三、闇夜の激戦

 翌朝、真十郎は外の騒がしい声で目を覚ました。真十郎の部屋は別館の3階にあった。
「う、うーーーん…、な、何だぁ!?」
声は1人ではない。かなりの数の声が聞こえていたのである。
 布団から這い出て窓から下を見下ろしてみると大勢の人だかりができていた。
「ん?、何かあったのかな?」
真十郎は下に行こうと思い、廊下に出ると丁度、階段がある方向から直子が走ってきた。
「あっ、起きたんですね」
「ああ、何かあったのか?」
「ええ、何でも手違いで別のお客さんを泊めてしまったどうのこうのって」
「はあ?、何だそりゃ」
「さあ…」
「まあ、いいか。行ってみればわかることだ」
真十郎は直子と一緒にロビーに下りた。ロビーは多数の人でわいわい騒いでいた。わいわいというよりも怒鳴り声が響いていたのである。真十郎はフロントにいる顔を真っ青にさせた男性に話しかけた。
「何かあったんですか?」
「え、ええ。こちらの手違いで予約客を間違えてしまったんです」
「いつもあることなんですか?」
「いえいえ、今回はたまたまなんですよ。で、本来、予約なされていたお客様が参られて説明したんですけどねぇ…」
「キャンセルすると言われたんですね?」
「は、はい、まったくおっしゃる通りで…」
そこに男性の上司と思われる人が来ていきなり怒鳴った。
「こらぁ!!!、勝手によそ様に言うんじゃないっ!!!」
「す、すみません」
フロントの男性は上司に頭に下げた。すると、上司は真十郎のほうを見ずに去っていった。
「なによ、あの人…」
「まあ、いいじゃないか。それよりも…」
「えっ?」
真十郎はゆっくりと部屋のほうへ歩いて行った。直子は首を傾げながら真十郎の後に続いた。その2人の姿を例の男がじっと見ていたのである。部屋に戻った真十郎は直子に、
「あの男…、見たことがある」
「えっ?」
「ほら?、部下に怒鳴っていた男だ」
「え、ええ」
「あの男…、たしか…」
真十郎は黙り込んだ。
「知り合いなんですか?」
「知り合いということでもない。一回会ったきりだ。うちの道場で」
「えっ?、じゃあ、剣術関係の…」
「ああ、名前は思い浮かばないなぁ。昨日のことと言い、今日のこの騒動と言い、何かあるぞ。ここは…」
「何があるんですか?」
「もしかするとここは三条の息のかかった場所かもな。それによく見てみろ、ここは京都でも市街地からぐーんと離れた山の上にある。三方は大きな池に道は1本、この道をふさがれてしまえば逃げ道はなし」
「考えすぎではないですか?」
「そうだと良いんだけどね」
真十郎は襲ってくるとしたら夜だと見切りをつけていた。

 玄十郎は真十郎が去った翌日から龍崎と政光を相手に楽しんでいた。逆に言えば苦しめていた。修行は名ばかりで玄十郎のストレス発散するために2人がいるようなものだった。それがわかっていて2人は玄十郎に立ち向かう。本気になればなるほど玄十郎の強さは増していく。その強さに惚れてしまったのかどうかは知らないが2人の強さも徐々に増していっていた。
 稽古が終わったその夜、玄十郎は政光といた。
「おそらく苦戦するだろうよ」
「苦戦?」
「ああ、彼奴等のやり口は一対一じゃないからな」
どうやら真十郎の破強巡りのことを言っているらしい。
「では…」
「一対無数ってとこだ。いや、二対無数ってとこかな」
「それでは卑怯ではありませんか?」
「死合に卑怯もくそもない。どんな手を使ってでも相手を倒す。それが本来の死合なんだ」
「真十郎は勝てますか?」
「さあな、負ければ死ぬしかないことは彼奴が一番よく分かっている」
「しかし…」
「お前たちも人のことは言えぬのではないのか?」
「………」
玄十郎は金剛杯でのことを示していた。あのときも金剛流数千対幾天流2人である。
「三条がいくら宗家を恨んでいるからといって真十郎はそう簡単には倒せまい」
「まあ、そうですよね」
「しかし…」
「えっ?」
「三条には暗殺集団があるから、ちと苦戦するかもな」
「暗殺集団ですって!?」
「うむ…」
玄十郎はゆっくりとした動きで酒を口にしていた。

 午後10時、旅館の電気が落とされた。客は朝、全員が追い出されたため、旅館の中は無人に等しかった。そんな静まり返った旅館に一ヶ所だけ灯りがついていた。真十郎の部屋である。隣の直子の部屋はすでに灯りが落ちていた。真十郎の部屋の前に1人の人物が現れた。
「金子様、いますでしょうか?」
旅館の従業員のようだ。
「金子様?」
従業員はドアを開いた。鍵はかかっていない。従業員はゆっくりと中に入った。ただし、丸腰ではなかった。小刀のようなものを持っていた。
「失礼します」
千鳥足のような動きで中に入った。中からはTVの声がしていたが誰もいなかったのである。玄関から居間までは丸見えで入れば一目瞭然だった。
「な、いない!。どこに行った!?」
従業員はきょろきょろと辺りを見回した。見回しても見つかることはなかった。
「く、くそっ!」
従業員は憤慨し、とっとと廊下へと引き返したのである。
「だから、行っただろ?。怪しいって」
「だって…、あのときは…」
「まあ、いいさ。全員、倒せば済む話しなんだし」
「それより怖くないんですか?、そんなところにいて」
真十郎は窓から部屋の外に出て、壁つたいに直子の部屋の窓際にいた。
「う、うん、かなり怖い。早く入れてくれ」
「はいはい」
直子は窓を開いて真十郎を導き入れた。
「さてと」
真十郎は背中に背負っていた刀を腰に帯びた。
「行くか」
直子も頷いた。直子はすでに刀を帯びていた。
 2人は月の光が照らされた部屋から真っ暗な闇夜の世界へと足を踏み入れた。非常階段を示す灯りだけしか見えなかった。その光を頼ってゆっくりと足を進めた。正面にはエレベーターがあるが電源が落とされているようで動く気配はなかった。
「直子、お前は向こうから進め。我はこっちから進む。1階のフロントのところで合流するぞ」
真十郎がそう言うとわずかに頷いた。少し緊張しているようだった。
「気楽に行こう」
と言いながら背後から襲ってきた男を一閃した。男はバタッという音を立てて倒れた。その途端、直子から緊張の色が消えていた。さすがは真十郎の弟子である。肝が据わっていた。
「行くぞ」
2人は一斉に背を合わせて走っていった。
 西の階段に向かった真十郎は本館に続く廊下の向こうから数人の気配に気づいた。咄嗟に壁の後ろに隠れた。こちらに向かって歩いてくる。影がゆらゆらと動いているようである。真十郎は左手を鍔にかけた。いつでも討って出る覚悟であるがコソコソすることが嫌いな真十郎はゆっくりと壁から廊下に足を進めた。向こうから真十郎だとわからないがこちらも敵が誰であるかわからなかった。
「そこにいるのは誰だ?」
影から声が響く。
「幾天神段流、金子真十郎である」
と堂々と名のると素顔の見えぬ影から殺気が走った。しかし、走ると同時に真十郎が動いた。真っ直ぐ数人の影のほうへ走っていく。態勢は低い。影は腰に帯びている刀を抜いたが斬ることができなかった。真十郎は走っている状態からすでに刀を抜き放ち、正面にいた1人を「陰陽塵」で倒した。宗家にはあって三条にはない技の一つである。しかも、陰陽塵には大鎌の構えと自然体からの2つの攻撃があった。
 続いて、体を反転させて左斜め後ろの影を「回殺(かいさつ)・外」で斬る。回殺には内と外がある。本来なら抜刀からの態勢から相手が抜きはなった刀を反転しながら左にかわして相手の首・背中を狙うのが外、刀より右にかわして横腹を斬るのが内である。これは三条にはあったが真十郎の臨機応変の技には対応できなかった。そして、最初に斬った影の真後ろにいた影に対して右手にいる影に警戒しながら左脇より刀を突き刺した。一瞬で斬ることができたのはそこまでであった。右手にいた影は真十郎が放った右脇腹への攻撃をふせいで間合いを取った。影は4人のようだった。じりじりと影との差を詰めていく。真十郎は大鎌の構えになっていた。ここから放たれるのは陰陽塵だけである。防御の構えは不利になることが多かった。
 しばらくして双方が動いた。影は抜刀の態勢から真十郎の右脇腹を狙った。大鎌の構えの完全な死角である。左に強い大鎌では対応しがたいものだった。咄嗟に後方にさがった。影の刀が空を斬る。その隙を狙って影の左脇腹を攻めるが刀が交差するように抑え込まれた。ここから力比べである。真十郎の刀は下にあったが胸の中心まで巻き返した。そこでしばらく止まる。力と力がぶつかり合っているのだ。そして、刀は真十郎は有利の形になりつつあった。影の刀を押しているのだ。あともう少しというところで影は蹴りを繰り出してきた。それでも真十郎は蹴りをよけないである技を出すためにそのままの状態を維持していた。蹴りは頭以外の体全体に行き渡った。そのとき交差した刀が横一線になった。その一瞬を見逃さなかった。真十郎は刀を影のほうへ押し込みながら間合いを詰めた。刃と刃が合わさって摩擦が起きているようで時折、火花が散っていた。真十郎からすればそれは抜刀の態勢である。最後は相手の両手首を斬り捨てたのである。これが「刀霞(かたなかすみ)」と呼ばれる敵を再起不能にしてしまう技であった。
「ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
絶叫の声が館内に響き渡ったのである。真十郎はのたうち回っている影をそのままにして走り去った。本館に続く廊下を走り抜けると一気に階段を滑り下りた。このまま直子と合流してしまおうと思っていたところに1つの強い殺気を感じた。真十郎の動きが止まった。ロビーには月の光が照らされていた。敵はその光を浴びるような形で待ち伏せていた。
「ようやく来たか…」
影がゆっくりと口を開いた。
「何者?」
真十郎もこれに応じる。
「三条幾天流師範代・都南(つなみ)忠頼」
「やはり、ここもお前らのところだったか…」
「ふっ、知っていたとは恐れ入る」
と言われたが本当は知らなかったのである。
「恨みはないが主の首、もらいに行かせてもらう」
「できるかな?」
階段の真下にいる都南と1階と2階の踊り場にいる真十郎は互いに心を探り合ったのである。

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