第一章 継承

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十三、鎮圧

 長安は鶴丸を診て呆然とした表情になった。
「こ、これは一体…」
直政は緩やかに笑い、2人に説明した。三郎は鶴丸の顔を見て蒼白になる。暗殺計画のことが漏れたに違いないと悟ったのだ。長安は直政と鶴丸を交互に見る。そしてまた長安も蒼白になった。直政は長安と話しをする前に三郎に語りかける。
「何もいわずともわかっているだろうがお主は知っていたな?」
「………」
三郎は答えずに下を向いている。
「私を手にかけようとする者は誰か?」
「………」
尚も答えない。それを見た長安が言葉をつなぐ。
「三郎よ、お主でないことは殿の様子を見ればわかる。匿っておればお主の一族とて無事には済むまい。首謀者は誰か?」
「…お、叔父の新八郎にござりまする」
「そうか…、よくぞ申してくれたな」
長安の言葉は穏やかだ。
「左馬、いるか?」
「はっ」
隣室から左馬介が現れる。
「立花新八郎とは何者か?」
「普請頭を務めております。今は南口丸を担当しているとの事」
「ふむ…、景成配下の者か…。景成をここへ」
「はっ」
左馬介はすぐに退がる。
「三郎」
「はっ」
「お主は医者だ、武士ではない。御家を守りたくば命ある限り、長安を助けて病人を怪我人を救え」
「ははっ」
深々と頭を下げる三郎を見て長安は頷き、直政の器量の大きさを改めて確信したのである。しかし、暗殺計画が発覚したとなれば見て見るふりはできなかった。何か協力できないかと乞うた。
「いや、長安殿を危なき目には遭わせとうございませぬ。ただ、三郎には力を貸してもらわねばなりませんが…」
「それは一向に構わぬ。三郎とてこのまま引き下がれば後悔するであろう」
「有り難い。三郎、よいな?」
「はっ」
三郎の眼差しは真剣なものに変わっていた。叔父は直政を侮りすぎたのだと思い、後悔すべきだとも思っていた。そして、その報いが落とされようとしていた…。

「そうか!、毒の隠し場所が判明したか!」
新八郎は三郎の報せに手を叩くように喜んだ。聞けば場所は遠山村という金子城より北に向かったところにあるという。
「どうやら廃墟になっているそうだ」
「ほう、見張りはいるのか?」
「2、3人の足軽がいるそうだ」
「ならばこのままで事足りるな」
新八郎はすぐに遠山村に向かった。半日もせずにその場につくと急ぎそれらしい建物を探す。村の大半は三郎の指摘通り、廃墟のようで人気はまったくない。しかし、奥へ行くうちに近頃できたものと思われる建物を見つけた。
「あそこか…」
見張りが3人いる。これも情報通りだ。しばらく足軽たちの動きを見守ると行動が読めるようになっていた。2人が村を見回り、1人が建物の守りをする手はずになっているらしい。新八郎たちは5人いたが用心のために日が暮れるのを待った。日が暮れると3人の足軽は建物内に火を灯して飯の準備を始める。手薄になった建物に2人の仲間が近づき、毒薬が保管されている検所に入った。検所にはあらゆる薬の原材料やすでに調合された毒薬も保管されていた。毒薬が用いられるのは薬としてではなく、解毒剤や研究のために使われるという。
「あったぞ」
低い声で1人が言う。毒薬が入っている箱は小さく、厳重そうに3重の箱に入れられて錠まで施されていた。
「これに違いない。よし、戻るぞ」
2人は足軽に注意しながら新八郎のところに戻った。新八郎は箱を見てこれに違いないと判断するや、急ぎその場を去った。けれども、彼らは気づいていなかった。これが直政と鶴丸が仕掛けた策略であるということを…、そして、左馬介の配下を自分たちの拠点に導いていることなど露も知らなかったのである…。

「何と!?、謀反ですと!?」
驚きの声をあげたのは城下町奉行島田興房である。表情の強張った景成と入れ替えで入ってきたのだ。
「うむ、立花新八郎と申す者を知っているか?」
「はて…、何者でござりまするか?」
「南口丸の普請頭だ」
「ああ、それで景成の奴が真顔になっていたのでございますな」
「そういうことだ」
「その者ならば知っております。先日、城下で彦八相手に暴れた者でございますな」
「騒ぎを起こしたのか?、それに彦八とは?」
「はっ、彦八とは城下でもなかなか名の通った暴れん坊でしてな。捕らえてみるとなかなか根は良く、牢内におきましても面倒見が良いとの評判があり、それならと思い、罰する変わりに城下の纏め役を任したのでございます」
「ほう、そのような者がいたのか」
「で、彦八が夜回りをしている時に不審な侍数人と出くわしたそうで向こうが名乗りをあげた際、立花新八郎と名乗ったそうですが彦八は退くことを知らず…」
「やられたのか?」
「ええ、かなりの深手を負い、今は不破良善殿の治療を受けております」
「そうか…、しかし、命を失わずに済んで良かった。不破殿に力を貸してやってくれ」
「ははっ。で、その立花なる者の屋敷には?」
「すでに見張りがついているが屋敷には戻っていない様子」
「ならばどこに?」
「もう少し待ってくれ。まもなく報せが来る」
「左馬殿で?」
「ああ」
興房と左馬介が初めて出会ったのは先代照政の狩りに同行した際、何者かに襲われている男女を助けたことに始まる。男のほうが忍びだとわかり、名を亀井左馬介という。左馬介は助けてもらった礼にと照政に仕えるようになり、興房に対しても親交しあった。本来、戦国大名に仕える忍びは金で動く者が多く、主君以外の者と親交を持つことなどもっての他だった。だが、左馬介は違った。左馬介は親しみを持ち、他から見れば異様な忍びに見えただろう。興房は左馬介から他国の風流や文化などを聞くのが好みだったのである。一時、左馬介が去った時の理由は聞かなかったがまた戻ってきてくれたことが嬉しかった。その左馬介が戸を開く。
「殿、敵の拠点が判明致しました」
左馬介は興房の顔が視界に入ると口許に笑みを含んでいた。親交に年の差など関係なかった。直政は2人を交互に見て穏やかに言う。
「挨拶は後にして終わってからゆるりと話しをすれば良いではないか」
「ははは…、そうでしたな」
興房は笑いながら言う。緊張感がほぐれてきた証拠だった。
「で、左馬、敵はどこにいる?」
「はっ、城下のはずれに興林寺という寂れた寺に新八郎いるようです。そこの住職が圓暁(えんぎょう)と申し、立花新八郎の末子にございりまする」
「一族で謀反か…。三郎はよく思い留まってくれたものよ。して数は?」
「新八郎を筆頭に子信成、圓暁ら30人余人かと」
「これで決まったな」
直政は左馬介と興房に同意を求めた。2人は頷く。
「さて、実はな、信三にも参戦させたいのだが…」
「信三…ですか?」
興房が戸惑いの声で言うと左馬介が助言する。
「葉祇の倅ですよ」
「ああ、葉祇の。殿が犬居まで行って連れてきたという…」
「そうだ、彼奴はなかなかの腕の持ち主でして、幾多の戦場を渡り歩いてきたらしいのです。試しに使ってみたくなりましてな」
「なるほど…、力量が真であるか確かめるという訳ですか」
「そういうことです」
直政は興房を納得させて屋敷詰めの侍従に信三を呼ぶように伝えた。信三は本丸警護の任に就いているので呼び出しに時間がかからなかった。
「お呼びにござりまするか?」
「うむ、興房殿に従い、これより謀反人を鎮めてもらいたい」
「相手は?」
「立花新八郎と申す者」
「ほう、あの普請方の?」
「そうだ、知っていたのか?」
「ええ、有名ですから。たしか城下で暴れたとか?」
興房は信三の話しに耳を傾けていた。
「その立花が一族を率いて謀反を起こした。お主にも行ってもらいたい」
「承知致しました。それで敵の数は如何ほどに?」
「30余人との報せだ」
信三は興房のほうを向くと、
「では、策を立てましょう」
「うむ」
興房も頷いて話し合いを始めた。ここより、興房と信三の奇妙な関係が始まった。文化を好む堅物と戦を好むぐうたらとの最初の出会いであった。

 3日後、興林寺では立花新八郎らの談義が続いていた。
「失敗したか、して三郎は?」
「解りませぬ、おそらく消されたものかと…」
「そうか、彼奴はもともと利用するだけだったからな。消されたところで痛くも痒くもない。しかし、次の手を講じなくてはならなくなった」
談義を行う前日の夜半、盗んできた毒薬を新八郎の息のかかった女が直政が食べる料理に入れようとしたところ、見張りをしていたお耀によって捕らえられてしまったのだ。女はその日のうちに闇に葬られた。
「皆、何かいい案はないか?」
と、新八郎が問いかけた時、無数の篝火が寺を囲んだ。
「どうした!?」
叫ぶ新八郎に1人の武士が外から駆けこむ。
「囲まれております!、数からして50ほどは」
「旗頭は?」
「島田興房並びに望月信三と思われまする」
「むむむ…、皆、血路を開け!。無駄死にするな!」
新八郎がそう叫ぶと同時に寺の門が討ち破られた。武装した兵がどっと流れ込んでくる。寺の奥から真っ先に斬りかかった武士が斬られると圓暁が驚きの声をあげた。斬られたのは圓暁の側近村木陣左衛門で、戦で100人斬りをした使い手であったが刀を交えないうちに斬られてしまったのである。斬ったのは望月信三で罵声を圓暁に浴びせる。
「賊共!、ここから逃げられると思うな!。死して詫びるがいい!」
すでに信三の周りには3つの死体があった。信三が放つ殺気に圓暁が気を失って、そのまま捕らえられた。新八郎率いる手勢は善戦はするものの、信三の鬼神ぶりと興房の隙のない戦略に退路を奪われ、新八郎は奥殿で信三に、子信成は裏門で興房の家臣不破良銀(よしかね)に捕らえられた。良銀は良善の子である。
 捕らえられた首謀者3人はそのまま金子城の二の丸屋敷に連行され、直政の面前に置かれた。直政の両脇には清政・忠政が控え、興房・景成・弘政ら譜代の家臣が揃っていた。忠政が鋭い眼差しで言う。
「新八郎よ、お主だけで謀反はできまい。誰が後ろにいた?」
「………」
「言わぬか?」
「………」
一向に答えようとしない新八郎に直政が一言言う。
「宮琵疼斎だな?」
新八郎の眉がピクッと動くのを見逃さず言い放つ。
「もし、成功していたとしても私を殺すだけで終わるぞ。金子の家はそう脆くはない」
「………」
「なぜ、漏れたか解るか?」
「…三郎か…」
新八郎が舌打ちする。直政は冷ややかに笑って頷いた。すると、黙っていた圓暁が叫ぶ。
「我らの同志がまだ城中におる。我らが死してもその者たちがお前を殺すだろう。わはははは…」
「そう思うか?」
圓暁の笑いは直政の言葉で一掃された。
「ま、まさか…」
「お前の仲間はすでに我らの手により悉く捕らえた!。残っているのはお前たちだけだ」
新八郎の主君でもある松山景成の言葉が新八郎の心を貫いた。
「覚悟はできておろうな?」
清政が静かに言う。
「今、一つ」
「申してみよ」
「三郎は…、三郎もまさか…」
「お前が思っている通りだ」
新八郎はその場で愕然となったのである。緻密に仕上げた計画は思いも寄らないところから漏れてしまっていたのだから。3人はその日のうちに斬首となり、立花家は武士の家系を失った。家督は三郎政信に受け継げられたものの、家臣団に新たな緊張感が生まれていた…。

 三郎は直政に挨拶を兼ねて長安と共に診察に来ていた。
「ふむ、これであればもう大丈夫でございましょう」
「しかし、また倒れるかもしれぬぞ」
「そのときはまた私が診ます故」
「ははは…、三郎、前に比べて威厳が出てきたように見えるが?」
「いえいえ、そのようなことはありませぬ」
三郎は顔を隠しながら言うと長安が笑い、直政も笑った。
 青空から照らしている太陽の光が笑いが止まらない部屋を包み込んでいた…。

「ふん、やはり失敗したか」
宮琵は怒りのこもった言い方で控えている黒雲の側近である簸紆に話した。
「して、黒雲はどうした?」
「はっ、駿府を去りました」
その言葉と同時に部屋は血の海と化した。簸紆はすぐにその場を離れ、家臣が駆けつけたときには宮琵の抜け殻のみがそこに横たわっていたのである…。

第一章 完


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