ニ、お互いの決意
三井三太夫たちが都村城趾にいた頃、聖と知香は向川屋に戻っていた。聖は吉郎にだけ事情を話した。
「そうですか…、あの子にも力が備わっていたとは知りませんでした」
「やはり遺伝でしょうね」
向川吉郎は昔は名の知れた退魔師でふとしたきっかけで聖と知り合うことになった。実父が亡くなるまでは聖と共に各地で戦っていたのだった。その縁で聖はここに居候としているのである。
「しかし、敵があの子を先に襲ったというのも気になりますが…」
「うむ、結界を敷いていたので難は逃れましたが彼女もまた、そういう運命なのかも知れません」
「しかし、それも知香次第ということになるでしょうね」
「もちろん、そうですが彼女は好奇心が大きすぎる反面、色々なことに巻き込まれやすい性質なんでしょう」
吉郎は諦めたように、
「もし、知香が術者になると決めた場合もここに留まってもらえるでしょうか?」
「無論、そのつもりですよ。今、私が住む場所はここしかないのですから」
吉郎は慎重な性格がある反面、心配性なところもある。それだけに知香に対して術者にはなって欲しくないのかもしれない。
「木曾さんは風でしたよね」
「属性ですね。風です」
「私は水ですが知香は何でしょうか?」
「好奇心が旺盛、行動も活発だが事件に対しては自分から入っていくという性格から火だと思いますね。但し、何か嫌なことがあると自分の殻に入ってしまう傾向があります。これには気をつけた方が良い。多少のことなら大丈夫でしょうが殻に閉じこもることは闇の属性に相当します」
「なるほど、このままでも危険だということですか?」
「ええ、だから、私は彼女に術を授けたいのですよ。私の持つ五つの術のうち火の術をね」
「私はあまり見たことがありませんが…」
「ほとんどは風を中心とした術です。残りの四つはそれに協力しているという具合ですね。」
「なるほど。木曾さんがこの町を選んだのも頷けますよ」
「この町は風と水で構成された土地です。私や吉郎さんにはぴったりの場所ですよ」
「ええ、まあ」
吉郎は少し照れていた。
聖の部屋は表は向川屋の中庭に面し、裏は向川に面した眺めの良い一室をもらっていた。
「さて、そろそろ、私も戻らなくては」
吉郎が立ち上がり、すっと障子を開くと知香がいた。
「お前、いつからそこにいたんだい?」
聖は微笑していた。
「吉郎さん、この子にはどんな戯けた言葉を伝えてもダメですよ」
知香の視線の先には聖がいた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「聖さん、私に術を教えて下さい」
知香は初めて聖をさん付けで呼んだ。
「ち、知香」
吉郎は知香の真剣な表情に驚いていた。
「先程から話は聞いていました。お父さんも退魔師だったんですね」
知香は吉郎の顔を見ながら言った。
「隠すつもりはなかったんだがどうも言いつらくてな」
「ううん、そんなことは別に構わないの。私、今日戻ってきてからじっくり考えてそれで決めたの。もう、あんな悲劇は見たくない」
「お前、覚えていたのか。もう忘れているとばかり思っていたんだが…」
聖は吉郎の方に目を向けた。
「悲劇とは?」
「私がこの宿の後を継いでからすぐのことです。前の町長が役所で変死しました。私とは親友でした。私は退魔師としてこれを調査しなければいけないという自覚に襲われ、ある場所にて私の親友を殺した妖魔を封じたのです。しかし、その樟気に当てられた人間たちが妖魔に変じこの町を襲ったのです。無論、私も戦いましたが相手は無数で歯が立ちませんでした。
そこへ、一人の退魔師が現れたのです。その人は不思議な力を持っていました。木曾さんとは違う力です。その力の前に敵は敢えなく滅んでいきました。そのために町の大半の人々を失ったのです。その時に知香もまた例外ではなく妖魔に襲われ、一時は瀕死の重体にまで追い込まれたのです。その恐怖のため、それまでの記憶を失うよう自らを殻の中に入れてしまったのです」
「なるほど。そこへ私が現れたというわけですね」
「その通りです」
「で、その、一人の退魔師の名は分かりますか?。年だけよろしいんですが…」
「かなり老いていましたね。使った術は私の知る限り、見たこともなかったですな」
「五つの属性ではなかったと?」
「ええ、その通りです。ましてや闇の力でもなかった」
「ならば光ですね。光の属性を持つ者はそう簡単にいる訳ではない。それも七十ぐらいではありませんでしたか?」
「ええ、その通りです」
「ならば、私の知っている人物ですね。一人いますよ。まあ、もっとも風貌は変わってしまいましたが」
「そうですか。まだ生きておられるとは…」
「まあ、今頃はどこにいるのかは分からない流浪の退魔師ですよ」
聖は苦笑しながら言った。
「さて、話を戻しましょう。退魔師になるということは妖魔からも自分に反感を持つ人間からも狙われるということです。それでも良いのかい?、特に君の場合、属性が違うから吉郎さんから教わることは不可能に等しい。それでも良いのか?」
知香はわずかに思案した。決意を決めているようにも思えた。そして、静かに頷く。
「分かった。まずは火の精霊たちに認められなければならないからね。吉郎さん、この町内、もしくはその周辺の町に火にまつわるところはありますか?」
「火にまつわる場所ですか。ふーむ…」
吉郎は考えていたがふと顔を上げた。
「昔と言っても私がまだ子供の頃なんですが陶工が住んでいましてね。丁度、深代(みしろ)山の麓ですね」
「…とすると、向川町の南側ですね」
「そうです」
知香が口を挟む。
「もう、誰もいないのに精霊なんているの?」
「ああ、彼らは名残を大切にする。自分たちが活躍した場所には多く住んでいるんだよ」
吉郎が優しく言った。
「ま、続きは明日にしようか。夕食の準備をして参りましょう」
吉郎は立ち上がり厨房へと向かった。
聖は知香に、
「知香、退魔師と言えども生活は至って普通にしていれば良い。まあ、精霊たちに認めてもらわなければ話は始まらないが行く前に一つ、聞いておきたいことがある。君はなぜ事件に首を突っ込んだんだい?」
「似ているの」
「似ている?、何と?」
「私が見た夢と」
「夢?」
「そう」
知香は静かに頷く。聖は静かに目を閉じ、しばらく動かなかったが、一言、
「なるほど」
という声と共に目を開いた。
「それはおそらく闇の者が君を狙っていたのだろう。それが夢という形で君を襲うとしたらしいがお父さんには感謝した方が良いよ」
「えっ?」
「ここには結界が張られている。闇は夢には侵入できたが体には近づくことができなかった。流石と言うべきだな。その夢はその後、見たことは?」
「いいえ、ないけれど」
「見た頃は俺はいたかい?」
「ううん、まだ来ていなかった」
「俺を追い出したかった理由の一つだろ?、それも」
「う、うん。でもあの時は」
「いや、別に気にしてはいないよ。俺も家から追い出されたからね」
「えっ?」
「ん、いや、何でもないよ。いずれ教えてあげるよ」
聖は立ち上がり窓を開いた。向川が見えている。月の光が町を照らしていた。
みんなが寝静まった頃、聖は都村城趾に向かった。決着を着けるためでもあった。
都村町は向川町の西隣に当たり、前にも記したが南北朝時代以降は都村氏が統治し、関ヶ原の戦いまで続いたという。その後は都村三万石の大名であっても譜代大名がここに封じられていたらしい。その居城が都村城なのだ。
都村城趾は異様な気配に囲まれていた。照らされている筈の外灯は光を失い、月は雲に隠され、邪悪な風が吹き、それは何人たりとも近づけない雰囲気であった。樟気は奥に進むにつれて強くなり、聖も自らの術を体に施し光の鎧を身にまとって樟気を近づけさせなかった。
「この上か」
聖は本丸の方を見つめ、石の階段の方へ歩いて行った。階段は闇の術により空間が作られていた。まるで螺旋階段のようにクルクル回り続けていた。
「時の扉よ。双聖の名のもとにここに現れよ」
聖が手を振りかざすと鉄の扉が現れ、ゴゴゴゴゴという音と共に開かれた。白い霧のような煙が溢れ出てきて、まるで川の流れのような感じだった。聖はその中に入り、
「時の精霊たちよ。邪悪な心を発する者のもとへ、我を運びたまえ」
聖は霧のような川に体を任せゆっくりと流れて行った。しばらくして一つの穴に吸い込まれた。そこは都村城の本丸である。時の空間を越えた先にある都村城、かつて、そびえていたと思われる天守閣は時空の世界に存在し、無数の魂がこれを守るように彷徨い続けていた。
「誰か来たぞ!」
「誰かこちらに来るぞ!」
「誰か我々を見ているぞ!」
魂からささやくような声が聞こえてくる。そして、光を見た瞬間、それはざわめきに変わり、
「光だぁ!、逃げろぉ!!!」
「闇に住まう我らを滅ぼしに来たぞ!!!」
「うわぁぁぁーーー!!!」
魂たちは右往左往していた。そこへ一つの魂が聖の前で止まった。姿が変化する。鎧を身に着けた一個の武将のようだった。
「何故、我らの眠りを妨げる?」
「妨げるとな?、我は三井三太夫の首さえもらえればそれでよろしい」
「三井殿は我らを救って下さった御人だ。倒すと言われるなら我が相手致そう」
「我は無闇な戦いはしたくはない」
「無闇か、どうかは戦えば分かることだ」
「そうか、どうしても通してくれないか」
「残念だが」
武将は左腰から刀を抜きはなった。刀には無数の怨霊たちが彷徨っている。
「その怨霊たちはお主が倒した相手か?」
「見ての通りだ」
武将は刀を構えている。しかし、聖は武器も持たずに武将に向かって歩き出した。
「むっ」
どんどん間合いが迫る。独特の動きに対して武将は動けなかった。丸腰の人間に対して士魂というものが腐るとでも思っているのだろうか。
しかし、聖は止まろうとしなかったが武将も退がろうともしなかった。聖は武将の刀が届く位置まで近づくとそこで止まった。
「どうした?、来ないならこちらから行くぞ。五法の陣!」
聖は足をタンと鳴らすと武将の周りを囲むようにして光が走って動きを封じた。
「ぬうっ…、おのれぇぇぇ、卑怯なぁ」
「卑怯ではあるまい。お主が油断が原因だ」
「くそっ」
「諦められよ」
聖は再度、手を出した時、真空の雷が聖の前に降り注いだ。聖は咄嗟に後方へと退く。
「我が家臣が世話になり申した」
天守閣より三つの魂が来た。その瞬間、そびえていた天守閣が暗闇に紛れて聖の周りも闇と化した。
「忠兼、不甲斐ないのお。やはり都村の者は岐阜で滅びて正解だったような。わはははは、結局はこの程度なんだろうな。ククク」
「な、何を言うか!、主君の侮辱は許さぬぞ」
「動けぬ身で何をほざく。それにお主の主君はすでにいないのだからな」
「くっ!?」
その時、時空が大きく歪み始めた。時空のバランスが崩れ始めたのだった。
「な、何だ、これは!?」
三井三太夫を守る二人の魂が騒ぎ始めた。
聖は咄嗟の判断で動きを封じてあった武将の魂を解き放ち、召喚霊として一瞬のうちに施した後、時の扉を開いて元の世界へと戻った。残された三つの魂は時空の歪みに吸い込まれ、亜空間(無の空間)へと消えていった。
都村城趾、光が戻った城趾は外灯が照らされ城の景観が蘇り、月の光も顔を見せていた。邪悪な気配はすっかり浄化されていた。聖は召喚霊を呼び出した。聖の前に姿を現した。
「ここは?」
「都村城だ。最早、三井三太夫はいない。お主も天界に導かれるが良い」
「いや、やはり、決着を着けなければ主君に会わす顔がない」
武将は左腰の刀に手をかけた時、聖が、
「我に導かれし、天界に住まう者よ。我が言を聞き入れるならこの者の主・都村行高を召喚させたまえ」
天より光の柱が貫き、一つの魂が舞い降りた。
「双魔の者よ。我に何か用かな?」
「うむ、勝負はついた。お主の城より三井三太夫を追い出した。彼奴は最早、帰っては来れぬだろう」
「そうですか。昨晩の我が言、聞き入れくださって有り難い」
「いや、約束ですからな。今、呼び出したのは他でもない。この者も一緒に連れて行っては下さらぬか?」
武将は天界より来た魂に注視している。
「おお、忠兼ではないか。お主も彷徨っていたか。戦いは最早終わったのだ。私は主君・秀信公に忠誠を誓い、お主もまた私に最後まで従ってくれた。岐阜で死ねなかったのは未練があったからであろう。それもまた一興ではないか。私と一緒に来てくれ。そして、私を守ってくれ」
「は、ははぁぁぁっーーーー」
忠兼は主君・行高に近づいた。
「すでに縛は解き放っている。召喚にしなければあそこから救い出せなかったからだ。行くが良い。お前の主君は行高殿しか居らぬ」
「有り難き幸せ」
二つの魂は天の柱を昇っていった。しかし、聖の都村決戦はまだ続いていた。
都村城の二の丸、城下である都村の町が一望できる場所で城の中では一番広いところでもある。そこに聖を待っていた者がいた。顔は外灯の反射で見えにくいが紺一色の衣装を纏っているのが分かる。
「久しぶりだな、双聖」
「まったくだ。あれは何の真似だったんだ?」
聖は時空を歪ませた張本人に対して口を開いた。
「お前ならどうってことはなかっただろう?」
「まあな。でも、人の仕事は邪魔しないでもらいたいな」
「まあ、そう言うな。俺も体を動かしていないと鈍ってしまうんでね」
「で、誰の依頼なんだ?」
「悪いがそれは話すことはできない」
「だろうな。変わらないな、あの時からずっと」
「もう、戻らないのか?」
「木曾にか?、時期が来れば戻るよ。それに俺がいなくても双魔は潰れないという力を見せて欲しいのも、帰らない理由の一つかな」
「ふっ、お前らしいな。あの時の真相は何だったんだ?」
「真相ねぇ…。形だけとはいえ俺が追放された理由ねぇ。何だと思う?」
「まあ、大体、察しはつくよ。久しぶりにここに来たがお前もいるとは思わなかったがな。しかし、この静かな町にも外の空気が混じってきている。また何か起こるかもしれないな」
「なあに俺が何とかするよ。誰かに邪魔されないうちにな」
「そうか…。お前がいれば安心だな。さあて俺も行くか」
紺一色の衣装を着た男は消えるように去り、聖もまた都村城趾より去った。
聖は宿に戻る前に事件が起こった公園に行った。嫌な予感がしたからである。
「彼奴がそのままにしておく筈がない」
聖は思い出したのだった。紺一色の衣装を着た男と仕事をした時、彼は依頼以上の仕事はしないことを思い出したからである。
公園の中は静まり返っていたが何かがおかしかった。いると判断した聖はやむなしと心に決めて右手を振りかざした。
「雷鳴風陣(らいめいふうじん)!」
と叫んだ瞬間、公園を囲むように竜巻が起こった。
雷鳴風陣は電気を帯びた竜巻のことで妖魔などの敵の退路を断つ術のことである。 この竜巻で飛び起きた近くの住人は多くいたらしい。
「三井三太夫、出てくるが良い。我が相手となろう」
その時、声が響いた。
「よくぞここにいることが分かったな」
「ふっ。お前こそ、よく亜空間から戻れたものだ」
「お前もな」
地面から黒い固まりが現れた。固まりというよりは壁のようなものである。
「お前もこの中に飲み込んでくれるわ」
「誰に授かった術かは知らないが相手が悪かったな」
聖は体を光に包み、両手を丸く合わせるとその中に氣が溜まった。三太夫は壁を倒すように上から覆い被さってきたが聖は、
「氣霊砲(きれいほう)!」
と叫ぶと氣が放たれた。氣は壁を貫通して拡散した。
「ぐえええぇぇぇぇーーーー!!!!!」
三太夫は呻いている。自らの急所、つまり深奥部分に残る顔を攻撃されたのである。壁は崩れ、地面に染み込んでいく。
「お、おのれー、き、貴様は何者ぞ!」
崩れた黒い固まりから顔が現れた。牙を持っているところから三井三太夫は鬼類の者であることが分かる。部類としては極めて、珍しいとも言えた。
三井三太夫の顔以外は泥のような黒い固まり、もしくは黒い水の珠に守られているようにも見えた。
「我は陰陽道双魔木曾一族第八十世双魔王・双聖という」
「そ、双魔、だと!?」
三井三太夫は目を見開いていた。三太夫の時代はまだ七魔のことは伝えられていた頃だろう。
「さらばだ」
聖は右手を振りかざすと、
「五法邪封陣(ごほうじゃふうじん)!」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
黒い固まりは光に包まれた。、そして消えて行ったのである。
五法邪封陣は五つの属性を持つ者が使える術で、天・風・火・水・地の自然界に属する五つの精霊たちの力を得て、敵を封じるという聖が持つ最強の封印術である。しかし、闇の力に侵されていても人間自体には何の影響もなかった。
「これで、少しは平和になるだろうが原因は他方から来る住民の心から生まれる妖魔か、それとも、古来から住み続ける者たちのせいだろうか、何れにせよ、封じるのが我が役目なり」
そう呟くと聖は消えるようにしてこの公園から去った。聖が去るのと同時に竜巻は消えてしまった。
翌朝、この前代未聞の異常気象として話題を呼んだことは言うまでもない。
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