第五章 戦乱

一、帰路

 聖は京都から時の扉を使って向川町に戻ろうと時の流れに身を投じた。時の流れは自分の意志で行き来できる状態と流れに身を委ねる状態に2つある。聖の場合は前者のほうに当たる。しかし、例外もある。誰かが強く呼び寄せた場合である。それは身を投じた者の意志に関係なく向こうの世界に行ってしまい、過去・未来の両方でもあり得たのである。
 この時も聖は誰かに呼び寄せられるというよりもどこかの世界に引き込まれてしまったのである。流れは止めることはできない。聖はやむなしという気持ちで流れに自分の身を任せた。
 引き込まれるときに体に大きな重圧がかかる。常人であればそのまま流れの中で消滅しても仕方ないのだが今の聖ではそんなことありえない。以前の聖であればその可能性もあったかもしれないが…。周りが徐々に白くなる。まもなく、向こうの世界に着く頃なのだ。そこがどんな状況であるかは聖の臨機応変にかかっている。

 ワァァァァァァァァ…
 ドドドドドドド…
「打てぇーーー!!!」
指揮官の声に合わせて塀の内側から火縄銃の火が噴く。攻めてきた兵たちが少しずつ倒れていく。しかし、その勢いは一向に収まる気配はない。後ろから後ろから多勢の兵が1つの城を落とすために攻めかかっている。
 この城を守るのは村岡儀長で都村行高の家臣である。都村軍の最前線として隣国の石川仁左衛門と戦っている最中だった。500の守兵に対し、攻める石川軍は5000と10倍もの差があった。すでに攻める以前に築かれていた3つの柵を突破し城の四方より襲っていたのである。
 村岡城の背後には川が流れていた。本来なら堀の代わりとしてその役目を全うしているところだがその川も石川軍の水軍によって完全に封鎖されてしまってその効力は薄かった。ただ、石川軍の水軍は経験が薄いようで城の北側は少数でも抑えきれていた。逆に総兵力の大部分は東西南の三方に集まり激しい戦いが続いていた。
 本丸にある三層の天守の頂上から戦況を眺めている村岡は、
「まさか石川が突如攻めてくるとは…、しかも、援軍も望めぬ…」
そこへ鎧を身に纏った家臣が走ってきた。
「申し上げます!、石川に内通した鳥尾伍兵衛が門を開き、敵を中に導いております!」
「なに!?、それはまことか!」
忠臣と思っていた伍兵衛は以前より石川と誼を結んでいたのだ。
「はっ!」
「くっ…、これまでか…」
村岡は自刃を覚悟した。その時であった。村岡や家臣が並ぶ場所に強い光が現れたのである…。

 聖は森の中に空間移動した。周りは草木に囲まれた自然世界の一部、耳を澄ませると鳥の鳴き声が耳の中に入ってくる。
「ここはどこだろうか…」
聖はゆっくりと森の中を歩き出した。
 聖にとっては完全に見知らぬ土地である。誰かの強い想いによって引き寄せられたがその呼んだ相手が誰なのか、いつの時代の者なのか、さすがの聖も分からなかった。ただ、分かるのは今、自分が森の中を歩いているというぐらいしか分からなかった。
(何の気配も感じないか…)
聖は術を唱えた。
「跳雄術(ちょうゆうじゅつ)」
そう唱えた瞬間、聖の動きは数倍の速さになった。まるで疾風の如く、森の中を駆けめぐった。とりあえず、この森から出るためである。周りの草木が視界では捕らえきれないほど後ろへ移動していく。そして…。
 森は一気に開け、草原が広がっていた。それもただの草原ではなかった。無数の人で群れていたのだ。その群れの行き先は1つの城であった。
「俺を呼んだ人物はあの城の者なのか…、それとも…」
聖は城だけではなく、周りを自分の目で見た。しかし、群れ以外に何も見えなかった。そこで気配を感じるため、その場で座り込んで目を閉じた。心を落ち着かせた瞬間、視界がパァーっと開けて木の板で作られた家々が数多く見えてきたのだ。鎧を身に纏った兵たちが村を襲っていたのだ。聖はパッと目を開いた。
「この村の誰かだな…」
そう確信した。
「戦の弱者はいつも民だ…」
聖はそう呟くと襲われていた村を探しに行った。
 村はすぐに見つかった。戦がなければ辺り一面に田んぼや畑が広がり、小川からサラサラと流れる音が風に流されて聞こえるに違いない。民は口笛を吹きながら馬を曳き、子供たちはワイワイと騒ぐ日常生活がもうすでになかった。周りは軍馬によって踏みにじられ、民の逃げまどう姿があちこちで見られたのである。しかも、村には攻め手の軍勢の本陣が置かれているようで村の入り口には小さな橋がかかっていたが大きな杭が地面に打ち込まれて柵を築いており、橋の正面には鉄砲隊が配置していた。
「愚かな…」
聖はわずかに呟いた。
 時代は違えど民衆が苦しめられていることには違いなかった。そして、感じた。ここに我に救いを求める者たちがいることに…。
「水の化身たちよ、我に救いを求めようとしている弱き者たちに力を与え給え」
詠唱を終えるとポツポツと雨が降り注いで来た。門前にいた鉄砲隊が雨の当たらない場所を探して散っていく。替わりに刀を装備した足軽隊が前面に出たとき、聖の怒濤の攻撃が始まったのである…。

「こ、これは双魔様」
光から出てきた人物の姿に村岡は驚いた。
「久しいな」
双魔と呼ばれた男は村岡に笑みを浮かべた。
「お前の主の願いで馳せ参じた次第、戦況は如何なる状態だ?」
「はっ、すでに一の丸が突破され、二の丸で防いでおります。四方を囲まれていますが、やや北方向の戦況が有利かと」
「うむ…。石川勢は水軍に慣れていないようだな」
「はっ」
「なるほど…。しかし、このままでは保たないぞ。多勢に無勢だからな。うん?」
「如何なされた?」
村岡は男を見た。男は南の方向に集まりつつある雨雲を見ていた。
「誰かが雨雲を呼び寄せておる」
「えっ!?」
「あのあたりには何がある?」
「あそこには吾川(あがわ)という小さな村があった場所にございます」
「あったとは?」
「すでに石川勢に占領され、敵の本陣と化している次第…」
「なるほど…。ならばすぐに戦は終わろう」
男は驚くべき事を口にした。
「終わるとはどういうことなのですか?」
「分からぬか?、あの雨雲をいとも簡単に呼び寄せることができる術者なのだぞ」
「雨乞いであれば山伏でもできまするが…」
「山伏の雨乞いであればこの城の上にも雨が来なくてはならない。しかし、あの雨雲はあの村の上だけに来ているのだ。そんな高等な術を使える者は七魔でもわずかしかいない」
男はここに来たのが無駄ではなかったと心に思った。そして、村岡の場を辞して村のほうへ向かったのである。

 時はさかのぼり、村の門前。足軽の一人が聖の姿を見て、
「何者か?、ここより先は誰も通れぬ。引き返せ!」
雨足はどんどん強くなる。
「断る」
聖はどんどん近づく。足軽は聖の殺気に凄んだ。しかし、刀を抜き放つと武人に生まれ変わった。聖の殺気に怯えることなく立ち向かってきた。
「今、一度言う。ここより石川軍本陣である。早々に…」
それ以上の言葉は話すことができなかった。首から上がなかったからである。悲鳴は雨の音にかき消された。聖はゆっくりと門をくぐり抜け、石川仁左衛門が陣屋を置いている村長の家に向かう。そんな聖の動きは雨と雷で気づかれることはなかったが物見で警戒していた兵の1人が聖を見つけて、
「そこにおるのは何者か!?」
と叫んだ。この言葉に民家に避難していた兵たちが出てきた。
「貴様、どこから入ってきたぁ!!!」
槍を持った武将らしい男が叫ぶ。
「無論、正面から」
その叫び声をかわすかのように静かな声で言う。
「馬鹿な!、あれだけの足軽の中をどうやって!?」
聖は上を指さした。
「雨か!、者ども、この者を討てぇ!!!」
無数の槍が聖に向けられる。聖は右腕を左から右に流した。すると突如、竜巻が兵たちを襲い、巻き込まれた兵は天空へと吸い込まれていく。
「貴様、妖術使いか?」
「いいや、我が名は双魔なり」
「そ、双魔だとぅ!!!、皆、退けぇ!!!、無駄死をするなぁ!!!」
武将は兵たちに退却を命じた。
(無駄死…、この時代の双魔王は何をしたんだ?)
聖の脳裏に疑問が浮かんだ。しかし、今は民を助けるのが優先だと思い、石川の陣屋へと歩き続ける。
 石川軍陣屋では聖のことが知らされていた。
「な、なんだと!?、それはまことか!?」
「はっ」
「むむむ…、なんということだ…」
仁左衛門は突然のことにうなった。
「すでに近くまで来ております。退却を!」
「都村め…、化け物を味方にするとは…。ここは止むえん、退けぇ!!!」
仁左衛門がそう下知したときに一塵の風が仁左衛門を襲った。あっという間に首と胴が離れてしまったのである。
「殿ぉ!!!」
家臣たちが気づいたときには仁左衛門の首が転がっていたのである。主が討たれるという事態に石川軍は戦意を失い、石川城へと退却した。これにより、村は石川軍から解放されたのである。その瞬間、雨もあがり晴れ間が覗いた。
「終わったか…」
仁左衛門の首を掴んだ聖は外に出て来た民に、
「これを持っていけ。そうすれば御功がもらえるであろう」
「あなたは妖術使いなのですか?」
「いいや、妖術使いなら雨ではなく、鬼を降臨させるであろう」
「名を…」
「名のるほどでもない。まもなく、ここに術者が来よう。『闇に引き込まれし、愚か者め。何を求めて彷徨っているのか?』と…。その者にそう伝えてくれないか?」
「わ、わかりました」
「さらばだ」
聖は消えるようにして村から去ったのである。

「ほう、その者はそのようなことを申していたか?」
「は、はい」
「なかなかおもしろいことを…、ふっはっはっはっは」
男は笑い出した。聖から伝言を頼まれた民はその様子に恐ろしくなり体が震えた。
「おい」
「えっ?、あ、はい」
「その男はどこに向かった?」
「分かりません」
「分からないとは?」
「消えるように去ったので…」
「ちっ、役立たずが」
そう言った瞬間、民の首は胴から離れて辺りは血まみれと化していた。それを見ていた吾川の民は一目散にその場から家の中に逃げ込んだのである。そして、男もまた消えるようにしてその場から去ったのである…。

 信州奥木曾、初代双魔王・双発以来この地に腰を下ろして時代の裏側を走ってきた双魔木曾一族の本家がある。山の中腹にある木曾神社が双魔一族の根城でもある。
 この神社の周りには護番衆と呼ばれる守護者たちがいた。護番衆は本来、双魔の術が使える訳ではなく、代々、双魔を慕ってこの地に移り住んでいるのだ。ほとんどの先祖が京に住んでいたという。
 双魔は七魔において微妙な立場にある。善と悪、2つの心を持ちながら時代の変動期において光を求め、闇を渡り歩いているのだ。さらに独自に崇拝する双魔神なるものを創り出しそれを奉っているとまで言われているがそれを見た者は双魔衆の中でも一握りの者しかいなかった。
 戦国の裏を駆け走る双魔一族の棟梁・木曾善将(=双善)は苦悩していた。それは我が子・誠翔(=双誠 よしかけ)のことである。誠翔は退魔師としての家業よりも血を見るのが好きな男であり、術を使っては弱き者を滅ぼしていった。双善は何度も誠翔を止めようと戦いを仕掛けたが敗れて右腕は動かない状態になっていた。
「くそ、この腕さえ動いてくれれば…」
双善は茶碗を叩き割った。その音に駆けつけた社魅宇(やしろ・みう)が、
「何をなさっておられるのですか!?」
「うるさい!」
魅宇はゆっくりと双善に近づいていく。
「誠翔のことですね?」
「……」
「あの子は魔性の子です。いずれは双魔を滅ぼしに来るでしょう」
実は双誠は魅宇が腹を痛めて生んだ双子の兄でもあった。
「それを止める力があるのはもはや、この家にはない」
「何を言われますか!、あるではありませんか!」
「どういうことだ?」
「我が一族に伝わる時空伝承の術を使えば…」
「戯けが!、あの術がどういうものであるかお前は知っておるのか!」
「無論にございます」
魅宇の表情は真剣である。
「しかし…」
双善が決断を渋る。
 時空伝承の術は禁術である。簡単に言えば時空の歪みを創ってそこに新たな記憶を埋め込み、そして元に戻すという荒技である。言葉で記せば禁術でもなんでもないように捕らえられるが時空の歪みを生み出せばそこに闇の力も生み出されるのである。強弱は関係なく、妖魔が絶えずに続々と空間より舞い降りて来る諸刃の剣でもあった。
 退魔師として名を引き継いできた双魔の棟梁にとって時空伝承の術は正に禁術であった。魅宇の言いたいことはわかっていたが禁術を開放することなどもってのほかであった。
「あなた!」
魅宇は決断を迫る。魅宇は禁術の恐ろしさを解っていなかった。魅宇の心には双誠に対する恐怖と憎悪だけが満ちているのが双善には手に取るように解っていたため、魅宇の要請にも首を縦に振ることはなかった。
「お前の言いたいことも解るが今のお前は双魔一族にとってあるまじき心をしている。そのような者に禁術を渡すつもりはない」
と断言した。
 その言葉を聞いた魅宇は怒りのあまり、部屋の中で暴れ回り散々に壊し破り捨てた挙げ句、部屋から立ち去って行った。部屋の中央には双善だけが残されていた。
「梶原いるか?」
「ここに」
梶原と名のる男が隣室から現れた。
「魅宇は非常に危険な状態にある。何をしでかすかわからん。しばらく見張れ」
「御意」
梶原は一礼すると消えるように立ち去った。
「ふぅ…」
双善はゆっくりと立ち上がり、中庭に面した廊下に出た。中庭には小さな池があり、鯉が優雅に泳いでいた。
 それを見ながら誰かに呼びかけるように口を開いた。
「双誠は今、いずこにおる?」
それに誰かが答える。
「都村領に」
「都村は今、石川勢と争っている。で、民を殺めたか?」
「はっ、民を1人…」
「そうか…、戦国の世とはいえ、罪なき者を殺めるとは…」
「しかし、その場で奇怪なものを見ました」
「奇怪なもの?」
「はい、双誠様が人を殺める前のことなのですが吾川という村で突如、大雨が降りました」
「雨が降ることが奇怪なことなのか?」
「いいえ、それだけでは奇怪とは申せません。吾川の空だけに雨雲が集まってきたのでございます」
「ほう」
「その直後に石川仁左衛門が殺されました」
「それは軍勢か?」
「いいえ、たった1人にございます」
「1人で2000もの軍勢に攻め入ったと申すか?」
「御意」
「ふむ…、それは後ほど検討致そう。で、それから彼奴はどこに向かった?」
彼奴とは双誠のことである。
「それが…」
相手は言葉を濁した。
「まかれたのか?」
「申し訳ございませぬ」
「まあ良い、双誠はもはや人ではない。お前でできぬなら止むえん。それよりも石川仁左衛門を討ったという男を捜せ」
「はっ」
相手の気配は消え去ったのである。
「まだ戦国の世にもこのような強者がいたのか…」
双善の心の中には禁術を使わなくて済むという強い希望が残っていた。

 永川城は都村城の前衛と形式上なっていたが今は立場は逆になっていた。都村軍が石川城を落としたと同時に石川仁左衛門の子・長勝が永川城を急襲していたのだった。父より主力の軍勢を預かっていた長勝は父の死に対しても何の反応を示すことなく、
「所詮、彼奴は凡人よ。居城よりもこの地のほうがはるかに良いわ」
そう吐き捨て長勝は捕らえた永川城主・永川高時を見分した。
 高時は15万の大軍で攻め寄せてくる石川軍をたった8千で防いでいたが戦況が不利と見ると家臣の命と引き替えに降伏した。しかし、長勝は無情にもこれを許さず、8千の城兵とその一族を全員殺害してしまった。それを行った中心人物が高時の子・昌時と言うのだから皮肉なものである。
「お前には人の情というものがないのかぁ!!!!!」
高時は我が子に向かって叫んだ。
 しかし、その声は昌時に届くことはなかった。高時の首が空高く飛んでしまったからである。昌時は長勝より第一の戦功とされ、一字を与えられて名を「昌勝」と改めたのである…。

 聖はある男と会っていた。別に会いに行ったわけでも呼んだわけでもない。自然とそうなってしまったと言っても過言ではなかった。
 場所は都村城を中心に広がる城下町、当主・行高、先代・盛高の尽力により領内に街道が整備され、都村城にある市場は繁栄の限りを尽くした。その城下町の一角にある酒場に2人はいた。
 聖がこの酒場に入ったとき、中はすでに満員状態で座れる場所がなかった。そのとき、たまたま空いて場所を見つけて相席をさせてもらったのだ。何気なしに会話をしているうちに2人はあっという間に意気投合してしまった。
「知っているか?」
男が酒を飲みながら口を開く。聖は肴をつつきながら言葉を返す。
「何を?」
「永川の城が落とされたらしい」
「永川か…。ここと目と鼻の先だな」
「ああ、しかも、天然の要害ときている」
「左右を崖に囲まれ、背後は狭い橋一本、正面は広い荒野なんだろ?」
「その通りだ。しかも、攻め取ったのが石川仁左衛門の子・高時だ。野心が大きく、冷血無比な男らしい」
「残虐な男のか?」
その問いかけに男はニヤッと笑い、
「お前にも聞こえるだろ?、彼奴に殺されていった民衆の恨みの声が」
「お前…」
聖は問いかけようとしたとき、酒場に多数の兵が入ってきた。
「全員動くな!!!、この場に石川の密偵が入り込んでいるとの情報を得た。全員、これから調べる」
兵の隊長らしい男が叫んだ。
 にぎやかだった酒場の雰囲気は一気に緊張感に包まれた。しかし、聖の前にいる男だけは違った。
「ここは無礼講の場所であろう。たとえ、密偵が入り込んでいたとしても構わぬではないか?」
「貴様ぁ、何を言うか!!??、おい、こいつを捕らえよ」
隊長が部下に叫ぶ。しかし、男は怯まない。
「自分の意志に反する者がおればすぐに捕らえようとする。それが都村のすることか!?」
「ぬぬぬ…、言わせておけば…」
男は続ける。
「それとも、石川に内通し、片っ端から汚名をかぶせて都村に対する忠誠力を損なわせる気か?」
「な、何をたわけたことを…。ええい、この男を捕らえよ!」
槍を持った兵たちが男と聖の周りを囲む。
「お前も邪魔立てをするなら共に来てもらうことになるぞ」
しかし、聖は笑いながら言った。
「無駄なことだ、お前には勝てぬよ。この男には」
そう言うと男が笑い声をあげた。
「何がおかしい!?」
隊長は今にも怒りを爆発させようとしていた。
「この男は石川仁左衛門を討った男だぞ。お前が一生かかっても勝てぬ」
聖は男の顔を見た。その瞬間、この男が何者であるか察しがついた。察しというより確信だった。
 2人の会話に驚いたというより怒りをこめていた隊長は、
「ふん、馬鹿馬鹿しい。あの男を討ったのは双魔の者だ。すでに殿のもとに行かれておるわ」
「その男の名は双誠と言うであろう?」
ピクッと隊長は反応した。聖も口を開く。
「なるほど…、あの男か…」
「知っているのか?」
男が聖に言う。
「ああ、知っている」
そして、聖の表情が真顔になったことに気づいた。
「皆の者、早くこの場から離れられい、戦が起きるぞ!」
そう叫ぶと酒場の壁を氣でぶち抜いた。凄まじい音と共にぽっかりと出口ができていた。そこに民衆がなだれ出る。しばらくすると民衆はいなくなり、残されたのは散乱した木製の机と椅子、無数の兵と2人の男だけだった。
 男の氣の力を目のあたりにした隊長らは動けずにいた。相手を間違えたのである。
「き、貴様、まさか…」
「如何にも、我が名は双翔、石川の首を持って都村殿のもとを訪れた双誠の弟にあたる」
「なっ!?、ぬぬぬ…、退けぃ!」
「無駄なあがきだ、やめておけ」
槍を持った兵たちの刃が隊長に向けられていた。
「裏切るのか!?」
隊長は声を荒げた。
「何のことです?、我らは行高様に忠誠を誓いし者、裏切ったことなぞ一度もない」
「何を言って…」
隊長は男と聖の顔を交互に見た。察しがついたらしい。
「さあ、参られよ」
隊長は部下だった兵に連れて行かれてしまったのである。残された2人は互いに顔を見合わせた。まずは聖が口を開いた。
「まさか、双魔の者だったとは…」
「意外だったかな?」
「いや、そうは思わないがあまり会いたくなかった。双魔の者には…」
聖は苦笑した。
「なぜ?」
「我も双魔の者だからだ」
「なんと!?」
「我が名は双聖、時空の狭間を越えてこの地に舞い降りた者だ」
「時空を越えて?」
聖が頷く。
「それは時空伝承の術か?」
「そんな危険な禁術は使わぬ。お主は時魔を知っているか?」
「ああ、知っている。時の空間を支配する幻の一族であろう?」
「時魔は幻ではない、実際に存在するのだから」
「何と!?」
「しかし、どこにいると言われれば我にもそれはわからない。訪れたのも偶然だった、その時に時魔王・時覇に会い、「時の扉」の移動術を伝授されたのだ」
「そのような術があるのか?」
「ある」
聖は双翔の目を見ながら頷いた。
「して…、お主がここに来た目的は?」
「目的は果たしたのだが…」
目的とは吾川の村を石川軍から解放することである。
「双誠だったかな?、まことと書くほうの…」
「ああ、兄貴か?」
「そいつが会いたいらしくってな、まだ、この地を離れられないんだ」
「ほお、会いに行くつもりか?」
「いや、待っていれば向こうから来るだろう」
「ならば、今…」
そのとき、凄まじい殺気が2人を取り囲んだ。
「むっ!?」
「この殺気は…」
「兄貴の気配がする」
「やっと来たか…」
聖は殺気を放っている方向へ歩き出した。
「お、おい、どこに行く気だ?」
双翔があわてて聖を止める。
「決まっているだろ?、会いに行くんだよ。向こうはこっちのことがすでにわかっている。どこに行っても逃げられないさ」
「し、しかし、あの男には…」
「ん?、何だ?」
双翔が動揺している。
「妖魔王・妖蝉(ようせん)の血が流れている」
聖は動きを止めた。
 妖蝉のことなら聞いたことがあったからだ。妖蝉は500年も生き抜いた伝説の妖魔王で室町末期に七魔の連合軍によって殺されるまで数百万の民・兵を殺害した男でもある。かの織田信長にも取り憑いたとも言われている。
「妖蝉の子か?」
「ああ、魔性の子だ」
「ならばなぜ双魔についている?」
「それを言わせる気か?」
聖は察しがついた。おそらく、母が妖蝉に犯されたのであろう。そのときに子供を宿し、生まれたのが双誠だったのであろう。
「なるほど…、妖気を封印していたのか?」
「ああ、けれども自分で解き放ってしまったわ。そのときに親父が倒そうと立ち向かったんだが逆にやられて今は失意のどん底にある」
「だからといってそのまま放置しておくわけにもいくまい」
「あ、ああ」
「誰かが倒さなくてはこの世に安泰の二文字はない。まだ天下に名を馳せようとしている羽柴筑前(後の豊臣秀吉)に取り憑かないだけマシなほうだ」
「羽柴筑前って、あの?」
「そう、暴君・信長の側近中の側近。いずれ織田家をまとめあげる男だ」
「しっかし…」
「うん?」
「これだけ殺気を放たれているのによくも平気でいられるのが不思議だな」
「まったくだ」
殺気は徐々に強まりつつあった。相手がいらだっているのかどうなのかはわからないが殺気は益々強くなる。
「覚悟を決めたかい?」
聖は双翔に言った。
「ああ、いいぜ」
2人は酒場から外に出たのである…。

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