三、兄弟対決
時が遡り、闇召喚の罠に嵌った双聖は頭の中で何かが弾けるのを感じた。その瞬間、闇が双聖に吸収されていく。正確には双聖の中にある秘宝双魔珠に吸い込まれているのだ。純粋な霊氣の塊でしか双魔珠が妖気を取り込むことにより、融合し真の双魔珠へと進化を果たしているのだ。
双魔一族は元来、人間と妖魔との共存を望んでできた一族であり、双魔珠はその願いを託して作られたものなのだ。その試練を乗り越えた双魔には今までにない力が湧きあがる。
「これが……双魔…の………力…」
双聖は全身で感じる霊波動に驚いた。
「双聖様!」
黒装束の紺が近づいてくる。
「紺、どうした?」
「どうしたじゃありません!、大事はないのですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「闇召喚に飲み込まれたときはどうしようかと思いましたが…」
「そうか…、世話をかけた。神社のほうはどうなっている?」
「わかりませんが多数の爆発があった模様です」
双聖にも空気の流れが乱れていることに肌で感じていた。
「どうしますか?」
「無論、駆けつけるまで。行くぞ」
双聖と紺はすぐに神社へと向かったのである…。
木の頂きの先に立つ双聖がいた。
「双魔王双聖、推参」
静かに言う。傍らには覆面を解いた紺の姿がある。長い黒髪が風に煽られて靡いていた。
「双翼、我を倒したいらしいな」
「ああ、そうだ!。お前を倒して双魔王は俺がもらう」
「無理だな。お前には我は倒せないよ」
「うぬぬ…、言わせておけば…」
双翼は沙耶たちを血龍に任せて双聖の許に行く。一定の間合いを開いたまま、兄弟が向き合う。
「それにしても久しいな。ちっとも顔を合わせないので死んだのかと思ったぞ」
「うるさい!、お前と私は違う!」
「違うだろうな、母親から離れられぬお前と違うのは当たり前だからな」
「ぬぬぬ…、言わせておけば…」
「今日は御守はいないんだな」
双聖が挑発する。
「おのれ…」
双翼は顔を真っ赤にさせながら術に入る。両手を包み込むようにして霊氣を溜め始める。氣霊砲を放つつもりらしいが双聖の動きが速かった。霊風波動で一撃を加え、攻撃の機会を与えない。霊氣を溜めるのに時間がかかる氣霊砲は強力で援護射撃には適しているが接近戦では無力に等しい。逆に霊風波動は術式も早く、先制攻撃には適している。双聖は毎日、王斎たちと木曾周辺で鬼ごっこをして鍛えているが、双翼は後妻のもとからまったく離れず過ごしているため、場数を踏んでいないのだ。
「く、くそっ!」
双翼は接近戦に持ち込もうとする双聖に禁術を使う。双聖の視界に手の平を表にして挑んでくる双翼の姿が見えた。
「掌打で来るのか………?」
双聖は嫌な予感を覚えた。双翼の掌打が双聖の肩をとらえたその瞬間、ボンッという音と共に肩を抉ったのである。
「ぐっ…」
肩の肉を裂かれた双聖は激しい痛みに襲われた。しかし、それを気にする間も与えず、双翼の連続攻撃は続く。かろうじて交わしながら一瞬の隙をついて双翼の腹に霊拳を与えた。双翼の体が後ろに飛ぶ。双聖は木の頂きに着地して、肩を抑えた。それでも、出血は止まらない。
「あれは…破断掌か…」
禁術と見て取った双聖は霊氣を肩に集めた。そして、応急処置を施した。霊氣で筋肉を圧縮させて出血を防いだのだ。一時しのぎにしかならないが止血を済ませると双翼に備える。双翼は間合いを開けて正面にいる。
「どうだ!、禁術の素晴らしさを思い知ったか!」
「ふん、禁術とて当たらなければ同じことだ」
「そんな戯言、言えなくしてやるわ」
双翼はまた接近戦に持ち込もうとする。
「馬鹿の一つ覚えだな」
ボソッと呟くと近づいてくる双翼を牽制する。
「牙裂衝!」
風の刃が双翼の体を切り刻み、動きを封じると、
「浄巻陣!」
大いなる竜巻が双翼を飲み込んで遥か空に向けて昇天させた。さらに、
「霊風波動!」
と、三重の攻撃を仕掛けると竜巻と霊氣の風が激突し、空中で融合した途端、大爆発を起こした。衝撃は木曾神社のみならず護番衆の集落をも飲み込む勢いを見せたのである。
「がは…」
かろうじて大爆発から逃れた双翼は衝撃で弾き飛ばされた。何とか着地できたものの、今置かれている現状が把握できないでいた。
「な、なぜだ…、全てにおいて私のほうが上回っているはずなのに…、なぜ、倒せぬ」
自信過剰になっていることすらわからない双翼はさらに混乱した。それでも、まだ諦めていない。指の先をわずかに噛み切り、血が滴り落ちる。印を結んで術式に入った。先程、沙耶の目の前で見せた禁術である。
「血龍召喚!」
自らの血と霊氣によって引き起こされる魔性の術が再度、雄叫びをあげながら姿を現したのだ。その直後、召喚したはずの双翼の体に強いけだるさが襲った。二度に渡る召喚で大量の血を吸い取られたためだ。
「くっ…、これしきのことで…」
血龍は周辺の木々をなぎ倒して邪気を撒き散らし、邪気に汚された場所はどす黒く変色して妖魔が次々に姿を現していく。
「そうだ…、そうだっ!、この素晴らしさは他にはないっ!」
妖魔に魅せられた双翼は自ら生まれ育った聖域を闇に落とし入れていく。
「さあ、奴を殺せ!。殺して双魔をこの手に!」
血龍は双聖に視線を向ける。鈍い輝きを放ちながら、口から邪気を含んだ血だまりを吐いた。双聖はこれを避けて空に逃れた。
「このままでは…」
双聖は血龍の攻略法を知っている。術者を狙えば済むことだ。しかし、血龍の強大な攻撃をかわすのがやっとで双翼まで意識が飛ばない。次第に押されていく双聖に双翼の傲慢な態度はさらに強くなる。
「どうした!?、それでも双魔王か!?。やはり、我の目に狂いはなかったようだな。兄者には荷が重過ぎたようだな」
言葉の後に高笑いが続く。
「さあ、続いて行くぞ!」
双翼は壷を取り出した。蓋の上には「封」の文字が見える。かつて、双魔の歴代術者の誰かが妖魔を封印したときに使用したものらしいが、双翼はこれを解き放とうと企んでいるようだった。中身はわからない。
双翼は封印の札を切り裂いた。切り裂いた途端、妖気が蓋の隙間から漏れ出し始めた。
「出てくるがいい、一眼鬼(いちがんき)よ!」
壷を地面に叩きつけた瞬間、黒い煙と共に妖魔が解き放たれた。体は黒角鬼に似ているが、眼は額に一つだけで角らしいものはない。口からは牙が大きく生え、舌が異常に長い。この解放で双魔の聖域は妖魔で溢れかえった。これでは結界などあって無いようなものだった。
「ふははははは、どうだ、我が力はっ!」
双翼の高笑いがまた響いた。双聖はゆっくりと立ちあがる。
「お前…、自分が何をやっているかわかっているのか!?」
語尾を厳しく言い放つ。
「わかっているさ、双魔を滅ぼすためさ」
あっさりと言い放つ。こんな奴が双魔王になれば双魔など崩壊するのは目に見えていた。なれど、善悪に関わらず、優劣の違いは明らかに大きい。勝ち目がなければ結局は双翼の木阿弥になってしまうのだ。それだけは避けなければならない。双聖は無駄な動きをせずに血龍と一眼鬼の動きを見守り、血龍が次々と召喚する妖魔を霊氣で一掃しながら双翼の動きを見極める。双翼は血龍を盾にするかのように随従していた。血龍は術者には攻撃しないからだ。しかし…、双聖はあることに気づく。それは気配は断っているものの、数人の術者がいることに気づいたのだ。
(まさか…)
神魔の存在が頭から離れずにいたのだ。ここで攻撃を加えられたらひとたまりもない。双聖はここで霧隠術を敷いた。視界を遮るだけの効果しかないが多少の時間稼ぎができるからだ。木曾全体が霧隠術に覆われようとしていた頃、木曾神社ではようやく態勢を立て直しつつあった。沙耶をはじめ、四天王、双魔衆が守りを固めている。双聖が双翼を引きつけていたおかげでもあった。けれども、沙耶の脳裏に疑問が浮かぶ。
「今までの双聖殿ならばあのような力は…」
「なかったですね」
四天王の一角を占める忠徳が言う。唯一、霊陣守を守っていたため、あまり傷を負っていない。なれど、疲労困憊の状態だ。
「なれば一体どうやって…」
「わかりませぬ。今の双聖殿を見る限りでは王たる資格は確実に持っておられることだけは確かです。そして、双聖殿がいなければこの双魔は滅びの道にあったかもしれません」
「そうですね、今は無用な詮索は抜きにしましょう。双聖殿だけが頼みの綱なのですから」
結局、疑問は打ち消すことで決着がついた。
霧に覆われた中、双翼は焦りの表情を隠せずにいた。血龍の攻撃力は確かに凄まじいが防御はそれほど良いわけではない。また、妖魔の視界も奪われているので迷路をさ迷っているに過ぎない状態だ。
「くそっ!、どこに行った!?」
冷静な状態で考えれば霊波で気配を感じて探せば良いのだが双翼の頭にはそれがない。むしろ、目の前で起きた優位差だけが真実であり答えであった。徐々にはまりこんでいく双聖の仕掛けた罠に気づくこともなく、血龍に指示を与えようとする。
「血龍よ!、霧をなぎ払え!」
が、血龍は動かない。
「どうした!?、なぜ我が命を聞かぬ!」
「もうそいつは何も聞かないさ。ただの暴れる龍に過ぎない」
双聖の声が響く。そして、さらに声が続く。
「そうよ、そいつはただの妖魔に過ぎない」
双聖とは別の声だ。
「やるがいい。我がお前の器を見てやろう」
「誰と話していやがるんだぁ!」
双翼は訳もわからず、霧で何も見えない双聖の姿を探した。
「お前が禁術でそいつを呼び出したならば封印術でそいつを封じてやる。双魔霊風術秘伝、霧魔烈封塵!」
緩やかな流れでしかなかった霧が急激に突風のような変化を見せ、それは次第に全ての霧を覆い尽くして竜巻に変わった。それは意思があるかのように血龍を包囲した途端、妖魔ごと天高く打ち上げられ、一筋の疾風と変わり、最後は1つの老樹に封印されたのである。
「な…」
双翼は何が起きたかまったくわかっていなかったが霧が晴れたときには全ての双魔衆が双翼を包囲し、その後ろに師走紺、傍らに双聖がいた。
「諦めろ、お前の負けだ」
と冷静な言葉を浴びせている感じがあるが双聖も紺に支えてもらわないと立てない状態だった。
「双翼殿、あなたが行った行為は許しがたいものです。潔く諦められよ」
忠徳が怒りを押し隠した声が言う。
「諦めるだとぉ!」
印を結ぼうとするがそれをする前に双魔衆が抑えつける。いくら術が豊富な双翼といっても禁術を二度も発した上、集団でかかって来られれば太刀打ちはできない。
「くっ…」
双翼は最後の手段を使うしかなかった。手足が動かなくてもできる最後の術である。唇をわずかに噛み切ると血が滴り落ちる。それを糧として妖魔から妖気を借り受けて術を発した。
「爆龍塵!」
双翼の周辺が一瞬にして大爆発を起こした。一種の自爆技に近いもので術者は自爆こそしないが絶対防御の結界を張っていない限り、必ず重い傷を負ってしまう禁術でもあった。しかし、この影響で多くの双魔衆に死傷者が出たのは言うまでもなかった…。
無空術と霊波動で辛くも逃れた双翼は集落の外れにある過去に廃線になったトンネルの近くにいた。集落からは結構外れている。
「く、くそっ!」
爆発で内臓を傷つけたのか、わずかに吐血した。それを拭うと頬に血の跡が残る。
「ここは退くしか…」
「退くとは否なことを申されますな」
双翼がパッと後ろを向くといつの間にいたのか数人の男たちが立っていた。
「やはり、あなた様では双魔を手に入れることは無理だったようですな」
「な、何を言われるかっ!」
「まぁ、期待はしていませんでしたが双魔にダメージを与えることはできました。感謝しますぞ、無駄に生きているわけではありませんでしたな」
「な!?」
双翼は目を見張った。驚くと同時に首と胴が離れていたのである。
「ふ…、双聖の力には意外だったが結束は固くしてしまった。これでは苦戦を強いられてしまうな」
最後尾にいた老人が言う。
「はっ、ここまでのご足労が水の泡となりますが…」
「いや、構わん。双魔の力は確かに弱っている。たかが封印術ぐらいでへばっている双魔王など所詮雑魚に過ぎぬ。これであれば組織力が強くともどうってことはない。退くぞ」
「はっ」
老人の言葉と同時に男たちは消え去った。ただ一つ、双翼の死体だけを残して…。
双聖は紺に抱えられ、神社内にある自室で眠りについた。その間、印象の良かった夢はあまり見なかった。起きたときには夢を見たという記憶はなく、すっかり忘れているのだから因果なものである。布団から這い出ると外は夜のようで真っ暗になっていた。静かな廊下が目に入る。中庭には篝火が焚かれて双魔衆がいるのに気づいた。双聖の気配に気づいた双魔衆が近づいてきた。
「お目覚めにござりまするか?」
「ああ、どれほど眠っていた?」
「3日程でござりましょうか」
「そんなにか…。あの後どうなった?」
「街の外れのトンネルで双翼様の死体が見つかりました」
「何!?」
この言葉に双聖は驚いた。
「あの爆発の影響か?」
「いえ、違うようです。何者かに殺された模様です」
「あのとき、我らの他にも気配があったのは知っているか?」
「はっ、沙耶様もそのことに気づいておられて警戒されておられました」
双聖が霧を張ったのはその事実も含んでいたからだ。
「では、奴らがやったのか?」
「それはわかりませぬ」
「そうか…、皆に伝えよ、木曾の結界を強めよ、と」
「はっ」
若い術者が下がると入れ替わるようにして沙耶と紺がやって来た。
「双聖殿!」
「やあ、紺と沙耶さん」
「お体のほうは大丈夫なのですか?」
「ええ、よく眠りましたから全開です。ところで…」
「もうすでに帰られております」
沙耶は神妙な表情をしている。
「そうですか…、では、これから会うとしましょう。どのような弁明が聞けるか…」
双聖もまた神妙に頷いた…。
続きを読む(第四話)
戻る
.