五、聖魔王
修練場を兼ねる双魔本殿に行くにつれて霊氣は強くなるが2人は精霊の結界に護られて脇道にそれていく。脇道といってもけもの道に似たようなものでわずかに踏み込んだ個所がある程度だった。そこを道なりに歩いていくと霊氣も薄れていくのがわかり、紺の表情も徐々に明るくなっていく。鬱蒼と生い茂る森を抜けると崖が目の前に広がった。
「まるで人は入るなという感じだな」
「そうですね…」
2人がキョロキョロと見渡していると何か青く輝くものが目に入った。
「あれは何でしょう?」
「ん…」
谷の対岸に四方を崖に囲まれた山がある。しかし、その山はピラミッドのような形をしていて表面はなぜか青い。光がそれに反射されて綺麗な輝きを放っている。
「あれがそうなのかな?」
「行ってみますか?」
「ああ、ここまで来たんだから行ってみよう」
2人は無空術を使って谷を飛び越える。谷の底はまったく見えないが小さな川が流れているらしい。そこを飛び越えて聖魔王の古墳に近づく。周りを見るが出入り口はまったくない。結界のようなものは張り巡らされていない。
「ここでいいんですよね?」
紺が聞いてくるが双聖にわかるはずもないが、
「ここ以外に変わったものはあるか?」
「いえ、静かなものです」
「鳥の鳴き声も聞こえないほどな」
「そういえば…」
谷の周りには森と山がたくさんあるが鳥の鳴き声がまったく聞こえない。
「やはり、この古墳のせいでしょうか?」
「というよりも…」
そう語ろうとする双聖に紺がきょとんとしている。
「どうした?」
「そんな知識があったんですね」
「ん?、まあな。伊達に霊風術だけをやっていたわけじゃない。基礎知識は大体わかる」
「へぇ…」
感心している。知識では双翼のほうが上で双聖は霊風術でも劣っていると思われていたからだ。今でもその認識は変わっていない。双魔衆の多くは双聖の存在を危惧している。
「だが、それで満足しているわけじゃない。俺だってまだまだ未熟だ」
「………」
「自分の本意をわかっていればいつかは伝わるものだ。これは双魔王としての言葉じゃない。人間としての本音が生み出すものは形となって現れることになる」
双聖はしみじみと語った。そして、本題に返る。
「紺、結界術は?」
「一通りは」
「だよな、でなきゃ、護人衆はできないしな。中に入るぞ」
双聖は古墳に結界がないとわかると壁に手を当てて霊氣で吹き飛ばした。中は光を全身に浴びているため、非常に明るい。床は石畳になっており、中央には祭壇があった。祭壇とはいっても何も奉られてはいない。あるのは石櫃だけだった。
「質素ですね…」
「昔の人はこうだったんだろうな」
石櫃に向かって歩いていく。一応、罠の警戒もしたが何も起こらなかった。石櫃に近づく。
「これか…」
触ろうとするとバチッという反応を示した。この結界こそがエロ爺に施された結界らしい。普通の解封術では通じないと悟った双聖は霊風術を使うことにした。霊氣を溜めようとすると頭に声が響いた。
(そんなもん効かんぞ)
「だよなぁ…」
(何じゃ、わかっとったのか?)
「大概の結界は解封術で解ける。妖魔の封印であれば霊風術が妥当…、しかし、こいつは…」
(察しがいいのぉ…)
「爺さん、何したんだよ?」
(何したと思う?)
「知るかよ、こんな強力な結界張られてよく意識を飛ばせたな」
(ほほほほ…)
「さて…、どうするか…」
(お前にこの結界を破れるかな?、それに早くしないとお仲間がやってくるぞ)
「何?、仲間?」
(そうじゃ、どうやら、ここに来るのを見られていたらしいのぉ)
「ちっ…、食えない連中だな。結局、見張られていたってわけか」
「どうしますか?」
「紺、周りに結界を張れ」
「えっ?」
「四法の陣でいい。足止めで十分だ」
「勝ち目ないですよ」
「構わない、やってくれ」
「わ、わかりました」
紺が走っていく。
(あの娘も馬鹿の仲間入りじゃな)
「でなきゃ、双魔王の付き人なんてできないでしょ」
(ふっ…)
「何かおかしいこと言ったか?」
(いや…、それよりもどうする気だ?)
「無論、破るつもりだ」
(できるかな?、お前に…)
「できるさ」
双聖は両手に霊氣を溜める。そして、甲に字を記した瞬間、赤い光が輝いた。
「双魔王術に伝わる禁術、無霊界(むりょうかい)だろ、それ。だったら…」
確信に満ちた双眼が双聖の自信につながったその時だった。ドンッという爆発音が外で響く。
「きゃあ!」
紺が飛ばされて石畳に叩きつけられた。
「双聖殿!、そこまで!」
聞き慣れた声が耳元に響く。四天王筆頭である王斎の姿があった。
「何をなさっておるのですか!」
「見ればわかるでしょう」
「ここは未踏の地、例え、双魔王であっても踏み入ることはなりませぬ!」
「それがどうした?、中身が何か知って言っているのか?」
「無論だ、そこに封じられているのは強力な妖魔と聞き及んでおる」
「妖魔だとよ、爺さん」
(まったく…、情けない事よな)
意識がその姿を作り出した。白髪まじりの小柄な爺さんだった。
「誰が妖魔だとぬかした?」
「なっ!?」
王斎は驚きを隠せずにいる。意識とはいえ、この結界から抜け出してきたのだからかなりの手練だとわかる。しかも、意識だけで姿形まで現してしまっている。
「双聖、お前も苦労するな」
「やっとわかったか、爺さん」
「そいつ、途中で止められないんじゃろ」
「ああ…」
「だったら、小娘」
紺に声をかける。
「あ、はい」
「手伝え」
「え?」
反応するまでにエロ爺は紺の体の中に入った。その瞬間、紺の中に秘められた力が覚醒したかのように爆発的な力が生み出された。だが、紺にはこんな力がないことは重々承知している。となれば、この力は爺本人が本来持ってべき素質なのだ。双魔衆の何人かは簡単に飛ばされてしまっている。
「すげえなぁ…、爺さん」
「お前さんとは生きている歳が違うからのぉ」
「生まれはどこだい?」
「安倍晴明は知っておるかの?」
最強の陰陽師の名前を知らぬ者など、どこにもいるはずがない。
「彼奴のことはよく知っておる。随分な女好きじゃったわい」
「爺さん、安倍晴明に会ったことがあるのかい?」
「うむ、共に戦ったこともある」
「へぇぇ…、今度から千年爺って呼ぶことにしよう」
「おいおい」
双聖から命名された爺さんは圧倒的な力で双魔衆を蹴散らしていく。
「さて…」
石櫃を見る。赤い輝きは石櫃から放つ結界と融和させていく。双魔王術秘奥儀爽秤掌(そうびんしょう)である。結界が赤から白に変色するとき、寒気がするような冷気が石櫃から放たれた。
「開くか」
ゆっくりと石櫃を開いた瞬間、生気ある老人が姿を現した。とても、千年も生きているとは思えない程の血色の良い姿だった。
「爺さん、もういいぜ」
「ああ」
と言った瞬間、紺の体は力が抜けたかのように倒れ込んだ。そして、爺さんの双眼が開かれた。
「よう、生きてるか?」
「口の減らない奴め」
「もう動けるだろ?」
「ああ、すまぬな」
「本当に千年生きてたのか?」
「見えんじゃろ」
「ああ。まぁ、嘘だとしても信じてやるよ」
「ありがとよ」
「で、真相は聞かせてもらえるんだろうな」
「無論じゃ、やはり、お前は妖蝉と戦う能力があるな」
「妖蝉だって!?」
驚きの声をあげた。
「双聖殿の行為は許されるべきものではありませぬ」
王斎が言う。今は四天王、女人衆が集まって協議しているところだ。
「たしかにあの行為は許されるものではない。しかし、いずれは破られるものでもあった。双魔王術、それも高等封印術の心得がなくば解けるものではないことはお前もよく知っているだろう」
女人衆筆頭の沙華が言うと沈黙が広がる。
「皆は知らぬだろうが封じられていたのは七魔を統べる聖魔王・陶幾様」
「せ、聖魔王ですって!?」
同じ女人衆の1人が言う。
「驚くのも無理はない。あそこには強大な妖魔が封じられていると言われてきた。故に人の足は自然と古墳に行くことはなく、未踏の地として知られるようになった」
王斎が言うと義範も口をそろえる。忠徳は双聖の許にいるため、ここにはいない。
「だが、これからどうなさるおつもりか?」
「厳しい選択をする他あるまい」
「しかし、そうなれば…」
「代わりが現れるまでは全員でここを支えよう」
「しかし!?」
「くどい!、双聖殿もそれだけの覚悟があった判断するべきだ。でなければ、ここまでやる必要はない」
「…失礼します」
義範が部屋を出ていく。こうなれば王斎と沙華の独壇場となってしまうのは間違いなかった。
「祖母上」
孫の沙耶が口を開く。
「何ですか?」
「やはり、追放しかありませんか?」
「あなたが口を出すことではありません」
「わ、私は先代より双聖様の教育係を命じられました。意見を述べさせて頂くのが筋ではありませんか?」
「その教育を無視する事態が起きているのですよ。本来ならば貴方にもその責任があるのですよ」
「………」
「いいですか、この件に関しては私と王斎殿と相談した上で決定します。それまでは外部に口外しないように」
そう言うと2人以外は全員部屋から出ていく。沈黙だけが残された空間で重い決断が下される。
「如何なさるおつもりですか?」
「貴方はどうしたいですか?」
「あの御方の予言通りに…」
「災いと為す者ですか」
「そうです、双聖殿はやはり我らにとって災いと為すべき御方。あの御方の考えに間違いはなかった」
「しかし、力量は申し分ない。貴方が推していた双翼殿を軽く倒したのですから」
「何のことですかな?」
「知らないとでも?。だが、貴方は双翼殿の力量に落胆し、後の始末をすることなく早々に理由をつけて木曾を出た。違いますか?」
「………」
「何を企んでいるかは知りませんが貴方にも双聖殿のことで無闇に口出す権利はありません」
「沙華殿、それは私に対するあてつけですか?。後悔することになりますよ」
「………」
「よろしいでしょう、ここより先は私の独断でさせていただきます」
そう言うと王斎はその日を境に姿を消した。結局、双聖の独断行動は不問とされ、聖魔王の処遇もしばらくは木曾神社に置くこととなった。
その日の夜、双聖は古墳のところにいた。輝きを失い、暗闇だけが漂っている。木曾に敷かれた強大な結界の中とはいえ、気味悪いこと事うえない。
「で?、本当のところを聞かせてもらえるのだろうか?」
ここには双聖と紺の他に沙耶、忠徳、義範、そして、沙華がいた。皆、聖魔王の真意を聞きたいがためにここにいるのだ。
「お前の力を借りたい」
「俺の?」
「朝も言ったが、稀代の妖魔王・妖蝉の降臨が行われようとしている」
「何者なんだ?」
「何だ、知らぬのか」
「悪かったな」
双聖が黙ると沙華が言う。
「妖蝉とは妖魔最強と謳われた妖魔王じゃ。何百年かに一度の逸代と言われる程の人物で今の妖魔王・妖毘ですらその力も及ばない。その魔王がここに降臨するとなると…」
「人界は完全に滅びるじゃろう。そのために我は復活を試みたわけだが…」
「何かあったのか?」
再び双聖が口を開いた。
「封印されていた影響でな、その力がだいぶ抑えられている」
「それであの爆発力か?、信じられないな」
「妖蝉はもっと強大な力を秘めている」
「化け物だな」
「ああ、化け物がここに舞い降り様としているのだから間違いない」
「その妖蝉が絶対、ここに来るという確信はあるのか?」
「あるに決まっておろう。お前が封じたのだから」
「へ?」
双聖がきょとんとする。
「いや、それはどうでもいい。妖蝉は生まれてすぐに己の肉親を殺し、邪魔な勢力を片付けて1度目は晴明に、2度目は双魔の者に、3度目はこのわしが封じた。しかし、ヘマをしてしまって深刻な傷を負ってしまってな。それでその傷を癒すために時の双魔王に頼んで封印してもらったというわけさ」
「なるほど…、それで古墳に封じられていたわけか」
「それが知らぬ間に妖魔なのだから参ってしまうわい」
陶幾は笑いながら頭を掻いた。
「千年も生きたら十分化け物じゃないか」
「何を言うか!?、まだまだ若いもんには負けん」
「ふん、それで聖魔王としてどのような対処するつもりだ?」
「本来ならば七魔王が集まって決めることなのだろうが今の七魔ではどうにもなるまい」
「そんなに関係が悪いのか?」
「双聖、木曾の外に出てみろ。色々なものを目にするぞ。ここは閉鎖すぎるな、退魔業はしないのか?」
話しを沙耶に振る。
「え、あ、はい、退魔はしますが限られています」
「限られているとは?」
「確実に退魔できる者が優先的に外界に参る仕組みになっています」
「ほう、では、未熟な者は?」
「修練場で力を磨きます」
「退魔は力の優劣に関わらず、経験がものを言う仕事なのだ。もっと、外に出してやるべきだな」
「それはわかっていることですが…」
「ならば、率先してやるべきだな。特に双聖お前はな」
陶幾の言うことにも一理あるが今の木曾の現状を考えれば、それどころの話しではない。
「妖蝉が力をつけて復活するまでにはまだ時間がある。今は卵みたいなものだ。それが孵化して幼虫から成虫になったとき、双聖、お前の力も同等でなければならない。そのためには外界で退魔に励むのが一番力をつけていく近道となるだろう」
「だが…」
「うん?」
「妖蝉がどこから現れるのはわからないのだろう?」
「わかるさ」
「は?」
「かつて妖毘の祖父妖蓮が捨てた半妖だ。妻が妖魔に襲われて宿した不遇の子に妖蝉が目をつけたのであろう」
「では、その者を滅せば…」
「冥界まで行く気か?」
「冥界か…、遠い道程だな」
冥界とは人界から幾つもの明暗の世界を越えたところにある闇の世界で千年前に人界から追放された妖魔王の一族がこの地を統べている。冥界の下にはさらに鬼界と死界があると言われている。
「遠いどころか、無数の妖魔を倒していかなければならない。そんな場所にお前みたいな人間がいくと即滅されるぞ」
「………」
「そうなる前にある程度の力をつける必要がある。双魔王としての素質があるならやってみろ」
「…はぁ…」
溜め息を吐く双聖に陶幾は苦笑した。
「何だ?、現実を目の前に突き付けられて嫌になったか」
「いいや、逆だ。妖蝉か…、奴を退魔できれば人界も少しはマシになるだろう」
「ほう、お前の口からそんな言葉が出るなんてな」
「人の庭を荒らされたくないだけだ」
「だとよ、あんたらはどうするんだ?」
陶幾は他の者を見る。古い体質の者ばかりだ。
「私は双魔王の意思に従いましょう」
まず、口を開いたのが忠徳だった。そして、義範も同意する。
「双魔王が双聖殿である以上は誰も口を出すことは許されない。双聖殿の意思は全員の意思でもあります」
沙華が言うと沙耶も頷いた。
「双聖様」
「ん?」
紺のほうを向く。
「私は護人衆として仕え始めてまだ日は短いですが、双聖様にはどこまでもついていくつもりです。命を賭して護る所存です」
「紺」
「はい」
「命は1つしかないんだ。無駄に捨てることは許さぬ、良いな」
「はい!」
「では、皆に我が意思を伝える」
双聖は双魔王としての意思を高々と伝えたのである。
「…いいですねぇ…」
紺が眩しそうな表情をしながら言うと廃ビルのコンクリの床に座っている双聖も頷きながら、
「ああ、これが見たかったんだよなぁ」
「それで今まで脱走しようとしていたんですか?」
「そうだよ」
視界に広がる広大な水原に目を輝かせている。今まで、海を見たのは1度だけしかない。しかも、それは双魔衆に囲まれながら王斎を眼前に控えた一瞬の出来事だった。それだけに初めて堂々と外界に出た今、その感慨も大きい。
「だが、これからはもっと多くのことを見ることになるな」
「そうですね」
紺が頷く。双聖は新たな決意を胸にゆっくりと立ちあがった。
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