四、精霊の存在
神社の一角に父双玄がよく使っていた部屋がある。そこも廊下に面しているが双聖の部屋とは違い、竹薮が目の前に広がっていた。鳥が囀り、風が竹を揺らした。そんな場所にも関わらず、部屋では殺気に満ちた空気が広がっていた。双聖がかつて父が座っていた上座に鎮座し、視界には正面に四天王筆頭である正座する王斎が入る。王斎はいつもと変わらない表情で正面を睨み続けている。左右には沙耶と四天王の忠徳が向かい合わせで座り、紺は護人衆であるため、廊下に控えている。
「今まで姿が見えなかったようだがどこにいた?」
双聖が切り出した。
「曼興寺におりました」
「本山に?」
「はい」
曼興寺は大陸にある。四方を山に囲まれた場所にあるというがその存在を知る者は少ない。いわゆる双魔という組織を暴走させないための場所で双魔王ですら頭が上がらなかった。
「一体、何用で本山なんかに?」
「木曾に凶兆があるとの報せを受けて僧正尼様に指示を仰ぎに参っておりました」
「して、その凶兆とはわかったのか?」
「はっ、神を有する北の勢力に動きがあるとの報せを受けました」
「北の勢力?、神魔のことか?」
「はっ、おそらくは…」
王斎の表情は変わらない。神魔に関しては双聖も無知ではない。動きがあったことも知っている。
「他には?」
「僧正尼様が会いたがっておられましたよ」
「私に?」
「はい、最強と詠われた双玄様の落とし子の力を見たいそうです」
双聖はこの言葉に苦笑する。絶対的権力を持つ僧正尼が双聖の力を欲するとは到底考えられないことだが、王斎がその場にいたという確証は得られない。そこに、忠徳が口を挟む。
「僧正尼様と申せば確か…、王斎殿の…」
「よく御存知で。妻だった女性です」
「だった?」
双聖が反応する。これには王斎のほうが苦笑する。
「元妻ということです。僧正尼になるためには厳しい試練があります。それを堪えうる最初の試練が伴侶を滅すことだったのです。しかし、私は殺されることはなかった」
「見逃したと?」
「正確にはそうなるでしょう。妻が僧正尼になったのは私がまだ術師となったばかりの頃。強い霊氣を秘めていた妻とは雲泥の差がありました。殺そうと思えばそれは簡単だったでしょうが彼女はできなかった。先々代が私を守ってくれたのです」
「お爺様が?」
双聖の祖父の名は双筆という。双聖が産まれた頃にはすでに死しており、顔も知らなかった。
「まだ若い術師が死ぬのは忍びない。もし、殺ると言うのであれば私を殺れと進言してくれたのです。先の僧正尼様は非業の方でございましたが双魔王を名乗る者の申し出を無碍に断ることができなかったのでしょう。私は殺されることなく、双魔に生涯仕えることを誓ったのでござりまする」
双魔に生涯仕えるとはうまいことを言うと双聖は心の中で思った。
「なるほど…、そのようなことが…」
沙耶は同情した様子を見せる。
「では、此度の双翼の一件はまったく知らなかったと見てよろしいのですか?」
「如何にも」
「まことか?」
「二言はない。もし、疑いとあらば血契りでも致しましょうか?」
血契りとは血文字で記された誓約書のことである。双魔に忠誠を誓う者は全員これを交わす。
「いや、もうそれは双魔に在する者であれば必要なき事。なれど、双魔四天王筆頭として火急の事態に不在という怠慢とも取れる行動は許し難き事。此度は不問と致すが、今後同じようなことがあれば厳しい処断を下すものと覚悟めされよ」
「肝に命じておきましょう」
「では、これまでということにしよう」
「ははっ」
各々が去って双聖は廊下に控えている紺に入るよう促す。紺は静かな足取りで中に入ってきた。
「ふぅ―――…」
「お疲れ様でした」
「まったくだ、王とは申せ、四天王にはまだまだ頭はあがらぬ。疲れたよ」
「それにしても…、王斎殿はまったく動じませんでしたよね」
「ああ、結局は王斎が敷いた道に全員が乗ってしまったということだ。俺がどんな言葉を浴びせたところで優劣は変わりない。それにしても…」
「何か引っ掛かりますか?」
「曼興寺のことだ」
「僧正尼様ですか?」
「それもある。しかし、なぜ、このような時期に召集など…」
「このような時期?」
「相続争いが没発するかもしれないという時期になぜ王斎が呼ばれたのか…」
「それもそうですね…」
「木曾に異変が起こることは父の死後からずっと耳にしてきた噂だ。万が一のことは考えなかったのだろうか…」
「それだけ双聖様を信頼しているとか……?」
「まさか…」
双聖は苦笑する。
「俺の霊力と僧正尼様の霊力では雲泥の差がある。それにまだ王位についてまもない俺を信頼するほうがおかしい」
「では…」
「曼興寺で何かあったと見るべきだろうな」
「何かとは?」
「さあな…、だが、王斎が呼ばれるほどの事態と見るべきかもしれんな」
「では、大陸のほうでも…」
「ああ、王斎が言葉をはぐらかしたから何とも言えないが何かあったと見ていいだろうな」
そう断言したとき、またあの声が聞こえてきた。
(相変わらず、鋭いところを突くのぉ…)
「また、あんたか…」
紺がキョロキョロしている。声は双聖の頭に直接語りかけてくるからだ。
「紺、気にするな。後で説明してやるか…」
と言いかけたところで、紺が驚きの表情をしながら、
「きゃっ!、な、なに!?」
双聖の顔を見つめている。
「まったく…、次は紺にちょっかいを出して」
(まあ…、よいではないか。若い者の鋭気も欲しいところだ)
「エロじじいか?」
(ほほほほほ…)
笑っている、本当らしい。
「で?」
(そう急かすな)
「急かす?、勝手に出てきた癖によく言う」
「な、何者なのですか?」
「ただのエロじじいさ」
(わしを見る目がないとは情けないことよ)
「だったら、姿を現したらどうだ?」
(お前の力ではまだまだわしの足元にも及ばぬ。せめて強大な妖魔を滅ぼす力量がないとな)
「自信過剰だな」
(そういうか…、ならば我が結界を破ってみるか?)
「結界?」
(そうだ、我を封じる強力な結界を…)
封印されているらしいがなぜ封印されているのか双聖にはわからない。
「場所は?」
(御山の東側)
「御山?、ああ…、本山か」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
急に紺が叫ぶ。
「どうした?」
「御山に行くのも大変なのにその向こう側なんて…」
御山には強力な結界が敷かれており、覚醒したとはいえ双聖の力量ではこれを突破するのは不可能だった。誰がいつこのような結界を敷いたのかはわからないが話しかける男も相当強い霊力の持ち主であることは容易できた。万が一、解放したとしてどうなるのか、それは双聖とてわからないが己の限界を知るにはどれだけの修行が必要となるのか、双聖自身が身をもって知る唯一の理解力なのかもしれない。
「何とかなるさ」
そう言うと突然中庭に出て山を見上げる。そして、両手を広げて目を瞑る。静寂に包まれる森を直接肌で感じる。老人は紺に話しかけた。
(これは…)
「どうかなさったのですか?」
(この小僧は双魔の者よな?)
「そうですが…」
(だったら、今やってることは双聖の真義に反しておるぞ)
「というと?」
(小僧は今、風という自然の力を直接得ようとしている。七魔の陰陽師は体内で霊力を発し、それを糧として力と為す。だが、自然から得るものは自然と同化し、そこに存在する精霊の力を得て術とする。古来、表の五精術師あらば裏の七魔術師ありと称される)
「では、今、双聖様が行われているのは…」
(正に五精術師が行う儀法なり、あれを見るのは2人目だ)
「2人目?」
(小僧の父、双玄もそうであった。皆には隠してあったようだがな)
そこに強靭な風が双聖の周りを囲む。
「久しいな…」
双聖が呟いている。
(だが…、この力があったとしても結界を破るは不可能…)
「どうしてですか?」
(………)
返事はそれっきり返って来なかった。風は次第に収まり、最後は双聖の体に収縮された。
「双聖様…」
「構わぬ、何れはバレるだろうと思っていた」
「いつから……?」
「生まれた時に精霊を得た。そして、それは霊陣守を失った時より始まった」
双聖は過去に起きた自らの体験を話し始めた…。
それは双聖が5歳を迎えた日に始まる。この日は夜明けから忙しかった。双魔の中枢である霊陣守が溢れ狂う霊力を抑えることができずに霊陣の真ん中で絶命していたのだ。報せを受けた双聖の父である双玄がすぐに強力な結界を敷くが霊力漏れを抑えることができない。それを見越してか、女人衆たちが神社の麓にある集落に避難する。双魔では幾度となく困難な状況に置かれたことがあったが霊陣守を寿命を迎える前に失ったのは初めてのことであった。しかし、双玄の器量は誰もが認めるところで幾重の結界により、最小限に食い止めることに成功し、次の段階への対処方法を決めるため、大勢が双玄のもとへ集まっていた。その頃、双聖は乳母たちと共に護番衆の大伴忠邦の屋敷に避難していた。
「双魔破滅の危機が…」
霊力がない護番衆たちは右往左往するだけで絶望している。
「ここで騒いでも同じことです。少しはお静まりなさい!」
凛として冷たい声質の響きが屋敷に広がる。
「沙華様…」
「今は双玄様を信じるのです。双魔最強と謳われる御方です、何とかして下さるはずです」
女人衆筆頭は双魔でも長老に当たる。誰もが沙華の言葉に耳を傾け、無言となり、耳を閉じた。そこに廊下を走る足音が響く。
「大変です!」
「何事ですか?、騒々しい!」
「そ、双聖様が!!!」
「若様がどうしたのですか?」
「いなくなりました!!」
「何ですって!?」
さすがの長老も驚きを隠せない。
「すぐに探しましょう!。里の向こうは妖魔の渦です」
護衛として来ていた双魔衆が言うと皆の目的は1つとなった。混乱を極める木曾神社は上に下に大騒ぎとなった…。
「双聖の事は長老に任せて我らは我らの役目を果たそう」
双玄の言葉に皆が頷く。本当ならば落ちついていられるはずもないが今はそんなことを言っていられるはずもない。
「すぐに霊陣守となる者を探さなくてはならぬが…」
霊陣守となる者は女系と決められている。それは先祖双発の時代から変わることがない伝統でもある。
「と申されても…」
双魔四天王の忠徳が言葉を濁す。
「簡単に見つかればこんなに苦労することはないのだが…」
「双玄殿、木曾で探すは不可能に存ずる」
厳しい言葉で同じく四天王の王斎が言う。
「ならば、どうする?」
「ここは双豊殿に協力を仰いでは如何か?」
「叔父上にか…」
叔父の双豊は双玄の父・双筆の兄にあたり、木曾の堅い風習に嫌気を指して野に下った者である。嫡流である双豊が双魔王となっていれば双玄はここにいなかったかもしれない。そんな複雑な感情をよそに現実を目の前にして我に返る。
「…わかった。叔父上に頼んでみよう」
「ならば、私が使者に立ちましょう」
「いや、叔父上は場を弁えられた御方。お前たちではお会いになってくださらぬ可能性も高い。ここは我が行こう」
「…承知致しました。では、人選を」
「うむ、王斎は仁芭と共に結界の維持に周れ」
「御意」
四天王の仁芭とほぼ同時に頭を下げる。
「忠徳と義範は我と共に叔父上の元へ向かう」
「ははっ」
「よし、あとの者は王斎たちの支援に当たるよう」
「はっ」
指示が済むと再度、霊陣に向かう。霊陣は木曾神社の中央にあり、幾重の封印が施された地下にある。しかし、今は霊氣漏れを防ぐために入れないようになっているのだが…。
「これは…」
よく見ると結界が緩んでいるのがわかった。確認していなければ大惨事になりかねない状態だった。
「誰かの仕業でしょうか?」
「………」
双玄はその緩みを確認している。丁度、子供が入れる程度の結界の緩みだった。そして、思い立つ。
「双聖がいなくなったと言っていたな?」
「はっ、今、総出をあげて………!?、まさか…」
「可能性としての話だが双聖がこの結界を破って中に入れると思うか?」
「おそらく無理かと…」
忠徳の言葉に双玄は行けると判断した。
「何故?」
「彼奴には私の術をいくつか仕込んである。それに守られればもしかすると…」
「ですがそれはあまりにも無謀なのでは?」
「子供の心までは曲げられぬ。行きたいと思わば行くのが子供ではないのか?」
「確かに…」
「どちらにせよ、このままにしておくわけにはいかぬ。我が中に入って確認する。忠徳、お前は急を要する事態ゆえ、義範と共に叔父上の元へ行ってくれ。事情を話せばわかってくれるはずだ」
「この事は王斎殿には?」
「伏せておけ、奴の裏腹は何を企んでいるかわかったものではない」
「承知しました」
「頼むぞ」
「双玄様も無理をなさらぬよう」
「ああ、心配するな」
そう言って結界の緩みから中に入る。凄まじい霊氣が双玄を襲う。体の周りに霊氣を集めてこれを中和しつつ、地下へ下りる階段に足を向けた。中は暗く、壁は石壁だがヒンヤリとしている。この中に霊陣守だけが入っていた事実を考えると時折恐ろしくなる。しばらく下りると階段が終わり、真っ直ぐ伸びる通路がある。封印は全て破られている。霊陣守がいて初めて発揮される封印なのでこれを失えば破られるのは当然といえよう。しかし、本当に恐ろしいのは霊陣を守るあるものにあった。霊陣守は古来封印術をもってその結界を守るのだがそれを糧とする妖魔が必要となるのだ。双魔が退魔師として動く理由の1つにもなっている。ただし、妖魔といっても強大な力を持つ妖魔ではなくてはならない。それを封印して持ちかえり、霊陣守が決めた依り子から霊陣に運ばれて霊氣を防ぐ材料とされるのだ。霊と妖の中和によって爆発的な力を抑え込んでいる。それを制御するのが霊陣守の役目でもあるのだ。それを失った今、その妖魔が霊氣を呑み込んで復活する可能性も否めない。
「もうすぐだ」
霊氣の力はさらに増す。霊陣に近づくにつれて常人ならば消されている程の力だ。四天王でもここまで近づくのは不可能と言われている。中に入ると大きな空洞がある。その真ん中には霊陣守としてその命を散らした師走高の死体があった。死したとてそう簡単には入れるものではないのでそのまま放置せざる得ない状態となった。そして、その傍らに子供がいた。双聖の体の周りには風の精霊が霊氣と激しくぶつかっていた。
「聖!」
双玄の呼びかけにまったく応じない。何度も呼びかけるがまったく返事が返って来ず、我が子に近づく。そして、驚いた。目の前に糧となっていた妖魔が双聖に取り憑こうとしていたのだ。すぐに退魔に入ろうとする双玄に妖魔は双聖を盾にして退魔をさせまいとする。しかし、精霊の力もあり、神経を揺らぐことがない限り、取り憑かれることはないと悟った双玄は退魔に入る。霊氣と反する力を持っているとはいえ、知能のある上級妖魔に至っては何をするか一向にわからないままだった。そんな双玄の目に霊陣守の抜け殻が目に入る。
(高よ…、お前の体を借りるぞ)
印を結んで地面に霊氣を叩き込んだ。ゴゴゴ…という音と共に四方八方から霊氣の光線が飛び交う。光線の先は手の形をしている。
「双魔霊風術、枢盤掌(すうはんしょう)!」
光線は妖魔の周りを飛び交いながら、動きを封じる。そして、光線の数を増しながらその囲みを収縮させて最後は爆発を起こした。
「ゴオオオォォォォォ…」
呻く妖魔に双玄は霊風波動で牽制しながら、双聖に近づく。
「聖!」
「………」
呼びかけにはまったく応じない。精霊が妖気と弾けている。
(やはり…)
懸命に戦っていると判断した双玄は双聖の結界の強度を信じつつ、封印術を試みる。体の前に印を結んで霊氣を溜め、それが光の風に変わった瞬間、双玄の体を光が包み込む。
「行くぞ、封印術、霊衝異霊翠(れいしょういりょうすい)!」
双玄の体から放たれた妖魔の体に叩きつけられる。光を浴びた妖魔はそれに溶け込むようにして混ざり合い、液体と化したところで師走高の遺体を見る。片手で液体を操りながら、遺体に手を翳す。すると、遺体を糧にして大いなる門が開かれた。異界へ続く門である。ここを潜れば二度と復活することはない。中からは冷たい空気が漂い、門の向こうは暗く見えない。双玄が液体をこの中に入れた瞬間に門は閉じられ、いつもの岩壁が残った。
「聖!」
妖魔がいなくなったと同時に双聖を囲む精霊が双玄を囲む。かつての主との再会を喜ぶかのように…。
「聖!、しっかりしろ!」
体を揺らしながら呼びかけるが意識を失っているようで返事がない。双玄はとりあえず、ここから出ることにした。ありったけの霊力をもって霊陣から出続ける霊氣を防ぎながら、外に出ると待ち人が到着していた。
「双玄、大事ないか?」
叔父双豊と従弟双武の姿があった。
「私よりも双聖を!」
「よし!、実呼!、回復術を!」
「はいっ!」
実呼と呼ばれた女性が双聖の体を抱えて精霊の力をもって回復を試みる。全国に数人しかいない光術師のようだ。
「ふぅ…」
「双玄、霊陣は?」
「漏れ続けている。このままでは木曾は崩壊の危機に陥る」
「霊陣守が突然死した原因は?」
「わからない。だが、糧となった妖魔が暴走したのやもしれぬ」
「妖魔が?」
「霊氣をとり込んでいた」
「知能的な妖魔だな」
「でなければ糧とはなり得ない」
「そうだな…、新たな霊陣守を用いたとして妖魔はどうする?」
「………」
「それにまた同じ危険が孕む可能性もある」
「確かに…」
「霊氣は霊氣をもって抑え込むのが一番理想だろうな」
「だが…」
「安心しろ、我とてここは故郷、失うわけにはいかぬ」
「叔父上…」
「霊陣のことは心配せず、体を休めているがいい。お前の息子も直に回復するだろう」
「お頼み申す」
頭を下げるのが精一杯の双玄を後ろ目に双豊は双武と共に地下へと消え、双玄の意識は飛んだ…。次に目を覚ますとすでに夜になっており、木曾はいつもと変わらぬ日々を取り戻していた。
「気がつきましたか?」
老婆が声をかける。
「長老…」
沙華の存在に気づいた双玄が目線を合わせる。
「あれからどうなりました?」
「双聖は心配することはない。すでに回復し、乳母に預けてある」
「そうですか…、今後はいなくなるということがないよう、沙耶をつけてください」
「沙耶を?」
「ええ、常に一緒にいさせて下さい」
「わかりました。そのように手配しましょう」
「ありがとうございます。あと…、霊陣のほうですが…」
「それも大事ない。新たな霊陣守によって完璧な封印が施された」
「誰かそれを…」
「双武殿だ」
「えっ!?」
驚きの顔を隠せない。霊陣守は女系が務めるのが常とされていたからだ。
「驚くのも無理はないが真実です」
「し、しかし、それでは…」
「いいえ、私たちも双玄殿も騙されていたのです」
「は?」
「双武殿は女性だったのです」
「えっ?、えええええ!!!???」
驚きの声をあげる。
「い、いや、確かに…、あ!、変換術か!?」
変換術は魂だけとなった者が術の力を使って魂を失った体に自らの魂を施す術のことを言う。
「双武殿は妖魔の戦いで命を落とした後、変換術を用いて死した巫女と体を入れ替えたそうです」
「そういうことか…」
「名は如月真希と名乗っているそうです」
「左様か…」
双玄は未だに信じられなかったが事実を認める他、方法はなかった。
「双豊殿は?」
「すでにお帰りに」
「やることを済ませたら、とっとと帰るか…。変わらないな、あの御人も」
「これからどうなさりまするか?」
「しばらくは霊陣の動きを見極めつつ、退魔業に励むと致そう」
「では、皆にその事を伝えまする」
「うむ」
沙華が部屋を出ると双玄は目を瞑った。
(双武殿…、双武殿…)
伝心術を試みる。
(双魔王ですね?)
(話しは聞きました。忝く存ずる)
(これは私が決めたこと、こうなる運命だったのでござりましょう)
(申し訳ござらぬ)
(貴殿が謝る必要はありませぬ。私は霊陣守として双魔の者として如月家の者としてこの大任を務めまする)
そこで伝心術は途絶えた。双玄は感謝の意を示しながら、目を開くといつの間にか双聖がいた。
「お前、いつからそこに?」
「つい先程からです」
「体のほうは?」
「もう大丈夫です」
「そうか…、よくぞ生きていた」
父は我が子を抱いた。そして言う。
「精霊のことは内緒にしておけよ」
「わかっています。私の友ですから」
「そうか、それでいい。お前には明日から沙耶をつける運びとなった」
「聞いています」
「いずれはお前も私と同じ場に座ることになるが今は自分を大事にしろ、いいな」
「はい」
「ところでなぜあそこにいたのだ?」
「精霊が呼んだのです」
「精霊が?」
「はい」
「何と呼んだのだ?」
「危機が迫っていると」
「で、行ったのか?」
「はい」
「そうか…、風の呼び声か…」
父が笑うと子も笑った。
「これも双魔王たる器の違いか…」
双玄は新たな双魔王の誕生を喜んだ。
そして、翌年、双玄は若くしてその命を散らした。この時の戦いが原因とも、生まれついてもった病が原因とも言うが真実はわからなかった…。
「そのようなことが…」
紺がようやく口を開いた。
「精霊は父の形見でもある。周りがどんなに騒ごうがこれを手放すつもりはない」
そう言うと本山を見上げる。
「紺、お前はどうする?」
「えっ?」
「エロじじいのところに行くか?」
「私は…」
無理だった。紺の霊力では本山に近づくだけで気を失ってしまいかねない。
「無理にとは言わない。でも、俺が暴走したら誰が止める?」
「………」
紺は無言だった。それを見越してか、双聖が詠唱に入る。
「我を守りし精霊よ、我が願いと共にその力を我が願うる者に貸し与え給え」
その瞬間、精霊が紺の周りを囲んだ。
「それで本山は突破できると思う。結界を破れるかどうかは俺たちで見定めよう」
「はいっ!」
紺ははっきりと答えて双聖の後ろに従った。そのとき、一陣の風が2人の周りを通りぬけたのには気づく様子もなかった…。
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