第四章 封印

一、社

 夏、海のない向川町では川遊びが目立つ季節になった。そして、避暑地の向川町として多くの観光客が訪れた。吉郎を初めとする従業員たちは忙しく動き回っている中、聖は大内屋の主人に呼ばれたのである。
 大内屋は明治初期から続く創立100年の歴史を誇る由緒正しい旅館である。ここもけっこうな出入りをしているが主人が難病にかかったというのである。高熱が続く毎日だという。聖は暇をもてあましていた知香を連れて大内屋に向かった。
「ごめんください」
「は〜〜い」
のれんをかきわけて呼びかけると奥から女将がやってきた。
「あっ、居候さん」
聖は居候の名前で通っている。
「わざわざ、足を運んでいただいてすみません」
「いえいえ、御主人は?」
「奥です。どうぞ」
聖と知香は奥に通された。裏庭を横切って離れに向かった。離れの近くに小さな社を建っているのに気づいた。
「女将さん、この社はいつからあるんですか?」
「さあ…。私が嫁いできたときにはもうありましたから」
社がけっこうさびれていた。放置されてかなりの歳月が経っているように見えた。それにわずかだが妖気を放っていた。
「知香、この社に結界をはっておいてくれ」
「うん」
知香も妖気を感じていたらしい。めずらしく素直に聞くと聖が教え込んだ短剣での結界を社の周りに施した。
「うんうん、うまくなった」
「当然でしょ。あれだけやらされたんだから」
梅雨から夏にかけて妖魔化した水蛇が多く出現した。永山との戦いで現れた水蛇とは違い、小者程度の妖魔である。けれども、小者とはいえ見つけたら放置することができないのが退魔師としての掟でもある。
 聖は知香にある封印術を教えた。知香が今まで持っていた術は全部、攻撃術により妖魔を消滅させるだけの力技だけだった。聖が教えたのは簡単な封印術だ。短剣に術を施し、それを封印したいものの四方に刺すだけの結界である。その術を水蛇相手にやらせたのである。しかし、光の術を施したものと違って知香が持つ精霊の力が封印術の中心となっている。妖魔が精霊の力を上回るとあっという間にうち破られるため、弱い力でないと封じることはできなかった。
 この社から放たれている妖気はごく微量であったため、知香の結界でもじゅうぶん通じるものであった。聖は知香の封印術を見届けると女将に先導されて離れに向かった。
「あなた、居候さんが来ましたよ」
「…そうか…、入ってもらってくれ…」
女将が戸を開くと布団の中で寝込んでいた大内屋の主人がいた。まるまると太っていた主人の顔はげっそりと痩せ細り、話すのもやっとという状態となっていた。聖は主人から詳しい状況を聞いてから上半身を裸にした。
 すると、主人の背中に縞模様のような絵が現れた。さわってみるとかすかな妖気が発せられた。
「これは呪いですね」
「の、呪いですか?」
女将が驚きの声をあげた。
「ご主人を恨んでいる人間はいますか?」
「いいえ…」
「この呪印は呪いをかけた人物を倒さなければ解けません。このまま、放置しておくとご主人の体力が消耗され、昏睡状態に陥るでしょう。そして、死に至ります」
「じゃ、じゃあ、どうすれば…」
「応急処置でこれ以上の進行をくい止めます」
聖は氣を右手にためた。
「少し我慢してください」
右手を模様のところに当てるとシュウウゥゥゥゥゥゥ〜という音と共に白い煙が現れた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!!」
主人が悲鳴をあげる。聖は術を施す。知香と女将は2人の様子をじっくり見ていた。
「邪氣封印(じゃきふういん)!」
呪いの模様に氣をうちこんだのである。一気に妖気がふっとんだ。しかし、模様は消えていない。妖気の進行だけをゆるめただけだからである。
「ふぅ…。これでしばらく大丈夫です」
聖はゆっくりと立ち上がって柱に貼り付けてあるお札を見た。
「これはいつから貼ってあるんですか?」
疲れた表情の主人が答える。
「…1ヶ月前かな?…」
「ということはご主人が呪いをかけられる直前ですね」
聖はゆっくりとお札をはがして外に出した。自然の空気に触れた瞬間、消えるように浄化していった。
「こ、これは?」
主人が絶句している。
「これを持ってきたのは誰ですか?」
「杵島神社の巫女さんですが…」
「杵島の?」
「え、ええ…」
聖は知香のほうを向いて、口を開いた。
「知香、杵島神社に行ってくれ」
「聖は?」
「私は社を調べる」
「社を?」
知香はさきほど封印した社を見た。
「ご主人、私が思うにはこの社が呪いの元凶だと思います」
「や、社…ですか?」
主人は驚いている。聖はゆっくりと社のほうに歩いていった。知香が作った結界をそのままにして中を覗いてみた。下から風が吹いているのに気づいた。
「うん?、下から風が流れているな。ご主人、この旅館の前は何があったか御存知ですか?」
「こ、この前ですか?」
「ええ、そうです」
ゆっくりと考えた後、よろよろと立ち上がり部屋の隅にあったタンスの引き出しから黄色みがかった紙を取り出した。
「これは?」
聖の問いかけに主人が答える。
「これは百年前の向川町の地図です」
何とタイミングがいいものが出てきたのである。
「ほうほう」
聖は地図を広げてみた。そこに知香と女将が覗く。
「すごぉぉぉぉぉい!!!。私の家がある!」
江戸時代から続いている向川屋の三文字を見て知香が喜んでいる。 聖は苦笑しながら、大内屋の場所見た。その瞬間、聖の表情が真顔になったのである。
 そこには「木曾綱長」の名があったのである。綱長は双魔の分家にあたり、先々代・双筆の叔父にあたる人物である。これにはさすがの聖も驚いた。
「これって、もしかして…」
知香の呟きを制して、
「なるほど、分かりました。こちらには人が来ないようにしてください」
そう2人に言うと聖は気を引き締めたのである。

 向川屋、ひっそりと静まり返った旅館の中に吉郎、多恵、知香と聖がいた。
「まさか…。双魔一族がこの地に根を下ろしていたとは…」
吉郎は驚いていた。
「一族とはいっても綱長だけのようです。私もよくは知りません。もう百年も前のことですから。綱長は私の祖父の叔父にあたる方で双魔王位の相続争いに敗れて木曾の地を追放された人物です。ただ、霊力は当時、宗家であった曾祖父・双巌よりも上だと聞いています」
「強かったら家は継げないの?」
「強いだけでは双魔王の資格はないんだよ。全ての分野の資格も備わっていないと駄目なんだ。綱長にはそれがなかった」
知香の言葉に聖はそう言った。
「そして、綱長は双巌が死ぬと双魔王位を奪うため、ある妖魔を放った。その妖魔が今回の大内屋さんの呪いに関わりがあるんだ」
「あっ!、それがあの社ね」
知香が言う。
「そう、あの社はその妖魔を封印した場所でもあるんだ。長年の放置により封印が少しずつ腐食してしまっていた。しかし、あの社がある限り、封印は完全に解かれることはない」
「ちょっと待って」
知香が疑問をあげる。
「綱長ってひとがその妖魔を放ったのなら、誰がそれを封じたの?」
「ああ、親父だよ」
「へ?、だって歳が…」
「合わないっていうんだろ?。3歳ですでに双魔王の風格を見せていたらしいからな」
「なんと!?、3歳で退魔師になっていたとは…」
吉郎も驚く。
「親父はわずか8歳で双魔最強と言われていたんだ。四天王をはじめとする双魔衆でさえ太刀打ちできなくなっていた。双魔王を除いてだけどね。我が子を恐れていたんじゃないかな?、それである封印をした。それがあの縞模様なんだ」
「えっ?、だってあれは呪いだって…」
知香が言う。聖も頷く。
「そう呪いでもあるんだ。霊力を吸い取る術なんだよ」
「そうか!、術師であれば霊力を、人間では精気を吸い取ってしまうというわけだな」
吉郎は納得したようだ。知香も頷いている。
「その通り。親父の場合はあまりにもすごい霊力のため、封印によりその霊力を押さえ込もうとした訳です。でも、双魔王位の譲位と共に封印は解かれたんですけどね。この封印術は双魔の流れをくむ者でしかすることができない」
「ということは…」
「そうだ、今度の敵は綱長こと双綱だ」
聖の表情が真顔になった。そして、知香のほうを向く。
「知香、杵島神社のほうはどうだった?」
「そんな人はいないって話しだったよ」
「そうか…、やはりな」
聖は1人で頷いていた。
「おそらく、このお札の犯人は女将さんだろう」
「えっ?、どうして?」
知香が聖に聞く。
「主人を騙してお札を貼ったのは女将、で、それを渡したのが双綱の分身ってとこかな」
「そんなことができるの?」
「できる。これを使えばね」
聖が取り出したのは何も書かれていないお札だった。
「何も書いていないじゃない」
知香はお札を手に取って見ていた。
「これにな、氣をこめる。そして、分身の二文字を念じるんだ。そうするとお札が記憶した人物の顔を写し出す」
「これも禁術なの?」
「いや、禁術じゃない。忍者でいう分身の術と同じようなものだ」
「ふ〜ん」
知香は感心している。
「これを使ったわけだ。双綱は女将の脳に直接侵入して術を仕込んだってとこかな」


 暗雲に覆われている、一筋の光すら入らない絶望の場所。そこに大きな岩があった。それを1人の男が見つめていた。
「我が子よ。まもなく…、まもなく封印は解けよう。そうすれば我らの思うがまま…」
ヒュウウウゥゥゥゥゥゥ〜とどこからか、風のなびく音が響いている。
 岩がゆっくりと点滅しながら輝いていた。男は不気味に口を歪めたのである。
 ひっそりとした大内屋、離れの前に一つの影が見えた。何も持っていない。影はゆっくりと知香が社の周りに刺した短剣をつかんだ。シュウゥゥゥゥゥ〜という白い影が吹き出す。火の精霊が封印を解こうとする者に対して抵抗しているのである。しかし、影はそれに気にせずに1本1本抜いていく。最後の1本を抜いたとき、離れの戸が開いた。
「何をしている?」
主人が影に向かって言った。影はゆっくりと素顔を部屋から流れ出た灯りに照らした。それは女将の顔であった。
「お、お前…、どうしたんだ?」
まるで血の気のない能面の表情をしている。女将はその問いには答えず、短剣を主人に投げた。しかし、短剣は主人に当たることはなかったのである。

 男が暗雲の隙間から光が照らされたことに気づいた。
「ふっはっはっはっはっは、とうとう封印が解かれたぞ!。さあ、我が子よ。今、苦しみから解放してやろう」
男は霊剣を手にしていた。それを大きく振りかぶると岩の頂点から一刀両断にしたのである。岩はズズーーーーン…という音を響かせながら崩れていく。
「さあっ!、来るがいい!。武威よ!」
岩の中からものすごい妖気が発した。その姿が徐々に現れていく。しかし、暗雲が円を描きながら突如開いたのである。風が男めがけて降りそそいだのである。
「むっ」
男は後ろに飛び下がった。
「やはり来たか…。双魔の者よ」
暗雲は晴れていく。しかし、そこから1人の人物が下りてきた。ここは岩だけしかない世界である。その岩の上にゆっくりと足をつけた。
「何者だ?」
男が言う。
「我が名は双聖、双魔王・双聖なり。我が父に葬られし者よ。何故、迷い出てくる?」
「ほう、あのガキの息子か。ずいぶんと時間が経ったものよ」
「悪いがお前たちが表の世界に出ることはない」
「ふん、憎たらしいあのガキと同じことを言う。さすがは親子よ」
「双綱、お前に双魔を名のる資格はない!」
「そのような戯言は我を倒してからにするんだな。おおお、武威も復活したようだ」
武威が黒き影から姿を現したのである。
 顔は骸骨だが体には筋肉がついていた。下半身は人間そのままである。口は裂けて牙を出していた。目は赤く輝いていた。そして、赤黒い尻尾もついていた。
「こ、これは…」
聖は絶句した。その姿は鬼である。
「ふっははははは!!!。見たか、我が子、武威の姿を」
「貴様ぁ…、人間に禁術を施しおったな」
「そうよ、禁術は禁術でもただの禁術ではない。鬼換(きかん)の術だからな」
「き、鬼換だと!?。あんなできそこないの術を使うなんて…」
 鬼換の術とはその名の通り、この世に生を受ける者を鬼の姿に変換させるものである。
 しかし、それは完全な術ではなかった。完全な鬼にならなかった。人間の姿を残した鬼となってしまうのである。まさに失敗作の術でもあった。しかし、一つ凄まじいものがあった。それは霊力の強い者にこの術を使った場合、その霊力は妖気となり、強さはそのまま維持されるからである。
「くはははははは!。この武威は我よりも強い力を持っている。さて、勝てるかな?」
双綱は笑いながら、武威の後ろに下がった。
「さあ、やるがいい。お前の力を見せてやれ」
そう武威に言ったが武威は動かなかった
「ん?、どうした?。お前の力を双魔王に見せつけるときが来たんだ。やるがいい」
それでも動かない。もはや、武威は双綱の命令を受け付けなくなっていたのである。そして、武威が双綱に対して振り返ると心の臓を突いた。油断していた双綱はかわす余裕もなくもろにくらってしまったのである。
「ぐふっ…。な、なぜだ…」
双綱は何もすることができず、絶命してしまった。こうなってしまうと哀れな姿である。
 武威はこちらを振り返った。そして、
「ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
獣の雄叫びをあげた。聖は武威との間合いを開けた。手を縦に包んで空間を作るとそこに氣をためた。強い氣がじょじょにたまっていく。それを知ってか知らずか、武威はまっすぐ聖に向かって歩いていく。
「氣霊砲!」
聖は一気に氣を放った。まっすぐ武威に向かっていく。しかし、武威は空高く飛んだ。左右の手に妖気をためて、次々と放っていく。集中攻撃である。
「ちっ。風の精霊たちよ、我を守りたまえ」
詠唱すると聖の前に風の壁が現れた。妖気の弾は壁に当たっていくがいつまで持ちこたえるか分からない。聖は詠唱を読んだ。
「全ての精霊たちよ。自らの最大の力をここに示せ!。五精浄魔陣(ごせいじょうまじん)!」
5つの精霊たちが1つとなったのである。それぞれ円陣を造ると中央から上に向かって、天・火・水・地・風の5つの力が交わり、武威めがけて降りそそいだ。雨のように。聖に攻撃を続けていた武威はこの精霊たちをよけきれなかった。1つが当たればその動きは鈍くなる。立て続けに精霊たちの攻撃あたっていく。
「さらばだ……むっ」
精霊たちの攻撃が終わった頃には武威の姿はボロボロだった。しかし、傷を負った体は自己再生ができるようでくっついていくのである。
「くっ!?」
聖は武威が完全に治りきらないうちに右手を振りかざした。
「五法邪封陣!」
5つの光が武威の周りを囲む。光が放たれ、武威の体が白い煙をあげる。しかし、
「があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
雄叫びをあげた瞬間、封印術の結界が吹き飛ばされてしまったのである。
「なんていう強さだ。本当に人間だったのか?」
聖は間合いをあけながら覚悟を決めた。通用するのは1つだけしかないことを感じたのである。完全に治った武威はその場で動かず、氣をためていた。聖も氣をへそのあたりにため始めた。しばらく、両者はその場を動かなかった。
(死ぬかもしれんが、やむえぬ…)
聖は目を開いた。武威はこちらを睨んでいる。そして、武威が大きくばんざいした。その瞬間、聖は全霊気を武威にぶつけた。
「双魔霊風、奥義・双魔滅霊陣(そうまめつりょうじん)!」
「ぐおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 スズーーーーーンという音が社の外に響いた。吉郎と知香が驚いている。
「すごい音がしたな…」
「大丈夫かなぁ…」
「木曾さんを信じるほか手はない。わしらはあの中に行けないのだから」
それは妖気で入れないのだ。聖が中に入るため、社を移動した瞬間、中から凄まじい氣が発したのである。聖はこの入り口に術を施すと2人を残して入っていったのである。
「でもぉ…」
知香の不安は拭いきれない。そのとき、声が響いた。
「いや、大丈夫ではないかもしれん」
2人が振り返ると大内屋の家の屋根に男が立っていた。
「あなたは…」
吉郎は永山家での戦いを思い出した。
「馬鹿息子がどうやら奥義を使ったらしい。相手はそれほどの相手だ。私も倒せなかったのだから」
「で、では…」
吉郎が言うのを制して男は穴の中に入っていった。
「知香、万が一に備えて結界を敷くぞ」
「う、うん」
2人は聖が施した術だけでは突破されると判断し、水と火の二重の結界を敷くことにしたのである。
「がはっ…」
聖は血を吐いた。自分の全霊気を使ったため、立っていることすらできなくなっていた。
 聖は武威を探した。目の前に岩がえぐれて大きな穴を開けていた。武威はそこにはいない。消し飛んだかと思ったのも束の間だった。
「ど、どこだ…」
前にいなければ上である。聖は空中に浮いている武威を見つけたのである。両足がない、そして両腕も…。腹部には穴がぽっかりあいていたにも関わらず、再生をしている最中である。
「や、やつは化け物か…」
「がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
するどい雄叫びをあげた。聖の全身に響き渡った。
「なんていう妖気だ…。双綱め、とんでもないものを造ったな…」
人間の術師のままであれば素晴らしい退魔師になっていたに違いない。しかし、今の武威は完全な妖魔である。聖は氣を集中した。
「双聖、それぐらいにしておけ。今のお前ではこいつは倒せん」
男が聖の前に現れた。不精ひげを生やしている。背は聖と同じくらいかそれよりも低い身長の高さである。
「大きなお世話だ」
「ふん、それだけ口がたたけるならまだ動けるな」
「何しに来た?」
「この前の返しをもらおうと思ってね」
この前の安間町での妖魔噴出のことを言っているのだ。無論、冗談だとすぐにわかった。
「ちっ…。親父なら一瞬で吹き飛ばせたはずだ」
「まあ、今はそんな話をしているときではないな。武威は不死身だ。妖魔の中ではトップクラスに入る。お前でも俺でもやつは倒せん。だが封印ならできる」
双玄は右手を振りかざした。
「浄巻陣!」
大きな竜巻が武威を囲んだ。そして、その先は割れた岩の中に入っていった。まっぷたつになっていた岩はその原形を取り戻し、もとの状態に戻したのである。
「さて、引き上げるか…」
聖をかつぐとゆっくりと体を浮かした。聖の意識は人界に戻るにつれ、意識を失っていったのである。

 聖が目覚めるとそこはいつもと変わらない自分の部屋だった。猫駿がそばにいた。
「お目覚めかな?」
「ああ…」
「久しぶりに先代双魔王を見たわい」
「先代じゃない。今も双魔王だ」
聖は寝ながら言った。
「あれから、どれだけ経った?」
「3日だ」
「そうか…。それだけ寝ていたか…」
「それにしても双綱という男、双魔の名を受け継ぐには重すぎる人物だな。我が子を妖魔にするとは…」
「ああ…、そうだな…」
聖は武威の姿を思い浮かばせていたのである。

 大内屋、主人の呪いはすっかり消えてしまっていた。双綱が死んだことで呪いの効力も失っていた。社は双玄の手によってきちっと整備され、大内屋当主が代々見守っていくことで合意した。武威もまた長い眠りに入ったのだった。
 一方、大内屋の財産を狙うという闇の心に犯され、さらに妖気にさらされて双綱の手足となっていた女将は双綱の死と共に解放されたが、精神的に強いショック状態にあるため、実家に返されることになったという。後ろめたさみたいなものがあったのではないかというのが吉郎の見解だった。

 木曾、ここに双魔の拠点である奥木曾の隠れ村がある。村落を見下ろす位置に双魔神社がある。ここが双魔一族をはじめとする双魔衆の居所である。
「まあ…、双聖殿がそんなところにいたのですか?」
「ああ、あいつはあいつなりに苦しんでいる。もうしばらくほうっておいてやるがいい」
双玄は女性と話をしていた。
「そうですねぇ…」
女性はゆっくりと頷いたのである。

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