二、闇の結界

 窓の外から涼しい風が入ってくる。真夏であるにも関わらず、向川町は避暑地として観光客のにぎわいを見せていた。今日は聖の副業は休みである。久しぶりに吉郎から休みをもらったのだ。部屋で寝そべっていた。聖に従う精霊たちも外に飛び出て気ままに過ごしていた。
 聖のアシスタント兼事務担当の知香も休暇を楽しんでいた。久しぶりに地元に帰ってきた友達と市街地に出かけたのだった。その友達の1人の真治は知香の後輩だった。地元の中学を出て、親の反対を振り切って地元を出ていたのだ。真面目一本だった彼は髪は茶色になり、服装も派手になっていた。眼鏡をかけていたが今はコンタクトに変えているらしく、昔とは想像もつかない姿で知香の前に現れたのだった。
「こいつ、かわっただろ」
長身で長髪の真人がいう。真人は真治の兄だ。
「そうだね、ずいぶん弾けた感じだよ」
「そうだろう。やっぱり、都会者は違うねぇ」
「今、どこにいるの?」
「あいつか?、あいつは東京に住んでいるよ。もう2年になる。帰ってきたときはびっくりしたよ」
真人が苦笑した。真人は旅館・島屋の跡取り息子で知香の友人で唯一、地元に残っている数少ない友人の1人なのだ。
「いきなり、あの姿で帰ってきたからねぇ。親父なんて真っ赤の顔をして大激怒だったもんなぁ」
「へえぇぇぇ。かわったねぇ」
「あいつは変わりすぎなんだよ。それにさあ、最近、やばいとこにも出入りしているらしい」
「やばいところ?」
「ああ、へんなオカルト教団に入信したらしい。あいつが持ち帰ってきた鞄の中に骸骨が出てきたっておかんが大騒ぎしてねぇ」
「が、骸骨!?」
知香は驚いて真治の顔をちらっと見た。
「あれにはさすがの俺もびっくりしたよ。あいつ、人でも殺したんじゃないかってマジで思ったぐらいだからね」
「こわ〜〜〜い」
「ま、今日は久しぶりに会ったんだ。怖い話は忘れよう。お前も旅館を継ぐのか?」
「う〜ん、まだ分からない。継ぐかもしれないし、継がないかもしれない」
「まあ、人それぞれだからね。居候さんは元気にしてる?」
居候とは聖のことだ。
「元気すぎるほど元気だよ」
知香は笑いながら言った。真人は知香がずいぶん明るくなったなと思った。昔の知香が暗すぎたせいもあるかもしれない。それは闇の殻に自分の心を封じていたからでもある。真人はそのことを全然、知らなかった。
 あの事件のとき、真人も鮮明に覚えていた。自分の叔父が血の気がひいた表情でいきなり襲いかかってきたのだ。鋭い爪で…。しかし、そこから何が起きたのか自分でも理解していた。それはいきなり、光が叔父を包んだのだ。包んだというよりも真人からそれは放たれたのだった。光の攻撃を受けた叔父は消し飛ぶようにしてこの世を去ってしまった。
 真人は後日、知香の父親が退魔師であることを知香から聞き、相談したところ、
「それが本当なら、君には退魔師の能力があるかもしれない。わずかだが君の周りに精霊がいるようだ。まだ、覚醒はしていない。けれども、目の前で自分の叔父が消えてしまったショックは大きいはず。今は今の生活を楽しむといい」
そう吉郎から言われて、あの事件のことはすっかり忘れていたのだ。しかし、弟の真治がオカルト教団に入っることを知ってから、自分の周りで不吉なことが起きるのではないかと思っていたのである。

 知香たち6人の集団は市街地で楽しんだ後、真治が知り合いの店を知っているというので行ってみることにした。
「そこのお店はね、会員制なんだよ」
「俺たちは行けるのか?」
1人が聞く。
「もちろん、もう伝えてあるから大丈夫♪」
「ほんとかよ。なかなか気がきくじゃねえか。なあ、真人」
「あ、ああ…」
真人はこの時、嫌な予感がしていたのである。知香以外の人たちは真治がオカルト教団に走ったという事実は知らなかった。

 夜、吉郎が聖の部屋に来た。
「木曾さん、いますか?」
「ええ、いますよ」
吉郎が襖を開くと聖は地図を見ていた。
「おや?、どこかに行かれるんですか?」
「いえいえ、ちと、気になることがありましてね」
「気になること?」
「ええ、遠くの方から闇の気配がしたのです」
「えええええ!!??、木曾さんもですか?。実は私もなんです。わずかなんですがね。それで相談してみようかと思いまして」
吉郎が聖の前に座る。
「やはり、感じましたか。方向的には大松市あたりかと思うんですけどね」
 大松市は向川町から西に10キロ離れたところにある人口5万人の小さな町だが、この向川町よりは大きい。
「今、知香も行っているのが大松市なんですよ」
吉郎が言う。
「あの程度の闇の力であれば知香の精霊を持ってすればどうってことはないですね。ただ、昨日から同じ気配をこちらでも感じているんですよ。まあ、2つの闇の力を感じているってことですね。しかも、こちらのほうが強いと見た」
「ええ、人には光と闇の心が必ず存在します。多少の闇の力があってもおかしくはありませんけれども、この闇の気配は人が持つ心を上回っている気がします」
人が恐怖・憎悪・嫉妬などの闇に属するものを持っていると感じたとき、退魔師はある一定の許容範囲を判別するのだ。それ以上の闇が人の心を支配すると人は闇の者となり、犯罪をおかしやすくなる。それは殺人などの重大犯罪にもつながることが多々あるのである。その許容量を超えた気配が聖と吉郎の近くに存在していた。
「どうします?」
「このまま放置しておくわけにもいかないな。場所は特定してあります。手遅れにならないうちに手を打っておきましょう」
聖がそう言うと吉郎はゆっくりと頷いた。
 大松市郊外、廃墟と化したビルに知香たちはいた。
「真治、こんなところに店なんてあるのか?」
「ええ、こっちです」
真治がみんなをビルの中に導いていく。
「知香」
真治が中に入っていく姿を見た真人は知香の方を向いて口を開いた。
「なに?」
「嫌な予感がする。お前はここにいろ」
「なんでよぉ?、嫌な予感ならさっきからしてるよ。真人を置いて逃げたくないもん」
「そうじゃないんだ。何かあったとき、2人とも巻き込まれたら意味がないだろ?」
「だからって、ほうっておけないもん。私も行く」
結局、真人は知香の説得をあきらめて中に入っていった。真人は知香が退魔師だということを知らない。
 真治は廃墟のビルを2階、3階とのぼっていく。知香は入ったときから精霊の姿が感じないことに気づいていた。
(ここには何かある…)
知香も退魔師としての勘が働いていた。真人は真剣な表情をしている。
「おい、真治、どこまで行くんだよ」
仲間の1人が真治に言う。
「ここの最上階にあるんだ。もう少しだって」
真治は上へとのぼり続ける。知香はそんな真治の後ろ姿を見ながら上へとのぼっていった。

 聖と吉郎は多恵に留守を任せて出かけた。場所は闇のはびこるところである。近づくにつれて闇の力は強くなっていく。
「ふむ、ここか…」
2人が見上げたところは島屋であった。聖は正面から、吉郎は裏に回り、同時に踏み込んだ。人の気配がしていたが体に受ける妖気は尋常ではない。もはや、正気ではないだろうと聖は思っていた。 聖は玄関の戸が開いていることに気づき、気配を消しながらゆっくりと中に身を入れこんだ。中は暗い。まったくの闇である。空気がにごっている感じがした。聖は廊下を進んだ。階段があったが気配は母屋にある住居部分からしていた。聖がそちらのほうに足を向けようとした瞬間、前後に気配を感じた。
 しかし、聖は振り向かずに歩いていく。気配は聖に近づいていた。距離は1m程度だった。もう目と鼻の先である。聖からは相手の姿が見えないのである。
「グルルルルルルルルゥゥゥゥゥ…」
後ろで獣の声が聞こえた。
(来たか…)
聖は島屋に入ったときから精霊の姿が消えていることに気づいていた。何かの結界が張られているのだ。けれども、聖は双魔である。それぐらいのことは察知していた。
 聖は両手に氣をためると、大きく水平に広げた。手の先に気配を感じた瞬間、
「氣爆陣!」
その瞬間、聖の前後で雄叫びがあがった。
「グオオオオオォォォォォォォォォォォ!!!!」
白い煙をあげながら、消滅していった。その瞬間、パッと周りが明るくなったのだ。吉郎が屋敷の四方に結界をはったのだ。双魔でいう「四法の陣」である。
 五法の陣が敵1体に対して動きを封じるのに対して、四法の陣は広範囲の敵もしくは物に対して封じるもので北西、北東、南西、南東の4つの位置に精霊の力をこめた短剣を配置していくのである。聖が知香に教えた封印術と同じなのだ。
 吉郎が結界を敷いた瞬間、屋敷全体が明るくなった。闇の力はすっかり消えていた。聖は階段の下の死角にあるお札を見つけた。触ろうとするとシュウゥゥゥ〜という音と共に煙が出た。光に対して反応しているのだ。
「これは…」
聖はゆっくりとお札をはがした。その瞬間、わずかにたまっていた離れの闇の力を消えてしまったのである。
「おお、大丈夫か?」
吉郎が裏口から入ってきた。
「ええ。それよりも島屋さんたちは?」
「大丈夫だ。どうやら、気を失っていただけのようだ」
「ふむ、それはよかった」
聖は胸をなで下ろした。
「ところで原因は分かったかな?」
「ええ、どうやら、このお札が原因のようです」
「なんだね?、その札は」
聖は吉郎にお札を渡した。
「それは闇世の護符です。屋敷の四方にこれを張っておくと闇の力により、精霊たちが中に入って来れないのです。吉郎さんは外にいましたから、特に影響はなかったと思います」
「それだけなのか?」
「いいえ、その闇の力により妖魔が生まれる影響が大きくなるのです。まあ、簡単に言えば妖口と同じようなものでしょうか。ただ、それは護符の中に限られ、外には出ようとすればあっという間に消滅してしまいますがね」
「ううむ…。そんなやっかいなものがあったとは…」
「この護符は平安より続いているものです。かの織田信長も鬼の力を利用して天下布武をやろうとしたぐらいですから。ただ、これには弱点があるんです。1枚をはがしただけでその効力は完全に消えてしまうということです」
「なるほど…。しかし、誰がこんなことを…」
「それはこの島屋を探してみれば分かることです」
聖と吉郎はゆっくりと母屋のほうに向かった。

「ここだよ」
真治が最上階に着いた瞬間、後ろを振り返って仲間たちに言った。
「ここってお前…、何もないじゃないか?」
仲間の1人が言う。
「よく見てよ。ほら、そこにあるじゃない」
真治をかきわけて見ると妙な模様が書かれた円陣があった。
「…闇の円陣が…」
突然、真治が豹変した。真人と知香が心配したことが起こったのである。
「お、おい…、真治、どうした?」
「ククク…、お前たち、お客さんが来たよ。丁重にもてなしてやれ」
円陣から角が生えた獣がうようよと出てきたのである。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
真人と知香の目の前で友人たちが1人、また1人と獣たちに襲われていく。
「知香、逃げろ!」
真人が叫んだ。しかし、真治が不気味な笑みを浮かべた。
「逃げられないよ、兄さん。ここは時空の世界なのだから」
「な、なに!?」
ビルの外は紫の雲となり、ゆっくりと流れていた。天井にも黒いガスが発生していた。
「兄さんもこっちの世界においでよ。知香さんも」
真治の顔が豹変していく。肌の色が赤茶色になり、口からは鋭い牙、目は赤く光り、体全体が巨大化していく。もはや、そこには真治はいなかった。妖魔が目の前にいるだけである。真人と知香は壁つたいに妖魔から間合いを開きながら、ゆっくりと横へ横へ動く。妖魔のはずなのに声は真治そのものである。
「無駄だよ。あがくのはやめたら?」
「ふざけるな。てめえは真治じゃねぇ。ただの化け物だ」
「ふん、何とでも言うがいいよ。兄さんたちもこっちの世界に来るのだから。ほら、みんなも妖魔化していってるよ。自分が持つ欲望に負けてね。さあ、無駄なあがきはやめて…」
その時、声が変わった。完全な妖魔となった。
「…お前たちも我らの仲間となるのだ!」
壁つたいに動き回っていた2人は1周して元の位置に戻って来た。その時である。正方形に凄まじい光が発したのである。妖魔は白い煙をあげながら消えていく。紫の雲と化していたビルの外は元の夜に戻っていく。
「ぬぅ、な、何だ…。この光は…」
妖魔が周りを見ると、四方に短剣が刺さっていた。
「き、貴様ぁ…。退魔師か?」
妖魔は真人のほうを向いた。しかし、退魔師は真人ではない。
「そうよ!」
知香が口を開いた。真人が退魔師だと聞かされたのは壁つたいに1周回る直前のことだった。信じられなかったがあの状況ではどうすることもできなかった。そして、今…、真人は退魔師という力を初めて知ったのである。
「ほう、こんな小娘が退魔師とは…。ククク…フハハハハハハハ…」
「な、何がおかしいのよ!」
「所詮、ガキの悪知恵…。こんな結界、どうってことないわ!」
妖魔は右手から凄まじい妖気を短剣にぶつけた。短剣はもろくも壊れ、一瞬にして結界の効力は消えてしまった。そして、ビルの外はまた時空の歪みに戻ろうとした瞬間、強い氣が妖魔にぶつかったのである。

 島屋の母屋に向かった聖と吉郎はある部屋だけ闇の力が消えていないことに気づいた。
「これは…」
「どういうことなんだ?」
吉郎が入ろうとした瞬間、聖が止めた。
「吉郎さん、ダメです。この先に時空の歪みがあるようです。少し気分が悪くなるかもしれません」
「時空の歪みというと…、お主が開く時空と違うのか?」
「ええ、あれは時の流れです。まあ、時間ですね。時空の歪みは過去・現在・未来全ての世界に属することのない世界…。つまり、時間が止まった世界なんです。ここには退魔師の知らない妖魔たちが数多く棲むと言われています」
「では、それの入り口がここに?」
「ええ、ただ、時空の歪みは世界そのものと個人で造りだしたものの2つに別れます。これはここにいた妖魔が造りだしたものだと思います」
「なぜ、わかるんだ?」
「世界であればもうここは時空の歪みになっていますよ」
「ふむ…、そんなものがあったとは…」
「じゃあ、話しも分かったところで踏み込みますよ」
聖は襖を開いた。すると、眩暈が起こっているような現象が目の前に現れたのである。見ているものが歪んでいるのだ。しかし、それは部屋の中心だけでその他は普通と変わりなかった。けれども、そのままでは時空の歪みに近づけなかった。
「な、なんだ、あれは!?」
吉郎が絶句した。そこにいるのは骸骨だからである。剣を持った骸骨がこちらに身構えていた。
「魂を持たぬ時空の守護者よ。何故、こんなところに現れる?」
「お、お、お前…は……だ、誰…だ…」
「お前の主を退治するものだ。邪魔をするなら容赦はしない」
「こ、ここ……か…ら……行か…せ…ぬ…」
「かつて生を受けし者よ。光の導きにより召喚されたまえ」
聖は右手を振りかざしながら天界へ通じる道を開いた。
「おおおおおおおおおおおお…」
骸骨と化した名も無き戦士は叫びとも嘆きとも分からぬ声を出した。しかし、決してその場から動こうとしなかった。聖は咄嗟に動けないのだと感じた。何かの契約がなされているのだろうと思い、右手に氣をためた。
 そして、聖は骸骨に近づいた。氣は骸骨に放たれることはなかった。骸骨の影にうちこんだのである。
「グオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!!。お、おのれぇ〜、なぜ分かった!?」
妖魔が影から姿を見せたのである。
「闇の契約師・影魔よ。この双魔王が見破られぬとでも思ったか?」
影魔とは暗闇を好む妖魔である。それだけなら、悪意というものはないのだが時代の流れと共にある契約をした者に取り憑き、永眠させないのである。その契約こそが不死の契約である。
「そ、双魔王だとぅ!?。なぜ、こんなところに!?」
聖はその質問に答えず、
「さらばだ!。五法邪封陣!」
影魔は白い煙と共に消え去ったのである。名も無き戦士は天界へ続く道をのぼりながら2人に対して頭をさげたように見えた。
「さて…、あとはこれだな。吉郎さん、大丈夫ですか?」
「ああ、無論だ。これしきの時空ならどうってことはない」
さすがは百戦錬磨の退魔師である。
 聖は時空の歪みを覗き込んだ。顔を歪みの中に入れるのである。しかし、すぐに外に出した。
「中に知香がいる!」
「何ですと!?」
吉郎も飛び込もうとするのを制した。
「ちょっと待った。知香が何かをしている…」
聖が覗きながら言った。すぐに分かったのである。
「まもなく、飛び込めますよ。しかし、精霊の気配がないようです」
吉郎にはそれが見えない。娘が目の前にいるのに飛び込めない悔しさがあった。それが双魔と退魔師の違いである。ましてや、聖は双魔の頂点に立つ男である。聖が危険だと言えば本当に危険なのである。それは吉郎も知っていたから、こうして待っているのである。
 でなければとっくに吉郎は時空の歪みに飛び込んでいるだろう。
「吉郎さん、いつでもいけますか?」
「無論」
聖は知香の四方の陣が破られた瞬間、氣を打ち込んだ。
「よしっ!、行きますよ」
聖と吉郎は時空の歪みに飛び込んだ。

「グオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!!。だ、誰だぁ!?」
時空の歪みから聖と吉郎がやって来たのである。
「妖魔よ、残念だったな」
「貴様等も退魔師か!?」
「おうよ!」
その瞬間、妖魔は不気味な笑みを浮かべた。
「ククク…、精霊を使えぬ身でノコノコとやって来るとは馬鹿なやつめ!」
「ふん、馬鹿はどっちだろうな」
吉郎は真人と知香の前に立った。聖は吉郎の前にいる。聖の体から氣があふれ出てきたのである。そして、吉郎からも。
「な、なんだ!?、貴様等の氣は…」
妖魔は絶句している。完全無敵の結界の中で凄まじい氣を持った男が2人も現れたのだから。
「我の名は双魔王・双聖なるぞ」
「そ、そ、そ、双魔だと!?」
妖魔はまた絶句した。双魔王は妖魔にとって天敵中の天敵だからである。その王がここにいるのだ。
「あきらめるがいい。相手が悪すぎたな」
「だ、たまれ!。我にはこれがある!」
妖魔は何かを唱え始めた。円陣から妖しい光が放っている。しかし、何も出てこなかった。
「なぜ、出てこぬ!」
「影魔なら封じさせてもらったぞ。どうせ、その円陣も影魔と契約して得たものなんだろ」
「くっ!?」
「やつは不死の契約をしたものに取り憑く代わりにいろんな闇のアイテムを与えてくれる。だが、影魔がいない今、お前はただの妖魔に過ぎぬ」
聖は封印しようとした時、真人が叫んだ。
「ちょっと待ってくれ。そいつは俺の弟なんだ!」
「なに!?。うん?」
ゴゴゴゴ…という音と共に何かが崩れる音がした。
「むっ!?」
妖魔は円陣に沈んでいく。
「貴様等はここでくたばるがいい」
「ま、待て。そっちには行くな!」
「ククク…、もう遅い。さらばだ」
妖魔は円陣に完全に沈んでしまった。
「ここから出るぞ!」
聖は時空の扉を開いた。知香と吉郎が中に入る。
「なあ、居候さん。真治のやつは…、俺の弟はどこに消えたんだ?」
周りが徐々に崩れていく。
「やつは冥界に行った」
「めいかい?」
「そうだ。妖魔王がいる冥界だ。彼は完全な妖魔と化していた。もう無理だ」
聖は首を振った。完全に妖魔になったということは人間ではなくなったということだ。真人はその場に崩れた。
「くそおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
涙を流してあえぎ声を出していた。どんどん、周りは時空の歪みに飲み込まれていく。聖は真人を抱え上げ、時空の扉に飛び込んだのである…。

 翌日から真人は部屋に閉じこもったまま出てこなくなったという。それを聞いた聖は島屋を訪れた。
「ああ、これはこれは居候さん」
女将が対応してくれた。
「真人君はおられますかな?」
「ええ、真人に何か?」
「少し用事がありましてね」
「呼んできましょうか?」
「いえいえ、こちらからうかがいますよ」
聖は母屋のほうに向かった。真人の部屋は母屋の2階にある。ギシギシと階段の音が響く。
 真人の部屋の前まで来ると、
「真人君、いるかい?」
「…………ああ」
しばらくしてから返事が返ってきた。ゆっくりと襖を開くと、窓のところに座っていた。
「あんたか…」
「今、いいかい?」
「ああ、いいよ」
聖は真人の前に座った。
「単刀直入に言う。真治君を取り返したいか?」
真人の顔があがった。聖の真顔に驚いたからだ。
「し、しかし…」
聖が救うのは無理だと言ったことを思い出したのだ。しかし、ああ言わないと真人がその場から動かないということを危惧してのことだった。
「そうだ、真治君は妖魔化している。しかし、わずかな望みもある。もし、真治君の心が闇に染まっていなければ救い出せるかもしれない」
「どういうことなんだ!?、真治は助かるのか!?」
真人が身を乗り出して聞いてきた。
「そうだ、ただし、それには君の力がいる」
「お、俺の?」
聖は頷いた。
「彼は今、冥界にいる。冥界は妖魔の巣だ。そこから真治君を救い出すには至難の業っていっても過言じゃない。君にもそれ相応の覚悟がいる」
聖は真人を退魔師にするつもりでここに来たのだ。真人は信じられないという思いからしばらく考えていたが真人はゆっくりと頷いたのである。
 真治を取り返す勇気と退魔師としての自覚が真人自身に芽生えようとしていたのである…。

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