第一章 中世の暴君

一、始まり

 月の光が照らされた夜の公園、暗雲がかかっていて星は見えなかった。生い茂る森の揺らめきがザワザワと鳴り響き、まるで妖魔の叫び声のようにも聞こえる。小さな外灯一つだけが公園を照らし、ひっそりとしていた。公園としての本来の生気を失ったかのようにも思え昼間の騒がしい雰囲気とは違った形を示していた。この公園の奥には小さな社があり、その中には地蔵様が祀られていたが周りは月の光も通さない木々で覆われていた。地面には雑草が揃え、手入れなどはされていないようにも思えた。
「ウィ〜、ヒックッ!」
一人のサラリーマン風の酔っぱらいの男が足下をふらつかせながら公園に入ってきた。
 そして、外灯の下にある小さなベンチにドサッと腰をかけるとその勢いにベンチはミシッという軋(きし)み音がかすかに聞こえた。
「うん?、雨でも降ったのかな?。ヒクッ」
公園の地面は雨でも降ったかのように濡れていた。その時、
「だ〜〜れかいるのかぁ〜」
「だ〜れだって?、ヒック。俺しかいないだろう…」
「だ〜れだ…」
誰とも知らぬ声の響きは低い。酔っぱらいは誰かのいたずらだと思いからかった。
「おめぇはだ〜れだ〜ってか、ヒック。俺とケンカでも、ヒック、したいのかぁ!!!、ヒック。かかってきたら…ヒック、ウィー。どうだぁ!、ヒック」
「いいだろう。我が姿、とくと見るが良い」
語尾の方は力強く勢いのある声となった。そして、濡れた地面から泥のような固まりが吹き出てきた。まるで黒い噴水のようである。
 その姿は暗闇にまぎれて酔っぱらいはしっかりと見ることができない。
「もっと、こっちに来いよ。ヒック 、根性なしがぁ!、ヒック」
酔っぱらいの挑発には応じなかったがそのかわりにいきなり、男を覆うようにして津波の如く黒い固まりが男を襲った。そして、
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
絶叫が公園内に響き渡ってその直後、酔っぱらいは姿を消したのである。
 近くの住人がこの絶叫を聞き、警察に通報した。近くの交番の警察官が駆けつけたがその警察官が見たものは濡れた地面だけだった。一緒に連れていた男の通報者に、
「誰もいないじゃないか?」
「そんなぁ…、おかしいな。確かに悲鳴を聞いたんですよ!」
「でも、そんな姿は見えないよ。こっちは忙しいんだからいたずらはやめてくれないか?」
「ちょっと待って下さいよ。確かに聞いたんですから!」
「しかしねぇ、うんっ?」
警察官の視線にベンチが入った。黒い鞄が外灯に照らされながらポツンと置かれていた。
 鞄は水をぶっかけたように濡れていた。
「おや、これは?」
警察官は白い手袋をはめて鞄を手にした。通報者が聞いた悲鳴の主かもしれないが、一応、身元を確定するものを探すためである。中から免許証やカードの類が出てきた。
 警察官が鞄を漁っている間に通報者もまた警察官の後ろに立っていたが、
「ねえ、お巡りさん」
「何だね?」
「雨なんて降ったかなぁ?」
「雨?、うん?、そう言えばそうだな。雨なんて降ったか?」
二人は周りを見てみると濡れているのは外灯の周辺だけだった。さらによく見ると鞄は濡れているのにベンチは乾いていた。
「誰かが水でもまいたのかな?」
警察官は首を傾げた。
「ま、とりあえず誰もいないみたいだから、やっぱり、気のせいじゃないのか?。この鞄の持ち主は分かった。どうせ忘れ物だろう」
「おかしいなぁ…」
通報者は首を傾げていた。二人が外灯から離れようと背を向けた直後、
「だ〜れだ〜」
低い声が響いた。
「うんっ?、何か言ったか?」
「いいえ」
「そうか、気のせいだな」
二人はまた歩き出そうとするとまた低い声が響いた。
「だ〜れだ〜」
今度は二人の耳に届いたらしい。
「誰かいるのか!」
警察官は叫んだが周りは暗闇で周りを知ることができなかった。
「だ〜れか〜〜い〜るのかぁ〜」
また、低い声が響く。
「姿を見せろ!」
警察官は咄嗟に右腰にある拳銃を抜いた。姿無き人物に向けているつもりだがどこにいるのかそれは知ることができなかった。その行為を挑発するかのように、
「いいだろう。我が姿、とくと見るが良い」
その直後、濡れた地面から泥のような黒い固まりが現れた。そして、まずは武器を持っていない通報者を飲み込んだ。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
通報者は悲鳴とも聞こえる声を挙げたが為す術なく黒い固まりに飲み込まれた。
「な、何だ、こいつは!?」
警察官は引き金を引き、パーーンという響いた銃声と共に弾が飛び出し黒い固まりに当たったが効果はなかった。それに対して黒い固まりは警察官に迫る。
「来るなぁぁぁぁぁ!!!」
警察官は叫びながらもう一発、撃ったがこれも効果はなかった。
「我を愚弄する者には死を与えてやろう」
低い声が公園内に響いた瞬間、黒い固まりは警察官に覆い被さった。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
再び、あの酔っぱらいや通報者と同じような絶叫が公園内に響き渡った。そして、食事を終えた黒い固まりは、
「男は不味くてダメだ。やはり、女でないといけないな」
そう低い声で漏らした。しかし、黒い固まりから嗚咽する声が聞こえた。
「くそぉ、彼奴めぇ〜」
悔しさがこもっていた声が低く響いた。そして、黒い固まりは濡れている地面から消えた。

「木曾さん、事件のこと、聞きましたか?」
吉郎が居候に話しかけた。真顔である。
 居候の名前は木曾 聖という。信州の方の出身らしいがこれを知っているのは吉郎だけだという。聖は不思議な能力を持っており、医学では対抗できないどんな病や怪我をも治してしまうのだった。風貌は至って普通で別にハンサムでもなく不細工でもない。髪は黒く、前にたらしていて服装には興味はないらしい。背は170pぐらいあった。
「ええ、先程、聞きましたよ。詳しくは知りませんが」
「殺されたのは三人なんですが見たわけではありません。しかし、みんな干涸らびていたというんです」
「ただ、干からびてらびていたということはサウナで放置されたのかな」
「それだけだったら誰も不可解とは言いませんよ。聞いた話によると現場は濡れていたそうです。と言っても三つの死体を発見した警察官が話していただけですから真相は分かりません。その日は雨は降っていないんです。しかも、濡れていたのは一部の地面とベンチの上に残されていた鞄だけなんです」
「なるほどね。確かに奇怪な事件ですね。人から見れば」
「ええ」
「そういえば知香ちゃんの学校はあの当たりですね」
「ええ、そうですが。それが何か?」
「嫌な予感がします。あまり近づかないように伝えてもらえますか?」
「分かりました。しかし、知香がすんなり納得するかどうか…」
「好奇心旺盛ってやつですね」
「ええ、困ったものです。木曾さんは知っていましたか?」
「私を追い出そうとする計画のことでしょう?」
「ええ、多恵の奴が何か不審な行動をしていましてな。問いただしてみると何と木曾さんを追い出そうと企んでいるというではありませんか!?」
「驚かれたでしょうね」
「当たり前です。だから言ってやったのです」
「何と?」
「後々、良いことがあるからっと」
「ははは、なるほど。そしてそれは現実のものになったということですね」
「まったくです。木曾さんには感謝しなければなりません。経営が傾いていたのを助けてもらったのですから」
「いいえ、自然とそうなっただけですよ」
「いやいや、私はこれで二度も助けてもらったことになりますな」
吉郎は深々と頭を下げたのであった。聖はあまりこういうことは好きではなかったが旅館の経営がよくなったことには嬉しい気持ちだった。
「まあ、最近、知香ちゃんも接してくれるので安心していますよ」
「そう言っていただけると有り難いものです。しかし、事件に深入りすることは気に入りませんですけど」
「仕方ありませんよ。一人一人の性格は変えることはできないのですから。まあ、私も調べてみますよ。それが本職ですしこの町が好きですから」
 聖がここに来てから約二年ぐらいが経つが静かな町が気に入っていた。まるで眠っているかのような町でもあり、その眠りが今回の事件で覚めようとしている雰囲気があった。それが何なのか分からなかったが聖は嫌な予感を感じていた。
 事件が起こった公園は昼間というのに人が近づかないみたいで静まり返っていた。
「ここか…」
聖は公園の中を見渡し、結構広い公園のようだ。公園は大きく金網で囲まれており、遊ぶための公園というよりは休むための公園の感じがしていた。ブランコや滑り台などの遊具はなく、森林が覆い茂り、いくつかのベンチが点在していた。
 入り口からいくつかの小道に分かれており、中央にある噴水に繋がっているように設計されている。また、真っ直ぐ噴水に続く道もありその道で事件は起こったようである。
「ここがそうか」
現場といってもベンチと外灯ぐらいしかなかった。
「うんっ?」
ベンチの裏側の草むらから物音が聞こえ、聖がそちらの方向に行ってみると高校生らしい人の後ろ姿が見えた。
「おい、パンツが見えているぞ」
「きゃっ!」
女の子らしい。女の子はゆっくりと後ろを向くと、
「ここで何をしてんのよ!」
「お前こそ、ここで何やってんだ?」
聖は女の子と知り合いらしい。髪は腰あたりまであり、小柄でほっそりとした体型をしている。
「聞いているのはこっちっ!」
女の子は下着を見られたとでも思っているのか、少し怒っている。
「ここだろ?、事件があったの」
聖はそんなことにはあまり関心がないのか、悪びれた様子もない。
「そうよ、何にも残っていないわよ!」
語尾が怒っている。
「何、怒っているんだよ?」
「見たからよ」
「何を?」
「あなたが今、言ったじゃないのよ!」
「ああ、下着のことか。スカートで見えなかったよ。冗談を本気にするかぁ!?、普通は…」
「もう」
女の子は別に怒っている訳でもすねている訳でもなかったのだが、少しからかってみただけなのである。
「で、何しに来たの?」
「ん、何か残ってないかなぁって、思ったんだけど先に知香が来ていたんなら、先に見つけている筈だからその様子だと何も残っていないみたいだな。ところで知香、この公園には何かあるかい?」
「えっ?」
女の子こと知香は首を傾げていた。
「何がって…、何があるの?」
聖は周りを見渡しながら、
「嫌な予感がするんでね」
「また、その口癖、仙人じゃないんだから。そんなことばっかり言っていたら変人扱いされるわよ」
「えっ?、どうして?、俺は気に入っているセリフなんだけどなぁ」
聖はボリボリと顎髭を掻いていた。知香は聖のこの口癖があまり好きではなかったのだが、この言葉は当たるのである。
「そりゃあ、殺人事件が起こっているんだから嫌な事があっても不思議ではないでしょ」
「その通りだけど」
そう呟きながら聖は噴水の方へ歩いていく。知香はあわてて、
「ちょ、ちょっと、どこへ行くのよ!?」
聖は周りを見渡しながらどんどんと噴水の方へ行く。知香は早足になりながら聖の後に付いていく。噴水に到着した。噴水からは水が吹き上げておらず周りに水たまりができていた。
「知香、この町の歴史は知っているかい?」
「知っているに決まっているでしょ」
「ちょっと、教えてくれるかい」
「はいはい。仙人様、何でもお聞き下さい。で、どのあたりのことを言えば良いの?」
「そうだな、中世ぐらいかな」
「中世ね」
知香は呆れた表情で向川町の歴史について語り始めた。
「この向川町は鎌倉時代は富山国春という御家人がこの向川を治めていたの。でも、和田合戦で富山国春が死んだ後、三井三太夫という人が治めて名君と呼ばれていたんだけど子供が生まれた頃から狂い始めたっていうの。何かに取り憑かれたっていう話で名君から暴君へと変貌したらしいわ。そして、それは子供・子孫にも移りこの辺りは一揆が絶えなかったらしいんだけど、あまりの暴政に怒った時の執権・北条政村は遠征軍を送ってこれを征伐したそうよ。その後は北条家直轄の得宗領となったというわ。けれども、鎌倉幕府が滅びた後は隣町に城跡があるけれどそこの城を治めていた都村忠秋という人の子孫が代々、国を統治したと伝わっていたらしいわ。、これはさっき言った三井三太夫と比べると雲泥の差っていうの?。かなり豊かになったって先生が言ってたよ。
 そして、戦国時代になると都村氏は織田・豊臣に仕えて領地は安堵されたらしいんだけど都村家の命運はここで尽きるのよ」
知香の話はまだまだ続く。
「関ヶ原の戦いで都村行高は織田秀信の家臣として岐阜城にいたの。徳川家康の東軍の猛攻で城は落とされ、行高は斬首されたっていうのね。その首塚がこの向川町のどこかに作られたというけれど時代の流れに乗れなかったのね。今はどこにあるか分からないらしいわ。その後は松平伊勢守という人が都村城に封じられたという話しなんだけど…、分かった?」
知香は自分の世界に入ってしまうと止まらない癖があり、聖はこれを聞いているのが一番好きだった。
「十分、知香は歴史は得意だからね。でも、異常な程詳しいね」
「それはそうでしょうよ。この辺の人はみんな、知っていることよ」
「へえ、そうなの?」
「聖ももう少し、歴史を分かっていてくれたらなぁ…」
「勉強します」
「よろしい!」
知香は笑ってみせた。突然、聖は話を変えた。
「ところで知香、吉郎さんがあまりここには近づくなって言っていたぞ」
「いつものことよ。気にしないで」
「まあ、あまり深入りは賛成できないけれど、このまま、黙っているのは嫌だろ?」
「当然よ」
知香は胸を張った。
 聖がここに来るまでは知香は家に籠もりがちだった。けれども、聖が来て以来、活発な少女へと変貌してはいったが友達は少ないらしい。理由は本人だけしか分からないが原因は聖にあるらしい。しかし、聖は一向にその理由を聞くことも知ろうとも思わなかった。
 この向川町は過疎化が進む町でもあるため、向川高校の生徒は他方より来る子が多いとのことだ。知香とは性格からも合わないらしい。都会者と田舎者の差があるのだろう。都会者から見れば田舎者は劣等生らしい。聖にはよく分からなかったが知香の成績も悪くはなかったが劣等生の烙印を押されたらしい。知香はそのために再び、自閉気味になるところだが聖がこれを寸前で止めているとのことだった。そう知香本人の口からではなく、母親の多恵から聞いていた。
 しかし、それが原因かと聞かれると何とも言えないらしいが知香の友達は地元の者だけしかいないということだった。ほとんどが向川町から出ているため会う機会すらなかった。聖も知香の友達とは面識があるのは言うまでもない。一応、聖は知香の義理の兄で名前が通っているらしい。
 そんなこともあるのだろうが出会った時こそ敵同士だったのだが今では赤の他人とは思えない程、仲が良い。そのため、知香と聖の知識は共存しているという。
「もう少し調べるか…。知香はこの公園のことまでは知らないよね?」
「公園?」
「うん、知香がさっき言った言葉の意味がここにあると思うんだよ」
「えっ?、ここに?」
「そう」
聖は静かに目を瞑り上を見上げていた。しばらくしてからゆっくりと顔を戻して静かに目を開くと、
「あそこに何かあるんじゃないのか?」
「えっ?」
聖が示した方向には草むらと生い茂る森林しかない。
「何にもないよ。あったら、公園作った時に分かるはずよ」
「普通はね」
「えっ?、どういう意味なの?」
「たぶん、土地開発のときに壊してしまったと思うよ」
「なるほど」
「行ってみるかい?、制服が汚れるかもしれないけれど」
「もちろん」
知香と聖は草を分けて中に入って行った。住宅街に囲まれているとはいえもともとは山の斜面を切り開いて作られたニュータウンだから公園の一部は山にかかっていた。伸びるがままに任せてあるため、木々は太陽の光を遮っていた。そのため、逆に不思議な世界へ導かれるようだった。
「あった!」
すっかり、服や顔が汚れた二人が発見したのは崩れかけた石の階段だった。どうやら、山の方へと続いているみたいだった。
「どうやら、この上にあるみたいだね。階段はまだ僅かに残っているから、そのまま進めると思うよ」
二人は階段を昇っていった。知香が後ろを振り向くと公園がくっきりと見えた。この階段も木々の屋根で太陽の光は入って来ない。まるで二人をどこかへ導いているような感じが知香にはしていた。
「ここだな」
二人は足を止めた。目の前には小さな社がひっそりと立っていた。
「人が訪れた雰囲気はなさそうね」
「そうだな。知香、手だけ合わしておけよ」
「はーーーい」
こんなことは結構、素直なのである。二人で手を合わすとゆっくりと社に近づいた。
 一瞬、暗雲が太陽を覆い、暗闇となった。そして、声が響いてきた。
「だ〜れだ〜」
低い声が響いた。しかし、それに答えるかのように聖が口を開いた。
「ここに封じられし冥界に住む者よ。何故、人界にて迷い出ておる。そうそうに成仏し、罪を悔い改めよ」
「だ〜れだ〜」
低い声は聖の問いかけを無視し声を辺りに響かせる。
「だ、誰なの?」
知香は体を震わせていた。聖は懐から布きれを取り出し、知香の周りの地面に四本の短剣を射した。
「ここから、出るなよ」
そう伝えると大声で叫んだ。
「我は陰陽道双魔木曾一族第八十世双魔王・双聖なるぞ!。我に刃向かいし、魔に属す者よ。再度、我の言葉が聞こうるならそうそうに姿を見せよ!」
知香は初めて双聖という名を聞いた。この名こそ聖の本来の名である。
「いいだろう」
社より黒い固まりが泥のように湧き出て来た。そして、聖ではなく知香に襲いかかったが、知香を守る結界から光が放たれた。黒い固まりは近づくどころか白い煙を発して、
「ぐえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
と、呻いているようだった。その怯んだ好きに聖は右手を前に出して広げると、
「我を守る精霊たちよ。五つの力を持って邪悪な心を持つこの者を浄化せよ!」
呪文を唱えた瞬間、黒い固まりは光に包まれて浄化されていく。そして、その深奥部分から人の顔が現れた。
「何故、害のなき者を襲う?」
聖は問いかけた。顔は低い声を出し、
「我は都村行高と申す者。岐阜の合戦にて徳川に敗れこの地に葬られた。長い間、安眠していたのだがある日のこと、地に続く社が壊されてしまい戻れなくなってしまったのじゃ。それ故、こうして彷徨うているところに私の許を訪れた者がいた」
「それは誰か?」
「三井三太夫という男だった。かの者も霊ではあったが邪悪に満ちた魔物と言っても過言ではなかった」
「なるほど。それで御身は三人を飲み込んだのか」
「操られていたのだ。今は封じられていた力が拭い去られたが今更、何を言っても無駄であろう。私を封じてもらいたい。双魔の者よ、私はかつて織田に仕えていた頃、見たことがある。あれは姉川の合戦の時だったか浅井方に加わっていたことを覚えている。不思議な忍術を使うと思っていたが陰陽師だったとは恐れ入る。未練はない、さあ、やってくれ」
「最後にもう一つ、三井三太夫は都村城だな」
「如何にもその通りだ。光が射している時は城の外を彷徨っているらしいが夜半は城にいる。かつて我が城であった場所にな」
「なるほど、お主は城を取り返したくはないか?」
「何と申される。首だけしかない私にそんなことができると言われるのか?」
「どうであろうか?」
「何れにせよ、私の命運は岐阜で尽きている。もはや、疲れ果て申した。我が城はあの後、石垣のみとなったと聞く。居城だったとは申せ運命はおとなしく受け入れようと思っている。さあ、封じてもらいたい」
「分かった。必ずや、三井三太夫よりお主の城を奪還しておく。地に続く道は封鎖された故、それまで天界にて見守るがよろしかろう」
「かたじけない」
聖は行高との会話を終えると、
「天に属する精霊たちよ。この者を天界へと導きたまえ。我が名は双聖である」
黒い固まりから抜け出た一つの魂は精霊たちに守られながら天界へと帰って行った。
 知香はと言うと腰を抜かしていた。
「大丈夫か?」
聖の伸ばした手をギュッと掴み立ち上がった。まだ呆然としていた。
「知香、知香。俺の声が聞こえているか?」
その言葉にやっと我に返った知香であった。
「う、うん。な、何があったの?。聖、あなた一体何者なの?」
「退魔師さ」
「たいまし?」
「妖魔を退治する術師のことだよ。お前が俺のことを仙人と呼んだとき見抜かれたと思ったが。けれども、お前にはその素質はあると思うよ」
聖は以前から知香には退魔師になる素質が備わっているのじゃないかと思いつつ、秘かにその能力が自然界の何に属するのか、どの程度のものかを探っていたのだった。だから、知香をわざと巻き込んだのである。
「素質?、退魔師になる?」
「うーん、ちょっと違うかな。退魔師を支える補助的な役割だね。それでも、術は使える立場なんだけど」
「歌舞伎でいう黒子みたいな?」
「そこまで極端じゃない。黒子は主役の影にいる者だけれども退魔師の場合は対等な立場に於いて意見や助け…、う〜ん何て言ったら良いのかな。仲間というべきかな」
「仲間?」
「そうだね、妖魔と戦う仲間だね」
「ふーん」
「あんまり、関心なさそうだね」
「ううん、そんなんじゃないけれど突然、そんなことを言われてから…」
「なる、ならないは自分の自由なんだから、強要されて決めるものじゃない」
「うん」
知香は黙ってしまった。聖は社の周りに結界を張ると、
「さあ、帰ろう」
と言って知香と共に社を去った。
 日が暮れた頃、都村町にある御氣(ごき)山の都村城趾に幾つかの彷徨う魂が現れていた。都村城は町の観光資源ではあるがもう石垣と松の木しか残っていない。
 そんな城趾の中心部分にある本丸、つまり、天守閣が存在したと思われる場所には一つの魂を囲むようにして三つの魂があった。
「都村がやられたらしいな」
一つの魂が中心の魂に向かって呼びかけている。
「ああ、都村など所詮、雑魚に過ぎない。気になるのは倒した奴だ。雑魚とはいえ奴に与えた力は大きかった筈だ」
「何者であろうな」
また別の魂が言う。
「何者であろうが我が野望を果たすだけだ」
中心にいる魂、三井三太夫はそう叫んだ。

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