地福寺
(探索日 25/5/6)
☆ 解 説 ☆
浄土宗の寺院、山号は長谷山、院号は地蔵院
子安地蔵尊は平安時代、嘉祥年間に小野篁の深い信仰心のもと、
一刀三礼、自作の地蔵尊と伝えられ座像一尺五寸と伝わる
当初は九十九王子の一つ、地蔵堂王子の本尊であったが、
王子が鳥取神社に合祀された際、本尊は地福寺の境内に移された
熊野行幸の際、後鳥羽上皇、嵯峨天皇、平城天皇、後白河天皇が参拝したと
大阪府誌、泉州誌の記録に残っている
後に地蔵堂は焼失したが再建されて現在に至る
旧山中宿、旧山中宿本陣、山中神社は別ページに記載
旧庄屋屋敷を過ぎると右側に路地があり、その一番奥に地福寺があります
山門は無く、境内に入って左側に本坊
本坊と並んで本堂があります
境内に入って右側に鐘楼
地蔵堂の手前に「南無阿弥陀仏」の木碑がある
墓地に近いところに観音堂があります
地蔵堂
境内の一番奥にあり、子安地蔵尊を安置している
この寺はしだれ桜でも有名で春になると綺麗な桜を咲かせます
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