしたところを見た。
「あれは……!」
そこにあったのは闇の空間への入り口…、つまり妖口と呼ばれる妖魔王界への入り口であった…。
地下深く深く続く、道なき道…。道というよりも空間なのでまっすぐ続く暗闇の穴だけしかない。その暗闇に2つの光がゆっくりと進み続けていた。
「この先は冥界か?」
時覇は聖に聞いた。
「さあな」
「さあなってお前ねぇ…」
「冥界かもしれないし、鬼界かもしれない。はたまた亜空間かもしれない」
「亜空間…」
「無の空間だな。行く気あるかい?」
「お断りだ」
亜空間に入ればどんな生物でも消滅してしまう地獄の空間なのだ。ただ、そう伝えているのは入ったことがない者たちが語り合っているだけで実際は何があるのか誰も知らないのである。そう誰も…。
しばらくして、茶色く濁った歪みが見えてきた。
「あそこだな」
「吸い込まれるぞ」
2人の姿が空間の奥に吸い込まれたのである。
空が茶色く濁っている…、岩の山だけしかない憂鬱な空間が周りに漂っていた。その中にポツンと白い石で造られた神殿らしいものがあった。そこだけがわずかに不思議な空間になっていた。水は透明でサラサラと小さな小川に流れ込んで周りを囲むように草木が生えそろえていた。
「相変わらず、変な趣味を持っているな」
双誠が口を開いた。
「ふん、で、何しに来た?」
「お前の力を借りたい」
「借りたいとは珍しいこともあるもんだ。お前の力では勝てない相手が出てきたのか?」
「ああ、そのとおりだ」
「誰だ?」
「双魔を統べる者だ」
「双魔など雑魚に過ぎぬ。何のためにお前を双魔の腑に宿したと思っているんだ?。双魔を闇に染めるためだろうが。たかが、双善ごときに遅れを取っているようでは先が思いやられるな」
「双善じゃない、双聖と名のる退魔師だ」
「双聖?」
「ああ、そうだ」
「聞かない名だな。この世の者か?」
「それはわからぬ」
双誠は黙った。相手もまた黙っている。
「分かった。お前がそこまで言うなら手伝ってやる」
「すまぬ、恩に着る」
双誠の口がわずかに歪んだ。しかし、相手はそれを見逃さなかった。
「やはり、何かを企んでいるな」
相手は座っていた王座より立ち上がった。そして、懐からある物を取り出した。それは心臓だった。それを力強く握りつぶした。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
双誠は崩れるようにして死んでしまったのである。
「ふん、所詮、ただの人間よ」
そう言った瞬間、命の失った双誠の体が動いた。
「な、何!?」
「そう思うか?、典膳よ」
典膳と呼ばれた男は唖然としていた。
「ば、馬鹿な…」
「お前が見ているものこそが真実なのさ」
双誠はゆっくりと典膳のほうへ歩いていく。典膳はまだ何が起きているか分からなかった。
(心臓はたしかに潰した。しかし…)
「考えるのは死の世界でするがいい」
そう言って双誠は典膳の体を貫いた。その瞬間、典膳は絶命してしまったのである。
「愚かな男めが」
そう言い捨てて双誠は典膳の座っていた王座のところに行った。そして、王座の後ろにある壁を開くとそこには火岩界(かがんかい)の秘宝と呼ばれる「吸心石(きゅうしんせき)」を取り出した。
かつて、双誠も典膳によって心臓を取り出されて駒としてこき使われた経験を持っている。そのため、不死の術を身につける必要があった。不死の術を知る者はわずかな術者だけしかいない。そのうちの一人が双魔王だったわけである。偶然にも典膳は七魔王を制するという無謀な計画に乗ることでまんまと双魔王に近づき、不死の術を盗み出すことに成功したのである。
「こいつは使えるな」
吸心石を懐に忍ばせると2人の到着を待ったのである…。
聖と時覇はゆっくりと降り立った。
「ここは…」
「ここは火岩界だな」
聖は周りを見渡して言った。
「どのあたりの界層なんだ?」
時覇が聞く。
「人界の下には暗界、影界が広がり、それに隣り合わせるようにして火岩界と水漠界(すいばくかい)がある。影界の下にもいくつかの世界があると言われている。それを越えると鬼界があり、最下層に冥界があるというわけだ」
そのとき聖の脳裏にある疑問が浮かんだ。それは時覇も同じだったようで先に口を開いた。
「じゃあ、奴は…」
「妖蝉の子ではないな」
「ならば誰の…」
「おそらく、この火岩界に棲む者の子だろうな」
聖は岩石に囲まれた世界を見回しながら言った。生きる者はいないように思えるこの世界だが…。
「さて、行くか」
「ああ、奴が待っている」
2人は双誠が待つ火岩城へと向かったのである。場所はすでに分かっていた。それは強い殺気が示していた。
聖と時覇が火岩界に向かった頃、奥木曾にある双魔神社ではある騒動が起きていた。それは双魔の威信を揺るがせかねないものだった。双魔神社の裏山に聖域と呼ばれる場所がある。その聖域は並の術者では強い霊気のため、体ごと消滅してしまうため、双魔衆でもごくわずかな者だけがその地に来ることができた。
騒動が起きる前日、双魔衆筆頭格の地位にあった大伴忠義は聖域にある御堂を訪れた。ここには双魔一族が持つ秘宝中の秘宝「錬月」が置かれていた。錬月がどんな秘宝でどんな効果を示すものか誰も知らなかった。ただ1人、双魔王の地位にある者を除いては…。
忠義は双魔王より漢名で呼ぶことを許されていたため、通常は「ちゅうぎ」と呼ばれている。その名の通り、誰よりも双魔王に信用されている人物でもある。この日、忠義は双善の命により錬月の確認するために来ていた。体の周りを強力な氣で囲んだ忠義は裏山に続く細い階段を上り、修練場がある通称「本山」の脇道を抜け、獣道を真っ直ぐ通り抜けると小さな御堂が姿を現した。
そして、ゆっくりと御堂の扉を開くと女性が1人、中にいた。
「遅いですよ」
女性が口を開いたと同時に一陣の風が御堂の中に入ってきて女性の長い黒髪をなびかせた。
「すみません、最近、双善様の警戒が強くなりまして」
「言い訳はよろしい。それで分かりましたか?」
「はい、これに」
忠義は巻物を渡した。女性は結んである紐を解くと巻物を転がした。ゆっくりと床の上を滑っていく。
その時、女性の表情が変わった。眉間にしわを寄せて、
「何も書かれていないじゃないですか!」
巻物には何も書かれていなかったのである。
その直後、御堂の周りに無数の気配が現れた。
「ま、まさか…」
「そのまさかですよ。魅宇様」
ようやく気づいた魅宇の表情は驚きと悔しさが入り混じった顔になった。
「お、おのれぇ〜」
魅宇が詠唱に入ろうとした瞬間、忠義の拳が鳩尾に入った。
「ぐっ…」
「双魔王の命によりあなたを捕らえます」
凛とした口調で忠義は倒れる魅宇に言い放った。そして、周りを囲んでいた者たちに魅宇を連れていくように命じた。
魅宇が連れて行かれると忠義は一息ついた。
「よりによってこんな場所で取引をしようとするとは…」
魅宇の大胆な行動に感心していた。ここは秘宝が置かれている場所である。どんな強者であってもこんな霊気の強い場所を取引場所にすることはなかった。ここに来るまでには幾多の罠が張られている。それを突破するだけでも容易ではない。
「あの女狐め、いつの間に時空術を使えるようになったのか…」
七魔界の異端とも言える時魔一族、それが今回の計画に絡んでいるとすればただ事ではなくなる。そう考えた忠義は直ぐさま、双魔王のもとへ行ったのである。
誰もいなくなった錬月が納められている御堂、わずかな風が周りの木々を揺らしているだけであとは無音だった。鳥たちの動物の声すら聞こえない。そこに1つの気配があった。
「ここか…」
男がわずかに呟いた。
「あの女も馬鹿よ、あんな術1つだけでこの場所を教えるなんて」
ゆっくりと御堂の扉を開いた。周りに張りつめる霊気とは違い、何の結界も張られていなかった。
「何と無謀な…。仮にも秘宝が眠っているというのに…」
信じられないという表情をわずかに見せたものの、目の前にある獲物が奪いやすいことを思うと突然笑い出した。
「ふはははははははははは…」
その笑い方は喜びというより、先に見える恐怖が入り混じっているものだった。
「さて、もらっていくとしよう」
正面の不動明王の腹に隠されている錬月を意図も簡単に見つけだすとゆっくりと手を伸ばした。錬月は強力な霊気を発しながら男を寄せ付けまいとする。
「むっ、なるほど…」
男はなぜ結界が張られていないか理解した。それは錬月そのものにあったのだ。
「なるほど、これならばこんなに無防備なのか頷ける」
1人納得すると力を封じるために詠唱に入った。
「我に宿る力よ、静かなる封力をもって霊気を消し去れ。封霊無陣(ふうりょうむじん)」
唱えた瞬間、錬月から発する霊気が徐々に弱まっていく。
そして…、錬月は御堂の中から消え去ったのである。
翌朝、見回りの者が気づくまで双魔王を始め、全ての双魔衆が気づかないという失態を犯してしまったのである。
「愚か者めが!!!」
「申し訳ございませぬ」
「魅宇に気を取られて錬月を奪われるとは…、なんたることだ…」
双善は忠義を前にして頭を抱えた。
「忠義!」
「はっ」
「何としてもあれを奪った者を捕らえよ。生死は問わぬ。護番衆を使っても構わん!」
「しかし…、護番衆は術師ではございませぬ」
「構わぬ、動かぬ女共よりマシだ。行け!」
「はっ」
忠義は消えるようにその場から去った。双善は中庭を見つめながら、
「あれだけの罠をくぐり抜けて御堂まで行くとは…、一体何者なんだ…。それにしてもこんな大事のときに双翔はどこに行ったのだ!」
怒りは双翔にも向けられていた。しかし、まさか双翔が双誠の本拠地に迫っていることなど知る由もない。
その時、わずかな気配を感じた。
「お前か?」
「御意」
「錬月を盗まれてしまったわ」
「存じております」
「まあ、お前に怒りをぶつけても仕方ないわ。ところであの者は見つかったか?」
「はっ、都村城に忍び込みました」
「なんと!?、都村の城にか?」
「はっ」
「で、それからどうした?」
「消えました」
「消えた?」
「はっ、本丸より気配が消え去りましてございます」
「行高殿は無事か?」
「それが…」
男は口ごもる。
「まさか…」
「そのまさかにございます。行高殿も消えているのでございます。それに…」
「それになんだ?」
「あの者が本丸に乗り込んだときもう1人いたのです」
「何者だ?」
「双翔様にございます」
「な、なんだと!?、それはまことか?」
「御意」
双善は少し考えてから、
「ふむ…。都村の家は騒然となっているだろうな?」
「はっ、家老をはじめ足軽に至るまで行高殿を探しましたが結局見つからず。そのため、急遽、この事実を隠した上で周辺の勢力に知られないように当主を御子・継丸君に添えましてございます」
「今の家老は誰だったかな?」
「今村長高殿にございます」
「ほう…、お前は長高を見張れ。何かわかるかもしれぬぞ」
「承知致しました」
そう言った瞬間、気配はすっと消え去ったのである。双善は再び中庭を眺めていたのである…。
火岩界、聖と時覇はゆっくりと神殿に向かって歩いていた。岩だけしかない荒野の世界、かつていた鬼の姿もなく、一陣の風も吹くこともない暑くも寒くもない世界が広がっていた。地平線の向こうまで何もない。ただあるのはオレンジ色した空と地面だけ。そのとき、時覇が何かを見つけ気が変わったかのように言い放った。
「聖、ここからはお前1人で行け」
「ん?、怖じ気ついたのか?」
聖は笑いながら言った。時覇は顎で示す。その先には1人の人物がいた。
「あれはたしか…」
「弟の時稜だ。あいつがここまで来たということは時魔界で何かあったということだ」
時稜が聖の姿を見て頭を下げている。2人は時稜に近づいた。
「お久しぶりです」
「ああ、あのとき以来かな?」
「そうです。兄をしばし借りても構わないですか?」
その言葉に時覇が弟に言う。
「何かあったのか?」
「ええ、何者かが時空を歪めて時代を超えた様子」
「時空を歪めるだけなら我が出て行くこともあるまい」
「それがそうも行かないのですよ。普通に歪めるならまだしも時空の刀で切断されて無理に侵入したんです」
「ほう」
普通に時空を歪めることなどできるのかと聖は思っていた。2人の会話は続く。
「そのために各所で歪みが生じてしまったのです。このまま放っておけばまた歪みが生まれます」
「うむ…」
徐々に時魔王・時覇としての表情に戻っていく。そこに聖が口を挟む。
「時空の刀とはどんな刀なんだ?」
「それは双聖殿がよく知っている刀です」
聖は少し考えてあるものに思い立った。
「錬月か!?」
時稜はわずかに頷いた。
「あれは秘宝というよりも禁術を施した魔性の刀。あれが世に出回ったとなると大変なことになる」
「その通りです」
聖も完全に真顔になった。
「双聖、こういう事態だ。悪いが抜けさせてもらっても構わないか?」
「ああ、ここからは我1人で行こう」
聖の強い決意を見た時魔兄弟はお互いに頷いてから時稜が口を開いた。
「双聖殿、代わりといっては申し訳ないのですが時空の歪みで双翔殿を見つけたのでお連れしました」
「ん?」
すると、双翔が気を失ったまま岩の上で横になっていた。
「おお、双翔」
その声が耳に届いたのか双翔が気づいた。
「ここは…」
「ここは火岩界、双誠が待つ闇の世界だ」
聖がゆっくりとした口調で言った。
「火岩界…」
「感謝しろよ、見つけてくれなきゃず〜っと時空の狭間で彷徨っていたんだからな」
「そういえばあのとき…、背後から襲われて…」
双翔は都村城天守閣で襲われたことを思い出していた。聖が双翔に近づく。
「立てるか?」
「ああ」
聖から差しのべられた手を掴んでゆっくりと立ち上がる。そのときには時魔兄弟はすでに消え去っていた。
「行ったか…」
聖はゆっくりと呟いた。
「兄者はどこにいるんだ?」
「この先にある神殿だ。殺気は感じているだろう?」
「ああ、まだ頭がクラクラしてるがな」
双翔は苦笑しながら言った。
「しかし…、時空に捨てるとは許せぬ」
「さあ、行くぞ」
「おう」
2人は神殿へと歩き始めたのである。
しばらくして、何の障害にも合うことなく2人は神殿の目の前に来ていた。
「ここだけ違う世界のようだな」
聖が口を開いた。
「ああ、ここの主の趣味だろうな」
双翔は周りに咲く草木、地面より吹き出す噴水を見て言った。2人はゆっくりと神殿の中へと入っていく。中は外から入ってくるわずかな光だけであとは全部、闇であった。しかし、2人は夜目が利くかのようにどんどん中へ進んでいく。
途中、通路が前と左右に分かれていた。そこから気配がピタッと消えてしまった。
「さあて…、どっちに行く?」
双翔が言うとそれに答える。
「普通なら正面だが罠の可能性もある。分かれるか…」
「ああ、そうだな。じゃあ、我は正面に行こう」
双翔が正面の通路を指さしながら言った。
「罠とわかっていながら進むか…。本当におもしろい男だな」
聖は苦笑しながら言った。
「じゃあ、こっちに行くとしよう。しかし、本命はそっちだろうな」
「気をつけろよ」
双翔が真顔で言った。それに聖が答える。
「お互いにな」
2人は正面と左の通路に分かれた。
双翔はゆっくりと足取りで周りを警戒しながら進んだ。罠が仕掛けられている様子もなく、真っ直ぐ広い造りが成されている王座の間に入った。
「ここか…」
そう呟いたとき声が響いた。
「やはり来たか」
「兄者、どこにいる?」
「ふん、お前1人か…。気配は2つ感じたが片割れはいないのか?」
「片割れ?、さあな」
双誠は聖の気配を見つけることができなかった。
「それとも鬼の部屋に行ったのかな?、ふははははは…」
「鬼の部屋だとぅ!?」
「そうだ、魂を封じられた鬼の部屋だ。さっき解放してやったがな」
「な!?」
「だが安心しろ。お前も奴の後を追うことになる」
双誠はいつの間にか双翔の後ろに回っていた。さらに回りながら術を仕掛けた。
「霊風波動!」
双誠の手より強い氣が発せられた。双翔は避けるのも間に合わずもろに食らってしまった。
「ぐわっ、くっ、いつの間に…」
「遅いんだよ。お前は昔からな」
「くっ」
双翔はなるべく間合いを取るように後ろに飛んだ。飛びながら術に入る。両手を合わせて包み込むようにして印を結ぶ。その姿を見ていた双誠は笑いながら、
「その術は動く敵には効果がないと言っただろ?」
双誠は両手に氣を溜めた。そして、それを同時に放った。双翔は来る氣を避けられずまたしてももろに食らってしまった。
「それでも双魔王の跡取りと聞いてあきれるわ。もう少し冷静になるべきだな、今のお前は恐怖に駆られたただの鼠だな」
双誠は倒れている双翔に向かって言い放った。双翔は反論できずにいたがそれは恐怖ではなく痛みであった。二撃も食らったんだがそれも止む得ないがそのおかげで冷静になれた。
「ち、違うな…。それは恐怖ではない…」
「じゃあ、何だと言うんだ?」
「それはな…」
そう言いかけた瞬間、双翔が動いた。
「牙爪斬(がそうざん)!」
氣という真空が爪のようになって双誠に襲いかかった。続けて術に入る。
「霊風波動!」
強力な氣が後に続く。強力な爪は牙と化しているため受ければ切り刻まれる。さらにそれを避けたとしても次に続く霊風波動まで避けきれない。そう踏んだ双翔が二重の術を放ったのである。
双誠はわずかに後ろに動いただけで氣を立て続けに食らった。すごい爆発音と共に土煙があがった。双翔はそれでも間合いをあけながら結界を作る。自らを守るために。そのとき、わずかな風が双翔の頬を切り裂いた。
「な!?」
双翔は頬を拭いながら、結界を確認した。たしかに結界は形成されている。
「どこから攻撃が…」
土煙が消える。しかし、そこには双誠の姿はなかった。
「なに…」
「下だ」
双翔の影がゆっくりと動く。双翔は体を動かそうとしても動けなかった。
「封影縛陣(ふうえいばくじん)」
ゆっくりと影が動き出す。
「さすがにこの術は知らないだろう。天魔の術だからな」
「なぜお前が天魔の術など…」
「まだ解らぬのか、我は元々双魔の者ではないからだ」
そう言われてようやく理解した。けれども、それは双魔の者ではなく火岩界の者だということだけだ。
「お前が殺したのではないのか?」
「殺す?、誰を?」
「この火岩界の主をだ」
「何を言っている?、まさかあやつが我の生みの親とでも思っていたのか?」
「な!?、ち、違うのか?」
「ふはははははは…。おもしろい奴よのぉ。あんな奴、ただの雑魚に過ぎぬ。この火岩界は元々、天魔の土地だからな。あやつは天魔よりこの土地を預かっていたに過ぎぬ」
「ではお前は一体……何者なんだ?」
「何者だと思う?、双翔」
双誠は問いかけた。
「それはお前の父君がよ〜く知っているよ」
「妖蝉の子か!?」
「ふふふ…、ご名答」
双誠の体から妖気が流れ出た。
「しかし、なぜ天魔の術が使える?」
「ふん、そのようなこと簡単なことだ。いるんだよ、天魔の者が冥界にな」
それならば話がかみ合う。双誠となる以前に術を覚えたのであろう。
「術を学びし直後、父の命によりこの火岩界に遣わされた。そして、火岩界の支配を狙っていた赤目鬼(せきめき)により心臓を奪われるという失態を犯してしまった。そうなると我も父に頭が上がらない。そう考えて我は口実を設けて赤目鬼から離れ、火岩界と双魔を手みやげに父のもとへ戻ろうと思ったわけだ」
双翔は信じられないという表情を見せたがその事実はすでに双翔の知るところでもある。
「死に際にもう1つ教えてやろう。双魔の秘宝は何なのか知っているか?」
「……」
双翔は沈黙している。
「くくく、怖いか…。お前の助けとなる者も逃げたようだな。さっきから気配が消えてしまっているよ。万が一、生きていたとしても虫の息だな」
そのとき、低い声で双翔が言った。
「そいつはありえないな、あいつが死ぬことはない。たとえ、我が滅ぼされたとしても」
「強がりはよせ。お前に勝ち目はない」
「あるさ」
双翔は全霊気をへその上の一点に集めた。
「むっ」
双誠は嫌な予感がした。
「お前の知らない双魔の術をここで発揮してやろう」
「ちっ」
双誠は影より離れようとした直前、一瞬早く双翔の術が動いた。
「双魔霊風術奥義、霊爆陣(りょうばくじん)!!!」
凄まじい爆発音とともに王座の間はおろか神殿全てを吹き飛ばしたのである。庭にあった草木は燃えて灰と化し、噴水は蒸発した。岩石の地面はえぐり取られるように大きな穴を作ったのである…。
全身全霊を使った双翔の自爆技であった…。しかし…。
双翔と別れた聖は真っ直ぐ道を進んでいた。周りは暗い。それでも天井のわずかな隙間から一筋二筋の光が差していた。
「気配は感じるが姿はなしか…」
聖は無数の気配を感じていた。双翔と別れたときは双誠から発せられる強い殺気のため、こちらの気配が分からなかったがここに来てすっかり感じるようになっていた。
「さて行くか…」
聖は入り口のところまで来ていた。扉はない。だが、中は真っ暗で何も見えなかった。聖は弱い氣を部屋の天井めがけて撃った。すると、ボワァ〜っと部屋を照らした。
「これか…」
氣の光に照らされて鬼の魂が姿を現した。魂とはいえ姿形をしているれっきとした鬼である。ただ、動いていない、死んではいないのだが動いていないのである。石と化した鬼からは強い妖気だけが漏れていた。
「こやつらは火岩界を統べてきた鬼か!?」
聖はゆっくりと足を鬼の石像に進めた。
「ふむ…」
石像に触ろうとした瞬間、一陣の風が吹いて封印の札が全部剥がれてしまった。
「むっ」
聖は危険だと察知し、後ろへ飛んだ。すると、石像からもとの鬼の姿へと戻っていくではないか。聖はこのまま復活させまいと詠唱に入った。
「我に集う五つの自然界に属する精霊たちよ、邪悪なる者たちを滅したまえ。五法封滅陣!」
詠唱が終わった瞬間、鬼たちの足元から強い霊気が発せられ、上昇していくと同時に鬼が浄化されていく。何の苦しみもないまま、鬼は無と化したのである。
「これで良かったのであろう。火岩界はいずれ亜空間に融合されたと聞く。このまま生かしておいても無の世界では生きていけるまい…」
聖は静かに合掌しようとしたとき、もの凄い爆発音が起こった。
「むっ、何だ!?」
聖は双翔の身に何かが起きたことを悟った。急いで戻ろうとしたとき、まだ部屋内に気配があることを知った。壁が動いている。
(何かいる…)
聖がそう感じたとき、壁が天井を貫いた。いや、壁というよりも壁にひそんでいた巨大な鬼が立ち上がったのである。ただ、身長が5m以上もあった。
「おそらく火岩界の鬼の長だな。封印から目覚めてまもない、行ける」
聖は胸の前で両手で包みを作るとその中に氣をため始めた。鬼はもうろうした状態でまだ混乱状態にあった。聖の氣にははっきり気づくにはまだ時間がかかるようである。氣が徐々に強さを増していく。
そして、十分に氣がたまった頃に鬼はゆっくりと聖をほうを見た。
「行くぞ、氣霊砲!」
パッと光った瞬間、ドオオオォォォォォーーーーンという音を立てて鬼の胸に大きな風穴を開けた。それでも喚きながら動いている。
「さすがは火岩界の鬼の王だな」
鬼は口を開いて雷光を発射した。聖は横に飛んで雷光をかわしながら鬼との距離をつめていく。鬼は雷光を何発も連続で発射してくる。大きな風穴がさらによく見える位置に来た。
「さらばだ。雷光の鬼よ…」
聖は詠唱に入った。
「我に集う天の精霊よ。今こそ、その最強の力をここに示せ。天覇雷砲陣(てんはらいほうじん)!」
そう唱えた瞬間、天の精霊が巨大な雷龍を召喚し、鬼の脳天に落とした。体の体温が雷の急激な温度に耐えきれずに血液が蒸発し、皮膚が燃え、牙は溶けた。最後には全身が火に包まれるとゆっくりと倒れたのである。
「鬼よ、何故、封印されていた?」
聖は鬼の顔に近づいて聞いた。
「…わ……れ……を…こ………ろ……せ……」
「今一度聞く、お主ほどの力があればそう簡単に封印などされなかったはず、なぜ、封印された?」
聖はもう一度聞いた。
「………」
もはや口を聞こうともしなかった。当然だろう、もう姿は鬼の姿ではない。まもなく、土に帰ろうとしている。火岩界の鬼の原形は土と岩からできていたのである。鬼でなくなった以上は土か岩に帰るのが常である。
聖は鬼が土に帰ったのを見届けると急いで双翔のところに向かった。その直後、凄まじい音を立てながら鬼の間は天井から崩れたのである…。
王座の間、先程までとはうってかわって今は静けさに包まれていた。
「双翔、どこだ!!??」
聖は叫んだが爆発の影響で天井が開き、壁は崩れ去っている。王座があったと思われる位置は完全に埋もれていた。
「気配がまったく感じない…。まさか…」
聖は天に続く魂の道を探した。人は死ぬと魂の道を辿って天へ向かっていく。霊気を高めて道を霊視した。すると、その入り口に向かう1つの魂を見つけた。聖はその魂に触れ、
「やられたのか?」
そう答えると魂から声が直接、心に伝えられた。
「ああ、そのようだ。そっちは?」
「火岩界の鬼どもを全て滅ぼしたよ」
「さすがだな」
「双誠はどうした?」
「さあな、我と一緒に吹き飛んだんじゃないのか?」
「いや、その気配はないな。おそらく、逃げたようだ」
「くそっ」
「まあ、魂が天に行く前で良かったぞ」
「何が良かったんだ?」
「お前を救える」
「はぁ?、どうやって?、体を持たぬ魂をどうやって蘇らすというんだ?。それに反魂の術なんてやったらそれこそ妖魔になっちまう」
「はははは、それもいいなぁ」
「笑い事じゃねぇ」
「安心しろ、我には治聖術があるからな。すぐにでも蘇らせてやる」
「ほう」
「終わるまでここから出るなよ」
「ああ、分かった。吸い込まれないようにうろうろしているとしよう」
「そうしてくれ。しかし、その前に仕事ができた」
「ん?」
「双誠がこちらに殺気を放っているわ」
「ちっ、霊縛陣では効果がなかったか…」
「霊縛陣を使ったのか?、あれではただの無駄死にするだけだぞ」
「らしいな」
「まあ、待っていてくれ。直に終わる」
「直っておいおい…、彼奴はそう簡単にやられたりしないぞ」
「見ていろ。中興の祖よ」
「えっ?」
聖は魂から離れ、周りを氣で溜めた。そして、氣を両手に集めていく。そのとき、王座があった辺りからドンッという音が室内に響き渡り、土煙を高々と上げた。
「くっ…、まさか…、自爆するとは…」
双誠の体から大量の血が流れていた。
「それではもう戦うのは無謀というものだ、やめておけ」
「ふふふ…、本当に…これで終わったと思うのか?」
「何!?」
「我にはこれがあるからな」
双誠は1つの石を取り出した。
「吸心石よ、今こそ我の魂を解放せよ」
その瞬間、石から大量の霊気が飛び出し、双誠の体へと吸い込まれていく。
「おおおおおおおお!!!!!、力がぁ!、力がみなぎってくる!!!」
双誠の傷はたちまちにして治り、霊気も以前の数倍となった。
「これで世界は闇に帰れるぞ」
「さて、御託はいい。早く来い。たとえ、力が増したところで我には勝てぬ」
「そんなこと言えるのも今のうちだぁ!!!」
双誠が聖に飛びかかった。聖は氣を両手に溜めつつ、打撃をかわしている。
「どうした?、その程度か?」
聖は一瞬の隙を突いて氣を腹に一撃加えた。双誠は一瞬ひるんだがすぐに飛びかかってくる。そのとき、双誠にとっては信じられないことが起きた。
「ぐわっ!!??」
攻撃を仕掛けた右腕が肘ごと吹っ飛んでしまったのである。
「な、なんだ!?」
聖は相手を威圧するように前へ進んでいく。双誠は何が起こったのかまだわからず、一度間合いを開ける。妖気を放出して霊気と絡まっていく。
「行くぞ、魔衝妖爆陣(ましょうようばくじん)!」
その瞬間、双誠の体から大量の氣が発せられ、凄まじい爆音とともに王座の間を吹き飛ばしていく。
「ふふふ、これならどうだ?」
しかし、その自信は一瞬にして吹き飛ばされた。
「なんだ?、この氣は?」
それは土煙から現れた聖から発せられていたものだった。聖は姿を現した途端、その氣を双誠と同じように体から氣を発した。
「ぐおおおおおおおお!!!!!」
「まだだ」
聖は一瞬のうちに双誠の目の前に現れた。右手で胸を、左手で左肩を一瞬で吹き飛ばしたのである。
「ぐわあああああああ!!!!!」
「妖蝉の子はその程度の力しかないのか?」
「お、お前は一体…」
「父上に聞いてみろ、我の名をな。さらばだ」
傷は再生できても手足は再生できないらしい。顔に氣を近づけると、
「我を殺ったところで彼奴は倒せないぞ」
「安心しろ、それもすでに手は打ってある」
そう言った瞬間、双誠の顔は跡形もなく吹き飛んでしまっていた。その直後、双誠の体から大量の妖気と霊気が出てきたのである。
「さあて、次は双翔を助けてやらんとな」
聖はゆっくりと双翔の魂のところへ歩いて行った…。
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