三、猫と壺
向川祭り。向川町では梅雨祭りと並ぶ程の祭りで3日に渡って行われる。街道筋に夜店が並び、向川大橋近くの河原から花火も打ち上げられるとあって、その賑わいさは観光だけではなく、周辺の町からも人々が集まるので梅雨祭り以上の商業効果を生み出すとも言われている。
その前日、向川では夏休みに入った子供たちが遊んでいる。向川周辺は涼夏を求めるには適しているため、過疎化の進むこの町にも活気というものは失われていない。
「なんだろ?、これ?」
「どうしたの?」
「変な壺があるよ」
祐介という男の子が川に繋がれている、使われていない船を友達と探検しているうちに船底の奥で壺を見つけたのである。壺は石で出来ていて蓋は厳重に境目を何重にも白い布のようなもので巻き付けてあった。蓋も石で出来ていてそう簡単に開くものではないことが分かる。そして、重さも結構なもののようだ。
「なんだろう、これ?」
好奇心旺盛の子供たちにとっては格好の獲物である。
「開かないの?」
祐介は船底からズルズルと引きずりながら太陽の光が浴びる場所まで運んできた。
「うん、壺にへばりついてて開かないんだ」
「重たいの?」
「かなり、重たいよ」
「割れないの?」
「うーん、そうだねぇ…。あっ、そこのトンカチ持ってきてくれる」
祐介は辺りを見回してトンカチやバールなどが入った大工道具に目が入った。
「じゃあ、やるよ」
祐介は思いっきりトンカチを振り下ろした。その瞬間、祐介の両手は痺れる程の痛みが発した。
「いたーーい!」
壺が頑丈過ぎるのだ。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。それにしても開かないね。どうしようか?」
「うーん、あっ、そうだ。向川屋さんの居候さんに見てもらったら?」
「ダメだよ、大人たちは自分のものにしちゃうんだから、これは俺たちが見つけたものだよ」
「それはそうだけど」
「それにこの中にはお宝が入っているかもしれないんだよ」
祐介たちは誰にも見つからないようにして、壺を船底の奥に運んだ後、その入り口をどこからか持ってきた南京錠で閉めた。
「これは俺たちの秘密だぞ」
「うん」
祐介たちは遊び場所からそれぞれの家に帰っていった。
聖と知香は買い物に出かけていた。スーパーマーケットは隣町に行かないとないので街道筋にある商店街に行くのである。しかし、街道筋はすでに露店ができあがっており、祭りを待つばかりの状態だった。
「別に祭りっていうほどのものじゃないのにね、梅雨祭りみたいに大きくはないし」
「花火があるじゃないか」
「それだけだよ」
「それだけで十分だと思うよ」
「どうして?」
「花火があって夜店が出る。どこにでもある夏祭りじゃないか」
「そうかなあ」
知香は梅雨祭りの方が好きなのである。ただ、花火をあげるだけでは地味な祭りだと思っている。聖と知香は両手に買い物袋を提げていた。
「ミャア〜」
猫の鳴き声が聞こえている。
聖はふと、家の物陰に隠れている子供を見つけた。しかし、目が合うとそそくさに走り去ってしまった。首を傾げていると、
「どうしたの?」
知香が声をかけてきた。
「ん、いや、子供がこちらを見ていた気がしたんだけど」
「子供?」
知香は辺りを見ていた。聖は子供の表情を思い浮かべていた。
夜、聖は窓を開いてぼーっと川を眺めていた。かなりの露店が軒を並べ、うっすらと街灯の光だけがそれを浮き出していた。しかし、聖はそれを見つめている訳ではなかった。昼間の子供のことを考えていたのである。聖は風の精霊に呼びかけた。
「何だい?」
「何か、嫌な予感がするんだよなぁ」
「捜して来ようか?」
「そうだなぁ。けれども、闇の力は感じなかったから大丈夫だとは思うんだけど」
「双聖がそう言うなら大丈夫じゃないの?」
そこへ、水の精霊が口を挟む。
「そんな躊躇なことを言っていては手遅れになりますよ」
「でもなぁ」
「調べるだけでも調べればよろしいではありませんか?」
「双聖、どうする?」
聖は決めた。風と水の精霊を放ったのである。
聖は部屋を出ると居間に向かった。居間では家族三人水入らずで過ごしていた。
「吉郎さん」
聖は呼びかけた。
「おっ、どうしました?」
「ちょっと、散歩に行ってきます」
「そうですか、お気をつけて」
吉郎は珍しく眼鏡をかけていた。
聖は勝手口に向かうと人の気配がした。それも外からである。聖はそれに気にすることなく、勝手口のドアを開けた。すると、道に子供が立っていた。いや、立っていたというよりも犬のように四本足で跨いでいた子供がいたのである。
しかし、闇の力は見えなかった。聖が声をかけようとすると子供は夜の暗闇に消えた。
聖は風の精霊に指示を出した。精霊が追いかけた。少年の目が尋常ではなかったのだが首を傾げていた。
(闇の力が見えないとすると、妖精どもの仕業か?)
聖もまた闇に紛れるようにして、どこへともなく去った。
聖が散歩と称して外に出て30分程経った頃、向川屋に一人の親子が訪れた。
「おやおや、こんな夜更けに如何なさいました?」
吉郎は丁重に迎えた。親子は吉郎に勧められて居間に通された。
テーブルを挟んで吉郎と親子が座った。多恵と知香は同席していない。
「で、どうなさったのです?」
「実は息子から聞いたことなのですが祐介君は御存知ですか?。御倉屋さんの息子さんなのですが、突然、変わったというのです」
「変わったというと?」
「お前から話しなさい」
父親は少年に促した。
「僕たち、一週間ぐらい前に川に繋がれていた船で探検していたんです。そうしたら、祐介が船の奥から変な壺を見つけて僕たちに見せたんです。で、その壺っていうのは石でできてたんだけど、どんなことしても開かなかったの。僕はここの居候さんに見てもらったらって言ったら、祐介がダメだって言ったんです。大人は独り占めをするからって、だから、誰にも言わなかったんだけど、その次の日に会ったら目が赤く光っていたんです。あっ、違った。赤く見えたように思ったんです。その時は。けれど昨日、夜にばったり会ったら、なんだか、様子が変で犬みたいな格好で歩いていたんです。そこで、初めて目が光っていたんです。そして、こっちを睨み付けて」
「もうよろしいですよ。大体は分かりました」
泣きそうな顔をしていた少年を制した。
そこへ、お茶を持って多恵が入ってきた。父親は多恵に頭を下げた。吉郎が口を開き、
「木曾さんは戻っているかい?」
「いいえ、またです。そういえば遅いですねぇ。そろそろ、戻ってきてもよろしいと思うのですが」
「そうか、小倉さん。近い内に解決しますよ。もう、動いているようですから」
吉郎は薄く笑った。
親子が帰ると、吉郎は知香を呼んだ。
「祐介っていう子は知っているな」
「うん、知ってるよ」
「どうやら、何かに取り憑かれたらしい。木曾さんはおそらく、すでに追いかけているだろうが、このまま、放置しておくわけにもいかない。お前のことだから精霊を使って、聞いていたのだろうと思うから、お前は木曾さんに合流してくれ。私は壺があると思われる船を探す」
知香は吉郎の話を聞くと、居間から出た。
聖は気配を感じない猫を探していた。気配が分からないため、先に追っている風の精霊たちからの情報を頼りにしていた。今は杵島神社にいた。ここで鬼を倒した聖も無属性の猫には苦労をしていた。 目を瞑り、神経を集中した。何とか探し当てたいという気持ちがそうさせたのかもしれない。
「吉郎さんと知香が動いている」
聖は水と火の精霊の気配を感じたが肝心の猫が見つからない。猫を見失ったのがこの場所なのであるがここにいると確信をしていた聖は術を施した。
「雷鳴風陣!」
雷神の力を持つ竜巻が神社周辺に撒き起こった。
「無龍術(むりゅうじゅつ)」
凄まじい霊力を持つ龍を呼び出した。
無龍術とは龍ではあるが属性は無、つまり、自然界には存在しない生き物で闇にも属していないため、聖ですら操ることは難しいのである。聖は無には無をぶつけたのである。自らの気配をも消し、龍に任せたのである。
龍は神社をゆっくりと徘徊し始めた。ゆっくりとゆっくりと闇に浮かび上がる龍は獲物を探している。
ゴオオオオオォォォォォーという音が町に響いた。何事かと町衆や観光客たちが一斉に窓を開いて、眺めていたが音だけであとは闇に包まれているようで原因不明だった。
吉郎と知香はその原因となるものを見つけ、そちらに向かって走った。
(もう、何、考えてんのよ)
知香は心の中で怒りがこみ上げていた。そんな知香の心に話しかける声が聞こえた。それは精霊の声ではなく、聖の声だった。
「知香、こっちに来るな」
「えっ?、ひ、聖?」
「そうだ、俺だ。こっちに来るんじゃない。今、この中に化け物を放ってあるから来たら消されるぞ」
「な、何言っているのよ?」
「いいから、来るな。目測を誤った。そのまま、吉郎さんと合流してくれ。すまぬ」
声は消えた。聖が目測を誤るという言葉を言うのは滅多にないから本当に目測を誤ったのであろうか。そんな気持ちが知香の中にわき起こり、聖の忠告を無視し、竜巻が巻き起こっている杵島神社に向かった。
聖は焦りを感じていた。本当に目測を誤ったのである。無龍は本来の目的の猫少年ではなく、聖を探していたのである。つまり、獲物が聖になってしまったのである。これには流石の聖も焦りを感じていたが何度も無龍を封じている聖はあわてることはなかった。
しかし、術を施すには気配を現さなければならなくなったため、知香と吉郎を遠ざけたのである。
(さて、行くか)
聖は気配を現した瞬間、無龍が反応した。聖の気配に応じて大きな牙をむき出しながら、こちらに向かってきたのである。動きは素早い。属性を持つ精霊の力は通じない故、双魔の力が中心となる。
「グオオオオオォォォォォォォー!!!!!」
とてつもない地響きを起こす呻き声は聖に従う精霊たちも怯えた。しかし、聖自身は自信に満ちあふれていた。
聖は向かってくる無龍から常に間合いを開け、縮まる場合は時空術を使い、聖は無龍との間隔を広げた。胸の前で氣を溜め、両手を左右対象に包むと、
「氣霊砲!」
凄まじい霊力が無龍の動きを止めた。しかし、無龍は怯むことはない。大きな口から自らの霊力を吐いた。氣霊砲の数倍の力があった。
すると、聖はよけようともせず、そのまま、霊力の直撃を食らったが、霊力は聖に吸い取られた直後、無龍に向かって同等の霊力が放たれた。接近していた無龍はこれをもろに食らい、
「グオオオオオォォォォォォォォー!!!、グアアアアアァァァァァァァァー!!!!!」
さらに凄まじい声が響いた。怒りに満ちた無龍は続けざまに霊力を吐いた。しかし、それは聖に直撃したにも関わらず、跳ね返され、無龍にドオオオォォーンという大きな音を立てダメージを与えていく。
知能がない無龍はさらに攻撃をしていく。しかし、自らの霊力は自分に向かってくるし、接近する動きが早いためよけることもできず、無龍は徐々に霊力を弱めていく。
「グウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥー!!!」
弱まりきった無龍にさらに攻撃を加える。両手を前に出して上下に包むようにして構えるとその包みの中より氣を発した。
「霊風波動!」
氣は強大な力となり、無龍の存在を消し飛ばした。
「グエエエエエエェェェェェェェーーー!!!!!」
しかし、無龍は消滅した訳ではなかった。小さな弱い光の珠となって聖に吸い込まれた。
無龍の存在は聖の中へと戻っただけなのである。本当は聖の体の中に存在する心の一部なのである。
「ふぅ、無龍はやはり出すのではなかったな」
聖も少しは反省していた。杵島神社の社などには被害がなかったため、一息ついたところだった。
「もう安心かな」
聖は竜巻を解いた。そこへ、竜巻のおかげで中に入ることができなかった吉郎と知香の姿が見えた。聖はドサッと木の根に座り込んだ。相当、疲れていたのである。
二人に言い訳するのが苦労するな、と思いながらも二人に任せることにした。
知香が聖に近寄ろうとするのを吉郎が制し、社の方へと向かった。
「ミャア〜」
猫の声が無人の社の中から聞こえてきた。姿は見えない。中が暗いからである。
知香は火の神社の灯籠に灯した。石畳に光が灯り、神社は明るさを取り戻した。その中から小さな猫の姿が現れた。吉郎が猫に術を施しつつ、
「知香、中に祐介君がいるはずだ。捜してきてくれ」
知香は言われるがまま、社の中へ祐介を捜しに行った。木の根にもたれている聖に声をかけた。
「大丈夫か?」
「ああ、何とかね」
「その疲れぶりだと、反衝(はんしょう)を使ったな」
「まあね」
聖は話しながらぐったりとしていた。
反衝とは相手の霊力を自分の霊力によって、その力を取り込み、そして、そっくりそのまま、放つだけの術なのだが、これにはかなりの負担を催すため、聖は疲れ果てていたのである。
「あの竜巻は我らへの合図だったのか?」
「それもあるが、逃がさないための処置だ」
「たかが、猫を相手にか?」
聖は苦笑していた。それだけで吉郎は真意を見抜き呆れてしまった。
「お主、それで目測を誤ったと言ったのか?」
「ああ、そうだ。あれを倒すには反衝だけしかなかったんでな」
「無龍は前にも見たことがあるがあれは何者なんだ?」
「術者自身の一部だ。自ら持つ霊力によって作り出された無属の龍神だ」
「なるほど。お主の場合は霊力が強いから、その分、龍も強くなってしまうわけだな」
「その通りだ。しかも、知能というものがないし力も数倍になるからな。操ることは不可能に等しい。それに、術者であればみんなが持っているものだよ。ただ、自分が気づかないだけだ」
「まあ、後で多恵に力をもらうと良い」
聖は吉郎に肩を貸してもらい、社の方に歩いた。
その時、ドオオオオオォォォォォォォーーーーンという音と共に社の壁に穴が開いた。社にも火が広がりつつあった。
「な、何だ?」
聖は精霊を呼び出し、疲れ果てた体で、
「水の精霊たちよ。火の精霊たちを鎮めたまえ。水流術!」
もう弱い力しか放つことができなかった。回転する水は竜巻と化して燃えている火を消していく。しかし、火の勢いが強いため、水の精霊が負けていた。
そこに、我に返った吉郎が助勢する。
「水の精霊たちよ。天より降り注ぐ、雨となれ」
詠唱を終えると、雨がしとしとと降ってきた。それは大雨と化し、火を完全に消し止め、雨はゆっくりと止んでいった。
「何があったんだ?」
「知香が何かを見たんでしょう」
「お主はここで休んでおれ」
知香を捜しに吉郎が崩れかけている社の中に入った。残された聖はちょっこんと座り、霊力を集中した。息を整えるためである。
「一撃だけの霊力しかないようだ」
闇の気配がしていた。やはり、猫だけではなかったようだ。
「無龍を呼び出さなければ良かったかもしれないな」
聖は苦笑しながら吉郎たちにも気を配っていた。吉郎の気配が強くなる。そして、それに迫る闇の力も。知香は気絶しているようである。祐介は大丈夫のようである。
なぜ、闇が出てきたのかは分からなかった。しかし、何かがあるとだけは分かっていた。
聖は接近戦にかけることにした。
「グルルルルルルル…」
鬼・獣の類らしい。おそらく、この神社の中に封じられていたのを誤って開いてしまったのが原因だろう。
吉郎が知香を抱えて、祐介を伴って姿を現した。後ろの暗闇から赤い目が輝いている。
聖は立ち上がり両手に氣を集めた。吉郎たちが聖の後ろに廻りこむとほぼ同時に聖にめがけて赤茶色の鬼が突進してきた。しかし、聖と接すると同時に、
「氣爆陣!」
聖は鬼に向かって氣を放った。氣に包まれた鬼は一気に消し飛んだ。そして、聖はゆっくりと倒れ込んだのだった。
それから、聖は三日かけて死んだように眠り続けた。杵島神社は結局のところ、異常気象による竜巻と大雨で崩れたとされ、建て直しが始まっているという。聖はゆっくりと目を開いた。ここまで眠ったのは久しぶりだった。無龍に怯えていた精霊に話しかけた。
「みな、元気にしていたか?」
真っ先に声をかけたのは風の精霊だった。
「いやあ、あの龍はいつみても、恐いなぁ」
「おかげで死ぬ思いをしたよ」
「もともとは双聖の持ち物じゃないか。当然だよ」
それに口を挟むようにして水の精霊が闖入(ちんにゅう)する。
「何てことをおっしゃるの。あなたはあの猫を見失ってしまったではありませんか?」
「まあ、そうだけど」
「双聖殿も、あまり無茶はなさらない方がよろしいですね」
「肝に銘じておきます」
「よろしい」
水の精霊は明るい。風の精霊は別に悪びれた様子もない。天の精霊はこの二つの精霊とはあまり話がかみ合わないがしっかりと心配だけはしてくれていたようである。そこへ、火の精霊が出てきた。
「結局は活躍なしかぁ」
「ああ、そうだったな。でも、強敵じゃないとやりがいがないだろう?」
「そりゃあ、そうだ」
火の精霊は喜んでいる。
「それもそうですね。天と火は攻撃型、風と水は守備型ですものね」
「でも、僕はやるときはやるよ」
風の精霊が水の精霊の言葉に反した。三つの精霊たちは聖をよそ目にわいわいと騒いでいた。聖はもうひと眠りすることにした。体が少しだるかったからである。そして、ゆっくりと寝静まった。
ガラッという音が耳元で聞こえ聖はゆっくりと目を開いた。周りはすでに暗くなっていた。ゆっくりと起きあがると枕元に雑に握られたおにぎりとやかんが置いていた。
「コップぐらい持ってきてくれても良かったのに」
聖は呟きながらおにぎりに食らいついた。約4日ぶりの食事である。空腹だった胃が満たされていく。
「礼は明日にするか」
聖は窓を開いて向川大橋の方を見た。祭りはすでに終わっており、いつもと変わらぬ静けさだけが残っていた。 その時、わずかな気配を感じた。ほとんど感じることができない気配である。聖はそちらに視線を向けると猫がいた。術を施されているのか姿は見えている。
「あのときの猫か?」
猫は近づいてきた。暗闇に浮かぶ猫である。
「なぜ、彼の者に取り憑いた?」
「なぜだと思う?」
声は聞こえない。聖の心に響いてくるのだった。
「寂しさか?」
「いいや〜」
「自分の手足を作りたかったのか?」
「いいや〜」
「ならば、御身を封じた者に対するあてつけか?」
「いいや〜」
禅問答である。
「それとも、御身、遊びたかったのか?」
聖は探るように言った。
「ニャア〜」
その通りという答えが返ってきた。
「なるほどねぇ。けれども、そのままだったら意味がないぞ」
猫は黙っている。
聖は詠唱を唱えた。
「我が治聖の力よ!、体を失いし魂を救うため、我に力を与えたまえ」
猫は聖の体が静かに輝くのを見ていた。聖の体が周りの暗闇に負けないくらいの輝きと増したとき、
「治聖召喚術 形成!」
手を前に出した途端、猫は本来の姿を取り戻した。
輝きに包まれながら、猫は一歩一歩、輝きから姿を現した。
「ふぅ、やっと、戻れたわい」
白い猫である。
「久々に治聖術を拝ませてもらったわい。お主、誰に教えてもらった?。おっと、そういうことは聞かぬほうがいいな。名を伝えておこう。わしはかつて、孝魔王・孝燐に仕えていた猫駿(びょうしゅん)という者じゃ」
「ほう、孝駿と言えばかの神観をも勝る力量の持ち主…、そうか、あの御方に仕えていたのか」
「さすがは双魔の主よ。よく、存じておるわい」
孝燐はかつて、七魔王界において神魔王・神観、双魔王・双玄と並ぶ力量の持ち主で闇の王・妖毘も一目を置いていたほどの人物であったが謎の死を遂げている。その死についてはいくつかの説があるが孝燐の力量を恐れた妖毘が暗殺したか、もしくは神観が地位の失墜を恐れて暗殺したとも…、その二つの説がもっとも有力である。
しかし、猫駿はそのことを知っているようである。
姿を得た猫駿はこの町に住み着くようになったのである。
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